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第四十一話 小さな勇者

 歓迎式典は休憩を挟んで夜の歓迎晩餐会へと会場を移すことになった。


 フェリクスは様子のおかしいルシルを気遣い、晩餐会への出席は見合わせても良いと言ってくれたが、ルシルは正直迷っていた。


 あの龍族達が何を企んでいるのか分からないまま、隠れていても仕方ない。正体を暴露される危険がないとは言い切れないが、皇帝の派遣した商会の会頭がどういうつもりで彼等を伴っているのかも気になる。


 曖昧に微笑んではみたものの、フェリクスは納得のいかない顔でルシルを部屋に送り届けると、使節団の代表との会合の為、執務室へと去って行った。


 部屋に戻るとルシルはアンに一人で休みたいと伝え、楽な服に着替えて人払いをした後で、自分の寝室に籠もった。


「それで、これからどうするんだぷ」


 姿を現してルシルの頭の上に乗っかるカリン。部屋に戻るまでに心話でこれまでのルシルの事情を詳しく話した為、幾分心配そうな声色だ。


 ルシルは作り置きの魔晶石を一つ、カリンのおやつにと取り出しながら、長めのため息を吐いた。


「そうね。とりあえず晩餐会が始まる前に、あの龍族達に会ってこの大陸に来た方法や理由を聞いてみたいけど」


「お前は考えがいちいち直球すぎるんだぷよ」


「今は会話を盗み聞きするにしても城内に人が多すぎて面倒だし、姑息な事をちまちまやるくらいなら、当たって砕ける方が早いと思うの」


「相手が神力封印石だの、麻酔毒だのをまた持っていたらどうするんだぷ」


「相手が夜会で何かするつもりなら少しでも聞き出しておきたいし、ちゃんと初めから警戒していれば簡単にはやられないわよ」


「はあ……。これだから常識なしは困るぷ。我が先に奴等の様子を見てきてやるかぷ」


 帝国貴族やら魔法師団団長などという重要な賓客が滞在している城の中で、龍族との戦闘になる可能性の意味を全く考えていない様子のルシルに、カリンは頭を抱えた。


「ありがとうカリン。でもいくら相手が龍族でも、テロイア出身同士、腹を割って話してみれば意外とどうにかなるって気がする」


「楽観的なのも良いぷが、油断は禁物だぷよ」


「分かってるわ。ただ前より魔力は増えているし、今ならいざとなったらあんな魔石なんて使われる前に破壊できると思う」


「とにかく!我がまず偵察してくるから、大人しく待ってるんだぷ!」


 結局脳筋な発想しかしないルシルに残念な子を見る目を向けた後、カリンは頭を振り振り、フワフワと飛んで部屋を出ていった。ルシルは苦笑しながらもカリンの優しさに感謝した。


「さてと。大人しく待つ、と言ってもここにいたらまたお支度騒ぎで揉みくちゃにされそうだな」


 ルシルは晩餐会の準備に早い時間から侍女達が騒ぎ始めると予想して、できるだけギリギリまでそれを回避したかった。


 少し思案した後、普段着のブラウスとスラックスに着替えると、いつもの鞄を肩にかけてひとまず別棟の空き部屋に転移した。


 ここはルシルが城の外に転移で出る時に使っている中継地点の様な場所だ。広大なタルジュール城には、この別棟の他にも沢山の建物があり、普段は使われていないものも多い。


 軋むドアを開けて部屋を出ると、晩餐会の支度で騒がしい本館と異なり、辺りは静まり返っている。人の気配が集中しているのはここからだいぶ離れた本館と、客を滞在させる南宮の周辺だ。


 ただ、数日前から南宮と対極にある北宮には本館からレイモンドの部屋が移されている。今は最小限の使用人とデボラだけでひっそりと過ごしているらしい。滞在中の使節団関係者と偶然会わない為の配慮だった。


 基本的に子供は晩餐会には出られないし、訳ありのレイモンドは帝国中央の貴族とは接触を最小限にしておくべきだからだ。


 ルシルは北宮の女性達を急な転移で驚かせないため、この別棟から北宮までは歩いて向かうことにした。


 歩きながら魔法鞄をカモフラージュにした空間収納から豪華なお菓子を取り出す。フルーツはまだ瑞々しいし、クリームもよれたりしていない。ここ最近本館の厨房では、今夜の本番に向けて豪華な食事や菓子類の試作が沢山行われている。晩餐に出られないレイモンドの為に、今朝のうちに分けて貰っておいたのだ。


「ふふ。これはかなり美味しそう」


 レイモンドの喜ぶ顔を思い浮かべると、ルシルも自然と笑顔になった。公子だの皇子だのという身分の子供の毎日は想像よりずっと忙しく、まるで遊ぶ暇もない様で心配だった。


 それでもルシルと一緒に受ける授業の時は、とても嬉しそうにしてくれる。空気を読む大人しいレイモンドだが、ルシルに会うと弾ける様な笑顔になるのだ。さっきまでのストレスが、その笑顔を想像しただけで癒される気がした。


 北宮に到着すると、突然の大公妃の訪問に驚かれはしたものの、使用人達にもデボラにもとても歓迎され北宮全体がまるで生き返ったように華やいだ。


 軽く北の離宮全体を探知してみるに、思ったよりも周囲に人が少ない。騎士団の人員はこちらにはあまり割かれていないようだ。この人気の無さで、余計にこの場所のうら寂しさが目立つ。


