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スノーフレークに憧れて  作者: もちっぱち
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第6章

 アロエジュースを飲み干してから龍弥は中学での部活のことを話し始める。



 中学1年の頃から、サッカー部に入り、人数がギリギリだったこともあり、レギュラーに抜擢されて、猛練習していたが、不慮の事故で両親が亡くなった中2の夏。自分自身も怪我をして、一時的に部活を休んでいたが、その頃から、部活内の雰囲気が良くなかった。



 人数ギリギリで入った龍弥の学年は突出して上手かったのは龍弥だけで他は、補欠気味になりかけるくらいのやる気のなさだった。こと尚更、やる気のある龍弥が抜けることで、部活の空気が一気に変わった。



 それまでの中総体も県大会にまで出場するくらいの強さだったにも関わらず、龍弥が事故で抜けて、全然、勝てなくなり、結局勝てないまま3年生が受験のため、部活を引退してしまった。



 その悔しさが、龍弥自身に向けられた。



 標的にされたのは同学年ではなく、3年生の先輩達だった。



 やっと事故の怪我が治り、両親の葬式やいろんなことが落ち着いて、部活に復帰した頃、引退したばかりの先輩たちに部室に呼ばれ、何も言わずに龍弥はターゲットにされ、集団リンチに遭った。



 それまで強豪校として有名だった中学の伝統がプツンと途切れてしまったのだ。


 コーチは致し方ないと言っていたが、先輩たちは沸々と湧き上がる怒りにぶつけるところがなかった。



 試合に参加できなかった白狼龍弥のせいにされた。



 確かに龍弥が試合に出ていたら、余裕で勝てていた試合が多かった。


 コーチや顧問の先生も認めるくらいだった。


 両親が亡くなるとか、自分が事故に遭うとか、予期もしない事故でどう償えばいいのか。


 過去はもう変えられない。



 人間不審になったのはそこからだった。


 顔も、腕も足も、めちゃくちゃに殴る蹴るの暴行をされて、歩くのもやっとだった。


 5人の先輩たちがいなくなった後、部室の中で倒れていると同じ2年で一緒の部活だった大友恭平(おおともきょうへい)が龍弥に気づいて、先生に報告してくれた。


「おい、大丈夫か?」


「無理っぽい。」


 全然大丈夫じゃない。そのまま病院に連れて行かれた。

 

ちょうどその時は2学年だけ三者面談があって、部活が遅れて始まるということを聞いてなかった龍弥は、早々とサッカー部の部室に来てこのありさまだった。


 よりによって、三者面談。


 龍弥自身は両親が亡くなったばかりでそれどころじゃなかったのだ。


 この頃の龍弥は、ごく普通に黒髪のスポーツ刈りで、ピアスなんて興味も無かった。1年の頃からサッカーに一筋で先輩方とも和気藹々とこなして来たつもりだった。


 自分が裏切ったのかと自問自答を繰り返す。


 たまたま夏休みのお盆休みでサッカー部も休みになり、せっかくだからと両親と出かけてしまった。それが行けなかったのか。


 いつまで経っても答えが見出せない。


 両親が亡くなってから、不眠も長く続くようになって、睡眠薬を処方されたりもしていた。


 こと尚更、先輩たちからの暴力。


 もう、不登校になってもおかしくなかった。


 龍弥は誰にやられたかは絶対に警察や先生に言わなかった。黙秘し続けた。



 その分、もう、サッカー部の部室に足を踏み入れることはできなかった。


 そのまま退部した。


 やりたかったサッカーを燃焼できずにいたら、祖父に勧められたフットサルの情報を調べて、中3の受験生にもかかわらず、通うようになった。


 何とか、フットサルで自分の心と体のバランスを取ることができた。


居場所は学校だけじゃない。部活だけじゃない。外部のフットサルでもサッカーと同じようなことができる。

 

メンバーは変わる変わるだからお互いにさっぱりできる。


 その中で、雪田将志、下野康二、滝田湊、宮坂修二、水嶋亜香里、齋藤瑞紀、庄司優奈、そして、高校のクラスメイトでもあり、同じ部員の雪田菜穂に出会ったのだった。



 龍弥にとっては、フットサルのメンバーは中学のサッカー部よりも居心地が良く、楽しく参加できていた。



 こと尚更、菜穂に会って、本当の自分を取り戻すきっかけになったと感じている。



「結構、大変だったんだね。サッカー部の話。てか、強豪校にいたの?」



「コーチとか普通にサボってたりするとパチンで跡つかない程度に頬叩くしね。暗黙の了解でみんな黙ってたよ。そうでもしないとみんなやる気出ないから。結構厳しいところだけど、俺は強くなれてよかったよ。事故がなければって思ってしまうけどさ。期待されているもやな感じだよ。さっき、高校の顧問にサッカー部来ないかって誘われたけど…菜穂とフットサルできなくなるのもやだからなぁ。」



「……それじゃぁ私のせいになるの?せっかく続けてきたサッカーやったらいいのに。やめようかな、私。フットサル行くの。元々は、私、お父さんを見張るために行ってたからさ。」



