表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/18

王舎城の悲劇(8)

 コーサラ国から単身(ひとり)送り返されたアジャータシャトル王は、病の床に就いていた。敗戦の屈辱と痛手、また父王を死に追いやったことへの後悔が身体(からだ)精神(こころ)(さいな)む。

 王は熱病をやみ、全身に(かさ)が出来て膿汁が流れ、臭くて近づける有様ではなかった。

(私と共に国をあとにした(つわもの)たちは、だれ一人戻らなかった。二度の大きな(いくさ)で田畑は荒れ、国中に嘆きの声が満ちている……。加えて、私は父殺しの大罪人でもある。このため、今この世に地獄の報いを受けている。やがて真の地獄の報いがやってくるであろう)

 彼は、怖れ(おのの)きながら思った。

 母のヴァイデヒー夫人が悲しみ、さまざまな薬を塗ったが、少しも()えることはなかった。

(はは)(ぎみ)……この(かさ)は心から出たもので、身から出たものではないのです。人間(ひと)の力では治すことはできませぬ」

 大臣たちも王の病の床を訪ね、それぞれが信奉する聖者の名を挙げ、その(かみ)(わざ)によって(かさ)(いや)すよう勧めたが、王は決めかねていた。

 そして、しばらく遠ざけていたジーヴァカを呼んだ。

大王(おうぎみ)、安らかに眠ることが出来ますか」

 枕辺に来たジーヴァカは王に()いた。

「ジーヴァカよ、私は今、重い病に(かか)っている……」

 アジャータシャトル王は、苦しげに息をつきながら答えた。

「……私は、正法(おきて)を護り給うた(ちち)(ぎみ)(よこしま)(さか)(ごと)を加えた。それから起こってきた重い病であるから、これはどんな名医でも呪法でも、また巧みな看病でも、(いや)すことは出来ない。何故かと云えば、先王は法の如くに善く国を治められ、少しも罪が(いま)さぬのに、私は(よこしま)逆害(さかごと)を加え奉った。ちょうど水の中の魚を陸へ引き上げたような仕業(しわざ)である。私はかつて智者から、()(くち)(こころ)の三業が清らかでないのは、必ず地獄に堕ちるということを聞いたことがある。私は今、それなのだ。どうして安らかに眠ることが出来よう。私には今、法の薬を説いてこの病の(くるしみ)を治してくれる効ある医師がいない」

「そう思われるのは、善いことであります。王よ」

 ジーヴァカが微笑む。

「大王は罪を犯し給うたけれども、いま重い悔いを起こして、大きな慚愧(ざんき)の心を(いだ)いておられます。大王よ、諸々(もろもろ)の御仏(みほとけ)方は常に仰せられました。

『二つの善い(みち)があって人々を救う。一には(ざん)で、二には()である。(ざん)とは自ら再び罪を造らぬようにする心、()とは他人(ひと)をして再び罪を作らしめぬようにする心である。また(ざん)は自ら内心(こころ)に省みて恥じる心、()はその心が(ほか)(あらわ)れて他人(ひと)に対して()ずることである。また(ざん)とは人前を恥じ、()とは神に恥ずる心である。これが慚愧(ざんき)である。この慚愧(ざんき)の心ない人は、人ではない畜生である。慚愧(ざんき)の心があるから、父母師匠を敬う心も起こり、兄弟姉妹の秩序が結ばれるのである』と。

 大王が、今この慚愧(ざんき)を起こされたことは、誠にうれしく思います。大王よ、いま私の重い病を治してくれる医者がいないと仰せられたことは、まったくその通りです。しかし大王よ、よくお考え下さい。大沙門の世尊こそ、世に最も尊ぶべき方であります。よく(さわり)を破ること金剛のような智慧を持ち、人々のすべての(つみ)(とが)を滅ぼして下さいます。きっと仏陀ならば、この大王の重い病をも治して下さりましょう」

 アバヤ王子の宮殿で育ち、人に云われぬ庶子という立場の彼は、幼い頃から人の心の表裏を見てきた。また医師として多くの病者を診て、

(病と死は、どのような富者にも貧者にも平等に訪れる)

