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1.魔法使いのナイト

星の瞬く夜空を閉じ込めたラピスラズリ色のマントを翻し、長髪の青年が王城の廊下をゆったりと歩いていた。従者を2人従えて歩く貴族然とした姿に、すれ違う騎士や文官は皆、反射のように敬礼の姿勢を取って道を譲る。

そして青年が通り過ぎて数秒後、あんな若い魔法使いが居ただろうかと首を傾げるのだが、青年に気にした様子はない。今日の訪問はプライベートなものだ。


穏やかな笑みを浮かべて王の自室の扉を潜り、優し気に笑う緑の瞳に礼をする。明るいミルクティ色の長髪がさらりと肩を滑った。

「お久しぶりです、陛下。本日はお時間を頂きありがとうございます」

「3年見ない間に随分と背が伸びたな。フィリル。最年少で魔法学院を卒業したと聞いている」

王は一度言葉を区切り、新緑の瞳に幼子へむけるような柔らかさを滲ませる。

「……がんばったのだな」

子どもへの誉め言葉のような響きに、フィリルは表情を緩ませた。


威厳に満ちた緑の瞳に豪奢な金髪の髪を持つ王は、優しく思慮深いと国民に人気がある。フィリルも尊敬に値する人物だと思っていた。

「光栄です」


許可を貰ってソファに座れば、侍女が紅茶を入れて下がった。ひと口飲み、音を立てずに丁寧に机へと戻す。


「して、フィリル。褒美をやろうと思うのだ。何がいいか決まっているか?」

幼い頃から王子の遊び相手として王城に出入りしていたので、王とも面識がある。王は子どもに欲しいおもちゃを聞くように楽し気に告げた。

「はい、陛下。王城で正式に採用いただく20歳まで、研究の旅をする許可をくださいませんか」

フィリルの言葉に、王は驚きに目を瞬いた。恐らくこういった反応が返ってくるだろうから、今日はプライベートの挨拶として訪れているのだ。

「この世界を、自分の足で旅してみたいです。きっと将来、この国のお役にたつ知識を得ることができるでしょう」


「公爵は、夫人は、なんと?」

「話しておりませんが、私は跡継ぎでもない三男ですし許可は出ると思っております。王城へ勤めることが決まっておりますので、子どもの戯言と聞き流して頂いても構いません」

王は眉を下げ、頷きながら小さなケーキを口に運んだ。

「16歳か…。若い者にはこの国は小さい。諸国を見てまわりたいものだ。私もそうだった…」

昔を懐かしむように瞼を閉じる王の顔を、フィリルは静かに観察した。この願いはフィリルの我儘だ。もし王に少しでも不快感を与えるのなら、すぐに取り下げるつもりだった。


「護衛の騎士を連れて行きなさい。騎士団長でも構わん」

許可の言葉にフィリルはラベンダーの瞳を喜びに緩めた。

「それならば1人、欲しい騎士見習いがおります」



騎士見習いの訓練場は、王城の敷地内にあった。王と共に騎士宿舎の応接室の窓から見下ろし、フィリルはひとりの青年を示した。



今年で18となる青年は、騎士学院3年生を間もなく終了する。幼い頃に出会ったときは侯爵家の従者と共に居たので貴族かと思っていたが、平民として学院に入学している。社交の場に姿を見せたことがなく、調べたがたいした情報は出てこなかった。

体格のいい指導役の騎士を相手に、長身に似合うロングソードを構える姿が、獲物を前にした肉食獣のようだ。気を抜いたら一気に首筋に噛みつきそうな鋭さが相変わらず綺麗だと、フィリルは感嘆の息を吐く。

実践かと身震いしてしまいそうな張り詰めた空気の中で数分間打ち合いを続けた青年が、灰の瞳を細めて口角を微かに上げる。同時に、教官の腹を蹴り飛ばして首元に剣先を突き立てた。


「ご覧の通り、元騎士団総長を倒してしまえるほどに強いのですが、集団行動が合わないのか、実力差がありすぎるのか、騎士としてはあまり評価が高くないようです」

「フィリル、本当に彼でいいのか?」

王の問いかけに、フィリルはにっこりと笑って頷いた。

「魔法使いのナイトに彼を任命したいと、13歳で留学する前から決めておりました」

「構わん。ナイトの指名は王城魔法使いの特権だからな」

大きな溜息を吐きながら、王は青年を応接室に呼ぶようにと従者に声をかけた。




「はじめまして。公爵家の三男、フィリルと申します」

黒髪の青年へと微笑みかける。向けられたブルーグレーの瞳は探るように顰められ、眉間に微かに皺が寄った。騎士としては不遜な態度だが、理解もできる。フィリルは幼い頃から彼を知っているが、彼にしてみれば急に”魔法使いのナイト”に指名されたのだから。

フィリルも同様に、はじめて間近で対面した目の前の男をさりげなく観察した。短く整えられた黒髪に切れ長の瞳、筋の通った高い鼻。遠目で見ていた時には剣にばかり目が行っていたが、黙っていれば彫刻のように端正な顔立ちの男だった。