「え、なんでよ。来ないの?てかお父さんを見張る?どういうこと。」



「大きな声では言えないんだけどさ。お父さん、浮気してたの。あのフットサルで彼女作って。」



菜穂は龍弥に耳打ちする。



「え?!うそ。将志さんが?気づかなかった。」



「それで、お母さんに最近お父さんの様子がおかしいから、一緒に行ってみてきてって。それがきっかけでフットサルに私も参加することになってたの。まぁ、龍弥いたから、お父さんが落ち着いた頃は目的は変わったけどさ。」



「へぇ……目的変わったって?何になったわけ?」



「それは……言わないよ。」



「ケチだな。」




「お父さん、やっぱり黒だったからさ。最悪だよ。フットサル施設のスタッフの人とできてるなんて、信じられない。ずっと監視してたら、やめようみたいな雰囲気になってよかったけど。男の人って浮気する生き物だとわかってはいるけど、呆れてしまうわ。お母さんは気にしてないようにして、めっちゃお父さんのスマホチェックしまくってたからな。私はそうならないようにしようとは思うけど…いや、やるかな?どうだろう。」



「まだ、愛されてる証拠じゃん。ヤキモチもないと伝わないこともあるからな。放置は良くない気がするが…。菜穂はどちらかと言えば放置するタイプだよな。クールすぎる…。」


「何を思ってそんなこと言うの? 龍弥は私の彼氏でもなんでもないから。…てか、もう良いよね。話聞いたから。そろそろ帰るわ。」


 菜穂は、立ち上がって公園にあるあみあみのゴミ箱に遠くからポンとジュースの缶を投げて入れた。見事に入った。


「ラッキー。」



「ちょっと待って。」



 龍弥は左腕をつかんで引き留めた。



「なに?」



「…いや。…その、」



「だから、なに?」



「あーー…。いや、なんでもないわ。暗くなってきたから気をつけて帰れよ。」



 龍弥は持っていた缶を同じようにゴミ箱に入れたが、近くから投げたのに全然入らずに不格好に拾って投げた。



 立ち止まって、菜穂は龍弥が通り過ぎて立ち去るのを見送った。



「何よ…。引き留めといてそれだけ?」



 龍弥は急足で、家路を急いだ。

 顔は赤くなり、鼓動は早くなる。

 走っているからか。夏だからか。


 いや、違う。


 龍弥は菜穂に何かを言いかけた。


 でも、言えなかった。


 この瞬間にきちんと伝えておけばよかったと後からになって龍弥は後悔することになる。







朝が来た。


まだ起きたくなかったのに、家の近くに巣を作ったのか、ツバメの親鳥が雛に餌をあげている鳴き声で目が覚めた。



今日は、木村悠仁に写真コンクールで賞を取ったことと、木村を撮ったことを本人に伝えなくちゃと忘れないようにメモに書いた。学校に行っている間に案外やらなきゃいけないことは忘れることが多い。


 最近いろいろありすぎて疲れているのか髪型はとかして流すだけにした。


 眉毛だけアイブロウで描いて整えた。



「おはよう。」



「おはよう。菜穂、朝ごはんはパンでいいの?」



「うん。そうだね。」



「何か疲れている?」



「学校でいろいろあって…。やっぱ、あんまお腹すいてないからいいや。」



 パンを食べるのも嫌になって、席を立ち上がり、行く準備をした。


「あら、そう。んじゃ、はい、お弁当。今日は、ミートボール入れてみた。」


「あ、ありがとう。」



 菜穂はお弁当を受け取って、家の玄関を開けた。


 風が少し強かった。

 着ていた制服のスカートが風でふわっとなった。




 菜穂はイヤホンで音楽を聴きながら、学校へ歩いた。


 

 校門を通り過ぎると、行き交う生徒たちが大勢いた。



 その間をくぐり抜けて、昇降口の靴箱で上靴に履き替えた。



 頭にコツンと腕が当たった。

 菜穂の靴箱の上の段にいた人が触れたらしい。


「あ、ごめんなさい。」



「悪いって……菜穂かよ。別に何も言わなくてもよかった。」


 銀髪だった色を真っ黒に染めてきた龍弥がそこにいた。その姿にびっくりして、指をさす。


「てか、人を指さすなって、失礼なやつだな。」


 龍弥は菜穂の人差し指を手で握って避けた。


「頭あたるよりもびっくりしたから。何その頭の色。なんで真っ黒?墨かぶったみたい。」



「これ、シャンプーで落ちるやつだから。今日1日だけ黒。」



「なんで?あぁ。そういや、風紀委員の日だね。真面目だねぇ。って普段から黒にしときなよ。面倒だなぁ。」



「別に、俺が髪染めるんだから、菜穂には関係ないだろうよ。放っておいて!」


 ブツブツと自然の流れで隣同士並んで、教室まで歩いた。


 周りの視線とか気にしないで、2人は平気になってきた。


 別に交際宣言しているわけではないしとお互いリラックスしていた。



 でも、あちらこちらでチラチラとこちらを見ながら、言う生徒もいたが、見ても見ないふりで通した。



「てかさ、そもそも銀色に染めなきゃいけない理由って何よ。先生にも注意されるでしょうが。落ち着いて黒にしといたらいいんじゃないの?」



「俺はまだ、これでいいの。まだ出したくない。」



「……。意味わからない。まぁ、自分のことじゃないから好きにしたらいいけどさ。あ、木村くん。」


 菜穂は教室に着くとすぐに木村に昨日の写真コンクールの件について報告した。笑顔で快諾してくれた。アップで写真に写っているとなると目立つし、しかも全国新聞。逆に申し訳ないと感じてしまう。



