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スノーフレークに憧れて  作者: もちっぱち
7/14

第7章

 朝、目が覚めると屋根を打ち付けるような雨が降っていた。


 道路の水たまりを走る車の音も聞こえる。


 いつも鳴いているスズメや、つばめの鳥たちは今朝は静かで鳴き声が聞こえない。雨の日は鳥も鳴くことを休んでいるのか。


 人間も雨の日は休もうというシステムはないだろうか。


 龍弥は体を腹筋をして起こした。頭をボリボリかいて、制服に着替える。いつだか、菜穂に渡された可愛い狼のキーホルダーがポケットから落ちてきた。大事なものとしておきながら、ポケットに入れっぱなし。バックに入れたり、ポケットに入れたり、大事なのか大事じゃないのか時々自分でもわからなくなる。


 

 この可愛い狼キーホルダーは、中学の時に片思いしていた先輩がくれたものだった。


「龍弥みたいで可愛いからあげる。」


 サッカー部のマネージャーだった先輩は家庭の都合で中3の時に沖縄へ引っ越してしまった。


 部活終わりの水分補給中に渡されて嬉しかったのを覚えている。お疲れ様ってことなのかなと思った。


 油性マジックでしっかり【Ryuya.S】と書いてくれていた。


自分のためだけに用意してくれたのかなと思ったら、3年のキャプテンの先輩にも渡していた。


 その人のキーホルダーはきつねだった。確かにその先輩の顔はきつねっぽかった。


 特別じゃないことに少し残念だったが、その時からずっと大事にしてた。



佐藤 雫(さとうしずく)

 龍弥の初恋の人だった。


 サッカー部に入って一つ上の学年で

 マネージャーをしていた。



 部員みんなの飲み物やタオルの管理を

 していて、誰にでも優しかった。


 勘違いしていたと思った。


 怪我をしたときなんか、

 他の誰よりもいち早く気にしてくれて

 いた。


 絆創膏や湿布を持ってきてくれるし、

 メンタルで弱ってる時もどうしたって

 気使ってくれる。


 それは他の部員も同じことしていたかも

 しれないけど、龍弥の時だけは、

 雫自身の悩み事を相談されたことも

 あった。

 

 それは自分だけと思っていた。


 その予測は合っていたにも関わらず、両思いでお互いに恥ずかしくなって何も言えずに雫は引っ越すことになる。


 想っていたのを打ち明けずに過ごしていたが、会わずにして1年が経ち、連絡先を交換していても、お互いに何も送り合っていない。


 もう、考えるのはやめようと思いながら、キーホルダーを捨てることができずにずっと持ち続けている。


 制服のズボンを履いて、ワイシャツに袖を通した。

 ネクタイを締めて、ピアスを一つ一つ、

 つけた。


 お店に頼んで両親の結婚指輪の

 シルバーリングをピアスにリフォーム

 してもらった。

 

 それをしてから耳も怪我をしにくく、

 楽になった。


 最後に頭にはマットタイプのワックスを塗り込んだ。そろそろ、地毛の部分が出てきたなと鏡で確認する。



 素の部分がだんだんと学校で出せるようになってきた。



 あんなに感情をシャットダウンさせていた自分はおかしかったと思った。


 表と裏はあったとしても少しだけ素の部分出した方が苦しくない。



 菜穂と喧嘩しながら話すフットサルのあの空間が1番楽なんだ。


 でも、もう、菜穂と関わるのはやめようか。


 木村悠仁と交際してるのなら、自分は必要ないだろうとそう感じるようになった。




****


朝のホームルーム。

 

 珍しく席替えをすることになった。

 くじ引き制で、担任の先生が黒板に座席と番号を書いた。

 ボックスに人数分のくじがあった。



「くじ全員引いたよな?くじの交換は無しだぞ!はい、机動かしてー。」



 ざわざわとクラスメイトは騒いでいる。

 あそこが良かった。ここが良かった。

 文句を言いながら、机を動かす。


「雪田さんは何番だった?」


「えっと…21番だよ。木村くんは?」



「残念、離れちゃったね。俺は8番。座席表だと1番前の角だった。21番は1番後ろだよね。」



「そうなんだ。本当、残念だね。」


 がっかりしながらも菜穂は机を1番後ろの窓際から2番目に動かした。



「げっ。まじかよ。」


 菜穂の隣の窓際の席に机を運んだのは白狼龍弥だった。


「え!?なんでここなの。」



「くじがそう決めたからな。」



「…何かやだな。」



「こっちのセリフだわ。」

(よりにもよって隣って…。)



 龍弥は席を立ち上がり、前の方に座席を移動した木村に声をかける。何かを話している。頑なに木村は拒否をした。さすがは優等生。先生の言うことを守ろうという流れだった。


「ねぇ、何、木村くんに言ってんの?」



「だって、菜穂、木村と一緒がいいんだろ。くじ交換しようと思ったら…先生がダメだって言うからやらないって。これだからクソ真面目は嫌いだわ。」



「ちょ、勝手にやめてよ。余計なお世話しないで。」


 木村に聞こえないくらい小さな声で訴える菜穂。顔は赤くなってる。


 そんなにバレたくないのか木村との関係性。


 龍弥は思いっきりワイシャツの裾をつかまれているけどっと掴んでいる手を指差したら、慌てて引っ込めた。


 まゆみはそんな2人の小競り合いを見逃さなかった。


 斜め前の方からチラッと後ろを向いては前に顔を戻した。



(やっぱ、あの2人なんかあるわ。)



