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スノーフレークに憧れて  作者: もちっぱち
8/14

第8章

花火を終えてすぐに、菜穂はいろはが寝ている部屋に移動した。ベッドですやすやと寝ているいろは。


 菜穂は、現実を受け止められない心情が揺れ動く。



 なんで、どうして、素直になったがいいとアドバイスを受けたのに素直になったらなって、あっさり突き放された。



 何だか今になって涙が出てきた。



 いろはのベッドの横に敷かれたふとんの上に寝転んだ。


 壁をずっと見つめて、寝返りを何度も打ちながら、時間を潰した。



 寝ようと思っても眠れなかった。



 いろはのいびきが静かに響く。


 その頃の龍弥もベッドで横になっていたが、あんなこと言わなきゃよかったと少し後悔した。


 

 時間を巻き戻せるのなら、「俺のことはやめておけ」のところまで戻って、何も言わなければ良かった。



 言ってしまったことで、胸がざわざわして、落ち着かなかった。



 2人とも一睡もできずに朝を迎えていた。




 午前7時。

 スマホの目覚ましが鳴った。

 いろはは、スヌーズ機能を停止して、腕を伸ばした。



「ふわぁーーー。」



 いろはは口に手を当てて、大きなあくびをした。



「菜穂ちゃん、おはよう。よく眠れた?」


 目をぱっちりと開けて、寝ながら、スマホの電子書籍の漫画を読み漁っていた菜穂に声をかける。

 

 目が充血していて、

 尋常じゃなかった。


 目の下にクマが出来ていた。



「……まぁ、ちょっとだけ。何だか、いろいろあって眠れなかった。」



「ん?」



 いろはは、菜穂の顔をじっと見る。


 泣いたであろう涙の跡が筋になって残っていた。



「何かあった? 変な夢でも見たのかな?」



 目やにのついていたところを人差し指でこすって菜穂は、はにかんだ。



「そうかも。怖いお化けに追いかけられる夢…だったかな。」



「菜穂ちゃん。無理しないで。笑えて無いよ…。」



 無意識にまた頬に涙が伝った。


 自分では笑ってるつもりでも、

 体は正直だった。



 いろはは、菜穂をそっとハグをして、

 背中をそっと撫でていた。


 

 温かくて、優しくて、嬉しかった。

 

 

 いろはの優しさに触れて感動を覚えて、また涙がとまらない。




「いろはちゃん…。ありがとう。」



 数時間前に出したかった涙が今たっぷりと流れた。



 気持ちが落ち着いて、

 乾いた服に着替えた。


 いろはの部屋にハンガーで干してくれていた。


 とても助かった。


 服に着替えた後、

 龍弥の部屋の前を通っていかないと

 トイレに行けない。


 菜穂は、少し緊張しながら、廊下を通ろうとしたら、人の気配がしない。



(いないのかな…。)



 少し開いていたドアの隙間からそっと覗くとベッドの上のタオルケットがぐちゃぐちゃになっていた。


 龍弥は部屋にいなかった。



「お?菜穂ちゃん、おはよう。昨日はよく眠れたかな? もしかして、龍弥を探してる?」



 良太が菜穂の近くを通りかかった。龍弥の部屋の前でウロウロしているのが気になった。

  


 返事を待たずに声をかける。。



 「龍弥なら、早くにバイトに行くって出てったよ。ご飯いらないって。んー、30分くらい前だったかな。」



「あ、そうなんですか。確かにバイトあるって言ってましたもんね。」



「でもさ、龍弥、バイト行くのいつも8時まで行くんだけど、何か用事あったのかな?早すぎるよねぇ。今、7時15ふん…。」



良太は丸い掛け時計を指さして、言う。菜穂は、頷いた。


 トイレだったことを思い出した。



「あ、お手洗いをお借りします。」



「どうぞどうぞ。」




 良太は、両手で菜穂を誘導する仕草を見せた。



 トイレに入って、改めて考え直す。



(きっと私のこと避けたんだ…。


 気まずいから…。


 来週からどんな顔で教室入れば


 いいんだろう。


 しかも席替えして、真隣だし…。

 

 そこまで考えての返答だったのかな。 


 はぁ…。)


 ため息が止まらない。



 そもそも、

 

 龍弥のことだけじゃなくて 


 父親のことが

 

 すっかり解決したわけじゃなかった。



 悩み事がさらに増えて、

 

 頭にハゲができないか


 心配になってきた。




****



 すずめと鳩が交互に鳴く。


 龍弥は朝早く、バイクに乗って、

 

 昨夜、菜穂が1人で過ごした

 

 公園のベンチに座って、


 鳩にスナック菓子を与えていた。


 あいかわず、鳩も見た目で判断するのか、お腹が空いてるにもかかわらず、食べようとしない。


 チョンチョンと逃げるように

 ジャンプして移動する。



 鳩も人を選ぶらしい。


 いつも来ているであろうおじいさんの持っている餌にはがっつり食いついていた。



「鳩にまで離れられるのか…。」



 ベンチの後ろ側に両手をつけて天を仰いだ。


 昨日と打って変わって、雲一つなく晴れていた。


 夏ということもあってか午前7時でも、ギラギラと太陽が照り始めていた。


 この時間でも20℃は超えている。



 シャツをわさわさと動かして、風を送り込んだ。



 ふと、鉄棒を見ると小学生らしい男の子がこちらを見ていた。


 豚の丸焼きという格好の動きをしたり、おふとんと声を出しながら、ぶら下がっていた。



何となく、負けず嫌い魂に火がついた龍弥は相手をしてやろうと大人サイズの鉄棒をつかんだ。



 見てろよっというような顔をして、男の子を見て、体を動かしてみた。


 鉄棒競技技名として、つばめからスイングしたかと思えば、ひこうき飛びを披露してみせた。


 まさかの拍手をされて、

 照れてしまう。


 鉄棒をやり終わった後に

 ドヤ顔を披露しようと思っていた

 龍弥は、やって良かったと

 逆に思った。

 

