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スノーフレークに憧れて  作者: もちっぱち
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第3章



 日本史のテストの解答を必死で解いた。


 なぜ、あの時、歴史上の人物で『伊藤博文』と書かなきゃいけないところを『伊藤龍弥』って書いてしまった。

 画数多いし、すぐに書き直したはずだった。




 どこかの問題で『白神山地』を『白狼山地』と書き間違えてる自分に、後ろ頭にツッコミを入れたくなった。



 どれだけ、『白狼龍弥』のことが気になるんだろうと自分に問い掛けたい。



 全テストの問題を解いて授業を終えると、バックに筆箱を入れて中身を整えた。




「ねえねぇ、菜穂、聞いて。さっき私ね、トイレの廊下で白狼とすれ違ったんだけど、落ちてたハンカチ拾ってくれたんだ。ちょ、ラッキーだと思わない?!」



 まゆみがミーハーのようにあたかも白狼龍弥が芸能人でもなったかのような特別感を示してくる。


「へぇ、そうなんだ。よかったね。てか、普通に前からクラスメイトじゃん。何を今更…。」



菜穂は素っ気ない態度で対応した。


「えー。だって、さっきからクラスの女子も他のクラスの女子も、白狼のことで盛り上がっているよ。悪っぽい感じの外見が受けたりするじゃん。真面目すぎるよりさ。」



 白狼の席の周りがいつの間にか女子たちで埋め尽くされていた。




「ふーん、そうなんだ。あれ、前、まゆみ、木村くんのこと良いなぁってあれは 違うの?真面目っぽいのが良いって。」



「それはそれ、これはこれ。周りの意見も参考にするのよ、私は。」



(調子いいなぁ。本当、人に流されるタイプだな、まゆみは。)



「菜穂は?」



「私は別に…。」


 いつもは気にならない頬にあるそばかすをぽりぽりとかいた。


 

 手でかいたってそばかすは、取れないってわかっているのに。



「そうなの?」



「そろそろ帰るね。ちょっと行きたいところあったし。」


 菜穂はまゆみの話を振り切って、教室を出た。何となく、人が集まるところはあまり好きではない菜穂。


 友達と楽しく話す分には何の問題はないが、人数が多くなると何を話せばいいかわからなくなる。ましてや、白狼の話が中心になっていることで逆に話題の中に入りたくなくなった。


 

 自分だけがわかっていることだと思っていたため、なぜか悔しい気持ちが生まれる。でもその前に伊藤龍弥と同一人物なんて確かめてもいない。それはまだわからない。本人と言葉さえもかわしてもいない状況。


 むしろ会話をすることさえ困難な人の混み具合になってきた。


 さらりとかわして、菜穂は教室を出た。



 廊下では杉本が、立っていた。


「雪田さんは、どう思う?」



 腕を組んで聞く。



「へ?何が?何のこと?」



「え、だから、みんなが気になっている、あの白狼くんのことだよ。知ってた?」



「なんで、そんなこと私に聞くの?」



「だって、知り合いじゃないの?君ら?」



「全然。私も少しは根暗だけど、あそこまで根暗じゃないし。」




「え!?雪田さんは、白狼くんのこと今でも根暗だと思っているわけ?」



 目を丸くして言う杉本。


「違うの? だって、かなり閉じこもってたじゃん。昨日まで入学式からずっと。誰とも会話しないし、てか、今だって頷いてばっかでまともに話して無いでしょう。」



「あー。あれは単に面倒なだけでしょう。てか、雪田さん、白狼のことよく見てるね。」



「いや、あのさ、あんだけ目立てば誰だって見るでしょう。」



「何、怒ってるの?」



「別に! ……帰る。」



 菜穂は、顔を赤くして不機嫌そうに階段の方へ逃げるように去っていた。杉本はズレたメガネを直して、菜穂の姿を見送った。



「あんなに怒って、どうしたんだろう。」



 (やなやつだ。もう話したくない。)



 階段を駆け降りようとすると、登ろうとする木村に会った。


「あれ、雪田さん。そんなに怒ってどうかした?」



「え、ごめんなさい。怖い顔してたかな。ちょっとあってね。木村くんは、どうしたの?生徒会の仕事かな。」



 生徒会長選挙管理委員会がもうすぐ始まるため、テスト期間にも関わらず、資料をまとめて持っていた。



「うん。そう。先生たちもひどくてさ。テスト期間なのに、こき使われるよ。まぁ、明日は土曜日だからいんだけど。」



「そうなんだ。お疲れ様。1年でも大仕事あるんだね。人数少ないの?」



「うん。割と、少ない人数で回してる感じ。もし、興味あったら、雪田さんも参加してよ。いつでも募集中だから。」



「あ、ありがとう。でも、私は生徒会に立てるほどの度量ではないから遠慮しておくよ。でも持つもの多そうだから、運ぶのは手伝おうかな。」




「そう?助かるよ。生徒会室までに運ぶんだ。こっちの紙袋持ってくれる?」



「こっちね。」



 たっぷりと資料が入った段ボールは木村が、紙袋に入った資料は菜穂が持つことにした。


 生徒会室は1年のクラスの通り越した先にあった。


 

 菜穂は元来た道を戻る形だった。いつの間にか、杉本は廊下からいなくなっており、龍弥は教室から出たくても出られない様子でこちらを見てきたが、菜穂は完全スルーした。


(ちくしょー。人数多い女子らを振り切りたくても振り切れない。やっぱ、何か言わないとわかってくれないのか。)


 そこへ助け舟が入る。


「なぁなぁ、君たち、よってたかって、白狼に質問攻めはよくないだろう。まずさ、話を聞いてやれって。」


 石田が間を取り持ってくれるようだ。


「私、石田には聞いてない。あんた関係ないし、うちらは白狼くんと話してるの。さっきから頷くか首をふることしかしてないけどね!!」


「いや、その時点で気づこう!迷惑がられているのよ、君ら。」



「だから!」



「うっせぇな!!」


 

