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スノーフレークに憧れて  作者: もちっぱち
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第2章

教室の中は静まり返った。



 菜穂は、席に座る龍弥の前に立ち、思いっきり右の手のひらで頬を叩いた。



叩いた瞬間に周りはざわついた。



コンプライアンス的に暴力や体罰がよろしくない世の中になりつつある。



クラスのみんなは心配していた。




「食べもの、粗末にするの良くない!!そして、そのお弁当作ってもらったのなら、作り手の気持ちも考えな!!」



青筋を立てて、菜穂は龍弥を叱った。


つけていたコード付きイヤホンが遠くに飛んでいた。何も言わずに取りに行くと、近くにいた石田紘也が手渡した。



「ほらよ。頬、大丈夫か?」




「……。」



 鬼のような怖い顔をして、何も言わずに席に戻り、荷物をバックにまとめて、これから授業が始まるというのに、教室を出て行った。


 

 叩いた手がジンジンと痛む菜穂。

 何事も無かったように、自分の席に戻って、現状を確認した。


 これは、あいつに殺されるんじゃないかと不安になってきた。間接的に殺人ノートに名前記載されて、心臓発作で一生を終えるかもしれないと、顔を青ざめた。



(やばい…。やらかしたかも。別に放っておけばよかった。) 



 


 龍弥が出て行く廊下には、担任の先生が出席簿を持って立っていた。



「おい、白狼?今からホームルームだぞ。」




「具合悪いんで、帰ります。」



 首元に左手を置いて、菜穂に叩かれた赤い頬を隠した。



「あ、そう。お大事に~。はーい。ホームルーム始めます。みんな、席につけよ。」




 龍弥は、肩にバックを乗せて校舎を出た。


 学校を早退することは滅多にない龍弥はこれからどうしようと悩みながらとりあえず、学校内にあるラウンジに行く。



 自販機で冷たい炭酸ジュースを買って、頬を冷やした。


たまたま通りかかった保健の先生に見られていた。



「君、授業始まっているぞ。ここで何してんの。」


 腰に手を置き、じっくり龍弥の顔を見る。


「あ、あー。ちょっと用事できたんで、早退しようかと…。」




「頬が赤いよ。何したの? 浮気?」



「んな訳ないっしょ。先生、それはハラスメントじゃないですか。」



「ごめんごめん。ほら、湿布入ってあげるから、保健室行くよ。」



 ガシッと腕をつかんで連れて行く。女性なのに結構力が強い。




「平気ですって。」




「君は白狼くんでしょう。学校内では心配されてんのよ。ほら、良いから来なさい。」



 保健の先生には嘘つけない。

 いつもの素が出せた気がした。

 

 3年前亡くなった母と同じ雰囲気がした。








 


保健室に着いて、先生は湿布を小さく切って右頬に貼ってくれた。




「君は先生たちの中で要注意人物で名が通ってるのよ。中学と全然違う格好してることと、クラスメイトたちの関わり方がおかしいって言われているよ。なんで、そんな感じなの?」




「湿布、ありがとうございます。」




「それに、これ。」



 バサっと髪を取り上げた。


 ヘアネットに包まれた銀髪と両耳に大きな穴が開いていた。



「ここまでする意味あるの?先生たちは知っているのよ、君の髪がカツラだって。実際にカツラを使用している先生が知っていたから。誰とは言わないけど…。」




(校長先生だけど…。)





「ちょ、やめてください。」




 血相を変えた龍弥はすぐに取り上げて、髪を近くにあった鏡を見て、を元に戻した。




「頬が赤いのもその隠していることが原因ではないの?」




「先生たちには関係ないです。失礼しました。」




 ガラッと扉を開けて、保健室を出ようとした。




 廊下には、まさかの菜穂が立っていた。



 さっき龍弥を叩いた手が痛くなって、授業中にも関わらず、保健室にやってきた。



 一瞬、髪型が多少ずれているのも気になりながらも、お互いに沈黙が続いた。




 咳払いして、頬に湿布を貼った龍弥は気にせずに何も言わずに保健室を出て、昇降口に向かった。




「…あ。」




 何か言いかけてやめた菜穂。

保健の先生が部屋の中から出てきた。




「どうしたん?」




「先生、すいません。ちょっと手が痛くて、湿布貼ってください。」






「…?」






 龍弥の立ち去る後ろ姿と、菜穂の手を何度も見返して、指をさす。


 


 状況を察する。





「え?あれ?」





「全然、全然。関係ないっす。誰ですか?あの人。」





「だよね。そうだよね。まさかね、手形ついてたって私知らないから…。」




 保健の先生はわかっていて嘘をつい

た。



 湿布を適当な大きさに切って、赤くなった手に貼ってもらう。


 

 さらに剥がれないように包帯もまいてもらった。



「雪田さんだっけ。白狼と同じクラスだよね?」




「そうですけど…。」




「あの子、変よね。気持ち悪くない?いろんな意味で。」





「え? 先生、生徒にそこまで言うんですか?」



「だってさ、髪、変じゃない?」



「あー、確かに長すぎですよね。長さもずっと同じ…。ん?ずっと同じ?」




 顎に指をあてて、思い出す。





「もしかして、雪田さん。今まで気づかなかった?!」




「え、何をですか?」




「白狼くん、ズラなのよ?カツラ。おかしいよね。」




「ズ、ズラ?! でも、それはデリケートな問題じゃなくて?」




 菜穂はフォローするかのように、龍弥は病気でカツラなのかと思った。




「先生たちの間では心配で仕方ないのよ

あの子。なんであそこまでしてあんな格好しているのか。髪の毛はあるのよ。さっき、ズラを外して確認したから。」




「え、そうなんですか。なんで、そんなことするんですかね。てか、先生、勇気ありますね。普通、ズラ外しませんって。」




「先生としては、確認しておかなきゃいけない事案と思っているから。あの子の家庭環境、複雑だから。寄り添ってあげたいと思っているけど…。なかなかね。」



「家庭環境…。さっき白狼くんが、お弁当を妹さんから預かったもの受け取ったみたいなんですが、目の前で思いっきりゴミ箱に中身捨ててたんですよ。私、思わず、これで叩いちゃって…。」



「あ~…。そういうことだったのね。白狼くんは、バカではないから、みんなに見せびらかしたかったのかもしれないわ。SOSかもしれないわ…それ。きっと、明日はちょっと違う行動出るかも様子見てて。」