 

 さすがの男の子も小さいサイズの鉄棒でしていたため、がんばって真似しようとしていたが、筋肉が足りず、無理だと思って、諦めていた。



 スマホの時計を見て、そろそろバイトに行く時間だと思い、名前の知らない男の子に笑顔で手を振って別れを告げた。


 

 フルフェイスヘルメットをかぶって、バイクのエンジンをかける。


 

 昨日菜穂と一緒に入っていた赤いトンネルくぐりには小さな女の子と男の子がキャキャといいながら、中で鬼ごっこを楽しんでいた。



 小さいうちは無邪気で素直に遊べていいなと羨ましがった。





****


「菜穂ちゃん、またいつでも遊びにおいでね。これ、お土産。お母さん、お父さんによろしくね」


 龍弥の祖母の智美は、どっさりビニール袋にお土産というおかずや果物をたくさん入れて渡してきた。


 タッパに入ってるということは返しに来ないといけないんだと少しモヤモヤした気持ちをしながら、笑顔で受け取った。


「ありがとうございます。たくさん頂いて、申し訳ないです。ごちそうさまです。」



 菜穂は龍弥の祖父の良太の車に乗せられて、家まで送ってもらった。



 後部座席に乗った菜穂は、良太に話しかけられる。



「龍弥のやつはさ、結構面倒くさいと思うのよ。家族関係でいろいろあったもんだから、本音で話せるというか信用するまでに時間がかかる子だと思うのよ。喧嘩できるくらいの仲っていろはから聞いてるからさ、菜穂ちゃんは龍弥にとってはいろはよりも家族みたいになってると俺は見てるんだけど、どう?」



 菜穂は気まずそうな空気を作りながら、無理して気丈にふるまった。



「いやぁ、それは、建前だと思いますよ。友達だから、放っておけないって私のこと見てるだけでお人好しなんじゃないですかね…。他にも女友達いるみたいですから…。」


 龍弥の真実なんて見えてない。


 むしろ見たくても見つけられない。


 菜穂は口から出まかせのように適当に交わした。


「そうか…。場所ってここであってるかな?」



「はい、すいません。送って頂いて、ありがとうございました。」



 ぺこりと頭を下げて、菜穂は車のドアを閉めて、憂鬱な家のドアを開けて中に入る。



 乱雑したリビングは昨日のままの割れた食器が片付けられずに置きっぱなしだった。



(まさか、喧嘩続行中なのかな…。)



ガチャとリビングのドアが開く。


片付ける余裕もなく、ソファに座っていた菜穂は肩をビクッとさせた。


「菜穂?! あんた、どこ行ってたの??探したのよ。警察にも届けようか迷ってたくらいで、お父さんが、やめておけって言うから、待ってたけど…。」


 母は、菜穂をぎゅっとハグをした。



「無事で良かった。」



「うん…。」



「昨日はごめんね。お父さんと喧嘩しちゃって…私、どうしてもあの事があってから心配で心配で…。思わず、皿とかコップとか投げちゃった。驚かせてごめんね。」



「お母さん、まだ消化しきれてなかったんだね。高級なバック買ってもらっても、確かに許されないよね。」




「そう!!本当そう。200万する、この仕事のバックをね、お詫びのつもりで買ってくれたけど、それでも過去の裏切りは隠しきれない事実だからね。忘れたいとは思うんだけど…これが出来なくて。お金では変えられないね。過去のことって…。」



母の沙夜は、食卓近くの下の方に置いていた仕事バックを持って説明する。


 明らかに200万もの高い素材ではないんだろうけど、ブランドはそれくらい跳ね上がる。


 定価で買っても買取が上がるものもあるものだった。



「…うん。そうだよね。いくらお金がたくさんあっても過去は戻れないもんね。お母さん、私昨日眠れなくて、今眠くなってきた。これ、友達の家に泊まったから、友達のおばあちゃんから頂いたお土産。」



「あら、タッパにきんぴらごぼうと、お赤飯じゃない。果物も高級なシャインマスカット、桃?随分、奮発しているわね。どこの誰なの?お友達の名前は?後でお礼の電話したいから。」



「えっと、白狼いろはちゃんのお家。ここからだと、あのセブンマートの裏の住宅地かな。自宅の電話番号はわからないから。いいよ、電話しなくて。もし行くなら、このタッパ、返すときかな。」



「あぁ、あの辺のお家なのね。確かに住宅密集地のところね。んじゃ、菜穂、お母さんの仕事休みの時に一緒にタッパ返しに行きましょう。お詫びとお礼しなくちゃ。」



「…うん。わかったよ。ごめん、寝るね。おやすみ。」



 朝の9時、菜穂は、目をこすりながら、自分の部屋へと移動して、すぐに横になった。ずっと寝ないで過ごしたため、限界が来た。やはり、自宅が1番だと感じる。



将志は菜穂とは反対に今、目を覚ました。ベッドから起きて、リビングに向かう。


「あ、菜穂帰ってきたの?」


「うん。さっき帰ってきて、昨日眠れなかったら、今から寝るって言ってる。起きたらで良いから、あなたからも謝っておいてね。菜穂は、友達の家に泊まってきたんだって、ほら、これお土産も頂いて…逆に持っていく側なのに申し訳ないわよね。」


 沙夜は、食卓に置いていたタッパを見せた。


「あー、本当だ。お赤飯も。助かるね。俺、赤飯好きだし。友達って?誰だったの?」


「えっと、白狼いろはちゃんだって。」



「え、白狼?いろはちゃん。妹さんかな? そうなんだ。あ、あれ?ん?伊藤だっけかな。白狼? 龍弥くんじゃないの?」



「え?何の話?」



「ほら、菜穂も一緒にフットサル連れてって仲良くしてるって言う龍弥くん。本人は彼氏じゃないんだって絶対違うっていうんだけど、喧嘩しながら、フットサルしてるからさ、仲良さそうにしてるんだよね。一緒だったのかなと思って…。」