「席替えはもう変えられないからな。それでいいんだろ?」



「もういいです。放っておいてって。」


 着席する菜穂と龍弥。

 席替えをして、見ている世界が変わった。


 横を見て木村を見ていたが、今度は前を向いて後ろ姿を見つめられる。


 そして、真隣には龍弥が存在している。必要以上に一緒にいるといつもの調子になれないため、困惑する。

 

 授業中の板書を、髪をかきあげながら、書いてると左に視線を感じる。口パクでこっち見ないでとアピールする。


(俺だって黒板見てるんだよ!勘違いすんな。)


(いーっだ。)


 あかんべーをする菜穂。小学生のような喧嘩だ。


「おい!そこ何してる?!サボるなよ。」


 日本史の教科の先生が言う。


 2人は慌てて、元の体勢に戻し、集中して板書した。


 クラスメイト達は不思議そうに眺めている。そんなに仲良かったのかこの2人と温かく見守る感じだった。




***



 その日の昼休み、菜穂は木村に呼ばれて、ラウンジで一緒にお昼ごはんを食べることになった。席を立ち、教室から出ていく。目と鼻の先で菜穂と木村が話すのが聞こえるため、どこに何をするのか把握できた龍弥は、いつも行く中庭をやめて教室でお弁当を食べることにした。

バックからお弁当袋と、ワイヤレスイヤホンを取り出してBluetooth接続をした。耳にイヤホンをつけようとすると、目の前の席にまゆみがバックを持って座った。


「…何?」



「あのさ、龍弥くんって、菜穂のこと好きなんだよね?」



「は? なんで急にそうなんの?」



「でも、菜穂は木村くんと付き合っているんだもんね。悲しいね。片思い?」



「……。」



「もし本当に菜穂が好きなら私が一肌脱いでもいいよ。」



「は?何しようって言うんだよ。」



「木村くん、私狙うから。」



「そっちが本気ならいいんじゃねえの。俺関係ないし。」


 弁当の蓋を開けて、祖母の作ったエビチリを堪能した。


「せっかく、龍弥くんが動きやすいように私が行動するって言ってるのに素直じゃないよね!」



 機嫌悪そうに席を立つまゆみ。



「あのさ、山口が木村に何しようといいけど、絶対菜穂、傷つけるなよ。」



「しないよ。そんなこと。」


 龍弥に掴まれた腕を振り払った。



「なら、いい。」



(何よ、絶対菜穂のこと好きじゃん。)


 鼻息を荒くしてまゆみは立ち去った。



 龍弥は音楽を聴くことに集中しながら、お弁当を完食した。もう学校でお弁当食べることも慣れてきていたようだ。





*****



雨が土砂降りだった。



夕立だったんだろう。



昼間は物凄く暑いくらいに日差しが降り注いでいた。



夕日が西に沈むと同時にひぐらしが鳴いている。



雨は止もうとしない。


菜穂は公園のトンネルくぐりのできる遊具に1人ポツンの午後7時の薄暗い夜に座って泣いていた。


 

 雨の音でかき消されて、外には漏れていない。




足元は裸足のサンダル

服は半袖シャツにショートパンツ。



髪はぐちゃぐちゃに


持ち物はスマホだけ


それ以外は何もかもを置いてきた。





菜穂はスマホの連絡帳画面を開き、

思いがけず1人に耐えきれなくなって

電話をかけた。



 呼び出し音が鳴り続けた。









 学校から帰宅して、バックを肩にかけたまま、リビングでくつろいでいた。


 いつものお気に入りの虹色のコップに冷蔵庫の中にある清涼飲料水を注ぎ、製氷機から氷を3つ入れた。このカランコロンとコップと氷がぶつかる音が心地よかった。夏が来たとかんじる。


冷凍庫から保冷剤を取り出した。暑い中、歩いて帰ってきたため、頬が赤くなっていた。


 ピタッとくっつけるとちょうど良い冷たさだった。



「ただいまー。」


玄関の開ける音がした。

 菜穂の次に帰ってきたのは母だった。今日は定時に帰れたようだ。



「ごめんね。お腹空いたでしょう。今、スーパーでお惣菜買ってきた。簡単なもので悪いけどいいよね?」



 家の中に入ってすぐに冷蔵庫へ食材を入れる。



「おかえり。いいんだよ。別に適当で。暑いし、そうめんだけでも。」


 

 菜穂がコップを持って、ソファに座り、テレビをつけた。地元では誰もが知ってる情報バラエティ番組が平日の日課だった。母は、ブツブツ、材料を言いながら、夕飯の準備をはじめる。




