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第四十九話 大公妃の失踪 side フェリクス

長らくお待たせ致しました。今日から第三章です。

 大公妃が失踪して数ヶ月。


 復興が進む大公城の慌ただしさの中で、フェリクスは執務室をそっと抜け出した。物憂げな紫の瞳は、もうずっと深い翳りを濃くしている。


 あの日、裏切りと敵襲の大混乱の中で、最後に起きた小爆発は大ホールのあった本館西翼の一部と城内でも一番大きかった迎賓用の中庭を丸々消しとばした。


 今でこそ再建されつつあるものの、当時この場所は竜巻が通った後のように酷い有様だったと言う。


(なぜか気がつくと、ここに来てしまうな)


 広大な庭園の一角に残っている巨大なクレーターの縁に立って、フェリクスは今日も一人、何もないその場所を眺めている。


 建物や庭園の深刻な被害は大きかったが、無傷だった南宮と本館南翼に避難していた人々には奇跡的に大きな被害はなかった。


 当時現場にいた負傷兵達も爆発の前に転移魔法で回収されて避難が完了しており、あれだけの事故の中、人的被害が無かったことはせめてもの幸いだった。


 その後捕縛された襲撃犯の異種族達は、最低限の治療のみで帝都にごっそり送られたので、今ではこの復興工事の騒音以外は全てが元通りの日常に戻っていた。


「こちらでしたか」


 ぼんやりと佇んでいたフェリクスの背中にジルベールの声がかかる。


「ああ。少し風に当たっていた」


 ゆっくりと振り向くと、気遣わしげなジルベールの視線がフェリクスを捉える。それを避けるように前を見据えて、無表情のまま歩き出す。


「閣下。本日の午後はテロイア連邦捜査官との協議が控えております。彼等からの情報に何か進展があるかも知れません」


 ジルベールの励ますような言葉にもつい苛立ちを覚えてしまう。そんな自分を持て余し、奥歯を噛み締めて歩みを早めた。


(進展はないだろう。きっとこれまでと変わらない)


 無意識に左胸の傷があった場所に服の上から手を当てて、当時の事を思い出す。


 フェリクスの胸を貫通していた魔力銃の弾は急所を僅かにズレていて、避難後にジャックと名乗る龍族の男性の持っていた特級ポーションで一命を取り留めた。


 一月後にやっと目を覚ましたフェリクスにジルベールが涙ながらに語ったところによると、かなり際どい状況だったらしい。


 まるでそこにまだぽっかりと穴が空いているような感覚に思わず顔を顰めて、フェリクスは小さく呟いた。


「……君は一体、どこに消えてしまったのだ」


 大変な魔力暴発を起こして忽然と姿を消した大公妃の行方は、未だようとして知れなかった。



***



「それで皇帝の動きは?」


「アイゼンバーグの処遇は全てテロイア連邦議会に委譲するそうです。国交を本格的に樹立するため、条約の素案づくりにはひとまず賛同されたようですね」


 その日の午後、無事だった本館の執務室でフェリクスは内密にテロイアの連邦捜査官達と協議を行っていた。


 商会の護衛だと身分を偽って大公国に潜入捜査していた者達だ。免罪を交換条件に情報交換を続けている。


「罪人の引き渡しに応じるとは皇帝も随分譲歩したものだな。まあ、何か魂胆があるのだろうが」


「正直我々も、全員の即時処刑を予想していたので、此度の人道的な措置には大変感謝しております」


「皇帝の譲歩はタダではなかろう。そちらの賠償案が余程気に入ったのかも知れんな」


 フェリクスが淡々と言葉を返すと、彼等は微かに苦笑いした。


「それより、捜索の件だが」


 向かいに腰掛けて神妙な態度だった捜査官の二人は、途端にわざとらしく顔を曇らせた。


「はい。こちらも総力を上げて捜索しているのですが、未だ手がかりが掴めていません。毎回同じご報告で心苦しい限りです。ルシル・クロフォード嬢、いえ、大公妃殿下の行方は我々にとっても最優先事項なのですが」


 そう言いながら、チラリとこちらを見る捜査官達。


「そうか。そなたらはこちらの地理に明るくはない上、彼女は祖国でもかなりの魔法の使い手だったと聞く。本人が意図的に姿を隠しているのなら、発見は難しいのかも知れないな」


 フェリクスは無表情のまま彼等を見返した。


「いえ、そもそも本国政府と彼女との関係は良好なはずなので、帰還を拒んで本人が意図的に潜伏しているという可能性は考えづらいのです。ただ、ここまで消息を掴めないとなると……」


