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第四十六話 それぞれの選択

「ルシル!!」


 今度は耳元で名前を呼ばれ、驚いて手を顔から外して見ると、すぐ傍にジャックがいた。


「ジャック」


「何をされた」


「あ……魔石で魔力吸引を……それで、め、目が金色に」


「どの程度吸引されたんだ、残量に問題は」


「それは、大丈夫。ここに来てからだいぶ魔力が増えてたから。たぶん……半分も減らされてないと思う」


 ほっと息を吐いて、ルシルの手を取るジャック。


「君に危険がないなら見守るつもりだったが、直接の攻撃を受けたのなら別だ。オレの任務は君を護ることだから。悪いがここからは側で護らせてもらう」


 そう言ってルシルを背後に庇うように立つと、ジャックはさっと周囲を見回した。


 前方では森林狼と騎士団員との攻防が続いていて、戦闘音が断続的に響いている。


 少し後方でルシルとオイゲンのやり取りに気を取られていた者たちも、突然現れた巨体のジャックにハッと驚き、戸惑いながらも警戒する。


 走り寄ろうとしていたフェリクスが、少し離れた場所でそのまま立ち竦んでいるのが見えた。


「……ルシル」


 その紫の瞳は驚きに見開かれていた。


 金色の瞳から普段の様子に戻ったルシルと、傍に立つジャックの姿を交互に見て、やがてその視線はゆっくりとジャックが握っているルシルの腕に落ちた。


「フェル……」


 直後、尻もちをついてルシルを指差していたオイゲンが、今度はジャックを指差して声高に叫びだした。


「そうか!お前が龍族だな!私の助力でその女を捕まえられたのだと皇太后様に必ず伝えよ!この化け物め!」


「チッ」


 鋭い舌打ちと共に、ジャックの姿が一瞬ブレたように見えなくなった。直後ドサリ、という音がしてオイゲンがその場にうつぶせに倒れていた。


「殺してはいない」


 ルシルにだけ聞こえる声でジャックが囁いた。


 オイゲンが急に倒れた事で、その前に叫んでいた事と相まって周囲の騎士達が浮足立つのが感じられた。見切れぬ速さの攻撃と、ジャックの身体の大きさに違和感を持ったのだろう。


「龍族……?妃殿下の瞳が、金色に光ったのは……」


 徐々に周囲に恐慌が拡がりつつあるのをルシルは感じていた。ジャックに庇われるようにして立つ自分にも、明らかに疑念の視線が突き刺さる。


「彼女は龍族ではない」


 ジャックがその場の混乱を鎮めようと声を上げたが、狼と戦っている前衛以外の団員達は、ジリジリと攻撃態勢を取りながらルシルとジャックを包囲し始める。


「確かに、彼女は龍族ではない」


 もう一度、繰り返す静かな声。ジャックではない。

 ルシルはハッとしてその声の主を見た。


「この世で最強と言われる種族、神族だからな」


 ノエル・ダケット騎士団長。

 フェリクスの忠実なはずの部下。


 (どうして……っ)


 ルシルは悔しさで胸が詰まった。自分がグズグズといつまでも打ち明けなかったせいで、最悪の真実を、最悪のタイミングで、最悪の人から聞かせてしまった。


 ルシルはその場に立ち尽くしているフェリクスの方を見ることも出来ず、両手の拳を強く握って俯いた。


「ノエル……?」


 離れた場所から聞こえる戦闘音以外、静まり返ったこの場所に、茫然としたフェリクスの声がポツリと響く。


「さあ、龍族の方々!!神族の女は想定より弱っていない様だが、好機は今しかない!」


 フェリクスの呟きには答えず、騎士団長が突然背後の暗闇に向けて大声で叫んだ。


 直後ルシルの周囲に、龍族が放つ威圧感が複数近づく。ジャックが、ルシルの腕をより強く掴んだ。


「くそ、アイゼンバーグの連中か」


 少し焦ったような声音で吐き捨てると、再びルシルにしか聞こえない声で囁く。


「こいつらが襲撃犯の一族だ、麻酔毒を使ってくるはずだから注意してくれ」


 ルシルとジャックの周囲に包囲網を作っていた第一騎士団の団員達は、騎士団長の突然の乱心と混乱の中で、さらに外側から囲むように現れた龍族の集団に次々と音もなく倒されていく。


