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第十二話 家族という幸せ 

 翌日から大公城では、密やかに成婚の儀の準備が進められた。

 

 中央からの目が届かぬうちに、既成事実を作る必要がある。

 

 そこでジルベールが、かねてよりの不作と北の砦の人員交代に合わせるというのを口実に、取り急ぎ質素かつ簡略的に成婚の儀を執り行うと全人員に通達したのだ。


 最初は驚いた使用人たちも、すぐに納得して動き出した。


 謎の賓客扱いだったルシルが晴れて正妃として入城するという事は、毎日二人の茶会の様子を見ている彼らにとって、ごく自然な成り行きだった。


 黒髪と紫の瞳で大公にそっくりなレイモンドも、やっと公子様として敬えるようになる。


 そもそも奥手の大公が、やっと婚儀を了承してもらえたに違いない。ここまでが本当に長かったのだ。


 二人の様子をやきもきと見てきた彼らにとって、それが紛れもない総意であり、ルシルが万が一にも心変わりをする前に、とにかく儀式を終えてしまおうというのが一番の目標になった。


 『大公様にもついにご家族ができるのね!』


 『ああ、これできっと大公様も笑顔が増えるに違いない』


 使用人たちはこの一大イベントに向けて心をひとつにしていた。



***


  「閣下、いい加減、腹をくくってください」


 ジルベールは、執務室で相変わらず無表情に仕事を続ける大公に、溜息をついた。


「城の者たちも、急ごしらえの儀式でも満足いくものにしようと奮闘しているんです」


 ちらりと、書類から顔を上げる大公。


「あとは閣下がきちんとルシル様と向き合う時です」


「あくまでも契約結婚だと、あちらは考えているはずだ」


「例えそうでも、さすがに出自を隠したままの者を大公閣下の寝室に入れるわけにはいきません。密偵の調査が間に合わなかった以上、ご本人に直接聞くしか方法がありません」


「し、寝室だと」


「城の者は契約結婚だとは知らないのですから、中央を欺くためにも寝室はともにしていただくのが筋でしょう。まあ、そこでお二人の間に何か起きても支障はないですし」


「か、彼女の名誉はどうなる、そもそも契約の条項にそれも入っているのか?」


「もちろんです。念のためルシル様にも確認しましたが問題ないとのことですよ」


 相変わらずの無表情ながら、耳だけはどうしても赤くなってしまう大公。


 普段は冷静で感情をほとんど現さない主人なだけに、ジルベールは同情してしまう。


 (こんな様子では、たぶんルシル様に何もアプローチできていないのだろう。脈が全くないわけではないとは思うんだが)


「昨日のお茶会ではやはり記憶は戻っていないという返答だった」


「結婚する相手なのですから、本当の事を話してほしい、と次回はもう少し核心に迫ってみるんです。彼女もそう言えば、さすがに譲歩してくるはずです」


「契約婚なのに?」


「ですから、将来的には本当にご正妃にお迎えしたいのでしょう?」


「……」


「悪い方ではないと思いますが、何か隠し事があることは確かです。引き続き調査は続けますが、成婚の儀の前には、何らかの確証は必要です。大公家に害をなさないという確証が」


