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第二十九話 手がかり

 婚礼の儀は滞りなく終わり、大公城には穏やかな日常が戻りつつあった。


「アン、今日もゼーラへの伝言をお願いね」


「かしこまりました」


 ルシルは自室の長椅子に座り、傍に控える専属侍女に声をかけた。彼女は優雅に一礼して部屋を出ていく。


「今日も第三騎士団の定期巡回に同行するわ、よろしくね、オニキス」


「お任せください」


 足を鳴らして敬礼する護衛騎士のオニキス。


 候補から選んだ専属侍女と護衛騎士とはすぐに馴染んだ。灰色の髪と同色の瞳のオニキスはきさくな性格で話しやすく、侍女のアンもまた栗色の髪と薄茶の瞳を持つ、空気を読むのに長けた穏やかな女性だ。


 そして両者共に他人の魔力への感度が低く、ルシルの膨大な魔力に耐性があったのが決め手だった。ルシルが隔絶の森に入るため、多少普段より魔力隠蔽を緩めても、この二人には問題がなかった。二人が殆ど魔力を持たないせいなのだろう。


 正直、ルシルは侍女も護衛もいらないのだが、建前上、必要だそうだ。まあ、いわゆる監視の意味もあるのかもしれないが。


 隔絶の森への調査にはすでに数回、騎士団に同行していた。巨大な森でも、魔力を使ってしらみつぶしに探すことで、ルシルが不時着した巨大蝶と花畑の位置はすでに予測してある。今日はルシルが当たりをつけていた候補地に向かう予定だ。


 マルクス率いる第二騎士団は砦の防衛任務に就いているため、ルシルには第三騎士団の巡廻任務に同行許可が出ている。


 ゼーラの隊は魔法士の数も多く、ドラゴン戦で活躍したルシルへの魔法指導を求める声も多いため、隔絶の森での演習なども度々引き受けていた。


 ルシルはお世話になっている恩返しに、極力自分の魔力は抑えながら、上級魔法などを手ほどきしている。


「おはようございます、妃殿下」


「おはよう」


 城の使用人達もルシルが騎士団と共に出掛けることに慣れ、違和感を持たなくなってきていた。

 いつものように軽めの装備を整えて騎士団の待つ中庭に向かいながら、アンから本日の予定を聞く。


「今日は確か閣下の執務室に呼ばれていたわね」


「はい、午餐をよければご一緒に、とのことです」


 フェリクスとは仲の良い夫婦として公認されているようで、想像していたより契約結婚は順調だった。毎日のお茶会はなくなったが、こうして時々食事を共にとったり、夜にも主寝室で内密に話し合う時間が取れるので、調査の進捗を直接報告できる。


 今日はフェリクスも執務で一日城内にいるようだ。


「公子様のご様子はお変わりないと報告がありました」


「そう、今朝は授業の時には会いに行けないけれど、夕方に会いに行くと伝えておいて」


 蟻の行列の様についてきていた使用人たちが、アンの指示を受けて少しづつ解散していく。


 この仰々しい感じには、いつまでも慣れないが、公妃ともなるとこういうものらしい。


 中庭に出ると、巡回騎士隊がすでに整列して待っていた。ルシルが同行する時は、団長のゼーラも必ず同行してくれる。単独行動を気軽にしたいルシルには正直少し面倒なのだが。


「おはよう、ゼーラ。本日もよろしく頼みます」


 この偉そうな言葉遣いも、大変心苦しいのだけど、ひたすら慣れるしかない。

 時代劇の姫様を意識して、役者にでもなったつもりで続け、最近やっと多少慣れてきた。


「大公妃殿下、本日もご機嫌麗しく。ご一緒出来て光栄です」


 マルクスもゼーラも、実は庶民出身の騎士爵らしく、この朝の挨拶以外は気軽に接してもらうよう相談しているところだ。逆に城の警備を担当している第一騎士団の団長は、もともと貴族らしいので、紹介は受けたがルシルはあまり親しく接してはいなかった。