「いつの間に写真撮ってたの?気づかなかったよ。でも、賞取るなんてすごいね。おめでとう。こんな俺で良ければどんどん載せて。次期生徒会長狙っているからさ。宣伝効果になるよね。」


「そう言ってもらえて嬉しいよ。全国新聞にも載るから見てみてね。おひさま新聞だから。まさか、私も賞なんて取れるって思ってないから。りゅ…白狼くんもコンクール応募してて佳作になったみたいで賞金出たみたいのよ、ね!」


 隣を通り過ぎようとする龍弥が菜穂に肩を叩かれる。


「え、あ、ああ。そうだけど…。」


「あれ、白狼くん。今日髪色真っ黒じゃん。似合っているよ。写真コンクールもすごいね。というか、写真部だったことすら今知ったよ。大友くんに聞いてたけど、中学の時サッカー部だったって本当?」


 木村は龍弥の髪色にびっくりしていた。すーと横を通った石田が龍弥の髪を見て驚いていた。


「ちょ、白狼、それ、今日持ってる? 俺、今日風紀委員調査あるの忘れてて、黒に染めてくるの忘れてたんだわ。スプレーあれば貸して。」



 龍弥はバックをのぞいて1日髪色染めスプレーを石田に渡した。


「ほい。少ししかないかもしんないけど…。」


「あぁ。助かったわ。てか、1人でできないから手伝ってくれよ。」


 龍弥は石田に手を引っ張られてトイレに連れて行かれた。



 石田も髪染めの常習犯。龍弥の銀だとしたら、石田は、反対に色は金髪に染めていた。


「こんなもんでいい?」


「ああ、ごめん、あとここも頼むよ。」


「はいはい。石田の染め方雑だな。自分でブリーチしてるの?」


「ああ、そうだけど。後ろの方って見えないじゃん。だからまばらになるんだよ。」


「今、泡で染めるやつあるじゃん。それなら、綺麗に染まるぞ。これじゃ、ダサい。」


「ダサいって言うな。俺だって泡でやったことあるんだぞ。目に入りそうになってやばかったんだから。」


「それ、泡立てが足りなかったんだって!しっかり泡立てればきちんと染まるから。ったく、カッコつけてる割にはきちんとしてないんだな。」


「そうなん。今度やってみるわ。てか、これ、シャンプーで落ちるんだろ?」



「ああ。そうだよ。」



「さんきゅー。マジたすかったわ。」


 石田は胸をなでおろした。無事、綺麗に黒に染めることができた。

 

 たまたま持っていたタオルを肩にかけていたため、ギリギリワイシャツに付かなかった。


その頃の教室で木村と菜穂は席が隣同士ということもあり、話しを続けていた。



「雪田さん、今日の昼休み、もし良ければ、一緒に図書室行かないかな?」



「え、ああ、うん。別に用事ないから良いよ。何か借りに行くの?」



「ちょっと話したいことあって…。」



「うん、わかった。」

(生徒会の勧誘かな。まぁ、話だけでも聞いておこう。)


 石田と龍弥がトイレから戻ってきた。無事、黒髪に染められたようだ。


これで風紀委員の審査に合格するだろう。



 龍弥は、木村の様子を見ると少し頬が赤かった。熱でもあるのかと心配になった。



****



 「雪田さんって本は読む方?」


 昼休みになり、借りていた本を持って木村は菜穂を誘って図書室に向かった。


「そうだなぁ、読むとしたら、まちがいさがしとか、モォーリーをさがせとかだったら、小学校の頃、好きでよく読んでたかな。今はファッション雑誌をスマホの電子書籍で見るくらい。あと漫画とかかな。ほとんど活字は見てないかも。」


「そうなんだね。俺は、その年に話題になった直木賞とか芥川賞とかの本なら読むけど、そこまで本の虫にはなれないかな。活字はそれくらい。雪田さんと同じで漫画読むよ。電子書籍の。」


「え、そうなの?意外だね。木村くんは活字一筋ってイメージ。どんな漫画読むの?」


「話題の少年コミックがほとんどだよ。みんながよく知ってるやつ。話についていけなくなるからさ。」


「あぁ、なるほどね。そういうことか。友達のためってことなんだね。木村くんらしいね。私は、勧められても読む気がしなかったら読まないタイプだからさ。良いと思う。優しいよね、木村くんって。」