「え、私、訴えられたりしませんか。大丈夫ですか?」




「気にしすぎよ。嫌だと思ったら、やり返してくるでしょう。黙っているってことは…。明日楽しみね。結果報告、雪田さん、よろしくね。」



 先生は何だか、楽しそうにしていた。



 菜穂は、すごく心配になってきた。明日には、学校中のニュースになっていたら、最悪だとストレスが強だった。




**



 学校を早退した龍弥は、コンビニの中にあるトイレで制服だとバレないようにブレザーを脱いで、バックに仕込んでおいた薄いパーカーを着た。



 カツラとヘアネットをはずして、いつものピアスと紫のカラーコンタクトをつけて、フットサルに行くときと同じ格好になった。 



 この格好になることによって、いつもの違う自分を憑依させた。



 

 制服を着てのこの格好は初めてだった。




 少し心躍らせて、バスや電車を乗り継いで、1人、仙台の街中の商店街に繰り出した。




 たまにはサボるのもいいなぁと、ポリポリと湿布を貼っている頬をかいた。




 平日の商店街は閑散としていて、静かだった。






 もちろん、行く場所は、UFOキャッチャーがたくさんあるゲームセンター。



 ここぞとばかりに、大して欲しくもないぬいぐるみやバラエティパックのお菓子、フィギィアを狙いまくった。


何千円も注ぎ込んで、やっとこそ、小さなキャンディ一つしか落ちてこない。



「ちくしょー!!」



 ダンッと機械を軽く蹴飛ばしたら、その反動でもう1つお菓子が落ちてきた。こぼれちょうだいだった。



 近くにいたゲームセンターの店員が、クスッと笑う。



「まさか、蹴飛ばして落とすとは…。」



「あ、すいません!って、#宮坂 修二__みやさか しゅうじ__#さんじゃないですか? ここで働いてたんですね。」




 フットサルのメンバーの宮坂 修二がいた。独身24歳。フリーター。



「やっほー。ボールは蹴っても機械は蹴らないで。龍弥くん、学校休み?」



「気をつけます。いや、もう。サボりっす。」



「サボりか。まぁ、そう言う時もあるよね~。今日はフットサル行くの?」



 物分かりのいい宮坂だった。UFOキャッチャーのぬいぐるみの位置を変えながら、話す。



「もちろん、行きますよ。ストレス発散しないとやってられないですね。」



「それ、喧嘩した感じ?」



 頬を指さして言う。



「喧嘩っていうか…。不意打ちで避けきれなかったすね。」



 頬を叩かれたことを思い出す。



「女か? 浮気現場目撃されたとかだろ?」




「んなわけないっすよ。俺、彼女なんていませんし。修二さんこそ、浮気したことあるんですか?」




「俺のことは放っておけ。龍弥くん、彼女マジでいないの? 見た目、ナン百人もやりまくってます格好してるけど…。髪色脱色しまくってるし。ピアスもめっちゃ開けとるし・・・。意外だね。」



「傷つきたくないんで…。」



「は?何、くさいこと言ってるの?」



「嘘っす。言ってみたかっただけですって…腹減ったので、そろそろ昼飯行きますわ。んじゃ、夜によろしくお願いします。」



 龍弥はゲーセンを後にした。宮坂は持っていたぬいぐるみを使って手を振って別れを惜しんだ。



 横断歩道を歩いていると、通りがかる若いお姉さんたちがきゃーきゃー言っている。



「ねぇ、あの子。なんかのアーティストかな。髪色銀色だよ。高校生かな。」



「目立つけど、見たことないよね。ああいう歌っている人いたっけ。」



(そういや、この格好でここ歩いたこと無かったわ。マジか、俺はそう見えるのか。目立つのはまずいな、やっぱ、カツラかぶろうかな。まー、何か言われるのも悪くないな…。)

 


 

 少し調子を乗っている龍弥。


 バチがあたったのか頭に鳥のフンが落ちてきた。


 今日はツイてないことが多いようだ。



 

 数時間後、一度学校に帰る時間と同じ時間に家に帰って、フットサルに行く格好に着替えた。



 頭についたフンをシャンプーで落として、ワックスで髪をかためた。


 

 いつも以上にとがらせた。


 

  左耳には3箇所穴が開いている。



 いつもは一つだけつけるピアスも今日は時間に余裕があるため、全部に一つ一つピアスを取り付けた。



 祖母が作ったとされるお弁当は綺麗に台所の洗い場に入れた。



 中身は、食べていないが、空っぽにできたという証ができた。


 少しでも祖母にとって良い孫であることを演じたかった。


 食べることはどうしても抵抗は感じるが、綺麗にすることで罪悪感を消せる。



 小さいの頃から完食すると褒められるのはどこのうちでも同じか。


 高校生というのは、心の不安定があるというもの。


 血のつながらない家族から何かされることに抵抗を感じる龍弥はどうしても受け入れない現実だった。


 

 特に食べ物には気が溜まる。




 菜穂に言われた食べ物を粗末にするなということと、誰かに作ってもらうという気持ちをないがしろにしてはいけないということ。


 

 妙に胸に突き刺さる。

 理屈はわかっている。



 家庭環境は関係なしだと、できるやつとできないやつはいる。



 やってもらいたくてやっている訳じゃない。



 近くにあった付箋になぐり書きでありがとうと書いたメモを弁当の横に置いた。


 食べてないけど、お弁当を直接受け取ってないけど、メモで言わなくちゃいけない気がしてきた。



 誰もいない間に龍弥は、バイクで走り去った。



 ストレス発散に今日もフットサルと思ったが、逆にストレスが溜まりそうなやつが来た。




「こんばんは。伊藤龍弥です。今日もよろしくお願いします。」



「宮坂修二です。よろしくお願いします。」

 

 今日、ゲーセンで会った宮坂さんだった。


 

 その他のいつものメンバーは、滝田湊、下野康二、雪田将志、そして、会いたくない雪田菜穂が来ていた。


 それ以外は全員、今回初めて参加する人だった。



「こんばんは。雪田 菜穂です。お手柔らかにお願いします。」


 今日の今日で、菜穂に会って、危なく、付けていた湿布が見られそうになった龍弥はすぐに外して足元に落とした。



来るなと言ったはずなのに平気な顔して来てる。この場でいた時の自分はどうだったかと改めて、深呼吸して、ふぅーと息を吐いた瞬間、違う自分憑依させた。



「菜穂さん、前回教えたこと覚えていますか。今回はみなさん、常連さんなんで、気軽に聞いてください。ベテラン勢揃いなんで。みなさん、菜穂さんは初心者なので、丁寧に教えてくださいね。」




