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スノーフレークに憧れて  作者: もちっぱち
9/14

第9章

 

 窓から日差しが差し込んだ。


 閉めたはずのカーテンは

 少し開いていた。


 顔から体にまっすぐ線を引いたように眩しかった。


 手で顔を隠した。


 手のひらまで暑い。


 今朝はタイマーをつけていたエアコンは切れていた。


 じわじわムシムシと汗が出てくる。


 シャツで仰いで風を送る。



 ベッドの枕元に置いていたスマホを拾い上げて、ラインを確認した。


 朝になっても既読になってない。


 この調子が1週間も経つ。


 自分ばかりが焦ってるのか。


 求めすぎなのか。


 メッセージのやり取りを

 途中までやって最後に送るのは

 いつも龍弥の方で、

 待てど暮らせど

 既読にならない。


 菜穂はただ単に寝落ち

 になっているだけ


 それを受け入れがたいらしく

 いつも朝にあって

 読む読まないで

 喧嘩になって

 同じ会話。


 最後の言葉は何かって

 『好き』で終わるから


 今までずっとめんどくさがって

 ラインしなかったくせに

 付き合うになった途端

 龍弥は、熱の上げ方が変わる。


 菜穂は恥ずかしすぎて

 逆に返事できず

 寝落ちしたとごまかしていた。



 どっちが女子で男子なのか。


 女々しくなっている。


 不安で仕方ない。


 いつ嫌になるかとか

 

 まゆみみたいに別れようとか

 はっきり言われるのか

 

 変に心配する。



「なぁ!! 話の途中だから。」


 登校してすぐの昇降口で

 龍弥に会う菜穂。


 ラインをまた見てなかったのかで

 第一声で喧嘩する。


 靴箱の扉をバシッと閉める。


「だから! 何回も言ってんじゃん。

 眠かったの。」



「だったら、

 朝起きてすぐに返事よこしてよ。」



「いいじゃん。

 どうせ、学校で会うんだし。」



「ラインと学校は違うだろ?!」



「……。」



 何だか返事をするのも

 面倒になった菜穂は無視をした。



「無視すんなよ!!」



「はいはいはい。

 朝から痴話喧嘩っすか~。」


 石田が後ろから声をかける。


「あぁ!!だからどうした。」


 なぜか石田にもキレる龍弥。


「まぁまぁ、落ち着けって。

 お前にいいことを

 教えてやるからさ。」



 石田は龍弥の肩に腕を回した。



「今日の昼休み、

 お前が前に興味持ってたマニキュアを持ってきたんだぞっと。

 ほら、姉ちゃんから余っているのを

 もらってきたから

 塗ってみたらいいさ。」



「お? それは良い話だ。

 何の色あるの?」



 イライラを解消できたらしく、

 それを見た菜穂はため息をついて

 先に教室に向かった。



 龍弥は石田が持ってきたマニキュアが入ったポーチから好きな色を見ていた。


 中には銀河系をイメージできる青とキラキラのラメが入っていたものやクリア色、ゴールド、シルバーなど興味惹かれるものばかりあった。



「これいいなぁ。」



「だろ? 今だけだぞ。

 爪とかいじれるの。

 お前、

 おしゃれできなくなるもんな。」



「え?なんで?」



「黒に染めるんだろ?」



「え?だからなんで?」



「だって、サッカー部に入るって

 話じゃないの?」



「ん?」



「え?」



「ん?それどこ情報?」



「お前の彼女が木村に

 何か言ってるの聞いちゃったから。」



「な!? あいつ勝手に

 話進めようとしてる??」



「それは知らないけど。

 本人に聞いてみればいいじゃん。」


 関係ないのになぜか石田は

 龍弥に胸ぐらをつかまれた。

 冷静に戻って手をそっと外した。




 教室に行くと、菜穂はまゆみと話をしていた。



「文化祭の話なんだけどさ。

 菜穂、カフェ店員やる?

 ぬいぐるみ着る?

 何がいい?」



「えー、なんかどれもやだな。

 他にはないの?」


「ポスター作りとか、かなぁ。

 てか、メインは石田と龍弥くんの

 女装店員なんだけどさ。

 あの2人男のくせに肌白いから

 いじりがいありそうだよね。」


「んじゃ、やっぱり、

 ぬいぐるみがいいかな。」


 菜穂は、なるべく龍弥と接点の

 なさそうなものを選んだ。



「暑いけど大丈夫?

 まぁ、顔は見られないけど。」



「目立つより良いかな。」



「ちょっと勝手に女装とか

 決めんなよ。」


 龍弥は席に座って話に入り込む。



「これは絶対条件だよ。

 このクラスの売り上げに

 かかってるの。

 石田からなんか言われなかった。」



「あ!龍弥、言うの忘れてた。

 さっき言ってたマニキュアあげるから

 一緒に女装しよう??」


 石田に誘われたというより物で

 釣られている。



「乗った!!」


 欲に負ける。


 早かった。

 

 菜穂はガクッと体を倒した。


「乗るんかい?!」



「あれは欲しいから。

 やってみたいし。」



「本当は

 女装するの嫌じゃ

 なかったりして…。」 


 菜穂は龍弥に探りを入れてみるが、

 まんざらでもない様子。


 どんな女装にするか

 石田と

 スマホで確認して

 盛り上がっていた。


 そりゃぁそうだ。

 カツラまでかぶって

 自分じゃない誰かに

 変装するのには

 慣れている。



(私のことはどうでもいいのか。

 話、全然聞いてないし。)



 構われると嫌になるが

 放っておかれると

 何だか寂しくなる菜穂。



「菜穂、さっきなんか言った??」



 思い出したように声かける。



「にゃんでもない。」



「きも。」


 

