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スノーフレークに憧れて  作者: もちっぱち
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第5章

放課後、菜穂は昇降口入り口で土砂降りの1人雨を眺めていた。


小雨になるのを待っていた。


台風が近づいている日本列島に待ったはなかった。


今日は雨風が強そうだった。



高校近くのコンビニで傘を買おうかなとそれまでは両手でカバーして進もうと決心した。



 折りたたみ傘をバックに入れておけば良かったと後悔した。



10歩進むと、自分のところだけ雨降ってないのか。足元が濡れていない。ふと上を見上げると、後ろから大きな傘で覆われた。龍弥だった。



「あ…。」




「使いなよ。俺,走って帰るから。」




「いい。コンビニで傘買うから。」




「強がるなって。ほら。」



左手にしっかりと傘を握らされた。



「良いって言ってるから。」



菜穂は思いがけず、怒りを見せて傘を投げつけた。



 ヒステリックに怒る人にみたいになってしまった。



「あ、そう。」



 龍弥は飛ばされた傘を拾って何もなかったように1人傘をさして校門の方に歩いて行く。



 違う。本当は泣くほど嬉しかったのに、素直になれない自分にイライラが募る。


体裁を気にして? 

まゆみのことを考えて? 

それとも今更声をかけられて

寂しかった?


自分で自分がわからない。




コンビニのことなんて考えるのを忘れて傘をささぬまま、校門までびしょ濡れで歩いた。



「雪田さん、そんなにびしょ濡れになったら、風邪引くよ?」


息を荒くして、昇降口から走って来たのは木村悠仁だった。



「あ、ありがとう。」




「俺,置き傘もう1本あるから使って。ごめん、生徒会あるからもう行くね。」




 来た道を戻って行く悠仁。

 わざわざ自分のために傘を持って声をかけてくれた。単純に嬉しかった。



 悠仁の優しさにどっぷりハマってしまった。



龍弥は数メートル進んだ場所から悠仁と菜穂を様子を見つめていた。




(俺じゃなければ誰でも良いのかよ…。

ちぇ…。)



 傘を渡したのに、受け取ってくれなかったことにガッカリした。



 そう言いながらも、学校で親しくしたところを周りに見られるのも困るなと考えていた。それでも胸のあたりがざわついた。




 菜穂は龍弥のことなんて考えておらず、悠仁のことを考えていた。




 縁もあって、ノート運びを一緒にやって、少しずつ距離が縮まるのを感じた。




 男性ものの大きな紺色の傘を歩きながら見つめる。



 傘を持ってまゆみが菜穂の前を通り過ぎていた。大きな傘で誰かわからなかったようだ。


 遠くにいる龍弥を,追いかけている。


「龍弥くん,待って~。」




「……。」


まゆみが来てるのを見て立ち止まる。



「私も天気予報見て、傘持って来てたんだ。龍弥くんも?」



「えっと、ずっと学校に置いてた傘忘れてて、やっと持って帰れるって感じかな。」


そう言っている間になぜかまゆみはなんでもないところに転んでいた。傘をさしているのに、真っ平で龍弥と一緒に帰れることにテンションが上がったらしく、びしょ濡れになっている。


 半袖の白いワイシャツも濡れている。スカートも絞れるくらい濡れてしまっていた。


 龍弥は吹っ飛んだまゆみの傘を取りに行って、頭の上にさしてあげた。


 左手には自分の傘と右手にはまゆみの傘で塞がった。



「大丈夫か?」


 男子には見てはいけないものが透けて見えて、後ろを向いて、見ないように努力した。


「転んじゃったよぉ。マジで痛いんだけど、わぁーん。」



 子どものように泣きじゃくっている。



「うん。傘持っているから起きなよ。」


 傘を差し出して、見ないようにしているため、手を貸すこともできない。



「龍弥くん、一緒の傘に入ってもいい?だってさ、私の服見られちゃうじゃん。隠してほしいの。」



「……あぁ!それで良いから、早く立ちなよ。」



 若干、キレ気味の龍弥は、まゆみの傘を閉じて、丁寧に巻き取って、マジックテープをしっかりとつけて手渡し、自分の大きな傘を持ち直して、まゆみの頭の上と自分の頭にかぶさるように傘をさした。


「わあーい。ありがとう。」


 自分の傘を持って、龍弥の隣に密着するまゆみ。



 左肩にかけたバックからハンカチを取り出して、濡れた顔や手足を拭いた。



 冷静に対応しているまゆみを見て、少し違和感を感じる龍弥。



「ウチまで、送ってくれるかな?」




「どっち方面なの?」




「えっと、ここまっすぐ歩いて15分くらいにあるから。良いよね?龍弥くんはどっち?」




「まっすぐ行って、2つ目の角で左曲がる。」

 


「なんだ、同じ方向じゃん。龍弥くんの方が近いんだね。ごめん、遠くなっちゃうけど良いかな?」



 まゆみは上目使いで言ってくる。

 白いワイシャツから透けて見えるレースが見えた龍弥はさっと視線を外して、見ないように努力した。




「…わかったよ。」




 あまり、行きたくなかったが、なんとなく、そのまま帰らせるのは防犯上、危険なような気がして、仕方なく、一緒にウチまで送って行くことにした。


 ボランティア精神がここで働くなんてと思ってしまう。好きでもないのに。



 さりげなく、車道側を歩くようにした。その行動にふとまゆみは嬉しかった。



 学校であった体育の授業でハードルが飛べなかったことや、テストの解答が合っていたのに書く場所を間違えて、赤点を取ってしまった話を歩いている途中でまゆみは話した。


 沈黙が苦手だったまゆみは話題を出すのに必死だった。


 

 龍弥は、学校の人と話すのは最近で、キャラも定まっていない。聞き役に徹していた。


 

 普段の龍弥はこれでもかと話す方だった。




「あ、ここなんだ。ありがとう。傘あったのに転んじゃって、しかも送ってもらってごめんなさい。」



 玄関先の屋根のあるところでお辞儀をした。



「いや、別に良いけど。」


 

 雨足が強くなっている。



「上がっていく?お茶でも飲む?今日、みんな帰ってくるの遅いから、気にしないで入りなよ。」


 返答を待たずして、龍弥の腕を引っ張った。


「え、俺は大丈夫だって…。」



 

「いいから、いいから。送ってもらったお礼したいから。」



 ほぼ強引に中の方へ連れて行かれる龍弥。


 仕方なしに傘を閉じて、丁寧に巻き上げた。



 玄関の中にあった傘立てにそっと立てかけた。


 

