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第三話 新大陸テロイア

 ルシルが暮らす新大陸テロイアには現在、多種族混合、もしくは単一種族国家など、様々な国が混在している。


 旧大陸ロトから大洋を渡ってたどり着いたこの新天地で、かつての絶対王政や長く暗く野蛮な侵略時代を経て、今ではその殆どの国が立憲君主国や民主主義国であり、多くが平和的に連邦評議会に参加している。


 近年国家間の争いは水面下で起こることが多く、表立っての武力衝突というのはほとんど聞かない。


 それぞれの国家が、それぞれに安定した魔力エネルギーや高度な技術を有し、時にはそれらを共有し、永い平和を謳歌していた。


 そして基本的にはテロイア大陸連邦国として一定の総合意思決定機関を持ち、ひとつにまとまっているとも言えた。


 ただ、旧大陸ロトとの間の海岸線には、

 長らく脅威も存在する。


 大陸間を隔てる大洋には、通称魔物と言われる海洋性の魔生物が多く生息する海域がある。


 この魔物が海から上陸すると瞬く間に陸性の生物へと変容して人や街を襲うのだ。


 これを退けるのに、テロイア連邦軍が存在する。


 ルシルは長命で強靭とされる神族の末裔として生まれ、女性ながらも豊富な魔力量を誇って、ゆくゆくは連邦軍に所属するのが目標だった。


 16歳で軍立学園に入学すると、必死に努力して二年程で少ないながらも気心の知れた仲間も出来た。共に日々の厳しい課題をこなし、切磋琢磨する毎日。


 神族だから、女性だから、と色眼鏡で見られないよう、人一倍努力を怠らないルシルの様子に、次第に周囲には理解者も増え、特に学園長には、格別に目をかけて貰えるようになっていった。


 ルシルの学園での成績は目覚ましく、晴れて入軍試験も間近に迫っていた。


「そろそろ試験当日の準備をしておかないとな」


 ルシルの数少ない友人、神族のスカイが、授業後に片付けを始めたルシルの机に4人分の魔道列車のチケットを置いた。


 基本的に同族には遠巻きにされているルシルだが、同じくらい変わり者と言われているスカイとは、入学当初からなんとなく自然と親しくしていた。


 ルシルは目の前に置かれたチケットに驚いて、スカイを見上げる。


 同じくルシルを囲うように座っていた、獣人族の双子トミーとレミーも、弾かれたように同時に顔を上げてスカイを見た。黒髪と赤髪である以外、見た目がそっくりで仕草も似ている。


「やった!さすが、金持ちのご子息さま」


 入軍試験当日のチケットは良い席ほど確保しにくい。机に置かれたのは、燦然と輝く個室の4人席だった。


「個室を1人で使っても無駄だからな」


 周囲には冷たい美貌と揶揄される無表情で言うスカイ。トミーとレミーはそんな事はお構い無しにスカイを明るく労う。迷惑そうなスカイと大騒ぎする2人。

 