「えー、そうなの?菜穂にも彼氏がいたのね。遂に菜穂も彼氏かぁ。いいなぁ、若いっていいなぁ。でも、いろはちゃんって言ってたよ。なんで、そんな嘘つくのかしら。」



「…龍弥くんと何かあったのかな。今度行って…って俺は行かない方がいいんだっけか。」



「そうね…その方がいいわね。でも、菜穂はフットサルに送迎してあげればいいじゃない。せっかくの彼氏かもしれない人、会わせてあげられないのは可哀想よ。自転車じゃ、夜道は危ないから。」





「はいはい。わかりました。そうします。それにしても、菜穂、昨日家飛び出して、全然連絡来なかったな。いつも帰りの時間とかまめに教えてくれてたのに…。」



「若い2人にはいろいろあるのよ。そっとしておきなさい!!その龍弥くんだっけ?今度、菜穂と一緒にこのお借りしたタッパ、返しに行くから、その時に確かめてくるわ。」



「うん。さりげなくね。俺から聞いたって絶対言うなよ?」



「わかってるわよ。」



 沙夜は、タッパに入ったお赤飯を少し味見して食べてみた。ちょうど良い味付けで美味しかった。


 作ったおばあさんの顔が見たくなった。


 レシピを是非とも知りたいと感じた。






7月某日 

海の日を終えて、

夏休みまで後少し

というところになった頃。



 梅雨明けをして気温は猛暑日というところまで上昇した。



 これが体温ならば高熱で会社や学校を休まないと行けないくらいの暑さで新記録を出した地域もある。




 噴水の近くに近寄って着ている服をびしょ濡れにするという子どもたちがテレビの情報番組で放送されると涼しそうと感じてしまう。




 菜穂はいつもよりテンション低めに躊躇しながら教室に足を踏み入れた。




土曜日の夜から

ずっと満足に眠れていない。



 目の下にクマを作って、使ったことのないコンシーラーを薬局で買って今朝つけてきた。



 今の流行りは涙袋をキラキラさせる方がいいのに通常の肌見せをすることに特化して、全然流行りに乗っかれない。




 メイクも覚えられなければ、人間関係もろくに築きあげられない。



 こんなんで大人になれるのかなと頬杖をつく。




 龍弥が隣にいることを知っていたが、素知らぬふりをして黙って座った。




入学式を思い出して、周りはすべて知らない人。



 幼稚園のお遊戯会の舞台に上がったときにお客さんは野菜のカボチャだと思えの考えを思い出した。



 そうすれば、悩んでいたことは解決すると思っていた。




 今朝は昨日担任の先生がホームルームに小テストをすると予告していたため、机に消しゴムとシャープペンを出し、替芯を入れようとしたら、消しゴムが落ちたことに気づかなかった。




 ふと、龍弥が自分の足元に落ちた消しゴムを拾い上げて、菜穂の机の端っこに静かに置いた。



 ハッとして、間近で顔を見られた。



 忘れようとしていたことが全部思い出されて、頭はショートした。


 

 線香花火をした3日前。



 「俺はやめておけ。」

って言う言葉が頭の中に浮かび上がる。



 1人で舞い上がって、勘違いして、自惚れてただけなんだ。



 友達と恋人の境界線を引こうとした自分にいら立ちさえ覚えた。




何も言わなければ

前と同じ関わり方をできたかも

しれないのに。




 一瞬、目があって、すぐに逸らし、

 龍弥は何も言わずに

 小テストの予習をしていた。



 出るであろう範囲を見直す。


 予習なんてしなくても普通にわかるくせに白々しい態度を取る。


 もう、菜穂のことは

 眼中にないアピールしたかった。


 本当は気になるくせに無理をしている



 教室に入ってきた時から

 菜穂が来てたと

 横目でチラッと見ていた。




 何だか普通に話せない。




 モヤモヤした気持ちを晴らすために、龍弥は話しかけようとする菜穂を無視して、石田紘也の席の前の席を借りて後ろ向きにまたがった。



「あのさ、その爪って自分でしたの?」



 いつも声をかけないのに

 急に声をかけた。


 チラリと見えた石田の両手の青色の爪が気になった。



「おう。龍弥、なした?急に。

 あ、これ?うちの姉ちゃんが

 ネイリストだからさ、

 練習台に爪貸してって言われて、

 やってもらったのよ。

 良いっしょ?かっこいいべ。」


 両手を広げてマジシャンのように見せつけた。


「ああ。俺もしてみようかな…。」


 興味なさそうな態度を突然キャラを変えて、ガツガツ食いついた。



「えーー、男子がネイルすんの?」




 まゆみがたまたま女子たちと話をしてる横から声をかけた。




「今じゃ、メンズもメイクする時代よ。エステとかあるじゃん。汚い肌してるより綺麗な肌の方がいいのと一緒で爪も綺麗な方いいじゃんよ!マジシャンだって爪磨いてるんだよ。」




「綺麗好きなのいいけどさー、

 それ 彼女になる人は

 プレッシャーだよね。

 それ以上に

 メイクを頑張らないとってなるよ。」




「そんなことないじゃん。

 メイクするしないは

 個人の自由でしょう?