 菜穂は、猫の真似して答えたが、

 龍弥は、顔を青くして引いた。


「ひど。」


 泣きそうになる。


「嘘だよ。可愛い可愛い!!」


 ごまかすように頭を撫でる。


 いや絶対、今のは本気だ。




「そろそろ良いですか?」



「はっ!?」



「授業中にいちゃつくのは

 やめてもらえますか?」



 数学の岸谷先生がかけていたメガネを

かけ直した。



「すいません!!」


 時系列を把握できてなかった2人。

ホームルームだと思っていたが、

すでに数学になっていたようだ。



 クラスメイトの全員に

 目撃されている。



 どっと笑いが起こる。



 菜穂と龍弥が交際してると宣言した  

 このクラスは

 何だか和やかになってきた。


 笑いを作る2人のようだ。



***



昼休み、

菜穂は大好きなメロンパンとアロエジュースを堪能していた。


「菜穂、今日、弁当じゃないの?」



「うん。お母さん、具合悪いからって買ってって言われたから。」



「自分で作ればいいだろ。」



「……。」



 ギロリと目で睨む。



「え?何か悪いこと言った?」




「それができたら苦労しないよ。

 台所に勝手に入るなって

 怒られるんだから。

 冷蔵庫の中身も減らすなとか。

 母は冷蔵庫の中身を

 全部把握するタイプの人だから。」



「ふへぇ~。そうでしたか。」


 

「龍弥はおばあちゃん、 

 毎日詰めてくれるんでしょう。

 美味しそうだよね。

 いつも違うメニュー考えてて

 凄いわ。

 ウチの母はほぼ梅干しの日の丸

 弁当率が多いから。」


 ジーと弁当の中身を見る。


「食う?」


 アスパラベーコン巻きを箸で摘んで

 菜穂の口に運んだ。



「うまっ!」



「うわ、今、平然とあーんとか

 してるし、

 お暑いね。

 お二人さん。」



「見るな!!」



「って遅いよ。」



「確かに。

 そういや、石田見て

 思い出した。

 サッカー部のこと

 木村に何を話したんだよ。」




「え、何って、

 龍弥やりたがってるって

 言うんだけどって…。」



「何、勝手に言ってんだよ。

 頼んでないって。」



「サッカー部マネージャーは

 募集してないの?って聞いたの。

 話を最後まで聞きなよ。」




「……マネージャー?」



「うん。」



「誰?俺がマネージャーするの?」



「違うよ。私が。」



「なんで?木村いるから?」



「なんで木村くん出てくるのよ。

 あんたがサッカーするなら

 私がマネージャーするって

 言ってんでしょうが。」



「え~?お前が? 

 サッカー部のマネージャーの花が

 薄くなくなるんじゃね?

 ご迷惑じゃねえの?」



 頬にグーパンチする菜穂。


「うわ、めっちゃ入ってる。

 菜穂ちゃん、ボクサーの素質ある?」


 石田はかわいそうにと龍弥を慰める。



「そういうなら

 もう知らない。

 勝手にどうぞ。

 考えた私がばかだったわ。」



「おい、どこ行くんだよ。」



 教室をイライラしながら出ていく。

 慌てて着いていく。



「ついてこないで!!」



「別にいいだろ。」



「バカじゃないの。

 ここ女子トイレだっつーの。」


 バチんと扉を閉めて、個室に入った。


 1人で必死に頑張って 

 龍弥のためにと考えたのに

 冗談でも

 言ってほしくなかった。


 恥ずかしい思いで木村にマネージャーのことを聞いたのに、それを知らない龍弥。



 とある休み時間、

 菜穂は木村に話しかけた。


「え、

 サッカー部マネージャー? 

 そうだね。

 確かに人員不足ではあるよ。

 女子マネージャーが3年生の

 1人しかいないから

 1年で入ってもらえるのは

 助かるかも? 

 何、奈緒ちゃん、

 マネージャー志望?」



「今すぐではないんだけど

 いずれ……。」



「ん? なんで?」



「あー…えっと…。」



「あ~。わかった。白狼くんね。

 熊谷先生から聞いてたよ。

 交渉中って話。

 俺がどうしても

 生徒会に参加するときに

 戦力メンバーが足りないって話でさ。

 白狼くんと同じ中学の子から

 すごいサッカー上手いよって

 言う流れで入ってもらえると

 嬉しいって…。

 でも、菜穂ちゃんも関係するって

 こと?」



「実はみんなには内緒なんだけど、

 あいつと一緒のフットサルクラブに

 行ってて、

 一緒にそれをやりたいから

 サッカー部には入りたくないって

 駄々こねてたから、

 マネージャーとして入れば

 サッカー部行くかなと思ってて…。

 でも活動ってハードかな。」



「……愛だね、菜穂ちゃん。

 優しいなぁ。」



「ごめん、言わないで。」


 恥ずかしくなって赤くなる。




「ごめんごめん。ついね。

 確かに

 マネージャーの仕事は部活ある

 平日5日と試合があれば土日もだし。

 今、写真部でしょう。

 週に1回が急に5日とかなると

 大変っちゃ大変だよね。

 どう?できそう?」



「…うーん。

 やってみないとわからない。

 そのフットサルも週に3回

 行ってるんだ。

 龍弥、アルバイトも土日と

 平日合わせて週3日行ってるって

 言ってたからあいつは

 体力は大丈夫そうだけど、

 問題は私の方かな。

 できるかな。」


木村は頬杖をついてニコニコしながら話を聞く。


「へぇ~。よく知ってるんだね。

 何だか泣けてきた。」


「な、なんで?」



「そこまで

 好かれているのに嫉妬しちゃう。

 元彼ではないけど

 元好きな人ですから。」



「あ~……ごめんね。」



「いいの。

 俺の魅力が弱かったせいだから。」



「……。マネージャーの件、

 もう少し考えてみるね。

 本人もサッカーしたがっているのは

 確かなんだけど。

 私が行動すればなのかは

 わからないから。」



「俺が思うに、

 白狼くんは菜穂ちゃんが行くって

 言ったら  

 着いてくると思うよ。

 フットサルで一緒にやるの

 楽しんでるでしょう。」



「う、うん。それはある。

 聞いてみてからまた報告するね。

 ありがとう。」



 話を終えると

 自分の席に戻っていく。



(菜穂ちゃんは、

 白狼くんのこととなると

 ずいぶん熱が入るんだなぁ。

 なんでそんなに…。羨ましい…。)