 ぼんやりテレビを見ていると、父が帰って来た。



「ただいま。」



「あれ、おかえり。お父さん、早かったね。」




「まあね。今日はとりあえずなんとか終わらせて来たんだわ…。」




「おかえり。今、夕飯出すから座って待ってて。」




「ああ。」




 父の将志は荷物を自室に置いて、コーヒーを飲みながら、菜穂の隣に座った。


 まったりとした時間が流れる。


「あ、ここ、行ったことなかったなぁ。行ってみたいなぁ。」


菜穂は番組の途中で流れる CMに反応した。地元近くにある、サファリパークのCMだった。動物園には何度も行ったことがあるが、サファリパークには一度も行ったことがない。それを言った後、父は目をそらして、違う場所を見ていた。


「………。」



「えー、なんの話?」



 母は気になったようで料理している手をとめてこちらにやってきた。

すでに流れていたCMは終わっていた。



「今、映っていたんだけど、サファリパークが最近、できたでしょう。車で1時間かかるところ。今まで動物園は小学生の時何回も行ったけど、サファリパークって行ったことなかったなぁって思ってさ…?」



「……サファリか…。」


 母は不機嫌そうに台所に戻っていく。いつものパターンだと、テンション高めに行こうという話になるのに様子がおかしい。父も何だかそわそわして何も喋らず、コーヒーを飲み続ける。


「え、なんで。なんか問題あるの?」



「お母さんは行きたくないな。そこには。」



 台所に行って、話をしに行く菜穂。



「なんで、なんでダメなの?」



「お父さんがよーーーく知ってると思うよ。聞いてみなよ。」



「母さん!!娘にそんなこと言うなよ。」



「そんなこと?!」


 菜穂は地雷を踏んだと思った。どうしてサファリなんて言ってしまったんだろう。


 この一言で両親が喧嘩してしまうなんて思いもしない。


そこから母もヒートアップして、怒号が飛び交う。


 負けじと父も暴言を吐く。


 何をどう言ってるかなんて覚えていない。


 どうにかこの状況を止めたくて、間に割って入ると。



「うるさい!」


と父。


「黙ってて!!」


と母。


「やめてー。」


菜穂が必死にとめる。


食卓にあった皿がとぶ。

バリンと割れた。


「菜穂には関係ない!!」


2人が同時に言う。



「関係なくなんてない!!私は2人の娘でしょう!!」



「良いから、大人の話にはいってくるんじゃない!!」


 もうとめようがない大人の喧嘩。


 いつも穏やかでもの静かな父だった。

 こんなに怒っているのは初めてだったかもしれない。


 多少ヒステリックな部分もある母。


 皿の他に透明コップが割れていく。



 菜穂は、緊迫な状況に耐えきれなくなって、家を飛び出した。





 夕立とともに雷が鳴り続ける。


 雷な苦手の菜穂でさえもこんな時は雷よりも家の中にいる方が怖かった。


 さっきまで晴れていて、蜃気楼が出るくらいだったのに、今の感情と同じくらいに土砂降りになった。


無我夢中で走った。


 両親の喧嘩を止めれれないという悔しさと自分のせいで喧嘩のきっかけを作ってしまった罪悪感で苛まれていた。



 喧嘩してほしくて言葉を発したわけではない。



 サンダルと半袖シャツ、ショートパンツで傘もささずに無意識に公園にあるトンネル遊具の中に潜り込んだ。


 声を殺して、泣き続けた。


 呼吸をする音がトンネルの中に響く。


 小学生の頃、悩んだ時はいつもここに来て泣いていた。

 しばらくしたら、小さいからということもあり、父が迎えに来ていたが、今は高校生、多分迎えには来ないだろう。


 大のこんな大きい子供がこんなところにいるわけがないと思っている。


 でも、涙が止まらない。


 唯一、持ってきていたのはスマホだった。


 1人で過ごすのに耐えきれなくなって、電話帳の連絡先を確認して、ある人に電話をかけた。



 呼び出し音が鳴り続ける。



**


 コンビニの脇の通路にバイクを停めて、防水ジャケットを脱いでいたところにポケットに入れていたスマホのバイブレーションが鳴った。


(今からバイト始まるって時に誰だよ…ったく。)


「はい、龍弥だけど…。」




「…家、帰りたくない。」




「?」


スマホの名前を見ないで慌ててスワイプしたため、誰かわからなかった龍弥は改めて、名前を確認する。2度見した。




「菜穂? え、今どこいんの?」



「N公園。」



 何となく、いつものテンションじゃないと勘づいた龍弥は真剣に聴き入った。



「わかった。今から行くから待ってろ。」



今からバイトだということは言わずに返事をした。


 バイト先の店長には祖母が倒れたと嘘をつき、今日のバイトは休むと近くにいるのをあえて、電話で連絡してから、脱いだばかりのジャケットを着て、バイクに乗った。


 電話の向こうでは店長が発狂していたが、無視して通話終了のボタンをタップした。


 そりゃそうだ、バイト出勤時間の5分前なのだから。


 龍弥は、申し訳ないことをしたと思いながら、菜穂のいる公園に雨の中、バイクを走らせた。対向車線には眩しく光る車が何台も走っていた。



 雨に反射するライトが眩しかった。


 雷が遠くで鳴っているのが聞こえる。









 大雨だったのがだんだんに小雨になってきた。雷雲も聞こえないくらい遠くに移動したようだ。


 龍弥は、フルフェイスにワイパーがあったらいいなと思いながら、バイクを進めた。小雨でも体に打ちつける雨粒を耐えて、N公園の出入り口付近にバイクをとめて、ヘルメットを外した。



