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第十六話 再びの森

 普段から巡回を行っていることもあり、騎士団は順調に森の中を進んでいた。休憩地点や野営地点でも皆言葉少なで、ルシルも粛々と役割を果たすのみ。大公の天幕の脇に小さめの天幕が張られ、少ない女性騎士と共に寝泊まりする。


 隔絶の森に入ってしばらくすると、行軍のスピードを上げるために本隊から先行する精鋭の選抜隊が分離した。


 選抜隊に、フェリクス自身が組み込まれているとは驚きだったが、できるだけ早くスタンピードを鎮圧してしまいたいルシルにとっては、返って好都合だった。


 ルシルを本隊と共に安全地帯に残すべきと主張するフェリクスと、常に傍に置いて監視すべしと主張するジルベールやマルクス団長の議論があったりしたが、ルシルはここまでの行程である程度の荒事に耐性ありと判断されていたので、無事に選抜隊に同行できた。


 (これまでに見た魔物はほとんどが前線を抜けてきた小物ばかりだった)


 第二騎士団は普段から第三騎士団と交代でゴリム砦に詰めている為、動きに無駄がない。ルシルが攻撃魔法を使う場面など殆どなく、順調に隔絶の森深くまで行軍してきた。


 一度だけ、小物だが数の多い魔物の群れと遭遇して、手伝い程度に風魔法を使い、獲物を一か所に集めた程度だ。なぜか少し驚かれてはいたが。


 (フェリクス様が思ったより前に出るのにハラハラさせられる)


 ルシルの感覚では、偉い人は後ろで守られるべきだと思うのだが、フェリクスはむしろ最前列で突っ込んでいく。そして周りも疑問を持たずにそれに続く。


 危なげなく魔物を仕留めていくフェリクスは、慣れているのだとは思うが、ルシルの想像する一国の王からはかけ離れていた。ルシルは後方で護衛をしてくれている周囲の騎士達に思わず話しかけた。


「フェリクス様は、魔物討伐に本当に慣れていらっしゃるのですね」


 テロイアでルシルの知る人族というのは、他種族に荒事は任せて、あまり鍛錬していない事が多いので、このように魔物と戦える者たちを見るのはそもそも新鮮だった。


「閣下は成人前からすでに魔物討伐隊に加わっていたので、かなりのベテランですよ。魔物の動きや攻撃は変化に乏しいので、慣れればそれだけ討伐速度も上がりますし」


 傍らの魔法士が苦笑気味にルシルに応える。


 先頭を切って鬼神の様に魔物を切り捨てていくフェリクスは、一気に魔物をせん滅しながらも返り血を浴びない様にうまく立ち回っていて、まさにその道のプロといった安心感がある。


 ルシルが後ろからぼんやりと見惚れているうちに、一行はかなり森の奥深くまで到達していた。


「報告にあった衝突地点はもうすぐのはずだな」


 フェリクスが、少し前を行くマルクスに尋ねた。


 ルシルは大型の鳥型騎獣の首をそっと撫でて落ち着かせた。先程から何度も羽を膨らませている。徐々に濃厚になる魔物の気配に興奮してきているのだ。


 対照的に、騎士団が使う蜥蜴型騎獣は一様に落ち着いている。普段から騎士団に同行してよく訓練されているのだろう。


 フェリクスとルシルだけが鳥型を使っているのは、危険が迫った時に空に離脱するためらしい。ルシルは持ち前の身体能力で、初めてでも危なげなく単独で大型の鳥型騎獣を乗りこなし、出発前騎士達に少し驚かれた。


「砦の方から援軍が来ていれば、もう少し前線は押し戻ったかもしれません」


 明らかなスタンピードの惨状や大きな物音がいまだにない事に少し疑問をもっている様子のフェリクス。


 ルシルは聴力を強化していたので、ここから500メテル程奥で、いまだに戦闘音が途切れていない事に気が付いていた。それでも団員達の士気は高く、統制もとれている様で、ルシルが心配するほどの深刻な事態ではなさそうだった。


