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第十九話 ルシルと大公

 ドラゴン戦に勝利し、お祝いムードの騎士団は、そのままそこで野営の準備に入った。これから騎士団にとっては初めての、ドラゴンの解体が必要だからだ。


 城や近隣の村、城下の衛兵詰め所などには事態の収束はある程度伝えられ、騎士団の一部は砦に戻って海岸線の監視を続けるが、本隊の多くはここに留まる。


 さらには砦の備蓄庫からなけなしの物資が追加で補充され、夜には質素な宴もするらしい。


 ドラゴンの解体については、ルシルの指導の下、複数の魔法士と第二騎士団の団員が行い、残りの者たちは、負傷者の砦への運搬や、宴の準備に取り掛かった。


 ルシルは騎士団が後始末を相談する間、天幕で少し休ませてもらったので、力みすぎて加減を間違い、無駄に使いすぎた魔力も多少戻りつつあった。再び、魔力量に軽い隠蔽をかけて、周囲の人々を驚かせない様にする。ドラゴン戦で慌ててしまい、盛大に暴露したので今更な気もするが。


 ルシルは魔法士たちと協力して、解体用の刃物にも魔法付与を行い、鱗の採取から地道に始めた。すでに魔力を失った亡骸とはいえ、大勢で一気にかかっても、この巨体ではゆうに数時間はかかるだろう。


 団員たちが作業にも慣れてきたころ、ルシルはフェリクスの天幕に呼ばれた。


「ルシル。ご苦労だった。体調はどうだ」


 天幕の中には、マルクスとゼーラ、そしてジルベールもいて、ルシルを待っていた。


「おかげさまでだいぶ落ち着きました。ありがとうございます」


「魔力をだいぶ使ったようだったが、もう動いても問題ないのか」


「はい、人より魔力の戻りは早い方なので。先ほど横になって休んだので今は半分程度ですが、食事と睡眠さえとれれば、明日には全快すると思います」


「それならよかった。本当に君には助けられた。我が国を代表して礼を言う」


 立ち上がって、軽く頭を下げたフェリクスに、周囲も習う。驚いてあたふたと両手をふるルシル。


「いえいえ、ここにお世話になっている身では一蓮托生なのですから当然のことです」


 そんなルシルを感心したように見ると、マルクスがうっとりとした声音で話す。


「いや、それにしてもルシル様は、まるで戦神のようでしたなあ。こんな女性を我々にまで隠していたとは、閣下も隅に置けないお人だ」


「あのように勇敢に戦う女性には、人生で初めてお会いしました。このゼーラ、感動で胸が震えて、息が詰まるほどでした」


「まさかこのような魔物討伐にも役立つ知識をお持ちとは、さすがに予想外でしたが、今日のこの日にルシル様が閣下と共にいらしたことは、ありがたい奇跡ですね」


 興奮してルシルをべた褒めする部下たちと、褒められてひたすら気後れしているルシルをみやって、フェリクスは軽く手をふった。


「ご苦労だった。ここはいいからお前たちは後始末を進めておけ」


 最後にルシルに自己紹介して握手を求めるゼーラに、眉を吊り上げて怒るフェリクスに驚きながらも、ルシルはやっと、フェリクスに正直に自分の事情を話そうという気持ちになっていた。


 山脈の方に感じる気配にしても、もうこれ以上、フェリクスの協力なしには先に進めない気がする。戻って嘘の結婚式をするのかどうかも含めて、真剣に話し合う必要がありそうだった。