 辺りは、夕日が沈み、すっかり真っ暗になってきた。


 公園についてすぐに周りを見渡すがどこにも見当たらない。影になっているところや屋根になっているベンチにもいなかった。


 ふと、滑り台遊具があるところにも見渡すと薄着でトンネルくぐりの遊具の中でうずくまる菜穂の姿が見えた。



 スマホを曲げた膝に乗せて、顔は内側の中の方へして、見えなかった。



 龍弥も傘はなく、ジャケットにあった帽子をかぶっていたが、びしょ濡れだった。そっと四つん這いになって隣まで近付いて行った。


 すすり泣く声が響く。


 

 あと約30センチというところで進めるのをやめて、あぐらで座ってみた。



 気配を感じた菜穂は、ハッと息を止めて横を見た。


電灯が遠くにあって、真っ暗だっため、頭まで黒い服着た男の人がいるのが、恐怖に思えて後ずさりして怖くて声を出せなかった。



「待てって!」


 龍弥は腕を掴んだ。


「きゃー。」



 かぶっていたジャケットの帽子を外した。



「俺だって。電話で呼び出しただろ!」




「なんでいるの?」




「なんでってさっき電話で…って別に来なくて良かったなら、帰るけど…。」



 がっかりして龍弥は、外に出ようとした。



「待って!」



 腕を掴んだ。



「何。」



「ここにいてください。」



「はぁ……。」



 膝を抱えて菜穂と同じ格好になった。

 


 深呼吸して、ため息をつく。



「今、話すから。」



 ヒックヒックと呼吸が落ち着かない。



「落ち着けって。ヒッヒ、フーでしょう。」



「それ、出産の時じゃん。生まれないし!!」



 少しいつもの自分を取り戻した菜穂。




「それでいいって。いつもの菜穂じゃん。」




「ばか!!」




 また涙が出て、肩を叩く。


 自分のことこんなに見てくれる人いなかったと思った。





「いたっ。」




 1回と思ったら今度は反対側も叩かれた。



「ちょ、やめろって。」



泣きながら



「ごめん。ありがとう。」



 たたかれそうになった菜穂の両腕をおさえた。


ふっと力が抜けたのか肩に顔をつけた。


 龍弥は、頭をポンポンポンと軽く撫でた。



「素直になれって。菜穂って名前なんだから。」




「…龍弥に言われたくない。」




「俺はいいの。俺は狼だから。本心は隠すんだ。……てか、木村という彼氏がいながら、俺に連絡してよかったわけ?俺、彼氏じゃありませんけど。しかも今日フットサルの日でもないし、もう師匠でもないし。」



「木村くん、彼氏じゃないもん。友達だもん。」



 体勢は変わらずにそのまま話し出す。



「へー。昼間、弁当一緒に食べてる仲なのに?」





「……いいの。」





「何が。」




「木村くんとご飯食べると緊張しすぎて美味しくないし。」




「……うん。」





「だから……。」




「へー。」




「えっと…。」




「ふーん。」



だんだんと龍弥の相槌が棒読みになってきた。話を聞いてない。



「俺、帰ってもいい?」


 

 立ち上がって帰ろうとする。



「いてよ!いいの。龍弥がいいの!!」




「ちっ…。」



せっかく龍弥のことを言ってるのに、面倒になったそぶりをして、またあぐらをかいて座る。


心の中ではものすごく喜んでいた。



「舌打ちしないでよ!」




 小競り合いをしたあと、一呼吸置いて、話し始める。



「………お父さんとお母さん。家で大喧嘩して、皿とかコップとか割れるくらい暴れるから、逃げてきた。仲裁に入ったのに私のこと見てくれなかった。」




 突然にはじまるシリアスな話。


 龍弥は真剣に聞き始めた。



「原因なんなの?」



「私がたまたま見てたCMのサファリパークの話したら、お父さんとお母さんの様子おかしくて、言い合いになって喧嘩になった。私がそのこと言わなきゃ喧嘩にならなかったかなと思うと言わなきゃ良かったって後悔して…でも、もう、家に帰りたくない。」



「そのさぁ、サファリの話って西原さんじゃねぇの?」



「…えっ?」



菜穂が拍子抜けするように驚いた。



「西原さんって誰?」



「え、菜穂が前言ってたじゃん。

お父さんと浮気してるところ見たって。

フットサルの受付の

西原 萌香(いしはら もえか)