 龍弥は、次から次へと聞いてくる女子たちに思わず耐えきれなくなって叫んだ。教室は一瞬にして、静まり返った。



…と思ったら、逆にそれが、初めて出た声が聞けて、嬉しかったようで、黄色い声が飛ぶ。


 質問が途切れたことを良いことに龍弥はそのタイミングで教室を出た。



 教室を出ると生徒会室の前で木村とやり取りする菜穂の姿が見えた。衝動的に龍弥は菜穂の手をぐいっと引っ張った。



「え!?」


 菜穂は、そのまま引きずられるように階段を駆け降りていく。


「雪田さん!?」



無理やりに連れて行かれているのだろうと思い、木村は2人を慌てて追いかけた。


 生徒会室にはさっき運んでいた資料が乱雑に落ちたままだった。




「ちょっと、やめてよ!離して!痛い。」



 1階の昇降口近くのラウンジでパシッと叩いてやっと離れた。


 龍弥と菜穂の息が上がる。



「……。」

(あ、無意識に連れて来ちまった。どう言おう。学校の俺ってなんて言うんだっけ。いや、何も話してないわ。)



「雪田さん、大丈夫?」


 後ろから着いてきていた木村が声をかける。



「あ、うん。平気だけど…。」



「白狼くん、急に腕引っ張って連れて行くのは、良くないよ。せめて、声かけてからにしないと。」



 次期生徒会長の木村はとてもまともなことを言う。


 クソ真面目なやつを見たり聞いたりするとイライラがとまらない龍弥は何だか納得できなかった。



「……悪かった。」


 ありが喋ってるかのような小さな声で目を合わせず下を向いて話す。


 もちろん、2人は聞こえてない。


 言い捨てるかのようにそのまま昇降口へ向かう。



「雪田さん、また何かあったら俺に言って、力になるよ。白狼くん、風紀委員から注意されるくらい髪ブリーチしているし、ピアスもあんなに空いているとさ…。グーパンチでも飛んできそうな気がするから。」



「…そんなことしないよ。」



「え?」



「あの人は、そんなことしない。見た目はそうかもしれないけど、今まで私たちクラスメイトに傷つけるような関わり方してこなかったでしょう。多分、これからもしないよ。」



「…雪田さん、何か、白狼くんのこと知ってるの?」



「え、いや、あ。ううん。全然、知らないけど、そうなのかなって思っただけ。うん、私の想像。気にしないで。」

  


 菜穂はごまかした。そして、何も言わずに昇降口に向かう。


 木村は疑問を持ちながら、生徒会室へ戻った。


 その一部始終を渡り廊下の影で覗いていたまゆみが機嫌悪そうに左手指の爪を噛んでいた。


(面白くない……。)



 菜穂は、靴箱から外靴を取り出して、上靴に履き替える。


 昇降口を出た外には、龍弥が包帯の中にある左耳に新しく買ったワイヤレスイヤホンをBluetoothに接続して、音楽を聞こうとしていた。右耳は完全に手術後で使えていない。



 不思議そうに見つめる菜穂。


 背の高さといい、髪色といい、フットサルで見てる伊藤龍弥と瓜二つ。

 自分は視力が悪くなったのか。


 他人の空似。確かに分厚いメガネしてるところは違う。



 後ろに人がいることに気づいて、颯爽と帰ろうとする。




 菜穂は、やっぱり気になって声をかけようとしたが、諦めた。




 龍弥の横に昇降口から慌てて1人の女子が近づいていた。






 3時間のテスト授業を受けての下校時刻。


 龍弥は昇降口前で、呼び止められた。


 

「白狼くん、帰るのってどっち方向だっけ。」



 まゆみが慌てて、外靴に履き替えて、走りよって声をかける。




 まゆみは、白狼のことを今まで陰キャラだから関わりたくないとか言っていたくせに、包帯をして、髪が銀色にブリーチしている頭と巻いている包帯から見え隠れする思いっきり開けたであろうピアスの左耳を見えただけでこのありさま。


 人を外見で判断するんだとまゆみのちょっと嫌な部分が見えて菜穂は意気阻喪した。


 

 菜穂と一緒に過ごすのはもしかしたら、まゆみ自身をよく見せるためだったかもしれないと予測する。



 そばかすと猫毛のくねくね髪。

 垂れた眉、離れた目。小さな鼻。


 メイクさえもできない自分のそばにいるだけでまゆみは引き立つから。


 まゆみは、元々猫みたいに目も大きくて、鼻も高く、唇はぷっくりしてて、小顔で髪もふわふわにパーマして可愛いのに、どうして自分と一緒にいるのかだんだんわかってきたかもしれない。



 菜穂は、嫌気がさして、2人の尻目にその場から立ち去った。



 親友だと思っていたのは自分だけだったのかもしれない。



 まゆみは音楽を聴いて無視し続ける白狼をめげずに話しかけると、ふと振り返ると菜穂が見えた。


 まゆみは眼中にない。


 そばにいるけれども、自分には、話しかける権利なんてない。


 龍弥にとって学校にいる自分には、自信が無かった。


 話しかけたとして、何ができるか。


 何もできない自分を想像する。


 首を振って、目の前の景色を見た。


 下を向くと、まゆみが懇願するように何度も話しかけてくる。


 面倒だなぁと思いながら、仕方なく、イヤホンを外して、受け答える。



「……何?」




「やっとこっち見て、話してくれた。あのさ、今、聴いてる曲ってなんなの?」



「えっと…。オルゴール…。」


 

 絶対に興味持たないだろうと思う曲を言ってみた。本当はJPOPの人気曲をオムニバス聴いていた。


 確かに何の曲のタイトルかと聞かれても答えられない。



「ふーん。オルゴール…。眠れるね!」



 まゆみは、思いつく返事を絞り出した。その返事を聴いて頑張ってるなぁと思って、ふと笑みがこぼれた。




「んなわけないっしょ。」




 普通に会話してる。龍弥はただ一つのイヤホンをまゆみの耳に当ててみた。



「…なんだ。新曲だし、A b oじゃん。え、あと、有里…。うーんと、これは…。スピッシね。アニメの映画主題歌の。結構、メジャーな曲聴いてるね。オルゴールなんて、嘘じゃん。」