 嬉しすぎたまゆみは玄関の段差でまた転びそうになり、咄嗟に龍弥は腕で支える。


 ギリギリのところで倒れなかった。



「ちょっと、慌てすぎでしょう。落ち着けって。」



「ご、ごめん…。」




 顔を上げようとすると、急接近した2人は、龍弥は無表情で何とも感じなかったが、まゆみは終始ドキドキが止まらなかった。



 思わず、龍弥のワイシャツの首元を引っ張って、まゆみからキスをした。




 目を思いっきり開けたまま龍弥はびっくりして、まゆみの胸あたりをどんと押して突き放した。



「ちょっと…。何すんだよ。」



「ちょっとはこっちのセリフよ。今、胸触った!!」



「先にキスしたのはそっちだろ。急にするのはやめろって。触ってないし!押しただけだし。」




「急じゃなければいいの?」




「え…。」




 マジマジと龍弥の顔を見るまゆみ。

 何だか止められない雰囲気。

 後ろの壁に手をついて

 自然と後退りする。



「お邪魔しました~!!!」



 傘立てに置いていた自分の傘を慌てて、取り出し、玄関の扉を開けて、逃げ出した。



 メスの豹のようにまゆみはガツガツ行くようで、耐えきれなくなった。



 見た目はこんな身なりをしている龍弥は、女子と手を繋ぐ以上のことをしたことが無かった。



 人には恋愛に対してお節介をやくが、自分のことは後回しだった。


 

 自分の傘を広げて、家路を急ぐ。


 下唇を噛んで、イラ立ちを抑えようとする。



 雨はずっと止むことはなかった。



 水たまりが小さな川になるくらいに降り続いている。




 家に着いて、すぐにスポーツウエアに着替えた。

 今日はいつも行くフットサルをする日

だった。もう、これは体を動かして、ストレス発散するしかないと考えた。


 雨が降っていても、防水ブーツとライダージャケットを羽織って、ヘルメットをかぶる。滑るマンホールには気をつけてそうこうしなければと、車庫に置いていたバイクのエンジンをかけた。


 


 フットサル場に着くと、大雨が降っているためか、まだ誰も来ていなかった。 



 1人で、リフティングでもしてようとコートに出てボールを蹴って練習していた。



ふとベンチに目をやると菜穂が1人でスマホをいじり、ぼんやりしていた。



てっきり誰もいなかったと思ったのに、いたため、龍弥はリフティングしていたのをやめて、こちらに気づかない菜穂の後ろに回った。



 背後にいても気配を感じないのかずっとスマホの画面と睨めっこしていた。



 気づかないのに腹が立った龍弥は左手で右手をつかみそのまま後ろから菜穂の首に手を回した。



「何見てんのー?」



 それでも無反応の菜穂にこんなに近いのになぜ気づかないと疑問を浮かべる。


 数秒経ってから。



「うわぁ!? てかそんな仲良くないから!」



 反応が鈍い。

 突然立ち上がって跳ね除ける。



「おそ。てか、1人で何してんだよ。お父さんは?一緒に来たんじゃないの?」



 膝でボールを蹴り上げてリフティングした始めた。膝で蹴ったかと思うとすぐに後ろで左足でさらに高く蹴った。



「おばあちゃんが倒れたって言うから、病院行ってる。私だけここに残されただけ。」



「ふーん。一緒に行ってもいいじゃんね。」



「ここに来たかったから良いの。」



「そう。そんなに俺に会いたかったって?」


 冗談で言ってみると、顔を真っ赤にさせてそっぽを見せた。



「違うし!!!」



「本気にすんなって。冗談だから。あ、やば。下野さんに連絡するの忘れてた。ちょ、待って、見つからない。な、菜穂、電話してよ。俺のスマホ見つからないから。番号は080******

だからかけて。」


 ポケットを探したが、持ってきたバックもないようで、どこにスマホあるのかわからなくなった。


 菜穂に電話をかけさした。


「え、ちょっと待って。080****だよね。今かけてるから。」


 すると、目の前でスマホのバイブが鳴り続ける。ズボンのポケットでも後ろポケットを見るのを忘れてたっていう体で嘘ついた。


初めからスマホの場所くらいわかっていたが、わからないふりして着信履歴を残したかった。



「それ、俺の番号だから。なんかあったら連絡してもいいよ。ラインも知りたい?」



「目の前にあるじゃん。気づくの遅いし。ライン?別に用事ないよ。」



「ちょっと貸して。」



 無理やり菜穂のスマホを取り、ラインの画面の友達追加に自分のIDを入力して、登録した。



「はい。OK。これでいいね。宮坂さんいつやらかすかわからないからな。」




 パッと菜穂の手の中にスマホを戻して、またリフティングの練習を始めた。



「私、別に連絡しないからね。用事ないし!!」



「別にいいよ。俺から連絡すればいいんでしょう。言っとくけど、スマホの番号教えるの珍しいんだからな。しかもラインなんてよっぽどじゃないと俺は交換しないから。」




「あ、もしもし、下野さん。今日来れますか?ぜんぜん人数集まらないんですけど。」


『え?!龍弥くん、先週の出来事は忘れてない?俺は怒ってるんだよ。』



「既読スルーと着信スルーしたことですか?」


『そうだよ。てか、なんで出てくれなかったわけ。あの後、俺だけで女子大生3人相手してたんだからね。』


「ふー。モテモテじゃないっすか。その中の1人でも彼女できたんですか?」



『そうだね。3人とも俺の彼女だから…。んな訳あるかい?!振り回されて終わりだよ。1人だけ見込みある子はいたけどまだ彼女ではないけどさ。』



「よかったじゃないですか。彼女欲しがってたんですもん。そのまま付き合っちゃえばいいのに、瑞紀ちゃんと。」


『どうしてそれを・・・。』



「大体見てればわかりますって。俺を甘く見ないでくださいよ。それより、今日はどうするんですか?来るの?来ないの?」


『…はいはい。今から行きますよ。』



 下野をブツブツ言いながら、重い腰を上げて、こちらに来るらしい。


電話を終えて、次は滝田に電話をした。


「もしもし、滝田?起きてる?今日来れない?」



『え、龍弥さん。久しぶりですね。全然来てなかったですよね。もう、俺もやりたかったのに龍弥さん来ないからつまらなかったっすよ。今から行っても間に合いますか?』


「悪い悪い。怪我しててさ。休んでたの。今日は大丈夫だから、下野さんも来るし、あれ、他のメンバーも今ゾロゾロ来たみたいだから早く来いよ~。」


 龍弥が電話をしてる間に入り口付近から5人くらいの初めてであろうメンバーがぞろぞろ入ってきた。


 菜穂は、スマホの画面を見て、すこし微笑んでいた。まさか、電話番号とラインの交換すると思っていなくて、不意打ちで嬉しかった。


 学校では一切話さないのに、ここでは全然違う対応にちょっと癖になりそうだった。



 電話を終えた龍弥が菜穂のほっぺたを両手でつねってみた龍弥。


「何、笑ってるんだよ!」




「笑ってないし。スマホ見てただけだし。」




「さっきからスマホばっか見て近眼になるぞ。電子漫画?」




「良いでしょう。放っておいてよ。」



「お前のほっぺた、餅みたいだな……。あ、下野さん!早いっすね。」



 お餅のようにぐぃーんと伸ばしてみた。軽いいじりをやめてこちらに向かって来ている下野に声をかけた。

 


