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第六十五話 大公妃の帰還

 長い間行方知れずとなっていた大公妃がタルジュール城に戻ったことは、帝国国内と近隣国、さらにはテロイアの高官達にも瞬く間に知れ渡った。


 時期を逸して到着した中央の捜索隊援軍が相当数大公国に残留している事もあり、近隣の小国家も次々と外交使節団を派遣して大公妃の帰還を寿ぎ、皇帝と大公の関係性を固唾を呑んで見守っていた。


 「はあ……。いくらうちが田舎で土地だけは余っていると言っても、これ以上無理なものは無理なんですよ!」


 ジルベールは手元の書類をひっ掴むと、頭の上でめちゃくちゃに振り回した。


「なんだか……私のせいで色々ごめんなさい」


 縮こまって謝罪するルシルをちらりと見ると、ジルベールは書類を振る手を力なく下ろした。


「いえ……まあ、妃殿下の責任と言うわけではありません。ご自分の事情も無自覚だった訳ですし」


 すでに帰還後こってりとお説教を受けたルシルとしては追加のお小言がなくてホッとしたが、毎日ジルベールが目の回るような忙しさなのは主に自分が理由だと自覚はあるのでやっぱり気まずい。


「それでジル、何が無理なんだ」


 フェリクスの呆れたような顔に、ジルベールは分厚い近隣国からの書状の束を乱暴に卓上でぶち撒けた。


「ただでさえ帝国中央からの人員が無駄にいつまでも滞在しているのに、その上近隣諸国からも意味のわからない客人が押し寄せてきて!!」


 当初はそれでもにこやかにルシルを迎えてくれたジルベールだったが、その後の混乱と忙しさでほとんど毎日発狂寸前になっている。


「これ以上、うちのどこに、客人を泊まらせるって言うんですか!」


 フェリクスは相変わらず淡々とこの半狂乱のジルベールに応対しているが、ルシルは迷惑をかけている後ろめたさ故に、かける言葉も見つからない。


「中央の部隊などに、わざわざ離宮を使わせる必要もない。南の砦に駐屯させるか、森近くの平原で野営させても良いだろう」


「そういう、そういう事じゃないんですよ!!こちらだって建前と言うものがあるんです!建前も見栄も!」


「ジル。建前と見栄で腹は膨れない。そんなものは魔物にでも喰わせてしまえ。客人を迎え入れる余裕がないなら、新たに来た客には帰ってもらうしかないだろう。滞在費だってタダじゃないんだ」


「いいえ、今こそ建前と見栄が重要なんです!長年無視されてきた大公国が帝国内でこんなに脚光を浴びる事なんて、未だかつて無かったんですからね!」


「そうはいっても……」


「幸いにも妃殿下からの魔晶石で資金は問題ないんですよ。メルセラン商会も協力的だし。食料もまあ、質素にすればなんとか。しかし滞在できる場所がないんです!建物はすぐにはたちませんからね」


「だから、新たに送られてくる近隣国の使節団は断るしか……」


「いいえ!使節団は受け入れますとも。帝国中央から妃殿下を差し出せとかなんとか無体な圧力をかけられる前に、無関係な目撃者を多く準備しておくに越したことはないんですから」


 額に青筋を立ててフェリクスに反論するジルベールに、ルシルはギョッとして顔を向けた。


「えっ?そんな可能性があるんですか……?」


 今さら帝国に引き渡しなんて悪夢でしかない。

 テロイアの核石の件で、ただでさえこの大陸自体に、つまり大公国に留まれるのかさえ怪しいのに。


「まあ、こちとら田舎のしがない小国ですからね。皇帝の考えによってはあり得るかと。テロイア政府に貴方を返せと言われれば、帝国もさすがに断れないかもしれませんし」


「ああ……」


 思わず遠い目になってルシルは現実逃避した。

 帰還してまだ数日とはいえ、明日にでもテロイアが正式に大公夫妻に謁見を申し出る事は予想している。


「そういう時に役立つのがその他大勢の一般帝国民です。すでに婚姻関係にあるお二人を引き離せなどと言うなら、完全なる暴論ですから。多くの帝国民が味方に付いてくれるはずです」


