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第二話 出会い

「意識はあるのか」


 その男性は、地面に横たわるルシルの傍に跪いて、低音のよく響く声で言った。


 ルシルは彼の言葉の意味を理解する前に、ただ、心地よい声の人だな、とぼんやり思う。


 瞼を無理やり押し上げると、あまりの眩しさに目を瞬かせた。


 最初に目に入ったのは、傍で覗き込んでいる男性の鍛え上げられた綺麗な身体つき。


 少し浅黒い肌に、意志の強そうな瞳。

 通った鼻筋と艶のある黒髪。


 俯くと、さらさらと細い黒髪が端正な顔に零れ落ちてくる。


 透き通った紫水晶のような瞳は吸い込まれそうな程に美しく、もしも今身体の自由が利くなら、その顔を両手でつかんでじっと覗きこんでみたいような心地になった。


 たぶん、魔力枯渇で理性がおかしくなっているのだろう。


 軍の礼装風の格好の男性は反応の薄いルシルを見下ろして、形の良い眉を少しひそめた。


 そんな顔をしても、その宝石の様な瞳は変わらず美しい。


 ルシルは目の前で煌めく紫の瞳を、ただひたすらに見上げ続けた。


「閣下。やはり彼女は重篤な魔力枯渇状態だと思われます」


 もう一人、同じく軍服姿の女性が、深刻そうな声で男性に告げる。


 ルシルは慌ててそちらに顔を向けようとして、すぐに諦めた。


 自分ではもう動かせないルシルの身体は、石になってしまったように重い。


 (ああ、やっぱりこうして、知らない人達に迷惑をかけてしまうのは心苦しい)


 こんな風に、自分の無鉄砲さを悔いるのは何度目だろう。


 (魔力をここまで使い切るのは、幾ら緊急事態でもやってはいけないとあれほど教わったのに)


 緊迫した状況が去り、あてにしていた救助が来たことへの安心感からか、割り切っていたはずの後悔が急に押し寄せてきて、ルシルの瞳には悔し涙が浮かんだ。


「貴方のおかげで乳母と子供は無事でいる。特に治癒魔法は素晴らしい結果だそうだ」


 急に潤んだルシルの瞳に何を思ったのか、紫水晶の男性は慌てたように言い募った。


 彼女達をそこの崖から助け上げる事には確かに魔力を使ったが、実は一番深刻だった怪我の処置には持参していたポーションを使った。


 しかしそれを伝えるすべはない。

 唇を動かして声を出すことも出来そうにないからだ。


 かろうじてゆっくり視線を動かして、助けた女性が腕に眠る子供を抱いて、ルシルを心配そうにのぞき込む様子を目の端で確認する。


 彼女は瀕死の重傷だったけれど、今は落ち着いているようだ。


 あの時の自分の決断が、無駄ではなかったことに安堵する。


 (本当に良かった。自分ではもう動けそうにないし、ひとまずはこの人たちに救助してもらって、ある程度魔力が戻ったら、今後の事を考えないと)


 先ほど閣下と呼ばれた男性が、悔しそうに顔を歪めて再びルシルに話しかけた。


「……もっと早くに出立すべきだった。こんな事になり、大変申し訳なく思っている」


 (え?……どうして私に謝っているの?)


 安心感から今にも遠のきそうなルシルの意識が、微妙な違和感に無理やり引き戻される。 


「ただ、我々もすでに森の中ほどまで進んでいたため、知らせの鷹便が着くよりも早く異変に気が付くことが出来たのです」


 軍服の女性が、男性の言葉に付け足して、懇願するようにルシルを見てくる。


 この人たちの迎えを待っていたのは事故に遭った馬車に乗っていた人達で、明らかに自分ではない。まるで自分をその相手かのように扱う二人に違和感を覚える。


 (……私と助けた人たちはただの通りすがりで、無関係なのだけれど)


 さすがにその誤解は解こうとわずかに唇を震わせたが、声を出すことはできなかった。


 ルシルが通りすがりに助けたのは、子供の乳母でデボラと名乗った瀕死の女性と、その手に抱かれていたレイモンド君だ。


 他には目撃者も生存者もいなかった。

 

 確かにこの状況だとルシルが彼らの同行者と間違えられてもおかしくない。


 ただ、地面に横たわったまま意識が途切れ途切れになっていたルシルと違い、デボラはポーションでだいぶ状態が安定していたはずだ。


 部隊が着いたときに簡単な事情聴取を受けているようだったので、状況はある程度、正確に把握されていると思っていた。


 動かせる目だけを彷徨わせて、どうすべきか思案する。


 そこでふと、自分の恰好がおかしなことに気が付いた。


 旅慣れた旅装だったはずなのに、その上から薄布がふわふわした華やかなドレスを、すっぽりと着せかけられているのだ。


 直に横たわっていたはずの地面にも、柔らかな敷物が敷かれている。


 デボラたちを救助したあと、しばらく気を失っていた時だろうか、記憶にないが、デボラが世話してくれたのだろう。魔力枯渇で身体が冷えないようにとの気遣いだろうか。


「閣下、マリアンヌ様には、念のためわたくしがお傍に控えてまいります」


 先ほどまで沈黙していたデボラが、かしこまった声でそう宣言するのが聞こえた。デボラが、ルシルの肩にそっと手を添えて、安心させるように微笑んだ。


「マリアンヌ様、大公様にお会いできたので、もう大丈夫ですよ」


 マリアンヌ様というのは、確かレイモンド君の母君だとデボラから聞いている。


 ルシルが助けに来た時、その姿はもうなく、結局彼女の救出は、間に合わなかったのだ。


 (え……?私、もしかして、あの子の母親ってことにされているの!?)


 どういうことかと今すぐデボラに詰め寄りたい気持ちはやまやまだが、残念ながら身体はピクリとも動かせない。


 閣下と呼ばれた男性は、重々しくデボラの言葉に頷くと、立ち上がって帰還の号令を出し始めた。


 誤解です!と叫びたいが、ルシルは茫然とそれを眺める事しか出来なかった。


 男性は、一瞬ルシルを振り返ると、安心させるように目元を少しだけ緩ませた。


「ひとまず城に戻って彼女らをゆっくり休ませたい。こみいった話はそれからだ」


 辺りに散らばった荷物を拾い集めたり、轍の跡を調べたりしていた沢山の人々が、それぞれの上官の命令に従って慌ただしく動き出す。


 その騒めきの中で抱えていた子供を一時預けたデボラは、横たわったルシルに慌ただしく駆け寄ると、小さな声で囁いた。


「本当に申し訳ありません、ルシル様。この御恩はこれより一生、わたくしの魂を捧げてお返しいたしますので、どうか、どうか、ここは、私達をお救い下さい」


 ルシルはあまりの驚きと混乱に、今すぐ叫び出したい気分だった。


 そんな大層なお返しはいらないから、私を巻き込まないでください、と。


 ただ、指一本動かせない状態だったので、表情を変えることもできない。


(ああ、こんなにも右も左もわからない場所で、のんきに人助けなんてして。おまけに無防備にも魔力を使い切るなんて!)


 ルシルの混乱とやるせなさは結局誰にも伝わらない。


 出立の準備に慌ただしくなる一行の中、考え足らずの自分を悔やみながら、ルシルはついに気を失ったのだった。


挿絵(By みてみん)


生成AI画像の挿絵を作って貰ったので載せています。イメージ画像なので、主人公の服装や髪型は違いますがお気になさらず。挿絵が苦手な方は、右上から挿絵非表示操作が出来るそうです。

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