 いつもの授業もなく、散歩も禁じられて、ただ自室にこもっていたレイモンドは、微妙な周囲の変化にすぐに気がついて部屋を飛び出し、中庭に立つルシルを見つけると、歓声をあげて走り寄った。


「わああ!はーうえだ!」


 小さい身体が鞠が転がるように一直線にルシルに向かい、勢い余って直前でばたりと転んでしまった。驚いた周囲の大人が慌てて走り寄ろうとする。


「レイ、いたくないよ、だいじょぶ」


 むくりと起きると、レイモンドは照れ笑いして、辿々しくも自分の服に洗浄の魔法をかけた。

 風属性の魔法の他に、すでにある程度の生活魔法を覚え始めているのだ。

 言語の習得速度もだが、魔法の習得速度もまた驚異的に伸びていた。


 そんなレイモンドをルシルが満面の笑顔で抱き上げると、二人の姿は絵に描いた親子の様に馴染んだ。


 転んでもすぐに魔法で後始末をする幼児は異質だが、いつも何かと無意識に魔法を使用するルシルを側で見ているからか、寄り添う二人を見ながら周囲は自然と納得してしまう。


 そしてルシルによる魔力暴走防止の防御膜のおかげでレイモンドは普段から転んでも常に怪我一つない。


「レイ、なかなか来れなくてごめんね。新しいお部屋はどう?」


 抱き上げると嬉しそうに頬擦りしてくるレイモンドは、とても柔らかくて温かい。

 まだ細いフワフワの髪の毛からは、お日様のような香りがした。


「うん、レイのおへや、とってもひりょいよ」


 使節団との接触を避けるためあまり外に出せないからか、離宮で与えられた部屋はとても広いのだと言う。それにしては声に少し元気がない。デボラが困ったようにルシルを見た。


「最近はお部屋の中で魔法の練習をされています」


 大人しい性格のレイモンドだが、閉じ籠りきりではストレスも溜まるだろう。

 我慢強い子だから、年齢にそぐわずただでさえ感情をあまり出さないのに。

 ルシルは少し思案して、デボラにだけ聴こえる声で提案した。


「良ければ、私が外で少し遊ばせて来ようかしら」


 帝国中央の関係者と接触する危険のある城内の庭園はダメだが、短時間だけルシルと転移で外に出て、すぐに戻るくらいは構わないだろう。


 隔絶の森の入り口付近なら、広い平原になっていて見通しもよく、魔物の脅威も少ない。そもそもルシルといれば森の中でも特に危険はないだろうけれど。


 ただ、沢山の護衛や侍女まで連れて行くと面倒になるので、あくまでも短時間少人数で。昼寝の時間、自室から転移して直に戻れば、問題になりにくいはずだ。


 スタンピードで活躍したルシルへの信頼は高く、デボラと数人の護衛だけでほんの短い間なら、とレイモンドの境遇に同情的だった彼らの結論は早かった。これは一重に周囲がルシルの破天荒さに毒されて来ている証拠だった。


 簡単な身支度を終えたルシル達はレイモンドに与えられた広い離宮の自室から、ほんの数名だけで隔絶の森入り口の平原に転移した。


「わああああ!」


 離宮の外どころか城の外に突然出られたレイモンドは、両手を高く掲げて辺りを勢いよく駆け回った。爽やかな春の風が吹き渡り、陽光に照らされた平原はキラキラと緑の波のようにさざめく。


 一番近い農村でもここからだいぶ離れているので、この一団が目撃されるような心配もない。


 護衛の二人がデボラの側にいるのを確認して、ルシルはレイモンドと時々魔法を使って追いかけっこを始めた。相手を撹乱するのに風魔法は丁度いい。ルシルと一緒にいる安心感で、レイモンドから子供らしい元気な笑い声が上がり、デボラ達も自然と笑顔になった。


「はーうえ!ちゅかまえた!レイのかち」


「捕まっちゃった、レイは強いわね!魔法もうんと上手になったわね」


「うん。レイね、ちーうえとはーうえみたいにもっとちゅよくなりたいの」


「まあ、そうなの。それはすっごく楽しみね」


「うん。レイがうんとちゅよくなって、ちーうえといっしょに、はーうえとでぼりゃと、あとみんなをわりゅものからまもってあげりゅね」


 はにかみながらそんなことを言うレイモンドが愛しくて、ルシルは声を立てて笑うレイモンドをぎゅうぎゅうと抱きしめた。普段、フェリクスと二人ではどんな話をしているか少し想像がついてしまった。


 それからしばらくは、レイモンドにねだられて軽く攻撃魔法も手ほどきした。やはり驚くほど上達が早い。


 ただし本当に危険が迫った時には、迷わず逃げる事と念を押しておく。レイモンドは少し口をとがらせたが、こくりと頷いて、ルシルにしばらくひっついていた。


 そうしてすっかり元気を取り戻したレイモンドは、柔らかな草の上に敷いたラグに用意された軽食やルシルの土産の菓子を頬張って終始ご機嫌だったが、流石に疲れたのかしばらくすると食べながらウトウトと船を漕ぎ出した。


 ルシルはこの時点で、嫌な気配が隔絶の森の方から近づくのを感じていた。咄嗟に周囲に結界をはり、デボラと護衛達に素早く片付けを命じると、寝入ってしまったレイモンドを抱き上げた。


『カリン!ちょっと助けて欲しいの!』


 心話が届く距離か分からないが、とにかく声をかけたルシルに、すぐに反応があった。


『だから大人しくしてろって言ったぷに!いますぐそっちに行くぷ』


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