 と、感じていた。そのジーヴァカに、ゴータマ・ブッダの教えは得心ゆくものが多く、また他の沙門たちとは違い、医薬を軽んじない態度にも共鳴して、彼は早くから信者(よろこびて)となっていた。 

 そしてジーヴァカは、まず王へ熱さましの薬を飲ませた。するとアジャータシャトル王は、それによってしばしまどろむことが出来た。

 朦朧(もうろう)とした意識の中で、王は声を聞く。

『大王よ、一つの逆罪を作れば、それに相当する罰を受ける。三の罪を作れば三倍になり、五つの逆罪を作れば五倍になる。大王の今までの罪は到底、地獄に堕ちることを免れぬ。されば、一時も早く世尊の御許(みもと)へ赴け。世尊を除いて、(おんみ)を救うて下さる方は他にない』

 雲の中をひとり彷徨(さまよ)うように心もとなかった。それでも、アジャータシャトルは恐れ(おのの)きながら尋ねた。

御身(おんみ)は、どなたであるか」

『私は(おんみ)の父ビンビサーラである。ジーヴァカの勧めに従って、早く世尊の御許(みもと)へ行くがよい。ゆめゆめ(よこ)(しま)な大臣たちの言葉に迷わされてはならぬ』

父君(ちちぎみ)!」

 声の主を捜そうと叫ぶ。

 そのとき、眼が覚めた。

「大王よ、いかがされたか」

 ジーヴァカが(のぞ)き込んでいる。

 王の身体(からだ)中の(かさ)はさらに増し、その臭いことは以前より倍加して、ジーヴァカが(ちらし)(ぐすり)を塗って手当てするのだが、(かさ)は花開いたように割れ、ますます毒の熱を吐いて、少しも軽くなることはなかった。

「ジーヴァカよ、世尊は、はたして私のような大罪を犯した者を見たいと思われるだろうか」

 王が云う。

 ジーヴァカは(かさ)の手当てを続けながら答えた。

「たとえば、七人の子供はみな変わりなく可愛いが、その中の一人が病めば、親の心はとりわけ病む子に引かれます。そのように、仏もまた一切(すべて)の人々を一子(ひとりご)のように平等に(いつく)しみ給うけれども、わけても罪の重いものに眼をかけられます。仏は放逸(なおざり)のものに対して慈悲深く、かえって道に勤め励むことの出来るものには御心(みこころ)をお緩めになる。大王よ、諸々(もろもろ)の仏は人々の氏や(かばね)や、貧しきと富めるとの区別や、その生まれた月日、星宿または彼らの巧みな芸などを()(たま)わずに、ただ善心(よきこころ)のあるものがあれば、愛憐(あわれみ)(おもい)を垂れ給うのです」

 ジーヴァカは数日、王の枕辺から離れず看病をし、治療を行った。その甲斐あってか、アジャータシャトル王の(かさ)は小さくなっていき、熱も引いて、王は半身起き上がれるようになった。

「大王よ、いま竹林精舎に世尊が留まっておられるとのことです。どうか、御教誨(みさとし)を乞われますように」

 ジーヴァカは勧めるが、王は躊躇(ちゅうちょ)して考え込んだ。

「……私は、迷っている」

「何ゆえに」

「ジーヴァカよ、私は(そなた)と一緒に同じ象に乗ろうと思う。さすれば、たとえ私が無間(むげん)地獄(じごく)へ堕ちようとも、(そなた)が押さえて落とさぬであろう。何故ならば、私はかつて道を得た聖者(ひじり)は決して地獄へ堕ちないと聞いている」

 と、王はかすかに笑った。

 用意させた象の車に、アジャータシャトル王が乗り込んだのは夕暮れ近くであった。それが王宮を出た頃には陽は沈み切り、闇の中を、数百の象の車が(たい)(まつ)先頭(さきがけ)として、ゆっくり進んでゆく。そして郊外の竹林精舎へ着いたときには、東の空から満月が昇ってくるところであった。

「ジーヴァカよ……」

 車を降りて林の前に立つと、王は急に恐怖(おののき)を覚えた。

「……(そなた)は私を裏切って敵に渡そうと云うのではあるまいか。何という気味の悪い静けさであろう。千数百人の弟子達がいるというのに、(くさめ)の音もなければ咳一つ聞こえぬとは、何か企みがあるように思われてならない」

