王舎城の悲劇(8)
コーサラ国から単身送り返されたアジャータシャトル王は、病の床に就いていた。敗戦の屈辱と痛手、また父王を死に追いやったことへの後悔が身体と精神を苛む。
王は熱病をやみ、全身に瘡が出来て膿汁が流れ、臭くて近づける有様ではなかった。
(私と共に国をあとにした兵たちは、だれ一人戻らなかった。二度の大きな戦で田畑は荒れ、国中に嘆きの声が満ちている……。加えて、私は父殺しの大罪人でもある。このため、今この世に地獄の報いを受けている。やがて真の地獄の報いがやってくるであろう)
彼は、怖れ慄きながら思った。
母のヴァイデヒー夫人が悲しみ、さまざまな薬を塗ったが、少しも癒えることはなかった。
「母君……この瘡は心から出たもので、身から出たものではないのです。人間の力では治すことはできませぬ」
大臣たちも王の病の床を訪ね、それぞれが信奉する聖者の名を挙げ、その神通によって瘡を癒すよう勧めたが、王は決めかねていた。
そして、しばらく遠ざけていたジーヴァカを呼んだ。
「大王、安らかに眠ることが出来ますか」
枕辺に来たジーヴァカは王に訊いた。
「ジーヴァカよ、私は今、重い病に罹っている……」
アジャータシャトル王は、苦しげに息をつきながら答えた。
「……私は、正法を護り給うた父王に邪な逆害を加えた。それから起こってきた重い病であるから、これはどんな名医でも呪法でも、また巧みな看病でも、癒すことは出来ない。何故かと云えば、先王は法の如くに善く国を治められ、少しも罪が在さぬのに、私は邪に逆害を加え奉った。ちょうど水の中の魚を陸へ引き上げたような仕業である。私はかつて智者から、身口意の三業が清らかでないのは、必ず地獄に堕ちるということを聞いたことがある。私は今、それなのだ。どうして安らかに眠ることが出来よう。私には今、法の薬を説いてこの病の苦を治してくれる効ある医師がいない」
「そう思われるのは、善いことであります。王よ」
ジーヴァカが微笑む。
「大王は罪を犯し給うたけれども、いま重い悔いを起こして、大きな慚愧の心を抱いておられます。大王よ、諸々(もろもろ)の御仏方は常に仰せられました。
『二つの善い法があって人々を救う。一には慚で、二には愧である。慚とは自ら再び罪を造らぬようにする心、愧とは他人をして再び罪を作らしめぬようにする心である。また慚は自ら内心に省みて恥じる心、愧はその心が外に顕れて他人に対して愧ずることである。また慚とは人前を恥じ、愧とは神に恥ずる心である。これが慚愧である。この慚愧の心ない人は、人ではない畜生である。慚愧の心があるから、父母師匠を敬う心も起こり、兄弟姉妹の秩序が結ばれるのである』と。
大王が、今この慚愧を起こされたことは、誠にうれしく思います。大王よ、いま私の重い病を治してくれる医者がいないと仰せられたことは、まったくその通りです。しかし大王よ、よくお考え下さい。大沙門の世尊こそ、世に最も尊ぶべき方であります。よく障を破ること金剛のような智慧を持ち、人々のすべての罪咎を滅ぼして下さいます。きっと仏陀ならば、この大王の重い病をも治して下さりましょう」
アバヤ王子の宮殿で育ち、人に云われぬ庶子という立場の彼は、幼い頃から人の心の表裏を見てきた。また医師として多くの病者を診て、
(病と死は、どのような富者にも貧者にも平等に訪れる)
と、感じていた。そのジーヴァカに、ゴータマ・ブッダの教えは得心ゆくものが多く、また他の沙門たちとは違い、医薬を軽んじない態度にも共鳴して、彼は早くから信者となっていた。
そしてジーヴァカは、まず王へ熱さましの薬を飲ませた。するとアジャータシャトル王は、それによってしばしまどろむことが出来た。
朦朧とした意識の中で、王は声を聞く。
『大王よ、一つの逆罪を作れば、それに相当する罰を受ける。三の罪を作れば三倍になり、五つの逆罪を作れば五倍になる。大王の今までの罪は到底、地獄に堕ちることを免れぬ。されば、一時も早く世尊の御許へ赴け。世尊を除いて、卿を救うて下さる方は他にない』
雲の中をひとり彷徨うように心もとなかった。それでも、アジャータシャトルは恐れ慄きながら尋ねた。
「御身は、どなたであるか」
『私は汝の父ビンビサーラである。ジーヴァカの勧めに従って、早く世尊の御許へ行くがよい。ゆめゆめ邪見な大臣たちの言葉に迷わされてはならぬ』
「父君!」
声の主を捜そうと叫ぶ。
そのとき、眼が覚めた。
「大王よ、いかがされたか」
ジーヴァカが覗き込んでいる。
王の身体中の瘡はさらに増し、その臭いことは以前より倍加して、ジーヴァカが冷薬を塗って手当てするのだが、瘡は花開いたように割れ、ますます毒の熱を吐いて、少しも軽くなることはなかった。