 そこまで言って、伺うようにこちらをじっと見る捜査官達。その視線には気づかないふりで重々しく頷く。


「そうか。了解した。我が国でも捜索は続けているので、引き続き情報交換を頼みたい」


 僅かに落胆の色を見せて、彼等は深く頭を下げた。


「かしこまりました。大公閣下のご協力に感謝申し上げます」


「我が妃の事だ。感謝される謂れはない」


 口先では大公妃殿下と呼びながら、あくまで彼女をテロイア人として扱う捜査官達にいつもながら苛立つ。


 表面的には無表情を貫いて、ジルベールに軽く合図する。捜査官達は恭しく挨拶して退出した。


「食えない奴らだ」


「妃殿下の失踪はまるでこちらに非があるとでも言いたげな様子でしたね」


「あの者らは現場にいなかったのだ。ジャックという青年が何をどう証言したのか分からない限りでは、こちらが疑われていても不思議はないな」


「私も当時は避難者の管理で手一杯でしたし、頼りのバケット団長は……」


 はっとした様に気まずげな表情をするジルベールに、フェリクスは苦笑を零した。


「そのことはもういい。ノエルにはあの時、あいつなりの忠義もあったと今では思っている。腹違いの妹の事で皇太后から脅された状態であったこともな。かといって到底容認できる裏切りでは無かったが」


 敵と通じる中でルシルの正体が神族と知り、ノエルが咄嗟に主人に近づけてはならないと考えたのも理解できた。それ程神族と言う種族の得体の知れなさは根深い。


 目の前の書類に目を落とし、更迭されたかつての部下を想う。義妹が送られたのと同じ修道院に彼を追放したのは、これまでの忠義へのせめてもの温情のつもりだ。


 ただどんな事情があったにせよ、彼は騎士として主人を裏切り、それを見抜けなかったのは自分の責任だ。決着は着いても、二度とその事実は覆らない。


 長い昏睡から生還し、全ての事にケリをつければ、苦い後悔だけが後に残った。



 ルシルは神族だった。



 その事実を聞いた時、実際自分も動揺を抑えられなかった。


 あの時の自分の態度を思い出すと、今でも全身を焼かれるような後悔に苛まれる。


(あの時、彼女の目を見ることさえできなかった)


 ぐっと歯を食い縛り、己の不甲斐なさを呪う。


(だがあれは……彼女が神族だったからではない。あの時の俺は)


 ルシルのそばで、当たり前のように彼女を庇って戦っていた大柄な男を思い浮かべる。


 同時に、敵のたった一撃で吹き飛んだ自分の情けなさには苦いものが込み上げた。


 彼女は自分の気持ちを正直に、あの時きちんと言葉で伝えてくれたのだというのに。


 あの時の自分には、あの龍族の男の存在が、彼女の真摯な言葉よりも胸を突いて仕方がなかった。


 祖国に戻りたいと言った彼女の言葉が再び耳元で響き、あの男へ信頼を向けている様子の彼女の姿にひたすら心を掻き乱された。

 

 自分の器の小ささに、ただただ後悔だけが募る。


 結局彼女には何も伝えることも出来ず、あの美しい瞳を再び見ることも叶わず、このまま自分は、もしかすると彼女を永遠に失ってしまったのかもしれない。


 もう二度と、他愛もないことで嬉しそうに笑う彼女の笑顔を、見ることが出来ないかも知れないのだ。


 フェリクスはこのところ毎晩、幼い頃に自分を苦しめた、あの引き裂かれるような胸の痛みを再び感じていた。


 誰かに二度と会えなくなる悲しみと孤独。


 ただあの時は、大切に思っていたのは自分だけだった。どんなに愛されようと努力しても、遠い地の両親は、けして自分を顧みなかった。


 今大人になって分かるのは、会えなくなって悲しんでいたのは結局自分の方だけだったのだ。


 しかし今回は、相手も確かに自分を大切に思ってくれていた。それを思う度、言葉にできない感情で胸が詰まる。


 あの時に全く違う選択をしていたら、こんな自分にも初めて、本当の家族ができたかもしれないのに。


(……ああ、これは罰なのだな)


 フェリクスは執務室の窓から初夏の爽やかな風が通る空を見上げて、ジクジクと膿んだ傷のように痛む胸に顔をしかめた。


(彼女からの好意を、咄嗟に心の底から信じきれなかった愚かな私への、最大の罰だ)


 大公城にはもうすぐ、短い夏が訪れようとしていた。


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