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第六十九話 帝都

 それから数日、皇帝への謁見の日は速やかに決まり、大公夫妻の他は数名の騎士と侍女のみと言う異例の少人数で、皇宮内の離宮に転移する事になった。

 

 同行者の中にはルシルの世話に慣れているという理由で、オニキスとアンもいる。突出した素朴さが特徴の二人に帝都行きは重責過ぎて申し訳ないが、ルシルにとっては心強く、ありがたい。


 ただ予定外だったのは、大公国に残留していた帝国視察団が同行を申し出た事だ。


 ルシルにとっては人数の増減は大差ないので二つ返事で受け入れたが、どうも帝国魔法師団の団長はあまり友好的ではないようで、大公国側の面々の反応は何故か微妙に悪かった。


 ルシルからすると、帰国の途に着く彼等と同行するならば、敵地に踏み込む様な不安も軽減される気がする。


 その日整列した帝都遠征一行と、城に残るジルベールや騎士団長達初め多くの見送り組が早朝の湖畔で対面していた。


「閣下、必ず妃殿下を無事に連れて帰ってくださいよ。ドラゴン討伐同様、こんな奇跡を起こせるのは妃殿下だけなんですから!これで冬場の渇水問題も解決ですよ。いや、妃殿下の魔法猫は本当に素晴らしい!」


 マルクスは眼前の湖にまだまだ興奮冷めやらぬ勢いで、ルシルとその首にまとわりついているカリンを目一杯に褒めちぎる。


 あれ以降、城の住人達にもすっかり受け入れられて何かと構ってもらっているカリンも、マルクスの賛辞にまんざらでもない様子だ。


『魔法猫じゃないぷ、神獣様だぷ!この筋肉バカめ』


 ペロペロと小さな指を舐めてあざとく可愛い仕草をしながら、心話ではしっかりルシルに愚痴るカリン。


『カリン、帝都ではなるべく人前で姿を見せないでね』


 大公城ではすっかりお馴染みになったせいか、あまり人前で姿を隠さなくなったカリンに念を押す。


『我は偉大なる神獣様だぷ!簡単にこの身を帝都の馬鹿共なんかに晒すわけがないぷ』


 鼻を鳴らして、勢いよくルシルの首からアンの胸に飛びついたカリンは、可愛い鳴き声でおやつを強請っている。魔晶石だけではなく、人族のオヤツも好きなのだ。


 一応神獣だとは伝えてはいるものの、どうも使用人達には魔法の使える不思議な猫くらいに思われているようで、何故かひたすら可愛がられている。


 おおらかな大公国らしい受け止められ方だった。


 しかし帝都ではなるべく目立たないように過ごしたいルシルは、カリンの存在は秘匿することにしている。


「閣下!妃殿下の能力が知られたら、ごうつくばりの皇帝に横取りされてしまうかもしれませんよ。はあ、隣国からこんなに貴賓が押し寄せていなければ、我ら大公国騎士団もお供できたのに!」


 ゼーラは地団駄を踏む勢いで恨めしそうにジルベールを睨んでいる。大公妃捜索の応援と称した帝国騎士団も一定数逗留している以上、大公国騎士団の多くは城に残り自衛を続ける必要があった。


 ゼーラの大声に離れた場所で待機しているヒューゴの顔が一瞬顰められたが、誰も気にしなかった。大公国での皇帝の悪口は日常茶飯事なのだ。


 帝国中央との繋がり目当てか、大公妃見物なのか、依然として続々と集まってくる近隣国の使節団は大勢城内に逗留中だったが、ジルベールの厳しい箝口令でこの見送りの儀には関係者以外の姿はない。


「そう心配をするな。彼女は我が妃であり我が国の一員である事を帝都の全ての者に私が必ず認めさせてみせる。そして二人揃って戻り次第、祝宴に堂々と参加するつもりだ。だからみな、安心して待っていてくれ」