「(虹彩が大きい。獣人かな)」


無遠慮な視線にも笑みを崩さずに、穏やかにフィリルは続けた。

「私は今年、留学先の魔法学院を卒業して王城の魔法使いになりました。正式な採用は20歳ですが、王から許可は頂いております。魔法使いのナイトとして旅を共にして頂きたいと思っておりますが、結婚などのご予定は?」

小さく首を傾げれば、「ありませんが…」と戸惑うように返事が返ってきた。


ラルフ、と名乗った青年は、丁寧に応接室のソファに腰かけた。侍女が紅茶を置くと、従者も含めて全員を下がらせた。いま、応接室にはふたりだけだ。

多少の不慣れさはあるが、場所を選んだ言葉遣いと態度から考えるに、反抗的な見た目とは裏腹に貴種と同程度の教育を受けているのだろう。紅茶に口をつける仕草も、平民の騎士にしては板に付いている。



「(抜き身の剣のようなひと)」

相対していた騎士は、指導役とはいえ前騎士団総長だった。この国は北の島国で、ここ150年は内乱も戦争もない平和な国なので、騎士団のレベルは他国家に比べて低いだろう。しかし、騎士団のトップに立ち、老獪さを併せ持った彼にさえ力技で勝ってしまえるラルフは、恐らくこの国のどの騎士よりも強い。

だが、騎士としては些か不足だろうとは思ってしまう。強さへの渇望が明け透けで、仕えるべき王にさえも剣の切っ先を向けそうな危うさが、この青年にはあった。


「言葉も態度も、崩してもらって構いません。私もそうします」

フィリルはわざとソファにゆったりと背を預け、雰囲気を崩す。ラルフは胡散臭そうに目を細め、長い足を組んだ。


「で?庶民出身の騎士見習い護衛にして、お忍び旅行したいって?」

テーブルに置いてあるクッキーを摘まみ、ひと口で口に入れた。態度を崩していいと言った途端の口調の変化に、フィリルは好ましさを覚える。

「はい。平民として旅をしたいと思っています。貴方もこの国の騎士団では不足でしょう。私も自衛が出来るので基本は自由でいいですし、修練の旅だと思っていかがですか?」

冷たくも見えるブルーグレーの瞳の奥、好奇心が微かに顔を出す。同時に、迷うように視線が動いた。時間が必要だろうと、フィリルは紅茶へ手を伸ばす。


「騎士学院、卒業してねぇけど」

ラルフは焦燥と疑念の入り混じった鋭い視線をフィリルへ向けた。

「魔法使いのナイト」は名誉職だ。学院の卒業と同時に与えられる「騎士の資格」を持つものがなるが、騎士団には属さない。王城魔法使いが直々に雇う護衛だった。しかしその給金は間接的に国から支払われ、尚且つ国に数人という貴重な魔法使いの護衛なのでかなりの高額らしい。採用される者は少なく、騎士ならば誰もが憧れる職となっている。


「卒業式は終わってしまいましたが、今年で卒業ということで王から許可をもらってあります。実力は申し分ないですし」

暖かい紅茶の香りにフィリルは頬を緩める。学院のあった魔法都市とは違う、寒い地方独特の茶葉の香りが心地いい。

「勲章も発行しますし、旅が終われば正式に”魔法使いのナイト”として王城に出入りする身分を保証します。素材採集の旅、興味ありませんか?ダンジョンにも行こうと思っているんですけど」

試すように瞳を細めて首を傾げれば、ラルフは暫く睨むようにこちらを見た。


「他に雇う予定は」

「今のところありません」

紅茶のカップを置き、フィリルはテーブルの上のクッキーに手を伸ばす。白く整った指先で1枚摘まみ、ゆっくりと咀嚼した。紅茶へと再び口を付け、揶揄を含む瞳を青年に向ける。

「貴方だけでは、不足ですか?」

ラルフは大きく溜息を吐き、持ち手を使わずにカップを持ち上げ、中身を一気に飲み干した。

「分かった、お前がボスだ」

カップをテーブルへと戻す仕草に乱暴さはなく、不貞腐れた顔の中に隠しきれない好奇心が見て取れる。


フィリルは自らが客観的にどう見えるか自覚している。

スヴァールの美少女と謳われ他国からも多数の求婚が来ていた母親に瓜二つ顔立ち。さらに、胸元まで伸ばした緩くウェーブを描く髪と柔らかい色合いの瞳が、フィリルに穏やかでのほほんとした雰囲気を上乗せしている。

成人を過ぎたとはいえ、16歳のフィリルがひとりでふらふらと旅をしているのは不自然で、あらゆる人間からいいカモだと思われるだろう。この旅には年齢的にも外見的にも不自然でない同伴者が必要だった。

「(彼に、断られなくてよかった)」


ラルフの視線が、フィリルの髪へと向けられる。恐らく長髪を、面倒で邪魔そうだなどと思っているのかと当たりをつけ、毛先を指で摘まんで見せた。

「魔術具の触媒に私は髪の毛を使うことが多いので伸ばしています」

「魔法使いって心も読めんの」

ぼそりと零れたひと言に、フィリルは思わず口に手を当て、笑い声を漏らした。


「3日後の朝、出発です。こちらに迎えの馬車を出しますね」

話が上手くまとまってよかったと、フィリルは優雅に立ち上がった。

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