 メイクだけで人を判断すんなよ。」



 龍弥はもっともらしいことを言うが、現実には違うみたいだ。


 小声でまゆみが龍弥の耳元で言う。



「菜穂、それしたら、めっちゃ気にすると思うよ。メイクとかコンプレックス持ってるって言ってたから。」



「あ、そう。俺には全然関係ないし。あいつは、木村と付き合ってんでしょ?」




「え?菜穂がそう言ったの?」




「…知らねえ。」



 本当は付き合ってないって本人から聞いていたのに口から出まかせを言った。



「龍弥くん、そうやって人のこと大きく広げるのやめた方がいいよ。傷つけるなって言っておいて、龍弥くんの方が菜穂、1番傷つけてるじゃん。」



「うっせーよ。」



 しーんと教室は静まりかえった。


 ちょうどその時、

 木村が教室に入ってきた。



「おはよう。みんなどうかした?何か微妙な空気なんだけど。」




「おはよう。木村くん。別に何もないよ。そういや、夏休み明けの文化祭の委員会って誰がやるかっていつ決めるの?」




「あー、その件ね。そういや、まだ決めてなかったよね。今日の帰りのホームルームで決めようかな。ありがとう、山口さん。もしかして、文化祭委員会に立候補かな?」




「んー、そうだね。考えておくよ。」


 

 木村は席に着いて、筆記用具の準備をする。


 ハッと思い出して、席を立ち、菜穂の前に木村は立った。


「おはよう。菜穂ちゃん。」


「あ、おはよう。」

(あれ、名前で呼ばれたことなかったのに…。)


「学級委員のことなんだけどさ。齋藤さんが、体調崩してて、しばらく、学校来られないみたいなんだ。申し訳ないんだけど、齋藤さんの代わりに菜穂ちゃん引き受けてくれないかな?」



「あー、そうなんだ。齋藤さん、心配だよね。そうだね、私でよければ、手伝うよ。」


「ありがとう。助かるよ。俺、生徒会も担ってるから1人で大変で…。菜穂ちゃんが一緒なら心強いよ。学級委員って言ってもそこまで大仕事は無いと思うから、安心してって言ってたけど、早速、文化祭実行委員のメンバーを今日の帰りのホームルームで決めるから良いかな?」



「う、うん。大丈夫。」



 菜穂はずっと木村の前で作り笑いしていた。


 龍弥と話をする時と全然違う。


 怒ったり、泣いたりしてない。


 その表情は、龍弥からは菜穂はずっと笑っていて居心地いいんだろうなと勘違いされていた。



 菜穂にとっては建前の表情で本音ではない。


 本当は、学級委員の仕事なんてやりたくなかった。表に出て、目立つことはしたくなかった。


 断れなかった。


 木村を傷つけてしまうのではないかという方が勝った。


 気を遣って対応しているのを、

 龍弥には知り得なかった。



 授業中、なるべく菜穂を見ないようにシャープペンをくるくる回しながら、ぼんやりと窓の外を見ていた。


 雲がだんだんキノコや、わたあめ、ひつじに見えてくるなと想像していた。


 日本史の話は長くて、先生の声が子守唄に聞こえてくる。


 黒板に書く、年表ごとの偉人のまとめも字数が多すぎた。


 よそ見している間にノートの2ページ目に差し掛かっていた。


 焦って、板書をする。



 日本史の教科担当の佐々木先生は、チョークをおいて、バンと黒板を軽く叩く。


「これ、ちゃんとノートに取るんだぞ。今日、書いたノート集めるから、学級委員、授業終わりに職員室持ってきて。」



「はい。わかりました。」


 1番前の席に座る木村は手を挙げて承知した。


 チャイムが鳴る。


 ガヤガヤと木村の席には、男子が、菜穂の席には女子たちがノートを渡していた。



 廊下から、3年の生徒会長が木村に用事あるらしく、やってきた。


「南條先輩!」


 木村は慌てて、廊下に行く。



「今日の放課後、会議するんだけど、あの資料って準備できてるかなと思って、確認に来た。」



「あの資料って、今度の文化祭のアンケートについてですか?」


「そうそう。どう?」


「すいません、大体はできたんですけど、無くすといけないので、USBのデータを大友先生に渡してたんですが、南條先輩に確認してからと思ってました。」


 木村はバックに入れておいたA4クリアファイルを取りに席に戻る。


 机の上を見て、職員室に日本史のノートを持っていかなきゃいけないのを思い出した。


「木村くん、ついでだから、私、全部ノート持っていくよ。生徒会のこと、先輩と話すんでしょう。」


 気がついた菜穂が前の方に来て、木村に声を掛けた。


「あぁ、ごめんね、菜穂ちゃん。頼んでいい?」


 顔の前で手を合わせて謝っている。



「うん。大丈夫。気にしないで。」


 菜穂は木村の席にあったノート15冊を運んで、自分の席にある女子の分のノートに重ねた。


 全部で40冊くらいだ。

 

 想像していたより結構、重かった。



 横でじっと見ていた龍弥は、1人では無理だろうと、上の方のノートを数十冊ごっそりと何も言わずに持って行った。



「…ちょっと…勝手に持っていかないでよ。」


 さっさっと行ってしまう龍弥を止めようとしたが、足が早く追いつかなかった。



 その様子をまゆみは見ていた。


「ねぇ、あの2人って結局どんな関係なんだろうね。」



 クラスメイトの女子、#日野みくり__ひのみくり__#にまゆみは声をかける。



「さっき、木村くんと菜穂ちゃん付き合ってるって言ってたけど、違うんでしょう。だって、明らかに菜穂ちゃんと龍弥くんの方が合ってると思うけどね。2人とも言いたいこと言ってるじゃんね。うらやましいよ、喧嘩できるくらいの仲。普通は躊躇するもんね。」



「そうだよね。本当、そう思う。本人たちが1番そのことに気づいてないのかなぁ。」



 まゆみは頬杖をつく。




 階段をかけおりて、結局そのまま職員室にノートを運んでいく。



「失礼します。」


 龍弥は先々と職員室の佐々木先生の机の上に乗せた。佐々木先生は席には座っていなかった。



「し、失礼します。」

 

