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第三十五話 黄金の瞳

 騎士団本部の応接室に着くと、ジルベールが深刻そうな顔で待っていた。


「妃殿下、こちらからお呼びたてするような真似をして申し訳ございません。わざわざご足労いただきましてありがとうございます」


「いいえ。それで、何か分かりました?」


「それが、ある程度までは口を割ったのですが、この転移アンカーと言うものの出所に関してだけ、かたくなに口をつぐんでいて」


「ええ……」


 ルシルは胸に抱いたほのかな期待が急速にしぼむのを感じた。


「恐らく何らかの制約魔法による口止めだと思われます」


「ああ、なるほど。確かにその可能性はあるでしょうね」


「ゼーラの隊の魔法士らに解除を試みさせたのですがうまくいかず、そこでその……妃殿下にお力添えを頂ければありがたいのですが」


 申し訳なさそうにこちらを見るジルベールに、ルシルは間髪入れずに頷いた。ドラゴン戦以降、ジルベールも騎士団も、魔法関連の問題事には時々ルシルを頼る事がある。


 衣食住を賄って貰っている(と思っている)手前、何か役に立ちたいルシルには寧ろ大歓迎だ。


「もちろんよ、解除できるかは分からないけど、とにかく私にもやらせてみて」


 地下牢へと案内されながら、ルシルは制約魔法の解除の手順を反芻していた。


 学園にいた時に、捕虜や犯罪者の扱いについても授業で学んだ。人族や獣人族など一般の学生は、魔物討伐部隊以外の就職先も複数考えられるからだ。


 よく使われる沈黙の制約は、対象者が何らかの事実を他者に話そうとすれば、声が出せなくなったり、意識を失ったりする他、さらには本人を傷つけるような戒めが働く場合もある。


「妃殿下。お目汚し恐縮ですが、こちらです」


 地下牢の一房には、早朝に隔絶の森で目にした魔法剣士が粗末な囚人服で横たわっていた。


 顔色は鉛のようで、聴取には恐らく相当乱暴な手段も取られたことがわかる。疲れ切った様子の囚人を鉄格子の外から注意深く観察すると、確かに沈黙の制約らしき魔力の残滓が感じられた。


 (これなら……)


 ルシルの知る制約魔法の中でも比較的単純なものだが、解除にかかる魔力は多めに設定されている様だった。


「これなら解除できそうです。少し下がっていてください」


 集中して思わず素の話し方になりながら、ルシルはジルベールや看守を影響のない位置まで下がらせると、短い詠唱とともに解除魔法を囚人に向けて放った。


(何だか変ね、たかが制約魔法の解除でこんなに魔力が吸われるなんて)


 ルシルは、あたりをつけていた程度の魔力でなかなか解除されない事を少し不審に思ったが、仕方なく追加で多めの魔力を注ぎ込んだ。


 暗い地下牢の一角でルシルの魔力は一直線に囚人の身体に注ぎ、直後に周囲を照らすほど明るく輝いた。そしてルシルの碧色の瞳にもまた徐々に変化が起こる。極上のエメラルドに外縁から薄っすらと金が混じるような不思議な色合い。二つの色は混ざり合って、明るさを増していく。


 やがてルシルの瞳はトロリとした蜂蜜の様な黄金色に変わっていた。


 本人はその事にまだ気がついていない。


 ルシルに下がるように言われたものの、念の為近くで見守ろうと傍に寄っていたジルベールだけが、その瞳の変化を目撃していた。ただでさえ人間離れした容姿のルシルが瞳を黄金色に輝かせてじっと囚人を見つめる様子は、何故だかジルベールに畏怖の様な衝動をもたらし、身体が勝手に小刻みに震えるのを感じた。


 ジルベールはそれを魔力の多い人間に近付くと感じる違和感だと思い直し、瞳の色の変化については困惑しながらも今は心にしまっておくべきだと判断した。今簡単にここで問い正して良いものではないと、感覚的に悟ったのだ。


 ルシルはジルベールの戸惑いには全く気がついていなかった。思いのほか解除に魔力が吸われることに違和感を覚えつつも、やっと確かな手応えを感じて安堵した。囚人に向けていた腕を下ろすと、瞳の色もすっかり元に戻っている。


