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第二十四話 パレード

 教会での儀式の後は、夕刻からタルジュール城での晩餐会が予定されている。


 スタンピードの直後という事もあり、招待客は最小限、これもまた小さめの祝席だ。


 開き直って丹力の戻ったルシルは、予定通りに問題なく式辞を終えて、参列者に祝福されながら教会を出発、華やかに装飾された公家の馬車で国民に埋め尽くされた公都の街道を巡廻しながらゆっくりと城に戻ってきた。


 このパレードもどきは、事前に必死で固辞したのだが、帝国中央への証拠固めとしてジルベールの鶴の一声で強行された。


 仕方なく、できるだけ顔が隠れるように、ベールを降ろしたまま、控えめに手を振るという事で妥協した。


 ちなみにレイモンドも、別の馬車でついてきている。


 城に到着後には、バルコニーに三人で顔を出し、大歓声の中、笑顔でお手振り。仲睦まじい一家のお披露目である。


 これによって、国民たちには大公家一家三人として、公的に認識されたことになる。ルシルは想像していたよりずっと大事になっているようで、落ち着かない。


 国民の歓声に背を向けてレイモンドを抱くフェリクスと共に城の中に戻りながら、複雑な気持ちで尋ねる。


「フェリクス様、国民の皆さんにまでこんな風に発表してよいのでしょうか」


「彼らは懐の深い民だからな。どうとでも納得してくれる。心配には及ばない」


「はい……」


「はーうえ、ちーうえ、とってもかわいーね」


「ありがとう、レイ。レイもとっても可愛いわよ」


 デボラの腕に引き取られたレイモンドは、目を輝かせてルシルたちを代わる代わるじっと見ている。よくできた対人形の様な婚礼衣装の大公夫妻に釘付けなのだ。


「今日は馬車に泣かずに乗れて偉かったな」


 フェリクスが頭を撫でると、レイモンドは擽ったそうに身を捩ってキャッキャと笑い、背中の真っ白くて小さなミニチュアマントが、フワフワと舞った。


 今日のレイモンドは、小さな身体にフェリクスの婚礼衣装と同じデザインの服を着せられ、父上とお揃いと知らされて、朝からご満悦らしい。


 お陰で今朝は馬車に乗せられても、大人しく出来たらしく、徐々にトラウマも解消しているようだ。


 レイモンドの笑い声で周囲はほんわかとした柔らかい空気になったが、この後は、またしばらく別行動で、晩餐会の準備に入る。


「時間に迎えに行くが、できるだけゆっくり休んでおいてくれ」


「はい」


「儀式では招待客とは親しく接触する機会がなかったが、晩餐会ではそうもいかない。一番やっかいなのは帝国中央の大使だ。奴との会話は最小限にできるように気を配ろう」


「ありがとうございます」


「それではしばしの別れだな、我が公妃よ」


 流れるような動きで手の甲に口づけを落とされて、ルシルは思わずのけぞった。


「ひ、ひゃい」


 テロイアの文化では、婚姻の儀式で口づけをする国が多いのだが、ロトではそのようなものはなく、女神像の前で祈りを捧げるのみ。清廉で敬虔な儀式で安心していた。


 それでも、こういった公の場での円満な演出は、これから増やしていくべきなのだろう。


 契約婚に関しての会話は、防音魔法で周囲に聞かれずに済んでいるが、あまりに態度がよそよそしければ、いつ疑いの目を向けられるかわからない。


 だが、男女の交際事情は比較的緩やかだった故郷でさえも、浮いた話のなかったルシルである。ちょっとしたことにも恋愛系の免疫がないため、挙動不審になってしまうのだ。


 (手袋の上からキスされただけなのに!これってただの貴族の挨拶でしょ?)


 ルシルのおかしな反応に、ほんの少し眉をひそめるフェリクス。


 長い白のグローブをつけたルシルの手を口元に寄せたまま、紫の瞳でこちらをじっと見つめるフェリクスは、無自覚に大量の色気を漂わせていて、ぞっとするほど美しかった。


 ルシルの周囲にいた女性たちも、その余波を受けて思わず数名が身じろぐ。顔を赤くして胸を押さえ、よろける使用人たちを横目でとらえて、慌てて笑顔を作るルシル。


「お、お迎えをお待ちしておりますね」


 頷いて踵を返すフェリクスを見送る。ルシルの近くに控えていた女性たちはほっと息を吐き、先ほどの大公ショックから早々に立ち直ると、真面目な顔に戻ってきびきびと動き出した。


「それでは公妃殿下はこちらへ」


「まずは湯あみからもう一度始めます」


 その声で我に返ったルシルは、今朝の身支度という名の戦場を思い出して、絶望の表情を浮かべた。


 お腹がすいたし、疲れて眠い。


 今日はもうこのまま眠りたい。


 腕立て千回とかで許してもらえないですかね!?


