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4.その本ももちろん置いてある

基本的に、学院や仕事は9月を境に始まることが多い。

フィリルの通っていた魔法学院も同様で、7月の終わりに卒業式があり、9月から王城魔法使いとして認められることになっている。


「9月の最初の日に王城へ行って、貴方の卒業の証の勲章の授与、私の魔法使いの就任式を行うことになりました」

王城から届いた正式な招待状をラルフへと見せた。

「……俺の卒業式、王城でやるってこと」

「魔法使いのナイトの任命もあるので、そうなりますね」

フィリルはにっこりと笑い、同封されていた騎士団長からの「謁見の流れ」が丁寧に書かれてた手紙をラルフへと渡した。

「騎士団長、貴方が粗相をしないか、随分気にかけてくれているみたいですよ」

手紙にはラルフのするべき受け答えが一言一句しっかりと書かれている。内容に一通り目を通し、フィリルは小さく笑った。

「ここに書いてある以外の言葉は発するな、ですって」


当日は同時に、9月から王城で働く文官や騎士の任命式もある。集まる貴族の数は多く、平民出身の騎士団長は同じく平民のラルフが心配でならないのだろう。

「最初の仕事ですよ」

「……わかってる」

にっこりと笑って見せれば、ラルフは手紙をベッドに投げ出し、用意していた登城用の服を手に取った。

どうやらサイズを合わせてみるようだと、フィリルはその様子を眺めた。シャツを脱いだ身体はしっかりと筋肉が付いていて、兄たちよりも肩幅が広く見える。

「(着痩せするタイプなのかな…兄の服で大丈夫だとは思うけど)」

手近にあったドレスシャツは背面でボタンを留める貴族の服だ。ラルフは予めボタンを留めた服を被り、器用に残りを後ろ手に留める

「(なるほど、ああやって着ればいいんだ)」


瞳と同系色の濃いペールブルーに銀糸で刺繍のされたベストと、丈の長いジャケットを羽織ってもらう。窮屈そうにしているが、見苦しい程ではない。長身のせいで兄の衣装はズボンの丈が合わなかったためにロングブーツで誤魔化したのだが、それはそれで騎士らしい鋭さが際立っていた。

「当日はマントも羽織りますし、まあ大丈夫でしょう」

フィリルがすこし離れた場所から確認して頷く。

「学院の制服じゃダメなの」

「私もそう思ってたのですが、格式が合わないらしくて」

「格式、ね」

ラルフはそれだけ呟くと、素早く服を脱いでしまった。


「っつーか、気になってたんだけどお前、その服でずっといんの」

シンプルな黒のシャツに着替えながら、ラルフはフィリルを顎で指した。

「普段着ですけど、なんか変ですか?」

「逆に格式が高すぎんだよ。平民のふりするつもりあんのかっつー」

フィリルは自身の服を見下ろす。

普段着といえど、貴族のフィリルが持たされたものはフリルやレースの装飾がある仕立てのいいドレスシャツばかりだった。あまり服にこだわりはなかったが、母親や侍女の好みで装飾が多い。

背面でボタンや紐を留める服も多く、もたもたと手間取るフィリルに「従者かよ」と時折文句を言いながらも、ラルフは着付けを手伝ってくれていた。

「確かに、今後野営もあると考えると、君の着ているような服の方が都合がよさそうですね。仕立てましょうか」

生地はどこで買えばいいのだろうかと首を傾げていると、ラルフは大きな溜息を吐いた。

「古着屋、行くぞ」

「?はい」




幼い頃から王子の遊び相手として首都には何度も来ていたが、王城以外は馬車から眺めた事しかなかった。

ほとんど一年中雪で閉ざされたこの国の町並みは、雪の中で判別しやすいようにか気分を明るくするためかは分からないが、色鮮やかで目に楽しい。幼い頃から出歩きたいと言ってみては窘められていた。

シックなグレーで塗られた外壁の書店、明るい黄色の壁にパンの絵が書いてある飲食店、赤い屋根の羊毛店と次々に目を奪われては立ち止まるフィリルをその都度促し、連れて来られたのは明るいライムグリーンで外壁の塗られた店だった。


