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第六話 大公との面会

 あの時は、街中での襲撃という初めての経験にただただ驚いて、ろくに反撃もできなかった。


 そして、神族の魔力を抑えるときにのみに有効な、特殊な魔石を使った魔道具。

 あの石の存在は一般にはほとんど知られていないはずだし、医療目的以外で使われることなどまずない。


 突然の脱力感に襲われてすぐに、あの魔道具の効力に気付いた。神族であるルシルに向けて、明らかな攻撃の意思を持って使われていた魔道具。それが分かった時、咄嗟に焦りを感じた。


 全ての魔力を封じられる前に逃げなければと必死だったせいで、着地の転移点を詳細に特定する前に大容量の魔力をやみくもに流し込んでしまったのだ。


 まさに、やけっぱち、の境地だった。


 テロイアの連邦軍作戦本部近くの街と、ロト北端の大公国領は同じく魔物海域に面していることから、確かに国土としては近接している。


 まあ、広大な大洋を挟んでいるから、恐らく誰もピンとこないだろうけれど。


 そしてルシルが着地した森は、荒涼と続く山脈を背にしていたが、風に交じる香りからすると、その山のさらに向こうが恐らく大洋だった。ロトでは、この山と森で、魔物の人里への侵入を防いでいるのだろう。


 そこまで考えて、帰還の夢が絶望的に思えてならないルシルは、唇をかみしめた。


 (それでも大公国に落ちたのは不幸中の幸いよ。人里離れてたらすぐに食べものにも情報にも困ってたはずだもの。ひとまず今は大公様に保護してもらって、準備を整えたら、あの山脈を超えて海岸線に出る許可をもらえないかしら)


 海岸線に出る事は、魔物との対峙も覚悟しなければならない。


 しかも軍としてではなく、一人でだ。


 そこは不安があるが、十分に準備して臨めば、数時間ぐらいは堪えられるはず。

 そして、あの時と同じレベルの転移魔法を展開できれば、希望はあるかもしれない。


 むしろ、それしか方法はない。


 神族であることはひとまず隠しておこう。これまではまだ人族しか見ていない。

 ロトでの神族の扱いが分らないし、無駄な偏見が邪魔になるかもしれない。

 いったいどこまで正直に話すべきなのか。


 嘘や企み事が苦手なルシルとしては、もうこの際すべてを放り出して、


『隣の大陸から来た迷子の神族です! 助けてください!』


 と今すぐ叫びたいくらいの気持ちなのだが。


 けれど今そんな事をすれば、高確率で盲言を吐く不審者として地下牢行き、な気もしている。


 そもそもロトの情報が少なすぎるのだ。

 皇族やら貴族のいる世界なんて、非現実的過ぎる。


「あああ!もう、どうしたらいいの!」


 俯いて固まっていたルシルが、突然叫び出した事に驚き、デボラがまた何度も謝ってくる。


「あ……いえ、その、デボラさんへの叱責とかではなくて……ごめんなさいあの」


 ルシルがへどもどしていると、ドアをノックする音が再び響いた。


「お客様、お加減が宜しければ、軽食か湯あみはいかがですか」


 使用人が様子を見に来たようだ。はっとしてデボラがルシルを見る。


「ルシル様、ひとまず大公様に取り次いでいただきましょう」


「そうですね、まずはお会いして誤解をといて、謝らなくては」


 何も心は決まっていなくて、気が重いが、大公様と話さない事には何も始まらない。


 薄布の天蓋をきっちりと下ろして、扉に向かって歩いていくデボラを見ながら、ルシルは自分の身の上話を決めかねていた。


 しばらくするとデボラが、大公家の使用人を引き連れて戻ってくる。


「宜しければ湯あみのあとで、閣下とご夕食を共にとのことです」


 正直こんな状況でも、確かに空腹を感じていた。自分のずぶとさには閉口する。


「分かりました。ただ、湯あみなら自分の洗浄魔法で賄えますので」


 貴族の湯あみなんて、明らかに恥ずかし気なものは辞退したい。


 すると使用人たちは、なぜかトルソーに着せたドレスを何着も運び込んだ。

 そしてさらに運び込まれる靴や宝石。思わず顔が引きつる。


「あとはわたくしが」


 デボラの言葉に、全員笑顔で礼をして去っていく。さすが大公家の使用人。


「騎士団の報告では、ルシル様のお鞄以外のお荷物やお付きの方々などは森の中には見当たらなかったようなのですが」


「ああ、その、それも記憶にないのです」


「まあ」


 ひとつひとつ、嘘を重ねるのがつらい。

 手に持っていたのは容量は少ないが一応魔法鞄だから、それなりに荷物は入っている。

 ただ、ここで役立つものはあるのか不安だ。


「それでは、お召替えも、大公家でご用意いただいたものをお借りするしかないでしょう。マリアンヌ様の物も、あまり手元には残らなかったので……」


 悲しそうな顔になるデボラ。


「そうですね、こんなに豪華なものをお借りするのは恐縮なんですが。大公様とお食事するのに、さすがに旅装では失礼ですよね」


 ルシルは仕方なく頷いて、デボラと自分に、二人分の洗浄魔法をかけた。


 そして適当に見繕って貰った服を着つけてもらい、軽く化粧もほどこされた。

 貴族の女性風のドレスなんて初めて着たが、しくみがわかったので、次回からはなんとか自分でも着れそうだった。


 素早く自身も着替えたデボラと共に、女性騎士に会食場まで案内される。

 

 大公城は、屋敷というよりはさすがに石造りの城で、とにかく広かった。最初に借りた部屋に、案内なしでもう一度たどり着ける気がしない。


 運び込まれた時は意識がなかったので、森と城の位置関係も気になる所だ。


「お身体は休まりましたか」


 会場、というくらいの大きさのダイニングルームに入ると、長いテーブルの先で、大公が立ち上がって二人を迎えた。いきなり謁見の間とかではなくて良かった。


「エスコートもせず、申し訳ない」


 不愛想、ともとれるような無表情ではあるが、どことなく温かみを感じる声だった。


 服装も、全体的に黒が多めの、略式礼装のような服で、それほどの高級感や威圧感はない。魔動画で人気の時代劇で、キラキラしい貴族や王族を想像していたので、少し安心した。大公国の公王と言っても、それほど格式ばらないお国柄なのかもしれない。


 ルシルは、貴族女性の挨拶方法をデボラにたずねておいたので、ぎこちなくも挨拶をして、席に案内される前にと、大公に切り出した。


「大公様、できればお食事の前に、お伝えしておきたい事がございます」


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