 ルシルは苦笑しつつ、お礼を言って喜び合い、仲間たちと別れた。


 この日も学園帰りに中央市場に寄り、ひったくりや痴漢などのチンピラを捕まえて、保安隊に引き渡すといういつもの日課を終えて、ルシルは上機嫌だった。


 助けた人族の女性たちにも感謝され、焼き菓子や花束等を貰った。こうして、今は細々とでも人の役に立てるのが嬉しいのだ。


 そう、ルシルはまさに、

 将来の希望に胸を膨らませていた。


 あの日父親から、

 龍族の男性との婚姻を打診されるまでは。


 神族や龍族は個体の寿命が長く生命力も強いが、繁殖力が弱く、近年は若いうちから他種族と婚姻することでより強い子孫を残す事が重要視されている。


 結婚はせず、軍に入ると伝えていたのにも関わらず、父親が突然縁談を勧めてきたのを不思議に思って問いただすと、いつも以上に要点を得ない説明しか返ってこなかった。


 推測するに、少なくとも龍族と神族の間にはもともと一族の意向ですでに何らかの契約があったらしい。


 女性の社会進出も珍しくない今の時代に、親族間の都合で見合い結婚なんて時代錯誤だ。


「知らない人と結婚なんて、私は絶対にしないから」


 そもそも、龍族は男性の地位が未だ高く、婚姻後に女性が社会で活躍する事はあまり奨励されていないという。


 そんな話も時代錯誤なのだ。


 婚姻自体絶対に嫌なのに、よりにもよって一番嫌な相手。


 龍族の男性と聞いて、ルシルの眉間には深いしわが寄っていた。


「ルシル、お前にはすまないとは思っている。だがそんなに悪い話ではないんだよ」


「婚約したら、入軍もだめだなんて、悪い話でない訳がないでしょう」


 神族は強大な力を有する血族として、大陸でも有数の名家を内包している。


 政界、財界、芸事に至るまで、傑物と言われる者たちが系譜にいる。


 龍族もまた並んで称されるが、彼らは軍関係の要職についている者が多い。


 どちらにせよ両者とも、庶民には想像もつかない莫大な資産を保有し、表面上は階級制度のない合議制とはいえ、どの国でも事実上の支配力を有しているのが実情だった。


 ルシルの家も決してぞんざいに扱われるような家柄ではないし、一定の資産もあったが、母親が亡くなって10年ほどで、すっかり家計は傾いていた。


 地味な研究職で金銭感覚に疎い父親が、他種族の商人などに騙されるなどしたために、莫大だった資産があっという間に消えてしまったとも聞いている。


 そんな事情で、ルシルの家自体は、神族のうちではそれほど立場が強いわけではない。


 ルシルの父親は、生来気の弱い人だ。周りの圧力に強く反論できなかったのだろう。


「先方の希望なんだよ。……どうか一族の為と思って承諾してくれないか」


 他にも候補はいたが、適齢期になっても浮いた話ひとつもないルシルに、なぜか白羽の矢がたったのは、皮肉にもその魔力量の多さからだという。


 ルシルは呆れて、言葉が出なかった。


 (そもそも、私自身を見て決めたわけでもないのね)


 ルシルとて女性の心は持っている。


 魔道写真付きの身上書が勝手に送られていたこと、先方の希望と聞いて、実は自分を見初めて強引な縁談の申し入れでもしてきたのかと、一瞬浮ついた自分が恥ずかしかった。


 そして何故か、もはや猛烈に腹が立ってしまった。


 神族は、総じて美しい。

 突出して整った容姿が人族と神族を見分ける術だとも言うほどだ。だからこそ、自分の見目に特に問題があるとは思っていない。


 同じ年頃の女性たちと違って着飾ることに頓着しない性格だが、素材は美しいと言われる事もあるのだ。


 ただ、どうも同年代の男性からは人気がないというらしい事は薄々わかっていた。やはり結局、性格の問題か。


 (結局ただ、より強い子孫を残すためだけに?)


「それにお前が言う様に、結婚すれば、必ず不幸になると決まったわけじゃない。少し前までは皆知らない同士で結婚し、徐々に家族になっていったものなんだよ」


 もちろんその理屈はわかるが、自分向きの話では、到底ない。


 ルシルは冷たく見えるといわれる碧色の目を細めて、向かい合っているのに目を合わせようとしない父親を正面からじっと見つめた。


 この人は、自分の娘がそういうタイプの女性だと少しでも思っているのだろうか、とルシルは若干不安に思った。


 母が亡くなり、父とはまともに話をしなくなってしばらく経つ。


 魔力量が多い事で、子供のころからどちらかというと男の子たちには煙たがられていた。


 女子に模擬戦で負けることを恥ずかしがる彼らの考えも、古臭くて嫌だった。


 身体も頑丈な方だし、負けん気も強かったルシルは、大人しい女の子たちともあまり打ち解けられない。


 母がいないので、女性同士の話題が分らない事も一因だったかもしれない。


 他種族混合で編成される連邦軍は、前線部隊は主に龍族と神族が担うとはいえ、種族の差も男女の差もなく、純粋に能力だけで出世できる職場だと言う。


 ルシルは無駄に多い自分の魔力を人のために役立てたい、と思っていた。


 (そもそも、父さまは入軍に賛成していたはずよね。どうして急に?)


 ルシルは父の真意がわからないまま、あえて尋ねることもしなかった。


 軍に入れば、どちらにせよ別々に暮らすことになる。


 波風をたてたくなかった。


「ごめんなさい、父様。私の魔力は、まだまだもっと多くの人を救うために使いたいの」


 ルシルはその後も説得には応じず、この話はなくなったはずだった。


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