 フェリクスは強い意志を込めた瞳で立ち並ぶ臣下達を見渡した。


 そして、中央に立つ小さな姿に目を留めてゆっくり膝を屈めると柔らかな黒髪を優しく撫でた。


「レイモンド、これが終われば、そなたの母の帰りを祝う宴がある。次はきっとお前も参加できるように取り計ろう、楽しみに待つと良い」


「はい。おはやいおかえりをまっています。ちちうえ、ははうえ、いってらっしゃいませ」


 デボラに付き添われて覚えた口上を大声で述べると、レイモンドは両目に掌を当てて後ろを向いた。


 涙を一生懸命堪えている様子を見るのは辛いが、ルシルもフェリクスもどうしても彼を帝都に連れて行きたくなかった。


 気まぐれな皇帝に我が子を今すぐ返せと言われるのが怖いのだ。


「レイ、すぐに帰って来るからね。心配しないで」


 幸い、今回の呼び出し状にはレイモンドの同行を促す文章はなかった。皇帝の思惑は不明だが、ひとまず胸を撫で下ろしたところでもある。ようやく情緒が落ち着いてきたばかりの幼子にこれ以上の負担をかけたくない。


 ルシルはデボラに抱き上げられて顔をこすっているレイモンドの背を何度もさすり、頭頂部にキスをすると、もう一度頭を撫でてから後ろに下がった。


 背を向けているレイモンドのしゃくりあげる声が響き、一層後ろ髪が引かれる思いだが、不安気なデボラに向かって力強く頷くと、自分はぐっと拳を握って耐える。


「ジル、後は任せたぞ」


「かしこまりました。祝宴の準備は万事滞りなく進めておきますので、どうかお二人共にご無事のお戻りをお待ちしております」


 胸に手を当てて敬礼するジルベールに、ルシルは旅装のドレス姿で敬礼を返し、鼻息荒く宣言した。


「ジルベール、どこにいても私が傍にいる限り、大公閣下の安全は保証するわ」


 周囲の者はポカンとして張り切るルシルを見た。当たり前だが今回のルシルは庇護されるべき高貴な女性であり、最重要護衛対象である。


 ジルベールは呆れた顔の中に真剣味を交えてルシルに言う。


「いえ、妃殿下はできるだけ大人しく目立たぬように、ただお淑やかにお願いいたします」


「公妃、私の安全は私と護衛騎士で賄うから心配は要らない。君は今回、自分の事に集中するように」


 フェリクスも呆れたように苦笑している。


 ルシルは二人の反応に、顔を赤くして俯いた。


 フェリクスはそんなルシルの結い上げた銀髪の後れ毛に愛しそうに口付けた。先程まで凛と光っていたその紫の瞳はルシルに向かう時だけ優しく溶ける。


「決して一人で危険な事はしないでくれ」


 途端にルシルはドギマギして、赤くなった顔を隠すように小さな声で答える。


「こ……心得ました」


 こうして大公夫妻一行は、心配そうな騎士団員達や大勢の使用人達に見送られ、帝都へと転移した。


 指定された座標を元に転移した先は、とんでもなく豪華で巨大な一室だった。


 ルシルは唖然として、その場で口を大きく開けたまま、周囲をぐるりと見渡した。


 磨かれて宝石の様に光る床石には、青く発光する転移陣が描かれ、小型の転移アンカーが開発される前の、大掛かりな転移ゲートの様な役割を持つ部屋だと一目でわかる。


 周囲の壁には煌びやかな装飾品が飾られ、テロイアの歴史博物館で見たような重厚なアンティーク家具が広々とした空間に余裕を持って配置されている。上部には写実的な神話の一節のような巨大な天井画が金銀の糸の刺繍で描かれていて、この部屋の煌びやかな装飾にさらなる圧倒的な迫力を加えていた。


 それにしても規模が大きい。


 部屋も、魔法陣自体の大きさも尋常ではない。


 団体での利用を見据えて作られたのだろうが、このゲートを制作するのに一体どれだけの時間と費用がかかっているのか。少し昔のテロイアでさえ、これほどの設備を構える国が果たしてあっただろうか。


 ルシルはこの部屋に一歩踏み入れただけで、旧大陸随一の国力を誇る帝国の栄華というものを、一目で見せつけられたような気分になった。


「す、凄い……」


 ルシルの無意識の呟きは、部屋の奥にある大扉が勢いよく開かれる音にかき消された。


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