 遅れて、菜穂も同じ机の場所に持っていった。急いで来て、息があがっていた。


「失礼しました。」


と職員室を出ようとした。




「あ、白狼。あのこと、考えてくれた?」


「え、何でしたっけ。」


 サッカー部顧問の熊谷先生は龍弥に声をかけた。職員室に入ると1番近いのは熊谷先生の席だった。



「サッカー部だよ。入ってくれないかなと思ってさ。ちょうど、活躍してる木村悠仁いるだろ?あいつも毎回部活に参加できるわけじゃなくてさ、生徒会もやってて二足のわらじで、いないときは力が足りないのよ。お噂のお強い白狼くんが入ってもらえると部活もやる気がみなぎるんだよなぁ。」


「……前にも言いましたけど、俺は。」



「入ればいいじゃん。」


 菜穂が横から首を出す。


「先生、この人、サッカーは素質あると思いますよ。こんな身なりしてるけど、リーダーシップとって仕切るし、パスまわしとかもいろいろ周り考えてできるので…。」


「…って、なんで、雪田がそんなこと知ってるんだよ。そんなに白狼のことリスペクトしてるの?」


「あ、あぁ。いやぁ、そのー、たまたま、噂で知ってて。」



「勝手に言うな。」



 龍弥は、菜穂の体の前に腕を伸ばして、喋りすぎを止めた。




「…あ、ごめん。」




 菜穂は、しゅんとなって、後退りした。



「何、お前ら、付き合ってんの?」





「いや、もう、放っておいてください。俺、サッカー部入りませんから。」



 

 熊谷先生を睨みつけて、職員室のドアを勢いよく閉めた。




「おい!静かに閉めろ!!」




「すいませんでした!!!」




 ブチ切れながらも職員室を背に教室に向かった。



「なぁ、菜穂、勝手に言うなよ!


 俺はサッカー部なんて入る気は


 ないんだから。」




 さすがの龍弥も貝の口で

 話していなかったが、

 今の話には納得できなかったようで

 話し始めた。



 いつものトーンの喋りじゃない

 本気で怒っている。



「……ごめんってば。」



「もう、この話絶対言うなよ! 


 いいな。」




「わかったよ!!」



 菜穂は良かれと思って、

 せっかく褒めたのにがっかりした。




「そんなに怒らなくても

 いいじゃない。」



 渡り廊下を数メートル先に進む

 龍弥は、立ち止まって、振り向かずに



「…サッカー部行ったら、

菜穂とフットサルできねえからだよ。」




「……え?私のせいで部活しないの?

 それが理由ならもう行かないよ?」




「やだ。」



菜穂は、

龍弥の前に立ち塞がった。



腕をつかんで説得する。



「ねえ、本当は

 サッカーしたいんでしょ!?  

 放課後、

 試合見てやりたそうな顔して

 見てたの、知ってんだから!!」





 龍弥は、校舎を出てすぐのサッカーコートを見下ろせる階段の1番上でサッカーの試合を見ていた時があった。



 菜穂は残って

 何やってるんだろうと気にしてた。



 まだ、龍弥が黒いカツラとメガネを

 つけてた時だった。





「……俺はヤダ。」





「小さい子どもみたいに駄々をこねないで。龍弥こそ、自分に素直になりなよ。人のことばかり指示してさ。」





思いっきりため息をついてから



「菜穂が好きだからに

 決まってるだろ!!」



 

 告白なのになぜか怒りも

 含まれている。




 吐き捨てるとイライラしながら

 教室まで早歩きで立ち去って行った。





 菜穂は言われた言葉が

 信じられなかった。




「今、なんて言った?」




 校舎同士を繋ぐ渡り廊下の船の窓のような隙間から風が吹き荒ぶ。


 

 髪が大きくなびいた。




 菜穂は頭をかきあげて、

 誰もいない階段に続く廊下を

 見つめた。


 次の授業が始まるチャイムが鳴った。






 菜穂が教室に戻ると教科書を逆さまに立てて顔を隠している龍弥がいた。



 次の授業は地学なのに科学の教科書を出している。




 チャイムはなっていたが、まだ担当教科の先生が来ていなかった。



 椅子を引いて、菜穂は、席に座る。




 教科書とノート、筆記用具を机の上に準備した。




 ずっと顔を隠す龍弥を横から覗く。




 隙間から見えるきらりと光るピアスをしている両耳が真っ赤になっている。



 龍弥の右肘あたりの腕あたりとチョンチョンと触って、教科書が間違っていることを自分の教科書を見せてジェスチャーで指差した。





「わぁ!」



 思わず、大きい声が出る龍弥。



 

 菜穂もびっくりした。



 

 慌てて、科学の教科書をしまって、地学の教科書を出しなおしたと思うと、またすぐに早弁をするような格好で教科書で顔を隠した。



 教科書の隙間から、ちらりと菜穂をのぞく。



 菜穂は、あまりにもおかしくて、笑いを堪えるのを必死でおさえた。



 声を殺して、震えている。



 人は笑いの頂点を超えると体が震えるのかもしれない。




 授業中ってこともあり、大きな声を出してはいけないと真面目に守っていた。




 それを見た龍弥は、腹が立ってきた。

 


 足で菜穂のいすを軽く蹴飛ばした。



小声で教科書を持ちながら



「笑うんじゃねぇ!!」



 舌をぺろっと出して、満面の笑みがこぼれた。

 椅子を蹴飛ばされても全然気にしてない。


 菜穂は、龍弥のことでこんなに笑ったことはない。



 いつも喧嘩ばかりだと思っていた龍弥は、笑うこともあるのだと、ものすごく安心した。



 木村悠仁の前じゃなくても、自分の前で笑っている。

 今まで見たことない嬉しさと恥ずかしさが入り混じった笑顔だった。


 怒りに任せて告白してしまったことを後悔した。

 もっと言い方あったのになと思った。




 菜穂自身も、もっとロマンチックな言い方は、無いのかと告白のダメ出しをしたくなかったが、とどめておいた。



 