 木村は菜穂の姿を追うと、

 龍弥が菜穂の後ろにまわって

 膝カックンして

 遊んでいるのを

 じゃれあってるんなぁと

 うらやましそうに見つめた。



 龍弥に菜穂もいじられて

 嬉しいそうに怒っている。



 普通はいじられたら

 喜びはしないのに。



 菜穂はその分仕返しに、

 背中からくすぐっている。


 龍弥は本気で怒っている。

 イジるが、イジられるのは嫌らしい。


 喧嘩していると思ったら、

 石田に呼ばれて

 ネイル講座のように

 マニキュア塗りが始まった。

 龍弥の他に菜穂やまゆみも

 参加していた。


 初めて塗る龍弥は雑になったことを悔やんだ。

 除光液を塗っては

 塗り直してを

 繰り返して

 写真撮影会が始まる。


 手を顔で覆ってモデルのように

 立ってみたり

 石田と龍弥の背中合わせで

 かっこつけて見せた。


 文化祭の予行練習のようだ。


 楽しく盛り上がっている姿を見て、

 クラスメイトたちも

 混ざってきた。


 マニキュアの争奪戦が始まる。



 ゴタゴタがたがたと机が乱雑になる。




 菜穂と龍弥は教室を抜け出して、

 中庭にあと少しの昼休みの時間

 つぶしに行った。


「みんなの興味が石田に

 集まって行ったな。

 珍しいな。

 あんなに嫌がれてたのに。」



「うん。

 でも、それは龍弥も同じじゃん。

 見えない壁作って

 人寄せ付けないようにして。


 今は全然違うけど。」



「まぁ…。」




「なんで、変わったの?

 ん、変われたの?が正しいかな。」




「……さーてね。なんでしょうかね。」



 2人ともベンチに腰掛けた。



「柔らかくなったよね。表情も。」


 

 右頬をブシっと人差し指で

 差してみた。



「指さすなって。」



 右手で菜穂の指をつかんだ。




「理由があるとしたら、

 菜穂がいたからじゃないのかな。

 素の自分を出せるフットサル場に

 菜穂のお父さんが行ってたことが

 きっかけでね。

 それがなかったら

 見ず知らずのクラスメイトだな。」



「お父さんがあそこに行ってた理由が

 あまり許せないことだったけどね。」



「別にいいじゃん。

 理由探しなんてしなくても

 菜穂がいて

 俺がここにいるんだから。

 そういやさ、

 まともなデートってしたこと

 なくね?」



「え、したじゃん。

 この間、オムライス…

 あ、あれ、結局、龍弥

 食べてないよね。」



「あれは、まだ付き合ってないじゃん。

 ただ腹減ったから食べに行こうって

 なっただけで…。」



「んじゃ、なんか考えてよ。」



「もうすぐ夏休みっしょ。

 お祭り行こうよ。

 花火大会と露店巡り。

 実は、下野さんに誘われてて

 それを言いたかった。」



「なんかさ、最近思うんだけど

 私、性別違うんじゃないかって

 考えちゃう。

 龍弥が女子っぽいんだけど。」


「俺は男子だし。何をどこ見てんの?

 ほら、胸無いし、筋肉あるっしょ?」


「そう言うことじゃなくて……。

 デートを考えるとか

 ライン交換の頻度とか

 既読とか既読スルーとか考えるの

 めんどい。

 ごめん、はっきり言って

 私まめにする方じゃない。

 むしろ付き合う前のペースの方が

 楽だった。」




「え~~~。そういうこと言う?」



「うん。」




「わかったよ。

 スルーしても良いからさ、

 送ってもいいよね?

 スタンプとか。」



「…そういうところが女子っぽいよ。」



「むむむ、良いじゃん。べつに。

 送りたいから送ってるんだって。

 菜穂は菜穂のペースで良いから

 返事ちょうだいよ。」



「……善処します。」



「政治家か?!」



 お互いに熱の入り方が違う。

 龍弥はとにかくライン交換が多い。

 

 菜穂は少なくてもいいから

 要点だけほしい。でも放置は嫌。


 どちらも電話はしたい。


 けど、電話をする時間が取れない。


 学校にいるときも昼休みは必ず一緒。


 帰りはずっと自宅まで送られる。


 付き合う前より

 一緒にいる時間が長い。


 喧嘩は前よりは減ったが

 フットサルにいる時は

 相変わらず試合があるために

 喧嘩も激しい。


 その分、

 学校とフットサルにいるときの

 龍弥は境界が無くなるくらいに

 自然と過ごせるようになった。


 

 そして、

 誰にどう言われたわけじゃないが、

 龍弥の様子が徐々に変わっていくの

 がわかった。




 「え?!」


 夏休み前の最後の登校日

 菜穂は教室に入ってきた龍弥に

 目を丸くした。









「え!? 誰?」



 菜穂の隣の席に普通に座るのは、真っ黒に髪を染めて、ピアスというピアスを透明な目立たないクリアピアスに変えた龍弥がそこにいた。  



 銀色の髪に慣れていたため、

 一瞬、本当に誰かわからなかった。



 オタク気質の杉本に雰囲気が

 似ている。



「俺はオタクじゃない。」



 通りかがった杉本が言う。



 それはわかっていたが、

 龍弥の顔をマジマジと

 くるくる周って見ていた。



「そんなジロジロ見るんじゃねえよ。

 絶滅危惧種の動物か!?」



「どんな風の吹き回し? 