 図書室に着いて、図鑑の並ぶ棚をチラチラと眺めてみた。花の図鑑なら、興味あるなぁと開いてみる。


「図鑑もいいよね。知らないことがすぐわかって、こういうのもあるんだって思うから。」


「そう。最近、部活で、植物の写真撮る機会があったから、参考になるかなって思って…。あ、ごめん、話しあるって言ってたよね。ここ座ろうか。」


 菜穂は図書室の椅子に腰掛けた。


「あー、ごめん。俺が誘ったのに気がつかなくて、そうだね。座ろう。」


 他に誰もいない図書室。静かだった。窓が開いていて風が吹き荒んでいる。


「あ、窓、閉めようか。」


「あのさ、前からずっと言いたかったんだけど…。」


 立ちあがろうとした菜穂は座り直した。


「俺、雪田さんともっと仲良くなりたいなって思ってて…。付き合うっていうとハードル高い気がするから、友達からじゃダメかな。」


「え? それって…。」


「うん。省略しちゃってた。ごめん。緊張してて…。入学した時からずっと気になってたんだ。俺、雪田さんのこと好きなんだけど、ゴホゴホ…。ごめん。」


 緊張のあまりむせている木村。菜穂は信じられなくて、両手で口を隠した。


「嘘だ。そんな、無理だよ。顔にいっぱいそばかすあるし、髪だってクチャクチャだし、欠点だらけで木村くんの彼女になんてなれない…。」


 木村は顔を隠す菜穂の腕をつかんで言う。


「そのままでいいの。大丈夫、関係ないから。そばかすも、髪型もそのままで。だから、言ったでしょう。彼女じゃなくていいんだよ。友達からって。」



「ごめん、ありがとう。嬉しすぎる…。こんな私で良ければお願いします。」



 菜穂は両手で顔を隠して静かに泣いた。そっと頭を撫でてくれた。


 ほっと安心した。柔らかい空気になって、心がポーと温かくなった。




その頃の龍弥は中庭で

鳩に餌をやるかやらないかで

格闘していた。


結局嫌がって飛んでいってしまった。



「ちくしょう。せっかく餌やろうと思っているのに。」


 叫んだ声がこだまする。



風紀委員の検査は通過することができた龍弥と紘也。胸を撫で下ろし、帰ってからしっかりとシャンプーで黒の髪を落とした。


翌日には、銀髪と金髪でいつも通りに過ごした。


この風紀委員の意味って一体なんだろう。

 警察のネズミとりのように捕まらなければスピード出してもいいみたいな感覚で、普段は髪色変えても平気みたいになっている。


 担任の先生や教科の先生も髪についてちょこちょこ注意するが、焼け石に水で言うことを聞かない2人。


 もう諦めているようだ。


 龍弥の方は何かトリガーがあれば、黒髪に染める決意があるようだが、それは何かはいまだにわからない。


 石田紘也の方は、さらさら黒髪に染めるつもりはないようだ。



 菜穂は、昨日、木村に告白を受けて、友達から付き合うことになったのだが、自分の中で決めていたことを思い出す。学校内での彼氏は作らないって絶対嫌だと思っていたため、木村にそのことを言うのを忘れていた。


 そこはどう解決すべきか。


 顎に人差し指をつけて、広げたノートを見つめた。


 最初の授業は世界史だった。


「雪田さん、何、してるの?」


隣の席にいる木村悠仁。前よりもまして、話しかけてくる確率が増えた。


 それはそうなのはわかっているが周りの視線が痛い。特に山口まゆみ。


 いろいろな事情があって、最近は疎遠になっていたが、この状況を読んでいるのかチラチラとこちらを見ている。


 友達になったことはありがたいことなのだが、彼氏までは言っていない。でも、たくさん話をするっていうことは周りも変な目で見る人も多いと言うこと。


 もっと前に木村に話しておけばよかった。恥ずかしがり屋だということを。



「えっと、世界史の人物を覚えなおしてたの。ペリー来航とか、ナポレオンとか、あとレオナルドダビンチとかね。」


 ごまかすようにペラペラと教科書をめくる。



 木村は菜穂に小声で話をする。


「今日、放課後、昇降口のラウンジで待っているから来てもらえるかな。部活始まる前なんだけど…。」



「え、あ、うん。わかった。」


 

 そもそも、高校での男子と関わるってどうしたらいいんだろうと悩み始めた。


 男友達ってどんな感じで接するのか。


 いつも、龍弥とはフットサルで自然に話すのに、木村になると変に緊張して、声がうわずる。


 自分が自分ではないみたい。


 龍弥は男じゃなかったのかな。


 おかまだったっけとおかしな考えになって、面白くなって吹き出してしまう。


 

 菜穂の席から見える龍弥の後ろ姿。


 しっかり銀色の髪に戻っていて、耳にはピアスもつけている。


 いつの間にか、両耳につけていたピアスの付け方がかわった。


 指輪を輪っかのまま穴にはめていたのに、指輪が丸いピアスと同じようにつけていた。


 どうやら、シルバーリングを溶接して変形させたようだ。


自分でやったのか気になった。

凄い技術だなと思った。


前よりもピアスの穴は小さくなっている。あれなら傷つかないなと納得する。



 視線を感じたのか、龍弥は首元に手を当てた。



 龍弥がチラッと後ろを向くと菜穂がぐるりと右側の掲示板に視線を外す。



 菜穂が見てたのかと気づいて睨みつけるとすぐに前を振り向いた。




(何か、見られてるなと思ったら、菜穂かよ。学校では話すなって言うくせにこっち見るんじゃねえよ。)