「フェリクス様。私の事情をお話します」


 ジルベールが退出前に煎れてくれたお茶を前に、フェリクスの正面に座ったルシルは、できるだけ驚かせない様に、シンプルな事から、順を追って話し始めた。


 自分が転移魔法の失敗で、隔絶の森に転移してきてしまったこと。


 転移してすぐに、森の中でレイモンドとデボラの窮地を発見し、命を助けた事。


 見知らぬ国に転移して、戸惑っていたために、記憶喪失のふりをしたこと。


 それと、自分の故郷は、新大陸のテロイアにある民主主義国「セイロ」である事。


「新大陸だと」


 フェリクスはそうつぶやいた後、しばらく無言のままで固まった。

 ルシルもそうだったのだから、相当衝撃的だったと思う。


 フェリクスが再起動するまで、ルシルは静かに待つことにした。お茶を飲んで、ルシル自身も、落ち着こうと努力する。


 もうひとつの、別の大陸から来たことよりも衝撃的な事実をいったいどう伝えるべきか。


「新大陸とやらは、一般的には殆ど認知されていない。他国の王族の中には、魔法士を使ってなんとか存在を証明しようとする者もいるようだが、この辺境ではそんな話とは縁遠いからな」


「はい。こちらでは人々の想像にも上らない程度の認識なのだと実感しています」


「まあ、おとぎ話という形で、遠い昔に祖先が別れ、新天地を目指して魔物の海に向かった、という話は残っているがな。その旅が成功した、という記録はないのだ」


 魔物が生息する大洋は、とても大きくこの両大陸を隔てている。祖先も、渡り切った先でロトとの通信を試みたであろうが、当時の技術ではそううまくはいかなかったのだろう。


 テロイアは故郷のロトより何倍も広大で、開拓は何百年も続いた。したがって、危険を冒してロトとの交易を望むものも後代出なかったのかもしれない。


「私達が暮らす新大陸テロイアでは、こちらのことを旧大陸ロトと呼んでいます」


 現代では、民間の魔法団体で、時折細々とした通信や交易が行われているらしい。また、学術的な探求心から、ロトとの交信を続けている学者もおり、多少なりとも情報は入ってきている。ただ、そういった団体が、ロトのどの国との接触があるのかなど、ルシルにとっても縁遠い話だった。


「テロイアには、ロトにまつわる記録や情報は少ないながらも多少はあるので、転移した森の様子で、ここがロトであることをすぐに疑いました」


「そうなのか……」


「あちらに戻ろうにも、事故だったために方法もわからず、当時の私には、戻るための魔力もありませんでした」


「そうか。それは……きっと初めはさぞ恐ろしかっただろう」


 森の中に一人転移してしまった女性、という状況に咄嗟に出た言葉かもしれないが、あのドラゴン戦を見た後でも普通の女性扱いをしてくれるフェリクスに、やはり気持ちが温まる。


 そして同時に、隔絶の森に一人降り立って、巨大な蝶を見た時の恐怖をふと思い出した。


「……はい。初めは驚いて、とても不安でした」


 異性に対して、こんな風に素直に弱音を吐くなんて、初めてのことかもしれない。


 いくらルシルが図太くて、バカ魔力で、頑丈だとしても、旧大陸に一人ぼっちになれば、怖いものは怖かった。慣れた生活全てから切り離され、帰り方もわからなくて。


 その後は怒涛の展開で、あの時の不安も恐怖も、どこかに吹っ飛んでしまったのだけれど。


 ある意味、あれはあれでよかったのかもしれない。あんな事があったから、この、優しい人と出会えたのだから。


「その、君が暮らす土地とこちらでは、何かが大きく違うのだろうか。これまで、城での生活に何か不便があったのではないか」


 気づかわし気に尋ねるフェリクスに、ルシルはまた胸を打たれた。


 恐らく飲み込むのに相当時間のかかるような打ち明け話だったというのに、最初に考えるのが、ルシルのこれまでの待遇の心配だなんて。


「いいえ。お城の皆様にも、フェリクス様にもとてもよくして頂き、不便など全く感じませんでした。そうですね、多少生活様式に違いはある所はありますが、誤差の範囲です」


 思わず笑顔になってそう宣言してしまったが、誤差の範囲というには、貴族制度は大きいかもしれない。先ほどの民主主義国、という言葉や概念が、通じているかもわからない。


 内心で冷や汗をかくルシルには気が付かずに、フェリクスは少し表情を和らげた。


「そうか。あの大洋を渡ってきたというのに、にわかには信じがたいが、それほど文化の違いがなくてよかった。言葉も、変わらないのだな」


「それは私も助かりました。会話に不自由はありませんが、書くこと読むことに関しては、多少違いはあるようです。まあ、読めないほどではないのですが時間がかかります」


「なるほど。それならまあ、教師をつけて少し学ぶ必要があるかもしれんな」


 突然の話の展開に、ルシルは戸惑った。


 教師をつけて学ぶ?