 なるべくなら、自分のところに近づいてほしくない。営業スマイルなみに愛想を振りまいた。想像以上にパワーを使う。



 龍弥の後ろに落ちた白いものが気になった菜穂はそっと拾って何か確かめた。


「あれ、これ、湿布。落ちてましたよ。」



「あー、すいません。俺です。ありがとうございます。捨てておきます。」



 真上を見上げると菜穂の近くに龍弥の顔があと数センチのところだった。



 拾ってポケットに入れる。



 よく見ると頬にあざのようなものが見えた。



 気にせず、フットサルコートの方に行く龍弥。



「龍弥さん! 俺、今日、キーパーしますね。」



 中学生の滝田湊が言う。



「おう。頼んだ。」




(ん?そういや、この人、龍弥…って名前。あ、でも、伊藤って言ってたから違うか。)




「菜穂さん!前、言ってください。」

(今の自分はフットサル専用。学校じゃない。違う自分。愛想を振りまけ。)



 そう自分に言い聞かせる龍弥。



「あ、はい。」



 呼ばれた菜穂は慌てて、指定のポジションについた。



 適度にそれぞれストレッチすると、ホイッスルがなり、試合が始まった。




 10分後の2セットを終えて、ベンチにて休んでいると、菜穂は隣に座った宮坂修二に世間話をした。



「やっぱり、良いですね。こうやって汗を流すのは。ストレス発散になりますよ~。」


「へぇ、嫌なことでもあったの?そういや、菜穂ちゃん、手に包帯しているね。大丈夫?」



「聞いてくださいよー。今日,学校でー…かくかくしかじかが、ありまして、最悪でした。余計なことしなきゃ良かったです。」




「菜穂ちゃんは、叩く派だったのね。なんか、あいつも今日嫌なことあったらしく、頬、怪我したらしいよ。俺、ゲーセンで働いてるんだけどさ、昼間に学校、サボって遊びに来てたよ。浮気されたんか?っていじめてやったが。」


 

 宮坂は笑いながら、スポーツドリンクを飲む。


「え、宮坂さん。あいつって誰ですか?」



「あいつって、あいつだよ。伊藤龍弥。さっき頬に湿布してたけど、あれ、今は外してる。モテる男だと思ったら彼女1人もいないって、見た目とギャップありすぎだよね?!」



「へぇー。そうなんですかぁ。」



 中学生の滝田湊と戯れあっている龍弥は見たことない笑顔をしていた。すごく楽しそうだった。白狼龍弥と錯覚してしまう。同じ人ではないのかと疑ってしまう。





 菜穂は同じ人なんじゃないかと気になって、ベンチを立ち上がり、龍弥のそばに近づいた。








 


 龍弥が、人前で感情をあらわにできるのは、このフットサルしているこの空間。



 学校での自分の感情が見え隠れするのは、氷に例えるとしたら、ほんの少し溶けてきているのかもしれないと自覚症状はあった。



 フットサルと学校の共通に存在の菜穂がいることによって、自分がどの状態でいるべきか困惑していた。





 いつボロが出るか、内心ヒヤヒヤしていた。




 いつもの自分ってどんな自分か,時々分からなくなる。



 菜穂がこちらに近づいてくるなと気づいた龍弥は、ごまかすように遠くにいる下野に駆け寄った。



「下野さーん、彼女に振られたって本当ですか?」



 どこ情報かわからない龍弥にとってはどうでも良い話題をふっかける。

 菜穂の目の前を風を切ってすり抜けた

龍弥は、続けて下野に近寄って話を続ける。相変わらず、マシンガントークが止まらない。



「どこからの情報よ。その前に彼女なんてここしばらくいないつぅーの。むしろ、合コンでも開いてくれよ。ほら、友達紹介してよ。」



「俺にそれ、求めますか?いやいや、あそこに女子いるんじゃないですか。あそこ辺り聞けば良いっしょ。」



 敵チームとして参加していた女子3人組が向かい側のベンチで盛り上がって会話していた。


 龍弥が見た感じでは年上っぽい雰囲気だった。



「やっほー、さっきはどうもね。君たちって学生さん?」



 下野が軽いノリで自然に彼女たちの中に入っていく。



 龍弥は付き添いで隣にくっついて話題に入る。



「え、君って、昼間、商店街いたっしょ?」


下野のことはそっちのけで、龍弥に興味を持つ2人。泣きそうになる下野。



「あ。ああー。いましたね。散歩してました。」



 龍弥は頭をぽりぽりとかく。



「高校生があんなとこ散歩? サボりでしょう??」



「その髪、自分で色抜いたの?綺麗に染まってる。てか、校則違反にならない訳?」


 

 質問攻めの龍弥。



「サボりたくなる時だってありますよね。」



「うわ、認めちゃったよ。言い訳しないのね。逆に潔いわ。私、#水嶋 亜香里__みずしま あかり__#。大学生だよ。君は?」



「俺は、し、白じゃ無かった…伊藤龍弥です。今年高校1年です。大学生なんですね。」



「へぇ、君たち大学生かぁ。」

 


 下野は脇からズズイと顔を出す。

若干、女子たちは引いていた。1人明らかに年上なのがバレていたのかもしれない。



 龍弥が小声で話す。



「下野さん、ガツガツ行きすぎは今の時代そぐわないですよ!引いてますから。」



「マジか…。」


 下野は後退して、少し静かにしていた。龍弥は下野のことが可哀想になって一肌脱ごうとした。



「そしたら、今度みんなでカラオケでも行きませんか?フットサルメンバーってことで。」



「それ、いいね。」



「え、私も参加して良いの?」



 亜香里の横にいた友達 #齋藤瑞紀__さいとうみずき__#も参加することになった。



「もちろん。メンバーは奇数だとよろしくないので…あと…。」



「なになに、カラオケ?俺も行っていい?」



 さっきまでベンチに座っていたはずの宮坂が顔を出す。



「宮坂さんも行きます? そしたら、今、俺ら3人とあと、なあ、滝田も行く?」



「え、混ざっていいんですか? 何だか俺だけ最年少ですよね。」



「いいんだよ。気にすんな。そっちは女子3人行けますか?」



「私も? 歌、歌えなくてもいいですか。聞く専門で。」


#庄司優奈__しょうじゆうな__#は答えた。



「別にいいんですよ。楽しめれば、歌わなくても。そしたら、3と、男4で…、あれ、7人だとマズいな…。」



「菜穂ちゃーん!」



 人数が足りないことに気づいた宮坂が大きな声で遠くにいる菜穂を呼び出す。



 名前を呼ばれてすぐに宮坂のそばに駆け寄った。



「はい、呼ばれましたがどうかしました?」



宮坂の代わりに龍弥が話す。


「菜穂さんも、みんなで,カラオケ行こうって言ってたんですけど、どうっすか?」

(女子の人数合わないから、致し方なくこいつも呼ばないといけないかー。もう1人くらい女子がいれば良かったのにな。断ってくれないかなぁ。)



