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第七十八話 睨み合い

「エイリーヤ、待たせてごめんなさい」


 北の山ではエイリーヤがいつも通りの無表情でルシルを待っていた。


【レイヤナ、随分と騒がしいな。愚かな神族達が今更お前を迎えに来たのか?】


(うん……まあ、それはそうなんだけど……)


【それとも地上人が祖神への反乱でも起こしたのか】


「いえ、そんなんじゃないわ」


【……?ひとまず同期をするか?】


(……だから、それは勘弁して)


「いいえ、エイリーヤ。お願いがあるの。しばらく騒がしいけれど問題はないから、こちらから連絡するまでは、地上には干渉しないでほしいの」


【ふむ……。あの地上人達は問題ないのだな】


「ええ。問題ないわ」


【そうか、好きにするといい。お前が安全ならば】


 そう言うとエイリーヤはすぐに地上の事には興味を失った様で岩石で出来た洞窟にゆっくりと戻ろうとした。


「エイリーヤ」


 呼び止めると、生気のないエイリーヤの白銀の瞳がもう一度ゆっくりとルシルを映した。


【?】


「私、この大陸に残りたい」


【神界には行かぬのか?】


「ええ。それからできればあちらの大陸にも戻りたくない」


【戻らなくていい。新しい大地はもう存在意義を持たないのだから】


「でも新しい大地に私が力を注いで、存在を維持する事は出来ないかな?私は、こちらに暮らしたままで。転移で行ったり来たりする分には問題ないでしょう?」


 エイリーヤは緩やかに首を振った。


【お前は何故そこまで地上にこだわるのだ】


「ここには私にとって大事な人達がいるの」


【大事な人達?】


「ずっと一緒にいたい人よ。離れて暮らすと考えるだけで悲しいの」


【それなら共に神界に連れていけばいい】


「神族や龍族ではなくて人族だけど、神界に連れていけるの?」


【人族……?ああ、この大陸を造った時にここに産まれた種族か。それは試してみたことがないな】


「それにこの大地の上に彼らと私の生活はあるの。エイリーヤ。ここに私も暮らすことは、本当に無理なの?私が例え半神でも?」


【ひとつの大地には一柱の神】


 エイリーヤは感情の見えない瞳でルシルをじっと見つめた。


【それが掟だ。例えお前が半神であっても、既に卵から孵った以上、隠し通せないだろう】


 ルシルは疑問に思っていたことを思い切って尋ねる。


「でも、シランディアは?あなたの片割れは最終的に半神となるって!そして一緒に暮らしていたわよね?」


【片割れは、我ら祖神族の力を共有して使う事が出来るようになるのだ。地上人にとってそれは神に等しい。よって半神となると言われているだけだ。お前と言う存在とは違う】


 淡い期待は砕け、落胆だけが残った。


 掟とやらのせいで、やはり自分はロトから追い出されるのか。


 掟を破ったとき、それは何を意味するのか。

 尋ねるのはなんだか怖かった。


【新しい大地も、消滅させたくないのは何故だ】


「それは……あちらにも大事な人達がいるからよ」


【レイヤナ。彼等は産まれ、滅びるものだ。人も動物も植物も。大切にしてもその手をすり抜けて消えていく】


 エイリーヤの声には感情がこもってはいないが、呆れが微かに含まれているような気がした。


【片割れでもない限り、お前が心を砕く必要はない】


(そうよ、片割れ!)


「その……片割れっていうのはどうやって分かるの?」


(フェルは?フェルがもし、私の)


【出会えばわかるだろう】


(はあ……。そうだった。この人に説明を求めても駄目だ。神獣も眷属も結局良くわからなかったもの)


 ジャックやカリンという存在についてきちんと説明を求めたが、エイリーヤは面倒がった。要点を得ない説明の後、もっと知識が必要ならと、結局は自然同期を求めてくるだけだった。


 祖神は言葉で説明をするのが苦手らしい。


 かと言ってまた一部の同期を容認しても、どんな記憶で突然おかしな行動をとるか分からない。ルシルは、エイリーヤとの価値観の決定的な違いが常に不安だった。


(はあ……。とにかく今はエイリーヤの干渉を防ぐだけで良いわ。それが一番の不安要素だったから)