「ジーヴァカよ、世尊は、はたして私のような大罪を犯した者を見たいと思われるだろうか」
王が云う。
ジーヴァカは瘡の手当てを続けながら答えた。
「たとえば、七人の子供はみな変わりなく可愛いが、その中の一人が病めば、親の心はとりわけ病む子に引かれます。そのように、仏もまた一切の人々を一子のように平等に愛しみ給うけれども、わけても罪の重いものに眼をかけられます。仏は放逸のものに対して慈悲深く、かえって道に勤め励むことの出来るものには御心をお緩めになる。大王よ、諸々(もろもろ)の仏は人々の氏や姓や、貧しきと富めるとの区別や、その生まれた月日、星宿または彼らの巧みな芸などを観給わずに、ただ善心のあるものがあれば、愛憐の念を垂れ給うのです」
ジーヴァカは数日、王の枕辺から離れず看病をし、治療を行った。その甲斐あってか、アジャータシャトル王の瘡は小さくなっていき、熱も引いて、王は半身起き上がれるようになった。
「大王よ、いま竹林精舎に世尊が留まっておられるとのことです。どうか、御教誨を乞われますように」
ジーヴァカは勧めるが、王は躊躇して考え込んだ。
「……私は、迷っている」
「何ゆえに」
「ジーヴァカよ、私は汝と一緒に同じ象に乗ろうと思う。さすれば、たとえ私が無間地獄へ堕ちようとも、汝が押さえて落とさぬであろう。何故ならば、私はかつて道を得た聖者は決して地獄へ堕ちないと聞いている」
と、王はかすかに笑った。
用意させた象の車に、アジャータシャトル王が乗り込んだのは夕暮れ近くであった。それが王宮を出た頃には陽は沈み切り、闇の中を、数百の象の車が炬火を先頭として、ゆっくり進んでゆく。そして郊外の竹林精舎へ着いたときには、東の空から満月が昇ってくるところであった。
「ジーヴァカよ……」
車を降りて林の前に立つと、王は急に恐怖を覚えた。
「……汝は私を裏切って敵に渡そうと云うのではあるまいか。何という気味の悪い静けさであろう。千数百人の弟子達がいるというのに、嚔の音もなければ咳一つ聞こえぬとは、何か企みがあるように思われてならない」
家臣たちが手に持つ松明の炎が揺れている。その先にある暗闇には、微かな葉ずれの音がするのみで、人の気配はない。ただ木々の間を一匹二匹、小さな獣が目を光らせ、ふり返りながら走り去っていくだけであった。
「大王よ、恐れずお進みなさい。あの林の中の阿屋に光がともされております。そこに世尊がおいでになられます」
ジーヴァカに励まされ、王は林へ入って世尊に近づき、礼を為した。
そこで釈迦牟尼世尊はアジャータシャトル王へさまざまな教えを垂れた後、云う。
「大王よ、悔い改めの心のある人には、罪はもはや罪ではない。悔い改めの心のない人には、罪は永しえにその人を呵めるのである。汝は既に悔い改めの人である。罪は清められ、恐れることは少しもない」
アジャータシャトル王は、叱責を受けるものと思っていた。激しく非難されても仕方がないと。ディーヴァダッタの言葉に乗せられたとはいえ、母を閉じ込め、父を死なせ、また仏陀を害そうとし、軽はずみに大きな戦を起こして国と民人を悲惨な目に遇わせたのは、他ならぬ自分自身であった。その事実はいくら後悔しても変わりはしない。
(だが私は、世尊の御言葉に救われたように思う……)
心の奥底から悔いたアジャータシャトル王は神妙な面持ちで、世の眼であり、道の人ゴータマ・ブッダへ語りかけた。
「世尊、私は世の中を見渡しますに、伊蘭という毒樹の実から伊蘭の樹が生え、伊蘭の実から栴檀の樹が生えたのを見たことがありません。しかるにいま私は、初めて伊蘭の実から栴檀の樹が生えたのを見ました。伊蘭の実というのは、私のことであります。栴檀の樹というのは、私の心に生えた根のない信心のことです。根のない信心というのは、私は今まで恭しく仏に仕えたこともなく、御法も僧伽も信じたことがなかったのでありますが、今にわかに信心が生まれましたから根のない信心と申したのです。世尊、もし私にして仏にお遇い申すことが出来なかったならば、私は量りない劫の間地獄へ堕ちて、限りない苦を受けねばなりませんでした。私は現に仏を拝み奉っていますが、願わくは、このあらゆる功徳をもって、未来の人々の煩悩を破りたいと思います」
今や身も心も清々(すがすが)しく、王の瞳から迷いと怒りは拭い去られていた。
「大王よ、それは善いことである」
目覚めたる人が笑む。
「汝のその功徳をもって人々の煩悩を破り、悪心を除き得ることは、いま私の見透している所である」