 昇降口から続く坂道を校門までまゆみと歩いた。



 まゆみとは、クラスメイトだということはうっすら知っていたけど、こんなに話すのは初めてだった。



 会話の内容としては、誰とでも話せる話題の音楽のことだった。



 当たり障りない話で多少のストレス発散ができた。



 好みの音楽の趣味は違っていたが、メジャーなものは聴いてるらしい。




 好きじゃないものも聞くのは、話題に乗っからないと会話に入っていけないからというのは同じ理屈だ。




 まゆみも表面上の付き合いも多く、人付き合いは薄く広くだと言っていた。




 なかなか本音で話せる子はいないねとも。


 

 どこか共感できるところがあった。



 龍弥は、フットサルのメンバーは広く浅くを心がけているが、学校内の友人関係は一切の関係を築き上げていない。


 むしろ、浅くも入っていない。


 真っ平で過ごしていきたかったが、この様子ではフットサルクラブと同じような自分じゃない誰かを演じないといけないなと考え始めた。


 その中でも菜穂の前では、2通りの自分を見られてしまう。


 どれが本音で建前かバレてしまうことを恐れた。


 いっそのこと、建前のままか、本音のままか。



 たかが、クラスメイト。


 されど、クラスメイト。



 土曜日には、フットサルメンバーとのカラオケがある。


 この耳につけた包帯を外すことはできない。もう、バレることを諦めて、どちらの自分で行くか明かすしかないんだろうなと考えていた。



「白狼くん! どこ見てるの?」



 ぼーっと違うことを考えていた。まゆみは顔の目の前に手を振った。



「あ、ああ。」



「そういや、その怪我。どうしたの?耳なのかなぁ。血、出たの?」



 まゆみは心配そうに血が滲み出てるところに指差す。



「あ、これ。うん、まぁ、耳のけがだね。」



 右耳の方をまゆみはそっと触れようとするが、龍弥はそれに気づいて、パチンと手を払って睨みつけた。


「ご、ごめん。まだ痛いから、触らないでくれるかな。」



「あー、ごめんね。気になっちゃって…。私、帰る方向あっちだから。んじゃ、お大事にね。」



 まゆみはY字路の左側を指差して、去っていく。



 龍弥は、不機嫌そうに、黙って、ポケットに両手を入れながら、右側の道路に歩いていく。



 つくづく人間関係を築くのは面倒だなと感じる。


 良いなぁと思ったり、嫌だと思ったり、信じていた人が裏切ったり、ため息がとまらない。


 


 道端の石ころを蹴飛ばした。



 石ころはコロコロと側溝の隙間に入っていく。次の石ころはサッカーのように何度も蹴り飛ばせる。



 こんなことしたいわけじゃない

 でもやってしまう

 石ころ転がしの

 暇つぶし。


 自分は何したいのか。



 右耳がかゆくなる。







 


****







 1人部屋のベッドからドンっとずり落ちた。


 カーテンから日が差し込んでいる。


 今日は、何曜日で今、何時だっただろうか。



 ベッドの下に落ちたスマホを探す。



 埃っぽい床にいつ使ったものか分からないくちゃくちゃになったフェイスタオルに埋もれていた。



アラームが消えている。無意識に音を消していた。午前9:40の表示に目を見開いた。



 今日の約束の時間は午前10時。あと20分しかない。慌てて、部屋のドアを開けて、階段を駆け降りた。



「あれ、お兄。珍しい。今日、バイト無いの?」



 いろはが食卓で遅めの朝食を食べていた。


 いつもの土曜日は朝早くに出て、バイトに出ていた。


 今日は、カラオケの予定のため、バイトのシフトは入れてなかった。


 頭にはまだ包帯が巻かれている。


 スプレーシャンプーをして頭の匂いをごまかした。



 外の庭では、祖母と祖父が庭の手入れと洗濯物を干していた。


 こんな時間に起きることは滅多になかった。体が疲れているのだろうか。



「朝ごはん、いらないの? おばあちゃん、今朝はピザトースト作ってくれたみたい。」



 いろはは、自然に龍弥に話しかけるが、相変わらずまともに話さない。



 冷蔵庫にある牛乳をコップ1杯飲んで、部屋に戻り、急いで上下の服を揃えて、着替えた。



「ねぇ、今日、お昼は外で食べるの?夕飯は?」



 玄関で靴紐スニーカーを履きながら言う。鏡を見ながら、髪形を気にする。



「どっちもいらねぇ。」



 その一言を話すとフックにかけておいたヘルメットをかぶった。



 バイクのエンジンをかける。



 これからどこか出かけるんだろうと祖父母は何も言わずに見守っている。


 グルッと駐車場で転回して、バイクを走らせた。



 低い音から3段階にブゥーンとバイクの走る音が響き渡った。




 駅前にあるカラオケの受付付近では、フットサルのメンバーがたまっていた。待ち合わせ時刻より少し遅れていたようだ。


 いや、みんなが集まるのが早かったんだろう。


 入り口の扉が半分開いていて、宮坂が、電子タバコを吸っているのが見えた。奥にも女子たちがいるのが、バイクから見えた。



駐車場にバイクとヘルメットを置いて、鍵をポケットに入れた。


 バックを肩に背負い直した。きっとみんなに言われるのはどうしてフットサルに来なかったことと、包帯をしているんだと言うことだろう。



「ちいーす。みんな揃ってるんすか?」


なんでもない顔して中に入っていくみんなはジロジロとこっちを見る。



「お?え? 龍弥くん? 何、その頭。何したん? しばらく顔出さないなと思ったら、けがしてたの?」


 宮坂が電子タバコの吸い殻を携帯灰皿に入れた。その質問には、冷や汗をかいて頷いた。


「え?返事ってそれだけ。いつもと違うね、どうしたん?疲れてる?」


 宮坂はあっけに取られる。


(あ、やべ。学校と同じになってしまうや。えっと、フットサルでは…。ん、1週間ぶりでどんな感じだったか忘れたな…。)