「これで解除出来たと思います」


 ルシルの魔力放出が止んだ直後、囚人の身体と喉の辺りが一度淡く光って消える。


 囚人は横向きに身体を丸めたまま、うっすらと目を開いてルシルを見上げた。


「あの転移アンカーについて知ってることを話しなさい」


 今日は大公妃としてドレスで着飾っているルシルだが、囚人を見下ろしたその顔は冷淡で、軍立学園の時にしていた無機質な表情だった。


「あ、あ、あのアンカーは……ああ声が……出る……。し、心臓の痛みが……ない」


 囚人はさらに身体を丸めて、驚いたように自分の喉と胸を抑えた。


「制約魔法は解除されたわ。もうあなたは自由」


「自由……」


 囚人は無表情で自分を見下ろすルシルを焦点の合わない目で見て、ぼんやりとしたまま話し出した。


「あ……あのアンカーは新大陸テロイアとの交易で手に入れたものだと聞いた」


 その瞬間、その場にいた全員が息をのみ、薄暗い地下牢獄を静寂が満たした。


「隔絶の森に設置するよう命令したのは、皇太后だ……今回俺はただ大公国の情報収集を命じられて転移し、あの場に大公妃が単独で近づくのを見て、独断で攫おうと思った。大公妃を皇太后のもとに連れていければ出世できると……き、きいていたんだ」


 囚人はぼんやりと中空を見上げていたが、次第に思い詰めた様子で、急に身体を震わせ出した。


「た、大公妃は魔力が強いと聞いていたが……所詮は若い女だと……くそ、大人しく情報だけ持ち帰っていれば……だがあのとき……あ……あの魔力はバ、バ」


 そこまで話して力尽きたのか、囚人は眠る様にカタリと気を失った。


 固唾をのんで聞いていた周囲の者たちから、ほっと息が漏れる。


(あの魔力はバ!って何よバ!って!!バケモノって言いたいわけ!?)


 ルシルは内心大汗を掻きながら、床で目を閉じる囚人を無表情で見下ろしていた。独り言が不穏な内容になってきていたのでかなり焦った。


『お前、今朝の森の中では今と違ってやたら神力を開放してたぷ』


 脳内にカリンの呆れた声が響く。確かに、最近は気が緩んでいたかもしれない。


 『我もその溢れる神力につられて、あの森でお前を見つけたのだぷ』


 魔力のないオニキスやアンには、どうせ違いは分からないからと、魔力隠蔽の調節を適当にしていたのは確かだ。


 ルシルだって、いつもいつも魔力を押し込めていたら、息が詰まる。ただ、森で一人きりになった今朝はだいぶ油断していた。


 『でもどうしよう、カリン。この人が起きて、また私の魔力について何か話したら……』


 こんな事で悩む自分にはさすがに辟易するが、不安過ぎてカリンに本音をこぼさずにはいられない。


 『神族をバケモノと呼んで恐れるのは人族として正しい行いだぷ』


 『……例えそうでも、私はここの人達にバケモノ扱いをされたくないの』


 『はあ、厄介な。じゃあお前を襲った時の記憶だけ混濁せておけばいいぷよ』


 カリンはため息をつくと、フワフワのしっぽをピョコピョコと揺らして、光の粒子を生み出すと、囚人の上に降らせた。もちろん、周囲の人間には見えていないようだ。


『ごめん、ありがとうカリン』


 お礼の意味で、魔力を優しく込めながらカリンのフワフワの毛並みを撫でてやる。周囲の人間には、首元に手を当てているだけに見えているはずだ。


「妃殿下、ご協力ありがとうございました。ひとまず閣下にご報告を」


「そうね、結局予想通りの展開になったわね……テロイアとの交易だなんて」


「いまだに信じられません、帝国中央でまさかそんなことが起きているとは」


「私の方も初耳よ。テロイア連邦議会が公表を隠しているのか、それともどこかの国の独断なのか。個人や小さな団体が秘密裏に接触しているという線もあるわ。それにしても、今になってロトと接触する目的がわからない」


 少なくともテロイアには、大洋を渡る危険を冒してロトと交易をする利益は少ないはずだ。


 一時は問題になっていた魔素の枯渇問題も今では十分に統制されてエネルギー問題も落ち着いている。そもそも未開の地だと思われているロトに、一体何を期待しているというのか。


 (ただ、もしも簡単に大陸間を移動できる手段でも見つかったと言うなら)


 ルシルは荒唐無稽だと思っていたその考えを現実的に想像してみる。


 もしも行き来が容易にできると言うことになれば、テロイアの人々にとって、ロトは一転してフロンティアになる。

 

 (一番に注目するならこの北の地域ね)


 昔から居住区として広く開発されてきている南側と異なり、特に大陸北端のこの領域は、自然豊かで濃厚な魔素を含む土壌が手付かずで広がっている。


 潤沢なエネルギーを容易に入手できる土地が新しくこれだけあったら、テロイアの過去の歴史が物語るように、再び国家間の不要な争いを生むかもしれない。


 一瞬心の中に不安と疑心が膨れ上がったが、あり得ないと思い直す。


(考えすぎね。魔物の産まれるあの海域を跨いで、どうやってこの海洋を渡れるというの)


 そして衝撃をやり過ごすようにジルベールと話しながら、ルシルはフェリクスの元へ急ぐべく長い階段を急ぎ足で上がった。



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