 そして森林狼と戦っていた団員と狂化狼自体も、暗闇から現れた新手の龍族たちによって瞬時にあっけなく倒され、その場にはやがて静寂が満ちた。


 残っているのはフェリクスと、騎士団長、ルシルとジャック。そしてそれを囲む複数の龍族達。


 ルシルの意識は、ただ一人、中央で立ち尽くしたままのフェリクスに向かっていた。顔を上げてその表情を確認することさえも出来ずに、ただひたすら、その気配だけを意識していた。


 「ルシル、しっかりするんだ。今は襲撃者の方に集中してくれ」


 ジャックが心配そうに囁く。ルシルは俯いたまま自嘲して少し顔を歪めた。


「わかってる、少しだけ」


 意を決してさっと顔をあげると、フェリクスをまっすぐに見つめた。自分が今、どんな顔をしているのかも分からなかった。


「フェル。ずっと黙っていてごめんなさい」


 離れている彼に届くように、少し声を張る。


 ジリジリと距離を詰める龍族達を意識の片隅に捉えながら、ルシルは心を込めてフェリクスだけを見つめた。


「もっと前から、打ち明けようとしてたの。でも私どうしても……どうしても。あなたに嫌われたくなかった」


 フェリクスは茫然とした様子で、ルシルの懺悔を聞いている。


「あなたのことを、好きになってしまったから」


 ルシルが最後の言葉を紡ぐと同時に、龍族達とジャックが激しく戦い始めた。辺りには強い魔力のぶつかり合う眩しい光が満ちて、フェリクスの表情は見えなくなった。同時に、ルシルも後方から仕掛けてきた龍族の魔法斬撃を軽く跳躍して避ける。


 龍族達の攻撃は、今のルシルにとって脅威には感じられなかった。テロイアで初めてその襲撃を受けた時は、突然だったのもあるが、よく訓練された男の動きに多少なりとも焦りを感じたはずだった。


 どうして、こんなにもゆっくりに感じるんだろう。


 ルシルには全ての動きがスローモーションの様に見える。意識を研ぎ澄ませば澄ますほど、彼等の動きはまるで精彩を欠いていて、学園で新入生の手ほどきをしているような錯覚に陥る。


 (能力の封印が解け始めてる……って)


 隣で戦うジャックをそっと盗み見る。出会った時に彼が言っていた、様々な知らない情報。冗談として受け流したのは、本当は少しだけ怖かったからだ。自分自身に関する話の筈なのに、どこか他人事の様にしか感じられなかった。


 ジャックも確かに強い。毒を塗った刃や、同時に放たれる毒の吹き矢を巧みに避けながら、前後左右から仕掛けられる魔法攻撃もきっちりと見切って、カウンターまで仕掛けている。どう見ても敵より格上だった。


 ルシルは自分に向かって来る龍族達一人一人の急所を的確に突いて数秒間の呼吸を奪い、その後足の腱を切った後で昏倒させていった。すぐには戦線に復帰できないが、後で回復できる程度の負傷に留めておく。


 先程森の中では失敗したが、この程度の手加減は戦いながら徐々に学習していった。

  

 (この人達、本気の殺意は感じない。前回は慌てていて狙いが分からなかったけど、この毒で眠らせて私を何処かへ連れ去るのが目的なのね)


 ルシルは流れ作業の様に戦いながら、まだ余裕のある意識の中で、ふと騎士団長がフェリクスへとその刃を向けるのを鮮明に感じ取った。


「フェル!」


 ルシルの声が届いたかは分からない。

 切り結んだ二人が少しの問答のあと、圧倒的な力量差で早々に決着をつけるのを遠目に確認した。


 (人族同士なら、心配する方がヤボね)


 直後にジャックを狙った魔法の爆発が起こり、再び周囲の様子は魔法攻撃の光の中に消えた。旗色が悪いと思ったのか、ルシルの方を単騎で襲って来る龍族もいなくなった頃、それは起こった。


 戦いの起きている庭園の端に、転移魔法の揺らぎが起こり、カリンが現れたのだ。


『ルシル!』


『カリン?どうしたの?!レイは?!』


『騎士に避難誘導されて、乳母がレイ坊を連れて北宮を出たぷ』


『え?!』


『だけど、その騎士、なんか匂ったぷよ』


『怪しいかもしれないわ。こちらでは第一騎士団の団長が大公国を裏切ってたの』


『ともかく、北宮にいた戦闘員以外の奴らは面倒だから南宮に転移で送ったぷ。追跡してみたらレイ坊は騎士の集団と合流した変な奴と一緒に今こっちに向かってるぷ』


『分かった。知らせてくれてありがとうカリン』


 (どうして小さなあの子を巻き込むの!)


 ルシルの瞳にはこの日初めて、純粋な怒りが宿っていた。




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