表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/85

第三十九話 歓迎式典

 帝国使節団と御用商隊の歓迎式典は、公都大通りの華やかな行進と共に始まった。


 想像を絶する長い長い馬車の隊列が、地平の果てまで続いているかのようだった。商隊に帯同する楽団のファンファーレが鳴り響き、沿道には帝国使節団と商隊の威容を一目見ようと多くの公国民が詰めかけた。


「華やかですね」


「大公国との国力の違いを示したいのか、ただの派手好きなのかは知らないが、はた迷惑なことだ」


 城下を見下ろす中庭に設営された謁見台で、ルシルとフェリクスは少し呆れぎみに話していた。


 入念に整えられた庭園は、祝いの席らしく白と薄紫の布や花で飾り付けられ、トーリ大公国とラフロイグ帝国の国旗が並んではためいている。ガーデンテーブルには到着を待つ間に摘める軽食や食前酒が並び、集まった諸侯を楽しませていた。


「滞在中は商隊の一部が城下でも庶民向けの商いをするそうです。婚礼の折の祝賀では城下にはあまり派手に祝儀を出さなかったので、ちょうど良い国民祭の機会になってこちらとしても財務的にはありがたいですよ」


 彼等を迎えるために、愚痴をこぼしながらもだいぶ予算を投じていた様子のジルベールが、複雑な顔をする。 

 無駄な見栄を張る羽目になった事はこの際いいのだろうか。


「謁見が済んだ奴らはさっさと別宮に案内して荷解きと城内の案内でもさせておけ。とにかく本城には近寄らせるな。晩餐会までは公妃を休ませたいからな。使節団には代表のみを執務室で応対すると伝えておけ」


「御意」


 一礼をして壇上から辞していくジルベールを見送って、ルシルは小声でフェリクスに囁いた。


「あ、あのフェル。こういう時は公妃が使節団の歓待をするのが通例だと聞きました、ジルベールからは必要ないと事前に聞いていましたが、せめて何か私も」


「いや、気持ちはありがたいが本当に必要ない。使節団は皇帝側ではなく皇太后の手の者だ。ルーが姿を見せればそれだけ厄介ごとの危険性が高まる。夜会にはどうしても付き合ってもらう必要があるから、それまでは部屋で休んでいてくれ」


 二人は使節団と商隊が滞在中、私的には愛称で呼び合うことを決めていた。仲の良さを印象付けるのは、要らぬ憶測を呼ばない為の最善策だ。それなのに使節団の応対に公妃が挨拶にも顔を見せないのは問題ないのか、と不安になる。


「どうも、帝国中央まで我らの婚礼の噂が回っているらしい。公妃の美しさは特にな。奴らには顔を見せれば公妃が減る、とでも言っておくさ。こっちは刺客を一匹押さえてるんだ、それ位の意趣返しは当然だ」


 感情の見えない声で淡々と言うフェリクスに、ルシルは戸惑う。

 使節団が皇太后の一派なら確かに愛嬌を振り撒く気は起きないが、大公国の体面は大丈夫なのか。

 そんな事を気にする人ではないという事も最近は分かってはきたが。


 ルシルは細く小さくため息を吐いて、気持ちを切り替えた。見渡す中庭にはすでに多くの貴族諸侯達が立ち並び、大公夫妻を遠目に鑑賞しながらさざめき、軽食を楽しみ、使節団と商隊の到着を待ち侘びている。


 先ほどから壇上の2人には視線が痛いほどに集まっている。


 今日のフェリクスは相変わらず全体に黒色の地味な装いで、辛うじて肩から斜めにかかる銀のサッシュと銀色の肩章が華を添えている。


 ともすればこの場にそぐわないシンプルさではあったが、恐ろしく整ったその顔と冷たく透き通った紫の双眸が、漆黒の髪色と礼装に際立ち、周囲の人々を尻込みさせる威容を放っていた。


 寄り添うルシルも落ち着いた濃紫のドレス。黒いレースを首元と袖にあしらい、輝く銀髪を半分結いあげ、軽く巻いた後れ毛を顔周りに散らして柔らかに仕上げている。婚礼の時同様に神秘的な美しさで、人々の感嘆を呼んでいた。


 時折二人がお互いに顔を近づけて何か話しては微笑む様子から、召集された多くの人々が大公夫婦の睦まじさを疑わず、国の安寧に益々期待した。


 城内の謁見室を使わずに、中庭での出迎えを選んだのは、沿道の様子を監視する為もあると言う。今日は砦に詰めている第二騎士団の一部も動員して、第三騎師団と共に城下の警戒を強めている。


 要人と城の警備には至る所で第一騎士団が目を光らせ、歓迎式典にしては物々しい雰囲気だ。それほど、帝国中央の人々と大公国の間には大きな溝があるのだと伺えた。


 朝から大人しく姿を消してルシルの首に引っ付いているカリンを、気分転換にそっと撫でつけて、ルシルは使節団が入ってくる予定の入場口の方を見やった。少し前から騒めいているので、そろそろ第一陣が到着するのだろう。