「龍弥くん。来たんだね。君がいないとまとまらないから、困ってたよ。まだ受付すら、してないから、よろしくぅ。」


 齋藤瑞紀が話す。


「本当、そう。無理だよ。このメンバー。年上の人いるけど、年下メンバー多すぎてまとまらない?マジウケるんですけど…。ねぇ?」



「誰のこと言ってるの?亜香里ちゃん。絶対俺らのことディスってるよね。」


 下野がお手洗いから戻ってきて、言い始める。このメンバーの最年長は、嫌われていて、まとめきれずにいた。


 亜香里と相性がよろしくないようだ。



大学生3人のリーダーは亜香里のようで、亜香里次第で事が動くらしい。



「あれ?滝田は?知らない?」


 龍弥は周りを見て言う。


「ちびっこくんだよね。まだ来てないみたいですよぉ。」


 おもむろにメガネをハンカチで拭く優奈は、辺りを見渡して言う。


「ちょっと、龍弥くん。菜穂ちゃんも来てないよぉ。」


 宮坂が残念そうに言う。



「あ、確かにいない。誰か連絡先って…。俺、知らないんだった。」



「実は…交換しちゃってました。ぼくぅ。なんつって。今、かけてみるわ。」


 宮坂が菜穂のライン電話を鳴らしてみた。電話に出ながら、慌ててカラオケのドアを開けたのは菜穂だった。


「はい? ん。あ、ごめんなさい。今、着きましたぁ。…ん?え、あ。あーーーー。」


 電話にも出て、ドアも開けて、集団の中に埋もれてる頭に包帯を巻いた龍弥を見つけて、案の定と言わんばかりに指をさした。


「菜穂さん、人を指さしちゃいかんよ。」


 宮坂が菜穂の指をそっとおろした。


「え、だって、宮坂さん。この人、え、双子の兄妹とかいないですよね。ドッペルゲンガーとかでもないですよね。昨日、学校で…ちょっと待って。やっぱそうだよ。うん。伊藤じゃないし。」



「…はぁい。カラオケフリータイム8人でお願いします。お酒は無しで大丈夫です。はい、ドリンク制ですね、はい、みんな、メニュー見て、注文してねー。」


 いつの間にか、菜穂のことは完全にスルーする龍弥は、カラオケ店員に受付していた。ワンドリンク制ということで、メニュー表を手際よく、配り始める。



「え、だから、私の話、無視…。」


「しっ!」


急に龍弥は菜穂の口元に静かにのポーズで指をあてる。



(はぁ?!)



菜穂は納得できない。この状況でスルーしようとしてるのか。怒りが込み上げる。


「はい、何、頼むの?」



「えっと…クリームソーダ。」



「はい、クリームソーダね。俺は、黒烏龍茶かな。ちょっとお腹周りが気になり始めて…。ってはい、下野さんは?」


 全然太ってもいないし、筋肉ムキムキのくせにお腹が出てると嫌味を言った。



 龍弥は次々と注文を聞いて、先に受付を済ませておいた。


 どさくさまぎれに菜穂は注文していた。なんだか、流されていることにイライラが止まらない。



「俺は、アイスコーヒー頼んでくれる?」


「okっす。えっと滝田はまだ来てないから、あとで連絡してみますね。他の女子は大丈夫っすか。ミルクティとルイボスティ、えっと梅昆布茶?渋いっすね。はい。注文はこんなもんかな。滝田の分は多分コーラってことで、よろしくお願いします。」



 店員は、タブレットで注文を承った。部屋番号は22号室に決まったようだ。

 

 空いている希望の機種はジョイボイスしかなかったようだ。



「はいはい。みなさん、こちらです。行きますよぉ。22号室です。」



龍弥はバスガイドのごとく、案内する。



「何それぇ、めっちゃうけるんですけどぉ。」



 亜香里に受けていた。


 優奈と瑞紀は何とも思わずに去っていく。


「……。」


 菜穂はご機嫌斜めに先を進める。



「菜穂ちゃん、そんなムスッとしないでさ。楽しもう?」



 宮坂が菜穂の肩を軽くぽんと叩く。



「は、はぁ。」



 ほぼ、はじめましての人が多い中、何だかぎこちない菜穂。来ない方が良かったかなと来て早々感じてしまった。



 このメンバーで歌なんて歌えない。




「はい。次々、曲入れててね。あと、すぐに飲み物運んでくれるから。悪い、俺、滝田に電話してくるから。みんな先に歌ってて!」



 マイクやタブレットをテーブルに並べると龍弥はドアを開けて、部屋の外に出て電話をかけた。



菜穂はチラチラと雰囲気になじめず部屋の外を気にする。そうしている中で、飲み物が到着した。



 大学生3人のメンバーの中の2人は、ノリの意味も込めて大人数アイドルの曲を何曲か入れ始めた。



 下野は、昔のバラードを1人で歌うようだ。



 宮坂は最近のインディーズバンドの知らない曲を入れた。



 どんどん曲数が増えていく。



 菜穂は決めかねていた。目の前にタブレットが置かれる。クリームソーダのアイスの部分を食べようとした。そこへ、龍弥が電話を終えて、菜穂のクリームソーダのさくらんぼを持って行った。


「うまそ。」



「ちょっ!私の楽しみのさくらんぼ奪わないで!」



「もう遅い。」



 舌をぺろっと出して、さくらんぼの種を出してみせた。



「うわ、汚い。ちょっとここに置いて。」



 たまたまあった小皿を差し出した。



「はいはい。ほらよ。…滝田、来ないんだってさ。風邪引いて熱あるから無理って言ってたわ。」



「……そう。」



 ストローでズズッとクリームソーダを飲んだ。頬を膨らませて機嫌が悪い。




「はぁ~。マジあっちキツいんだわ。」



「は?」





「香水キツいの。俺、あの匂い無理だ。ここなら平気だもんね。」



 黒烏龍茶を氷ごと飲んだ。



「……悪かったわね。オシャレじゃなくて。」



 皮肉に聞こえた菜穂はそんなことしか言えなかった。



「別にそんなつもりで言ってねえし。自意識過剰だな。」



 氷をバリボリ噛む龍弥。全然菜穂のことなんて言ってない。



「……帰りたい。」



 目がイキイキとしていない。



「菜穂ちゃん、来たばかりだよ。何か食べ物でも頼んだら?」


 宮坂が気を使ってメニュー表を出してくれた。



「…フライドポテトと唐揚げが食べたい。」




「はいはい。注文しておくよ。」




今は、便利な時代のようで電話で注文でなく、手持ちのスマホを起動して、カラオケ店専用アプリで食事の注文ができるようになったようだ。早速、ポチッと押すとあと何分でお届けですと表示もしてくれた。



