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第四十話 邂逅

 やきもきと見守るルシルの前で入場口の騒めきは波のように引いていき、その隙間から紺色の揃いのケープをはためかせた一団が颯爽と姿を見せた。


 ラフロイグ帝国皇帝のお気に入りで、筆頭御用商会のメルセラン商会幹部達である。


 一目で上質と分かる揃いの商会服には、銀色の隼が左胸に刺繍され、グレーの詰襟にも銀の繊細な刺繍が惜しげもなく使われている。華やかではあっても決して大公夫妻の衣装を霞ませることはない様、計算されたシックな色遣いは流石の采配だと感じられた。


「遠路はるばる、大義であった」


「大変お待たせ致しましたこと、伏してお詫び申し上げます。恐れ多くも大公閣下にお初にお目にかかります、メルセラン商会会頭、エンデル・メルセランと申します。閣下におかれましては、先だってめでたく公妃様をお迎えになられたとのこと、心よりお祝い申し上げます」


 商会幹部の一団から一人進み出て、平民らしくうずくまるように平伏した会頭にギョッとする人々。  

 メルセラン商会の会頭は叙爵を受けずに平民のままだが、帝国の皇帝から後ろ楯を得ている為、社交界でも貴族相当の扱いを受けているらしい。


「そのようにかしこまる必要はない、楽にせよ」


 冷静な声でフェリクスが命じると、ゆっくりと姿勢を正すメルセラン。その表情は柔和だったが、暗い藍色の瞳だけは鋭く、大公夫妻を観察していた。


 その視線の先、泰然と玉座に座るフェリクスの横には、余りの衝撃に目を見開き、微動だに出来ないルシルがいた。その視線は、メルセランのすぐ後ろ、会頭の護衛騎士として控える二人の男性に釘付けになっていた。


(やられた)


 ルシルは余りに平和ボケしていた自分に歯噛みした。


(ロトにいる限り安全だと思い込んでた)


 護衛騎士達は、服の上に薄手の革鎧を着ているとは言え、他の者達と並んでいると明らかに体格が違う。少し黄味を帯びた肌、長い手足と広い肩幅。襟の高いマントと手袋までしているので、その特徴的な鱗状の肌の露出はほとんど見られなくとも、圧倒的なその存在感ですぐにそれと分かった。


 龍族だ。


 身近には人族ばかりの大公国で、彼等の魔力は明らかに異質だった。自分と同じように隠蔽魔法で調節してはいるようだが、彼らの纏う魔力には独特の威圧感がある。先程から遠くに感じていたのは、これだったのだ。


 龍族と対面したことのない人族達には、少し居心地の悪さを感じる程度かも知れないが、お互い魔力の多い異種族である龍族と神族にとって、その存在感、魔力共に人族との違いは明白だった。


 周囲に龍族も神族も多い学園生活では、混じり合い雑多になった空気感で、気に留めたこともなかったが、はるか遠く離れたこの異国では、お互いの存在感がこれほどに強烈に感じられる。


 つまりは、あちらにもそうであるはずなのだ。


 とても短い一瞬の間にルシルの心は激しく動揺した。鼓動は早くなり、耳鳴りのようにうるさく感じられる。


(少なくとも顔見知りではない)


 ロトに来る前、ルシルを襲った龍族の刺客も見知らぬ男だったのだから、それは何の慰めにもならないが。


(あっちも私のことには気がついているはず)


 ルシルはそこまで考えて、顔を向けられないままに、隣に座るフェリクスの存在を痛いほど意識した。

 あの龍族達は、ここまで近づいた時点で、ルシルの種族は確実に特定したはずだ。


(今、ここで私が神族だと暴露されたら)


 心臓が早鐘のように鳴り響き、嫌な汗が背中を伝った。


 いつかおとぎ話だと言って、神族について聞かせてくれた時のフェリクスの言葉が思い出される。


『必ず俺が殺す』


 急に息苦しくなったような気がして、大きく息を吸い込む。それでも呼吸は楽にはならなかった。


『この私を、大公国を、騙していたんだな。この化け物め!』


 そう言って、美しい顔を歪めるフェリクスの姿が鮮明に思い浮かんだ。

 

(本当にごめんなさい、私はただ……)


 再び、あの強烈な胸の痛みに襲われる。


 震える片手で口を覆い、跪いている護衛騎士達から顔を背けた。


「ルー。どうした」


 流石に異変に気がついたフェリクスに呼ばれ、ルシルは慌ててぎこちなく微笑んだ。


「いえ、少し疲れただけです」


 この後何が起こっても、それはルシルの自業自得だ。


 優しく接してもらえる事に甘えて、嘘をついたまま周囲の信頼を裏切った。それは、今ではもう取り返しのつかない事実なのだから。


 ルシルは胸の痛みを無視することで、短い間に腹を括った。

 

