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迦維羅城の滅亡(6)ー2

 殺戮(さつりく)が始まる。

 城内へ入ったヴィドーダバ王はシャーキャ族の者たちを捕らえ、まず幼児をすべて斬り殺した。

(これで我が恥辱は(そそ)がれたか)

 シャーキャ族の(まつりごと)の中心である公会堂を子供たちの血で染めて、王はかつてのことを想った。

(あとは皆殺しよ)

 ヴィドーダバが薄く笑う。

 彼は若く美しい女のみを(とりこ)とした。そして他の者たちは男女の別なく、老いも若きも穴埋めにし、斬るのも煩わしとその上へ大きな象を踏み渡らせ、殺そうとした。

 そのために先ず王はシャーキャ族の人々に穴を掘らせ、彼らの様子を王宮の高殿(たかどの)から見ていた。そこへシャーキャ族の王、ヴィドーダバの祖父でもあるマハーナーマがやってきた。このときマハーナーマは九十近い(とし)であったが、コーサラ王の前に跪くと、しっかりとした口調で云った。

「王よ、どうか私のたった一つの願いを()れてください」

 何か、とコーサラの王は老人に眼を向けた。

「どのような願いでありますか」

「私が水に入って浮かび上がる間のわずかな時間だけ、この城内の者が自由に城を出て逃げることを許していただきたい。水面(みなも)に出たら、また殺して下さっても致し方ありません」

 ヴィドーダバ王は祖父の願いでもあり、これくらいなら善かろうとそれを許した。

 マハーナーマは喜び勇んで宮殿の池へ入り、潜ると自らの髪の(もとどり)を解いて、水底(みなそこ)にあった樹の根へ結びつけた。死してもなお、体が浮かび上がらぬようにと。

 息はすぐに苦しくなり、薄れていく意識の中でマハーナーマは仏陀となった従弟の声を聞いた。

『……マハーナーマよ、(そなた)の死は悪くない。いつ来ても、(そなた)の死は(わざわい)ではない……』

 互いに若い頃、郊外の園林で会話を交わしたときのことが去来した。そのときの木漏れ陽、心地よい風までも感じる事が出来る……。

 マハーナーマは微笑んだ。

 ごぼりと、最後の息が泡となって水面(みなも)へ上がってゆく。

 そして、差し込む光に身にまとった衣をゆらゆらと藻のように揺らめかせ、彼は世尊の言葉を胸に(いだ)いて事切れたのだった。

 その間、解き放たれたシャーキャ族の者たちは四門から逃れ、葦原に身を隠しながら、また誰何(すいか)を免れながら他国へと走った。

 しかしマハーナーマがあまりにも長く水中にいることを王が怪しみ、兵士の一人に潜らせたところ、彼が既に死んでいることが分かってしまった。

「門を閉じよ!」

 ヴィドーダバ王はすぐさま叫び、城の内外を逃げ惑うシャーキャ族の人々を手当たりしだい殺させた。

祖父(じい)(ぎみ)……」

 マハーナーマの遺体は、池の底から引き上げられた。老王の(おもて)に苦悶の色はなく、穏やかな喜びに満ちていた。

 ヴィドーダバ王はそれを前にして、ぼんやりと(たたず)んだ。こうしている間にも自分の積年の怨みは晴らされ、憎い者たちもこの世から消えようとしている。だが、嬉しさはなかった。

(これが私の為したことの結果か。祖父君は民人(たみびと)の命を一人でも助けようと自らを犠牲にして王としての務めを全うされた。それに対して、コーサラの王となってまず私のしたことは(いくさ)である。……祖父君は、その身をもって抗議されたのか……)

 彼は、自分をいとおしんでくれた人がこれで皆いなくなってしまったのを知った。

 ヴィドーダバ王の心に、初めて後悔の念が湧き起こる。

「もはや……終わりとしよう」

 王は兵士たちに殺戮(さつりく)を止めるよう命じた。そして(とりこ)とした五百人の若い女たちを連れてシュラーヴァスティーへ帰ろうとしたが、親兄弟、夫を殺された女たちは動こうとしなかった。

「シャーキャどもは、まったく私の手を煩わせてくれる!」

 怒った王は女たちの衣を剥ぎ取り、手足を縛って(あな)へ投げ入れ、カピラヴァストウに火をかけてから軍勢と共に去っていった。





 そして鬱屈(うっくつ)とした気持ちのままコーサラの都へ近づいたとき、ヴィドーダバ王はたえなる(がく)()を耳にした。

「あれは誰ぞ」

 大王らしく象の背に乗って城内に入って行きながら、彼は周囲の者たちへ尋ねた。

「……ジュータ王子さまが打ち沈んだお心を慰めるため、女たちに(がく)を奏でさせておられるのです」

異母()()が……」

 ヴィドーダバ王はそれを聞くとすぐに単身、宮殿の奥にあるジュータ王子の(やしき)へ向かい、行く手を阻んだ門衛を斬り捨て兄の(へや)へ入った。

「兄君……」

 扉を開けると、女たちが悲鳴を上げて逃げ散った。その後にはただ一人若い妓女が残り、ジュータ王子へ寄り添うかのように坐っている。

「……何故、兄君は我等の遠征を助けないで妓女と戯れているのですか」

 弟王の問いにジュータ王子はすぐには答えず、自ら弦を爪弾いていた。先に父と死に別れ、今また弟がカピラヴァストウを討ったと聞いて哀しみも極まり、わずかに(うたごと)のみに慰めを見い出していたのだった。そして、祇園精舎をスダッタ長者と共に建立した頃には紅顔の少年であったその人も、年月を重ねるうち髪には霜を置くようになっていた。

「……私はものの生命(いのち)を取ることが、嫌いなのである」

 その言葉を聞いたとたん、ヴィドーダバ王の頭に血が上った。

「臆病者が!」

 と、叫ぶと同時に彼は父親ほど年の離れた異腹の兄を、一刀のもとに斬り捨てた。

「無道なことを!」

 妓女が立ち上がり、恐れ気もなくヴィドーダバを睨みつける。

「何が、無道か」

 彼は妓女の方へ向き直った。

(おそ)れを知りませぬか。偉大なる父王を放逐し、今また罪なき兄君を殺害して」

 女の非難に対して、ヴィドーダバは笑った。

「悪行を為せば、地獄へ堕ちると? 兄は愚かであった。徳ある王子よと人に称えられ、虚しく太子(よつぎ)のまま歳を重ねた。王位とは、古来より奪い取るもの、そして潰される前に目ざわりなものは叩くのだ」

 彼は剣を振り上げる。

「女、忠実なる者よ。心優しい兄君の供をせよ」

 と、顔色も変えずにヴィドーダバは妓女をも斬り殺す。

「……善なるものであっても、力無くては滅びる。これが世の常よ」

 彼は(むくろ)に向かって云った。



 


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