 ジルベールはそれなりに隣国の様子伺いの一行に利用価値を見いだしているらしい。追い返せと言っていたフェリクスも、少し思案顔で腕を組んでいる。


「はあ……しかし歓迎するどころか泊まらせる場所がないのではそれこそ客人に失礼にあたるだろう」


「ううう……確かに、やっぱり師団関係者には離宮をでてもらって空きを確保するしかないのでしょうか……」


 そこまで大人しく黙っていたルシルがおずおずと切り出した。


「あの、それなら私がお役に立てるかもしれません」


 難題に頭を抱えていた二人がルシルを振り向いた。


「簡易的でも宿泊施設を建てればいいんですよね?」


「ええ、まあ……でもそんな事が?」


 訝しげなジルベールにぎこちなく微笑んで、ルシルは遠慮がちに打ち明けた。


「その……封印が解けて本来の神力が戻ってからは前とは比べ物にならないほど様々な事が出来るようになったんです。土魔法をちょっと応用すれば建物位ならなんとかなりそうです」


 大まかなルシルの状況はジルベールにも伝えてある。これからもお世話になるならば、情報共有は大切だ。


「元はと言えば私がお城を色々壊したのもありますし、何か弁済しないとさすがに申し訳なくて。私に手伝わせてください」


「もちろんです。妃殿下にご助力頂けるなら本当に心強いです……それと」


 ジルベールは恭しく礼を執ってルシルに笑いかけた。


「私への敬語も必要ないですよ。臣下なのですから」


「ああ……そうですよね……えっと、そうよね」


「これからは本物の大公妃様としてお仕えします」


「ええとあの……ありがとう。ジルベール」


 ジルベールは満面の笑みで頷いて嬉しそうに執務室を去っていった。


 帰還時の大公夫妻の仲睦まじさが噂されると、ジルベールを初め、大公城の人達の喜びようは凄まじく、ルシルは圧倒されっぱなしだ。


 ジルベールと入れ替わりになるように、レイモンドの来訪がつたえられる。


「ははうえ。ちちうえ。ごはんのじかんだからおむかえにきました!」


 レイモンドは元気よく来訪の理由を話すと、少しモジモジした後、勢いよく座っているルシルに抱きついた。


「ふふっレイ。もうそんな時間なのね。ありがとう」


 ほっぺをぎゅうぎゅうとルシルに押し付けているレイモンドを、後ろに控える者達が心配そうに見ているが、ルシルはデボラに微笑んで頷く。


 そっとレイモンドを抱き上げて膝に乗せると、子猿のように抱きついて動かなくなった。


「レイはお腹が空いていないのかな?」


「ううん、すいてる」


 レイモンドはルシルが帰ってきた日、無言で抱きついて大泣きした後で眠ってしまった。翌日からはこうして、会うたびにしばらく抱きついて離れなくなった。


 デボラ達に聞かされたレイモンドのこれまでの様子には、ルシルも人知れず涙を流した。


(あの日からずっと辛かったのに、その事をうまく説明できないのね)


 恐らく様々な感情を言葉で表現しきれなくて、ただひたすらルシルの存在を確かめる事で安心感を得ているのだろう。ルシルは何も言わず、その行動を全て受け入れる事にしていた。


 フェリクスとも相談し、自然としなくなるまではこのまま様子を見るということになっている。


「レイモンド。食事の後は何をするんだ?」


「ごはんのあとはけんじゅちゅです!」


 ルシルに抱きついたままくぐもった声で答えるレイモンド。


「そうなのね。レイは最近剣術が好きだから楽しみね」


「ちちうえみたいにじょうずになりたいの」


「そうか。では後で様子を見に行こう」


 レイモンドは事件当日の事を幸いにもあまり覚えていなかった。終盤はほとんど気絶していたこともあり、嫌な記憶としてごっそりと抜け落ちている様だった。


 再び離別の悲しみを与えてしまったと後悔ばかりしていたが、こうして改めて話してみると逆に驚くほど心身ともに成長している。


 子供はこちらが思うよりずっとたくましいのだと知り、ルシルは何度も目を潤ませた。


 しばらく待つと気が済んだのか、レイモンドがもぞもぞと動いた。抱き上げて床に下ろすと、何事もなかったようにルシルの手を掴んで部屋を出ようとする。


「ははうえ。レイがエス、エスコットです」


「ふふっ……エスコートしてくれるのね、ありがとう」


 ルシルはフェリクスと顔を見合わせて微笑み合い、レイモンドに手を引かれてゆっくりと部屋を出た。


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