その人とサファリ行ったんじゃないの?」



「…あぁ。そういうことだったんだ。

だからお母さんが怒ったんだ。

その人と行ったから一緒に行きたくないってことだ。そっか……なんか、

分かって良かった。」




「言ってたのよ、西原さん。フットサルの手続きするときにサファリパークの話してたから。何か、カピバラが可愛かったんですぅって言ってたのよ。誰と言ったのかなとは思ってたけど、菜穂のお父さんと行ったんだね。謎が解けたわ。」




「私、そのサファリパーク行ったことない。ずるい、西原さんと行くなんて。」




「やきもち?お父さんに?」



「そういうわけじゃないんだけどさ。」



ぎゅるるるるるぅ~


大きな音を立てて菜穂のお腹が鳴る。こういうときでもお腹は正直だ。


恥ずかしくなった菜穂はお腹に手を当てて隠した。



「腹、減ってんね。帰った方いいんじゃねえの?」



龍弥は帰宅を促す。

ようやく外は雨が止んできたようだ。



「やだ。帰りたくない。」



珍しく駄々をこねる子どもみたいに帰るのを嫌がった。



龍弥は、ふぅとため息をついて、バイクのヘルメットを菜穂の頭にかぶせた。


2人分のヘルメットを持ち合わせていなかった。


「ほら、行くぞ。」


龍弥は菜穂を促して、バイクの後ろに乗せた。本当はノーヘルメットは違反してるって分かってはいたが、目的地は住宅地を抜けてここから5分のところだった。




想像以上に密着するバイクの後ろ。




菜穂はどさくさに紛れて両手をぎゅっとして、龍弥のお腹で自分の手をにぎった。頬を背中にぴとっと、つけた。



真夏の暑い夜、暑くても龍弥の背中は心地よかった。




なんかいつもより近いなと感じながらも、龍弥はバイクを走らせた。





夜空は雲が途切れて、

キラキラと満天の星空が輝いていた。







「ただいま。」


とても小さな声で

龍弥は家の玄関で、声を出した。


奥の方で夕飯の食器片付けをしていたいろはが様子を見に玄関まで来た。



「おかえり~。あれ、今日、22時までバイトじゃなかったの?ん?あれ、菜穂ちゃん!?」


 


 いろはは、龍弥がびしょ濡れのジャケットを玄関で脱ぐと、後ろには、菜穂の姿を見た。



 もちろん、菜穂もびしょ濡れていた。



「すごい、濡れてるんじゃん。待ってて、今タオル持ってくるから。」


 

 いろはは、慌てて、奥の洗面所からフェイスタオルを2枚を持ってきた。


 

 台所の方で洗い物をしていた祖母の智美が声がして、エプロンで濡れた手を拭きながら、玄関にやってきた。



「あらあら、

 龍弥、今日、バイトはどうしたの?


 びしょ濡れじゃない。


 早く、シャワー浴びなさいよ。


 ん?龍弥、その子はどうしたの?

 風邪ひいちゃうじゃない。


 あんたより先にこの子をシャワー浴びて。


 いろは、服、貸してあげて。


 着替え持ってきてちょうだい。」



「あ、あ、はいはい。今、持ってくるから。」



 フラストレーションで智美は、即座に菜穂を優先して、シャワーを浴びさせた。



 女の子がびしょ濡れは、龍弥よりも可哀想と思ったらしい。



 いろはも慌ててタオルを菜穂の頭につけてお風呂場へ案内し、自分の部屋から適当に菜穂に合いそうな服を持って行った。


 

 サイズもちょうど同じだったようだ。




 玄関に取り残された龍弥は1人ポツンと残された。


 

 ジャケットを脱ぐと短い髪でも水がしたたり落ちる。




「ちっ…。男女差別だわ!俺のタオルが遠い…。」




 なぜか気を抜いたいろはが廊下にぱさっとフェイスタオルを落としたらしく、床に寝転んで、背伸びをしないと取れないところにあった。



(濡れたままの足でいいならすぐに取るのに…ちくしょー足も濡れてるからタオルが欲しい。)



 そこへ、良太が近くのトイレから出てきた。



「お?龍弥、帰ってきたのか?おかえり。ん?何してんの?」



「そこのタオル取って!!」



 あと少しで手を伸ばせば取れそうなところにタオルがあった。



 良太の足元にあったため、ついでに取ってもらった。



「ごめん。」



 ワシャワシャと思いっきり、濡れた髪をタオルで拭いた。


 順番に腕や足も拭く。


 ようやく、家の中に入れた。



 「随分、雨が強かったようだなぁ。


  あれ、バイトは大丈夫だったの?


