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第五十八話 テロイアの災厄 side スカイ

 連邦議会はテロイア大陸全土に向けての公営放送で、旧大陸ロトにある、ラフロイグ帝国との国交交渉を始めたと公式に発表した。


 同時に、魔の海域を渡って大陸間移動を可能にする技術の開発に成功した事も明らかにされた。


 連日新聞はその衝撃的な話題で持ちきりで、ここ連邦軍の新人研修塔でもその余波は大きく、ずっと落ち着かない雰囲気が漂っている。


「それで、何か分かったのか」


 大勢で賑わう食堂大ホールの一角で、赤毛のトミーは真剣な顔でスカイに声をかけた。


「いや、大したことは掴めなかった。でも少なくともルシルがロトにいる事だけは確かだ」


 スカイはその色素の薄い端麗な顔をしかめながらも淡々と答える。


「ふうん。やっぱりね。どうも、お偉いさんたちの焦りぶりがおかしいと思ってたんだよ」


 黒毛のレミーは腕を組んだまま鼻を鳴らし、黒目の大きい瞳を煌めかせた。


「じゃあ例のアイゼンバーグ事件で、ルイガス家の息子がロトに派遣されたって話は……」


 焦れったそうなトミーが机に身を乗り出すようにして少し声を荒げ、スカイに迫る。


「しっ!それは機密情報だからここで言うな」


 ハッとした顔で周囲を見回すトミー。


「ごめん」


 軽く舌打ちしてスカイが規律違反の防音結界を張った。研修中の新人には様々な制約があるが、スカイはそのほとんどをあまり気に留めていない。


「今アイゼンバーグは当主の裁判を乗り切るので精一杯みたいだ、その隙にブラックモアとルイガスが派手にあちこち動いてる」


 スカイは顎に長い指を添えて思案げに頷いた。


「アイゼンバーグは当主交代しても返り咲きは難しいだろう。軍の総指揮権は、新興のブラックモアになりそうだ」


「ルイガスは古株の名門だけど基本的には穏健派だし、ルシルの失踪で結構非難されてたからなあ」


 トミーとスカイの会話に、退屈そうにレミーが言う。


「で、どうするんだよ、これから」


 三人はそれぞれにチラチラと顔を見合わせた。


「どうするも何も……」


「なるべく急いで動くしかないだろ。軍部の覇権争いであの武闘派のブラックモア一強になれば、当面勝手な行動は出来なくなる」


「そうだな、訓練も規律も相当厳しくなるだろうな」


 三人が一様にげんなり顔で頷いた時だった。

 

 初めはごく小さな小刻みな振動。


 卓上の水の入ったコップがカタカタと鳴りだした。


「……?」


 訝しげな視線が震えるコップの中身に集中する。


「なんだ……?」


 徐々に振動は大きくなり、いまや身体全体に伝わる。

 思わず三人共が、椅子を蹴って立ち上がった。


「危ない!お前ら、一度外に出るぞ!」


 スカイが落ちてきた照明を避けながら二人に叫ぶ。


 少し離れた大扉の前で、年嵩の隊員が新人達に指示を出し始めた。ホール内でバラけていた新人隊員たちが慌てたように扉に向かいだした。


 揺れは明らかに大きくなり、棚の上の物が転げ落ち、

壁にかかった大きな絵画も落ちて倒れかかってきた。


 走り出した三人は、困惑しながらも他の休憩室のドアを蹴破りながら、避難を呼びかけて走り出した。


「なんなんだ、これは!!地面が揺れてる……!?」


 建物の外に走り出ながら、三人は慌てて軍の施設の建物群を振り返った。飛び出してきた新人研修塔の他にも、多くの建物が中庭に面して建っているが、その全てがグラグラと揺れ、壁には次々と亀裂が入っていく。