「しかし、人には言いたくない事も皆それぞれあるものだろう。私は今のありのままの彼女が好ましいだけで、出自や親族がどうであれ、それが変わることもない」


「お気持ちは分かりますけどね、閣下はお立場も考えて行動されませんと。それと、それ、そのままご本人に伝えたらいかがですか」


 はっとした顔をして顔を顰める大公。最近は案外と表情が動いている。


「とにかく、今日のお茶会ではしっかり頼みます。それとレイモンド様には、ルシル様から事情をお伝えしたいと聞いてますが、閣下はどうされるおつもりで?」


「彼女がそうしたいなら、私はかまわない」


「かしこまりました。そのようにお伝えします」


 ジルベールは、ただでさえ奥手の大公が、やっと相手を見つけたのに、やたらと問題が山積みでますますこじらせてしまうのではないかと心配だった。


 家族にもともと縁が薄い人だから、急にレイモンドを押し付けられて完全に困惑している。かと言ってジルベール自身も子供への接し方などわかるはずもなく。


 少なくとも、こんな事態に、ルシルという存在がいてくれてよかったと、心から神に感謝するのだった。



***


 ジルベールからの伝言を聞いたルシルは、早速レイモンドに今後の心構えについて、話をしようといつもの中庭に来ていた。


 まだ小さいレイモンドには、実の両親の存在や、身分についてなど、どう伝えるべきかは難しいところだ。


 デボラに連れられたレイモンドは、ルシルを見つけると満開の笑顔で両手を伸ばしてくる。ルシルもつられて笑顔になりながら、レイモンドを抱き上げた。


「レイ。あなたのお母様とお父様の事、レイはどれくらい知っている?」


「???」


「うーん、そうよね。わからないか……」


「ルシル様、マリアンヌ様は産後にだいぶひどく体調を崩されて、ご子息にお会いになったことは数度程度です。もちろん陛下にもお目通り前でしたので……」


「そう。では、もういっそのことこれからは閣下を父上、私を母上と呼んでもらうしかないわよね、中央に戻されるのもだいぶ大きくなってからだろうし」


 (私がいつまでここにいるかわからない現状では、父上は良くても母上は遠慮したいんだけど……仕方ないのかな)


「言えるかな、レイ、ルシの事、母上って呼べる?」


「はーうえ」


「うん、いいわね。じゃあ閣下のことは、父上って呼ぶのよ」


「ちーうえ」


「そうそう、上手ね」


 頬をプニプニしながら褒めると、レイモンドはキャッキャとはしゃいで、ルシルの後ろでまとめたまっすぐの銀髪を捕まえようと手を伸ばしている。


 レイモンドは、毎日の遊びの中で、自分の欲求にかすかに魔力を乗せる事をなんとなく自然にするようになっていた。今も、ルシルの後ろ髪に微かに風を送って引き寄せようとしているのを感じる。ルシルはそっと自分の魔力を添えるようにして、そよ風を送った。


 この分だと、もう数週間で魔力の発現を迎えるかもしれない。この年齢での魔力発現は、こちらの人族では異例の事になるだろう。


 多少は自分の影響だとしても、体内魔力の多さは本人の才覚による部分が大きく、今後のレイモンドの人生を左右しそうだ。


 ルシルは、異分子である自分が及ぼす影響に一抹の不安も感じたが、彼が自分自身をよく守れるように、魔法を教えていくしかない、と心を決めた。


 その後も、レイモンドと遊びながら自分の呼び方に慣れさせていると、いつもの時刻より少し早く、フェリクスが中庭に姿を見せた。


「ちーうえ」


 練習通り大きな声で呼びかけたレイモンドに、ぎょっとしたように立ち止まるフェリクス。


 レイモンドは、褒めてもらおうと、トテトテと歩み寄って、フェリクスに両手を伸ばした。


「ちーうえ」


 遠巻きに様子を見ている使用人たちも、愛らしい二人の様子に、微笑みを零す。


「呼び名を間違えず呼べたことを褒めてあげてください」


 そのまま固まっているフェリクスに苦笑しながら助け舟を出すルシル。


「そうか。よく父上と呼べたな、レイモンド」


 耳たぶを赤くして、レイモンドを抱き上げるフェリクス。そのままルシルに向かって歩いてくる。黒髪に、紫の瞳がお揃いで、その目を輝かせてルシルを見つめる様子までそっくりだ。


 ルシルは、なんだかくすぐったいような気持ちになりながら、二人を笑顔で迎えた。


「レイモンドは先ほどまで夢中になって遊んでいたので、のどが渇いているはずです」


「そうか、では東屋で少し休ませてから部屋に返そう、ル、ルシルも疲れたろう」


「たい……フェ、フェリクス様も午前のご公務お疲れ様でございました」


 お互いの呼び名にはまだ慣れないが、それでもまるで本当に、仲の良い家族のようだ。たとえつかの間の疑似体験だとしても、何故か胸が温かくなる。


 これが結婚。これが家族か。


 自分には到底、縁がないものだと諦めていた。

 誰かとこんな風に、くったくなく笑い合える日々。


 子供のころから、周囲の者とこんな風に温かな日常を過ごしたことはない。遠い母との思い出の中でも、ルシルはいつもどこか言いようのない孤独を感じていた。


 それはルシルが成長するたびに増える、異常な程の魔力のせいだったのかもしれないし、ルシル自身の、愛嬌の少ない性格のせいだったのかもしれない。


 自分もこんな風に、同じ人族に生まれていれば、彼のように穏やかな伴侶を見つけて、生涯を共にすることができたのだろうか。


 いつか自分のすべてをさらけ出してみれば、結局砂の城の様にもろく崩れ去ってしまう事が解っていても、今、この瞬間が切ないほど大切に感じられる。


 ルシルは慣れない感情に戸惑いながらも、心の何処かではこの温かさを手離したくない、と思い始めていた。同時に、周囲の優しさに甘えて隠し事を続けている自分には時々酷く嫌気がさす。


 ただ本当の事を話した時のフェリクスの反応を思うと、もう少しだけこのままでいたいと、何故かひたすら臆病な気持ちになるのだった。


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