  まだ21時だけど?」



「今日、ちょっと色々あって、休んだ。 


 ばぁちゃん具合悪いことにしてるから  


 もし電話あったら

 

 適当に合わせててね。」




「龍弥、

 ケータイとスマホ持っているから


 この電話には、


 かかってこないだろ。」

 


 良太は固定電話を指さして言う。




「店長、女々しいから。


 後からネチネチ


 言ってくるかもしんねえの。


 本当ですか?って確認の電話で


 聞いてくるかも。」




「面倒な店長がいるもんだなぁ。


 わかったよ。」



「よろしく…。」



 頭にタオルをほっかぶりして、


 龍弥はリビングのソファにくつろいだかと思うと、


 洗い物をする智美に声をかける。



「あのさ、あの、さっきの友達、


 親が出張行ってるの忘れてて、


 鍵持って帰ってくるの忘れて


 家入れなくなったんだって。


 いろはと同じ部屋で良いから、


 泊めてもいいよね?」


 


 龍弥は嘘も方便で


 菜穂の本当の話は伏せておいた。




「あー。そうなんだね。


 いろはなら、喜ぶんじゃないの?


 さっき、

 同級生だって嬉しくて


 キャキャしてたよ。


 明日土曜日だし、別にいいよ。


 気にしないで。ばあちゃんに任せな。


 お腹も空いてんだろ?


 今、お茶漬けでも作ってやるから。」




「……おぅ。お願いします。」


 

 拍子抜けして、


 

 驚く龍弥は、ほっと安心した。


 

 何も言わずにやってくれる智美が

 心強かった。



「それにしても、


 何か雄二くんと


 同じで出張とかあるんだねぇ。


 大変だねぇ。


 あの子は名前なんて言うの?」



「雪田菜穂だよ。同じクラスの子。」



「ふーん。そうなんだ。珍しいね、


 龍弥が女の子連れてくるなんて、


 お赤飯炊くくらい


 めでたいことかしら?」



「別にめでたくないから。


 ただの 友達だから、

 赤飯なんて炊かなくていいよ。


 俺、赤飯好きじゃないから。」



「ただの友達を家に泊めるの?


 すごいハードル高いと思うけど、


 すごいね、龍弥。」



 じっと見つめる智美。龍弥は耐えきれなくなって、自分の部屋に行く。



 菜穂がシャワーを終えるまで


 自分がシャワーできない。



 部屋の椅子に座り、


 バウンドボールを壁に投げては


 拾うを繰り返し、


 キャッチボールをしていた。




 龍弥にとっての部屋の中での暇つぶしだった。



 机の上には今日、課題を出された英語の教科書とノートが広げられていた。



 ノックする音が聞こえた。ドア越しにいろはが声をかける。




 「お兄!菜穂ちゃん、シャワー終わったよ。次入ったら?」




「おう。わかった。」



 間を置いてから。



「あ、いろは!菜穂にばあちゃんお茶漬け作るって言ってたからって…いたの?」



 ドア開けるといろはの横にぴったりと菜穂がいた。



 菜穂が着替えた服はいろはがよく来ていた水色半袖と黒のハーフパンツのジャージだった。



 ハッと目をそらす龍弥。


 見てはいけないものを見たと視線を逸らした。



 菜穂は上の服がほぼびしょ濡れになってしまったため、ブラをしていなかった。



 いろはとブラのサイズが合わず、結局そのままだった。




 いろはより2サイズ大きかったようだ。



 さすがにブラまでは貸すことはできない。



 慌てて、視線を感じた菜穂は両腕で胸を隠した。




「ああ!!お兄、すけべだな。


 菜穂ちゃんの胸を見過ぎだわ。


 ごめんね、


 私のサイズじゃ菜穂ちゃん

 合わないから


 今、タンスから


 ナイトブラ探してみるから待ってて。

 すけべなあいつに見られるから


 ちゃんと隠してね。」





「あ、ごめんね。逆にありがとう。


 私、全然気づいてなかったよ。


 本当に油断もできないよね。」




「男ってやつは困ったもんだ。」



 菜穂といろはは、龍弥を睨む。



「いろはちゃん、ナイトブラ持ってるの?」




「そうそう。結構、寝るとき楽ちんだよ。サイズも幅広いから、私とサイズ違くてもつけられるから。さすがにワイヤータイプはね、無理だったけど…。」




「助かるぅ。ありがとね。」



 2人は話しながら、居間の方へ廊下を歩いていく。



(元々悪いのはそっちだろうが。見られる前に隠せよ…たくっもう。)




 そう思いながら、後頭部後ろをチョップでたたきながら、鼻にティッシュをつめた。



 両方の鼻穴から鼻血が出たようだ。



 龍弥は言いかけたことが言えなかった。



 居間の方に行けば、

 自動的に祖母の智美が


 声をかけるだろうと、


 龍弥は鼻血を止めて、


 服を脱ぎ捨て、

 お風呂場のシャワーの蛇口を

 ひねった。



「菜穂ちゃんだっけ。いつも龍弥がお世話になってごめんね。絶対ご迷惑かけるわよね…。」


 智美は低姿勢に言う。


「はい。雪田菜穂です。すいません、今日は突然にお邪魔してしまって…。龍弥さんにはこちらこそお世話になってます。フットサルでよくご一緒させてもらってまして…。」




「え?! 菜穂ちゃん。フットサルしてたの?あれって男子だけじゃないの?」



 いろはがびっくりして言う。



「いつも行くフットサル施設は男女混合で人数が集まったら始まる感じで…。もちろん登録はするんだけどね。龍弥さんとは一緒の曜日に参加してまして…。」


 菜穂は、いろはに見られたり、智美に見られたりして、敬語になったりタメ口になったりしていた。困惑した。



「そうだったんだ。お兄はそういうの全然話さないからねぇ。初耳~。フットサルやってるのは知ってたけど、中学のサッカー部でいろいろあったからストレス発散解消におじいちゃんが最初に連れてったんだよね。」