 恥ずかしい思いをして言ったんだろうと今の態度を見れば龍弥のことが分かる。



 地学の先生がやっとこそ教室にやってきた。


 今日の授業は惑星のことについてだった。


 水金地火木土天海冥と昔は覚えていたが、今では、冥王星は消えている。


 覚えるのに言っている間にあれっと転びそうになってしまう。



 歌いたい歌を最後まで歌えないあの感覚に似ている。



 太陽は今でも膨張しづつけていて、いつかは爆発して消滅してしまうという説もある。



 太陽が無くなったら地球も一緒に無くなるだろう。



 惑星のことを考えると

 ちっぽけな気持ちになる。

 


 なんで

 太陽が存在して、

 地球が暑くもなく寒くもない



 ちょうど良い場所に



 存在しているのかさえも


 謎は謎のまま

 だれも解明されていない。





 それは神様が決めた

 並び順なのかもしれない。




 今、自分はなぜここにいるんだろう?



 好きとか嫌いとか言いながら、

 好きでもない人嫌いでもない人と

 過ごすこの教室という空間。



 一歩外を出れば異空間。



 家に帰れば、本来の自分に戻れる。



 でも、龍弥の場合は、家族は家族でも血のつながりを持たない家族同士が集まっている。


 それでも、想いは一緒で、本当の家族のように温かい。



 自分とは違う空間で過ごすってどんな気持ちなんだろうと惑星の話から家族の話になり、この白狼龍弥という生態はどういうものなのかまで考え込んでしまった。



 欠落した感情コントロール。



 穏やかに本音で話せない原因は

 家庭環境も関係しているのか。




 お互いに告白をしているが、交際をするかどうかの宣言はしておらず、そのまま自然の流れで前と同じような関わりに戻った形だった。



 まゆみは、2人の焦ったい行動にやきもきしていた。



 雰囲気や行動で明らかに前と違う親密さを見せる2人だった。


 帰りのホームルームで壇上に上がった木村悠仁と雪田菜穂。文化祭の実行委員決めが始まったが、募集をかけると立候補をする2人の姿が。


 それは、石田紘也と山口まゆみだった。元カレと元彼女の組み合わせでお互い嫌な顔をしていたが、他には誰もいなかったため、致し方なく、決定した。




「邪魔すんなよぉ。」



「そっちこそ。」



「まぁまぁ。一応、どんなことやるかの歴代の一覧表あるから参考にしてみて。このクラスは何をテーマにやるか、2人で相談して、次のホームルームの時にみんなに声かけて。アンケートとか作ってもいいし。アンケートの雛形は俺、持ってるから欲しい時言ってもらえれば用意するよ?」


 木村は、石田とまゆみにアドバイスする。


「うん。わかった。その時は声かけるよ。ありがとう。」


 まゆみは木村から渡された資料を預かった。


「とりあえず、文化祭の委員会のメンバー決まったので、帰りのホームルームは終わりになります。ご協力ありがとうございました!」



 ざわざわと椅子を引きずる音が響く。それぞれ、部活に行くもの帰宅するもので動いている。

 菜穂は壇上から席へ戻ろうとするが、ぐるりと回れ右をした。


「木村くん、話あるんだけど、良いかなぁ?部活始まる前にちょっとだけ。」



 菜穂は席に戻った木村に声をかけた。



「うん。少しだけなら大丈夫だよ。ここでいい?」



「そしたら、階段の踊り場でもいいかな?」


「わかった。ちょっと待って、荷物まとめてから行く。先に行っててもらえる?」



「私もバック持ってくるから。」


 菜穂は席に戻って慌てて、バックに教科書や筆記用具を入れる。急いでる時に限って、ペンが机の下に落ちる。



「ほら、落ち着けって。」



 龍弥は、足元に落ちたペンを拾ってくれた。



「あ、どうも。」


 すぐにバックにペンだけバックに入れる。


「筆箱に入れないの?」



「別にいいよ。後で探すから。」



「あ、そう。」



 結構、細かいところに気がつく龍弥。急いでいる時は大雑把になる菜穂。煩わしく感じた。



 自分の右側の端の机に腰をつけて龍弥はぼーと菜穂を見た。

 

 

 あっち行ったりこっち行ったり、なんだかロッカーを見て、忘れ物確認している。


 おもちゃが動いてるみたいで面白かった。



「なぁ、今日、夜、行くの?」



「あぁ、あれ。気が向いたらね。んじゃ、帰るから。」


 フットサルのことだろうと読んだ菜穂は軽く返事をした。



 そう言うと菜穂は木村の待つ階段の踊り場に向かった。



 目の前のことに夢中で、龍弥のことは

気にしてなかった。


 何も言わずに立ち去った菜穂の後ろを龍弥は尾行していた。菜穂は全然気づかなかった。


 屋上に続く階段の踊り場で菜穂は木村と話をした。



「ごめんね。忙しいのに…。」



「良いよ。それより、話って何?」



「あ、えっと…、前に友達から付き合ってって言われてた件なんだけど、そのまま友達ってことじゃダメかなと思って…ごめんね。木村くんが嫌いとかそういうんじゃないんだけど、その…他に好きな人ができて、ごめんなさい。」