 龍弥は心の声と葛藤しながら、ひきつった笑顔で誘ってみた。


 きっと断るんだろうなと思っていたら…。




「別にいいですよ。楽しいこと好きだし。年上のお姉さま方のお話も聞きたいから、ぜひ参加でお願いします。」


(他人の空似かもしれないけど、もしかしたら白狼龍弥かもしれないから見てみたい気もする。カラオケって…これって合コンだよなぁ。)



 菜穂は人生初の合コンというものに参加となる。

 年齢が幅広いことに驚いていたが、楽しめそうだなとワクワクしてた。





「え、あなたは高校生?」




「はい。雪田菜穂です。高校1年です。」




「え、龍弥くんと同い年?同じ学校とか?」




「いえ、全然違うっすよ。俺、I高校ですから。」



(ん?高校がどことか話したことないのに何で知ってる?)



「私はH高校なので、違うってことですね。」



「そうなんだ。私ら3人、S大学の2年だから。よろしくね。私から亜香里、瑞紀、優奈ね。」




「女子チームってことで仲良くしましょう。」



「はい。」



 心にも思っていない笑顔で対応した。



 なんとなく、背後ではコブラとマングースが出てきそうな雰囲気だった。



 どうやら、亜香里と瑞紀は龍弥のことが気になるらしい。



 当の本人はリフティングをして遊んでいるが、こちらのことは全然気にしていない。



 大学2年と言うことは、20歳で菜穂からしたら、4歳年上と言うことだ。




 菜穂にとって、フットサルを、している伊藤龍弥そのものはおしゃべりで、機敏に体を動かせる。


 周りのことを気遣える反面、気を許し始めると口が悪くなる。



 今日は一度も呼び捨てされてない。



 気を遣われているのかと、逆に違和感を覚えた。



もしこの龍弥が学校で会う白狼と一緒だったらと思うと明らかに違う対応に寒気がするくらい気持ち悪かった。




予想したが,まさかなと首を横に振って、切り替えた。



「何か付いてますか?」

(何,見てきてんだよ。まさか、バレた訳じゃねえよなぁ。)



 無意識のうちにじっと睨みつけていた。


 龍弥はあまりにも視線を向けられて、質問した。



「あ、ごめんなさい。目つき悪かったかもしれないです。何でもないので気にしないでください。…と言うか、同い年なんで、敬語使わなくてもよくない?」





「……癖つくから…。」





「何の?」





「何でもない。」

(ここで普通に会話したら普段の生活にも影響しそう…。この前も名前間違って呼んだし…どうすっかな。)



 龍弥はさらりと交わして、敬語使う使わないをうやむやにして、トイレの方に向かった。



 休憩したらもう1試合ある。


 龍弥はしゅーっと笑顔スイッチをオフにしてトイレに行く。顔が沈んでいた。

それをしっかりと,立ち小便器に並んだ下野が横から見ていた。



「龍弥くん、死んだ魚の目のような顔してるけど、大丈夫?」



「うへ!?マジっすか。今日はかなり疲れてるんですよね。さっきのカラオケの話も、下野さん女子たちに引かれてたじゃないっすか。勘弁してくださいよ。だから、彼女がなかなかできないですって。」



「あー、あれは、助かったよ。楽しみだよね。みんなでカラオケ。てか、龍弥くんこそ、彼女いないじゃんよ。」



「俺はいないんじゃなくて、作らないんです。放っておいてくださいよ、俺のことは。」



「菜穂ちゃん、同い年でしょう。ちょいちょい話してるし、君ら付き合ってんじゃないの?」



 手洗い場で両手に石鹸をつけてわしゃわしゃと洗う下野。龍弥も横で手を洗った。


「付き合ってませんよ。俺にとって同級生は論外ですし、ましてやクラスメイトは…。あ、いや同い年は何かと喧嘩しやすいって聞くじゃないですか。」



「ん?喧嘩は年関係なくするんじゃないの?気にしすぎだって、結局恋愛は好きと嫌いとか関係なしに一緒にいて楽かどうかで決めたら良くない?まあ、なかなか長続きしない俺が言うのも変だけどさ。」



「…一緒にいて楽かどうか…。まだその領域までまだ行ったことないんで分からないっすね。俺ってこんな身なりしてるから、ガツガツくるとか思われてるらしく、勘違いされるですよ、きっと。女の人ってわからないですよね。」



「な、なに、その経験多いでしょアピール。君,まだ高校1年でしょ。それ、いつの話?」



「あ、さっきのは中学2年の時の話でまだガキだったんですけど、片思いで本気だった先輩居たんですが、引っ越ししちゃって。引っ越した後に共通の友達から聞いて実は両思いだったって…。電話番号変更されたし、南の沖縄まで行っちゃったんで、諦めましたよ。」



「…え。龍弥くんって恋愛に関しては意外とウブなん?全然経験ないじゃん。何かめっちゃ安心した!!」



「え、あ、はぁ。だから、彼女は作らないって、言ってんじゃないですか。」



「それって、作らないじゃなくて、作れないの間違いじゃねえの?」



「どうとでも言ってください。俺は,傷つきたくないんで、いいんです。フラットな友達関係でちょうどいい。」



 鼻息を荒くして、憤慨する。

 腕を組んで納得させた。



「女子は甘く見ない方がいいぞ。そのお友達関係もどこまでなんだか…。男女に友情は成立しないっていうやつもいるから。マジで気をつけな。」


 むしろ、下野の方が経験豊富のようで、男女の友達関係にも具合があるようだ。

 さすがは27歳。

 先輩としてそこは見習いたいと思った。



トイレを出てすぐに


「龍弥くん!ライン交換しようよぉ。」


「うわ、瑞紀、抜け駆けじゃん。私も交換してほしい!」



「ごめんなさい。俺、ガラケーなんす。電話番号とメールアドレスなら交換できるんですが。」



バックの中を漁って、ガラケーを取り出した。


 普段はスマホをバリバリに使っているが、仲良くなくても繋がらないといけない人はガラケーの電話番号を教えている。


 龍弥のガードがかなり厚い。



 信頼の殻をぶち破るには相当の時間がかかるようだ。


「え! 今時、ガラケー?うそ。電話私、無理。文字じゃないと。んじゃ、交換するのやめとく。」


 亜香里は、諦める。龍弥は、時代にそぐわないと判断したようだ。


 一方、瑞紀は。


「んじゃ、ガラケーでもいいので、連絡先交換してください。」


 それでも興味があったようだ。きっと、信頼されていないことを瑞紀は察知した。逆にそれが面白そうと判断した。 


 この時代にスマホを持っていないはずがないと、ガラケーは友達の第1歩なんだろうなと思った。


 龍弥は、瑞紀と電話番号交換した。



「え!?龍弥くん、マジでガラケーなの?おじさん年齢の俺でさえ、スマホなのに。」



「そういや、下野さんと連絡先交換してないっすね。ぜひ、電話番号教えてくださいよ。」



「え、まぁ、いいけど。かけるから。番号押してよ。はい。」

 