「あぁ、そうだ。それから、あんな身なりになってしまって、大丈夫かって逆に心配なったけど、龍弥は生き生きしてるから良いかと黙認してたんだ。でも、最近、学校の様子も変わって、良くなってますって担任の先生から聞いた時はほっとしたよ…。なぁ、ばあさん。」




「そうなのよぉ。


 ずっと、龍弥は、暗い顔して、


 はげてもないのに


 黒いウィッグかぶるし、


 分厚い伊達めがねとかして

 

 本当にどうしちゃったんだろう

 って思ってたの。


 そしたら、うちにいる時と

 同じ格好で学校行くって

 言ってるから、心の底から喜んだわ。


 確かに派手だから、

 徐々に直して欲しいけど、


 菜穂ちゃんはなんでかわかる?」




「……そうだったんですか。私には詳しくはわからないですけど。まぁ、私が龍弥さんに喝は入れさせてもらいましたが…。」



「え、喝? 何をしたの?」




「聞いてくださいよおー。」



 


 女性3人は、龍弥の話で盛り上がっていた。その頃、シャワーを終えた龍弥は頭にタオルをかけて、こちらにやってきた。



「ねぇ、なに話してんの? 声大きくてあっちにまで聞こえてんだけど。」



「お兄、菜穂さんに平手打ちされてたの?」



「な?! いつの話、持ち出してるんだよ。」



「だって、龍弥が、その格好になった理由って行ったら、きっかけはそこしか思い出せなくて…。」




「……。」



 何も言いたくなくて、冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに注いで一気に飲み干した。



「龍弥も頑固でね。話さないところあるから本心がわからないのよ。でも、ここ数ヶ月は話すようになったね。だいぶ。安心したわ。」



「ほんと、ほんと。分厚い壁があって、オーラも怖くて、家にいるときなんて話もできなかったんだよ。でもやっぱ、菜穂ちゃんと一緒に過ごすようになったからじゃない?お兄が素直になったのは。」



「私は別に何もしてないですよ。ただ、フットサルとか、クラス一緒でってだけですし…。」



 智美は菜穂の両手をガシッと握った。



「本当にありがとうね。これからも龍弥のことよろしくね。」



「私からもお兄のこと、菜穂ちゃん、お願いします。私には手に負えないから。」


 智美の上に手を添えるいろは。円陣を組んでるようになっている。



「ねぇ、全部聞こえてるんだけど?」



「え!いたの?龍弥。」



「さっきからずっといるわ。俺、もう寝るから。明日もバイトあるし。」



「お茶漬けは?」



「もういい。ダイエットしてるから食べない。」


 