 楽団の荘厳なファンファーレと共に、最初に会場に足を踏み入れたのは、帝国中央の貴族達で構成された使節団。率いているのは、帝国宰相の長男で、帝国魔法師団の団長らしい。肩で切り揃えた金髪と痩身な体躯、切れ長なアイスグレーの瞳。


 一歩前に出て礼をとる様子は、とても洗練されている。さらにその赤と金の煌びやかな装いが人々の注目を集め、壇上で迎えに立ち上がった暗色の大公夫妻との対比が際立った。


 トーリ大公国は独立自治権を持ち、帝国現皇帝の実兄を王と戴くが、その他の諸国と同じく実情は帝国の傘下であり、フェリクスも使節団への敬意をある程度示す必要がある。その複雑な力関係が両者の緊張感を高めていた。


「遠路はるばるようこそ我が国へ」


「大公国の出迎えに感謝する。私はヒューゴ・ダイン。帝国魔法師団団長にして、帝国皇帝アリオン・オステルマノフ・ラフロイグ陛下の名代で参上した。また、我々ラフロイグ帝国使節団は、皇帝陛下よりトーリ大公夫妻への婚儀の祝を仰せつかったものである」


 特に感慨もなく、淡々と儀礼的なやり取りが進んでいく。立派な装丁の勅令書を掲げて、魔法師団団長は皇帝陛下からの祝辞と使節団派遣の意義、この後の商隊が運ぶ祝儀品について朗々と読み上げた。


「下賜品の目録を読み上げよ」


 やがて侍従による目録の読み上げに式次第が移ると、団長は軽く礼をとって団員達の列に戻った。

 後ろに控える使節団員は、ダイン卿より年嵩の男性貴族が3名ほどだが、それぞれに多くの侍従や護衛を従えているため、そこそこの大所帯に見える。


「謹んで拝受申し上げます」


 侍従による長い長い目録の読み上げが終わり、壇上で使節団の掲げた帝国旗に跪いた姿勢だったルシル達はようやく立ち上がった。


 この後に続く御用商隊が目録の品々を献上する間、使節団の面々は一足先に城内に案内されるらしい。

 

 先ほどは手伝いを申し出たが、この後の商人代表の挨拶が済めば、一時的に解放されると思うとやはりホッとしてしまう。あのいかにも貴族然とした人達とは、正直あまり顔を合わせたくない気がした。


 再び堅苦しい辞去の挨拶の後、帝国使節団が中庭を去ると、大公国側には少し弛緩した空気が漂った。


 商隊の人足達が幹部到着に先んじて豪華な品々を続々と運び込む様子を横目に見ながら、商会の幹部や会頭の入場をのんびりと待つ。沿道の人々の大歓迎の影響で、そちらは少し到着が遅れているようだ。


 この合間に飲み物でも少し貰おうかと、近くにいるアンにルシルが声をかけようとした時だった。入場口の方に、ふと何か違和感を感じる。


 ルシルは思わずその場で立ち上がり、徐々に大きくなるその感覚に、もどかしい様な焦りを感じる。


『ねえ、カリン。あっちの方から何か感じない?』


 ルシルは首元のカリンに心話で声をかけたが、当の大精霊は姿を消したまま昼寝中だったらしく、面倒臭そうに鼻を鳴らしただけだった。


(もう、肝心な時には役に立たないわね)


 ルシルは壇上で不自然に立ち上がったまま目に軽く魔力を集めて、入場口の方を凝視する。残念ながら、人混みに阻まれて奥の方の様子までは分からなかった。


(この感覚……何かが、近づいてきてる?)


「どうした、ルー」


 急に立ち上がったルシルに驚いてフェリクスが訝しげに眉を寄せたが、ルシルは自分でも説明のつかない緊張感に、うまく答えられない。


「い、いえ、少し気になって。入場口に今到着したのは、商会の会頭の一団でしょうか」


「そのようだ。御用商会の会頭と幹部の馬車が先ほど正門を通ったと報告があったからな」


「そうなんですね……」


 警戒感を滲ませるルシルにフェリクスは苦笑した。


「後は商会の出迎えだけだ。そんなに気を張る事もない。今日はノエル達がいつも以上に厳しく見張っているから、この城はこの上なく安全だしな」


 少し後ろに控えている第一騎士団団長に少し顔を向けて、フェリクスが機嫌良く言った。ルシルもつられて振り返ると、二人の会話が聞こえた様子で、姿勢良く立っていたノエル・ダケット団長はその場で軽く敬礼する。


「会頭は帝都では名の知れた人物とはいえ、こちらが立って出迎える程ではないぞ。それと、皇帝からの下賜品や、商会からの献上品の目録の中に気になるものがあるのなら、後で部屋に運ばせよう」


 目元を緩ませて、奇妙に落ち着きのないルシルに気を遣ってくれるフェリクスだったが、この違和感の正体が何であるかが明らかでない今、ルシルには何の説明も思いつかなかった。


(何だろう、何事も起きないと良いのだけど)


 内心落ち着かないまま、フェリクスに曖昧に微笑んで、ルシルは豪華な椅子に座り直した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