「世尊、もし私が人々の悪心を破ることが出来るならば、私は無間地獄にあって量りない劫の間、人々のために大きな苦を受けても苦しいとは思いません」
アジャータシャトル王は誓い、これはマガダの人々に伝わって多勢が一時に大きな菩提心を起こした。
そして王は、側に控えていたジーヴァカへ云う。
「私は近いうちに死ぬべき身でありながら死を免れて王の身を得、短い命を捨てて長い命を得た。その上、私のことが縁となって、多くの人々をしてこよない菩提心を発さしめた。すなわちこれが神の身、長い命、永えの身、そして諸々(もろもろ)の仏の弟子である」
このとき世尊はアジャータシャトルを誉めて云った。
「もし一人でも、菩提心を発すものがあるならば、この人は諸々(もろもろ)の仏の会座に集う大衆を飾るものである。大王よ、今より後、常にこの菩提心を失わないように努めねばならぬ。何故ならば、この菩提心に依って、量られぬほどの多くの罪悪を滅ぼすことが出来るからである」
王は仏陀を恭しく拝んで、その阿屋を出た。そして林の外で待っていた家臣たちへ告げる。
「私はいまより後、世尊とその弟子達に帰依することとなった。汝等今より世尊とその弟子達とを宮殿に迎え、ディーヴァダッタとその徒衆とを門内へ入れてはならぬ」と。
この命令はすぐに王宮へ伝わった。けれどもそうとは知らず、ディーヴァダッタがある日、宮門へやってきた。
ところがいつもと違い、門を守る兵士は王の言葉を伝えて彼を遮り、通さなかった。
「いかなることか。この変わりようは」
怒りの情を抱いて、ディーヴァダッタがそこに立っていると、ちょうど門内からウッパラヴァンナー[蓮華色]比丘尼が托鉢を終えて出てきた。
「汝か!」
ディーヴァダッタは彼女を見ると一気に怒りを爆発させた。
「汝は私に何の怨みがあって、私をこの門内へ入らせないようにしたのか」
と、罵りながら拳を固めて尼の頭を打った。
「なんというなされよう……」
比丘尼は痛みをこらえ、そのいわれがないことを述べたが、ディーヴァダッタは聞き入れず、ついにその頭を打ちわってしまった。
ウッパラヴァンナー比丘尼は痛む頭を抱えてよろめきながら精舎へ帰り、その場に倒れ込んだ。
「いかがされましたか」
彼女を見つけた尼たちが、驚き悲しみながら手当てしようとする。その人々へ、ウッパラヴァンナーは云った。
「姉妹よ、人の命は、はかり知れぬ。諸法みな常なく、煩悩のない寂かな所こそ涅槃である。汝等、勤め励んで善き道を修められよ」
彼女は語り終わって、静かに瞑目した。
このようにアジャータシャトル王の後見を失ったことで、ディーヴァダッタの悪を憎んでいたラージャグリハの人々は以後、彼とその仲間には食を与えることをせず、招待することもしなくなった。そこでディーヴァダッタたちは信徒の家へ押しかけていき、供養を強要した。
「なんと沙門にあるまじき輩であろうか」
マガダの都では悪評が立った。
「我らがこのような仕様になったのは、すべてゴータマのせいである」
屈辱と怒りで、ディーヴァダッタはそのことしか考えられなくなった。
(ゴータマ・ブッダを殺そう)
この一心のみで世尊のあとを追い、彼は旅立った。そして仏陀の一行がシュラーヴァスティーの祇園精舎に滞在していると知り、そこへ向かった。十の指の爪に毒を塗り、彼は精舎の林へと入ってゆく。
「ディーヴァダッタが、恐ろしい形相で参っております」
ディーヴァダッタの姿を見かけた弟子が、すぐに報せた。
「怖れることはない。ディーヴァダッタは今日、私を見ることが出来ぬであろう」
彼らの師は慄く弟子たちへ語り、何もしないようにと制止したが、人々の動揺は大きかった。
こうしているうちにも、ディーヴァダッタは精舎に近づいて、弟子等が足を洗う池のほとりへ来て木陰にかくれた。
ところが世尊の姿を見て飛び掛ろうとしたとき、彼は木の根につまずいて転び、生爪を剥がしてしまった。
「おのれゴータマ、死ぬのは汝であったはず!」
苦しみ悶えながら、ディーヴァダッタが叫ぶ。けれども自らが仕込んだ毒が全身に回って、彼はじきに息絶えた。
「彼の者の怨み嫉む心の焔の、なんとすさまじいことか」
精舎にいる者たちは恐怖のあまり立ちすくんでいた。だが、やがて信者の人々の手によってディーヴァダッタの骸は葬られた。
世尊は弟子たちへ語る。
「ディーヴァダッタは地獄へ堕ち、肉を焼かれ身を焦がされ、最悪の苦痛に苛まれている。しかし、その心にわずか一片でも真理の教えが残っているならば、いつの世にか必ず覚を得て、解脱を果たすことが出来るであろう。正法は悪なる心の持ち主にさえ働くものである」