「めっちゃ便利ですね。楽じゃないですか。」



「そうだね。これはスマホないと不便だよ、龍弥くん。」



「そうっすね。」




棒読みに答える。





「龍弥くん、全然曲入れてないよ。ほら、好きなの入れて。」



 亜香里がタブレットを手渡す。



「わかりましたよ。んじゃ、これで。」



 送信ボタンを押して、自分の番が来るのを待った。


 相変わらず、さっきからずっと龍弥は菜穂の近くから離れようとしない。



 香水の匂いがキツいからという理由でこっちにいるのいいけど、近距離すぎていやになる。



「ちょっとトイレ行ってきます。」



 菜穂は、宮坂に小さい声をかけて部屋の外に出た。



 龍弥はどこにいくんだと様子が気になって,一緒に外に出た。



「おい、どこいくんだよ。」



「トイレです!」


 少しキレ気味に言うと、同じくして龍弥もトイレに行き、出入り口で鉢合わせする。


 向い合うとそのままの白狼龍弥がメガネを外した状態で目の前にいた。


「あのさ、白狼龍弥なんだよね?」



「……誰それ。」



「白々しい…。」



「あ、そういや、これ、学校でも聞いたけど、やっぱり落としたんでしょう。」


 バックの小さなポケットに入れてたキーホルダーを出して問う。


 心置きなく言えると思った龍弥は素で話す。



「返せよ!」




「やーだよ。本当のこと言わないと返せません。」




「卑怯だぞ。」




「どーぞ。ご自由に。私は返しません。」




「いいさ。そうだよ、俺は白狼龍弥です。さぁ、これで文句ないだろ。返せって。」



 手の中にシャラッと落とす。



「なんでそんなにそれが大事なの。」



「教えません。絶対教えるもんか。」



 自分のバックに大事そうにしまう龍弥。



「なになに、痴話喧嘩? 2人ともそんな仲良かったわけ?」



宮坂が部屋の外に出てきた。



「違います」


菜穂は言う。


「違うって。」


龍弥は言う。



「ふーん。んじゃ、付き合ってないんだ?」




「そうですよ。付き合いませんよ。クラスメイトなんかと。」




「クラスメイトなの?」




「ええ。まぁ、今知りましたけど。」



「ほう、面白いね。」



 宮坂は、菜穂の横に立って、肩に手を添える。



「それじゃあ、俺は菜穂ちゃんと付き合っちゃおうかな。ね、いいでしょ。番号交換してるし、ねぇ、龍弥くん。全然問題ないよね??」




「…ああ。いいじゃないですか。俺は全然部外者ですし。ただのクラスメイトとフットサルの師弟関係ってだけですから。お気にせず・・・。」



 龍弥は無性にイライラして、元の部屋に戻って行った。



菜穂は宮坂に掴まれた肩が若干震えていた。



「菜穂ちゃんって、付き合うの初めてなの?」



「ええ、まぁ、そんなとこです。」



 肩の次は手足が震えてる。



「俺で大丈夫だった?」



「全然、問題ないですよ。本当、ありがとうございます。」


緊張しすぎてカタコトになっていた。



「そっか。ありがとう。」



 宮坂はそっと額にキスをした。


慣れていない菜穂はザザッと壁の方まで体を避けた。鳥肌が立つ。



「菜穂ちゃんって面白いね。鳥みたい。ねぇ、今から抜け出さない? もう、いいでしょ。一緒に外行こう?」



「え、ああ。はい。行きましょう。」


 


 声がうわずっていたが、そのまま宮坂の言うとおりに着いて行った。



 緊張しすぎて何を話していたか忘れるくらいだった。



 

 その頃の龍弥は、思いっきりパンクな歌でシャウトしまくっていた。

 



 案外盛り上がっていた。








カラオケに夢中の5人。


 飲み物がなくなったと亜香里と瑞紀は龍弥に訴えるが、スマホを持っていない体になっているため、下野に頼んで、注文画面を開いてもらった。


「ねえねえ、聞いた?今さ、ポルノ写真流出する詐欺ってやつ。あれさ、YouTubeとかつぶやきのやつだったかな。彼氏だと思っていた人が実は詐欺師で、めっちゃ裸とか写真撮るなって思ってたら、その写真勝手にネットに公開してたって。確かYouTuberがいてさ、女子と自分の顔にモザイクかけて平気な顔で載せてるんだよね。気持ち悪くない?でさ、私、さっきの宮坂さんいるじゃん、YouTuberのミヤッサって人と似てるんじゃないかと思って、顔はモザイクしているけど、声は変えてないからさ、怪しいなぁって仙台出身ってなっているし…、どう思う?」


 亜香里がスマホをスワイプして、女子2人に見せる。


「まさか。他人の空似ってやつじゃないの?そんなことする人がこういうところ来る?」


「めっちゃ怪しいね。てか、その詐欺する人って合コンに出没するって話だよ。怖くない?てか、宮坂さんはどこ行ったわけ?」



「若い子はすぐそうやって、変な噂立てるの好きだよね。宮坂くん疑っちゃうわけ?もうフットサルできなくなるじゃん。」



 下野はアプリを開いてようやくドリンクを注文をした。



「ねぇ、龍弥くんは何飲むの? あれ、龍弥くんどこいった?」




「え、龍弥くんなら、さっき、血相変えて、部屋出て行きましたけど…。」



 優奈は、まだ残っていた梅昆布茶をチビチビ飲んでいた。



「え?!なんで、龍弥くんいないの?メンズ、下野しかいないじゃん!」

 


 亜香里はとても残念そうに言う。瑞紀は亜香里よりもしゅんと寂しそうだった。



「って、おい!呼び捨てやめて。大丈夫だよ、すぐ戻ってくるさ。多分ね。」


 下野はスマホでドリンクを注文確定ボタンを押した。



 本当か嘘か、亜香里の詐欺師事件が変に気になった。

 宮坂が犯人じゃないことを祈りたい。




 龍弥は、菜穂が宮坂と一緒にいて、何か事件に巻き込まれると思うと、申し訳無い気持ちでいっぱいになった。


 宮坂をフットサルクラブのメンバーに誘ったのは龍弥だったからだ。


 息を荒くして、2人の後を追いかける。ほんの数十分前の話でまだ遠くには行ってないはずだった。





***



 手と足が同時に出ている行進のようにぎこちなさ満載に菜穂は歩いていた。



「菜穂ちゃん、緊張しすぎだよ。可愛いな。」


(宮坂さん、私のどこが良くて付き合うってなったのかな。初対面からすっと会話してたけど…。)