 明日から夏休みだって言うのに

 逆にハッチャける時でしょう。

 なんで、今?」



 菜穂は、不思議で仕方なかった。



「今日、式あるだろ?

 校長先生の話とか、するっしょ。」



「それが理由?」




「あと、寝ている間に

 夢の中で墨汁が空から

 降ってきたかな……。」



「墨で髪を真っ黒に

 染められるわけないでしょう。

 その冗談おもしろくなーい。」



「はいはい。そうですね。

 つまんないやつだな。

 話に乗っかれよ。」

 


「……。」


 

 真面目な話をしてくれない菜穂は

 不機嫌になり、無表情になった。



「わかったよ。

 夏休み早々、

 試合があるんだってよ。」



「え?なんの?」



「だから、サッカーの。」



「え?」



「木村と熊谷先生から言われて、

 懇願された。」



「急すぎない?」



「辞めたんだって。

 部員が1人欠けて、

 人数が足りなくなって

 試合に出られないかもって

 言うことになったらしくて…。

 試合登録してたのに、

 出られないって言うのは

 かわいそうすぎると思ったから。」



「へぇーーー。そうなんだ。

 よくOKしたもんだね。」



 ニコニコしながら、

 菜穂は頬杖をつく。



「その欠けた人って

 なんで出られなくなったの?」



「サッカーが好きな奴だった

 みたいんだけど、

 白血病になったんだって。

 今、入院中みたい。」



「そっか。大変だね。

 その子の分まで頑張らないとだね。

 でも、良くそのブリーチした髪を

 黒に染めようと思ったよね。

 嫌じゃなかったの?」



「さすがにカツラしながら

 サッカーはしたくないよ。

 汗の量が半端ないもん。

 フットサルより走る距離

 長いんだぞ。」



「分かるよ。コートが広いもんね。」



「菜穂もだぞ。」



「は?」



「木村に言ってたから。」



「な? 勝手に言わないでよ。

 まだ決めてないから。」



「どっちが。

 先に勝手に話を進めたのは

 そっちだろ。

 良いじゃん、俺も一緒なら。」




「むしろ、壮大に不安しかないわ。」




「それ、どういう意味?」



「フットサルどうするんのよ。

 みんな待ってるんじゃん。

 いつも。」



 完全の龍弥の話をスルーをする菜穂。



「んー、フットサルは

 今日の夜行って、最後かな。

 明日からサッカー部の

 練習に参加しないと

 サッカー部の

 メンバーの人間関係を

 作り上げるのにさすがに

 いきなり行ってすぐには

 無理だから…。」



「……そんなん考えてるの?」



「いや、基本、

 サッカーはチームワークだから

 分かるだろ。

 フットサルやってて気づきませんか?

 俺の立ち位置…。」



「あぁ。はいはい。そうですね。

 私のことは置き去りで

 他の人のところに

 良く行きますよね…。

 最近は特に…。」



「何、それ。妬いてるの?」



「……なんでもないです。

 聞かなかったことに

 してください。」


 両耳を塞ぐ菜穂。



「なになに、ちょっと龍弥くん、

 髪、黒いんだけど!!

 マジどったの?」



 まゆみが興味津々でやってきた。

 菜穂はもう会話に入るのも面倒に

 なった。


 龍弥も何かとまゆみに関わると

 ろくなことがないと

 思っていたため、

 さらりと交わした。



「夏だから、ほら、気分転換ね。」



「そんな、気分転換で染める

 感じしないけど…。」



 交わしきれない龍弥は結局、

 まゆみにも真実を説明する。



「そうだったんだ。 

 黒も全然似合ってるよ。

 まさに優等生みたい。」


 そんな話をしていると

 ホームルームが始まった。


 今日の午後には、補習があるらしく

 テストで赤点を取ったものは

 この教室で解き直しらしい。


 見事に補習を受けることになった者は、直々に先生からプリントを

 配布される。


 そのまさかの学年1位だった龍弥が

 選ばれていた。


「嘘だろ。おいおい。

 龍弥、髪黒して、テストも赤点って

 普通、逆だろ?」

 

 石田は少し嬉しそうに言う。


「一生の不覚だわ…

 問題は全部分かっていたんだよ。

 あのテスト、悔しいのは大学の入試を  

 真似てマークシートみたいに

 アルファベットで答えるやつだろ?   

 解く順番が

 1行ズレてただけなんだよ!!

 本当は答えあってたのに!!

 ちくしょう!!

 まさかの赤点…。」



 数学の岸谷先生はニヤリとメガネを

 掛け直した。

 マークシートのような解き方を

 提案した張本人だ。

 龍弥のような凡ミスをする生徒を

 陥れたかったようだ。



「大丈夫!!龍弥、私もだから。

 しかも2教科。数学と英語。」


 菜穂はペラペラと

 補習プリントの紙を見せた。


「大丈夫だ。俺は全教科だ。」



「菜穂にアドバイス言われても…。

 俺は数学だけだって。

 中身全部知ってるのに

 赤点って最悪だ。」



「まぁ、猿も木から落ちるって

 ことだよね。」




「国語は得意っぽいね。」




「そこは任せて!!」



「俺は無視かよ・・・。」



 石田は完全にスルーされている。


 


 ***



 無事、補習授業を受けて、これからサッカー部への転部手続きに職員室へ行こうとした。机にあったバックを肩にかけた。



「菜穂、俺、今日サッカー部に

 顔出しに行かなきゃないんだけど、

 お前はどうすんの?」



「え、マネージャーの仕事の話、

 まだやってないけど、

 急に言って良いもんなの?

 てか部活って何時まで?

 フットサルに間に合う?