 スマホの電話番号画面を龍弥に渡す下野。


 龍弥は番号を軽く押した。結構、会話率が高いからか、下野の方は、ガラケーではなく、スマホの電話番号を押しておいた。連絡する頻度が高いと判断した。


 あとで、弁明しておこうと思った。


 その電話番号交換やりとりを遠くから飲み物を飲みながら、じーと見ていたのは菜穂だった。




 何だか仲間になれないことに少しだけ寂しさを覚えた。




 別に、交換したいわけじゃないし、友達じゃないし、好きじゃないし、むしろ嫌いだしと言い訳するように頭の中に言葉が浮かぶ。仲間はずれにされているわけじゃないと言い聞かせた。



 本音は輪の中に入りたかったくせに、素直になれなかった。




「ラストの試合始めまーす!!」


 龍弥は仕切ってみんなを呼び寄せた。中央に集まって、今日の最後の試合を始めた。


 今度は龍弥と菜穂は敵同士の試合になった。




 師弟対決と言ったところか。菜穂はやる気が逆に溢れ出た。鼻息を荒くさせて、あえて、龍弥がボールを持った瞬間を狙ってディフェンスにまわると、次どこに行くかを読めてしまうようで、さらりとボールを取り返して、仲間にパスすることができた。


 してやったりとドヤ顔をして、龍弥は胸あたりで拳を上にあげて、悔しさをアピールした。



 

 本気出して、走り込む。



「初心者に負けてたまるかー。」



 危なく、ゴールを決められそうになったボールを蹴り返して、パスを回し、龍弥のチームに点数が入った。




「よっしゃーーー。」



 菜穂にボールをとられるだけで心の底から悔しさが滲み出た。あいつには絶対取らせないと目に炎が現れるほど気合いが入っていた。



 菜穂は、その気合いに負けないぞと宮坂に協力を得て、ボールをどんどん運んでいく。


 みんなボールに集中して楽しんでいた。


 悔しさもありながら、今日もいい汗をかいたと心は満足していた。



「お疲れ様でしたー。」




 みな、それぞれに帰りの準備をすると、最後に残ったのは、雪田親子だった。


「父さん、足、大丈夫?」


 試合途中、左足を挫いてずっと見学していた菜穂の父、将志は保冷剤で足を冷やしていた。


「あぁ、少しは落ち着いたかな。捻挫だね、これは。」



「軽くてよかった。しばらくはお休みだね。」



「菜穂はよかったのか?ごめんな、けがしちゃって…。やっぱ、年だな。」



「いいよ、無理しないで。けがしてる時は仕方ない。治ったら、また来よう?」



「あぁ。そうだな。悪い、肩、貸してくれない?」


「はいはい。待って,今バック背負うから。」


 菜穂はベンチに置いていたバックを背負うと、チャリンと音がした。ベンチの下にキーホルダーが落ちた。



「ん?何か、落ちた。」



そこに落ちていたのは、可愛い狼のイラストが描かれたキーホルダーだった。



 裏を見ると英語で『RYUYA・S』と書かれていた。




「これって、りゅうやって読むのかな。なんで、S?Iじゃないの?…ん?白狼じゃないよね。まさか。でも、しばらくここ来れないし、試しに学校で聞いてみようかな。あり得ないけど…。」





菜穂は、自分のバックの小さいポケットの中にキーホルダーを入れた。


 何となく,面白くなってきたなと思い始めた菜穂だった。



「お待たせ。お父さん、行くよ。」




 菜穂は父の将志に肩を貸して、ゆっくり歩いて、駐車場の車に向かった。







 今朝はずっと屋根の淵から落ちる雨の音で目が覚めた。


 バケツに入った水にポタンポタンと落ちる音が心地よい。


 あと何日後かにこの辺も梅雨入りするのだろうか。


 傘入れの中から何本も買ってしまったコンビニ傘を取り出した。


 長靴なんて幼稚園児が履くものだと思っている龍弥は濡れても構わないといつものスニーカーを履いた。


 バックの中には、しっかりと曲げわっぱのお弁当を入れた。いつも入らないお弁当入りバックは重く感じた。


 

 傘を差して、音楽を聴きながら、歩いた。


 

 学校に着いてから、弁当のおかずの汁なんて溢れるなんて知らなかったため、予測はできなかった。



 まぁ、食べれれば何でもいいかと雨も降ってて誰も見なし、興味もないだろうと、バックと教科書がびしょ濡れでも気にしなかった。


 とりあえず、通学路で無料で配っていたポケットティッシュで無くなるまでふきまくった。


 少し教科書類がしょうゆで濡れたけど、読めるからいいだろう。


 

 気にすると言えば、スマホと繋いでいるコード付きイヤホンがびしょ濡れで使えなくなったことがショックだった。



 泣きそうになる。


 

 かろうじて、防水のスマホで安心した。



 机でゴタゴタと拭いていると、目の前にいつもより小綺麗にした菜穂が通り過ぎて、自分の席に行く。


 

 ふと下を見ると、菜穂のバックから足元にキーホルダーが落ちた。



(げ、これ、俺のキーホルダーじゃん。なんで、持ってんだよ。でも、ここで言ったら、バレるな。言わないでおこう。ちくしょー。大事なものなのに…。)



 龍弥は、黙ったまま、キーホルダーを拾って、菜穂の肩を叩いた。



「え、何? あ、それ。私のではないんだけど、どうも。」



  素知らぬ顔で渡した。きっとバレてない大丈夫と後ろを振り返る。




「あのさ、これ、君のではないの?」



 菜穂は、さらに問いかける。


 龍弥は聞いてないふりして、振り向かない。


 無視されたと思って、菜穂は近くに行く。



「これ。」



 下を向いて、首を横に振った。


 一言も話さない。



「ふーん。そう。やっぱ、違うんか。」



 菜穂は納得したのか、立ち去っていく。



思わず。



「あ。」



「え、何か言った?」



 1人ゾーンに入ったのか、龍弥はまた聞こえないイヤホンを耳につけて音楽を聞いてるふりをした。



(なんだ。なんでもないのか。なんだ、今の「あ。」って。学校の龍弥は本当に話さないからどんな声してるかわからなかったけど……似てる気がするような。気のせいか。顔は全然違うもんなぁ。)



