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第四十五話 分岐点

 いつになく真剣なルシルの表情と声音に、フェリクスも固い表情で重々しく頷く。

 

 ルシルの鼓動は早鐘のように打っていたが、フェリクスの真剣な顔を間近で見つめているうちに頭は徐々に冷えていった。今までロトで起こった色々な出来事が、一つ一つ、大切な思い出として胸に蘇る。


 きっと大丈夫。


 今ここで何を言われても、これまで貰った沢山の温かさは無かったことになんてならないから。


 私はバケモノだけど、有害ではないと伝えよう。


 それにフェリクスなら、大公城の皆なら、例え私をバケモノだと知っても、もしかしたら。


 レイモンドは私を怖がるだろうか。それとも分からないままに受け入れてくれるだろうか。


 それでもきっとあの子なら。


「フェル。私、本当は人族じゃないの」


 最後だと思うと、もう敬語で二人の距離を適切に取ろうという遠慮がなくなった。


 ありのままの自分で正直にぶつかって、彼に裁かれたかった。


 フェリクスの紫水晶の様な瞳が見開かれて、薄闇の中で心細そうなルシルを映している。


「今までずっと黙っていて、嘘をついていてごめんなさい。私の本当の種族は」

 

 その時だった。


 バルコニーから遠巻きに見えていたガーデンパーティの会場から、けたたましい悲鳴が上がった。

 ガラスの割れる音と、数人の男性達の怒号。


 向かい合って立っていた二人が、驚いてそちらを振り向くと、背の高い木々の間からチラチラと垣間見えていた穏やかな篝火の灯りの中に、時々黒い影がちらついている。


 人々の恐怖に慄いた叫び声や、騎士団員らしき者達の秩序を保とうとする指示の声。

 楽しそうなさざめき声の聞こえていた先ほどからは考えられない程の騒然とした空気が伝わってくる。


「フェル」


「ああ、何かあったようだな。……仕方がない」


 ルシルはフェリクスの表情を見れないまま頷いて、バルコニーから部屋の方へと急いで駆け出そうとした。


 しかしその直前にそっと腕をひかれ、履き慣れない高いヒールにバランスを崩して、フェリクスに後ろから抱き止められた。


「後で必ず聞こう。君が例え何を打ち明けようと、私は今の、ありのままの君を信じている」


 耳元で囁くようにそれだけ言うと、フェリクスはルシルの手を引いて先に立って走り出した。


 ルシルはドレス姿で手を引かれるままに走りながら、その広い背中をただ見つめていた。


 『ルシル!』


 夫婦の寝室を走り抜けている時、念のため北宮に残ってもらっていたカリンから焦ったような心話が届く。


『カリン!何かあったの』


『北宮に隔絶の森の大型獣が突然現れたぷ』


『どう言うこと!?あなたの探知にかからなかったの?レイは!レイは無事なの?』


『それが、まるで転移してきたみたいに突然大軍で現れて、騎士団と護衛が戦ってるぷ。レイ坊は我の結界の中で無事だぷ』


『分かった、晩餐会場でも何か起きてるの、こっちが片付いたら行くから、レイモンドをお願い』


 カリンの了承の心話と共に、ちょうど二人は廊下に走りでた。


 寝室の扉の外には、朝から警護に付いている騎士達と共に団長のダケット卿が駆けつけていた。


「閣下、妃殿下。ご無事ですか」


「ノエル、何があった」


「城内に大型獣が突然群れで現れました。現在団員が対処していますが、すでに立食会場に集まっていた商会関係者と我が国の貴族の数人が負傷しています」


 今日の城の警備を一任されているはずの人間の、感情を含まない冷静な報告。


 性格だと言えばそうなのかもしれないが、あまりに落ち着きすぎてはいないか。


 ルシルは嫌な予感がした。以前、カリンがしていた忠告を思い出したのだ。


 『ダケット卿は隠し事をしている』


 慌ててダケット卿の心音を聞くため耳を澄ませるが、心のどこかでもう遅いと感じていた。

 

