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第十四話 騎士団

 執務室には、フェリクスとジルベール、そのほかに騎士団の上官たちが集まっていた。地形図を広げて、険しい顔で話し合いをしている。


 ルシルが部屋に入っていくと、驚いたようにこちらを見るフェリクスとジルベール。


「ルシル、どうした」


 怪訝な顔をしながらも、迷惑そうな態度は決して見せないフェリクスに、少し安堵する。


「お忙しい時に大変申し訳ありません、フェリクス様」


 騎士団の者たちは、ルシルに軽く頭を下げて、すっと壁際に整列した。自分がわがまま令嬢にでもなったような気がして気が咎めるが、タイミングは今しかない。


「私も、隔絶の森に同行させて貰えませんか」


 無表情でびしっと整列する騎士たちの何人かが、動揺して少し身体を揺らすのが見える。


 あっけにとられた顔でぽかんとこちらを見ているジルベールとフェリクスに、ルシルは続けて言いつのった。


「魔物の反乱が起きて、大変切迫した状況なのは解っています。ですからこそ、微力ですが私の能力を役立てたいのです。騎士団の方たちのお邪魔には、決してなりません」


「君が潤沢な魔力を保持していることは知っている。しかし……」


「攻撃魔法の心得もあります。多少は治癒魔法も。自分の身は自分で守れると断言できます。どうか、この私も一緒にお連れ下さい」


 こちらの作法がどうかは解らなかったが、とにかくルシルは頭を下げた。連れて行ってもらえるまで、説得を諦めるつもりはない。


「そうはいっても……ただの視察でもなく、今は森の状況も不明なのだ……」


 困惑顔で顔を見合わせているジルベールとフェリクス。頭を深く下げたままで、ルシルは奥歯をぐっと噛み締めた。


 断られるだろうとは思っていた。

 騎士団に女性の姿もあるにはあるが、とても少ない。


 次期大公妃が、前線にでしゃばるなど、現場にとっては青天の霹靂でしかないだろう。ルシルは今のところ、大公の謎の婚約者でしかない。行き過ぎた我儘だという自覚はある。


 どうしてもだめといわれるなら、黙ってついていくしかない。その場合はきっと、フェリクスや大公国の人達とルシルの関係は、今まで通りとはいかないだろうけれど。


「ルシル様、水の魔法は使えますか」


 突然、ジルベールがルシルに尋ねた。


 はっとした顔でフェリクスと部屋の中の数人がジルベールを見た。


「使えます。魔力が万全であれば、千人程度の飲み水なら、毎日でも」


「閣下、あちらの状況が分らない以上、砦の補給物資がどの程度使用可能かも不明です。一人でも水魔法の使い手が多いに越したことはない」


「だが、ジル。森に行くという事は、野営もあれば、携帯食のみの事も」


「野営も、携帯食も問題ありません」


 下げていた頭を戻して、勢いよく熱弁するルシルに、困り顔のフェリクスがため息をついた。


「君は本当に勇ましいというかなんというか……」


「ちなみに侍女の方の同行はいりません。自分の面倒は自分で見れますので」


 ルシルの勢いに、たまらず苦笑をもらすフェリクスとジルベール。


「承知した。そこまで言うなら同行を許すが、基本的には常に私と行動を共にする事、決して無謀な事はしない事を約束してもらう」


「わかりました。決してご迷惑にはなりません。ありがとうございます!」


 壁際に整列する騎士団員の方を向くフェリクス。


「聞いた通りだ。お前たちには少々苦労を掛けるが、私に免じて彼女の同行を受け入れてほしい。もちろん私が責任をもって傍に置くつもりだが、彼女は知っての通り少し、その、元気が良すぎる場合があるから、出来る限り気を配ってくれ」


「仰せのままに」


 ダンッダンッと足を踏み鳴らし、騎士たちの敬礼が響く室内。


 ルシルは後半のフェリクスの言葉に若干の違和感を覚えながらも、同行許可を得られた事に満足していた。


 再び、慌ただしく動き出す人たちを見ながら、ルシルもちゃっかりと、地形図の載った机の傍に陣取るのだった。


 (やった!さすがフェリクス様。こういう融通が利くところが、大公国の一番の長所ね)


 融通が利くというか、田舎過ぎて警戒心が薄く、ほのぼのとしているだけなのだが、ルシルにとってはどうでもよい差である。早速、うきうきと机上をのぞき込むルシル。


 (えーっと?大公国の、随分とおおまかな地図ね。それでも図書室にはなかった少し詳しいものだわ。北の隔絶の森全体と、北の砦までの道、騎士団が巡回する獣道まで)


 地図を見る限り、隔絶の森と呼ばれる、人界と魔物の世界を区切る領域はかなり広大だ。


 森の向こう側、険しく切り立った山脈には、騎士団が駐屯する北の砦『ゴリム砦』があり、山の向こうの海岸から登ってくる魔物を防ぐ最北の防衛を担っている。


 報告に戻った騎士たちの証言で、現在戦闘が行われている場所や、魔物の種類、想定される数等が所々にバツ印で走り書きされていた。


『タルジュール城』と呼ばれるこの大公城から砦までは、ある程度大所帯でも森を抜けられる程度には整備されているが、山のふもと辺りからは殆ど一般の人間には道なのかも判別がつかない程度の状態らしいと聞いた。


「第一騎士団は、慣例通りタルジュールに残ってもらう。第二騎士団は私と共に隔絶の森に入る。まずは少数の選抜隊で先行し、本隊は後で合流の予定だ。事情がある者は各団長の裁量で交代して構わない。取り急ぎ人員の選定を」


 慌ただしく動き出す騎士たちの中で、一人の立派な体躯の男性が、ジルベールに伴われてルシルの前にやってきた。こげ茶の髪と同色の瞳。大きな体躯と広い肩に黄色い肩章が光る。ルシルは騎士団の上官の一人だろうと推測して、印象が良くなるようにまずは笑顔で声を掛けた。

 

「ジルベール様、先程のご提案ありがとうございました。それでこちらの方は?」


「この男は第二騎士団長のマルクスです。ルシル様」


「マルクス・コルテです。以降お見知りおきを」


「ルシルです。無理を言って申し訳ありません。お邪魔にならないように致します」


「いえ、ルシル様の実力は疑うべくもありません。時々、団員と軽い手合わせなどもなさっていたとか。団員達も体術も魔法制御も見事だったと口をそろえております」


 あっと思わず口に手を当てて、ちらりと別の騎士と話すフェリクスを見るルシル。


 時々騎士団の下っ端従士達に相手をして貰っていた事が、この場でバラされてしまった。おしとやかな令嬢の演技がほころんでしまう。


 実はルシルの動向など、すでにフェリクスには逐一報告されているのだが。


「ただし、現場は恐らく混乱しています。御身を守るためにも、有事の際はくれぐれも我らの指示に従って頂けますと幸いです」


「わかりました」


 真剣な顔で頷きながら、騒動がひと段落した時なら少しは自由があるかも、とルシルは考えていた。事態が落ち着いた後で、砦から先、海側に出る道を見つけられたら。


「ルシル様。私も多少の水魔法を使います。事前に少しお話を」


 ジルベールに促されて、補給部隊の人員と対面し、その後も慌ただしく準備に追われた。


 こうしてルシルは結局、何も計画がないままに、最初に降り立った隔絶の森に再び足を踏み入れることになるのだった。


評価やブックマーク、良いね等、本当にありがとうございます!皆様の温かい応援にひたすら感動してます。

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