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第七十一話 旧友

「ルシル、二人だけで話せないか?」


 会談用の小部屋に通されると、開口一番にスカイが言った。その色の薄い瞳は真っ直ぐに同席している大公に向かっている。


「あ、ええと。彼はその」


 ルシルは人目がなくなった途端に、突然普段通りに話してくるスカイに戸惑い、またフェリクスのことをどう説明すべきか迷って視線を彷徨わせた。


「彼女は私の妻だ。他の男と密室に二人きりで話すことを承諾はできない」


 おたおたするルシルに代わって、フェリクスは全く表情を変えずに泰然と答えた。


「我が名はフェリクス・トーリ・ラフロイグ。大公国の元首で、この会談中は、彼女に同席を頼まれている」


 スカイが鋭く舌打ちをしてルシルに視線を移した。


 スカイの行動はある意味普段通りなのだが、帝国の大公へのあまりの不遜な態度に、ルシルはハラハラと二人の様子を伺った。


(ああこの状況、なんだか気まずい!)


「ス、スカイ。それより、どうしてあなたがロトに?」


「フローレンス特使……今はそれが俺の名前だよ。この役に捩じ込んでもらうのにどれだけ実家のコネに頼りまくったか」


「そんな……ごめん、私のせいだね。今まで全然連絡もできなくて」


「全く、どれだけ心配したか分かってないだろう」


「うう……、私の方も本当に色々あったのよ……」


「ルー、彼とは親しいのか?」


 フェリクスが戸惑ったように尋ねてきた。確かにテロイアの高官との面会を恐れていたルシルが、こんなに親しく話し込んでいたら不思議に思うだろう。


「ええ、そうなの。私も驚いてる。彼はテロイアの高官でも何でもなくて、軍立学園の時の同期で私の友人よ」


 大陸有数の富豪の末息子ではあるけれど、現在連邦議会の高級官僚であるのは、彼の兄達であって、彼自身ではない。


 公の場では猫を被っているようだから、ロト側にはこういう性格だと早々にバレないといいけれど。


「ま、兄さん達を説得してこの役を俺が買って出たんだけどね。ルシルだって、うちの兄と話すより俺と話したほうが遠慮がなくて現状把握も早いだろってことで」


 相変わらずの声音でルシルに淡々と話すスカイが、ふと厳しい表情を浮かべてルシルの横に目をやった。


「俺はルシルの友人でスカイ・フローレンスだ。それであんたは……ルシルの夫だって?……それ正気?」


 スカイは明らかに信じていない顔で二人を交互に眺めた。


 故郷にいた頃は、年頃になっても浮いた噂一つもなかったルシルなのだ。突然既婚者になっているなんて、信じられなくて当然だろう。


「うーん、それがね、本当なの。確かに最初は世間の目を欺く為の契約婚だったんだけど、なんていうか色々あって今はその。私たちはえーと」


 こんなふうに、突然旧友に自分の恋愛話を白状する事になるとは思っていなかったので、顔が真っ赤になるのを止められず、モゴモゴとするルシルの横で、フェリクスがあっさりと引き取って言った。


「今の我々は心から愛し合っている」


(きゃああああ!友達にそんな宣言するなんて!恥ずかしすぎる!)


 魂の抜けた顔でフェリクスを眺めるルシルに向かって、スカイが疑いの眼差しを向ける。


「ルシル、騙されてない?こんな時代劇みたいな場所に飛ばされて、頼れる人がいなかったら、最初に会った人に依存する感情を恋愛感情だと勘違いするかもしれないだろ」


(やめて、私の恋愛感情を詳しく説明する雰囲気に持っていかないで)


 ルシルは真っ赤になったまま、何か言わねばと必死に口を開け閉めした。


「我々の間にどんなことがあったのか、よく知らない者にとやかく言われたくはない」

 

 ルシルが照れくささに悶える間、フェリクスはスカイと無表情のまま睨み合っている。


「えっとその、今の私の状況は置いといて。ひとまず、そちらがこの面会を帝国に要求した理由は?」


「連邦議会としては、ルシルにテロイアに戻って来て欲しいと思ってるんだ。それを直接伝えに来た」


「……やっぱり。そうなのね」


「ルシルは神子だっていう話は、本当なのか?」


 ルシルはハッとしてスカイの顔を見た。友人達には、出来ればそんな作り話を他から聞かせたく無かった。


「ううん、そうじゃないの。でも実は私ね」


 この話を打ち明けようとすると少しだけ、今でも胸が痛む。それでも、信頼する人達には知っていて欲しい。


 自分だけが自分のことを知らなかったという情けなさと、信じていた両親のこと。ここまで生きてきた間の全ての事が虚像だったと言う様な不安定な気持ち。それらがごちゃ混ぜになってルシルの心を締め付けた。