 そう言いながら、ぐぅーとお腹の鳴る音が響いたが、聞こえてないだろうと慌てて、部屋にもどる。




「お腹空いてるくせに食べないんだね。多分、ここで食べるの恥ずかしいんだよ。」



「あぁ、なるほど。

 女子に囲まれるからね。」


 祖母の智美も頬杖をついて言う。


 女子と言えない年齢ではあるが。


 笑いが響きわたる。



 いろはと菜穂も同じ部屋に移動することにした。


 智美手作りの鮭のお茶漬けはあっという間に平らげたようだ。






「菜穂ちゃん、菜穂ちゃん。何だか、修学旅行みたいじゃない?」



「そうだね。面白いよね。」



そう言いながら、恋バナに花を咲かせて、疲れていたのか先に寝たのはいろはの方だった。滅多に外泊することはない菜穂は何だか眠くなかった。



 よく言う枕が合わなかったのか、頭を向ける方角のせいか、ふとんが違うからかなど原因を探すが、何度も寝返りを打っても寝付けなかった。


 スマホをポケットに入れながら、ベッドに寝るいろはを背に廊下に出て、菜穂はお手洗いをお借りした。


 水洗トイレの流れる音が響く。



 ガチャと開けると、トイレの横の壁に背と左足をつけて龍弥が腕組みをして

立っていた。



「わ、びっくりした。驚かさないでよ。」



「何、おばけかと思った?ちょ、俺もトイレだから避けて。」



 慌てて入れ替わりでトイレに行く。


 菜穂は手洗い場で石鹸つけて手を洗った。



時刻は午前1時。


菜穂と龍弥以外はすでに寝静まっていた。


外では、夜中だというのに

車が水たまりの上を走る音が

聞こえた。



洗い終えると龍弥も続けて手を洗う。



「あのさ、さっき、おばあちゃんにうちの両親出張だって言ってたんだよね。ごめん、気を使わせて…本当のこと言えないよね。ベラベラと…。」




「何、ベラベラ言って欲しかったわけ?」




「ううん。ありがとうってこと。」




「ふーん。ああ、そう。」



 蛇口をきつくしめた。


 ゴボゴボと排水溝の音がする。




「まだ眠れんの?」



「……そうだね。落ち着かないかな。」



「ベランダ行く?」



「うん。」



 龍弥は自分の部屋の窓をカラカラと開けて、ベランダに置いていたベンチに菜穂を座らせた。



「ちょっと、座って待ってて。」



 机の脇にある引き出しから、何やら細長いものを持ってきた。



「あった。ほら、これ、百均で買ってた。何か懐かしくて。」



 龍弥は線香花火の束を袋から出して、ライターを机の引き出しから取った。


 10本の花火を1本ずつほぐして分けてから、自分と菜穂の分の3本ずつ分けた。残りの花火は机の上に置いておいた。



「ほら、やれば?」




「線香花火…しばらくやってなかった。ライターってマッチじゃないんだね。」



「ああ…。」




(ライターを使う理由って大体わかると思うけど…未成年だからタバコを内緒で吸っているなんて大きな声では言えないし、黙っておこう。)



 タバコの代わりに引き出しに入れていたラムネ味の棒付き飴を舐め始めた。


 菜穂にもいちご味の棒付き飴を渡す。


 白い棒ははたからみたら、

 タバコ吸ってるって見られても

 おかしくないものだ。



「手に持ってて。火、つけるから。」



「うん。」



 線香花火はオレンジの丸を作ったかと思うとパチパチと花開いて勢いよく、広がっていって、少し手ブレがするとポトンと落ちてしまった。



「あぁ~。落ちちゃった。」




「もう一回すれば?まだ残ってるでしょう。」



「うん。火、つけて。」



 シュッとライターの音が聞こえると、また塊の丸ができた。


 3秒ほど花がパチパチと開いた。

 

 ポトっと落ちた。


 さっきよりも早かった。


「線香花火って一瞬だね。あっという間に終わっちゃう。」



「花火に学ぶことは、今の瞬間を見逃すなってことだと思うな。打ち上げ花火もずっと空に残ることはないからな。」



「……龍弥。」



「ん?」




 龍弥は机に残っていた花火を面倒になって3本をくっつけて一気に終わらせようとした。



 今を大事にと言ってる割にはささっと終わらせるってどういうことだと矛盾に思える。




「これ、無駄にしてるって思ってるだろ?実は、この線香花火を3本一緒にすることによってより強力になって、落ちにくく、長く見られるわけ。良いだろ?」





「3本の矢作戦みたいなってことね。」




「そうそう。

 なぁ、今、何か言いかけた?」



 パチパチと花火が鳴る。




「うん。」




「なに?」




 3本の線香花火も遂には

 ボタっと下に落ちた。




 遠くの方でバイクの走る音が

 聞こえる。


 ぼーっとした時間が流れる。




「私、龍弥のこと好きになっちゃダメかなぁ…。」






「……は?え?幻聴?」






「嘘、言ってないよ。」






「……俺はやめておけって。木村いるだろ。安定の次期生徒会長にしろよ。」


 


龍弥はしゃがんでいた体を起こし

立ち上がってベンチに座り直した。



舐めてた飴を手でつかんで

どれくらいの大きさになったか調べる。





「それって、無理ってこと?」





「……うん。」



無表情で答える。飴をくわえなおした。



「……わかった。ごめん、忘れて。」



 ショックだった菜穂は顔を伏せた。


 菜穂は立ち上がってベランダから部屋の中へ行く。




「もう寝るね。おやすみ。」




「おやすみ。」



 外を見ながら、言葉だけ送った龍弥。

 本当のことを言えなかった。



 本当は

 今すぐにでもぎゅーと

 後ろから抱きしめたくなるくらいな

 気持ちがあった。



 もちろんそれ以上のことも

 望んでいた。



 でも、できなかった。





 学校で木村と一緒に過ごす菜穂ははにかんでいて、恋人同士らしい過ごし方をしているのをよく見ていた。



 自分といる時はいつも喧嘩ばかりで恋人らしいやり取りなんて、出来てない。



そんなんで付き合うなんて、無理だと龍弥は自信をなくしていた。



 菜穂を幸せにするのは、自分じゃなくて木村なんだとそう感じていた。


 

 それでも自分の気持ちを押し殺して、やり過ごすのは辛かった。


 

 本来ならば、隣にずっといてほしい。


 でも、自分にはその度量はきっと持ち合わせていないんだ。


 あいつには笑っていてほしい。


 自分といてもきっと笑えない。



 頬に涙を伝った。


 声を殺して静かに泣いた。


  

 これでいいんだ。


 これでと自分に言い聞かせた。


 

 舐めていた飴をバリバリと噛んで棒をゴミ箱に捨てた。



 ベッドに横になり、タオルケットを体にかけて、落ち着いて眠ることはなかったが、寝返りを何度も繰り返した。




 そのまま、夜が明けた。

  


































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