 心の叫びは決して叶えられることのない願いだった。


 簡単な食事を食べながら、つかの間の休息をとったルシルは、再び時間をたっぷりかけて念入りに飾り付けられて、最終的にぐったりと一人、ソファに腰掛けていた。


 入念に仕上げた作品に感極まって、口々にルシルをほめそやした後、ソファの傍らにお茶と菓子を残して、かしましい使用人たちはいったん下がっていった。


 あとはフェリクスの迎えが来るまで、ここで大人しく休んでいればいい。ハーブティに軽く口を付けて、これから始まる晩餐会と言う名の地獄を思い浮かべる。


 答えたくない個人的な質問には基本的に笑顔と無言の圧で返す。それでこの大陸の貴族の礼法には叶うらしいので、不思議だが、良い慣習だ。当然自分より立場が上の人間がいない場合の法則だが、これがとてもありがたい。


 要はにこにこして、応えられることにだけ応えていればよいというのだ。果たしてそんなに簡単に事は進むのか、多少の不安を感じながら、ルシルが何度目かの溜息をついた時だった。


 にわかに部屋の外が騒がしくなって、誰かの到来を感じる。フェリクスが早めに迎えに来たのかと、姿勢を正して立ち上がったルシルの前で、大きなノックの音と共に、目の前の扉が少々荒っぽく開いた。


「大公妃殿下」


 大公国とは明らかに別の色合いの、派手な騎士服を身に着けた男性が二人、小柄な男性を先導して突然部屋に突入してきた。そのあまりの勢いに、ルシルは立ったまま瞠目した。


「妃殿下、大変申し訳ありません」


 後から、困惑した表情の大公家の騎士が四人、慌てたように謝罪しながら入ってくる。


 うん、部屋の中の男性比率がとても高い。

 

 いつもそばに沢山いる女性たちが今はいないからだろう。それでもこれ、普通の貴族のお嬢さんだと怖がるレベルかもしれない。軍立学園にいたルシルにはむしろ懐かしいばかりだが。


「これはこれは妃殿下。こちらのお姿もまた言葉にならないほどに美しい」


 部屋の中央にいる着飾った小柄な男性が、だいぶこわばった声でルシルに声をかけてきた。

 

 その男性のひとことで、ルシルははっと気が付いた。

 

 晩餐会用に着替えたルシルの姿を、初めて見せるのがフェリクスではないことに。それはなぜか、ルシルによくわからない残念な気持ちをもたらした。


 自分の感情に困惑しながら、ルシルはとりあえず大公家の騎士達を見た。


「こちらの方は?」


 一瞬のうちにルシルの周囲を取り囲むように整列した騎士たちが、青ざめた顔で答える。


「は、帝国大使のギヨーム・オイゲン様です」


 はあ。これが噂の帝国大使。


 (大公のいない時間帯の控室に、無理に突撃したってわけね)


 ルシルは黙ったまま、目の前の男性を観察した。

 背が低く、小太りで、頭頂部が少し寂しい。

 年齢は人族の四十代くらいか。


「大公妃殿下。ギヨーム・オイゲンと申します。誰よりも早くお祝いをお伝えしたく、このオイゲン、御前に参じましてございます。この度は、まことに」


 美辞麗句を並べ立てて、息つく暇もないほどに語りだしたオイゲンをぼんやり眺めながら、ルシルはこの後の対処をどうすべきか考えていた。


 この国の、というか帝国貴族の慣習はよく知らない。婚儀前に少しは勉強させてもらったが、さすがにこの状況は、大公妃に対して不敬に当たるのではないのか、と困惑する。


 ここでルシルが気軽に返答をしたり、言葉を交わしたりすることは問題かもしれない。


 この男も、それがわからないわけではないだろうに、額に汗をびっしりとかきながらも、なぜかとうとうと語り続けている。目の前のルシルを必死の形相で凝視しながら。


 その探るような視線に、奇妙な居心地の悪さを感じながら、ルシルが何度目かの溜息をはいた時だった。


「オイゲン殿」


 満面の笑顔でさらなる祝辞を述べようとしたオイゲンに、後ろから低い声がかかった。


 この部屋の誰もが、一瞬びくっと肩を震わすような、冷たい怒りに満ちた声だった。


 

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