 

 そう思いながら、菜穂は自分の席に戻る。




「あ!…ああー。そっか。そっか。」



 席に着いて、ハッと気づいた菜穂。


 龍弥がバックの中にお弁当を入れてきたことを思い出した。

 

 おかずで汚れた教科書とバックの中を掃除していた。


 今まで、購買部のパンやコンビニのものだったのが、昨日のお弁当の事件があったからか、初めて龍弥が自分でお弁当を持ってきていることにすごく嬉しかった。


 あのパチンと叩いた頬には、意味があったなと何度も1人頷いた。

 


 笑顔がほころんでニヤニヤがとまらない。



「菜穂、さっきからなんでそんなに笑っているの?」


 近くの席にいたまゆみが言う。


「いいから、いいから。良いことあったからさ。あとで保健の先生に報告しないと。」



「なんで? 報告すんの?」



「しー。」



 口元に人差し指を置いた。



「は?」



「ほら、ホームルーム始まるよ。」



まゆみは疑問符ばかりだ。




 1時限の授業が終わると、菜穂は保健

室の先生に報告に言った。



「先生~、報告があります。」



「あ、雪田さん。手は大丈夫?」



 いすに座っていた先生は立ち上がっ

て、様子を見にきた。



「昨日はありがとうございました。おかげさまで大丈夫です。先生それより、報告があるんです。あいつ、白狼、お弁当持ってきました。今まで持ってこなかったのに。凄いっすよ、先生。心変わりです!!」



「ウッソー。白狼くん。行動うつした?そっか、そっか。そのうち、化けの皮剥がれるかもなぁ。雪田さん、頑張ってよ。」


 腰に手をつけて、言う。


「化けの皮ってどういうことですか?」



「話せば長くなるんだけど…。」



ガラッと保健室のドアが開く。噂をすれば何とやら…。



「……。」



 ジーと黙って、2人の顔を見る龍弥。何か言いたそうだが、言えないと黙っている。



「あ。白狼。ほっぺたはもう良くなった?てか、その手何した?!」



 何しに来たのかと思ったら、龍弥は紙で左手指を切ったらしく、血がダラダラと垂れていた。



 さっき持っていたティッシュを使い切ってしまったため、保健室に来た。乾燥した手は教科書の紙でも切れやすいよう

だ。何も言わずに手を差し出した。



「はいはい。今消毒するからこっち来て。」



 指先から親指辺りまで綺麗にまっすぐ切れてしまったようだ。



「白狼、喋れって。ったく、他の生徒いるとすぐだんまりなんだから。警戒しすぎっしょ。雪田はクラスメイトなんだし、別に話してもいいだろ?」



 先生は消毒しながら、言う。

 相変わらず、何も言わずに、青筋を立てて、怖い顔でこちらを睨む。


「警戒心ありすぎ。白狼は本当に苗字と同じで狼みたいだよなぁ。ほら、絆創膏!」


 関係ない背中をバシッと叩いた。


 ガルルルと本当に頭から耳と口から牙が生えてくるんじゃないかと思う目つきをしていた。



 

 かと思うと、龍弥は、警察の敬礼のようにお辞儀をして、保健室を出て行った。



「え。先生、あの人。あんな感じなんですか?」



「んー。あんまり話さない方がいいのかな。直接本人に聞き出してよ、雪田さん。私、あとであいつにしごかれそうだわ。」


「えー。別に、興味無いですよ。なんか怖いし。あ、そろそろ授業始まるので行きますね。」



「おう。何か分かったら、教えてね。」



 菜穂は特に気にしないようにしていたが、逆にそう言われると気にしてしまう。


 やはり、無意識に視線があいつに向いているのを強制的に右手を使って頬杖ついて外を見るようにごまかしてみた。いつも、ギリギリのところで視線が合いそうで合わないの状態が続く。



 席の2つ前の杉本は、何となく菜穂の様子が変だなということに気づき、龍弥の菜穂呼び捨ての件と言い、菜穂の行動を見て、2人何かあるなと勘づいた。

 


 何か仕掛けてみようと、杉本は、休み時間の理科室へ移動の時、たまたま菜穂の後ろを歩いていると、菜穂の前には龍弥は歩いていて、そっと菜穂の背中をぶつかったふりをした。


「おっと、ごめん。」


 ベタンと音を立てて、床に転ぶ菜穂に、静かにかわして、すり抜ける龍弥。 鼻が床にぶつかって赤くなっていた。




「いたたた…。」



 じっと下を見下ろす龍弥。



 近くにはクラスメイトたちが他にもいたため、自分じゃなくても助けるだろうとすーっとその場から逃げた。


 杉本は自分が転ばせた癖に、さっと手を差し伸べて心配する。



「大丈夫か?」



「あ、ごめん。ありがとう。なんか、背中がぶつかった気がしたんだけど…。気のせいかな。私は平らなところでもよく転ぶから。」



「鼻赤いけど…。」



「うん、大丈夫。」



 理科室の中に先に入っていた龍弥は何となく、鼓動が激しくなるのを覚えた。



 関わりたくないはずなのに、取り残された気がした。



 自分が助ければよかったかなと少し後悔した。




***


昼休みには、お弁当を持って、中庭のベンチに座った。食べているところを誰にも見られたくなかった。


ごまかすように使えないイヤホンを耳につけたまま、祖母が作ったからあげ弁当にありついた。



 大きな口を開けたところに、数メートル離れたところにいるいろはがしゃがんでこちらを見ていた。



(げっ。)




「お兄。何、食べてんの?それ、おばあちゃんのお弁当だよね。」



「……。」


 


 後ろを向いて、パクッと箸でつまんでた唐揚げと卵焼きをいそいで口に頬張った。


 3年ぶりに食べた手作りの卵焼き。少し甘めでふわふわだった。



 3年前に亡くなった母のことを思い出す。


 それ以来、手作りのお弁当は食べていなかった。



 いろはは、祖母からお弁当を持って行ったことを聞いたため、嬉しそうだった。



「ねえねえ。なんで、今日、お弁当持って行くことにしたの? 今朝、雨降ってたしさ。今は晴れているけど。ここのベンチだって少し濡れてるし…。端っこは乾いてるけど。」



 龍弥はいろはを避けるようにくるくると体の向きを変えた。



「私の話聞いてよ!!」



 思わず、龍弥の耳から肩を触ったら、いつもつけていないピアスが外れて、下に落ちた。


 それと同時に血がしたたり落ちた。


 龍弥は慌てて落ちたピアスを探した。長い髪の間から右耳たぶから血がダラダラと落ちる。



「あ、ごめん。ちょっと、血、出てる。ピアス探してる場合じゃないよ!!」



「うっさい!」



 龍弥は探すのに必死だった。

 