 20時からでしょう。」



「用事あるって抜けてくれば、

 良いでしょう。

 俺は部員だから無理だけど、

 マネージャーなら融通効くん

 じゃないの?」



「えー。私、

 まだ心の準備できてないん

 ですけど…。」



「良いから、行くよ。ほら。」



「やだー。無理ー。

 私、龍弥みたいに初めて会う人と

 ペラペラ話せないんだから。

 人見知り激しいんだよ?」



「あれは、

 俺じゃない俺が話してるの。」



「は? 意味わからない。

 そんなのできないもん。」


 龍弥は菜穂の首根っこをつかんで

 猫のように誘導した。



「良いから、なんとかなるから。 

 木村がそれとなくもう、メンバーに

 話してるって言ってたぞ。」



「えーーーーー。尚更、やだ。

 木村くんなんて嫌いだよおーーー。」



 ズルズル引きずられながら、

 結局、サッカー部の練習に

 お邪魔させてもらうことになった。


 サッカーコートでは走り込みを始めていた。キャプテンの3年福田勇気(ふくだゆうき)がみんなに声をかけた。



「集合!!!」



 顧問の熊谷先生と外部コーチの里島(さとじま)を中央にして、脇に龍弥と菜穂が並ぶことになった。



「お願いします。」


 整列し、お辞儀とともに挨拶する。


「中途入部にはなるが、入院している

池崎(いけざき)の代わりに急遽入ってもらった、白狼、自己紹介をしてくれ。」


「1年の白狼 龍弥です。

 中学の時にサッカー部では

 センターフォワードを担当して

 いました。

 途中入部ですいませんが、

 よろしくお願いします。」


「あと、

 マネージャーもしてくれるって

 ことで、雪田、自己紹介して。」



「はい。1年の雪田菜穂です。

 サッカーについては初心者で

 全然わかりませんが、

 サポート役で頑張ります。

 よろしくお願いします。」




「以上、2名が新しく、

 サッカー部に入りました。

 みんな、

 人数もどうにか揃ったわけだから、

 サッカー経験者が入ってくれて

 かなり即戦力になると思う。

 気合い入れて、

 来週の練習試合に挑むぞ!!」



「はい!!」



 部員全員が大きな声で返事をした。

 統一感がある。

 龍弥と菜穂は、フットサルとは違う

 空気感に圧倒された。



「菜穂ちゃん、さっきそれぞれの紹介はなかったんだけど、3年の庄司恭子(しょうじきょうこ)先輩。同じマネージャーだよ。」


 木村が、庄司先輩を連れて、菜穂の前にやってきた。


「はじめまして、庄司恭子です。

 菜穂ちゃんだよね。

 木村くんからちょこちょこ話は

 聞いてたよ。白狼くんの彼女…?」



「あ、あ…。雪田菜穂です。

 え、まぁ、そうなんですけど、

 あまり大きな声では言いたくない

 って言うか。」



「菜穂ちゃん、今更だよ。

 サッカー部みんな知ってるよ。

 白狼くんは

 校内で有名人のようだから、

 俺から言わなくても

 下校中の2人を何度も

 目撃されてるって。」




「そうでしたか…。

 それなら仕方ないですね。

 色々教えていただけると

 嬉しいです。

 よろしくお願いします。」



「もちろん。私の代わりをできるように

 してもらうつもりだよ。」



「え?!」



「私、3年だから。秋には引退だし。

 それまでしごくからね。

 菜穂ちゃん、よろしくね。」



「は、はぁ。はーい。」


 苦笑いをして、返事をした。

 庄司は腕まくりをして

 気合いを入れる。



「龍弥~、久しぶりだな。

 待ってたんだぞ。

 てか、髪、真っ黒だな。

 マジ、中学以来じゃん。」


 中学が一緒の大友が声をかけてきた。


「お、おう。久しぶり。

 大友もサッカー長いよな。

 調子どう?」



「まずまずな。

 入院してるってやつ、

 池崎って言うんだけど、

 そいつ結構チームの柱みたいに

 なってて

 今回試合に出れないことが

 かなりの痛手でさぁ。

 まぁ、龍弥は池崎と

 同じポジションでもあったし、

 ちょうどいいって熊谷先生も

 言ってたのさ。

 サッカー離れしてたみたいだけど、

 体力大丈夫なわけ?」



「まぁ、平日の夜に週3回くらい

 フットサル通ってて、

 ボールには慣らしてたけど

 スタミナは前より落ちたかも

 しんない。

 走り込みはやらないからさ。」



「あー、フットサルか。

 あれは、距離が短い分、

 ボール回しも早いだろ。

 バスケットみたいな感じだもんな。

 サッカーコートより狭いし、

 短距離走だもんな。」


 大友と龍弥は、コートでお互いの筋肉のストレッチをしながら話していた。


 開脚をして、押してみると前よりも硬くなっていることに気づく。


「これはやばいな。もっと柔らかくしておかないと。」



 菜穂の方はというと、白い屋根のテントの下でスポーツドリンクの作り方を教わっていた。


「菜穂ちゃん。いいかな。この粉末に対して水がこの辺まで入るから。ぴっちり入れてね。」


「はい!わかりました。あと、これは応急処置セットですよね。」


「そうそう、

 マネージャーって雑用が

 多いんだけどさ。

 結構重要って感じだよ。

 スコアブックに得点と

 誰が入れたかとか

 名前書くところあるから。

 まずは選手の名前、背番号を

 覚えるところから始まるかな。

 まぁ、得点入れるのは

 基本FWだから覚えやすいかな。

 白狼くんと木村くんだし、

 2年、3年のメンバーは

 まだ覚えてないもんね。

 意外と弱小なのよ。

 優しすぎる先輩達が多いから

 熱が足りなくて…。

 その代わり、木村くんと

 今いないけど、池崎くんが

 このサッカー部を

 盛り上げてくれていたんだよね。

 白狼くん来てくれて本当助かるよ。

 大友くんから聞いてたけど、

 結構ムードメーカーらしいよね。」




「ごめんなさい。

 それ、中学の話だと思います。

 高校になってからはいろいろあって

 性格歪んでますよ、あの人。

 でもTPOが変われば

 頑張って盛り上げるのかな。」



「さすが、彼女だけあるね。

 詳しく知ってるんじゃない。

 菜穂ちゃんいないと

 だめなんだね、きっと。

 白狼くんって。」



「そんな、まさか…。」



「性格が違うとか、ただの友達では

 わからないでしょう。

 白狼くんの良く見てるってこと

 でしょう。

 頼もしい!