 家臣たちが手に持つ松明(たいまつ)の炎が揺れている。その先にある暗闇には、微かな葉ずれの音がするのみで、人の気配はない。ただ木々の間を一匹二匹、小さな獣が目を光らせ、ふり返りながら走り去っていくだけであった。

「大王よ、恐れずお進みなさい。あの林の中の阿屋(あずまや)に光がともされております。そこに世尊がおいでになられます」

 ジーヴァカに励まされ、王は林へ入って世尊に近づき、礼を為した。

 そこで釈迦牟尼世尊はアジャータシャトル王へさまざまな教えを垂れた後、云う。

「大王よ、悔い改めの心のある人には、罪はもはや罪ではない。悔い改めの心のない人には、罪は(とこ)しえにその人を()めるのである。(おんみ)は既に悔い改めの人である。罪は清められ、恐れることは少しもない」

 アジャータシャトル王は、叱責を受けるものと思っていた。激しく非難されても仕方がないと。ディーヴァダッタの言葉に乗せられたとはいえ、母を閉じ込め、父を死なせ、また仏陀を害そうとし、軽はずみに大きな(いくさ)を起こして国と民人(たみびと)を悲惨な目に()わせたのは、他ならぬ自分自身であった。その事実はいくら後悔しても変わりはしない。

(だが私は、世尊の御言葉に救われたように思う……)

 心の奥底から悔いたアジャータシャトル王は神妙な面持ちで、世の(まなこ)であり、道の人ゴータマ・ブッダへ語りかけた。

「世尊、(わたくし)は世の中を見渡しますに、()(らん)という毒樹の実から伊蘭の樹が生え、伊蘭の実から栴檀(せんだん)の樹が生えたのを見たことがありません。しかるにいま私は、初めて伊蘭の実から栴檀の樹が生えたのを見ました。伊蘭の実というのは、(わたくし)のことであります。栴檀の樹というのは、私の心に生えた根のない信心のことです。根のない信心というのは、私は今まで(うやうや)しく仏に仕えたこともなく、御法(みのり)(あつ)(まり)も信じたことがなかったのでありますが、今にわかに信心が生まれましたから根のない信心と申したのです。世尊、もし私にして仏にお()い申すことが出来なかったならば、私は(はか)りない(とき)の間地獄へ堕ちて、限りない(くるしみ)を受けねばなりませんでした。私は現に仏を拝み奉っていますが、願わくは、このあらゆる功徳をもって、未来(ゆくすえ)の人々の煩悩を破りたいと思います」

 今や身も心も清々(すがすが)しく、王の瞳から迷いと怒りは(ぬぐ)い去られていた。

「大王よ、それは善いことである」

 目覚めたる人が笑む。

(あなた)のその功徳をもって人々の煩悩(けがれ)を破り、悪心を除き得ることは、いま私の見透(みとお)している所である」

「世尊、もし(わたくし)が人々の悪心を破ることが出来るならば、私は無間(むげん)地獄(じごく)にあって(はか)りない(とき)の間、人々のために大きな(くるしみ)を受けても苦しいとは思いません」

 アジャータシャトル王は誓い、これはマガダの人々に伝わって多勢が一時(いちどき)に大きな菩提(みちの)(こころ)を起こした。

 そして王は、側に控えていたジーヴァカへ云う。

「私は近いうちに死ぬべき身でありながら死を免れて王の身を得、短い命を捨てて長い命を得た。その上、私のことが(えにし)となって、多くの人々をしてこよない菩提心を(おこ)さしめた。すなわちこれが神の身、長い命、(とこし)えの身、そして諸々(もろもろ)の仏の弟子(おしえご)である」

 このとき世尊はアジャータシャトルを誉めて云った。

「もし一人でも、菩提心を(おこ)すものがあるならば、この人は諸々(もろもろ)の仏の会座(えざ)に集う大衆(ひとびと)を飾るものである。大王よ、今より後、常にこの菩提心を失わないように努めねばならぬ。何故ならば、この菩提心に()って、(はか)られぬほどの多くの罪悪を滅ぼすことが出来るからである」