 龍弥が耳につけていたのは両親の形見の結婚指輪だった。


 左耳は父親、右耳は母親のもの。今日はたまたま外すのを忘れて学校にまでつけていた。


 それを無くしたらと思うと気が気ではなかった。


 いつの間にか、石畳の通路の側溝の蓋にコロコロと転がって、水が入ってる下にポチャンと落ちた。最悪だった。



 泥まみれになってもいいと、重い蓋をこじ開けて、見つけ出す。


 龍弥は、心底、安心した。



「はぁ。良かった。」



 雨上がりで水路の水かさが多かった。龍弥は制服のズボンが泥まみれでびしょ濡れになった。



「ちょっと、そこまでして探すの?ピアスひとつ、また買えばいいじゃない。」



 いろはは、心配そうに言うが、龍弥にとっては絶対に探さないといけないものだった。



「このかわりはない!!」



 右耳からダラダラと血を垂らしながら、そのまま保健室に向かった。


 本日2回目だった。



 殺人事件があったみたいにタラタラと地面に血が落ちていた。



 いろはは、後処理しなきゃと持っていたウエットティッシュでゴシゴシ地味に頑張った。



保健室に行くと



「白狼?! 何があった?喧嘩?!」



「すいません、耳切れちゃったんで、処置お願いします。」



「いや、それ、無理よ。病院レベルだから。ほら、とりあえず、脱脂綿でおさえて、車出すよ。連れてくから。」


 後ろから走っていろはが着いてきた。



「先生、すいません!それ、私が間違って怪我したんです。あー、兄妹喧嘩ってことでダメですか。」



「喧嘩じゃねぇって。ただ、ピアス引っ張って、血出ただけなんで、いろは関係ないっす。」



「お?おう?そうなんか。まあ、いいけど。とりあえず病院行くぞ。白狼妹も行くの?」



「あ、はい。一応、着いていきます。」




「てか、白狼、ピアスは校則違反だからな。穴空いてるのは知ってるけど、してきちゃダメだろ。」



「すいません…。」



(やけに素直…。いつもこうなら良いのに。)



まるで、耳があったら、しゅんとなっていそうな雰囲気だった。



 保健の先生の運転する車の後部座席に2人は乗り込んで、それぞれの窓に頭をつけて、病院に着くのを待っていた。





「白狼さん、カツラとヘアネット取ってくれないかな? 手術できないんだけど。」



外科医の先生は手術台で困惑していた。全身麻酔をして縫合しなければ、ずっと出血してしまう。


 龍弥はここまで、来てかつらを取るのを嫌がった。



「お兄、往生際が悪いよ?」



「誰のせいだ、誰の。」




 横になりながら、いろはの言葉に返事する。


 許可を得ることもなく、お局看護師はサラッとカツラとヘアネットを取った。


 龍弥は黙って、指示に従った。カツラを外したら全てバレると拒絶したが、耳からの出血で耳たぶが避けている。



しっかり縫合しないと、ピアスをつけることができない。まるで蛇の舌のように二つに分かれてしまった。



 きっと穴が大きすぎたんだ。


 外科医の先生は全身麻酔を注射して、テキパキと縫合した。看護師に頭ごと包帯を巻かれた。



もう、カツラで隠すことができない。



手術を終えて、病室に移動した。



「もう、諦めるしかないよ。今日は全身麻酔切れるまで一泊入院ね。」



 保健の先生はため息をついた。



「先生、俺,教室に荷物忘れてきた。」



「はいはい。私取りに行くから、ゆっくり休みな。」



 近くにいたいろはが手を挙げて答える。



「そうだな、それくらいやってもらわないとな。」



 龍弥はいろはに怒りが止まらなかった。



「まあ、ゆっくり休んで。術後は安静にすんだよ。風呂も控えて。スポーツはもってのほかだな。」



「はい。わかりました。」



 何かとついてないことばかり。



 今日は1日がハードスケジュールだった。


 病室から窓をのぞくと、駐車場が見えた。


保健の先生といろはは車に乗っていく。



 取り残された龍弥は、置いてかれていると思い、寂しさを覚えた。



しばらく、包帯は取れない。

10日後、抜糸をするため、また病院に来なくてはならない。


経過処置ということだろう。


こんなことになるのなら、きちんと病院で耳に穴を開ければ良かったと後悔した。


そもそも、いろはがピアスがわりにしていた指輪に指を入れて引っ張ってしまったことで切れた。


 

 引っ張る意味がわからないと憤慨した。


学校で変装ができないことに緊張が走る。



 あいつに絶対バレる。


 嘘ついて学校休むかな。



 いやでも、もうすぐ定期テスト。



 ここで補習にはなりたくないし、


 成績も落としたくないし。


 

 行かざる得ないのか。



 入学して半年。


 素性を今更明かすって恥ずかしいったらありゃしない。


 いろはをずっと恨んでやるとふとんの中に入ってブツブツ文句を言った。



 その頃,学校に着いたいろはは龍弥の荷物を代わりに教室に取りに行った。


 たまたま行った時間は5時限目の休み時間でこれから体育館へ移動するところだった。



「お邪魔します。白狼龍弥の席ってどちらかな?」


  

 教室の後ろ側のドアから入るとちょうど運動着に着替えている石田紘也が女子のようにキャッと叫ぶ。



「のぞかないでー。」



「のぞいてません。龍弥の席を教えてください!」



「あ、そう。ノリが悪いね、いろはちゃん。龍弥の席はそこだよ。机の上にバック置いてるから。」



 真面目に着替えてから、指をさして説明する。



「あ、そうですか。どうも。」




「なに、龍弥、早退するの?」



「ええ、ちょっと…。具合悪くしたんで。」



「そうなんや。」



 お弁当の汁で汚れている教科書とバックの底。


 今、この汚れを取ることができないが、気にせず、机の中のノートや教科書を確認して、バックのファスナーを締めた。


「よし、忘れ物無し。お邪魔しましたー。」



「あれ、いろはちゃん。どうしたの?」



菜穂が教室から出ようとするのと同時にトイレから戻ってきた。これから運動着に着替えるようだ。



「菜穂ちゃん。やっほー。元気?これから体育だよね。ちょっとお兄の荷物を取りに来てて、早退するからさ。」




「ふーん。そーなんだ。お兄さん、具合悪いの?」



「うん、まあ、そんなとこ。それじゃ、またね。」




「ああ、うん。お大事にね。」




 いろはは、龍弥のバックを背中に背負って自分のクラスへと行った。


 