「白狼!よそ見したから、この問題答えて。」



「げ?! なんで俺なんすか。」



「いいから。」



 不意打ちに指名された。



黒板には


【紀元前31年にプトレマイオス朝のクレオパトラと結託したアントニウスをオクタウィアヌスが破った戦いを何というか?】


と書かれていた。



 龍弥は立ち上がり、考える。



「アクティウムの海戦…です。」



「はい!正解。よくわかるな。さすが、学年1位は違うな。」



「え! 先生、それ、マジっすか。」


 石田紘也は立ち上がって言う。


「あ、白狼、ごめん。プライバシーの侵害を破ってしまった。言わないのが今の時代か?…って、成績上位は廊下に貼り出されるから問題ないか。石田は見てないんだな貼り紙を。」



「俺は別に気にしないですけど…。」



 龍弥はそういうと席に座る。



「俺は興味ないっすから!!」


 石田は叫ぶ。



「はっきり言うな。てか、気にしてくれ。んじゃ、そのまま続けるぞ…。」



 その話を聞いて、菜穂は初耳だった。石田と同じで成績順位なんて気にしたことなかった。


 自分自身はそこまで成績にこだわっていなかったからだ。


 特に龍弥が1位なんて知らなかった。

 意外な一面に驚きを隠せない。


 そもそも、勉強に集中して陰キャラを演じていたのだから成績がよくなるのも当たり前かとも思う。変に納得した。




****


 放課後になり、菜穂はバックに教科書を詰め込むと、まゆみが話しかけてきた。すごく久しぶりだった。


「菜穂、あのさ、聞きたいんだけど…。」


「ごめん、雪田さん、後でよろしくね。」


 木村はまゆみが話す途中で声をかけて席から立ち上がり、教室を後にする。


「あ、うん。ごめん、まゆみ、聞きたいことって?」




「あ~…。ごめん。忘れちゃった。」




「忘れたんだ。そっか。」



「用事あるんでしょ。木村くん、行ったよ。」



「そう。ごめんね。ありがとう。んじゃ、また明日。」



「んじゃね。」


 軽く手を振って別れを告げる。


 まゆみは木村と菜穂の様子がいつも違うことに気づいた。


 直接聞くより、見る方がいいかなと思い、菜穂の後ろをそっと気づかないように着いて行った。





「木村くん、ごめん。お待たせ。」


ラウンジに着くと、木村は紙パックの自販機でイチゴ牛乳を買っていた。自分で飲むのかなと思っていたら。


「はい。今日もお疲れさま。俺からの差し入れ。」


 パッと手渡された。


「ああ、これ、私に?」


「そう。」


「ありがとう。いただきます。」


「どういたしまして。」



「あ、あと、木村くん。お願いがあるんだけど、良いかな。」



「部活がもうすぐ始まるから少しくらいなら、話できるけど…ここでいい?」



「あ~そうだよね。ここじゃ、ざわざわしちゃうかな。部活の移動とかでここたくさん通るもんね。」


「確かにそうだね。あ、そうだ。連絡先、交換してなかったよね。いい?」


 木村はバックの中からスマホを取り出して横に振った。


「あ、そうだね。ラインの方が話しやすいや。QRコード出すから読み取ってもらえるかな。」


 菜穂もバックからスマホを取り出し、すぐにラインの友達追加用QRコードを表示させた。


「これでいいね。ここじゃ話しにくいなら、送っておいて。返事かえすのは夜になると思うけど…。」



「大丈夫。そんなに急ぐことじゃないし。交換してくれてありがとう。」



「うん。いいよ。んじゃ、そろそろ行くね。またね。」


「うん。それじゃぁ。」


 手を振ってお互いに別れを告げた。


 壁の影からまゆみは、菜穂と木村の様子を見ていた。



(あの2人、付き合ってるのかな。いつの間に、そんなことに。菜穂、木村くんがいいってそんなこと一言も言ってなかったのに…。)