 城の中庭からは、扇状に拡がる城下町と、その向こうの小さな農村、そして広大な隔絶の森が見渡せる。ゴリム砦のある山脈は厚い雲に覆われて神秘的な雰囲気だ。


 ルシルは目に魔力を集めて、森の中のお目当ての場所を探し当てると、密かに軽く探知魔法を行使する。目標周辺に危険な大型獣の気配はない。


 実は、すでに森にも単独でなら簡単に転移できるのだが、周囲の手前、そうもいかず、昨晩も深夜に一人で探索に行きたくてうずうずしていたのだ。


「今日も軽く支援魔法をかけておくので出来るだけ素早く移動しましょう」


 ルシルはせめて隊員たちの素早さを高めて、はやる気持ちを抑えつつ探索に向かった。


「それでは、オニキス。我々は砦の方向に進むが、妃殿下を頼むぞ」


「は。お任せ下さい」


 ゼーラとオニキスのやりとりは、一種の様式美になっている。ルシルの護衛はほぼ要らないのは共通認識だが、おそらく、ルシルの暴走を監視しろという意味なのだろう。


 交渉の結果、彼らが砦の第二騎士団と森の巡廻の引継ぎをしている間は、ルシルの単独行動が許可されている。森で何度も大型獣をなんなく仕留めるルシルを見ての譲歩だ。


 ルシルは探知魔法で識別していた巨大花と巨大蝶のいるエリアに到着した。


 再び実物を目の前にすると、最初にこの地に降り立った時の戸惑いと恐怖が思い出される。


「私の故郷にはね、こんなに大きな蝶はいないの」


 一面の花畑に目を細めながら、ルシルはオニキスに思わず話しかけた。


「この花も蝶も、この地の魔力でここまで大型化したらしいです。美しいですよね」


 ルシルの故郷については相変わらず公表されておらず、ごく身近な人間だけに周知された。


「この森は原初の森、とでも言いたくなるほど魔素が濃いものね。私の国では、大気中や地中にいたるまで、全ての魔素が資源として吸い上げられて、多くの自然がその魔力を失いかけた位なの。今はもちろん、是正されて均衡を保った管理下にあるけど」


 オニキスはルシルの言葉が難解だったようで、少し首を傾げている。


 それを目の端に捉えながら、探知魔法を展開してこの土地にあるかもしれない手掛かりを漠然と探すルシル。


 最初に降り立ったのが、山でも海岸でもなく、森の中のここであった理由が何かあるのかもしれない。


 朝日が輝く時間だが、背丈よりも高い植物や花々が複雑な影を作り、幻想的な景色になっていて、開けた場所であっても目視ではだいぶ見通しが悪い。


 探知魔法をさらに拡げる。すると、意識の中に、小さなひっかかりを感じた。


 花畑と森の際に、何かルシルの探知に引っ掛かる微かな反応がある。


「オニキスは、このままここにいて」


 静かに指示を出して、ルシルは大きな花の茎を避けながら花畑の奥まで進み、その少し先の森の木々の日陰に歩み寄る。


 その反応が何かは、その場所に近づくとすぐに分かった。


 (まさか)


 地面に半分埋まるようにして存在するそれを、ルシルは信じられない気持ちで凝視する。


 (どういうこと?一体なんでこんなものがここに?)


 あまりに驚いてしばし茫然としていたルシルは、軽く肩をたたかれて振り返った。


「オニキス、私いま……」


 だが、振り返った先にいたのは、護衛騎士のオニキスではなかった。


 叩かれたと思った肩のずっと先には、ショートソードの鋭い切っ先があった。


 (しまった)


 見つけた物に夢中になりすぎて、周囲への警戒を怠りすぎていた。


 「え?」


 魔法が付与された剣先だった。

 

 恐らく目の前で唖然としている人族の魔法剣士が、何らかの魔法攻撃をルシルに向けて放ったらしい。


 しかしそれはルシルの体表の防御膜を、軽く叩いた程度の衝撃にしかならなかったようで。


 人族の扱う魔法は、ルシルの自然発散している魔力で霧散してしまうことも多い。

 さっきは一人きりだったので魔力隠蔽の調整を大幅に緩めていた。


 魔法を纏った剣戟は全く届かず、ルシルの濃厚な魔力を直接浴びた相手の見開いた目からは、混乱と恐怖、さらには段々畏怖のようなものが現れるのが手に取るように伝わってくる。


 (このままではまずい、どうしよう。この人私の事を……)


 恐慌を来した相手が闇雲に襲いかかってくるのを軽くいなしながら、ルシルは素早く考えを巡らせた。


 血走った眼で次々と攻撃を仕掛けて来る魔法剣士と戦いながら、先に魔法攻撃を受けて離れた場所で倒れているオニキスを探知で捉えて、ルシルはより深く気配を探った。気を失っているだけで、大きな外傷は無いようだ。


 しかし問題は残っている。このままではあまりにも人族の女性らしくない。


 普段の騎士団との魔法訓練の時にはもう少し自重していたので、今は良くない状況だと思う。

 この男を騎士団に突き出せば、事情聴取で色々と問題が起きそうだし、逃がしても恐らく中央の者に正体がバラされる。どちらにせよ今すぐに、何か、手を打たなければ。


 何度目かの魔法攻撃を片腕を振って霧散させ、徐々に相手が恐怖で正気を失いつつあるのをハラハラと見つめながら、ルシルはやっと妙案を思いついた。


 そして相手の攻撃魔法のタイミングに合わせて、グッと相手の間合いに踏み込んだ。




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