迦維羅城の滅亡(5)
ところがパセーナディ王が師に正しい信心を申し述べている間、将軍のディーガは五つの王章を取って家臣たちを引き連れ、シュラーヴァスティーへ去ってしまった。王が精舎の外へ出てみると、そこには一頭の老いた馬と一人の侍女しか残っていなかった。
「おのれ、ディーガめ!」
王は悔しがったが、章がなくてはその立場を認められず、都にも戻れない。
マッリカー夫人亡き後、良き相談者を失った王はたびたび判断を誤ることがあった。剛く直くして民の信頼を得ていたバンドラという将軍を、讒言を真に受けて欺き、子供たちと共に殺してしまったことがあった。のちにパセーナディ王は大いに悔いて楽しまず、彼の甥ディーガを取り立て将軍と為し、せめてもの慰めとしていた。けれどもディーガは怨みを忘れず、復讐の機会をうかがっていた。
「女婿どのを頼るとしよう……」
パセーナディ王はため息をつき、そう決心すると、マガダ国を目指して南へ下っていった。
しかし壮年の頃と違って老いた身に長旅はつらい。ましてや王として侍臣を従えての安楽な旅路ではなく、食料すら持たない一介の老人として痩せ馬の背に揺られていったために、王は途中で病を得、熱を出してしまった。けれどもその体を引きずるようにして歩みを進め、やっとのことでマガダの都ラージャグリハへたどり着いた。
そのときには日も暮れ、生憎なことに都の大門は閉ざされたばかりであった。
「なんと、ここまで来て……」
マガダまで、その都にさえ着けばと、ただひたすら思い続けて病の身に無理を重ね、幾日も歩んできた老王であったが、固く閉ざされた門を目の前にして気が挫けてしまい、体中から力が抜けていくのを感じた。
「大王さま、門は朝になれば開かれます。今はお身体をおいとい下されませ」
と、王に従ってきた忠実な侍女が、大門の近くにある小屋へ主を導いた。
それは公室という旅人がこのようなときに夜露をしのぐことが出来る建物であった。
パセーナディ王は馬を降りて中へ入り、床へ横になった。
夜半から風が強くなり、木々の枝を鳴らして吹き過ぎてゆく。老王は寒さと熱で全身を震わせた。
「ああ、大王さま……大王さま、おいたわしい……」
侍女が泣きながらパセーナディ王の体をさすった。
そして東の空が白み始め、夜が明ける。一晩中吹き続けた冷たく侘しい風も止み、清らかな朝の大気を肺腑に満たした門番が、いつも通りの時刻に都の門を開けた。
ところが、女のかぼそいすすり泣きが聞こえる。
「何事か」
門番は小屋を覗いた。そこには埃に汚れてはいたが立派な身なりをした大柄な老人が横たわり、それに取りすがって女が泣いていた。
「身内か主人が病にでもなったのか」
門番の問いに、女は頭を振った。老王は既に冷たくなっていた。
侍女から話を聞いた門番は驚いて王宮へ走り、アジャータシャトル王へ事の次第を告げた。
「パセーナディ王が亡くなられたというのか?」
マガダの王はこれを聞くと目を閉じ、嘆息した。
「……あれほどの方が、なんと痛ましい最期であることか」
そしてアジャータシャトル王は、この因縁浅からぬコーサラの王へ敬意を示し、盛大な葬儀を行って送ったのであった。