「砦との連絡が途絶えたのは、単にスタンピードの対処で魔法士が出払ったためか。連絡係まで駆り出すほどとは相当の規模だったという事だな」


「建物か、魔道具自体が損傷した可能性もありますが、巡回中だった連中と合同でことに当たっているなら、レベル2といえど収束は近いかと」


「どちらにせよ、このまま進む。状況を確認次第、魔法士一名は本隊と連絡を取れ」


 常にルシルの近くで護衛を任されているらしき魔法士のうちの一人が、騎乗で敬礼する。


 状況がそれほど切迫していないことに安堵して、ルシルは探知魔法の範囲をぐっと広げることにした。


 探知魔法は、転移魔法ほどではないが魔力を消耗するので、学園の演習時にはあまり多用しない。本番の戦闘で魔力が足りないではお話にならないからだ。


 幸い、打ち漏らしの魔物はほぼ殲滅済みで、異常な魔力の塊をこの周辺では感知しないが、この先の防衛線より向こう側には、まだ大きな反応が幾つか感じられた。


 騎士団の実力や、魔物の脅威度が全く掴めないのでなんとも言えないが、このままいけばおそらくは、ルシルが強力な攻撃魔法などを使う場面はないだろう。


 再び進みだした先行隊の耳にも、戦闘音が聞こえてくる。


 暫く行くと、森の木々がうまく編まれた防壁のようなものに行く手を阻まれる。


 騎士団の魔法士が作ったものだろう。簡易ではあるが、この防壁は物理的に大きな魔物が取りこぼされるのを防ぐのに役立つ仕組みになっていた。


 魔物は下位のものであればさほど知能は高くない。進行方向に壁があれば、そこから先には進まずに、ほかの進路を取ろうとするだろう。これはテロイアにはなかったが、うまい策だと思う。


「障壁の内側の様子は」


「第三騎士団と第二騎士団が合流してうまく対処しているようで戦況は悪くありません」


 障壁に登って偵察をしてきた団員が報告する。


「本隊と連絡を取り、合流を指示。我々はこのまま援護に向かうぞ」


 直後、フェリクスの号令で鬨の声と共に最前線に合流した選抜隊は、日頃の鍛錬の成果を存分に発揮して前線をさらに押し戻した。


 その後は魔物討伐の効率と速度が明らかに上がり、本隊が遅れて合流する頃には、ほとんど片が付いていた。


 ルシルは後方で、負傷者の看護を手伝っているだけで済んで、心からほっとする。


 (大勢の前で強めの魔法を使ったりすると、また出自がどうとか困ったことになりそうだし)


「ルシル様、お水をお願いしても?」


「あ、はい」


 傷口の消毒用に水を出したり、簡単な治癒魔法を使う。学園での演習の時、神族でさえ多くの子女はそのような形で配置されていた。ルシルも一般の女性扱いされているようで少し嬉しい。


「そろそろ終わりそうですね」


 傍らの魔法士が、巨体のオーガの群れを着々と仕留めているフェリクス達を見ながら言った。後続の魔物が出てくる間合いが長くなり、そろそろ打ち止めの雰囲気が漂ってきている。


「ええ。だいぶ落ち着いて来たようですね……今回の氾濫って、普段と比べるとどの程度のものなんですか?」


「いえ。スタンピード自体、普段それほどないのです。ただ今回は魔物の数が多く、前触れがなかったために砦の防衛線を超えられてしまって」


「レベル2というのは」


「レベル4が観測史上最悪だったのでその半分という事になりますが、この様子なら記録の方は修正されるかもしれないです。ただ、当初は警備の少ない夜半に小物の魔物に砦内部への侵入を許してしまったのが大きいですね」


「ああ、通信手段が使えなくなったっていうのは」


「そうですね、その時の機器の故障が原因です。それで後続の対処に追われているうちにこのような大事に。今回駐屯していた第三騎士団は、閣下には後でだいぶお叱りを受けるかと」


