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第五十四話 再会

 眼前に迫る巨体にさすがに動揺して、すぐに速度強化をしたので、周囲の動きはゆっくりになった。


 ルシルの方へ一斉に向かってきたアースドラゴン達に、先ほどの一人と一匹が必死の形相で追いすがる。


 しかし、逆に強力な尾の一撃を受けてあえなく吹き飛ばされ、それぞれに大木に叩きつけられた。


 ルシルは速度強化のせいでゆっくりと繰り広げられる目の前の状況に呆然と立ち尽くす。


 呻きながらその場に崩折れた彼等を見ると、何故か胸がキリキリと痛んだ。倒れた二人がむせて血を吐き、大木の傍の下草が赤く染まっている。


 それを見ると、ルシルの鼓動は激しくなった。


 ルシルは彼等を軽く吹き飛ばしたドラゴンを見た。   

 

 自然と零れるほのかな怒り。


 説明のつかないその怒りに身を任せて、ルシルは神力で魔法槍を造ると、そのドラゴンに向けて軽く放った。


「ぎ!」


 出来るだけそっと打ち出したつもりだったが、串刺しにされたドラゴンは悲鳴を上げる間もなく一瞬で消滅し、標的を失った魔法槍は勢いよく隣の山の山肌をガリガリと音を立てて削りながら弧を描いて谷へと落ちていった。


(ああ……山の形が!ごめん、エイリーヤ!)


 新しい力の想像以上の威力に、ルシルは戸惑った。


(でも、なんとか今は使いこなさないと)


 ルシルは残る2匹のアースドラゴンを振り返る。


 狂ったようにルシルを目指して突進するドラゴン達にはもう、周囲の状況は認識できていないようだった。完全に神力に陶酔している。その姿はなんだか哀れにも見えた。


 ルシルはうまくいくのか首を傾げながら、2体のドラゴンを意識して指を鳴らした。先程見たエイリーヤのような雷撃で、黒い灰になるイメージで。


 直後、耳をつんざく様な轟音と共に巨大な雷撃がドラゴンに落ちた。


「ぎゃああああ!!」


 ルシルは女性らしくない悲鳴を上げながら咄嗟に自分と、大木の前で血を吐いて倒れている一人と一匹を意識して強固な結界を張り、なんとか自爆を免れた。


 その威力は凄まじかった。


 エイリーヤのものよりかなり大きめの雷撃は、ドラゴンどころか周囲の木々も一瞬で灰にしてしまったのだ。


 結界の内側に残されたルシルと彼等は、周囲一帯の真っ黒に焼け焦げた地面とスッキリ見通しの良くなった山の中で呆然と顔を見合わせる。


「あ……」


「ルシル!!」


 焦ったようにルシルを呼ぶ声が重なる。

 先ほどのように突然、心に相手の名前が浮かぶ。


 ジャックと、カリン。私の友達と大切な相棒。


 その言葉がふと胸に落ちて、ルシルの脳裏には彼等に関する記憶が暴風のように吹き荒れた。

 ルシルは咄嗟にその場に座り込むと、暴風がやむのをじっと待った。


 ジャックとの幼い頃の記憶も鮮明になり、カリンとのやりとりとこれまでの経緯が怒涛のように流れ溢れ、目をきつく閉じてそこに伴う感情の波にも耐える。


(そんな……!こんな大切な事を忘れていたなんて)


 やがて全てが収まると、ルシルの瞳にはとめどもなく涙が溢れた。


「ルシル!!会えて良かった!」


「うん……二人も無事で良かった」


 ルシルはよろめきながらも心配そうに自分に駆け寄る二人に、両目から流れ続ける涙には構わず必死に顔を向けた。


「あんな風に勝手にいなくなって本当にごめんなさい。それであの後……城の皆は?」


 心臓の音が大きく早くなる。


 あの時、神力の封印が解ける時の暴走さえなければ、自分がきちんと対処してあの二人を安全に助けられただろう。胸を突く苦い後悔が再びよぎった。


「ああ、大丈夫だ。大公も公子も元気で君の帰りを待ってる」


 そのジャックの言葉を聞いた途端、迫り上がる安堵で逆に息が苦しくなった。震える両手で口を押さえて、身体を丸める。


 二人は無事だった。ちゃんと生きてる。


「……良かった!!」


 こぼれ落ちる涙は益々勢いを増した。こんなにも感情的になるのは、一体いつぶりなんだろう。


 ルシルはひたすら流れ落ちる涙をどうやって止めればいいのか自分では見当もつかない。小刻みに震える手で必死に涙を拭いながら、自分の滑稽さに少し笑った。


 これまでの記憶や感情にも封印は関係していたのかもしれない。誰かをこんな風に強く想った事も、それによってこんなに感情が揺さぶられる事も、テロイアにいた頃にはまるで経験がなかった。


