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第七十二話 友の変化 side スカイ

「ルシルは、テロイアに戻らない」


 スカイは、皇城に用意された豪華絢爛な貴賓室で、目の前のモニターに向かってぼそりと言った。


「スカイ、それはどう言うことだ?つまり、帝国が彼女の帰郷に反対していると?」


 解像度の悪い画面の向こうの長兄は、かなり動揺している様子だ。

 スカイ本人も、そんな報告をすることになるとは思ってもいなかった。


「それは……分からないけど。彼女はテロイアには戻らない。それにトーリ大公と結婚しているのは本当の話だったよ」


「スカイ、そちらの慣習は我々のものと違って時代錯誤なものが多いんだ。貴族の婚姻関係は大抵の場合政略であることが多い。だから彼女が結婚していたって、本人の意思ではない可能性も……」


「そんなこと分かってる!!だけどルシルは……!」


「おい、どうしたんだ……スカイ……」


 滅多に声を荒げる事などない末っ子の大声に、驚いた兄が心配そうに尋ねる。


「いや……別に……。今は到着したばかりだから、あまり長話はできてないんだ。他の事についてもこれから聞いてみるよ」


「分かった。親しくしていたお前なら、きっと大丈夫だと思うが、できるだけ穏便に、彼女が元の生活に戻れるように説得してくれ。彼女の事が国家間の亀裂になっては困るんだ。頼んだぞ」


「ああ。また連絡する」


 兄の言葉を聞き流しながら、ぼんやりとした表情で魔道具の大型通信装置を切った。


 先程からなぜか動揺している自分に気がついて、スカイは片手で自分の顔を覆った。


 何故こんなにも苛ついているのか。


 ぎゅっと眉を顰めると、今度は片耳の通信魔道具をいじって、目の前に小さなモニターを出した。


 空中に投影された掌大の小さな映像は、先程の兄と違って鮮明に友人の姿を映している。


「どうだった!?」


 黒と赤の頭がギュウギュウと画面いっぱいに広がり、頭の上の三角の耳が忙しなく動いている。


「ルシルの無事は確認できた。だけど……」


「おお、やったな!はあ。お前の実家のコネでロトまでついてきて本当に良かったよ!」


「こんなところに潜り込めたのはまさにそれ。三人だけじゃこうはいかなかったからな」


 目の前の小さな映像の中で、お馴染みの双子の獣人が弾けるような笑顔を見せている。


「じゃあテロイア外交使節団から、世話係が選ばれたって、念のため伝えといてよ。後でルシルの部屋に隠れておいて、びっくりさせるんだからさ!」


「ルシルの奴が俺達を不審者だと勘違いして攻撃してきたら普通に怖いからなー」


「お、おい。こっちじゃルシルもお偉いさんなんだし、あんまり無茶するなよ……」


 ルシルが無事と聞いて喜んでいるトミーとレミーの勢いに、スカイは苦笑した。


(こいつらは、何も変わってないと思ってるんだな……少し前の俺みたいに)


 ルシルが、あんな顔をするなんて思わなかった。


 正義感が強くて、愛想はないけど根はいい奴で。


 お高く止まった他の神族の娘達とは違う、素朴で純粋な性格。愛想のなさでは同類のスカイとは気が合い、お互いに背中を任せられる存在だったはずだ。


(なんか普通の女の子、みたいな顔してたな)


 大公とか言ういかにも偉そうな男に見たこともない顔で微笑み、その辺の女子のようにうっすら頬を染める様子は、スカイをとにかく驚かせた。


 同時に、なぜか彼女が夫だとかいう男と視線をかわす度に、得体の知れない苛立ちが募った。


 スカイは学園のルシルの姿を思い出していた。


 どれだけ邪険にしても群がってくる赤い頬をした他の女子達と違い、姿勢良くどこか遠くを見つめながら颯爽と一人で歩く姿。成績はいつも優秀で、同時に努力家だった。


 自分が彼女の一番近くにいたはずだった。


 他の神族たちはルシルを訳アリと認識して、常に遠巻きにしていたから。


 例え彼女にどんな事情があろうと気にならないし、自分だけはいつでも彼女の隣に立てる。


 それだけの立場も能力も持っていると自負していた。


 それなのに。


 自分の髪をぐちゃぐちゃに掻き混ぜて、わざと勢いよく立ち上がると、スカイは扉に向かった。


 無理やり請け負ったフローレンス特使としての仕事が待っている。


 知らずに漏れる溜息と共に、扉を勢い良く閉めた。


***


 ルシルは、割り当てられた豪華な客室を見ると、両手を口にあてて心の中で歓声を上げた。


(うわあ!予想はしてたけどこれは想像以上ね……)


 大公城もまた広さやアンティーク家具の上質さでは常にルシルを驚かせていたけれど、帝国の皇城は全てにおいてスケールが違っていた。


 ホテルのワンフロアを貸し切ったかの様な広さの部屋と、寝室、浴室、食堂室、それに続くバルコニー、使用人待機部屋など、一度には見渡せないほどの空間。そして全ての調度と内装が想像以上に豪華絢爛だった。


 なぜか夫のフェリクスとは別の階の部屋だったが、それはそれでホッとした所もある。


 城に戻ってから夜は未だにそれぞれの部屋で休んでいるからだ。さすがに急に本当の夫婦だから主寝室を共に使おうとはならず、最初のうちは安心したものの、今は何故かモヤモヤしている所なのだ。


(ところで、あの女性達は誰なの?)