「負傷者も少ないですし、市街地への侵入を許したわけでもないのできっと大丈夫ですよ」


 交代で戻された第三騎士団の団員らしき彼が、少し元気がないのを励まして、ルシルは周囲を見回した。


 簡易テントの下には何人かの負傷者が寝かされているが、どれも軽傷。大型の手に負えない魔物が複数出たと言うより、魔物の数がただ多くて対処に時間がかかったという印象だ。


 テロイアでのスタンピードを連想していたが、全く規模も被害も違ったことに、再び安堵する。


「この後は、はぐれが出ないかを警戒しながらここで一泊して、大公閣下は視察のために砦に一度入ることになるかと。本隊は人数が多いので、このまま帰還するかもしれません」


「そうなんですね。この分だと、私は本隊と一緒に先に帰れとか言われそうね」


「警戒しながらの野営ですから、ここに残られる方がルシル様にはご負担になります」


「そんなことないわ。私も砦を見ておきたいと閣下にお願いしてみます」


「ゴリムには見て面白いものはありませんよ。隔絶の山脈の中腹にあるただの要塞で、主に海岸線を見張る見張り台として作られた物です。警戒中に見つかる魔物も普段はほとんど小型や中型の群れで、大型の魔物は年に数回見つかる程度ですから」


「そう。つまりスタンピードなんて、本当に珍しい事だったのね」


「そうですね、確かに。ここ20年でも数えるほどしか起きていないですし、普通ならもう少し兆候があったと聞いています」


 フェリクスが騎士団に号令して、こちらへ戻ってくるのを見やりながら、ルシルは不思議に思った。今の話だと、想像以上にロトでの魔物の出現は少ないようだ。


 故郷ではもっと恒常的に、大型魔物との戦闘が起きている。上位種の群れも多く、神族や龍族が率いる部隊で対処しても、そこそこの被害が出る場合もある。


 まあ、海流とか魔物の生態とか、ルシルにはわからない事情があるのだろう。


 そう結論付けて遠くにそびえる山肌を見上げた時だった。


 『ぴいいいいい』


 空を切り裂くような高い雑音が、山の方から辺り一面に響き渡った。


 はっとしてフェリクス達を見るが、周囲の誰も、その音の原因に思い至っていないようだった。


「フェリクス様!!」


 ルシルはフェリクスに呼びかけながら、咄嗟に探知魔法を使って、敵を探った。


 魔物は海から上がってきて陸を走るが、ごく少数が、空を飛ぶこともある。

 ドラゴンやワイバーン、ロックバードなどの上位種だ。


 そしてやはり、山の向こう側、海から上がってきたばかりと思われる地点に、大型の魔物の気配がひとつ、空中に浮かんでいるのが感じられた。


「飛翔型の魔物が来ます!」


 騎士団が空を見上げて騒めきだした。これまで、飛翔型は観測されてこなかったのか。


 砦の方向から、立て続けに弓を撃つような音が聞こえるが、すぐに止んだ。


 ズシン、というような地響きと共に、連なる山の間に、大型の魔物が顔をのぞかせる。煌めく金色の瞳、艶のある鱗に覆われた身体、山肌に突き刺さった太い鉤爪。



 ドラゴンだ。



 ルシルは一気に、鼓動がはやるのを感じた。


 ドラゴンとは、まだ戦ったことがない。


 学園では軍との共同演習を行っていたが、ドラゴン戦を見学したこともなかった。ただ座学でのみ、その圧倒的強さと、対戦時の注意事項を学んだ。


 軍でもドラゴン戦は、他種族混合の歩兵を下がらせて、最初は神族と龍族のみの精鋭をそろえた、臨時チームで迎え撃つらしい。


 強靭な種族のみの精鋭グループで、空中である程度の損傷を与え、まずはドラゴンを地上に落としてから全軍で対処するのだと、そう習った。



 けれど、今ここに神族は、

 ルシルただ一人しかいないのだ。





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