 電話をしていた時にはフットサル会場の駐車場だったらしい。



 すでに到着していたところだったみたいだ。



「何、じゃれあってるの?てか、本当に君ら付き合ってないの?パーソナルスペース近すぎない?」


荷物をベンチに置く下野。



「付き合ってませんよ。俺、同い年には興味ないんで、交際するなら年上ですから!」


 にやっと笑って、思ってもないこという龍弥。菜穂も同意するように何度も頷く。


「私も、こんな感じの人、全然、興味ないんで。眼中にないんです。ぜひ、下野さん、紹介してくださいよ。年上大歓迎です。」


「2人して、何で、そんな白々しいの?気が合うんじゃないの?この間だって、2人でいなくなったじゃん。」



「え?下野さん知らないっすか?菜穂、この間のカラオケでは、宮坂さんと一緒だったんすよ。」



「え?そうだっけ。ごめん、忘れちゃった。でも、結局、2人でいたんでしょ??」



「あ、まぁ、いろいろ諸事情がありまして、そんな感じですけど、付き合うって感じじゃないですし。勘違いですって。」



「ま、なんだって良いんだけど。俺は、もう、あの3人の面倒はごめんだよ。いじめられるから。瑞紀ちゃんは優しかったけど。あれ、今日は来てない感じだね。雨降っているから集まりよくないね。」



「そうなんですよ。本当、龍弥しかいなくて困ってました。」



「菜穂、それ、どういう意味?」


 

 龍弥は菜穂の発言が納得できなかった。



「そのままだし。下野さん、早くやりましょう。あっちにいるメンバーと話してこないと何も始まらないですよ。」


「わかりました。ほら、龍弥くんも。文句言ってないでやるよ?」



「別に文句言ってないっすよ。」



 3人は、コート近くに集まった今日のフットサルメンバーと合流して、試合を開始させた。


 人数は少なくとも、試合ができるほどのギリギリの数だった。


 龍弥も菜穂も久しぶりに汗を流して、相変わらず喧嘩しながらボールを蹴りあった。



 パス回しは結構、うまくできている方だった。


 馬が合うとはこのことかと感じる。



 数分後、遅れて、滝田も参加した。



10分の試合を終えて、休憩時間。

 


 龍弥は、ベンチで休んでいる菜穂に

 後ろから缶ジュースを2つ菜穂の頬にくっつけた。




「冷たっ!」




雨が降っていたため、湿度が高く 汗をかきやすかった。


 

ちょうど良い冷たさではあったが、頬は冷たくなった。




「飲む?アロエはお肌に良いのよ。」




 頭にタオルをかぶせた龍弥がアロエジュースの缶を2つ見せつけてくる。



「う、うん。」



「あら、やけに素直?」



 おばさんのような口調で話す龍弥。



 缶のプルタブをあげて静かに飲む。



 微妙な距離を保って座る2人。



「あのさ、この間の、病院。悪かったな。長い時間拘束させて…。」



 学校で本当は言いたかったことをやっと言えた龍弥。すっきりした。菜穂はきっとお礼をいいたかったんだろうと読み取ってそのお礼がその飲み物だと解釈した。



「どういたしまして。」



 滅多にアロエジュースを選ぶことのない菜穂はなぜか美味しく味わった。 買ってくれた人のおかげなのか、一緒に飲んでいるという状況だからかはわからない。



 きっとこんなふうに話せるのはこの空間だけなんだろうなと時間が短く感じた。もっと長ければいいのにと。 




 龍弥はベンチの上であぐらをかいて、アロエジュースを飲んで、満足そうに笑った。






フットサルを試合を終えて、みんな帰りの支度をしている頃、

菜穂は、電話をして父の将志を呼ぼうとしたが、迎えに行けないと言われる。



「えー、なんで?」



『ごめん、おばあちゃんにずっと着いていないといけなくて、お母さんに電話したんだけど、もうお酒飲んじゃって車運転できないんだって。前もって菜穂の迎えを言っておかなかったんだわ。お母さんが、何か仕事で疲れたって言ってたからさ。菜穂、帰ってこれる?雨は止んでるみたいだけど…。』



 菜穂は、ラウンジにある自動販売機で電話していた。


 スマホをテーブルの上に置いて、半泣きの状態で、落ち込む。



 両親という後ろ立てがいてもどうしようもないこともあるんだとがっかりした。


 家までは、歩いて帰れる距離ではない。


 タクシーという考えもあるが、知らないおじさんとの空間はあまり作りたくなかった。



 その横を下野、滝田、龍弥の順で通りすがろうとする。



 下野と滝田の2人は会話しながら、まっすぐ外に出る扉に向かっていて、菜穂に気づかず、進んでいく。



 遅れて2人の後を追っていくとふと菜穂がいることに龍弥が気づいた。




「ん? 菜穂、そこで何してんの?トイレならあっちだよ。」



 立ち止まって、トイレを指差した。



「…どうやって帰ればいいかわからなくて…悩んでた。」




「何、泣きそうになってんのよ。お前、高校生だろ。」



 頭にポンと手を置いて撫でた。


 菜穂は手ににぎり拳の両手を口元につけていた。



「雨止んでるかな? 俺のバイクの後ろ乗ってく?乗るのに怖くなければだけど、ヘルメットもあるし。」



 言葉にならず、こくんと頷く。


 頬に涙の跡が残っていた。


 指で涙を拭う。



「やけに素直やね。」





「うっさい!!」





 龍弥の腰をバシッとたたく。



「送ってもらう人への態度なの?それぇ。」



 冗談めいて言う龍弥。



「……。」



「…悪かった。ほら、行くぞ。」




真剣な表情に冗談は言えないなと思った。



 ラウンジのイスに置いてたバックを背負って菜穂は龍弥の後ろを着いていく。



いつの間にか滝田と下野は早々に帰っていた。



 駐車場に出ると水たまりがたくさんできてはいたが、雨は止んでいた。



 屋根からしたたり落ちる雨粒が水たまりに落ちて波紋が浮かぶ。



 ポケットに入れていたバイクの鍵をつけてエンジンをつけた。


キックスターターペダルを勢いよく蹴った。



 龍弥はフルフェイスヘルメットをかぶった。菜穂には、半ヘルメットを渡された。



「これ、どうやってかぶるの?」




「はいはい。」


 