貴族にしか見えないフィリルに困惑する店員を完全に流し、ラルフは10着ほど服を見繕うと、フィリルを試着室へと押し込んだ。

渡された服はどれも似たり寄ったりのシャツとズボンだったので、適当にアイボリーのシャツに紺のロングパンツを選びラルフへと見せる。

「似合わねぇけど、仕方ねぇか」

腕を組んだ彼は追加で持っていたベストと羽織りをフィリルに当てては首を傾げている。


「服の見立ても出来るなんて、すごいですね」

フィリルが関心して言えば、ラルフは一瞬視線を彷徨わせた。

「シャツ着とけばいいって……、母さんが」

思い出してみれば確かに、彼は紺や黒、グレーと色は違ったが常にシャツに黒のロングパンツ姿だっ気がする。母親のアドバイスの的確さにフィリルは関心して頷く。

「それ、買って来い」

羽織りものの類は諦めたのか、ラルフは試着室に積まれた服を顎で示した。


買ったものをバックパックに入れるフリをして自分のポーチに入れて尋ねれば、この街の住人は服は自分で仕立てるのだそうだ。少し裕福な家では仕立屋に依頼し、庶民も特別な日の晴れ着は専門店か裁縫の得意な知り合いに頼むなどするという。

なるほど、庶民の服を調達しようとすれば古着屋なのかと納得した。古着といっても継ぎ接ぎなどはなく、少し使用感はあるが清潔な服だった。

折角なのでと服を着替えて外に出たフィリルを上から下まで眺め、ラルフは溜息を吐く。

「誰が着ても良さそうな服で、よくそんな違和感出せんな」

「変ですか?君とたいして変わらないと思いますけど」

「違和感しかねぇ。っつか、お忍び中の貴族にしか見えねぇ」

いやお忍びで合ってんのか、とラルフはひとりで納得し、町の案内をしてくれた。


羊毛店では「普段着が薄着過ぎて風邪をひきそう」というラルフに指示されるまま、厚手の靴下とグレーの羽織り、耳まですっぽりと覆われた帽子を買った。

「室内は暖かいですし、移動は馬車なので寒いと思ったことはありませんでした」

「買っとけ」

フィリルは素直に頷き、大銀貨5枚を支払った。

貴族の冬着は基本的に外出着のコートのみで、室内は部屋も廊下も暖房器具が設置されていて暖かい。靴下の類は薄手のもので、内側に羊毛や毛皮のついた靴を履いて過ごす。

薪や魔道具を豊富に用意できることは富の表れで、室内で防寒を目的とした服を着ることは優雅ではないとされていた。

「(基準が違う…気を付けないと)」

薄紙に包まれた品を店主から受け取り、丁寧に礼を言ってラルフを追って外へ出た。


「他に欲しいものってありますか?」

「特にねぇと思うけど」

ラルフが中身を思い出すようにポーチを指で叩く。

「じゃあ、書店に行ってもいいですか?市井の本って学院にもなくて、ずっと読みたかったんですよね」

「なんか違えの」

「うーん、学院は基本的に学術書とか、研究書の類が多かったですし、家の書庫には古典小説しかなかったんですよ。あとは歴史書でしょうかね」

「へぇ」

ラルフは興味がなさそうに頷きながら、シックなグレーの外壁の書店の扉を開けてくれた。


書店には大衆向けの娯楽小説が並んでいて、読んだことのない本はとりあえず購入しようかと次々に手に取る。

「これ、女の本じゃねぇの」

荷物持ちを引き受けてくれたラルフに渡せば、眉を顰められた。

「本に女性向けと男性向けがあるんですか?」

フィリルはぱらぱらと本を捲り流し読みしていく。2人の男性の間で揺れる恋物語のようで、確かに女性向きといえばそうなのだろうと納得し、ラルフへと返して次の本を手に取った。

「それは濃厚なエロシーンが話題の男性向け小説」

揶揄うように笑うラルフを横目で見て、斜め読みで内容を確認するとそれも購入する本へと加える。

「君も読んでいいですよ」

わざとらしく笑って見せれば、ラルフは小さく舌打ちをして視線を逸らした。


それほど長くはない大通りを何往復もし、雑貨店で色とりどりのインクに興味を持ったフィリルが試し書きをしながら関心したり、ハーブを扱う店でラルフのおすすめのスパイスを購入したりした。


その後フィリルは買った本を読むためにほとんど宿からは出なかったが、女将経由で狩猟の依頼を受けたラルフに連れられて狩りにも行った。毛皮を近所の店に持って行くとそれなりの値段で買い取ってくれたのでラルフは喜び、売れるたびにパンや肉串、お菓子を買ってきてくれた。

ラルフは剣の自主訓練となぜか頼まれる薪割りをこなし、暇を持て余すと机に積んだままになっている本を読んで過ごしていた。


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