3.なんとかなると思って
スヴァールの首都に来た目的のひとつは、物資の補給だ。短い夏の今はアザラシとシロクマ狩りのシーズンだと、フィリルは昨日女将から聞いて知った。
「まずは、お互いの戦力の確認が必要だと思います」
至極真面目な顔をして氷の上に立つフィリルに、宿での会話を聞いていたラルフは胡散臭いものを見るような視線を向ける。
「私は事前に説明した通り、魔法使いです。基本の火、水、土、風、光、闇とその上位属性は全て使えます。攻撃に使えそうなものは槍、弓、短剣、あとは魔力障壁と強化魔法でしょうか」
言いつつ、炎の槍、水の矢、光の短剣を次々に作り出す。
「タイムラグは?」
「ほとんどないですが、攻撃力の面では剣には劣ります」
フィリルの放つ魔法で、一撃で格上の相手を倒すことは出来ない。食料用に狩るここら辺の動物や魔物に関してはたぶん問題ないだろうとは思っていたが、実践経験はない。
「当たれば、な」
「失礼な。コントロールには自信があります」
なにせ、対象の目の前に作り出して当てるのだ。当たらない筈がないし、逃げられたら追尾すればいい。
「複数使用が可能で、他属性と同時に使用もできます」
魔法の明かりの球を泳がせながら、氷魔法で壁を作ってみせると、ラルフは呆れたように頷いた。
「ずいぶんと器用だな」
「君は魔法に詳しいんですか?」
「学院の座学で習った程度。俺はほとんど使えねぇ」
小声で「イグニス、灯れ」とラルフが唱えると、立てた指先に小さな炎が一瞬灯って消えた。
そのとき見た魔力のごく小さな揺れに、フィリルは違和感を覚えつつも頷いた。フィリルの周りで魔法を使うのは、ほとんどが魔法に精通した者だった。非魔法使いであれば、一瞬でも小さな火を起こすのが容易いことではないのは知識としてある。
恐らく、この違和感は魔法に不慣れな人だからなのだろうとひとりで納得する。
ふっと、ラルフが知り合いに呼ばれたかのように振り向き、腰に刺した剣へと手をかけた。
「おい、シロクマ。けっこうデカい」
示された方向へ視線を向ければ、人の3倍はあろうかというクマがこちらへと全力で駆けて来る。狩場は街から少し離れた場所にあり、雪の残る中で白いクマは非常に判別がしずらかった。
「私が先手をとっても?」
「どうぞ?」
フィリルが上げた腕を真っすぐに振り下ろせば、その手には銀に光るタクトが握られていた。
目視で確認できるくらい近づいたクマの首元を風の刃が切り裂く。と、同時に光の槍が胸を突いた。
「(あ、浅い)」
もう一度首元へと魔法を打ち込もうと思った瞬間、横から腕を軽く叩かれて発動を止める。フィリルには認識できない程の速さで前へと進み出たラルフが、クマの首を一撃で斬り飛ばした。
倒したクマへと近づいたラルフは、フィリルの付けた切り口を見てなにこれ、と疑問を投げてくる。
「風の刃、でしょうか。目には見えないんですが、狙った場所に気圧差を生み出すことで鋭い刃物で切り裂くのに似た効果がでます」
「その棒は?」
「恰好いいでしょう」
得意顔のフィリルに、ラルフは首を傾げたが何も言わなかった。必要なものならまぁいいだろうと思っているのだろうなとフィリルも深く説明はしない。
この世界の魔法使いは杖を使わないし、フィリルも特に必要があって使ったわけではなかった。
「(なんとなくこう、見た目で分かる武器がほしかったけど、使い勝手が悪い)」
杖を常に持っているのは邪魔だが、出すまでのタイムラグが気になる。
「(やっぱり、これは飾って楽しむだけにしよう)」
銀の杖をポーチに仕舞い、狩ったシロクマを手際よく解体するラルフを見下ろす。
「私もやってもいいですか」
腰に刺していた短剣で手際よく皮を剥いでいる様子に、同じものを魔法の光で作りながら問いかける。
「経験あんの」
「はじめてですけど」
ラルフはフィリルの瞳を不思議そうに見つめ、光の短剣と自身の短剣を見比べてから首を横に振った。
「見てろ」
素直に了承を示したフィリルに、ラルフは解体方法と肉の部位などについて解説を交えながら実践してくれた。彼の手の中で、短剣は身体の一部のようにくるくると角度を変えながら動いている。
「(恰好いい。やっぱり慣れ、なのかな)」
魔力の短剣をラルフの持ち方を真似て持ってみるも、しっくり来ないというか、恰好がつかない。首を捻りながらも、次々と解体されていく肉塊を氷魔法で半冷凍状態にしては革袋へと詰めていった。
その日はアザラシ2体とクマ、大型の鹿のような魔獣を狩った。
最初の獲物より魔力を込めて放った風の刃でアザラシの頭を潰したら血しぶきが舞って慌てて魔法障壁を張ったり、補助魔法をかけてみたらラルフが力のコントロールを誤って氷った地面まで粉々になったりはしたが、おおよそ上手くいった狩りだった。
実践は今日がはじめてだったと帰り際に素直に白状すれば、「最初に言っとけ」と額を叩かれた。
女将は狩りの成果を褒め、毛皮と魔獣から採取した魔石の買い取りをしてくれる店を紹介してくれた。
一部の肉と引き換えに鹿のもも肉のステーキを頼む。目の前に置かれた肉の塊にラルフの瞳が輝き、瞬く間に皿から肉が消えた。
残りは燻製にしてはどうかと女将が提案してくれたので、数枚の小銀貨と共に依頼した。ラルフが厨房に入って肉の各部位の加工方法と明日以降食べたい部位の料理方法について女将と相談しているので、きっと美味しくなるのだろうとフィリルは食後のお茶を飲みながら微笑んだ。