 龍弥は自分のヘルメットをかぶりおえると、ぱかっと小窓を開けて、菜穂の頭にヘルメットをパコっと被せた。



「あと、このベルトをカチッととめるだけ。よし、OK。はい、乗って。俺の腰つかまらないと後ろに倒れるかもよ。」



 龍弥はバイクにまたがり、手招きする。



「……。」



車に乗るならこんなに密着することないのにと少し後悔しながら、致し方なく、龍弥の後ろに乗って腰に数センチ両手を伸ばした。




「それじゃ、危ないっての。」




 ぐっと手を引っ張られて、腰に手を回す形になった。かなり近い。



 今更ながら、数分前の自分を恨んだ。




 なんでイエスと言ったんだろう。




 顔の色が熱が出てんじゃないかって言うくらい真っ赤になった。




 半ヘルメットでかなり見えるし、龍弥の方はフルフェイスヘルメットだから全然表情見えない。



何だかずるく感じた。



駐車場の街灯があったが、よく見えなかったらしく何も言われなかった。






「え、どこに行けばいいんだっけ、ウチってどこなん?」





「……高校の近くのコンビニらへん。」




「ああ、そう。」



 ハンドルを回して、方向転換し、アクセルを回した。



曲がるたびに後ろが気になるのか、龍弥は菜穂を手をこまめに元の位置に移動させていた。



 心臓の音がいつもよりも大きくて呼吸もきちんとできているかなと心配になった。




 約20分間、水たまりが時々ある道路をバイクに乗って進んで行った。もちろん車道を走っているため、時間は22時を過ぎていたが通りすがる車の人にチラチラとのぞかれた。


 結構恥ずかしい。


 夜でも街灯の灯りではっきり顔は見えていた。


龍弥は、後ろに人を乗せているという緊張感で運転するのは神経を使う。



 角曲がるたびに菜穂のズレた手を動かすには理由があった。




 バランスが崩れないように落ちないようにと細心の注意を払っていた。






菜穂の家の前について、ヘルメットを外した。



何も言わずに手渡した。



「ここがウチなのね。」




「あまりジロジロ見ないで不審者扱いするよ。」


一戸建ての家にぼんやりと灯りがついていた。ガレージには軽自動車の一台のみ停まっていた。


ジロジロするのはやめろと言われた龍弥は諦めてバイクに跨ろうとすると菜穂は龍弥のライダーズジャケットからはみ出るの服の裾をギュッと引っ張った。




「な、何?伸びるからやめて欲しいんだけど。」





「送ってくれてありがと…。」




「あ、ああ。何、チューでもしろってか。」




ずっと動かない菜穂は、数秒間固まってから素顔を見せた。




「はっ?!違うし、やめてよ。」




 半ば照れている。




「そうですね。俺ら別に付き合ってませんもんね。んじゃな。俺は帰るよ。」





不機嫌そうに言う。



バイクにまたがり、アクセルを回した。



雨上がりの路面はタイヤと水たまりを走る音が響いた。



右折するのを見送りとバイクの走行音が住宅街に響いた。



昔はこの辺で、バイクの暴走族がよく走っていたが、龍弥の乗るバイクの音は心地良く通り過ぎるまでいつまでも聞いていたかった。




 素直になれない自分に歯痒さを感じた。





***




「おはよう。」の挨拶が飛び交う教室で、菜穂はクラスメイト達がたくさん来ている時間に入った。



 遅刻ギリギリだった。



最近の朝は、何故かいつも龍弥の席の周りに女子たちが集まることが定番になったらしい。


 特に受け答えするわけではないんだろうけど、自然に龍弥の周りに人がいる。



もちろん、1番近くにいるのはまゆみだった。


その中にいるまゆみに挨拶するのは気が引ける。龍弥にも気づかれたくない。


 2人に見えないよう、後ろの出入り口から来たかわからないように座席に座る。



「あ、おはよう。雪田さん、昨日は大丈夫だった?」


 隣の席の悠仁が気を遣って声をかけてくれた。傘を借りていたことをすっかり忘れてしまい,家の傘立てに置いてきてしまっていた。


「あ!」


割と大きな声を出してしまった。


周囲にチラッと見られたが、何も言われなかった。



「木村くん、ごめんね。昨日、傘貸してくれたのに、持ってくるの忘れちゃった。明日忘れず持ってくるから。でも、凄く助かったよ。ありがとうね。」



「そうだろうなって思った。今日は凄い晴れてるもんね。良いよ良いよ。大丈夫、持ってきたらさ、学校の傘立てに置いて声かけてもらえる?ここまで持ってくるの大変でしょう。俺は、ほら、バックに折りたたみ傘あるからさ。」



「あ、そうなんだね。わかった。そうするよ。木村くんは、帰り、大丈夫だったの?折りたたみ傘ではびしょ濡れだったんじゃ・・・。」



「平気だよ。俺のウチは近くにあるから傘無くてもすぐ帰れるから。」



 木村悠仁は嘘をついた。本当は電車に乗らないと帰れない距離に家はある。しかも学校からの最寄り駅は約20分は歩いて行かないといけない。


 菜穂への優しさだった。



「そっか。ありがとう。」


 菜穂は安堵した。

 その2人の様子を人だかりができている前の席の龍弥が頬杖をついて隙間から見ていた。



(あいつら…何、話してんのかな。)




