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第五十三話 記憶

 流れ込む記憶が止まると共に、ルシルの感覚はおぼろげに戻り、腰掛けた丸太のギザギザの感触が急に手の平に現実として感じられた。


(私は半血の祖神で、両親が卵を孵すのに必要で新大陸を作ったなんて……。壮大過ぎてすぐには信じられない話だわ)


 拒絶する気持ちはまだあったが、めまいや吐き気は収まってきていた。


 でももしこれが事実なら受け入れるしかない。


【次はお前の封印が解けた原因を知らねばならない。強い感情や身の危険を感知した後、段階的に解けていったはずだ】


 エイリーヤの声がボンヤリとした頭に反響するように響く。同期が完全に切断していないのだろう。


『分かりました。私も何故か最近の事を思い出せないので一緒に確認したいです』


 目を閉じて心話で答えると、ルシルは再びエイリーヤの魔力に身を任せた。船酔いのような感覚の後で、再びルシルの視点で記憶が再生されていく。


 ルシルの記憶は、断片的な学園での日常から始まった。そしてテロイアからロトに転移する直前、襲撃にあった場面を追体験すると、エイリーヤの意識が同期から薄れるせいか、映像が途切れがちになっていった。


 その後ロトの森に転移して、人族を崖で助けている記憶の時もエイリーヤは何かに気が散っている様子だった。


【考えられん。神との盟約を何だと思っているのだ】


 低いつぶやきと共に薄っすらとしたエイリーヤの負の感情が伝わってくる。そして同期は再び突然停止した。


 記憶映像の中のルシルは、軽い魔力枯渇状態で、助けた人族と何か話している途中だった。


 予告もなく停止された同期によって無理矢理に思考を切断されたような感覚に、強いめまいがする。同期と言う感覚にまだ慣れないせいだろう。


 ルシルは額を片手で押さえて俯き、先ほどの記憶をなぞって何かを必死で思い出そうとした。突然の終了でその先が見れなかったが、何か本当に大事な事を忘れている気がしてならない。


 ふと、左手の薬指にはまった小さな白銀の指輪が気にかかった。見事な意匠の台座に紫色の透き通った宝石が輝いている。


(この指輪……ああ、痛いな。何だろう、酷く胸が痛む)


 指輪を眺めていると突然心臓が締め付けられたように痛み、慌てて胸に手をやる。この痛みは先程の同期の副作用か何かなのか。息がうまく出来ない。


 ルシルが文句を言おうと目をやると、無感情だと思っていたエイリーヤは、不機嫌さが少しわかる程度に明らかに表情を曇らせていた。


【お前がこの地に戻った事には気がついていた。地上の者達と自由に暮らしているのだろうと干渉を控えたが】


『あ……いつか、森で私を助けてくれた?』


 自力で記憶を掘り起こしていると突然、目の前に串刺しになった巨大なドラゴンの映像が浮かんだ。


【あの時はあまりに騒がしかったからな。お前を護っているはずの地上人達への警告の意味だったが】


『よく思い出せない』


【先ほどの記憶を見る限りでも、お前は護られて自由に暮らしていたようには見えない。もっと早くにきちんと介入すべきだった】

  

 軽く息を吐いてルシルを見た後、エイリーヤは緩慢な動作で何もない空間に薄い透明な板の様な物を幾つか浮かべ出した。


 驚いて目を見開くルシルに構わず、エイリーヤは空中に浮かべた透明な板に景色を次々と映し出した。


 よく見ると景色は刻々と変化しており、今現在の遠隔地域の状況をそのままに映し出している様子だ。


『あの……同期の続きは?』


【そうだな……また然るべき時に行う】


 エイリーヤは、ルシルの質問には上の空で、次々と切り替わる景色の映像を熱心に見ているようだった。


 エイリーヤの珍しい能力に驚きながら、ルシルも映像を見つめていると、幾つかの場所に見覚えがあった。


 ひとつはテロイアとロトを高い場所から見下ろした物。魔動画で見ていた空中撮影映像に似ている。


 また別のひとつはこの北の山脈に近く、海岸線近くを写したもの。海から這い上がる魔物が動いている。


 一番端にある映像は、近隣の山の中腹あたりの様だった。他の映像は空や海の青色ばかりの中、緑色の山の中の映像は少し目を惹いた。


 海岸線の映像を観ながら、エイリーヤが呟く。


【大型魔物の数が増えた原因は、お前だったのか】


『え?私!?』


【そうだ。特に封印下で限られていた神力を、枯渇するまで使おうとして、警告の香りまで出しているからな】


『警告の香り?』


【ああ。神界で暮らす祖神達は神力が一定以下になると特有の香りを出して周囲に知らせる事がある。だが、特に魔物もこの香りに惹きつけられやすい】


 不穏な内容が気になったが、それよりも神界にいる同胞の話というのがルシルの興味を引いた。


『神界で暮らす祖神達……。エイリーヤの他にも同胞がいるのね。神界と言うところに?』


 ルシルは先程より少し砕けた口調で話した。同期で記憶や感情を共有したせいか、妙な親近感が生まれ、お互いの距離感は少し縮まった様な気がする。


【祖神は基本的に神界で産まれ、神界で暮らす。神界には他にも神族と龍族がいる。彼等は祖神を補佐する為に生まれた種族だ】


『エイリーヤは何故神界で暮らさないの?』


【我も産まれてしばらくは神界で暮らしていた。今はこの地上世界を、少しの間担っているに過ぎない】


 ルシルは千年以上の時間を少しの間と言う、エイリーヤの時間間隔に耳を疑った。


【警告の香りだけでなく、我ら祖神の神力自体が魔物にとって媚薬のようなものだ。この大地には我の神力が遍く染み込んでいる為に、それに釣られて奴らは永遠に海の底から湧いてくる】