「神族じゃなくて、祖神族という種族だったの」


「は?祖神族?」


「そう。神族とは別のところで暮らしている全くの異種族で、この近くではロトの北の山脈に一人、現存しているわ。……彼は私の実父に当たる存在だった」


「何だよ、それ……」


「私の能力や記憶は、祖神族として覚醒するまでは封印されていたらしいわ。だから自分の事なのに何も知らなくて。ずっと自分は神族だと思って普通に暮らしてきたの」


 少しぼかして伝えてみたが、驚いた顔で固まるスカイが珍しくて、ルシルは人ごとのように自分の出自に隠された秘密を淡々と話せた。


「厳密には私は祖神族と神族のハーフね。長老会はそれを代々受け継いで知っていて、私を普通の神族の娘として育てるために色々と管理をしていたみたいなのよ」


「え、じゃあクロフォードの親父さんは……」


「父が私の事情を知らされてたのかは分からないけど、私は養女だったって事。うちの母がセントラルの研究員だったことは知ってるでしょ。研究室の事故で亡くなるまで、仕事で私の養育を担っていたんでしょうね」


 ルシルの表情が少し翳ったのに気がついたのか、フェリクスが机の下でそっと手を握ってくれた。


「確かに、お前の親父さんは少し前に長老会に面会して何故か意気消沈してたって聞いた。もしかすると、今回初めて詳しいことを知らされたのかもな」


 スカイは驚きつつも思案顔で頷いている。ルシルはフェリクスの手をぎゅっと握り返してから、小さな声で尋ねた。


「父様は……大丈夫なのかな」


「ああ、お前の事は、最初は家出したと思ってたらしい。まあ、色々あってからは家に引きこもってたみたいだけど」


 もともと学者肌で世情に疎く、繊細な人だ。こんな荒唐無稽な事を知ったら、きっと酷く混乱しただろう。


「ただ、学園長がうまくサポートしてたから、心労で倒れたりはしていないよ」


「そう……。良かった。学園長にもお会いして謝りたい。私、もう……連邦軍には入らないと思うから」


「え?だけどお前……」


「私ね、自分の本当の居場所が欲しくて、入軍にこだわってたの」


 あの頃の、寄る辺のなさや焦る気持ちが何処から来たものだったのか、今なら何となく分かる。何処にも自分は所属出来ないのでは、という得体のしれない不安感。


「将来的には私も誰かの役に立って、対等に扱ってもらえる居場所が欲しかった。あの頃、そのためには軍しかないと思ってたの」


「でも学園では俺達がいただろ……」


 透明に近い青の瞳に、一瞬とても悲しげな色が浮かんだ。その色にルシルの胸も刺すように痛んだ。


 確かに彼等だけはルシルを対等に扱ってくれた。

 でも、学園に一生ずっといられるわけじゃない。


 ルシルにとっての学園生活と仲間との日々は、決して軽いものでは無かった事だけは、分かって欲しかった。


「うん。皆のお陰で私にとって学園生活は唯一本物のかけがえのない思い出だよ。だから、ロトに迷い込んで故郷を思う時、私が恋しく思うのはスカイと皆、それと学園長のことばかりだった」


 きちんと伝わるように祈りながら、見慣れた薄い色の整った顔を真剣に見つめた。


「でもここで、やっと大切な人に出逢えたの」


 ルシルは一瞬フェリクスを見て、紫の瞳が自分を見つめて優しく溶ける様子に顔を少し赤くした。


「こんな私を受け入れてくれる人達もいる。だから私は、ロトで私の本当の居場所を見つけたと、思ってる」


「……テロイアには、本当に帰らないつもりなのか?」


 ルシルは繋がったフェリクスの手の温もりに勇気を貰い、目をギュッと閉じると、震える声で一気に言った。


「うん。私これからは、できればロトで暮らしたいと思う」


 スカイは、ルシルの方をじっと見つめたまま、表情を変えずにかなり長い時間黙っていた。


 無表情過ぎて分かりにくいが、長い付き合いの中で、彼なりに葛藤しているのはなんとなく伝わってきた。


「そうか……。立場上すぐに、はいそうですか、とは言えないが、ひとまず今のお前の気持ちは分かった」


 しばらくの沈黙の後で、スカイがようやく言った。

 そのままの硬い表情で、言葉を続ける。


「ただ、確認したいことがあるんだ」


「何?」


「こないだ、テロイアの中央砂漠地帯に地中深く抉る大穴が開いたんだ。それで……その魔法攻撃が、お前と関わりがあるんじゃないかと疑われてる。……それについては、何か知ってるか?」


「…………」


 ルシルは少しだけ息をとめて、心配そうなスカイを見つめ返した。


「ルシル?」


 スカイが何か続けて尋ねようとした時だった。


「少し休憩を挟んだらどうだ。彼女も遠距離を転移してすぐで、疲れている」


 青い顔で黙っているルシルに、フェリクスが助け舟を出し、少しその場の空気が緩んだ。


 スカイは表情に微かに疑問を浮かべたままで頷いた。


「……分かった。人を呼んでくる」


 

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