「ねぇ!?龍弥くん、聞いてる?」



「…聞いてない。」



「もう、昨日ねぇ、私たち一緒に帰ったんだよ。」



 まゆみは、取り巻きの友達にアピールした。


「え、そうなの?抜け駆けずるいよ。どうして、まゆみ、龍弥くんと一緒に帰ってるの?」


「だってねぇ、龍弥くん、私たち一緒に帰るだけじゃないんだから。ね?」


 左側にそっと近寄って龍弥の左腕を握る。


「は?」



まゆみは小声で


「キスした仲でしょう?」



「あれは事故だって。違うから。」



「え、何の話!?」



「私ね、実は龍弥くんと…。」


耳打ちで龍弥のファンクラブのような女子たちに報告するまゆみ。


 血相を変えて、驚く。


「嘘ぉ、やだー。何?まゆみ、龍弥くんと付き合ってるの?」



「さぁ?どうでしょう?」



「……。」



 勝手に事が進む。何を言いたくなかった。


 まゆみはニヤニヤして、あることないとこと根掘り葉掘りファンクラブリーダーのような#齋藤麻子__さいとうあさこ__#に報告する。



「そ、そ、それは本当なんですか?」


「龍弥くん、そうだよね??」



 質問の意味が分からず、面倒になって適当に答えた龍弥。それが引き金となって、学校中に噂が広がった。



 龍弥とまゆみは交際してるという流れになってしまった。


 返事もしてないし、告白してなければ、されてもない。


何がどうなってしまったか分からないが、周りの話ばかりがふわふわと伝言ゲームのように瞬く間に広がる。



まゆみはそれが作戦のようで、自分で核心をつく前に周りから攻めていくようだ。


 当の本人は訳がわからない。



 なんだかんだで、放課後になる。


 いつの間にか、教室から出て廊下を歩くと彼氏彼女らしくしなきゃと思ったまゆみが龍弥の腕をつかんだ。



「????」



急に腕つかむのには疑問符だった。


さっと腕を上げてまゆみの手を外したが、何回も同じようにつかもうとする。


何かのゲームをしているみたいだ。イライラして、頑張るのを諦めた。


 ため息をついて、くっついてくるまゆみとは会話するのをやめた。



ふと視線を教室を見ると、菜穂は杉本と何か話していた。木村の次は杉本かと、男子と会話してるのを逐一チェックしていた。



龍弥には見えていなかったが、杉本の他に石田紘也も話しかけていた。



「ねえ、雪田さん。山口さん、放っておいて大丈夫なの?あれ、暴走しているよね。嘘ついてるじゃん。」


 杉本は心配する。



「私、あんまり関係ないけどなぁ。」


 頭をぽりぽりかく菜穂。はっきり言って、学校では龍弥に関わりたくないし、まゆみの件に関してもトラブルが起きそうで極力避けていた。


「だって、雪田さん、山口さんの友達じゃないの?」



「友達っちゃ友達だけど…。」



「まゆみはさぁ、言っちゃうけど、いろんな男子に声かけるタイプだぞ。雪田知らなかった?」



机の上に少し座って話す紘也。

菜穂は帰る準備をしていたため、自分の座席の前に立っていた。手にはバックを持っている。


「え、まぁ、ちょっとずつ知ってきたけど、何だか私には手に負えないかもしれない。」



「友達ってなんでも話せるってことでもないんだな。俺も関係はないけどさ。元カレとしても手に負えないわ。白狼がかわいそうだけどな。」



「……雪田さん、外野のまま見守っていこう。手を出したら、きっと、とばっちりが来そうだわ。俺が声をかけておいて解決方法が変だけども。」



「それが最善だよね。多分だけど。」



 菜穂は、外側からずっと見守っていこうと思っていたが、まさか、内野側に行くとは思っていなかった。



 龍弥の不注意で、同じ土俵に入らなければならないとは思いもしなかった。




 結局のところ、言われるがまま龍弥はまゆみに腕をつかまれ、また一緒に帰ることになった。

 通学路にある墓地の通りでは、誰も人がいないと思ったまゆみは、龍弥を引き寄せた。



「ね、誰もいないよ。」



「ああ、そうだな。墓地だしな。午後は基本的にお墓参りはしないほうがいいって言われるしね。」



「学校の噂、知ってる?」



「何?」



「この墓地で愛を育むとずっと続くんだって、ジンクス。」



「へぇ、知らないなぁ。」



「なんか暑くない?台風過ぎたからかな。」


 

 まゆみはワイシャツのボタンを外し始める。



「昨日の続きしようよ。」



「…てか、始まってもないし。」



「嘘、冗談。もう、始まっているって。学校でもう、噂になっているし、うちら理想のカップルだってみんな言ってるもん。美男美女だってさ。」



「…それって言わせてんじゃねえの?って近いから…。付き合っているなんて言った覚えがないんだけどな。」



ジリジリと壁ぎわにせまるまゆみ。追い詰められる龍弥、後ろには墓地のブロック塀の囲いがあった。



 足元の石がずれる。砂利の音がする。



「わかった。んじゃ、今、相手してくれたら、もう近づかないよ。交換条件ってどう?」



 その言葉を鵜呑みにした龍弥。


 何もかも面倒になった。それが解放されるならと、歯止めが効かない。

 龍弥はヤケクソでまゆみの望み通りに上から順番に愛撫した。


 好きでもないのに、

 なんでこんなことしなきゃないのか。


 嫌なことから解放されるならそれでいい。



 ただ一心だ。



 人の言うことを鵜呑みにするのは疑う余地をしなかった。



 学校での龍弥は良い人を演じているから、多少言葉使いが荒くても、根っこの部分には優しさが残っている。



 結局、まゆみは龍弥に体を委ねた。

 事が済んで、満足したのか、舌なめずりをしたまゆみ。



(これで、1年の同級生イケメン全員制覇したわ。まずまず、石田よりうまいかもしれないなぁ。)


 まるで、女版吸血鬼のようだった。


 

 龍弥はまさか、初めてが外でしかもなんで好きでもないこの女としなくちゃいけないんだと後悔でしかない。



 ある意味ストーカー行為をやめてくれると言うんだから致し方ないのかと思っていた。



「明日もね。」



「ちょっ、話が違うっしょ。やめるって言ったじゃん。」



「交換条件はその都度変わるの。覚えておいて。」



「……。」



 反論する力もなかった。


 優しすぎる代償がここであらわれる。




 やっぱり、素顔は出すべきではなかったなと自責の念にかられた。




 まさか、この一部始終を見ていた近所の自治会長だった。


 近づくにも近づけなくて最後まで見学していたらしい。


 プライバシーの問題で録画や撮影はしてないと言う。



 制服でどこの学校か分かり、

 即報告された。





 全校生徒に知れ渡った。



 さすがに名前は公表はされなかったが、誰と誰がだといろんな噂が広がっていく。



翌日、まゆみはご機嫌だったが、龍弥は耳まで赤くして、そこからまた龍弥のだんまり生活が始まった。



 見た目は銀髪でピアスのままだが、反応は黒髪で眼鏡の頃と同じになった。



 取り巻き女子たちもさらりといなくなり、ファンクラブも姿を消した。



 噂は怖い。



 龍弥は女子を信じることを恐れた。


 