その合間にも、古い窓枠や窓辺に飾られていた植物の鉢などが高所から落ちてくる。


 信じられないものを見て、立ち尽くす隊員たち。


「一体何が起こってるんだ……!」


 中庭に避難してきた多くの隊員が啞然と見上げる先には、怪しげに青く光る遠くの空があった。


 ここからかなり西の先、大陸の中央方向の空には不気味に青い太い光の円柱が建っている。だが誰もそれが何の光なのか、見当もつかない。


 まるで魔動画で流行りの、世界滅亡の危機とか、天変地異の始まりに見えた。


「とにかく、揺れがおさまるまで総員屋外に避難を……!まずは状況を把握する為、新人は代表者を……」


 指導員の上官が中庭に避難している新人隊員たちに大声で指示を出そうとした時だった。


 ドオン、と言う腹の底に響くような重低音が響いた。


 ひときわ強い揺れを感じ、多くの者が無意識に頭を抱えて、咄嗟にその場で体勢を低くする。


 スカイはその場に立ち尽くしたままで目を凝らして光の柱を見ていた。重低音が響いたその瞬間、光の中心部で青色が強まって激しい爆発が起こった様だ。


 強い揺れのあとも、ゆっくりと長く地面が左右に大きく揺れ、誰もがその場で立っている事が難しく、よろけて膝をついたり、尻もちをついたりした。


 街の方からは人々の微かな悲鳴と怒号が漏れ聞こえ、軍の施設内にも低い驚きの声が拡がった。


「何だ、あの青い光は一体なんなんだ……」


 軍部の人間とは言えほとんどの者が一様に、この途方もない異変に対してただ呆然とするばかりだった。


「トミー、レミー、俺は一度実家に戻る。どちらにせよ後で招集はあるはずだから、それまでに出来ることをしておくんだ」


 その中でスカイだけが、厳しい表情のまま声を低めて他の二人にいち早く指示を出した。


「分かった」


 三人はすぐに動ける準備をしようと小刻みに揺れ続ける地面を蹴って兵舎に向かって走り出した。


「じゃあ後で。何があっても計画通りに」


 頷く二人を目の端で捉えて、スカイは全速力で走った。辺りはまだ騒然としていて、点呼を取り始める様子もない。


 ひとまず自室に戻って簡単な準備を済ませると、短い書き置きを残して実家への転移魔法を使う。


「スカイ!」


 実家の転移陣部屋にスカイが姿を現すと、慌てた声で自分を呼ぶ長兄のセトと目が合った。神族でも指折りの富豪であるフローレンス家の正統なる嫡男。しかし兄は型破りの末っ子にはめっぽう弱いのをスカイは知っている。


「また軍を勝手に抜け出して……いや、でもとにかく無事でよかった。まずは母さんに会ってきなさい」


 久しぶりにスカイを見て嬉しそうだ。白金の髪に薄い緑の瞳。自分と同じ薄い色素の美麗な外見に良く似合う豪華な外出着を着ているのを見ると、これから急いでどこかへ出かけるところだったようだ。


「兄さん。悪いけど出かける前にちょっと教えてほしいことがあるんだ」


「ううむ。今は首都が大騒ぎになってるから、私もすぐに出なければならないのだ。シェイラは約束に遅刻するとうるさいからな」


 憂鬱そうな兄に、スカイは適当に笑いかけた。


「シェイラってシェイラ・ブラックモア?」


「ああ。彼女と内密の話し合いがあるんだ」


 やはり今の連邦軍はブラックモア一門が牛耳る事になりそうだ。スカイは弟に甘すぎて相変わらず機密をすぐに漏らしてしまう長兄に、心の中で感謝した。


「で、あの青い光は何?何かの魔法実験とか?」


「いや……あれは……恐らく、神罰なんだよ」


「しん……ばつ?」


「そうなんだ。はあ……これは連邦議会でもごく上層部の者しか知らないことだが……どうも少し前に、ロトでまた問題が起きたようでな」


「問題って?」


「お前の友達……ルシル・クロフォードがロトで発見されたことは知っているだろう?」


「ああ。でも向こうで保護されていて、心配はないって聞いたけど」


「そうだ。当初彼女はロトできちんと保護されていたらしいんだが、アイゼンバーグがまた新たに馬鹿をやって……どうも彼女が行方不明になったようなんだ」


「ルシルが……また行方不明?!」


 ルシル・クロフォードが神子か、それに准ずる重要人物である事はこれまで一握りのグループだけで秘匿されてきたが、今回の事態の重さを鑑みてその情報が公開されていた。


 これにより各国や各種族の上層部には激震が走り、龍族全体、特にルシルを襲撃したアイゼンバーグ家には、批判が殺到していると聞いている。


「そうだ。長老会は近いうちに神罰が下ると予測していたが、非現実的だと思われてたんだ。だから詳しい事はまだ良くわからない。とにかくうちには急ぎで極秘に資金援助の要請が来ているんだよ」


「え?何に対しての資金援助?」


「恐らく大陸間航行計画の為の資金援助だろう。アイゼンバーグから押収した潜水艇の他にも急ピッチで新型の建造を急ぐ必要が出てきたからな」


「まさか、テロイアを捨ててロトに避難するとか言う話じゃないよな……?」


「そこまでの話かは分からん。ただ、少なくともルシル・クロフォードを奪還する必要はある。あちらが故意に彼女の身柄を隠匿している可能性もあるからな」


「って事は……大陸間戦争の準備とか?」


「いや、脅し程度だろう、ロトのどこに彼女がいるのか分からない時点で闇雲な攻撃は不可能だ」


「それで、あの光の柱の被害は?」


 大陸を代表する富豪であるフローレンスにはあらゆる情報が入ってくる。末っ子のスカイにはわざわざ知らされない事も多いが、議会の中枢に役割を持つ父と兄達にはすでに何らかの情報がもたらされているはずだった。


「爆心地には軍部から人が送られたよ。大陸中央の砂漠地帯だから、現場状況の把握には少し時間がかかるが、恐らく人的な被害は少ないはずだ」


「爆心地より各地の地揺れの被害が深刻そうだもんな」


「ああ、各国の被害状況が確認され次第、軍も救助隊の派遣に着手するはずだ、お前は……お前、まさかすぐに軍に戻るつもりなのか?」


「いや……俺は……まだ他にやることがあるから」


「そうか。まあそうだな。派遣先は危ない場所も多いだろう。うちで待機していなさい。全く、だからまだ学園に残って指揮官コースを専攻しろと言ったんだ。いくら彼女と仲が良いと言ってもこんなに早くお前自身が従軍する必要はなかったんだから……」


 ブツブツとお馴染みの説教を始めた兄の声を聞き流しながら、スカイは思案にふけった。


(ルシル……ロトでの居場所が分からないだって……?!)


 知らないうちにそんなことになっているとは。せっかく三人で練った計画が、水の泡になるかもしれない。


「シェイラに自宅待機の件はなんとか頼んでおくから……お前はまず自分の安全を確保していなさい」


 スカイは素早く今後の行動を計算すると、弟の心配で重要な予定時刻を忘れているらしき兄を、これ幸いと真剣な表情で見上げた。


「兄さん、頼みたいことがあるんだけど」


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