 王は仏陀(さとりのひと)を恭しく拝んで、その阿屋(あずまや)を出た。そして林の外で待っていた家臣たちへ告げる。

「私はいまより後、世尊とその弟子達に帰依することとなった。(そなた)()今より世尊とその弟子達とを宮殿(みや)に迎え、ディーヴァダッタとその()(から)とを門内へ入れてはならぬ」と。


 この命令はすぐに王宮へ伝わった。けれどもそうとは知らず、ディーヴァダッタがある日、宮門へやってきた。

 ところがいつもと違い、門を守る兵士は王の言葉を伝えて彼を遮り、通さなかった。

「いかなることか。この変わりようは」

 怒りの(こころ)(いだ)いて、ディーヴァダッタがそこに立っていると、ちょうど門内からウッパラヴァンナー[蓮華(れんげ)(しき)]比丘尼が托鉢を終えて出てきた。

(そなた)か!」

 ディーヴァダッタは彼女を見ると一気に怒りを爆発させた。

「汝は私に何の怨みがあって、私をこの門内へ入らせないようにしたのか」

 と、罵りながら(こぶし)を固めて尼の頭を打った。

「なんというなされよう……」

 比丘尼は痛みをこらえ、そのいわれがないことを述べたが、ディーヴァダッタは聞き入れず、ついにその頭を打ちわってしまった。

 ウッパラヴァンナー比丘尼は痛む頭を抱えてよろめきながら精舎(てら)へ帰り、その場に倒れ込んだ。

「いかがされましたか」

 彼女を見つけた尼たちが、驚き悲しみながら手当てしようとする。その人々へ、ウッパラヴァンナーは云った。

姉妹(はらから)よ、人の命は、はかり知れぬ。諸法(もの)みな常なく、煩悩(けがれ)のない(しず)かな所こそ涅槃である。(そなた)(たち)、勤め励んで善き道を修められよ」

 彼女は語り終わって、静かに瞑目(めいもく)した。

 このようにアジャータシャトル王の後見を失ったことで、ディーヴァダッタの悪を憎んでいたラージャグリハの人々は以後、彼とその仲間には食を与えることをせず、招待(まねき)することもしなくなった。そこでディーヴァダッタたちは信徒の家へ押しかけていき、供養を強要した。

「なんと沙門にあるまじき(やから)であろうか」

 マガダの都では悪評が立った。

「我らがこのような仕様になったのは、すべてゴータマのせいである」

 屈辱と怒りで、ディーヴァダッタはそのことしか考えられなくなった。

(ゴータマ・ブッダを殺そう)

 この一心のみで世尊のあとを追い、彼は旅立った。そして仏陀の一行がシュラーヴァスティーの祇園精舎に滞在していると知り、そこへ向かった。(とお)の指の爪に毒を塗り、彼は精舎の林へと入ってゆく。

「ディーヴァダッタが、恐ろしい形相(ぎょうそう)で参っております」

 ディーヴァダッタの姿を見かけた弟子が、すぐに(しら)せた。

「怖れることはない。ディーヴァダッタは今日、私を見ることが出来ぬであろう」

 彼らの師は(おのの)く弟子たちへ語り、何もしないようにと制止したが、人々の動揺は大きかった。

 こうしているうちにも、ディーヴァダッタは精舎に近づいて、弟子等が足を洗う池のほとりへ来て木陰にかくれた。

 ところが世尊の姿を見て飛び掛ろうとしたとき、彼は木の根につまずいて転び、生爪(なまづめ)()がしてしまった。

「おのれゴータマ、死ぬのは(きさま)であったはず!」

 苦しみ悶えながら、ディーヴァダッタが叫ぶ。けれども自らが仕込んだ毒が全身に回って、彼はじきに息絶えた。

()の者の(うら)(ねた)む心の(ほのお)の、なんとすさまじいことか」

 精舎にいる者たちは恐怖のあまり立ちすくんでいた。だが、やがて信者の人々の手によってディーヴァダッタの(むくろ)は葬られた。

 世尊は弟子たちへ語る。

「ディーヴァダッタは地獄へ堕ち、肉を焼かれ身を焦がされ、最悪の苦痛に(さいな)まれている。しかし、その心にわずか一片でも真理の教えが残っているならば、いつの世にか必ず(さとり)を得て、解脱(ときのがれ)を果たすことが出来るであろう。正法は悪なる心の持ち主にさえ働くものである」




  


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