「こうしたら、落ち着いて歩ける?」


 左手をぎゅっと手を繋いで、肘を曲げた。菜穂は慣れておらず、さっと離した。


「ちょ、ちょっとまだ無理です。隣歩くので勘弁してください。」



「どこの江戸っ子よ。面白いんだけど。」



 宮坂は、笑いが止まらずで、菜穂は恥ずかしくなった。


「んじゃ、こっちそのまま着いてきてね。」


 手を繋ぐことはなく、宮坂は商店街の路地に入っていき、いきなりピンク色の建物にどんどん進んでいく。



「み、宮坂さん? どこいくの?」



「どこ行くって彼氏彼女になったら行く場所って決まってるでしょうって、おいで。」



 手招きする宮坂。そういうのに慣れていない菜穂。足が後退する。

宮坂は、菜穂の背中に回って後ろから軽くトンと押そうとする。


「大丈夫だって。ほらほら。」



「い、いや、でも、無理。会ってそんな経ってないですし…。」



「ここから、新しい菜穂ちゃんになっていくんだよ。」


「え、新しい私? 意味わからない。」



建物ので出入り口付近で、誰かが立ち塞がった。


「ちょっと、宮坂さん!それは反則じゃないですか。菜穂、嫌がってるでしょう。」



 宮坂の前に走ってきて息の上がる龍弥が来た。


 菜穂は、手足も震えて、服の袖で、顔を隠している。


「え、だって。今、俺たち付き合ってるんだよ。君には関係ないから。ほら、菜穂ちゃん、おいで。」



狐のような目の細い宮坂、今までにない強気の発言だった。



「ごめんなさい。私、行きません。」



「はぁ?! ここまで来て、来ないなんて彼女じゃないよ?いいから、ほら。」


 無理やり連れて行こうとする間に龍弥はパシっと宮坂の手を払った。



「いやだって言ってるでしょう。」


 龍弥の後ろにつく菜穂は、宮坂の顔をのぞいた。


「あぁ、そう。チッ。もういいよ。」


 近くに落ちていた石ころを蹴飛ばして、宮坂は懲りたのか立ち去った。


 龍弥を盾にして、菜穂は隠れていた。


「宮坂さん、あんな人だと思わなかったなぁ…。ん?」


 龍弥の後ろシャツを力強く掴む菜穂。

 手がふるえていた。


「……。」



 シャツの菜穂の手をそっと外そうとする龍弥。ハッと気づく菜穂は、自分からそっと外す。



「あ、ありがとう。今回は助かった。今回は。」



「ふーん。」



「お礼言ってるんじゃない。なんで受け止めてくれないのよ。」



「べー。」


 あっかんべーと舌をペロっと出す龍弥。


 さっきのは違う人だったじゃないかと疑う。

 腹が立つ菜穂は拳を振り上げて追いかけるが、足が早くて無理だった。


 龍弥はそんなおふざけが大好きのようだった。




 




 アーケードの歩道に縦に並んで歩いた。


 どこに向かうのか、龍弥は路地から商店街に入るとデパートが立ち並ぶ方へ歩いて行く。足が早くて追いつけない。

小走りで着いていく。


 まだ、カーディガンの袖口で口元を覆っている菜穂。


 後ろに着いてくる菜穂をチラチラと気にしながら、黒ジーンズのポケットに手を入れて先へ進む龍弥。


 まだ、さっきの出来事を引きずって、呼吸が整っていない。


 横断歩道の前に着いた。歩道の信号が赤になっていた。ぞろぞろと人が集まる。


 1番前の黄色い点字ブロックの上に立った。


 龍弥は左隣でふぅーとため息をつく。


 菜穂は、龍弥の後ろに移動して、おもむろにシャツの裾をつかんだ。



 手は繋ぎたくない。


 そんな関係ではない。


 でも、周りには土曜日ということもあって、人がたくさん集まっている。どこに誰がいるかわからなくなる。



自分が迷子になるかもしれないと不安になった。


目で裾をつかんでいると気づいた龍弥は、そっとさらに何も言わずに左に避けた。


「わッ!」


 

 急に動いて、転びそうになった菜穂。びっくりした。掴んでた裾が外れた。


 クスッと笑う龍弥。


 青信号になってかっこうの音が鳴り響いた。

 

 龍弥は右に移動して、左手で菜穂の腕をつかんだと思ったら手をひっぱって小走りで横断歩道をわたる。




「素直に言えばいいだろ。」




なんで左側にいたのに、右に移動したのかは意味がわからなかったが、菜穂はドキッとして、何も言えずに前髪で目を隠した。


 横断歩道を終えると、繋いでた手をパッと離して両手をあげた。


 菜穂はものすごく残念な顔する。


 分かりやすかった。


「やっぱ、やーめた。セクハラで訴えられたら困るし。」


というと、菜穂の方に体を横に向けていた体を前に向いて、さっさと歩く。


 むーと機嫌わるそうな顔をする。


「誰も何も言ってないじゃない。」



「やーだよ。」



 手を離した瞬間、ものすごく嫌な顔をした菜穂の顔をかなりの至近距離でみる龍弥、表情や態度をみておもしろがっている。


 小走りでどんどん進んでいく龍弥を追いかける菜穂。


「…ねぇ、どこ行くの?」



「…別にぃ。あっち行きたいから歩いているだけだけど。」




「みんなのいるカラオケに戻らなくていいの?」




「あー、確かに下野さんから鬼電かかってきてるけど、めんどいからいいよ。あの人どんだけだよ。10件の不在着信って…。あの人も俺に頼りすぎなんだよなぁ。女子多いんだから、頑張ればいいのに、なんで彼女できないんだか。」