 そんな状況があろうと、まゆみは龍弥に近づいてくる。帰りに音楽を聴いていると、手元にスマホを持っていることに気づかれて、連絡先を交換しようと言うことになった。


本当は警戒してガラケーの連絡先を教えようとしたが、手遅れだった。


電話番号の他に、ラインも友だち追加させたいと言ってくる。


龍弥は招待画面を開き、QRコードを表示させて登録した。


登録してすぐにトーク画面を開くと友だち登録そのものが少ない龍弥のスマホ画面を横から覗いたまゆみは、菜穂の名前があることに気づいた。


一切話をしてないのになんで龍弥とラインの交換をしているのか許せなかった。



「ちょっと龍弥くん!? ラインに書いてる菜穂って雪田菜穂でしょ?なんで友だち登録してるの?学校で話したこともないのにどう言う関係!」




 まゆみは、怒りがおさまらなかった。

2人して自分に黙って言わなかったこと、友達だと思ってたのに信用がないなと思っていた。



「それは、部活一緒だから。」



まゆみは信じられないと言う顔をする。




龍弥は、参加もしたこともない部活。

幽霊部員だった。



「菜穂は確か陸上部だよ。龍弥くん走ってるところ見たことないし。」




「違うよ,俺,写真部だし。菜穂も写真部だよ。あんま、参加してないけど…。」



「嘘、確か、陸上部って言ってた気がするけど…。」


「友達なのにどこに部活入ってるとかわからないんだな。興味ないとか?」



「そんなことない!てか、はぐらかされた。菜穂とは付き合ってないよね?!ただライン交換しただけ?」



「ご想像にお任せします。」



「ちっ…。」



まゆみは、爪を噛んで悔しがった。



もう、いざこざに巻き込まれるのは面倒だなと感じた。



ガラケーの電話交換にしたかったのに、スマホがあることに気づかれた。

 菜穂のアイコンは青空と雲の写真を見て、すぐに勘づいた。



 もちろん、まゆみにも菜穂のラインの友だち登録されていた。



 頻繁にメッセージ交換するわけではない。



 学校で会話することの方が多いが、建前の当たり障りない話ばかりで、的を得た言葉でズバッと言う癖はある。


 常に自分が1番でありたいまゆみは、恋愛に関しては誰かに越されたりするのは嫌だった。



 成績で全然上を目指せないが、得意分野で上になりたい気持ちが強かったのかもしれない。



 まゆみの友達同士の話で、付き合った人数の話だったり、経験人数の話で盛り上がったことがあり、それは自分だけ1番多かったことにとても高揚感を感じ

た。



成績の話になると必ずで言って良いほど、赤点を取って補修を受けるまゆみは、別な場面で上に立てるのが嬉しかった。



恋愛は好きや嫌いで決めていない。

誰と付き合ったかイケメンで人気の高い人か、付き合った期間は関係ない。



誰に何を言うとそこだけが目指すことだった。



 そこに愛はない。



まゆみはそういう人だった。



龍弥は、本当は関わりたくなかったが、なぜかかわいそうの気持ちが生まれ、断るのはできなかった。



相手をするなら近づかないと言ってるのに、結局そのままの流れで継続することになる。



 目の上のたんこぶのように1週間はまゆみの彼氏という肩書で過ごすことになった。


 彼氏だとはこれっぽっちも思っていない。


 

 とある3日目の購買部で横にぴったり引っ付いて離れないまゆみを横に後ろに並ぶ菜穂がいた。


 菜穂が龍弥と連絡先を交換していると知って、まゆみは菜穂との交流を避けていた。


 教室で会っても、昇降口で会っても透明人間のようにスルーされた。



 なんとなく状況を察知した菜穂は、割り切ってこちらから挨拶も声をかけることもしなかった。



 龍弥と何の関係を持ってないのに嫉妬されているのは滑稽だった。



 まるで数日前の龍弥の代わりをしているようで、菜穂の方がクラスメイトと会話をするのが少なくなっている。



 購買部の行列に並ぶ2人の後ろは龍弥がかなり嫌がっていて面白くて涙が出るくらい楽しかった。



 その様子を知ってか知らずかまゆみはずっと隣にいる。



 菜穂の笑いをおさえている顔を見て龍弥は額に青筋を立ててイラだっている。




****


 その日の夜のフットサルでは…



「あのさ、あの時、なんで笑ったん?」


 コートに着いて早々に龍弥は菜穂に声をかける。ベンチからラウンジの方に歩く菜穂に着いていく。



「え、何のことかな。」



「知らないふりすんなって、学校の購買部で並んでた時、俺のこと笑っただろ?」



「あぁ、あれね。だって、すごい顔してたから、面白くてさ。まゆみと付き合うのがそんなに嫌なの?」



 菜穂は自販機でペットボトルのお茶を買った。ガコンと音が響いた。

 

 ラウンジにあるいすに座り、テーブルに腕を伸ばして、右頬をまくらのようにだらけた龍弥。龍弥の左頬にペットボトルのお茶をつける菜穂。



 自分の左手でつかもうとしたが、パッと上に持ち上げた。




「…菜穂なら、素直に言えるのにな。」




「ん?どういう意味?」



「何でもない…。」



 ぼそっと呟いた言葉がどういうことかわからない菜穂、龍弥はまゆみより菜穂の方が本音で話せるし楽だと感じていた。


 体を起こして、コートの方へ歩く。


「あのさ、そういや、部活って今どこに入ってんの?」



「え、時々しか参加してないけど、写真部だよ。なんで聞くの?」



「あぁ、そう。やっぱり陸上部じゃないじゃんか。」



「え、なんで陸上部のことも知ってるの?前は確かに陸上部いたけど、転部したんだ。メンバーとソリが合わなくて…。週に1回の活動で済むから写真部いいなって思ってて。」



「実は俺も写真部所属してんのよ。全然行ってないけど…一回くらいは行ったかな。花壇の写真を撮ってこいって部活の顧問に言われてさ。コンクールに応募を自動的にしたみたいだけど。」



「え、龍弥、文化部?!バリバリの運動部じゃないの?イメージ違うじゃない。同じって気づかなかった。会わないはずだよね。」



「まぁ、中学の時は行っていたけどさ。いろいろあって…。高校の部活してたらここに来ないけどな。」



 ボールを持ち上げて、リフティングを始めた。



「サッカー部…いたんじゃないの?」



「…今度話すから。今はそっとしといて。」



 含みを持たすように言う。


 菜穂は、何も言えなくなった。話してくれるように待つことにした。



「龍弥さーん。」


滝田が龍弥と肩を組んだ。ボスっと鈍い音がした。


「滝田、勘弁して。苦しいよ。」



「あ、ごめんなさい。今日から、右耳のピアスも復活したんすね。耳の怪我大変でしたよね。喧嘩でもしたんですか?」



「ちょっとした事故でさ。やっと皮膚が落ち着いたからまたピアスつけられるようになったのよ。」



「なるほど。」



「おーおー、2人ともお揃いだね。」


 下野が後ろから荷物を持ってやってきた。




体を乗り出して、龍弥は声をかける。


「こんばんは。下野さん、その後、瑞紀ちゃんとはどうなったんですか?」



「え、それ聞いちゃう?実は、OKもらってさ。今日は、ほら、あっちにいるんだけど、終わったら、一緒に帰るのよ。ラブラブでね。若返る感じするよ。」


「げっげっ、生々しいなぁ。下野さんおじさんくさいっすよ。」


「いやぁ、もうおじさんだよ。おじさんに付き合ってくれるなんて嬉しいよね。」


 何を言われてもメンタルが強いようで、恋は盲目というのだろうか。


 遠くのベンチにいる瑞紀は手を振ってこちらを見ている。


 大学生3人組が相変わらず仲良くしていた。


「あ、菜穂。今日は大丈夫なん?お父さんは?」



「…うん。大丈夫。自転車に乗ってきたから。お父さん、当分おばあちゃんのこと見てなくちゃいけないから来られないって言うし…先週はありがとう。助かった。」


「え、え、え。何、何。お2人さんなんかあるの?やっぱり付き合ってるの?」


下野は言う。


「違います。」


完全否定する菜穂。


「前の時、大雨降ってたじゃないですか。こいつ、将志さんが迎え来られないからって泣いてるんすよ。だから、俺が…うっ。」


 龍弥は左の足を思いっきり菜穂に蹴られた。

 