 泣き笑いの状態でひたすら涙を流し続けるルシルに、ジャックは少し困ったように自分の頭をかいている。


「ルシル、さっきのあの攻撃は酷かったぷ!我まで一緒にくたばる所だったぷよ!」


 そんなジャックの後ろからルシルに突進してきたのは、白い毛玉のカリンだ。


「力の加減がまだ出来ないのかぷ?この山でずっと修行してた割には、まだまだひどい有様だぷね!」


 ぶつぶつと呆れたように文句を言うカリンは、小さな子猫程度の大きさだった筈だが、今はその身体がルシルよりも大きくなって具現化していた。隣にいるジャックよりもさらに大きい。


 ルシルは変わらないふわふわの毛並みに抱きついて言った。


「カリン?あなたまた、大きくなったのね」


「そうなのだぷ!完全に元の大きさに戻ったぷ!」


 嬉しそうに、綺麗なオッドアイを輝かせるカリン。


「我は元々偉大な大精霊だったけど、ルシルの影響でさらに神獣?と言うものに進化したみたいだぷ!今はルシルの神力が身体中に漲ってるぷー!」


 カリンは小さな毛玉に戻って空中を嬉しそうに飛び回りだした。驚いた事に、傷ついていた身体も既にすっかり癒えている。


「カリンが元気なら私もそれが一番嬉しいよ」


 カリンが自慢気にする話によると、今ではルシルの濃厚な神力の影響で治癒力が高まり、身体の大きさも自分で好きに調節出来るようになった様だ。


(神獣?なんだか分からないけど、カリンは嬉しいなら良いか。後でまたエイリーヤに聞いてみなくちゃね)


 全身で喜びを表す相棒に笑顔を向けるルシルに、ジャックが遠慮がちに話しかけた。


「ルシル。今は体調はどうなんだ?」


「ジャック……ありがとう。体調はもう問題ないわ」


 幼い時のジャックとの記憶は、ルシルに温かい安心をもたらした。自然と笑顔になり、涙は止まっていた。


「それと私、全部思い出した。あなたは病院での実験を嫌がって飛び出した私と、友達になってくれたのね」


 テロイアの一部の神族達はルシルの特異性を知っていた。そして幼い頃のルシルは病院で暮らしており、能力検査や封印の状態を常に監視されていた。


 同じ日々の繰り返しに飽きたルシルは、ある日こっそりと病室を抜け出し、その日たまたま病院の中を探検していたジャックと鉢合わせしたのだ。


「偶然子供同士仲良くなったけど、本当は隠された存在だったルシルとは出会ったらいけなかったらしい」


 ルシルの脱走事件後に両親はルシルを養子として預かり、当時研究者だった母親だけが全ての事情を把握する事になった様だ。


「そうね、私もそのことは母から後で説明された」

  

 病院の研究室にいた頃の母は幼いルシルにも、出来る限りの事実を伝えて真摯に向き合ってくれていた。


 シランディアがテロイアに残した銀の卵やレイヤナについての古い指示書の存在も教えてくれた。


「確か、祖神と幼い龍族が出逢うと、突発的に主従契約に似たつながりを持ってしまうことがあるって」


「ああ。俺はあの時自分でも知らずにルシルとその絆を作っていたらしい。だから強制的に引き離された」


「そんな……」


 ルシルは驚いて改めてジャックを見上げた。


 そういえば、その後不自然にジャックの事を忘れていた。きっと記憶が操作されていたのだろう。


「そんな事が起きてジャックは大丈夫だったの?」


 あの時の自分の勝手な行動が彼に妙な影響を与えてしまっていたのに、何も知らずに放置したあげくその存在ごと忘れていたなんて。


「私だけ何も知らずにいてごめんなさい。病院を出て母の養女になる時にまた記憶の封印をされてたみたい」


 眉間にしわを寄せるルシルに、ジャックは晴れやかな笑顔で快活に笑いかけた。


「いや、それが俺は成長遅延で通院してたのに、あの後あっという間にデカくなって、能力も他よりだいぶ強くなったんだ」


 確かに、今のジャックは龍族の中でもかなりガタイが良い方だと思う。対照的に小さい頃の記憶の中のジャックは、人族の女の子だと言っても分からない位に小柄だった。


「俺の生体データの研究で、龍族全体にも貢献できたし、ルシルにはずっと本当に感謝しかなかったよ。ルシルが謝る要素はひとつもない」


「ありがとうジャック。私もやっと今は、自分が祖神族だって自覚したし、記憶や神力の封印も解けてちゃんと全部思い出したわ」


「良かった。君の封印が解けるのを俺はずっと待ってたんだ」


 ジャックは人差し指を立ててルシルとカリンの注目を集めると、少し離れた場所までゆったりと歩いていってこちらを振り向いた。


「これを見てくれ」


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