 つまり、新大陸の者だと分かったけど、このままお城で一緒に暮らすってことよね?


「あ、あのフェリクス様。私をこのまま受け入れてくださるのですか?」


「?それは当たり前だろう。ここまで国の為に尽力してくれたのだ、女性の身で異例ではあるが、勲章の授与も考えねばならん。正妃に迎える場合は規範上どうなるのか……」


 最後の方は独り言になっていたようだが、契約結婚の話も継続中の様子である。


 ルシルは思ったよりもすんなりと受け入れられたことに、肩透かしの気分だ。こんなことなら初めから素性を明かして保護を求めてもよかったのかもしれない。ただ、一番の難題がまだ残っている。


 ルシルは人族ではない。


 冷酷で残忍な、大変遺憾だが、まさかの人食いという噂まであるあの神族だと分かった時、こんなに穏やかに、受け入れてもらえるのだろうか。


 ここまでが順調だったせいで、ルシルの決心はにわかに揺らいだ。


「フェリクス様、ただもう一つ、お伝えしておかないといけないことがあるんです」


「出身がとんでもない場所だという事のほかにも、何かあるのか?」


 腕組みをして、勲章授与やら、読み書き講師の是非について思案しているようだったフェリクスが、訝し気にルシルを見る。


 ルシルは大きく深呼吸すると、最後の大きな爆弾を落としにかかった。


「わ、私の、その……」


 少し口ごもりながら、小さな声で話し出したルシルに、訝し気な顔で首を傾げるフェリクス。


 ルシルは、ぎゅっと拳を握って勢いをつけると、大きく息を吸い込んだ。


「私は!!」


「閣下、ルシル様、失礼いたします」


 またもやすんでのところで邪魔が入る。軽い声かけと共に、天幕の入り口に人影が差した。ジルベールが天幕に戻ってきたようだ。


「ジル、急ぎの用か?今ルシルが何か大事な事を……」


「い、いえ、続きはまた次の機会にでも」


 ルシルは両手をぶんぶんと振って、撤退した。こんな風に出鼻をくじかれては、そして他の人がいるところでは、あんな爆弾は落とせない。一気に顔が青ざめる。


「そうか……?分かった。それならまた夕刻にでも時間を取ろう。……ジル、入れ」


 ルシルの様子を心配そうに見ていたフェリクスが、諦めて溜息を吐き、ジルベールを呼ぶ。

 少し気まずそうに天幕に入ってきたジルベールは、ルシルとフェリクスの顔を交互に見た。


「お邪魔して申し訳ありません。先ほど、ドラゴンの表皮の処理が終わったので、その後の手順について、ルシル様にご相談できればと」


「あ、なるほど。結構早かったですね。それならドラゴンの可食部位について、騎士団の方々にお伝えしてきます」


 不自然に明るい声で、ジルベールに答えるルシル。


「先ほどルシル様からちらっと聞いたところ、可食部があるというので、団員達も宴の準備に張り切っていて、大層せっつかれまして」


 苦々しい顔で溜息をついてルシルを申し訳なさそうに振り返るジルベール。ルシルは笑顔で頷き、二人に軽く会釈をすると、フェリクスの天幕を出た。


 (私の出身地が、新大陸だという事は、ジルベール様にも伝えられるでしょうね。フェリクス様はすんなり受け入れてくれたけど、他の人達からは、どう思われるんだろう)


 ルシルはやはり少し、周囲の反応が気になりながらも、考えても仕方のない事だと割り切って、前方に騎士団長達を見つけると、大きく手を振って走り寄った。


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