「余計なこと言うな!!」



デリカシーにかけるようだ。地味に痛みが後から来るようだ。


 菜穂はご立腹のようだ。



「龍弥、そういうの言いふらすのはよくないわ。」



「龍弥さん、女の子には優しくっすよ。言葉には気をつけないと…。」



「そのようだな。気をつけるよ。特にあいつには…。」



「菜穂さんあんなに怒らせるなんて、珍しいっすね。龍弥さん何かあったんすか?」


「知らねえよ。」



お互いに素直になれない2人だった。











「もういいから。」


 学校の昼休みのラウンジで、まゆみは龍弥に行った。


 まゆみの片手にはスマホがあった。ぽちぽちと画面にタップして、龍弥のことを見ていない。


「え、何が?」



「別れよう。」



「あ…ああ。そう。もういいの?」



「うん。新しい彼氏できたから。もう大丈夫。んじゃ。そういうことで。まぁ、クラス一緒だから会うけどね。」



「…。」



 あっけなかった。交際期間3週間。


 やることやって逃げられたような雰囲気だった。解放されて、むしろ龍弥は嬉しかった。嫌がって付き合っていたものだった。


 まゆみがいなくなったのを見て,ガッツポーズをした。


 たまたまラウンジに来ていた菜穂が、自販機で飲み物を買おうとしていた。


 ガコンと清涼飲料水のペットボトルを購入した。


 体を起こすと、頬に突き刺さる何かがあった。突き刺さった方に顔を向けた。


 テンション高い龍弥が菜穂の頬に指さしてた。


「痛いんですけど…。」



「わざとですけど。」



「そんなの知ってるわ。やめてよ。」



 さっと避けて、教室にもどる。


 龍弥は自然に菜穂の横に立ち、同じ方向に着いていく。


「何、ニヤニヤしてんの?気持ち悪いんだけど。」



「別に。」



「ちょっと、着いてこないでよ。」



「いや、俺だって同じ教室だし。」



「話しかけないでよ!」



「むしろ、こっちのセリフだわ。」



 2人はフットサルのノリの調子で話し始める。


 周りの同級生たちは物珍しそうにあの2人ってどういう関係と疑問を浮かんだ。


 廊下で龍弥の腹をパンチをする菜穂。


 ここが学校ということを忘れていた。


 さっき龍弥に交際の解散を宣言したまゆみが近づいてくる。



「やっぱり、2人って付き合ってるんじゃないの?」



「え?! んなわけないじゃん。まゆみってば、視力落ちたんじゃないの?」



 ごまかすように席に座る。



 龍弥は何も言わずに席に座る。


 急に教室に入って、しゅんと元気がなくなった龍弥が変に思えた。


 


 ***



 放課後になり,今日は珍しく部活に参加してみようかなと気持ちになった。


 龍弥は顧問に呼ばれていたことを思い出し、職員室に向かう。


 毎週木曜日は写真部活動日だった。

 

 部室にて、好きな写真を現像したり、写真を撮ったり、コンクールに応募したりすることが活動内容だった。




「失礼します。写真部顧問の竹下先生はいますか?」


 龍弥は、職員室のドアをノックして入った。


「竹下先生なら部室行ったよ。そういや、君、白狼くんでしょう。養護の槙野先生から聞いたよ。本性出したって。」


「あぁ。そうだったんですね。まぁ、そんなとこです。」

(あの先生おしゃべりだな。)



「家庭のことでいろいろ大変だろうけど、無理すんなよ。そういや、君、中学の時、サッカーやっていたって?なんで、うちの部活入らないわけ?」



「その情報はどこから?」



「白狼くんと同じ中学の大友くんだよ。覚えてない?君キャプテンするくらいうまいんだろ。ぜひ、来てよ。俺、サッカーの顧問してるから。」



「大友…あいつもおしゃべりですね。まぁ、でも、外部のフットサルやってるんで、俺、良いです。間に合ってます。」



「そんな、高校のサッカーで成績残せば、進学に有利になるんだよ。もったいない。まぁ、すぐに決めなくてもいいから、考えておいてね。」


 サッカー部顧問の熊谷先生は龍弥の肩をポンと叩いた。



「はあ…。」



 何か腑に落ちない感じで龍弥は写真部部室に向かった。


 13名の部員が狭い部室の中で混雑していた。



「ちょっと、顧問の先生に話が…。」



「あ、龍弥。」



 出入り口付近で菜穂が声をかけた。



「あ。先生に用事あってさ。呼ばれてたのに先に部室くるから。」



「あ!! 白狼くん!」


 奥の現像室から出てきた顧問の竹下先生が声を出した。生徒たちの間をすり抜けて龍弥のそばに来る。



「本当、部活に顔出さないから。困ってたよ。」



「すいません。あの、用事ってなんですか?」



「前に応募したコンクールあったでしょう。白狼くんの佳作で賞取れてたよ。ポスターがそのへんのテーブルにあったかな。あ、あった、あった。ほら。こんな感じ。ほら、見て、みんな。白狼くんのこれだよ。」



 顧問の竹下先生は、今日参加していた部員に見せていた。


 テーマは花で募集していたものだった。


 写っていたのは、菜穂もよく知るあの花だった。


「タイトルは【スノーフレークに憧れて】だって。何か曲のタイトルみたいだね。ネーミングも評価されているのかな。すごいよね、白狼くん。どこにこれ咲いてたの?」



「えっと確か、おばあちゃんが庭で植えてて、それを適当に撮った感じですけど…。まさか賞もらえるとは思わなかった。」



 菜穂は部室の出入り口付近からその写真を見ていた。



 まさか、自分の好きな花を龍弥が写真で撮ってるとは思わなかった。


 ちょっとどころかかなり嬉しく思った。


 話を終えた龍弥は外で立っていた菜穂を見た。


「何、笑っているんだよ。」



「別に。花なんて全然興味なさそうな顔しているから。面白くて…。」



「あれ、前に言ってなかったっけ。公園とかは見には行かないけど、花は好きだって。部屋に飾っているよ、かすみ草とか、サボテンとか。」



「私、あのすずらんすいせん…スノーフレークって1番好きな花なんだ。自分の名前に雪田ってあるし、スノーって雪って意味でしょう。同じ感じがして、何か良いなぁって思ってた。龍弥の写真、綺麗に撮れてたね。」