 溜息をついて、再びゆっくりとした動作で住処の洞窟に戻っていくエイリーヤを見送った。


 ルシルは一匹のワイバーンが別の山から翼を拡げて悠々と飛んでいるのを見上げた。


 滑空する翼の向こうの山肌は、僅かに白み始めていて、緊張と混乱で長かったこの夜も、夜明けが近いことを知る。


 鋭く指笛を鳴らすと、バサバサと大きな羽音を立ててルシルの傍に降りてきたのは、以前に神力を分けて従魔にしたワイバーンだ。


 大きな翼にスマートな身体。小型のドラゴンの様な見た目をしている。


「よしよし、いい子にしてた?」


 ワイバーンは嬉しそうにルシルに鼻面を寄せてくる。

 毒舌のカリンもこれくらい素直だったらいいのに。


「放ったらかしにしてごめんね」


 ルシルが神力を与えながらしばらくワイバーンを構ってやると、満足したように大空に戻っていった。


 それを見ながら、エイリーヤの真似をして地上の状況を見てみようと、空中にパネルを出せないか奮闘したが、結局無理だった。


(自分の神力を染み込ませた核石のある大陸じゃないと、恐らくあの方法で監視は出来ないのね)


 代わりに広く薄く神力を拡げ、探知魔法の要領で地上の様子を探ることは出来そうだが、かなり神力の無駄遣いになる。


「はあ。神力にはそのうち慣れると言われたけど、エイリーヤのそのうちは一体どの程度なのか心配よ……」


 ルシルの新しい能力は万能で優秀なはずなのに、使い方を丁寧に教授してくれる人もいない。


 若干恨めしい気持ちになってエイリーヤが戻って行った洞窟の方を軽く睨んだ。


 ルシルは頭を振ると、ひとまずジャックの居場所を探って、帝都の沖合いに連なる艦隊の中の一際大きな潜水艦の中にその気配を見つけた。


 その場で無造作に重たいドレスを脱ぎ捨てて空間収納に突っ込むと、比較的動きやすい服に着替える。


「まずは連邦軍の指揮官に、この馬鹿げた包囲網を解除してもらわないと」


 これから入軍試験を受けるはずだった一般人の自分がまさかこんな事態に陥るとは。


 ルシルは乾いた苦笑を漏らし、両手で自分の頬を軽く叩くと、ジャックの気配を目指して転移した。


***


 転移してみると、ジャックと双子が船室で卓を囲んでいた。スカイは不在のようだ。


「ルシル、戻ったか」


 ホッとしたように言うジャックに頷いて、ルシルも空いている席に腰を下ろした。


「スカイは?」


「艦長と話し合いをしている」


「今どういう状況なの?」


 尋ねると、ジャックは少し顔をしかめた。


「うちのルイガス一門は、君がロトに残りたいと言う意志を尊重すべきで一致しているんだが……」


 レミーが渋い顔のジャックを横目で見て口を出した。


「今軍部の総指揮はブラックモアが握ってるんだよ」


「ブラックモア……シェイラ・ブラックモア?」


「ああ。あの、シェイラだ」


 トミーはおどけて舌を出した。

 ブラックモアの当主が剛腕で好戦的なのは有名だ。


「ああ……彼女は一筋縄ではいかなそうね」


 軍との合同演習の時に見かけた彼女を、女性として尊敬していたが、個人的に対面することになるとは。


「彼女はこの作戦遂行に重点を置いていて、ルイガス家当主の父が、君の事情を説明して事を荒立てないように説得しても、なかなか矛を収めないんだ」


「なるほど……私が直接説得するしかないのかな」


「力及ばずで悪いな。だが、それが一番早いと思う」


 話し込んでいると、スカイが戻ってきた。


「ルシル!戻ってたのか。本当に、本当に!悪かった。俺の適当な報告のせいで、帝国側がお前の帰国を阻んでるなんて誤解を産んで」


「いいのよ。それで、誤解は解けそう?」 


「いや、兄はわかってくれたが、今更全軍撤退するにはこの艦隊の総指揮である、ブラックモア元帥の意志が必要だって」


「お前の兄さんが総指揮じゃないのかよ」


 トミーが驚いたようにスカイに尋ねた。


「兄はあくまで連邦議会の代表で、お目付け役だから、この作戦上ではシェイラがトップだ」


「急な撤退なんかをあの人がすぐに受け入れるとは思えないなー。ルシル、大丈夫か?」


 レミーが長い尻尾をイライラと床に叩きつけながらルシルの顔を覗き込んでくる。


「分からない。でもやってみるしかないわ」


 ジャックが腕を組んで説明を始める。


「今回の作戦は帝都のアビス宮殿を沖合から包囲して、帝国にルシル解放の圧力をかける事が最大の目的だ」


「私は別に軟禁されてないんだけど……」


「そうだな。そこは直接元帥に説明する必要があるだろう。しかしもうひとつ、別の目的もある」


「テロイア人の旧大陸への移住?」


「そうだ。少なくとも帝国に避難民の受け入れを要請し、協議が決裂すれば攻撃もやむなしとなる可能性がある」


 その言葉に、その場の全員に緊張が走った。

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