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第六十二話 大公妃の目撃 side マルクス

 「くそっ、こんな時妃殿下がいてくだされば……!」


 その日、隔絶の森で大公妃捜索隊の指揮を取っていたマルクスは、部下の報告で自分の騎獣を全速力で走らせていた。


 山脈に程近い森の深部で、飛翔型の魔物が目撃されたと言うのだ。


 もしそれが、またあの時と同じ様に巨大なドラゴンだとすれば、妃殿下のいない今、大公国騎士団に勝ち目はない。


 騎士として情けないことだとは思うが、初遭遇したあのドラゴンの強さはとてつもなく、神族である大公妃や、急襲してきた龍族の実力を知った今、およそ大公国騎士団が倒せる相手だとは思えないのが本音だった。


 もちろん再遭遇に備えて日々の訓練を厳しく行ってはきたものの、空中からの攻撃に耐えて敵を地に落とすほどの魔法の使い手は未だに騎士団から出ることはなかった。


 それでも、後ろに控える街や城を守る存在は今、我等しかいない。


(救いなのは、今は帝国魔法師団と龍族の捜査官に助力を乞える事だ)


 広大な森に散開している故にすぐには駆けつけられないが、合流できればごく少数とは言え、彼等は即戦力になるだろう。願わくば、騎士団の負傷者が大勢出る前に間に合ってくれれば。


 マルクスは握りしめた騎獣の手綱をさらに強め、逸る心を抑えて森を駆け抜けた。


「マルクス団長!!」


「戦況は!!」


「それが……訓練通り、長距離用の魔法弓の連射で対抗しましたが、その……敵に逃げられました」


「魔物が、逃げただと……!?」


 啞然と見下ろすマルクスに、部下は言い募った。


「それが、魔法弓はほとんど敵の防御膜か結界に阻まれて意味をなしていなかった様に見えたものの、我々の一斉射撃に恐れをなしたのか、突然進路を変えて山脈方面に戻っていったのです」


「敵はドラゴンだったのか!?」


「い、いえ、大きさは前回のものよりかなり小さく、あれをドラゴンと呼ぶのか我々には判断が出来ません。少なくとも形状は似ており、近付いて来た時の大きさはこの騎獣より少し大きい程度でした」


「……初見の魔物ではあるな。それで負傷者は!?」


「跳ね返されて落ちてきた弓で怪我をした者が数名程度です」


 最悪の想像よりずっとましな報告にほっと胸を撫でおろす。


「ただ……その、山脈方面にいた斥候の証言によると、小型の飛翔魔物の上に人影が見えたと」


「人影!?」


「はい、それが……その……確かではないものの、魔物に乗っていた人物が、た、大公妃殿下に似ていたと」


「何だと!妃殿下が魔物に乗って騎士団に攻撃して来たと言うのか!?」


「いえ……接近した際にはあちらからの攻撃と言うのは一度もありませんでした」


 いや、その前に、ついにこの大公国内で、妃殿下のお姿が目撃されたのか!?



 それは大発見だぞ!



 この際、妃殿下のご乱心は問題ではない。

 あの方に関しての奇異な言動は今に始まった事ではないから、魔物に乗っていたとしても何か特別な事情でもあったのだろう。


 無事なお姿が目撃されたと言う事だけでも大慶事だ。


 やっと、やっと閣下に良い報告ができる!


 帝国全土に向けて、大公国騎士団の面目が立つ!!


 各方面からの圧力もこれで解消されるだろう。


「ただ、その、妃殿下がいらっしゃるとは知らずに、降下して接近した魔物には常にこちらから一方的に全力での攻撃をしていたので……」


 喜色満面で震える拳を握りしめていたマルクスは、続く部下の説明にふと重大な問題に気が付いた。


「な……何と言う事だ。それなら、大公国騎士団が国に帰還しようとした妃殿下を全力で攻撃、阻止してしまったかもしれないのか……?」


 ひたすら歓喜に震えていたマルクスは、やっと事態の深刻さに気づいて急激に青ざめた。



***



 山脈の麓の結界内に一時退避してきたルシルは、がっくりと肩を落として頭を抱えていた。


「やっぱり……私は大公国にとって危険な破壊犯みたいな扱いなのかも……最後に理性を失ってあんな酷い爆発を起こしちゃったし……うう」


「いや、そう決めつけるのは早計だ。少なくとも俺達が事情聴取された時の雰囲気は、そんな感じじゃなかったはずだ」


「そうだぷ!最初は確かにちょっと困惑はしてたぷけど、城の人族はルシルを良い奴だと擁護してたぷ」


「うーん……親しくしてくれてた皆は少しは理解してくれたかもしれないけど……確かに私は得体の知れない神族の上に城壁破壊犯だし?騎士団には罪人の捕縛命令があるのかもしれないわ」