 スマホの方をポチポチいじりながら言う。



「あ。スマホ、持ってるじゃん。」



やっと追いついた菜穂は、龍弥がスマホを持っていることに驚いた。


「あ、やべ。……持ってないって、これはおもちゃ。あるでしょ、子どもがポチポチって押すおもちゃ。それだって、俺が、こっちが主体。」


 もう手遅れの小ボケを入れてくる。

 確かに子どもが遊ぶおもちゃにも時代に沿ってスマホのようなものが発売してるのはわかるけど、電話がかかってくるのは違うんじゃないかと苛立つ菜穂。バックから今更ながら、ガラケーを出す。


 龍弥はガラケーを出すと宮坂から着信が入ってることに気づく。



「え、あれ。宮坂さんから着信入っているし。なんでだろう。あ、おい、菜穂、スマホ見て宮坂さんから何もない?今さっきの着信なんだけど・・・。」



「え・・・。」



菜穂はポケットに入れていたスマホを取り出して、ラインをチェックしたら、宮坂からのメッセージが送られていた。


 その中にはあまり見たくないものを写り込んでいた。


 菜穂を隠しカメラで撮った写真が何枚か添付されていた。



『菜穂ちゃん、写真ありがとう。君のおかげで数日間は稼げるかも。大丈夫、モザイクは入れるし、名前は公表しないから。』


 身の毛もよだつ恐怖に襲われた。


 手からスマホを離して地面に落ちた。


 画面は割れずに済んだが、菜穂の心はズタボロだった。


 いつから撮っていたのかフットサルでいたときと今日のカラオケでいたものと、いつ撮られたかわからない写真と動画がたくさんあった。



 アーケードの隅の壁側にぺたんと座り込んだ。


 人が次々と行き交っていく。


 周りは誰も見向きもしない。


 龍弥は、近くでガラケーを見直した。着信の他にメールも届いていた。



『龍弥くん、惜しいところで止められたけど、充分堪能できたから。悪いね。』



 宮坂の裏の顔を見た龍弥は怒りを覚える。


 パタンとガラケーを閉じ、スマホとガラケーをバックにしまうと、すぐに菜穂のスマホを拾って、画面割れがないか確かめた。大丈夫そうだった。


 そっと菜穂の手元にスマホを置く。


 恐怖のあまりに両手で顔を隠す。


 震えがとまらない。


 菜穂の画像や動画で稼げると言っていた言葉に龍弥は亜香里の話を思い出す。


 YouTuberだということは本当だったのかもしれない。


 宮坂が、菜穂に長く絡んでいたのは、理由があった。


 写真やデータを保存して、YouTubeなどの SNSにあげることが目的だった。


 菜穂にとっては写真を撮られたことももちろんショックだったが、それ以上に恋愛対象として見られていなかったこと精神的なショックが大きかった。



 やっぱり自分には女の子として見られていた訳じゃなくて引っかかる人だったら誰でも良かったんだと自信を無くした。


 涙が止まらなかった。


 

 通路側に顔が見られないように、龍弥は気持ちがおさまるまで菜穂の前に立ち塞がった。


 ジロジロと見てくる人が何人かいたが、龍弥のガンとばしで誰も気にしなかった。


 あまりにも不審に思った人が警察に通報したのか、横断歩道の向こう側から、警察の人が歩いてきた。


「あー、やべぇな。やっぱ、こんな身なりしてると俺は通報されるのか…。」



「ねえ、ちょっと君。そこで何してるの?何、学生さん?どこの高校?」


 警察手帳を差し出して話し出す。


「いやぁ、今、この子が泣き止むまで着いてるだけなので、何も悪いことしてません。」



「え、君が泣かしたんじゃないの?」



 菜穂が上を見上げて、龍弥が職務質問されていることに気づいた。


「あ、あ・・・。ごめんなさい。私が悪いんです。ぐ、具合悪くなって、介抱してくれてただけですから。大丈夫ですから!!」


 警察の人に龍弥から離れるように誘導する。龍弥は警察でもなんでも怒りを止めれられなさそうと菜穂は判断した。



「そうですってよ。ちょっと、坂本さんでしたっけ。見た目だけで判断しないでもらえますか?俺、何もしてないですから。むしろ、助けてるんです。」




「そ、そうなんだね。なら、いいんだけど。んじゃ、気をつけて帰りなさいよ!子どもは門限あるんだから。ね!!」


 

 パトロール中の警察官 坂本は、菜穂の必死な対応に大丈夫だと判断し、そのまま、アーケードを歩いて行った。


 

ぐぅぅるるるる


 菜穂のお腹の音が響き渡った。立ち上がって、泣くのも落ち着いたのかふと安心したらしい。


 龍弥は口を塞いで、ぶーっと吹いた。笑いがとまらない。泣きそうになる。



 菜穂は、恥ずかしくなって、口を大きく膨らませた。ハコフグみたいな顔になった。



「どっか食い行く?」


 

「もち、おごりだよね。なら、行く。」


 

 ご機嫌になったのか、笑顔になった。



「げっ。まぁ、良いけどさ。バイト給料日後で良かったな。」



スキップをしながら、アーケードを歩き出す。犬のような、保護者になった気分で龍弥は菜穂の後ろをついていく。



「んで?どこで?」



「んじゃ、そこ行こ。『太陽の下で』オムライスうまいから。」



 外食することのほうが多い龍弥。

 オムライスは気に入っていて、バイト帰りに何度か通っていた。



 通りかかるところではないが、わざわざ来ても食べたくなる。


 黒板のメニューを見て、確認する菜穂。


「んじゃ、これがいい。ハヤシオムライス。」


「はいはい。ほら、お店、そこだから。あれ、そういや、宮坂さんのこと、もういいの?」



「……着信拒否とブロックしたから。」




「はや。いつの間に。」



「センターの登録も絶対かかってないようにウェブ着信拒否を設定しておいた。もう、何も怖くない。」



(泣きながら、ポチポチやってたのか。やることははやいな。)



 龍弥は何も返事せずにお店の入り口前の階段をのぼり、ドアを開ける。


 後ろに菜穂がいても気にせずドアを閉めた。



「普通、開けとくでしょう。」


 