 菜穂は、具合悪くしたのを妹のいろはに頼むのは珍しいなあと不思議そうにしていた。




**



『今日、そっち行けません。ごめんなさい。』


 龍弥はスマホで下野のラインにメッセージを送った。


 ごめんなさいと謝る狼イラストも添えた。




『マジか。今週末の土曜日は例のカラオケだから、その日は絶対来いよ。必ずな!』



プレッシャーの感じるイラストスタンプを添えて、下野は龍弥に送ってきた。




『りょ。最善を尽くします。』


 スマホのラインを見て、思い出す。


 今週は例のフットサルクラブでカラオケに行く約束をしていた。


 この怪我で包帯つけたままで行かなければならない。トレードマークのピアスは左片耳しか付けられない。


 抜糸は10日後。カラオケは3日後。


 これは絶体絶命のピンチ。


 真実を隠すことができないかもしれない。何か策は無いかと考える。



(よし、行くのをやめよう。)



…と思ったが、横から絶対来いよと下野が夢に出てきそうだ。


 それはやめておこうと諦めた。



 深くため息をついて、現実を受け入れた。これは神様が与えた試練。真実を包み隠さず過ごせということかもしれない。案外、学校では、メガネをしてないからわからないかもしれない。



 でも、髪型はカツラをかぶることができない。



 何度も自問自答を繰り返す。



 とりあえず、金曜日だけは登校しようと龍弥は決めた。


 テスト期間中のため、3時間で終了のはずだ。何も起こらないことを祈った。



****



 カーテンを開けるとさんさんと太陽が照っていた。鳥のさえずりが聞こえる。お腹が珍しく鳴った。


 今日は、髪のセットが楽になる。寝癖を治して、スプレーで濡らした髪をドライヤーで乾かした。分厚いメガネを装着する。ピアスは校則違反のためつけては行けない。


 左耳についていたピアス代わりの指輪を外す。


 髪が短くなったことで思いっきり耳に穴が空いてるとわかってしまう。


 帽子かぶるか、いや、蒸れる。


 包帯もしているし、これはもう、素で行こう。仕方ない。諦める。


 食卓にいくといつものように祖母がお弁当を用意してくれていた。今日は午前授業でお昼はいらなかったんだが、せっかく作ってくれたからと汁漏れを警戒して、透明のビニール袋に入れてから、バックの中に入れた。


 朝ごはん用にロールパンが置いていた。パクッと軽く食べると静かに玄関に急ぐ。洗濯物を干していた祖母と鉢合わせした。


「龍弥、お弁当食べてくれてありがとうね。ばあちゃん、嬉しいよ。」



「…あぁ。」



「行ってらっしゃい。」



「……あぁ。」


 

 玄関のドアを閉めた。


 

 祖母は嬉しそうにしていた。まともに会話していないが、心が少しあたたかくなった。



通学路を登校中。初めて見るなと学校中の生徒はこちらをジロジロ見てくる。素知らぬ顔で、堂々と龍弥は教室へと突き進む。


「ねぇ、ああいう人、ウチの学校にいたっけ。髪、銀色なんだけど、なに、あれ、包帯してるし。喧嘩する人なのかな。ヤンキー?」


「私も知らない。何か、1年のクラスに入っていくよ。知らないんだけど…。だれ、あれ。」


 興味津々の女子たちは龍弥のクラスまでファンクラブのようにくっついて歩いてくる。


 本音はやめて欲しかったが、一切会話は しなかった。


 席について、掛けていたメガネを掛け直し、バックを机の脇にかけた。



「ねえねぇ。その怪我どうしたの?」


 名前も知らないクラスメイトが話しかけてくる。龍弥はずっと黙っていた。


「ちょっと、その髪ってブリーチしてるよね。ピアス開けてるの?」


 これまで話しかけても来なかった女子たちが集まって聞いてくる。


 所詮、みんな外見かとため息が出る。



 寄ってくる蚊を追い払うように教室から出て、廊下を歩いた。



「ねーねー。」



 ゾロゾロと行列をなす。



「な、何事? 誰かのファンクラブできたの?」


 人ごみの中に溢れていたため、誰に群がっているのかわからなかった菜穂がまゆみに声をかける。


「あいつよ。めっちゃオタクだと思っていた白狼 龍弥が、黒髪じゃなくなってるのよ。何、あの銀髪。ブリーチしていたよ。メガネは相変わらず、分厚かったけどね。あと、右耳怪我してたみたい。包帯してたよ。」



「一瞬でよく見てるね、まゆみ。」



「まあね。人気の高い男子だと思ったら、速攻見に行くから。あいつ、好感度爆上がりだね。あーあ、木村くんが良かったのに、私の中のランキングが変わっちゃったわ。」



「…へぇ。そうなんだ。」


 菜穂は龍弥に直接会ってないためか、そこまで気にしていなかった。



 それよりも、昨日、徹夜しようと勉強していたはずが、途中で寝てしまったため、しっかり勉強しないとっと日本史の暗記カードをペラペラとめくっていた。


 廊下の小窓からちらりと菜穂の様子を見ていた龍弥は全然こっちを見ていなかったため、逆に安心した。



(このまま、勉強に集中してもらって…こっちに興味向かないでほしい。バレないで。)


 お祈りポーズをして、願った。



「席につけー。テスト始まるぞ。」


 先生は出席簿右手、左手にテスト用紙を持って現れた。


「うわー。きた。やばい。」



 みんな緊張している。


 教室は静かになった。

 机の上にはシャープペンと消しゴムのみを置いた。


 用紙をそれぞれの座席に配られて、カリカリと文字を書き始める。


 みな、テストに集中していた。


しばらくして、ある程度問題を解き終えると、菜穂は顔をあげた。


 何とか、問題を解けてホッとすると、前の方に頭にぐるぐると包帯を巻いた龍弥が座っていた。確かにまゆみの言っていたとおり、銀髪になっていて、左耳には大きな穴が空いていた。




 後ろ姿はやっぱり伊藤龍弥に似ているけど、同一人物なのか。双子の兄弟なのか。謎が深まるばかり。


 

 菜穂は、テスト用紙の裏に同一人物の文字を書いてまるをした。


 

 ハッと、自分は何を書いているのか、全然関係ないあいつのことなんて考えなくてもいいのに、無意識に探偵のごとく、調べようとしている。



 テストのことよりも考えている自分に苛立ちさえ覚えた。












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