 軽く頭を振り、まっすぐ顔を前に向ける。


 大公夫妻の短いやり取りの間、メルセランは柔和そうな顔に微笑みを浮かべて黙っている。


 ルシルの異変に眉を顰めながらも、早くこの場を終わらせようと思ったのか、フェリクスが会話を始めた。


「そなたの名はこの北国にも轟いている。皇帝陛下の覚えもめでたいやり手の商売人で、いまやメルセラン商会といえば、飛ぶ鳥を落とす勢いだそうだな」


「恐れ多い事でございます。そして勇壮な大公国の皆様に我が商会を見知って頂けたのなら、大変な名誉と存じます」


 うやうやしく礼をして、メルセランが笑顔で続ける。


「先だっても、こちらで起きたスタンピードなる魔物の反乱では、大公閣下が伝説に聞くドラゴンを仕留められたとか。帝都では妃殿下の神々しいまでの美しさと共に、大公国ご夫妻の噂で持ちきりでございました」


 立板に水のようにスラスラと二人を褒め称えるメルセランに、フェリクスは幾分呆れたような視線をやった。


「それはまた、情報が回るのが早いものだな」


 帝国中央によって仕掛けられていた転移アンカーと、その間諜への皮肉を込めるが、メルセランはどこ吹く風で揉み手をする。実際にそのような政治的な裏事情には通じていないのかもしれないが、その腹はわからない。


「実際にお会いしてみれば、確かに実物の御二人は言葉に尽くせぬお美しさでございます。妃殿下におかれましては、私共の服飾部門がぜひとも御身を飾る栄誉を頂けますと幸いでございます」


「滞在中そのような機会もあるだろう、詳しいことは案内の者に尋ねるように」


「はは、ありがたき幸せ」


「確か、宝物殿の見学も陳情していたな。ドラゴンの遺骸から採取した諸々等にも鑑定と取引の許可を出してある。婚礼衣装の見分も同様だ。皇帝の勅令とは言え、遠路はるばるこれだけ多くの荷物を運んできたのだ。その程度は好きにするといい」


「寛大なご采配、恐悦至極に存じます」


 再び大袈裟に礼をとるメルセラン。後ろに控える護衛騎士と商会員達も会頭に動きを合わせて謝意を示した。


 一連の会話の中で、護衛騎士達はチラともルシルの方を見なかった。お互いの正体には気がついているだろうが、少なくともここで事を荒立てるつもりはないようだ。


 ルシルはそっと息をついた。


『ん?この気配は、龍族かぷ?』


 首元のカリンが昼寝から目覚めた途端、異様な魔力に気がついたらしい。


『あいつらと人族の城の中で会うとはまた珍しいぷ』


 ルシルは呑気に眠っていた毛玉に呆れつつも、少し驚いて尋ねた。


『カリン。龍族をこの辺で見かけた事があるの?』


『ふん、ちょっと前までは北の山にたまにいたぷ』


『えええ、そういう事は早めに教えてよ』


『はあ、臭い。あいつ等、隠し事の匂いがぷんぷんするぷ。要警戒だぷ』


 ルシルはカリンの忠告を聞くまでもなく、最大限に警戒している。急に気が変わって、今すぐに正体をバラされないか、気が気ではないのだ。


 ルシルはひたすら引き攣った微笑みをはりつけて、この場をやり過ごそうと必死に耐えた。


 結局ルシルがひと言も発さずとも、会頭との謁見は淀みなく進んでいった。


 フェリクスは元々の無愛想に輪をかけて無表情に、メルセランのおべっかには反応を返さない。


 ルシルの体調を気遣ってか、ジルベールを呼びつけて、早くも会話を切り上げようとしているようだ。


 ルシルは少しホッとして、念の為もう一度、視界から外していた商会の護衛騎士達の方に顔を向けた。


 どちらも普通の人族に比べると身体が一回りほど大きいが、龍族としては片方は比較的小柄な男で、長身な方も少し細身である。そしてどちらもまだ若い様に見えた。


 並んで跪いている男達は、こちらを全く意識していない様な素振りだ。しかし、彼等とルシルとの間にはお互いにしか感知しようのない、魔力的な緊張感が張り詰めているのを感じる。


 これがルシルへの敵意なのか、ただの警戒なのかは不明だが、もしも大公国に害をなすつもりがあるとすれば、全力で阻止しなければならないと密かに決意するルシルだった。


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