 これからもサポート頼むよ。」


「はぁ…。」



 本当にこれでよかったのかと

 心配になる菜穂。

 想像していたより重労働ではなかったことにホッとした。

 恭子先輩も気さくで

 話しやすい人だった。


 木村が少し情報を流していたおかげで

 会話もスムーズにできた。

 恥ずかしいさは消えなかった。


 龍弥は、ストレッチや、

 ボールの蹴り合い練習に

 軽く参加した。

 

 横目でちらりと

 菜穂が恭子先輩と話しているのを

 しっかりと確認して

 近くにいることを確認できた。



 今日の部活は初日ということもあり、

 途中で帰っていいぞと熊谷先生の

 配慮のもと、18時あがりで

 終わらせた。


 お先にしますと声をかけて、

 菜穂の後ろを着いていく。



「どうだった?」


 龍弥は息があがる。


「うん。思ってたより

 できそうな内容だった。」



 恭子先輩に教わった

 マネージャーの仕事内容のメモを

 確認した。



「なら、良かった。」



 外はもうつるべ落としに

 真っ暗になっていた。



「てか、そんなに息上がって、

 これからフットサル行けるの?」



「んんー。

 ハードに動けないから

 キーパーしようかな。」




「無理してんじゃないの?」




「でも、最後だし、

 顔出さないと次みんなに

 会えるのいつになるか

 わからないし。」



「まぁ、確かに。

 そしたら、私の送りしなくても

 いいから。まっすぐ帰りなよ。」



「菜穂が危ないじゃん。

 いいよ、

 別にそれは苦じゃないから。」



「良いから。早めに帰ってから

 あと行けばいいでしょう。」



「おい、背中押すなよ。

 こんな真っ暗な中、

 1人で帰るの危ないって。」



「私は平気だよ。

 防犯ブザーあるもの。」


「あ、ああ。そっか。

 んじゃ、またあとで。」


 龍弥はなんであの時、振り切って

 きちんと送らなかったんだろうと

 思った。



 菜穂が言ったからって

 それは譲っちゃいけなかったんだ。



 まさか、事件に巻き込まれるなんて

 知る由もない。




「うん。あとでね。」


 手を振ってそれぞれの方向へ歩いて行った。街灯もない道をスマホの明かりを頼りに菜穂は約20分の距離を歩いた。


 人通りの少ない小道。


 いつもなら、龍弥に歩いて送ってもらっていた。


 こんな真っ暗な道を帰るのは

 これが初めてだった。


 なんで、引き下がって送ってもらわなかったんだろう。


 落ち着いて、音楽でも聞いて帰れば良かったのに、変に後ろから近づいてくる足音に気づかなかった。



 上から下まで真っ黒い服を着た男が忍びより、後ろから腕を回された。

 身動きが取れない。

 

 住宅地やお店もない田んぼが

 広がっていた。

 

 助けを呼んでも誰も来ないところ

 だった。



「きゃー!」



 手元に防犯ブザーを持っていたが、

 鳴らす余裕もなく、そのままハンカチに仕込まれたものを鼻と口にあてられて

意識を失った。



 どうして、こういう時に限って

 いろんなことが起きるんだろう。


 その頃、無意識に龍弥は胸騒ぎを感じた。後ろを振り返って



「菜穂…?」



 誰もいなかった。


 気のせいかと思い、家路を急いだ。



 鈴虫が鳴いている。

 少しずつ秋の虫も鳴いてきていた。






 


 菜穂が目を醒めるといつの間にか

 雑木林の中に横になって寝ていた。


 

 外は真っ暗でコウモリが

 飛び交っている。



 起き上がって辺りを見渡す。


 

 木の根っこの部分を腰掛け代わりに

 座っている全身黒い服を着て、

 黒いマスク、黒いフードを

 かぶっている男がいた。



「起きたか。」




「え、誰?ここどこ?」




「お前、白狼の彼女なんだろ?!」




「え……?」




「知ってるよ。

 今日から突然入部することに

 なったって。」




「あぁ、サッカー部のこと?」




「俺は、白狼を許さない。

 あいつさえいなければ。」



 

 じわじわと迫り来る男。




「は?龍弥が目的なら、

 私は関係ないじゃない。」




 後退りする。

 何をされるのかわからない

 恐怖でいっぱいだ。




「関係あるよ。

 遠まわって嫌がらせしてやるのさ。

 本人は後でじっくり効かせる。


 あんたを傷つければ

 あいつは手に負えないくらい

 怒るだろ? 

 それが目的だよ。」



 男はポケットから

 バタフライナイフを取り出した。


 暗闇にキラリと光る。



「そんな物騒なものやめなよ!!」



「偽善者ぶってていいの?

 傷つくのはお前だよ。」



 ダンッと木に菜穂の体を押し付けて、

 ナイフを近づけた。



 着ていたワイシャツにそっとナイフが触れて上の方が破れてきた。



 恐怖で声も出せない。



(なんでこんなことするの。

 龍弥を知っているこの人は誰!?

