第三十七話 魔晶石
ルシルの覚悟とは裏腹に、それからしばらくはフェリクスもルシルもそれぞれに使節団を迎える準備や中央の動向調査などで忙殺され、落ち着いて話もできない日々が続いていた。
おかげで結局、ルシルの中で例の打ち明け話も一時的に棚上げされている。
それに自分の体調の変化も気になっていた。どうも、以前から感じていた最大魔力が増えているような感覚が日に日に大きくなっているのだ。あまりに増えすぎた魔力を隠蔽魔法で調節しても、うまくいかないし、ふらついたりめまいを感じたりもする。
ここにきて、流石にルシルも何かおかしいと不安だった。かといって、原因を調べようもない。
「カリンが物知りで本当に助かった」
机の引き出しにびっしりと詰まっている、楕円形の透明な石を見ながら溜息をつく。
「我はお前が異様に物を知らない事に不安しかないぷ」
呆れたように見てくるカリンの機嫌を取るように、顎下をひと撫ですると、ルシルは机に向き直って余剰の魔力を器用に指先に集めた。こうやって少しづつ新しい透明な石を形作っていく。
「こんな風に余剰魔力を圧縮して魔石を作り出すことで体内魔力の調節ができるなんてね」
「正確には魔力結晶だから、魔晶石だぷ。しかもお前は神族なんだから、神力結晶と言ってかなり希少な石になってるぷ。同等に名付けるなら神晶石だぷ」
「はいはい、なるほど。面倒だから魔晶石でいいね」
テロイアではこのような方式で魔晶石を作るなんて、聞いたこともなかった。魔物の体内から時々取れる普通の魔石と違い、魔晶石は地中や大気、水中などの魔素が凝って出来る自然産出物だと考えられている。
カリンにやり方を教えて貰ってからは、日ごとに増えすぎてそろそろ扱いに困り始めていた魔力の調整が、少し楽になった。すでにルシルやカリンの空間収納にも、相当な数が入っている。それでもまだ、これで調整が十分とも言えないが。
「あ、でもこれって売れたらひと財産稼げそうね」
自分の余剰魔力で作られた魔晶石を満足気に見て、ルシルは笑顔になった。
「ルシル製の神晶石なんて我のおやつ以外に使い道ないだろぷ。そもそも魔晶石だと偽って売りさばいても、これほど神力の純度が高ければすぐに注目されるぷ」
「はあ……。そうよね。そこから芋づる式に正体がバレたりしたら、目も当てられない」
ガックリきているルシルに少し同情するように、カリンが付け足す。
「まあ……北方山脈で発見されたとかなんとか言えば、ごまかせないこともないかもぷ。ここいらの人族どもに純粋な神力と純度の高い魔力を区別する程の知性もないだろぷ」
透明な石をまるで飴玉みたいに口の中で転がしながら、カリンは鼻を鳴らして目を細めた。ルシルはまるで宝石の様に並べられた魔晶石に新たなひとつを加えながら、思案する。
(せめてこれをお金に換えて、大公国に還元出来たらいいのに)
毎日余って仕方のないルシルの魔力なので、実質元手はゼロなのだ。これが何らかの金銭に変われば、ルシルの肩身の狭い思いも多少は解消される。
契約結婚の対価として、衣食住を賄って貰っているとはいえ、心情的には少し気にはなっているのだ。
もともと匿われている立場で、大公妃としての役割はほぼ出来ていないのだから。
契約上、レイモンドの母親役は出来てはいるが、ルシルの方の利点の方が明らかに多い気がしている。
そもそも大公妃が内政上何をすべきなのかもよくわからない。少なくとも、にこにこ笑って着飾っていればいいわけがない。ただルシルが得意なのは魔物退治とか、犯罪者の捕縛とかで、基本的に騎士団が担う職務だ。
それにまだ今は、帝国中央のデロイアとの交易ルートを宛にして、大陸間転移の案を全く除外する段階でもない。森や海岸線の調査も出来ればしておきたかった。
ただ皇帝勅令の使節団歓迎式典を控えて、大公妃直々には隔絶の森の調査が許される雰囲気でもなく、かといって一人で姿を消して、転移魔法でその辺りを勝手にうろつくのも気が引ける。
実は夜中に何度か密かに森に転移してみた事はあるが、夜行性の大型獣が多すぎて昼間より面倒なだけだった。
今、ルシルの空間収納には、大型獣の死骸がたくさん詰まっている。仕方なく全て回収してきたのは、森に沢山放置して巡回の騎士に見つかるとやっかいだからだ。
「そういえば、空間収納には、解体の機能もあるぷ。こないだ夜中の散歩で大量に虐殺していた夜行熊やら狼やらは、部位ごとに収納しておけば、多少は売り物になるだろうぷ」
