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第二十一話 テロイアの混乱 side 学園長

 一方その頃、新大陸テロイアの連邦議会はかつてない混乱を極めていた。


 議会上層部にとって最重要機密である要監視対象者、神族のルシル ・クロフォードが行方不明となったことが判明したのだ。


 彼女の失踪は事情に通じた一握りの者たちを震撼させ、また逆に事情を知らない多くの者たちを困惑させた。


 事情を知っているうちの一人、連邦軍立学園学園長のアーサー・レインはこの日、事態を収集するために開かれた連邦議会幹部会への出席要請を受けて議会場に向かっていた。


「急に呼び出してすまない」


 広い魔動車の後部座席では、ルシルの友人三人がアーサーと共に顔を顰めて向かい合っていた。


 議会場までの道中、再び詳しい事情聴取と称して特にルシルと仲の良かった彼らを呼び出したのだ。


「前の時も聞かれましたけど、ルシルがいなくなったって言っても、家出とかそういうんじゃないはずですよ。あいつの性格上、何があっても入軍試験をすっぽかすなんて絶対にありえないですから」


 最初に話し出したのは神族のスカイ。長い手足を気怠そうに組んで窓の外を見ている。


 変わり者ではあるが、富豪の子息であり、全体に色素の薄い淡麗な外見が注目を集める生徒。しかし、いつも隙のない冷たい美貌を持つ彼が、幾分くたびれた様子である事にアーサーは目敏く気がついていた。


 向かいに座る獣人族の双子のうち、赤毛のトミーがスカイの言葉に頷きながら続ける。


「誘拐されたっていうのもほぼありえないし、いつもの人助けでもしているうちに何か事件に巻き込まれて帰れなくなってる、とかの方がまだあるんじゃないですかね」


 双子は赤と黒の髪の色以外はほぼ同じ外見で、示し合わせたように同時に胸の前で腕を組む。


「ただ、入軍試験を受けられなかったのに、今日まで連絡ひとつよこさないのが不気味ですけど」


 黒毛のレミーは何でもない様に言い添えたが、その耳と尻尾には明らかに力がない。


 あえて軽い口調で話しながらも、一様に青ざめて固い表情の三人を見ながらアーサーは溜め息を吐いた。


「実は、連邦捜査官の友人から幹部会出席に当たって事前に貰った情報によると、彼女は現在、連絡のつかない場所に転移してしまっているそうだ。確実ではないが、おおよそ命に別状はない様だから安心していい」


 思い詰めた表情だった三人が、勢いよく顔を上げてアーサーを見る。その顔には疲れたような安堵が滲んでいた。


「人騒がせな!そんなことだろうと思った!」


「全く、考えなしに人助けでもして夢中になってるんだろうと思ってたけど。連絡くらいはつく場所にいろって!」


 トミーとレミーが長いしっぽを同時にシートに打ち付けて憤慨し、双子らしいシンクロを見せる。


「はあ、これ以上捜索に時間がかかるなら、僕等だけでも何とか探しに行こうかと思ってましたよ」


 最後に、疲れた声でスカイがつぶやいた言葉にゾッとする。彼が実家の力を使えば、事態はさらに混乱するばかりだからだ。


 アーサーは彼らのそういった単独行動を危惧して、早めに情報共有を決断して良かったと内心息をついた。


「今後は彼女と連絡を取って、受けられなかった試験の件も相談する事になっているから、君たちはこれ以上心配せずに自分たちの試験結果を待ち、予定通り卒業までの時間を過ごすように。この件は他言無用で頼む」


 一様に緊張感の取れた三人を大通りで降ろすと、車内に残ったアーサーは一人、顔を引き締めた。


 ルシルの父親には、連邦捜査官の代わりに学園長である自分が事前に接触して最後の親子の会話を聞き出してある。捜査だと知って、過剰に反応するのを防ぐためだ。


 幸い、ルシルに関する一切の事情を知らされていない彼にしてみれば、娘が反発して家出した程度に思っていたようだった。


 そうであればどれほど平和だったか。


 三年間、何事もなく軍立学園で成長し、このまま軍に所属して、連邦議会の監視下で安全に暮らしていけるはずだったのに。


 アーサーは気位の高い神族の中でも、特に冷静で穏やかな性質だが、今回のことには、珍しく憤っていた。


 本人や家族は知らないこととはいえ、実際は特殊な事情であるにも関わらず、将来に希望を持って誰よりも熱心に努力していた彼女が、理不尽にその夢を奪われた事にどうしても口惜しさを感じてしまうのだ。


