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第三十四話 幸運


「まさか。あいつがお前みたいに神力を黙って渡すわけがないぷ」


「分からずや、って事は、つまり、本当にご、傲慢で残忍な性格なの?」


 一番、気がかりだったその神族の性格。正直、対人関係がそつないとは言えないルシルが、同族だからと言って安易に助けを請えない理由は大きくそこにある。


 ドラゴン戦の助太刀だって、単に自分の住処を守るための行動、とも受け取れる。


「私、その神族に会ってみたいんだけど。でも性格がアレなんだったら、ちょっと……」


「性格は悪いぷ。大精霊を敬う気持ちがないぷ。それにあいつの住処には強力な結界を張っているからそう簡単には近づけないぷ」


「そう、なんだ」


 ルシルは立ち上がって窓辺に近づくと、雲の隙間の北の山脈を見渡した。おずおずと薄めの探知を使って、もう一度相手の居所を特定する。


「人族や他種族に害意を持ってたりするのかな」


 微かに手ごたえを感じたところに向けて、魔力を集めて目を凝らすが、確かに何らかの認識阻害結界が働いているようで、明確に視ることができない。


「確かにこれでは直接転移は無理ね。まあ危険なのだろうから、できてもしないけど」


「あいつは南の方の果物が好きなんだぷ。我は以前、南の遺跡にいたから、土産に持っていた果物をくれてやると言ったら、結界の中に入れたぷ」


「南方の果物?」


 カリンは得意満面の顔で空中に穴をあけ、そこから黄色い楕円の果実をひとつ取り出すと、ルシルの掌にコロンとのせた。つるんとした皮の手触り。そして芳醇な香りが拡がる。


「ボーボーに似てるわね。でも色が違う」


 故郷とは植生がかなり違うため、森には見た事のない植物も多い。ただ、基本的な食用の野菜や果実は開拓時代に苗を持ち込んだ事で、似ていたり、原種のようなものも見た。しかし、これは見た事のない果実だった。


「ここいらでも珍しいものだからぷ」


「いや、それよりもカリン。あなた空間収納が使えるのね」


 ルシルはカリンが出した空中の穴の方が、果実よりも気になる。空間収納は、テロイアでも幻の技術として知られている。


 何もない場所から別の空間を呼び出し、そこに物を収納できる技術で、その空間では時間経過がないとか、容量の制限がないとか言われている。


 魔力量の多い神族でも、生まれつきの特別な才能がないと使えないもので、現存する神族ではもう使える人は恐らくいないと聞いた気がする。


 多くの魔道具士が再現しようとしたけど失敗、結局現在は似たような技術として、大きさの異なる様々な魔法鞄程度しか開発されていない。


「もちろん使えるぷ。契約したから、お前も使えるぷ」


「えっ!」


「収納、と思い浮かべると使えるぷよ」


 (収納)


 ルシルの目の前に、確かに透明な穴が浮き上がった。

これは、自分とカリンにしか見えていないのかもしれない。ルシルは手の上の果実を穴に近づけてみた。もう一度(収納)と心で唱える。直後に果実はすっと消えて、頭の中に『ポー1』というリストが浮かんだ。


 (凄い!!)


 ルシルは鞄も何もない空間に収納する不思議さに感動して、思わずその辺の物の出したり入れたりを繰り返してしまった。その物に手を向けるだけでも簡単に収納できる。魔法鞄に付き物の、残容量の告知もない。本当に無制限なのかもしれない。