 怖い。)





「そこで何してる?!」




 たまたま通りかかった警察官が

 気がついてパトカーから

 おりてやってきた。



 雑木林の影になっているところなのに

 見つかって助かった。



 男はナイフをポケットに入れて、

 一目散に逃げ出した。


「あ!!待て!!こら!!」


 男性警察官は追いかけた。



 怪我は無く、

 ワイシャツが破れたくらいで

 平気だった。



 ぺたんとその場に座って顔を塞いだ。



 恐怖のあまり、涙が止まらない。


「大丈夫よ。服破れているわね。

 これで隠して。」


 

 もう1人の女性警察官に

 バスタオルを両肩にかけられた。




「この辺は物騒だから、

 よく事件や事故が起きやすい

 スポットなの。

 パトロールしておいてよかったわ。」




「取り逃した…。あいつ、足速いな。」




「知り合いだったのかしら?」




「……。」




 菜穂は怖すぎて何も言えなかった。




 スマホには龍弥からの着信が

 あったが、

 電話を取る余裕も残されて

 いなかった。

 ずっとバイブが鳴り続ける。



 ラインのメッセージやスタンプの連打もあったが、既読スルー。



 パトカーに乗って、

 自宅まで送られた。


 

 被害届はどうすると言われたが、

 何も答えられないのでいいですと

 断った。



「念の為、

 ご両親に説明してもいいかしら。」



「いえ、心配させたくないので

 言わないでください。」



「本当に良いの?」



「はい。大丈夫です。

 両親も仕事で今日は

 帰りも遅いですし。

 それじゃぁ…。」



 菜穂は、玄関の扉を閉めて、

 家の中に入った。




 警察官2人は心配そうにパトカーに

 乗り込んだ。




 走り去っていくパトカーを

 見ていたのは、

 連絡が取れない菜穂を心配して

 フットサルを早々に切り上げてきた

 龍弥がバイクを遠くの方で停めて

 こちらを伺って見ていた。


 真っ暗な夜でも光らないパトカーは

 遠くからでも存在感があった。





 通り過ぎていくのを確認して、

 バイクを乗らずに押して進んで行く。

 自転車と違って重かった。




 菜穂の家の前で停めて、インターホンを押そうとしたが、そんなことしなくてもいいかと、そのまま玄関に行って、ドアを開けた。






「お邪魔しまーす。」

(鍵閉めないのか?)



 まだ菜穂の両親が帰ってきてない。

 どこに行ったのか。 


 家の中の菜穂を探した。

 

 

 リビング、台所、自分の部屋、

 どこにもいない。



 玄関に菜穂が履いてたローファーが

 あった。



 帰ってきてるはず。



 唯一、見てないところ…



 洗面所に行ってみると

 乱雑に脱ぎ散らかした制服があった。



 お風呂場からシャワーの音が

 響き渡る。

 


 曇りガラスの向こう側に

 菜穂の姿がうっすらと見えた。



 

「な、菜穂…。」




 シャワーの音が大きくなり、

 龍弥の声はかき消されていた。




 菜穂が来ていたであろうワイシャツがカッターのような鋭利な刃物で切られたであろう傷がついていた。




 龍弥はそれを見て、息を呑んだ。





「菜穂…、菜穂!!」




 ワイシャツの傷を見て、息を呑んだ龍弥は声の大きさを段々と上げていく。





温かいお湯を頭からかぶって気持ちの

切り替えをしていたところ、

突然、洗面所の方から声がする。





 膝を抱えた体を起こして扉を開けずにシャワーを止めてみた。




「ん? …え? 

 嘘。龍弥、なんでいんの!? 

 ちょ、着替えとかあるし、

 見ないでくれない!? やめてよ!」




 龍弥が急に家の中に

 入ってきてることと、

 着替えが洗面所に

 散らかってるところが

 恥ずかしすぎて気持ちは

 それどころじゃない。



 それにしても、裸だし、

 外にも出たくない。



 早くどこかに行ってほしい。



 菜穂は離れてほしいことを伝えたが、言うことを聞かない。



「見ないから、出てきて! 

 後ろ見てるから。」



「えーーー、絶対嘘だよね。

 本当にやめてほしいんだけど、

 リビングに行ってて!!」



「はいはい。わかりました。」



 そう言いながらも、

 リビングに続く廊下で待っていた。



 お風呂場のドアを開けて、

 バスタオルで体を拭いて、

 慌てて体に巻きつけた。

 フェイスタオルを頭につけて

 タオルドライをした。


 パンツを履いて

 ブラをつけておいた。



 明らかに裸でないことを確認すると

そろりと龍弥は覗いた。




「何かあったんだろ?」




 腕をつかんで

 ぎゅっとハグをした。




「俺がしっかりここまで

 送らなかったから、ごめん。

 怪我してない?」



 有無も言わせないで、

 龍弥はそのまま菜穂を

 お姫様抱っこして部屋に

 連れて行った。


 

 菜穂はバカバカ言いながらも、

 グーで龍弥の胸をパンチした。



「ちょっとやめてよ!

 服着てないんだから!!」



 抱っこされたまま、

 ポカポカと龍弥を叩く。

 

 気にもせず、龍弥は菜穂を

 ベッドの上にそっと寝かせた。




「マジで何もされてない?本当に?

 見せてよ。」



「やだ、見せたくない。恥ずかしい!」




菜穂はふとんに潜り込んで体を

全部隠した。




ふと、菜穂の体を確かめようとした時、一瞬見えた鎖骨の傷が斜めに少しだけ赤くなっていた。


 血が出るほどでないようだ。



「怖かった。

 雑木林に連れて行かれて、

 ナイフ突きつけられた。

 何か、龍弥のこと言ってて、

 許さないっても言ってたんだけど。

 なんか恨まれることしてた?」


ふとんにくるまって雪だるまのようになった菜穂は話し出す。



「恨まれる?襲われたのって

 俺が関係してるの?」



「今日、龍弥が入部したこと

 知ってたよ。サッカー部に

 関係する人なのかも。」



「そっか…。あとで調べておくから。

 ねえ、マジで鎖骨見して! 

 血が出てるからも知んないから!」



「ばか!!スケベなことしか

 考えてないだろ!」


 

 菜穂は近くにあった枕を投げて、

 龍弥に攻撃する。

 顔に枕が思いっきり当たる。


「好きなやつの体見たいって思って 

 何が悪いんだよ!!」



「…まぁ、確かに。」



 すると玄関の扉が開く音がした。



「ただいま~。遅くなっちゃったぁ。

 菜穂いたの?