 そう言いながらエイリーヤが指を軽く鳴らすと、映像の中の魔物に小さな雷撃が落ちる。


【まあ、他愛もないものだが】


 魔物は瞬時に跡形もなく消えた。


『凄い。今の私にも貴方と同じ事が出来るの?』


 【今すぐ同じとはいかないがな。似たような事は出来る様になるだろう。完全に封印が解けた後、神力は身体に徐々に馴染むように調整してある。変化に伴った記憶や感情の欠落もそのうち戻るはずだ】


『そのうちって?』


【さあ?お前がその神力になれる頃だろう】


 ルシルはのんびりとしたエイリーヤの言葉を聞きながら何故か焦燥感が消えなかった。何か重大な、忘れていることがある気がする。


 胸騒ぎがしたまま曖昧に頷いて目線を泳がせると、視線の端に山の中腹の映像内を蠢く何かが気にかかった。


 体格の良い龍族らしき男性と、白い被毛に覆われた中型の生き物。


 魔物に取り囲まれて戦闘している。


 この険しい山脈には、山頂に近づくほど大型の魔物が散見していて、映像の中の彼等はそこそこ苦戦しているようだ。


『誰かが山の中で魔物に襲われてる』


【ああ、そういえば少し前から山に入る地上人が増えているな。我が処理するためにおびき寄せた大型の魔物は奴らには荷が重いだろうに】


『ここから遠距離で魔物を仕留めるのは私にはまだ難しそうだわ。なんとか助けてあげたいけど』


 映像を注視しながら何気なく呟くルシル。


【ほおっておけばいい。地上人も魔物も滅んでは生まれることを繰り返す性なのだ】


 エイリーヤは興味がなさそうにルシルに答えると、テロイア大陸全体が見える映像の前に立って、幾つか場面を切り替えながら何かを思案し始めた。


 ルシルは、近くの山の方の映像に釘付けだ。

 その中で戦う一人と一匹から、何故か目が離せない。


『エイリーヤ。今から私はここに行ってくるわ。なんだか気になるの』


【ふむ。……近距離での魔物駆除の練習か。まあお前が神力に慣れるのには良いかもしれん。ただこの辺の山の形はできるだけ変えないようにしてくれ】


 ほとんどこちらも見ずに淡々と話すエイリーヤ。


 うまく調整しないと山の形まで変えてしまう威力があるということなのだろう。ルシルは顔を顰めると、目を閉じて自分の神力に集中した。


 体内と体表をあまねく巡る熱い何か。


 ずっと普通の魔力だと思っていたそれは、確かに以前とは明らかに違う。もっと濃密で豊潤な、轟くような力強さを感じる。これが、封印されていた本来の力。


 ルシルは一瞬後には先ほど画面で見た戦闘場所の近くに転移していた。細かく転移先の座標を指定したりする必要もなく、思い浮かべるだけで瞬時に移動できる。


 それが、この山の中だけではなく、ロト全体、果てはテロイアも含む全ての大地にそれが可能だと、本能的に理解できた。大地の隅々までもが、自分の身体の一部にでもなった様に細かく意識できる。


 まるで生まれ変わって、別の万能な人格になったような不思議な感覚だった。


 圧倒的な万能感から意識を戻すと、すぐ近くから激しい戦闘音と木々がなぎ倒される音が聞こえてきた。先程の映像の者たちだろう。


 ルシルは何故か興味を惹かれる彼等を助けて、話を聞けば自然と思い出す事もあるのではないかと期待した。


 テロイアからロトに転移した記憶をみた時から、

 どうにも気が急いて仕方がなかった。

 

 おとなしく同期の続きを待ってもいいが、エイリーヤと言う人は、時間の感覚がのんびりしている上に、気も散り易い性質のような気がする。


 突然他の事をやり出した彼が同期を続ける気があるのかもいまいち分からない。


 ルシルは鬱蒼と茂る木々を軽く手を振るだけで薙ぎ倒しながら、戦闘音の方へ近づいて行った。


 少し開けた場所で大型のアースドラゴン3匹と戦っていたのは、ジャックとカリンだった。


 自然と二人の名前が思い出された事に、愕然とする。


(ジャックとカリン?勝手に名前が……)


「!ルシル!!」


 茂みから突然軽装で現れたルシルに、戦っている者たちの意識がふと集中した。魔物達は、ルシルの体表から滲み出ている神力に反応しただけかもしれない。


 アースドラゴンとは、背中にギザギザの背びれの付いた巨大なトカゲのような魔物だが、近くで見ると体長は1匹でもゆうに10メテルほどあり、腹部分はまるでそれ自体が岩山のようだ。


『ぎいいいっ』


 一斉に方向転換して、地響きを上げながら自分に突進してくるアースドラゴン3匹を見て、ルシルは少し動揺した。慌てて周囲に厚い結界を張る。


「危ない!!」


(ああこれは……流石にちょっと防ぎきれない勢いかも)


 向かって来るアースドラゴン達の目は、薬でも飲んだかのように焦点が合っていない。確かに何かに酔っ払っているように見えた。


(まだ調整なんて何にもできてないのに)


 ルシルは神力の調整などと考える暇もなく、目前に迫ったピンチに向き合うしかなくなった。

 


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