 この人は、フェリクスに、嘘をついている。


 それでも今、ルシルが何の確証もなく彼を断罪しても、フェリクスには納得して貰えないだろう。


 彼がジルベールの次に最も信頼し、その身とこの城を常に守らせている第一騎士団の団長なのだ。


「とにかく、会場に行くぞ。原因を突き止めてこれ以上の被害を防ぐ必要がある」


「御意」


 ルシルがどう切り出すべきか逡巡しているうちに、フェリクスとルシルを囲む一行は移動を開始し、騒ぎの起きている立食会場の庭園に到着した。


 元々美しく整えられていたはずのその場所は、見るも無惨に荒らされている。割れたグラスや花瓶が飛び散り、辺りには獣の血の匂いが充満していた。


「参加者の避難は済んでいるのか」


 会場の隅に積み上げられた大型獣の死骸に近づきながら、フェリクスが尋ねた。


「はい。概ね南宮のホールに避難済みです。ジルベール様が対応を。騎士団は逃げ遅れた者を捜索している所です」


「ここ以外の被害は」


「城内では他にも幾つか目撃報告がある為、全体の状況確認を急いでいます」


 ルシルは二人が話すのを横で聞きながら、フェリクスに疑惑を伝えたいのを我慢して、成行きを見守る。


 パチパチという篝火の火の爆ぜる音しか聞こえない庭園に、突然ガタンという大きな音が響いた。


 ザッと騎士達が武器を構える中、珍妙な悲鳴が響く。


「ヒィ」


 庭園の奥の茂みから腰を抜かした状態で這って出てきたのは、帝国大使のオイゲンだった。


「こ、こんな……こんな危険な事だなんてきいてない、ダケット卿!これは、これはどういうことだ!」


 尻もちを付いたまま大声で喚いているが、その目は一点を見つめたまま動かない。その視線の先に、小山ほどもある巨大な森林狼がのっそりと現れた所だった。


「警備が行き届かず申し訳ありません、大使」


 オイゲンの叱責に冷静な返答をしながらも、片手を上げて攻撃の合図をするダケット卿。直後に数人の騎士が森林狼に向かって斬り掛かった。


「普通の狼とは動きが違うな」


 フェリクスが眉を顰めた。


 巨体にも関わらず素早い動きで騎士達を交わす森林狼は、何らかの魔法で強化されているようだ。ルシルは目を凝らしてその魔法を見定めようとした。


 騎士達が数人がかりで仕留めようと奮闘しているが、戦況は良くなかった。森林狼は血を流しながらも全く戦意を失わず、その目は中空を睨んでいる。


(まるで狂化で操られているみたい)


 ルシルは嫌な予感がした。

 闇属性の魔法に、狂化はある。

 龍族なら闇属性など容易く扱うだろう。

 

 腕や足を噛みつかれ、体当たりで吹き飛ばされている騎士達をドレス姿で仕方なくヤキモキと見守っていると、隙を見て逃げ出してきたオイゲンがよく分からない言葉を喚きながら突然ルシルに側面から体当たりしてきた。


 その程度の非力な衝撃ではヒールの足元でもビクともしないルシルに、唖然とした顔をするオイゲン。

 直後に、小さな声で何か呟くと、今度はルシルの腕にぶら下がる様にして縋ってきた。


「たっ、助けてくれ。巨大な狼に喰われてしまう!」


 ルシルは今まさに酷く噛みつかれた騎士団員に気を取られて、この小さな人間の動きに反応が遅れた。


「ルシル?!」


 騎士に剣を渡されて狼に向かおうとしていたフェリクスが、後方の小さな騒ぎに気がついて逆にこちらに向かってくるのが見えたが、ルシルはすでに男の罠にかかった事を自覚していた。


 その独特の気配に気がつけなかったのが不思議だが、オイゲンの指輪には神族の魔力を吸収する例の魔石が付いていたのだ。それを腕に押し付けられ、一瞬でゴッソリと大量の魔力が失われた事に気がつく。


 ルシルは取り縋る男から慌てて飛び退いた。


 だが、ルシルの身体は一瞬で多くの魔力を体外に放出したと認識したせいで、瞳の変化が起きている。碧色だった美しい瞳が、今は黄金色に輝いていた。


「ヒッ、目が!目が金色に変わったぞ!」


 恐怖に染まった目でルシルの顔を凝視し、直後に唇の端を釣り上げる様にして、オイゲンがルシルを指差しながら後退る。


「あっ」


 ルシルは慌てて自分の両目を手で覆った。


 だがすでにその場にいた多くの人がその輝く黄金色の瞳を目撃して、言い知れぬ畏怖の気持ちに打たれていた。それほど、その変化は薄暗闇の中で神秘的だった。


「ルシル!!」


 混乱して顔を覆ったままのルシルの耳に、ジャックの呼ぶ声が遠くに聞こえた気がした。


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