 両手を合わせて目をつぶって謝る菜穂。



 木村はふぅとため息をつく。


「そんなはっきり言わなくてもいいのに…。知ってたよ、菜穂ちゃんのことくらい。それでも望みを持ちたくてさ。」



「え、あ、うそ?知ってたの?」




「自然のままでも良いんだってそういうのは。でも、はっきりさせたい何かがあるのかな?」



「う、うん。そうだね。がっかりさせたくないし、期待もたせるようなことできないなって思って…本当、ごめんなさい。」



「何回も謝らないで。悲しくなっちゃう。」



「そうだよ。なんで謝るんだよ。」


 階段の下の方から左肩にバックをかけて、ポケットに両手をつっこんだ龍弥が叫ぶ。



「は?」



階段を龍弥はのぼってくる。



「なんで、付き合わんの?」



「なんでって、だから、言ってるじゃん。好きな人いるからって、てか、話に入ってこないでよ。今、木村くんと話してるの。」



「え!?好きな人って木村じゃないの?他に誰いるんだよ。石田か?それとも杉本……。」


 上を見上げ、顎に指をつけて考える龍弥。


 鈍感すぎる態度に腹が立つ。



「菜穂ちゃん…。」



 同情の目で菜穂を見つめる木村。

 もちろん、誰が好きかは木村も知っている。



 菜穂は持っていたバックを龍弥の体に右から左に振り上げてぶつけて立ち去った。




「バカ!!!一生、考えてろ!!」



 


「いったぁ…。なんだよ、あいつ。意味わかんねぇ。」




「白狼くん、君の鈍感さには俺にもわからないよ。成績良いのに、そういうのは疎いんだね。」



「へ?どういうこと?」

 


 頭に疑問符を浮かべる龍弥。



「菜穂ちゃん、追いかけて行ったら、わかると思うよ。ほら、行きなよ。」



 木村は、わかっていたことだが、直接はっきり言われるとは思わなくて、ショックが大きかった。



 明日から菜穂と普通に過ごすってどう過ごそうか、悩んでいた。




***



昇降口の靴箱で上靴から外靴に履き替えようとすると、慌てて、龍弥が走ってくる。同じように靴を履き替えていた。



「ちょ、待てよ!!」


 逃げるように昇降口を出る。龍弥は菜穂の左腕をつかんで、振り向かせようとした。


 目から数滴の涙がこぼれ落ちる。



「な、何、泣いてんだよ。」


 

 目をこすった。



「もう、好きって言ったり、

 やめておけって言ったり何なの?

 しかも木村くんと話してたのに

 割り込んでくるし、

 もう、放っておいてよ!

 私のことは、構わないで。」



「放っておけない!」



「なんで!!」



「えっと、放っておけないから…。」


 理由になっていない。


 急にしゅんと静かになったと思ったら、ガシッと肩をつかまれた。

 


 耳元でそっとつぶやく。



「ねぇ、間違ってたらごめん。

 菜穂、俺のこと好きなの?」



「今更、そう言うこと聞く?」



 さっきよりも涙がこぼれ落ちる。


 グーパンチで龍弥の胸をたたく。



「バカバカバカバカ!! 

 

 好きじゃなきゃ、

 

 一緒にフットサルなんかしないから。  


 気づくの遅すぎるつぅーの。」




「ずっと菜穂が木村のこと好きなんだと

 

 思ってて、

 

 そっちと付き合ったまま別れてもない

 

 のに奪うのは


 道理に反するって思ってたから……

 

 遠慮してたわ。」




 出入り口のドアに菜穂の背を寄せて、顎クイをし、口づけた。



 額と額をくっつけた。



「付き合うってことでいいんだろ?」



「うん。」



 頬を赤らめて、そっと頷いた。

 

 手をネクタイに伸ばして

 ぐいっと両手でひっぱった。

 がくっとなった。



 身長差がある2人は菜穂が

 ちょうどネクタイを

 引っ張ってちょうど顔が近づく。


 またキスをして、はにかんだ。


 お互い嬉しそうだった。



 初めて喧嘩しないで過ごした

 貴重な時間だった。



 繋いだ手をずっと離せずにいた。

 歩いて一緒に帰るのは

 これが初めてだったかもしれない。

 


 この瞬間から菜穂と龍弥は友達から

 

 彼氏彼女という関係の

 

 スタートラインに立つ。





 それはそれで、

 

 新たな悩みも出てきて、

 

 片想いから両想いになっても、

 

 ため息は吐き続けるだろう。






 告白をしてお互いの気持ちを

 確かめ合った。



 何も言わずに自然と手を繋ぐ。



 拒否することもない。


 

 手を繋いで

 相手の緊張がすぐわかった。



 手汗もかくし、

 脈がわかるような温かさ。



 何度か一度手を離して、

 ズボンで拭いたりした。



 言葉に表すこともなく、

 菜穂の家まで隣同士に歩いた。



 いつも見ている帰り道の景色が

 別世界に見えた。


 

 もう、通学路で同じ高校の生徒や

 他校の生徒に見られても

 気にしてなかった。



 歩きながら龍弥は聞く。



「何、考えてんの?」




「別に…何も。」




「今日のフットサル行くんだよね?」




「うん。」




「言葉、少なっ!それだけ?」




「うん。」




「なんで?」




 顔をかがめて見つめる。


 バシッと顔を軽くたたく。




「もう、無理。それ以上はいい。」



 菜穂は、顔を真っ赤にさせて、

 そっぽをむく。



 至近距離で気持ちが

 耐えきれなかった。


 


「満足ってこと?」


 


 心がホクホクと満足しすぎていて、


 何か言葉にすることさえも

 余裕がなさすぎた。



 今は、

 ただ手を繋いで、

 そばにいるだけで十分だった。



 菜穂は、静かに頷いた。



 あんなにいろんなことを

 不安に考えすぎていたのに、

 自分はどうしてしまっただろうと

 胸がドキドキする。



 深呼吸しても落ち着かない。



 家の前の門に着いて、

 龍弥は、振り返る。



 繋いだ手を離した。

 