 ごめんね、今ご飯作るから。」



 母の沙夜が帰ってきたようだ。



「ま、まずいじゃん。

 ちょっと隠れて!!」




「え、なんで? 

 隠れなくて良くない?」




「良いから。」



 菜穂は慌てて、

 クローゼットの中に龍弥を押し込み、   

 なぜか、自分も一緒に入っていた。


 人は慌てると何をしでかすか

 わからない。



「菜穂~、どこにいるの?」



 沙夜は、菜穂の部屋を開けるが

 誰もいないことに気づく。


 クローゼットに隠れた2人は

 かくれんぼをしている状況で

 すごくドキドキした。

 

 見つかったらどうしようと気持ちが

 あった。



「あれ、いないなぁ。

 まぁいいか。」



(良いのかよ!?)



 龍弥は心の中でツッコミを入れた。


 沙夜はそのまま下へ行った。


 ふぅとため息をついた。


 隠れることに必死になっていた菜穂は

 つけていたバスタオルが落ちている

 ことに気づかなかった。


 

 パンツとブラだけの姿になって、

 隠しようがなかった。


 暗闇の中、目をこらして龍弥は

 菜穂の鎖骨に指をなぞった。

 

 そっとまっすぐについたナイフの傷が  

 残っている。



 ギリギリのラインで血が出ていない。



「痛い?」




「ううん、痛くない。痛くはないけど、すごく怖かった。暗い道歩くのは無理かも。思い出す。」


 

 夜の通学路は菜穂にとって恐怖の道になってしまった。



「絶対俺が一緒に帰るから。」


 

 クローゼットの中、龍弥は菜穂を

 ぎゅっと抱きしめた。


 幾分、気持ちが落ち着いた。

 

 ふと沈黙が続くと、見つめ合って

 慰めるようにとろけるような

 キスをした。



 理性が飛ぶのを抑えて、

 目の前のハンガーにかかっていた

 水色のフリルワンピースを取って、

 パサっと上からかぶせた。

  



「いつまでもそのままでいるなよ。

 ささっと着ろって。

 風邪、引くだろって。」





 龍弥はクローゼットから出て、

 体を伸ばした。

 



 まさか、狭い空間で事を進めるには

 自分には技術が足らないなと

 断念した。

 



 いつ、菜穂の母が来るかわからない

 スリルがあったからだ。




 菜穂はそれ以上の何かがあると

 少しだけ思っていたらしく、

 思いがけない態度に何だか

 ご不満だった。




「てかさ、

 菜穂のお母さんに絶対バレてるって、

 俺、出入り口門の前にバイク停めてる

 し、玄関に俺の靴あるから。」




「あー、

 バイクは車庫の反対側だから

 見えないと思うけど、

 確かに靴はバレるかな。

 大丈夫!!

 お父さんも

 龍弥と同じ靴履いたりするから、

 まだ、きっとバレてない。」




「でも、どうやって

 俺、帰ればいいの?」


 


「ちょっと下見てくるよ。」



 菜穂は、そっと下を覗き行く。

 沙夜がご飯を作ってるかと

 思ったが、

 テレビと電気をつけっぱなしに

 なっていて、

 沙夜はどこにもいなかった。

 


 いつも掛けておく場所に

 車の鍵がなかったため、

 きっと買い物に行ったんだと

 解釈した。


 

 菜穂は今のうちに帰った方がいいと

 龍弥を誘導して、玄関からそのまま

 見送った。


 バイクのエンジンをつけて走らせると  同時に沙夜が買い物から帰ってきた。

 それと一緒に父の将志も

 帰ってきたようだった。



「ただいまぁ。

 あれ、菜穂、いたの?

 お酒、買ってきちゃったぁ。

 もう、週末はお酒がないと 

 ストレス発散できないから。

 今、お父さんも帰ってきたから。」



「うん、おかえり。

 上でずっと寝てたよ。」



「さっき菜穂の部屋行ったけど、

 いなかったよ。どこにいたの?」



「うーんとトイレかもしれない。」



「そっか。

 今日は簡単にチャーハンと餃子に

 するからね。」




「うん。」




「ただいまぁ。残業、疲れたぁ。

 今日のご飯なに?」



 父の将志が帰ってきた。

 母は、リビングのドアを開けて、

 お酒を見せびらかした。


「今日は、餃子とチャーハンで 

 乾杯ね!」



「やったぁ。

 ちょうど食べたかったんだ。」



 お互い、何をしたら喜ぶか

 を分かり始めた。    

 喧嘩をしてからさらによりを

 戻して夫婦は元の仲良しに

 なっていた。


 娘から見ても、見てられないほど

 イチャイチャしている。



 喧嘩するのも嫌だけど

 目の前でいちゃこくのは

 やめてほしいものだ。



 恥ずかしすぎる。




 龍弥のことを何とかごまかせた

 菜穂は 夕ご飯を食べた後、

 部屋に戻って

 スマホを確認した。


 見てなかった龍弥の

 着信履歴と

 珍しくたまっている

 数十件の

 ラインのメッセージとスタンプ。


 返事をするのを

 忘れていたが

 微笑ましかった。




 ありがとうのイラストが

 描かれたパンダを

 送って

 眠りについた。





 今日一日の出来事が

 ハードすぎて

 スマホを片手に

 爆睡して

 ベッドからずり落ちても

 気にしないでいびきかいて 

 眠る龍弥だった。



 隣の部屋で眠っていたいろはが

 あまりにもうるさいいびきに

 洗濯バサミで 

 鼻をふさぎに

 龍弥の部屋に侵入した。



 それでも

 龍弥は

 熟睡していた。



 多少のいびきの大きさは

 小さくなっていた。







 



 





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