時々、カリンはすごく優しい。文句を言いながらも、ルシルの気持ちに寄り添ってくれる。
無一文でこの世の果てに投げ出されて、路頭に迷っている身の上を少し大袈裟に語って聞かせた効果も多少あるのかもしれない。
まあ、無一文は語弊があるけど、テロイアの通貨がこっちでは通用しないんだから同じことだ。
そもそも最初に出会ったのが狩人とかではなく、隔絶の森を管理する側の貴族だったのは、運が良かった。
とにもかくにも、最近ルシルのやっている事と言えば、レイモンドと一緒に魔力制御の授業に出たり、読み書き一般常識と貴族教育の授業に出たり(これは引退した文官の奥様が見てくれている)するだけ。
それが終わると使節団の歓迎パーティに向けて衣装合わせやら、お料理や会場手配の最終確認(これはアンが殆どしているので決済サインのみ)、あとは使用人達の相談事をちゃっちゃと魔法で片付ける程度だ。
使用人達の相談事とはたいてい、ルシルの魔法を使えば、すぐに解決するような単純な事ばかりだった。
例えば、庭園の噴水の位置を少し変えたいとか、大理石の一枚板や大型の木材が欲しいだとか、手つかずで荒れていた広大な敷地の一部を厩舎として活用したいとか。
「妃殿下、さすがです!」
「一瞬でこんなに?!取引業者選定のお許しを貰いに来ただけなのに……そもそも業者が必要ないわね!」
ルシルにとっては、重いものを動かすのも、石や木を切り倒すのも、土地をならすのも造作もない事なので、伐採しても良い場所を確認して、その場で大まかに希望を叶える程度だ。後始末や細かい部分は使用人達が工夫すると言うし。
久しぶりに、細々とした事ながら人に感謝されて少し嬉しい。それに少しでも身体を動かすと、余剰魔力が発散できて気分も良かった。
城の使用人たちはちょっとしたことでも大げさに感謝してくれるので、ルシルとしてもやりがいがある。
ついそこいら中を飛び回っては困りごとを解決して回ってしまうので、時々アンに大公妃としての振る舞いについて小言を言われるくらいだった。
最近は威厳のある大公妃の演技も段々疎かになっているので、使節団の歓迎式典で再び多くの貴族達と会うと考えると気が重い。
それにルシルにはひとつ、気になることがあった。
「そういえば婚礼の日に、私に大規模魔法を見せてくれってしつこく言ってきた変な人がいたの」
「大規模魔法?何のためにぷ?」
「分からない。でも神族は魔力を沢山使う時だけ、瞳の色が金色に変化するでしょ。それを確かめたかったんじゃないかと思うの。自分では瞳の色が変化しても何も感じないからわかりにくいのだけど……」
「ふうん。そういえばこないだ地下牢で金色になってた様な気もするぷ」
「ええ!全然気が付かなかった……大丈夫だったかな」
「ふむ。それを人族に目撃されると困るぷ?」
「ううん、ここの人たちは神族の瞳の特徴なんて知らないはずよ。ねえカリン。エルフにはそう言う瞳の色の変化があるとか聞いたことはない?」
「エルフにはそんな特性はないはずじゃぷ」
「そう……。じゃあやっぱり、私がエルフかどうかを確かめたかった訳ではないのね」
「そう言うことなら、今度の式典でまたそいつが何か仕掛けてくるかもしれないぷね」
「そうね。今はとにかくこの式典が何事もなく終わって欲しい」
ジルベールは、中央の使節団が来た時に馬鹿にされないよう、少しでも見栄えを良くしたいらしく、今回の歓迎式典にはそれなりの予算を組んでいるようだった。
それでも金銭的に大変だろうという事は想像できる。結婚の祝いを受け取るはずのこちらが、逆に散財させられている気分なのは、ルシルの方がおかしいのだろうか。
もちろん中央の人々と接触してテロイアとの連絡手段を手に入れるきっかけを掴みたいという密かな希望は持っているが、派手に動くと墓穴を掘る危険もある。
それに大公国の契約妻としては、この国の利益の事もまずは第一に考えるべきだろうとも律儀に考えている。
(帝国中央の商人が、大公国でもいろいろと高値で買い付けて帰ってくれれば、経費対効果はあるのかしらね。ドラゴンの素材も氷漬けで宝物庫に保管してあるそうだし。私の魔晶石も、どうにかごまかしてそこに混ぜられないかしら)
「余計な事は考えない方が身のためだぷよ。お前の常識はちょっとずれているんだぷ」
「分かってるわ。あくまでも私の目的は、故郷に手紙を送る手段を探る事だし、余計な事をしない様に気を付けるつもりだってば」
疑わしそうにじとりとみてくるカリンに愛想笑いをして、ルシルは新しい石造りに取り掛かった。