 何となく、悔しい思いをしたまゆみは、思いもよらないことを考え始める。


 菜穂は、スマホで木村のラインアイコンを見ていた。


 写真には、飼い犬なのか、ラブラドールレトリーバーが写っていた。

 子犬のようだった。


 自分のアイコンを見るとスノーフレークの写真になっている。


 そういえば、これは龍弥が撮った写真だったなと、バックにスマホを入れた。


 家に帰ってから、学校での関わり方をどうするかを木村に相談しようと考えていた。

 木村にお願いしますと言っていたが、この緊張感はどこから来るのか。


 ありのままでいいと言われた嬉しさが勝って本当の気持ちが見失っている。


 これは友達としてlikeなのか、恋人のloveなのか。


 まだどっちにもなれてない気がしてくる。


 ただ一つ言えるのはドキドキが止まらないと言うこと。相手とうまく話せない。


 龍弥の前では素直に話せるのにどうしてしまったんだろうと感じる。



****



 フットサル場のベンチに座り、スマホ片手にため息をつく。


 菜穂は、いまだにメッセージを画面で打ち込んでは消して、書いて消しての繰り返し、文章をなんて打つか決めかねていた。


 頭が重く感じた。



「あ~顎乗せ楽ちんな頭だなぁ。」


 龍弥が、菜穂の頭の上に顎を乗せた。


「ちょ、やめてよ。重いってば。」


 手で振り払おうとする。ベンチの横に座り直して、ボールを持ちながら、スマホを覗こうとする龍弥。


「何見てんの?またエロ漫画?」


「は?!エロ漫画何か見ないよ。恋愛漫画だって。」



「え、でも、その画面、ラインっしょ。漫画じゃねえじゃん。」



「勝手にのぞくなぁ。」



 手をわーわー上にあげて、振り払う。龍弥は意地でも中を見ようとする。



「ん?お疲れさまスタンプやってる。俺には一切よこさないくせに誰に送るんだよ。」



「見るんじゃない!!」


 右肘で腹を打つ。


 龍弥は、急所をついたのか、その場にうずくまった。


「おーい、何してんの?格闘技?」


 下野がやってきて、2人の様子を見ていた。うずくまる龍弥の背中を撫でた。



「菜穂…力、強すぎ。腹…痛い。」



「龍弥が悪いの。プライバシーの侵害してくるから。」



「あわわ…。龍弥さん、先週から引き続き、菜穂さんに嫌がらせですか?」


 滝田がやってきて、龍弥の顔をのぞく。龍弥は、滝田の顔を両手でたこの口を作る。


「滝田~、俺は腹が痛いぞー。」


「この手、やーめーてー。」


 滝田は口をタコにされて酷そうだった。

 菜穂に肘うちされたため、滝田への八つ当たりだった。


 

「私は心配しないから!!」



「あーあ。菜穂ちゃん、怒っちゃった。」



「なんつって、そんなの全然痛くないし。菜穂の肘打ちなんて俺は効かないよーだ。」



 本当はものすごく痛かったのを痛くないふりをした。



「ああ。そうですか。」



 こんな自分本当は嫌だ。素直にごめんって謝りたかった。でも、謝りたくない自分がいた。


 木村とラインしてることを何故だか、龍弥には見られたくない。


 気持ちがモヤモヤした。


 喧嘩するのも、自然に会話できるのに、何で木村にライン一つ送るだけでこんなに悩まなきゃいけないだろう。


 自分をよく見せたいからか、嫌われたくないからか。

 

 菜穂は、またため息一つこぼして結局、今日はありがとうというメッセージを残して終わらせた。


 木村に伝えたいことを伝えられずにいた。




「試合始めます。集合してください。」


 龍弥は声をかけていつものように人数調整と役割分担を始めた。


 さっきの菜穂の肘打ちのお腹の痛みを気にしながら、テキパキとこなし、試合開始のホイッスルが鳴る。


 龍弥の痛がる様子を見て、菜穂は悪かったかなと少し後悔した。


 それでも平気という龍弥の言葉に救われた。



 試合が始まると龍弥はスイッチが入るようで、ふざける様子は全然なかった。なんでいつもここに来ると意地悪されるのか不思議で仕方ない菜穂だった。




窓が開いて、カーテンが揺れ動く静かな教室に1人だけ机に座って、眠っている女子がいた。


 左腕を伸ばして枕のようにして寝ている。


 風が吹き荒んでいても起きようとはしない。


 校庭からは、サッカーをする声や野球のバットでボールを打つ音が響いている。


 陸上部ではスタートの合図のホイッスルの音がして、走っている間にハードルがガコンと倒れているもあった。



 季節は7月の真夏で、外に出ると午後の4時だと言うのに太陽はまるで昼間のように輝いている。暑くてうだってしまう。


 今日は木曜日の写真部の部活の日だった。

 龍弥は、教室のロッカーに一眼レフのカメラを置いてきたことを思い出し、戻ってきていた。



 寝ていたのは、菜穂だった。



 今日が木曜日で部活があることを忘れていて、木村にサッカー部が終わるまで待っててと言われて、教室でぼんやり待っていたら、眠くなっていた。


 静かに眠る菜穂は天使のようだった。恥ずかしげもなく、顔をこちら側に向けている。



 菜穂の隣は木村の席だったが、拝借して、龍弥は隣に座った。



 何も話さず、静かにずっと見ている。部活があることを教えるか、そのまま寝かしておくか考えた。


 昨日のフットサルで、菜穂は、龍弥よりもいつもよりかなりハードに動いていたことを思い出す。疲れているんだろうと理解した。ましてや、学校では小テストのオンパレードだった。