「収納に入れると、物の名前も分かるのね」


魔法鞄の内容物リストは比較的大雑把な括りで、性能によっては取り出して確認する必要があるものも多い。


「基本的には自分のいる地域でのその物の概念通称だぷ。そこにないものや唯一無二のものは空欄になっているから、自分で命名することもできるぷ」


「ふうん。とにかくこれは便利ね!ありがとう、カリン」


「我と契約すると幸運が訪れると言ったであろぷ!」


「あ、うん。もっと抽象的な幸運だと思ってた。うん。いい子いい子」


 カリンは鼻を鳴らして、ルシルの肩によじ登ると、首に両手で抱きついた。ルシルは頬を傾けて頬ずりした後、反対の手でフワフワの毛皮を撫でつける。


「それじゃあ、この果実を持っていけば、また結界に入れてくれると思う?」


 ルシルは再びポーを取り出して、その甘い香りをかぎ、窓の向こうを見た。


「分からないぷ。機嫌が良ければ入れてくれるだろぷ」


「分かった。じゃあこれはもらっておくね。ありがとカリン」


 首元に張り付いたまま、また鼻を鳴らすカリン。本物の猫のようにほんわりと暖かい体温に気持ちが和む。


 ルシルは気を取り直すと、ジルベールの所へ行こうと呼び鈴を鳴らしてアンを呼んだ。


「ルシル様、お疲れは取れましたか」


 心配そうに入ってきたアンは、相変わらずカリンの存在には全く気が付いていないようだ。


「お加減が宜しければ、ジルベール様からお手数ですが至急騎士団棟でお話ししたいとご伝言です」


「わかったわ」


 ルシルは慌てて自室を出た。部屋の外でオニキスも合流して、そのままついてくる。


 わざわざ騎士団本部への呼び出しだ、転移アンカーの件で何か分かったのだろうか。


 アンに誘導されて足早に中庭を抜け、騎士団本部がある一角に向かう。途中、廊下で数名の騎士を連れた第一騎士団の団長とすれ違った。


 回廊の前方から近づいていた彼らは隊列を組んだまま端に避けて止まり、ルシルたちが通り過ぎるまで静かに右手を胸に当てる敬礼をして頭を下げている。


 ノエル・ダケット。元帝国中央貴族の三男で、親族と折り合いが悪く、北部に流れ着いた所を城勤めの文官の推挙で入団したと聞いた。平民出身のマルクスやゼーラと違って、ルシルへの態度にも、少し距離があるような気がする。ただの思い過ごしかもしれないが。


「ごきげんよう、ダケット団長」


 ルシルは緩やかに立ち止まり、できるだけ愛想よく声をかけた。


「大公妃殿下。ご機嫌麗しく」


「中央から婚礼祝いの使節団が到着すると聞きました。城の警備が忙しくなりそうですが、団員の皆様共々、どうかご自愛くださいね」


「お気遣い痛み入ります」


 ルシルの言葉に、ノエルは俯いたまま胸に当てた拳を二度ほど揺らし、敬意を表した。


 上背のある恵まれた体躯に長い褐色の髪をまとめて背に流し、顎のしっかりした輪郭。今は礼儀正しく伏せられているが、きりっと釣りあがった翡翠色の細い瞳は常に鋭く、気軽に話しかけづらい雰囲気なのだ。


 彼が団員を引き連れて歩く姿は威風堂々としており、いかにも騎士然としているせいか、マルクスやゼーラと話すときよりも、いつもなぜか少し緊張する。


 それ以上かける言葉が見つからず、ルシルはアンに促されてその場を去った。


 ドレスの胸元に引っ込んでいたカリンが小さく鼻を鳴らした。


 『あいつ、ルシルになんか隠してるぷ』


 『なに、それ』


 頭に直接響くカリンの言葉に、ルシルは驚きながらも同じように心の中で返事をする。独り言の多い変な奴だと思われないように。咄嗟にやってみたが、通じたようだ。


 『我は大精霊だから人族ごときの感情は手に取るようにわかるのだぷ。あいつは、ルシルに話しかけられた時、変な匂いがした。何か隠し事がある奴の匂いだぷ』


 『そ、そう。あまり彼とは親しくしていないから、何か隠し事をされてても仕方ないよ』


 『そういう事じゃないぷ!』


 なんだかプンスカしだしたカリンを人差し指で撫でてなだめると、ルシルは先を行くアンを追って歩く速度を再び早めた。


 カリンが言いたいことは分かるが、今はそれどころではないのだ。ダケット団長の隠し事は、たぶんきっとまだルシルが信用されていないから。


 砦や城下も担当する第二、第三騎士団と、常にフェリクスやこの城の護りについている第一騎士団とは少しだけ差がある。


 フェリクスにとって、とても信頼の厚い部下なのはよく分かるので、その人とうまく仲良くなれない自分に、ちょっとだけもやもやする。


 だが今のルシルにとっては、テロイアと交易があるのかもしれない帝国中央の動向が、目下の重大な関心事だった。


 この大公国とは水面下で敵対しているのかもしれない帝国中央だけれど、テロイアと連絡を取る方法を有しているのなら、ルシル個人にとっては重要な存在にもなりえる。


 もちろん、故郷との接点の為に大公国を裏切って帝国中央につくほど、恥知らずではない。それにそもそもあちらはルシルを敵とみなしている可能性が大きい。ルシルだって、フェリクスの身の上話を聞いた後では、良い印象を持つのも少し難しい。


 (でももし、あのアンカーがテロイアとの交易で手に入れたものだとしたら)


 堅牢な城の中でも特に重厚な騎士団本部別棟の門をくぐりながら、ルシルは淡い期待を抱いていた。


 (成功するかわからない大陸間移動の転移魔法なんて、一人で無謀な賭けをするよりも、まずは帝国の交易ルートでテロイアと手紙のやり取り位はさせて貰えないかな)


 帝国中央の刺客が自分を襲ってきたことは記憶の片隅にすでにしまわれ、ルシルは期待に高まる胸を押さえながら、事情聴取を終えているはずのジルベールの待つ部屋へ急いだ。


 (そもそも、皇帝は結婚のお祝いを送ってくれているのだから、脈はあると思ってもいいわよね)


 国家間では争いのないテロイアで育ち、平和ボケしたルシルの頭の中では、都合のいい妄想がどんどんと膨らんでいくのだった。


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