 くっついてた手が離れていくのが

 寂しかった。



 また数時間後に会えるのに。




 右手で菜穂の左頬を触れる。




「顔、赤い。」




「何も言わないで!!」




 恥ずかしすぎて、首を横に振る。



 左脇側から顔を近づけて、

 そっと頬に小鳥が近づくような

 速さでキスをした。



「恥ずい!!」



「さっきもしたじゃん。」



「もういい!!さよなら。」




 門を開けてはすぐ閉めて、

 玄関に走って行った。



 バタンとドアを閉めた。

 閉めたドアを背に肩が何度も動く。

 息が荒い。



 今日は何もしなくても

 かなりカロリー消費している

 気がする。

 精神状態の揺れ幅が大きい。



 ポツンと別れ際で振った手が

 置いてきぼりされている気がする。

 

 龍弥は出した手を引っ込めて、

 ポケットに突っ込んだ。



 両手をポケットに入れるのが

 癖だった。


 バックからワイヤレスイヤホンを

 取り出して、音楽を聴いた。

 

 来た道を戻って歩いた。


 龍弥の家は菜穂の家の反対方向に

 あった。


 彼氏になると、危ないからと彼女を

 お家まで送るという習慣が

 いつの間にかできているが、

 その帰りに男子に何も起きないとは

 限らない。



 今の世の中、

 男子にも手をつける不審者もいる。



 というのも、

 龍弥は弱いわけではない。


 

 ただ、1人でポツンと来た道を

 戻るのが寂しい気持ちになると

 いうことだ。



 それを彼女である菜穂は

 知っているのかと思ってしまう。



 早く帰ってから学校の課題を

 やらないと、

 フットサル開始まで

 あと3時間しかない。


 

 確か、今日は英語の教科書の

 数ページを日本語訳にするという

 宿題が出ていたはずと

 龍弥は思い出した。



 ハッと現実に引き戻された。



 今まで、本気の両想いに

 なったことがない龍弥にとって

 心が躍っていた。



 自信がなかったのに

 まさかokをもらえるなんて

 思ってなかった。



 これが付き合うってことなのかと

 考えたが、

 そもそも付き合うってなんだと

 自問自答を繰り返す。



 

 良いと言ったものの、

 実際どうすればわかっていない。



 世間一般のことや、

 他人のアドバイスはできるのに

 自分のことになると

 右往左往するようだ。


 フットサル場に着いたら、

 まず下野に相談しようと決めた。



 菜穂は、深呼吸をして整えた。


 やっと落ち着いた。

 

 まるでジェットコースターに

 乗ったような気持ちだ。



 木村悠仁に

 はっきり付き合えないから

 ごめんなさいと謝って、

 そこの間に入ってきた龍弥に

 わかりやすい態度をとって、

 まるで言ってくれと言わんばかりで

 作戦を立てたみたいだった。


 

 菜穂自身、そんなつもりは全然ない。



 行き当たりばったりで起きた出来事。



 本当は同じ学校での彼氏は

 絶対作らない宣言していたのに、

 結局真隣に座るクラスメイトと

 付き合うことになっている。



 今更付き合ってないって宣言しても

 バレてるんだろうなって感じる

 菜穂だった。



 家に着いてすぐ、

 彼氏になったんだから、

 少しでもラインの連絡は

 まめになるのかなと

 スマホをチェックしてみても、

 何も音沙汰ない。



 こちらから

 メッセージを送るのも

 しゃくだから何もせずに

 釣りゲームのアプリを

 起動して、

 大きいジンベイザメを釣って

 コインを稼いだ。



 やったーと喜んでみても心は

 全然満たされていなかった。



「菜穂、何してるの?玄関に座って。

 中に入りなさいよ。

 今日、フットサル行く日でしょう?

 宿題は?」



 リビングのドアを開けて、

 母の沙夜は声をかけた。



「あ、ただいま。

 うん、今、宿題してくる。

 夕ご飯おにぎりだけで良いから。」



「はいはい。鮭で良いの?」



「うん。OK。」


 2階にある自分の部屋に

 駆け上がった。

 

 龍弥と同じクラスのため、

 もちろん同じ宿題の

 英語の日本語訳の宿題が

 あることを思い出した。



 フットサルに行くと帰りは

 23時過ぎてしまう。



 そこから宿題をするには

 睡眠が少なくなる。



 教科書とノートを開いて、

 辞書を横にいざ書こうとしたら、

 あくびが出てそれどころでは

 なくなった。

 


 目の前が白くなり、

 パタンと机の上に

 顔を埋めてそのまま眠ってしまった。


 

 頭をふんだんに使い過ぎて

 疲れ切っていた。



 フットサルに行くって

 約束していたはずなのに、

 母の沙夜の声を聞こえないくらい

 それくらい眠かった。


 目が覚めた時には、午前2時。


 

 勉強机に置いているLEDライトが

 煌々と光り、

 白いノートを照らしていた。


 

 口からよだれが垂れそうだったのを

 吸い込んだ。



 スマホに不在着信1件と

 メッセージが一言と

 スタンプが押されていた。




『来てくれないのはヤダモン』




 と一言

 うるうる泣いた顔の

 可愛い動物スタンプだった。



 もちろん

 キャラクターは狼だった。



 菜穂はニコリ笑って、

 スタンプ送信をした。


 ごめんねと

 頭を下げたうさぎのイラストだった。



 まさか、起きてるわけないだろうと

 スマホをパタンと机に

 置いたらポロンと音が鳴った。


 怒ってる猫のスタンプが来た。



 かと思ったら

 

 

 『嘘。俺も行ってないよ。

 疲れて寝てた。菜穂もでしょ?

 下野さんから鬼電来てたわ。

 明日はしごかれるな。』



『おやすみ』


 菜穂はその一言だけ返すと

 風呂にも入らずそのまま

 ベッドに寝ついた。


 体を休めることが最優先だと考えた。

 明日の朝にシャワーを浴びよう。


 

 ライン交換ができて

 ホッとした菜穂だった。



 なかなか既読がつかず、

 イライラする龍弥だった。













 






















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