 菜穂は、意外にも神経使いなんだろうと感じた。


 こうやって、目を瞑っている菜穂を見るのは初めてだったかもしれない。


 顔なんて普段じっくり見たことない、目を凝視して話すわけでもない。


フットサルでは、なにかしらの反応がある菜穂を見て遊ぶ龍弥。怒ったり、泣いたり、騒いだり、笑ったり。学校では見せない菜穂の顔で遊んでいた。

 それが面白くて行ってるようなもんだ。


 菜穂といる時の方がごくごく自然で、自分のありのままで過ごせるのだが、それがどんな気持ちでどんな状況でその時の龍弥にはまだ自分自身でも気づいていなかった。



 友達という枠組みを超えて、フットサルを教えるという立場でもない。


 恋人でもない。


 兄妹という関係でもない。


 ただ、同じ空間に一緒にいることが居心地が良かった。


 風が強く拭いて、窓のカーテンが大きく揺れた。ちょうどカーテンが菜穂の近くの席で覆った瞬間、龍弥は、無意識に寝ている菜穂の前髪に触れ、そっと額にキスをした。


 さすがに、何か温かいものが近づいた菜穂は、目を覚ます。


「…ん?」



 龍弥は、少し顔を離してそのまま寝起きの菜穂を見続けた。



「あれ、なんでここにいんの?」



「今日、部活ある日だから、カメラ取りに来てて…。菜穂は行かないの?」



「え、うそ。今日、木曜日?忘れてた。カメラ、家に忘れて来てるし。あ、木村くんにも連絡しないと…。あ、でも、いいや。今日、サボるわ。」



「…何、今の。コント?」


 龍弥は腹を抱えて、涙を流しながら笑う。


「え…。コントじゃないんだけど。ちょっと笑いすぎ!!!」


 龍弥の肩を叩いた。


 どさくさ紛れに笑いながら、ハグをする龍弥。


「あー、マジ、うける。これで生きられるわ。いや、ご飯3杯は食べられるな…。」


笑いながら、菜穂は龍弥に背中をポンポンと叩かれる。


 ハグされて、気が気で無かった。


 フットサルでゴールが入るたびにみんなにハグしてハイタッチしてが多いなってそのノリなのかって思いながら、顔を真っ赤にして、どんっと龍弥の胸をおす。


「あ、悪い。無意識にやってた…。」

 

 急に笑いからしゅんと冷静になった。


「やめてよ。」


 髪をかきあげて、手で整える。


 ポケットから鏡を取り出して、変な前髪になってないか確認する。



「…いつも鏡なんて持ち歩いてないじゃんよ。どんな心境の変化?」



「は?別にいいじゃん。関係ないじゃん。龍弥に。放っておいてよ。今日、部活サボるから、具合悪いからって先生に言っておいて。」




「やだ。」




「なんでよ。」




「言いたくない。自分で言えば?」



 突然、不機嫌になる龍弥。立ち上がって、机に置いていたカメラを持って部室に向かおうとする。

 

 菜穂に急に突き放された対応にイラ立つ。嫉妬心が生まれた。



「はぁ?!何なの。あいつ。勝手にキレてるし…意味わからない。もう、顔出して終わらせるから良いわよ。ったく。」


誰もいなくなった教室でブツブツ文句を言いながら荷物を持って、菜穂も部室に行く。


 行く途中で、スマホを確認し、木村に部活があったことをラインで送っておいた。


 今日は、初めて一緒に帰る約束していた。


でも、付き合うってどこからがはじまるのか、友達のくくりってどこからどこまでで、境界線が定かではなかった。



***


 「みんな集まってくれてありがとう。特に今日は活動内容決めてなかったけど、何か希望ある?」


 顧問の竹下先生は言う。



「お休みがいいです。」



「あ、それはちょっと。活動ではないですね。」


どっと笑いが起こる。



「はい! エアコンがあるところで作業がいいと思うので、現像作業が良いです。」


「そうですね。それはいいアイデアです。んじゃ、ペア組んでてください。順番に作業していきましょう。この間のバスケ部の写真のフィルムがあったと思うので、それを現像していきましょう。みなさん、現像のやり方わかりますか?わからない方から先にやってもらったほうが良いかも。」


「はい。俺、やったことないです。」


 龍弥は手をあげて返事する。


 写真は撮るが、現像はしたことはない。


「白狼くんはまだ無かったのね。んじゃ、1年生ペアってことで雪田さん。一緒に入って。」



 後から、部室に来ていた菜穂に声がかかった。



「え?私?」


 顔を出すだけのつもりががっつり参加する感じになった。



「雪田さんは現像したことあるでしょう?白狼くんに教えてあげてよ。」


「あ、はぁ。まぁ良いですけど。」

(なんで、1年の写真部は私らしかいないのよ!)



 竹下先生は現像室のドアを開けて、案内した。



真っ暗な部屋にぼんやりと小さな電球が付いている。



「現像する時はライトをつけると全部フィルムをダメにしちゃうから、ライトは1番暗いものをつけてね。あとは雪田さんよろしくね。私は残りの部員に指導しておくから。」



「はい。わかりました。」


 

 菜穂と龍弥は真っ暗な空間に2人きりにされた。



「なんでよりもよって、龍弥とやらなきゃないのよ。」


「そんなの知ったこっちゃねぇよ。良いから、現像のやり方教えろって。」


「それが、教えてもらう人の態度なの?」


「あー、すいません。教えてください。」


「わかりました。教えます。」


 菜穂はブツブツ言いながら、小道具の説明と一連の流れ作業を説明した。


「今回は簡単な紙焼きの手順を言うからしっかり覚えてよ。まずここに現像してあるフィルムをセットして、紙の大きさに合わせて顕微鏡みたいに調整する。これは真っ暗なところでやらなきゃいけないから探り探りね。この位置を覚える。今からやるぞって時に電気を消して、紙手探りで探して、ここに置いて、ボタンを押して、焼き込み。そして、焼いた紙を2種類の液体に付けて、乾かす。よく刑事ドラマとかでぶら下げてるの見たことない?あれだよ。それにしてもこの液体がさ、酢だから臭いのよね。手についたらずっと臭いから気をつけて。」