 アーサーは彼女が安全に自分の居場所に戻り、希望通りの生活に戻れるように全力を尽くそうと気を引き締めて議会場の門をくぐった。


 定刻通り始まった幹部会議は、予想通り紛糾していた。


 責任の所在を巡って神族筆頭と龍族族長会議のメンバーは反目し、滅多に公には姿を見せない神族長老会までもが介入する程の混迷ぶりである。


「ご長老方、少し落ち着いてください」


 神族出身の議長が収拾のつかなくなってきた議場で、怒れる長老会に手を焼いていた。


「これが落ち着いていられるか!そもそもそなたら龍族が何かしたのであろう!」


 その高い年齢のせいでほとんど透き通るような肌をした神族長老の一人は、美しくも青白い顔を歪めて、龍族族長会議の席に向かって杖を振り上げた。


「これはゆゆしき問題ぞ!とにかく一刻も早くあの子を探し出すのじゃ」


「そもそも、事の重要性をきちんと理解しておらん者が多すぎるのだ」


「龍族だ、龍族との縁談が良くなかった」


「しかし、縁づけるなら龍族が一番安全じゃと言ったではないか」


「いや、報告書には本人が縁談を望まなかったとある、軍への所属が危険だという事より、本人の意向を優先すべきだったのでは」


「そもそも、相手は自由に選べるよう通達しておったはずじゃ。断るのも自由だった」


「こちらの圧力と捉えられたのかもしれん、やはり、父親には相応の説明をしておくべきだったんじゃ」


「あの日何が、そもそも一体何があったのだ」


 すり鉢状に拡がる議場には神族長老会の他、神族筆頭会議、龍族族長会議、連邦軍代表、連邦警察代表、連邦議会上院議員など、そうそうたる人物達が招集されている。


「龍族だ!最後に面会した龍族を呼べ」


 中央にはこの場で最も地位の高い神族長老会の座る円卓が急遽用意され、その横に議長席と記録席、その前に発言者が立つための証言台が置かれている。


 長老の一人の指示に、すぐさま重厚な造りの扉が開かれ豪奢で分厚い織の敷物を踏みしめながらひと際体格のいい龍族の男が入場してきた。


 男は顔を少し俯けたままで、証言台で足を止めた。

 その場で静かに声がかかるのを待っている。


「龍族族長ルイガス家当主に発言を許可する」


 議長が促すと、男はぐっと顔を上げ、無表情のまま朗々たる声で証言を始めた。


「私はカイロ・ルイガス。我がルイガス家は、神族長老会の要請により、龍族総会議で勝ち取った正当な権利としてルシル・クロフォードに接触し、婚姻の打診、および面会を行った」


 彼の自信に満ちた声は、議場にいる人々の心を落ち着けるような作用があった。興奮気味だった神族たちも姿勢を改めて証言台のルイガス家当主に注目した。


「しかし当日面会に当たったのは我が家の秘書オルモルのみ。私は息子のジェイコブが事故にあったという知らせを受けて急遽病院に向かっていた」


 そこで初めて、カイロの顔に悔し気な表情がよぎった。


「息子の事故は軍部車両との接触だったが、当初の報告より軽傷だったため、処置後そのまま共に屋敷に戻った。しかし面会はすでに終了しており、秘書から先方からの断りの報告を受けただけだ」


 騒めく議場を見渡してカイロは口を閉じ、証言台から少し身を引いた。


「連邦警察によると、すでにその時、彼女の行方は分からなくなっていたとのこと」


 議長が淡々と報告書を読み上げる。


「さらに捜査の結果、面会後、ルシル・クロフォードは街中で何者かに襲撃され、大規模な転移魔法で襲撃から逃れた痕跡があったという事までわかっている」


 襲撃、という言葉に議場はさらに騒めいた。『まさか本当に、家出じゃなかったのか』と言う呟きも聞こえる。


 議長が咳払いして補足する。


「また軍立学園の学園長によれば、翌日の入軍試験のためこの日彼女はエイドルンの街に転移予定で、宿泊施設の予約もあり、同級生らの証言からも、この予定は確実だったと」


 議長の視線が確認するように学園関係者席に向かい、自然と人々の視線も学園長であるアーサーに集まった。

 

 学園としては、彼女が不本意にも翌日の大切な予定を果たせなかった事実を、きちんと周知しておきたいと思っていた。


 アーサーはその場で静かに立ち上がり、右手を軽く左胸に当てる事で、報告書にある証言に対しての宣誓を改めて表した。


「報告書の証言は全て事実であると宣誓します。彼女は以前からこの翌日の入軍試験の為に入念な備えをしていました」


 アーサーの静かな声が議場に響き、人々は状況を察したのか、それまでの迷惑そうな態度から一転、同情的な態度に切り替わった。


 しかしすぐに、我に返った長老会の1人が報告書を掴んで議長に迫りだした。


「襲撃、襲撃だと。確かに報告書にはあったが、それは本当なのか」


「認識阻害の結界と一般使用禁止の魔道具使用の痕跡があったとあるぞ」


「つまり、襲撃者は神族と認知して襲ったということか」


 事態の異質さが人々を打ちのめし、議会場に一瞬、衣擦れの音もしない静寂が落ちた。


 そもそも、神族や龍族を街中で襲撃すること自体、通常はありえないのだ。


「嘆かわしい!一体何が目的だったのか」


「恐らく、詳しい事情を知らされていない馬鹿どもの暴走の可能性が高い」


「彼女を襲撃することが何を意味するのか、全く解っていないのだろうな」


 議場にいる神族と龍族の面々は、一様に頭を抱えた。


 神族も龍族も単体でも非常に強靭な為、他種族ではどれほど人数差があってもほとんど相手にならない。それこそ、大型の魔物とでも対峙しない限りは。


 加えてルシル・クロフォードの強さはその性別と若さ故に有名だった。よってそういった心配はこれまでされたことがなかったのだ。


「幸いにして、ようやく彼女の消息はつかめました。未確定の情報ながら、旧大陸ロトにて保護されている確率が高いとのこと。現在、連絡を取る方法を模索中です」


 議長が報告書に続く文章を、緊張に少し震える声で読み上げる。


「襲撃者の身元も、ある程度特定されているとのこと」


 遠慮がちに付け加えられた最後の一言で、再び蜂の巣をつついたように騒めく議場を見下ろしながら、アーサーは深い溜息をついた。


 そして遠い地にいるだろう、無鉄砲で正義感の強い教え子を思い、その無事をただ静かに祈るのだった。


今日から第二章です。次回から大公国での話に戻ります。

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