 ブツブツ文句言いながら、自分で開けて中へ行く。



「いらっしゃいませ。何名さまでしょうか?」



「えっと、1人…。じゃなかった2人です。」



「2名さまですね。こちらにご案内します。」



 菜穂は慌てて、龍弥の後ろを着いていく。


 いつも1人でささっとお店に入る龍弥は2人で来るのは慣れなかった。



 奥の席の方で、花の写真が額縁に飾られていた。芝桜が一面に広がった写真だった。



「あ。芝桜だ。綺麗に咲いているなぁ、ここ。」



 席に着くと店員はメニューとお水、おしぼりを置いて去っていく。



「何、花好きなの?」



「まぁ、少しね。来月なったら、県北の方でバラフェアとかやっているんだよね。バラソフトクリームが食べたくて、毎年見にいくんだ。」



  メニューをパラパラとめくる。



「結局、花より食べ物じゃんか。」



「そんなことないよ。菜の花とか、ポピーとか、ひまわり、あと、チューリップとか、見にいくし。」



「知ってる。全部聞いた。」

 


「え?」



「菜穂のお父さんが、いつもフットサルの休憩のとき、菜穂と何回も見に行くんだって聞いた。家族で行くんでしょ、いろんなところの花を見に。俺も花は好きだけど、見に行くとか全然したことないから、菜穂のお父さんの話聞いてて面白かったからさ。覚えてた…って何食べるんだっけ。ハヤシオムライスでいいの?」



「え、うん。それでいいよ。」



 菜穂はそんなに父と龍弥が話してるなんて知らなかった。


 その話を初めて聞いて何だか親近感が湧いたが、なぜだか個人情報をバラされている気がして、父にイラ立ってきた。



「すいません。」


「お待たせしました。ご注文ですか?」


「えっと、このハヤシオムライスを2つお願いします。」


「はい。かしこまりました。それでは、メニューをお下げします。」


 店員はメニューをさげると厨房の方へ行った。



「お父さんが龍弥に話してたなんて、初めて聞いた。知らなかった。」



「だって、随分前のことだから。菜穂のお父さん、俺、中学3年の時から知ってるし。」



「え?!嘘。お父さん、そんな前からやってた? 私、てっきり今年に入ってからだと思った。」


 

 水をごくりと飲んだ。



「俺は、知ってたよ。菜穂のこと、お父さんからいろいろ聞いてたから。どんな顔してるかは高校入ってからだけどさ。名前の雪田って苗字お前しかいないし。同じクラスだったから…。」


 開いた口が塞がらない。



「……私だけ?知らなかったの。」



「…お父さんから聞いてなければ、そうなんじゃないの?まぁ、俺は本名で言ってなかったし、高校の名前も違うところ言ってたからな。俺のことを知る術はないね。」



 普通にスマホを取り出して、アプリゲームをし始めた。おもちゃなんかじゃ全然ない。普通に操作してる。



「何だか、つまんない。」



「は?何が。」



「私のこと、お父さんベラベラ話してさ。あとでしごいてやろうっと。」


ブツブツとつぶやいていると、隣にお客さん2人が座り始めた。お腹を大きくした女性とその旦那さんだろうか。龍弥たちの後ろのブロックに座っていく。



「ちょっと、洸、私、こっちのソファが良いから、代わって。」


「え、どっちも一緒じゃん。」


「良いから。」


「はいはい。」


 宮島 洸は持っていたバックを移動させて、交換した。森本美嘉はよいしょとお腹をおさえながら言う。


「もう、臨月近いんだから、あまり動かない方いいんじゃないの?」


「だってさ、電車乗る時も進行方向とか気になるじゃん。」


「いや、ここ、電車じゃないし。しかもソファはどっちも一緒でしょ。」


「細かいことは気にしない。ハヤシオムライスお願い!」


「全然、細かくないけどさ。はいはい。注文すればいいのね。本当に人使い荒いんだから。すいません!」



洸は手を挙げて、店員を呼ぶ。


「このハヤシオムライスを2つお願いします。」


「はい。ハヤシオムライス2つですね。かしこまりました。」


 店員は伝票にメモすると、厨房の方へ行く。洸は、お店の周りを見渡した。



「懐かしいなぁ。本当、ここ久しぶりだよね。紬ちゃんとここ来たことあったかな。」


「え?!なんで、紬と?付き合ってたの?」


美嘉は青筋を立てる。


(やべ、失言だった。)

「いやいや、来てない。来てない。間違った。ほら、陸斗から話聞いてて。ここ美味しいよって。美嘉は食べたことあるんでしょ。」



「そう。何回も来てんの。ここ好きなんだ。」


美嘉はご満悦そうだった。



そうこうしているうちに、龍弥と菜穂にオムライスが運ばれてきた。



菜穂が小声で


「後ろの人夫婦で、妊婦さんだね。」


龍弥は急に冷たい態度で

「ああ。そうだな。」



「お待たせいたしました。ハヤシオムライスです。」


「わぁ。美味しそう。いただきます。」


 スプーンを持って早速、すくって頬張った。お腹がすごくなっていて、空腹だった菜穂は満足そうだった。


 龍弥は急に機嫌悪そうな雰囲気で、小さな声でいただきますと言い、少しずつ食べている。


 空気を読んだ菜穂は気になった。


「…ねぇ、どうかした??美味しくない?」



「え、あぁ。美味しいけど。」


 

 美味しそうな顔をしていない。



「…?」



「俺、子ども好きじゃないんだよね。妊婦さんとか、お母さんとかも。まぁ、そういう類の家族とか、あんま見たく無い。」




「な、なんで?」




「俺、本当の家族と一緒に生活したことないし…。悪い。ちょっとトイレ。」



 はたから見たら、とても幸せそうな家族を見ると、龍弥にとっては拒絶反応を示すようで、いたたまれなくなるようだ。


 ましてや、これから産まれようとする妊婦姿を見るだけで、憎悪が増す。



 龍弥は満足に食事ができず、トイレに行った。


 菜穂の前では本当の自分を出せていた。


 他の人がいるときは、どんなに嫌だと思っていても取り繕ってなんでもないよう自然にしていた。その態度もそろそろ限界に来ていたのかもしれない。



でも、菜穂の前で出す本当の自分を受け入れてくれるのかも不安に感じた。

 


 こんな自分は嫌いになって、また離れていくんじゃないかと想像をかきたてた。



 菜穂自身はまだ龍弥の本当の姿を見てないと感じた。


 わかってあげられてない自分を責め出した。



 菜穂は、持っていたスプーンを置いて、龍弥が戻って来るのを待っていた。





















 




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