「刑事ドラマね…俺あまり見たことないけど、イメージはあるよね。犯人がストーカーする女性の写真を貼っている感じ。あれか…。ちょっと見えないからよく見せてよ。たださえ暗いんだから。」



「ちょ、どこ触ってるのよ!!」




「あ、事故だって、触りたくて触ったわけじゃない。暗いんだから仕方ないだろ。えっとこれが、調整する機械ね、そしてここのボタンでスタートか。」




 さっと菜穂の体をよけようとしたら、胸に当たった。触ろうと思って触ったわけじゃないのにご立腹の菜穂。

 過剰に反応する。



「わかった?一回やってみて、電気消すよ。」


 龍弥は一回聞いて覚えたらしく、テキパキとこなしていく。覚えは早いらしい。途中、真っ暗な中で菜穂にドンっと当たるとことがあったが、綺麗に現像できてるようだ。


 酢の液体に浸していると、白黒の味のある写真がだんだんと浮かび上がってくる。


 それは龍弥が撮ったスノーフレークの花の写真だった。菜穂がその現像フィルムをセットしておいた。




「初めてにしては、すごいじゃん。むらなく、現像できてる。私は失敗しまくったのに…。全体的に真っ黒にしたりとかあったから。1発でできるって…。」


 鼻に人差し指をこすってどんなもんだいと言う龍弥。


「これを要領よくやるっつぅもんよ。失敗も成功の元とも言うけど、俺は失敗しないんで…。」


「ドラマの真似しないで…。あと、できたら上にぶら下げて干しておきなよ。乾いてから持ち運べるから。」


「ああ。こんな感じだな。はい、出来上がりっと、ご指導がよろしいですね、菜穂先生。」



「そうでしょう、そうでしょう。当たり前じゃん。」



「てかさ、全然関係ない話だけど、菜穂、木村と付き合ってるの?」



 現像室から出ようとした扉に左手で押さえて開けないようにした。



「え? いや、本当に関係ない話だよね。」


 聞かれたく無かったことを遂に言われた気がした。


 なんで、今、ここで、言われなきゃないのかよくわからない。


 ぼんやりと着くライトで暗い上に顔がよく見えなくて、龍弥は至近距離で言ってくる。


 写真部先生モードから普通の菜穂に戻った。



「んで?どうなんだよ。」



「別に言わなくてもよくない?」



「こっちは聞いてるの。」



「…だってわからないから。」



「は?」




「木村くんに友達からの付き合いでいいからって言われただけだし、彼女かどうかなんて知らないから、付き合っているかなんて…。てか、近い!!」


 耳まで真っ赤にする菜穂。


 龍弥は曖昧な感じに腹が立ってくる。



「それって、告白されたんじゃねぇの?菜穂はOKしたのかよ。」



「え…それは…その…。てか、龍弥に言わなくても良いよね。プライバシーの侵害だから、本当にやめて。」



「関係なくねぇよ。」



「なんで?」



「…それは……知らねえけど!!いや、もういいや。ちょ、避けて!」



 また言いかけて分厚いドアを開けた。現像室の中は思ってた以上に暑かった。いや、緊張のあまり汗がしたたりおちる。


 龍弥は猛烈に恥ずかしくなって外に出た。また言えなかった。



 菜穂は、心臓がまだドキドキしているのを確認した。深呼吸して落ち着かせる。


 龍弥に今まで、人の恋愛事情に首をつっこまれたことない。


 むしろ、宮坂の事件があった時は助けてくれたが、今は別に嫌がることはされていないし、むしろ良い方向へ進みそうだが、それを気にするってことはどうなんだろうと変に龍弥を意識し始めた。



 自分は誰が好きなんだろう。


 



「部活お疲れ様。」


 昇降口で音楽を聴きながら、木村を待っていた。荷物を持って着替えたばかりの制服で、こちらに近づいてきた。額には汗がほとばしっていた。


「ごめんね、おまたせ。」


「全然、気にしないで。私も部活あったこと忘れてたから。ちょうどいい時間潰しになったの。」


「そうなんだ。んじゃ、行こうか。帰りってどっち行くんだっけ?」



「私はここずっとまっすぐ行くよ。木村くんは?」



「うん。電車乗るから駅方向まで歩くから。」



「え、うそ。前、近くって言ってなかったっけ。」



「あ、あれ、嘘。心配させないようにって思って…。実は電車乗るんです。」



「そうなんだ。ん?んじゃ、あの時の傘、帰る時大変だったんじゃない? いや、もう、本当にごめん。ありがとう。」


 顔の前に手を合わせて申し訳なさそうに謝った。


 木村ははにかんだ。ニコッと笑顔で菜穂を見る。


「雪田さんのためだから、気にしないで。俺がしたかったことだからさ。」


 何かが胸にグサッと刺さった。


 嬉しかった。


 木村の一言で救われた。


 その後、緊張しすぎてお互い何も話すことができずに途中まで一緒に歩いた。ゆっくりとした時間が流れていた。




 




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