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第十八話 戦いの果てに

『んぎぎぎぎいいいいいっ』


 背後を串刺しにされたドラゴンが、悲鳴を上げてのけぞった。


 口から出たままだったブレスが軌道を逸れて、森の一部を直線状に消滅させる。最後は空に向かってカスカスッと煙の様に吐き出され、立ち消えた。


 ルシルは理解不能な出来事に呆けていたが、はっとして解け落ちそうな魔力盾に新たな魔力を流し、吸収していたドラゴンのブレスを反射するべく、自らと盾を立て直す。


 思ったより強力なブレスの威力が吸収され、ルシルの魔力盾を内側から食い破ろうと暴れているのを感じる。それ以上、魔力盾にとどめておくのは不可能だった。



「ううっ」



 それは想像を絶する重さだった。座学で学んだ理論は、やはり理論でしかない。


 ルシルはかろうじて集められたドラゴンのブレスを魔力盾の中で反転し、不完全ながらも、もう一度ドラゴンに向けて打ち出した。


 正確には、ドラゴンの背後の翼に向けて。


 先ほどブレスを一身に受けて、ほとんど息も絶え絶えのルシルが、そのような反撃に出るとは思ってもいなかったのだろう。


 咄嗟に回避行動をおこしたが間に合わず、自らの最大威力のブレスを反転され、その身に受けたドラゴンは大きく翼を損傷し、衝撃でちりぢりに残っていた防御膜もすっかり破られて、呆気なく地上に落ちていく。



 ズシン、という音と共に、台地が震える。



 ドラゴンが地上に落ちた。



 だが、まだ息はある。



 ルシルは夢中になって過剰に魔力を使い過ぎて、思わず少しふらついた。


 地上に伏せるように落ちたドラゴンの、怒りに燃えた目がまだルシルを映している。


 そして太くて長い尾が音もなく振りかぶられ、広場に立ち尽くすルシルに向かって瞬時に鋭く打ちおろされた。


 ルシルは自分に向かってくるドラゴンの尾の先を、見つめる事しかできない。


 緊張から入り過ぎていた力が一気に解けて、腕も足もビリビリと痺れて、一時的に言う事を聞かなくなっていたのだ。



 (動け!!動け、動け、動け、動け!)



 心の中で一心に叫びながら、ルシルは目を見開いて自分に向かって来るその巨大な尾の先を見ていた。光る鱗が陽光に輝く。


 その状況が、やけにゆっくりと目に映った。



 (ためだ、もう逃げられない)



 キーン!という硬質な音が響き、勢いよく振り下ろされていたドラゴンの尾は、すんでのところでルシルの目の前から打ち払われた。


 ルシルの前には、魔法士たちの合図で駆け付けてきていたフェリクスが立ちはだかっていた。


 トーリ大公国騎士団の黒い団服に黒い鎧、まるで公王らしい煌びやかさとは無縁の、広い背中。


「よくやってくれた、ルシル」


 ルシルはなぜか、その声に安心した。


 神族である自分が、まだドラゴンに率先してとどめを刺さなくてはいけないのに。


 まるで自分の役目をすっかり果たせたかのように。


 とどめはフェリクスがさしてくれる、というような安心感のある威厳のある声音。


 あんなに見込み違いで、甘すぎた自分の計画にも、ねぎらいの言葉をかけてくれる。


 ルシルはもう一度、心の奥に温かい灯がともるのを感じた。同時に、冷たく固まっていた四肢にも力が戻る。


「ありがとうございます、フェリクス様。さあ、共にとどめを!」


 マルクスと騎士団員たちが、フェリクスについて、ドラゴンに向かっていくのが見える。きちんと四方から、役割ごとに。ドラゴンの死角を意識して。


 ルシルは、地上に落ちたドラゴンの目を狙うよう、騎士たちに進言していた。ただ、激しく鉤爪と尾を振り回して暴れるドラゴンには、誰もなかなか近づけない。残ったボロボロの片翼がはためくだけで、厳しい風圧が襲う。


 ゼーラ率いる魔法士たちとルシルは、遠距離魔法でドラゴンの目を狙い、いくつかが被弾した。それでも、手負いのドラゴンはやみくもに暴れ周り、近づく騎士たちを吹き飛ばす。


 ルシルは自らの魔力を縄の様に変化させて、ドラゴンの動きを抑える事にしたが、ドラゴンの巨体を戒める魔力は膨大で、常に発動すると消耗する上、完全には抑えきれない。


 さらに、防御膜がなくなったドラゴンの表皮でさえ、騎士団員の普通の剣では、攻撃を打ち払う事はできるが、軽い傷をつけることも困難なようだった。


 ルシルは、魔法士たちに説明しながら、一緒に前衛の団員の剣に魔法を付与して、即席の魔剣のようなものを作り出し、それを使って攻撃してもらった。


 そこまでくると、徐々にドラゴンに攻撃が通り始め、団員の士気も上がってきた。


 要領を得たフェリクスは、まずは激しい尾の攻撃を止めるため、攻撃を避けながら接近し、その剣に自ら魔力を纏わせて振り下ろす。表皮を削る硬質な音が響くが、防御膜なき今、確実に攻撃は通っているのが分かる。再び、フェリクスが鬼神の様にその剣をふるいだした。


 これならいける。


 ルシルは勝機を確信したが、これまでの戦いで思いのほか魔力を使ってしまい、これ以上自分が地上戦で加勢するのは難しそうだと判断し、騎士団員たちにねぎらわれながら、共闘した魔法士たちと共に後方に下がった。



 地上に落ちてもなお、ドラゴンは強かった。



 それでも、時間をかけ、負傷者を相当数出しながらも、最後は騎士団が勝利した。


 フェリクスの最後の一振りがついにとどめを刺した瞬間に、大地を轟かすような快哉が上がる。



 ルシルは、負傷者の天幕の傍らで、後方に戻ってくるフェリクスを待っていた。



 (さっきの銀色の魔力槍)



 ドラゴンの背後を狙った魔力の一閃は、明らかに神族特有の魔法の特徴があった。



 (やっぱり私以外にも、この大陸に神族はいるんだ)



 ほっとしたような、少し怖いような、複雑な心境になるルシル。


 強大な魔力を有する神族は、数が少ないこともあり、お互いの存在を知覚しやすいという。それでも、まだ若いルシルには、常時同胞を的確に知覚するほどの探知能力はない。ただ、相手が強い魔法を使った時だけ、あのように知覚できることはある。


 そして今は、遠い山脈の方角に、あの時知覚した存在をずっと感じていた。同時にあちらにも、ルシルの存在は知覚されているのだろう。


 フェリクスがいつか話してくれた、北の山のバケモノの話が頭をよぎる。


 (おとぎ話では確か、神族の罪人と言われていた)


 ルシルは、戻ってくるフェリクスと騎士団の晴れやかな笑顔に微笑み返しながら、不安と少しの期待をにじませて、遠く山脈を見渡した。


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