 すんなりと城に戻れると考えていた自分が情けない。


「いやいや、テロイア政府からもルシルの捜索と保護を要請されてるはずだから、大公国が君を傷つけるはずはない。きっとワイバーンの背に乗って行ったせいで誤解があったんだよ」


「そうだぷ。ワイバーンなんて山脈の結界内で処理されてた魔物だから誰も見たことないはずだぷ」


 ルシルは抱えていた頭を少しだけ上向けて、二人を涙目で見上げた。確かに、突発的に従魔になってしまったワイバーンが不憫で、なんとかしれっと一緒に連れていけると思った自分が馬鹿だった。


「うう、確かによく考えてみると山からワイバーンで移動する方法は、完全に悪手だったわね……」


 ひと口に隔絶の森と言っても広いので、正直誰にも見つからずに着地できると楽観視していたから、騎士団と遭遇して戦闘になるとは予想していなかった。


「むしろ何でワイバーンでいけると思ったんだ……」


「まあ、ルシルの従魔の訓練にはなったぷね」


「ワイバーンはやっぱり無理か……」


 呆れたようにこっちを見る二人を、若干恨めしそうに睨んで、ルシルは自分の常識のなさを深く反省した。


 大公国への帰還にあたり、エイリーヤとは長く対話や同期をして出来るだけ話し合いを持ったつもりだ。


 その中で、海から湧き出る魔物は神界から送られて来ることも知った。


 実はこの世界に出現する魔物は、神界で罪を犯した者達の魂だ。彼等は記憶を無くして地上に転生し、魔物として生き、地上人に幾度も討伐される事で禊を行う。


 罪の重さによってその回数は異なるが、魔物としての生を十分に全うすればまた神界の輪廻に戻れると言う。


 つまりこの地上世界は、神界の流刑地なのだ。


(魔物が神界の犯罪者だなんて驚きの事実だったわ)


 ルシルは自分の横でおとなしくしているワイバーンを見あげてため息をついた。


 神界の時の記憶を少しでも残している魔物だけが、祖神の従魔になれる。従魔でいる年数もまた、討伐される回数と同じ様に刑期に換算される仕組みだ。


(今は簡単な意志の疎通しか出来ないけれど、このワイバーンは従魔化で明らかに他と変化した)


「この子、どうしよう。これ以上連れていけないわね」


 従魔という新たな能力が勝手に発動して、突発的に従えてしまったワイバーンだ。明らかに知性も意思も持たない他の魔物の中に一人置いていくのは気が引ける。


「魔物と言うにはだいぶ賢くなっちゃったのに、このままここに置いていって平気かしら」


 対峙した時は無だった瞳に、今は知性が宿っている。


「仕方ないぷ。しばらくは山脈に残して他の魔物を捕食させていればいいぷ」


「そうだな、山脈内の掃除の手伝いにはなるだろ」


「分かったわ。ごめんね。今はあなたを連れていけないけど、いつか迎えに来るからね。……さあ、行って」


 ルシルが念を送って翼を叩くと、ワイバーンは一声鳴いて山の方に去っていった。念の為この無害なワイバーンについては心話でエイリーヤに伝えておく。


(まあ、私の代わりに面倒をみてくれる訳もないか。ただ他の魔物と一緒に討伐せずにいてくれるだけでいい)


 エイリーヤとはそもそもの価値観が大きく異なるので、相互理解にはなかなか至らなかったが、ある程度こちらの意思は伝えられたと思う。


 少なくとも突然大陸を沈めたり、神の雷のような攻撃をする事はないだろうと信じている。


「とりあえず、城に戻るために徒歩でもう一度森に入るわ。それで、騎士団とまずは話し合いをしてみる」


 ルシルは決然と顔を上げると、二人を伴って徒歩で山を降り始めた。


お待たせしました。次回はやっと二人が再会します。

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