 龍弥は菜穂の話を聞いて、スマホの写真アルバムの中から、一眼レフとは別のスマホで撮った写真を探して、すぐに菜穂のラインに送った。


「ほら、これ。ウチの庭で咲いてたやつ。」


 ライン交換していたのにメッセージ交換なんてろくにしてない。


 龍弥は自然の流れで送ったことで、ライン交換をするトリガーができた。


 菜穂は目の前にいるのに、スタンプでペンギンイラストのありがとうを送った。


 それが自分でも面白くなったのかふっとはにかんだ。


「あのさ、目の前にいるのに何も話さずにラインスタンプって変じゃね?」



「変じゃないよ。ふつう。」



 菜穂はすぐにラインのアイコンを写真丸く切り取ってスノーフレークの写真に変更した。


 よっぽど嬉しかったんだなと龍弥は感じ取った。


 そっとほくそ笑んだ。


「菜穂は、何の写真撮ったんだよ。」


「何か、部員全員で部活見学しながら、写真撮ろうって話になってサッカー部の試合風景撮ってたよ。私のが…。」



「雪田さん!!こっち来て。」


 竹下先生に今度は菜穂が呼ばれた。


「はい。なんですか。」


「雪田さんも、賞取れてたよ。違うコンクールだけどね。確か「青春」がテーマだったかな。みんなで部活見学した時に撮ったものね。うまく撮れたわ。汗の吹き出し加減とか、アングルとか上手だった。素質あるわよ。」


「本当ですか。ありがとうございます。」



 横からぐいっと首をつっこんだ龍弥、菜穂のコンクールに応募した写真を見るとサッカーをしている木村悠仁の姿が中央に映っていた。


 他校の生徒との練習試合だったようで、ボールの取り合いをしている瞬間を撮っていた。


 生徒会もしながら、実はサッカーもしていたとは、器用な人だなと思う龍弥。



「なんだ、木村だから撮ったのか。」



「あ、まぁ、クラスメイトだし、他に知ってる人いなかったからね。ちょうどタイミングが合って…。あれ、もしかして妬いてる?」



「誰が妬くか。」



 そっぽを向いてイライラしている龍弥。


 菜穂は完全に妬いてると思い、可愛いなと微笑む。



「先生、これってなんの賞になったんですか?」


「おひさま新聞賞になっているわよ。これは、全国の新聞に掲載されるみたいね。よかったわね。雪田さん。」



「え、ちょっと待ってください。写っている人に許可得てなかったんですけど、大丈夫ですか?」



「そうね、一応声かけておいたら?賞を取ったら喜ばしいことだから嫌な気持ちにはならないでしょう。」


「まぁ、そうですけどね。」


 

 菜穂はすっかり木村に連絡するのを忘れていた。明日学校に来た時に言ってみようと、ポスターの写真をスマホに撮っておいた。



「なぁ、俺もサッカーしてたら、写真撮るわけ?」



「は?何言ってんの?龍弥フットサルしてるじゃん。」



「あれは、サッカーじゃなくてフットサルだし。」



「今回は部活の流れでサッカー部ってなっただけだから。まぁ、個人的に撮りに行っても全然問題ないけど。」



「ふーん…。」


 頭の中にサッカー部顧問の話が駆け巡る。


 もしかしたら、サッカー部に行ったら、自分も木村と同じように写真に撮られるんだろうかと考えた。



「今、龍弥は写真部なんでしょ?サッカー部に転部するの?」



「悩み中…。」


「えー、せっかく賞まで獲ったのにサッカー部に行っちゃうの?」


顧問の竹下先生は悲しそうにする。周りの部員たちもざわざわしている。


「いえ、今すぐではないですけども。」



「そうなの?なら、期待しちゃう。次は、バスケ部の写真を撮ろうと思うので、みなさん来週もぜひ参加してね。」


 部活はあっという間に終わった。文化部ということもあり、さらりとしていて自由がきいた。楽な部分はある。


 自然の流れで菜穂と龍弥は帰り道を一緒に歩いていた。


 同じ方向に向かっていた。


「なぁ、菜穂。ジュースおごるから、あの公園行こう?」



「え?!てか、なんで一緒に帰ってんのよ。やめてよ。」



「今更だろ? さっき普通に話ししてただろ。」



「そうだけど…。でもまゆみに見られたらまた言われるし。」



「山口ならとっくの昔に新しい2年の先輩の彼氏と一緒に帰って行ったっつぅーの。」



「え? 嘘。まゆみに新しい彼氏できたの?龍弥は?付き合ってたんじゃないの?ま、まさか振られた?」


 テンションが上がって声が裏返った。



「ああ。そうとも言うけどな。」



「龍弥はやっぱり陰キャラ通して来たからまゆみに嫌がれたんだ。やっぱり!そりゃそうだよね。気持ち悪いもん、カツラかぶって急に銀髪にでかいピアスしてたら誰だって引くわ。」



「おい!言い過ぎだわ。少し黙りなさい。」



 菜穂の口を両手で塞ぎ、タコのような口にさせた。



「すいません。言いすぎました。」




「よく言うよ。気持ち悪いって言って一緒に過ごしてるくせに。」




「は?過ごしてないし、勘違いしすぎだよ。自惚れないで。自意識過剰だね。」



 わぁーわぁー言いつつも、2人は公園に足を踏み入れた。



 流れで菜穂も着いてきている。龍弥は自動販売機で缶ジュースを2本買って菜穂に手渡した。



 龍弥はブランコに腰をおろして、缶のプルタブを開けた。


 菜穂は鉄棒に体を寄せて、プルタブを開ける。



 ごくんと一口飲んだ。



「それで? 話しって何?」



「ふーん、さっきまでわぁわぁ言ってたのに話は聞くんだ?」


「んじゃ、帰ります。」


 龍弥は立ち上がり、菜穂の腕を掴む。



「待て待て。嘘、嘘、もう言わないから。お願い、聞いて。な?」




「サッカー部のこと?」



「うん」


 

 ベンチに座り直して、アロエジュースを一気に飲み干した。

 菜穂も少し距離を置いてベンチ座った。


 カラスが夕日に向かって飛んでいく。     



 車が数台走り去る音が響いた。



 





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