 ルシルは調度品の説明を受けながら、中央の長椅子の前に静かに立って頭を下げている数人の女性を訝しげに盗み見た。色とりどりのドレスを着て、まるでカップケーキの詰め合わせのようだ。


 出来るだけ彼女達を目に入れずに、案内人に従って部屋の内装に感心しているフリをする。けれど内心気になって仕方がない。


 一通り部屋を見て回ったあと、無言で整列している色とりどりのドレス姿に仕方なく目をやった。


「あのそれで、皆様はいったい……?」


 ルシルが切り出すと、目を伏せていた女性たちは一斉に姿勢を戻して口々に自己紹介を始めた。


「あ、あのわたくしはアロイーズ伯爵家の次女で……」


「お初にお目にかかります、大公妃殿下。わたくしはレッドレルム侯爵家の……」


 さざめき出した小鳥の群れのような姦しい挨拶が終わると、最後に案内人の女性が説明を加えた。


 「彼女達は妃殿下の侍女候補です。お連れになった女性がとても少ないようでしたので皇帝陛下のご命令で数人こちらからご用意いたしました」


「そ……そうなのね」


 ルシルは、引き攣った笑顔を維持しながらとりあえず優雅に見えるように頷いた。


「お気に召さない者は外して頂いて構いませんので」


 静かに礼を執って去っていく案内人女性を見送りながら、ルシルは、内心とても困っていた。


(帝国貴族のご令嬢相手に何を話せっていうの……?!全員お気に召さないって事で辞退すればいいのかな……)

 

 恐る恐る振り向くと、華やかに着飾った令嬢達は期待のこもった瞳でルシルを爛々と見ている。


「あ、あの……」


「妃殿下!私は、お茶を淹れるのが得意でございます。妃殿下のお気に召す茶葉はどちらのものでしょうか?すぐにご用意して参りますわ」


「茶葉……?ええ、特にこれと言って好きなものは……」


「妃殿下、私は流行の装いのお見立てが得意でございますのよ。妃殿下のドレスルームで今宵の歓迎会の御準備をお手伝い致します」


「あ、ええと……そんなに沢山衣装を持ってきてはいないから……」


 ルシルは突然の騒ぎに目を白黒させて返答を返す。


 ルシルが質問に返答する度に、爛々と輝いていた彼女達の瞳も徐々に熱を失っていき、その表情には呆れと落胆の様なものが混じって来ている。


 それにしてもあまりに姦しい女性達の声に、転移や面会の疲れもあるのか少し苛々し始めた。


 ルシルは大きくため息を吐くと、部屋の隅に置いてあった水差しをサイドテーブルごと魔法でドンと引き寄せて、思わず立ったままゴクゴクと飲み干した。


 その一連の動作に、室内の女性達から悲鳴が上がった。


「きゃあっ」


 カップケーキ令嬢だけでなく、壁際に立つ部屋付きの侍女達まで明らかに動揺している。


「ひぃっ……ど、どういう事?」


「大公妃に気に入られて侍女に取り立てられれば家門の隆盛は間違いないと言われて来たのに……怖すぎる」


「ら、乱暴だわ……、こんな者にどうやって侍女の能力を印象付ければいいの」


「本当にこの様な者が大公妃だって言うの?信じられないわ、きっと何かの間違いよ」


「こんな事ならお付きの侍女を目指すより私達のほうがずっと……」


 慌てて部屋の隅に退避して輪になり、明らかにルシルにも聞こえる程度の小声で突然相談を始めた令嬢達は、ルシルを恐る恐る振り向いた。


「ひ、妃殿下はわたくしたちではお気に召さないようですわね」


「ひ……妃殿下のお眼鏡に叶わず、ざ……残念ですわ」


 急にルシルを遠巻きにして怯えた様子を見せる女性達に、ルシルはしまったと思いながらも、出来るだけ挽回しようと笑顔で話しかけた。


「そのう……正直そんなにはお手伝い頂くこともないかと思うので。そろそろ皆様お帰り頂いて……」


 そう言い始めるやいなや、女性達は疾風のごとく短い挨拶をしてあっという間に去って行き、ルシルはポカンとしたまま部屋に取り残された。


 すると再びメインドアが控えめにノックされ、壁際に無言で控えていた部屋付きの侍女の一人が扉を開けると、少し背の高いメイドが二人立っていた。


「世話係の者が参りました」


 侍女は静かに報告してまた壁際に戻った。ルシルは追加でさらに来た!と内心頭を抱えた。


「テロイア連邦政府外交使節団から参りました」


「妃殿下の身の回りのお世話をさせて頂きます」


 そう言って顔を上げた二人の顔を見て、ルシルは驚きのあまりその場でかっちりと固まった。


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