第13章
「お疲れ様でした。」
カラスが遠くで鳴いている頃、
夏ということもあり、
午後6時をすぎていたのに
日が落ちていない。
サッカー部の部員達が着替えを終えて、それぞれに家路を急いでいた。
菜穂は1人部室で応急処置セットやスポーツドリンクのピッチャーなどの片付けの後、掃除をしていた。
「雪田、
なんで、1人?
恭子先輩は?」
ロッカーの扉を閉めて池崎は話す。
「え、恭子先輩は、
今日急ぎの用事あるからって
言って帰って行ったよ。」
掃除ロッカーから自在ほうきを
取り出す。
「私、1人で掃除です。」
近くにあったスツールに
池崎は座った。
肩に掛けたバックを
後ろによけて、立ち上がる。
「手伝うよ。」
池崎は掃除ロッカーからモップと
バケツを取り出した。
「別に良いのに、マネージャーの仕事
奪わなくても…。」
「気にすんなって。
いつも、雪田来る前、恭子先輩が
1人でやってたからな。
部員たちは今まで気づかずにすぐ
帰ってたけど、掃除なんて
誰やってもいいのにな。」
そう言いながら、池崎は、
バケツに水を入れて
モップを濡らした。
「確かにそうなんだけどさ。
てか、池崎くん、
バックおろしてやったら?
邪魔じゃない?」
「あ、それもそうだな。」
モップを立てかけて、
ロッカーの近くにある
スツールにバックを乗せた。
掃除していると菜穂は
自在ホウキを伝ってしゃがんだ。
「ごめん、
手伝ってくれてありがとう。」
感極まって、
自在ホウキを持ったまま
腕に顔をつけて泣いた。
1人でやる掃除は
本当は辛かった。
龍弥もいないのに
なんで
マネージャー業務しなくちゃ
いけないって
子どもじゃないんだから
わがまま言えないって
わかっていても
ずっと連絡取れていない。
ラインもメッセージ送っても
既読にならない。
着信履歴もない。
もうダメなんだろうなって
思っていた。
他の部員が帰って
緊張の糸が解けたんだろう。
池崎の前では話すことが増えて
リラックスできていたからか。
「雪田……。」
泣いているのを心配して、
目線を同じ高さに合わせた。
涙で前が見えない。
呼ばれた方向に顔をあげた。
「え?」
肩を池崎の胸に寄せられた。
慰めるつもりだった。
「……!?」
菜穂は突然のことで驚いた。
あの時の匂い、感覚を思い出した。
またナイフで刺されるん
じゃないかという恐怖に包まれた。
呼吸が荒くなる。
フラッシュバックする。
忘れていたと思ったのに。
あの、黒い服、黒いマスク。
今は違うって言い聞かせても
恐怖の方が打ち勝った。
菜穂は悲鳴をあげる。
菜穂の足がバケツに足が当たって、
水がこぼれる。
その水を拭くという行為を
することさえ
できなくなった。
自在ホウキも床に倒れたまま。
菜穂は自分の荷物を持って
部室から逃げ出した。
電灯が光り出した通学路、走って
無意識にある人に電話をかけた。
嫌な気持ちをすぐアウトプット
させてくれる人。
全部、受け止めてくれる人。
そばにいて
話を聞いてくれていた人。
全然連絡とっていなかったことを
頭の中から忘れていたのか
思わず電話をしてしまった。
今は電話に出てくれないだろう
なんて思っていない。
それより何より
今の自分を知って欲しかった。
こんなに苦しくて辛いんだって
助けて欲しかった。
***
龍弥は緑の通話ボタンを押した。
「……。」
久しぶりに電話が来た。
なんて話せばいいかわからなかった。
でも、出てなかったのに
今はどうして出たのか自分でも
わからなかった。
龍弥の中での第六感が働いたのかも
しれない。
息を吸う声が聞こえた。
「龍弥……。」
龍弥はその一言聞いただけで、
おろおろ声であったことに
何かがあったと察した。
龍弥は
最後まで聞くことなく、
返事することもなく、
通話終了ボタンを押す。
「龍弥くん、試合しないの?」
下野が聞いた。
「猛烈にお腹が痛いので
今日は帰るっす!!」
ベンチに置いてたバックを
急いで持って、走り去って行った。
「どう見ても元気よさそうっすね。」
「だよね。
ん~、もしかして、
お呼び出しかな?」
下野はなんとなく悟った。
「康二~、ほら、試合するよぉ。」
瑞紀は下野に声をかけて
試合を始めようとした。
その声に滝田も反応して、
コートに出る。
バイクにエンジンをかけて、
菜穂がいそうな場所に向かった。
何も話してなかったが、
多分あそこだなと予想していた。
公園のライトが
ぼんやりと光っていた。
菜穂は龍弥の予想通り、
公園のトンネル遊具の中で
膝を抱えて座っていた。
すすり泣く声が中で響いている。
真っ暗な公園。
女の子1人でいたら
危ない。
それでも、家には帰りたくない。
変に親に心配させたくないのもある。
泣きながら帰りたくない。
膝の中に顔を埋めていた。
しばらくすると
隣に気配を感じた。
トンネルからは
顔は見えない誰か知らない人がいる。
足音が聞こえて
怖くなって
静かに左の方にズレて移動して
逃げようとしたが、
足音が止まった。
持っていたバックで顔を隠した。
右側から来るのかと怖がっていたら、
左側からニュッと人影が見えた。
龍弥だった。
菜穂は知らない人じゃないと
安堵した。
遊具トンネルの中、
隣同士に
特に何か話をするって
わけじゃなかった。
泣いていた頬もだんだんと
乾いてきた。
何も言わず
ただ、そばにいるだけで
安心できた。
さっきまであんなに泣いてたのに
今度は顔がほころんだ。
何も話さなくても
通じ合えるってこと
あるんだって感じた。
何日間か連絡しなくて
気まずかった。
本当はやっと会えて
すごく嬉しかった。
座っていた脇に置いた
不意に手が触れた。
指一本ずつ、触っていく。
手を繋いだ。
気持ちが繋がった。
龍弥は遊具から繋いだ菜穂の手を
引っ張った。
バイクに乗せていたヘルメットを
かぶせて、後ろに乗るよう
誘導した。
話せないのは、
自信がないから。
また傷つけたらどうしよう。
また離れたらどうしよう。
話さなくても繋がれるなら
それでもいい。
どっちから話すのか。
我慢大会しているよう。
でも、今は
怒ってもないし
泣いてもない。
心は落ち着いていた。
バイクで乗せられた場所は
自然と龍弥の家にだった。
テキパキとバイクをガレージに
持っていく。
龍弥は鍵をジャラジャラと音を立てて
家の鍵を開けた。
(あれ、いろはちゃんと
おじいちゃん、おばあちゃん
どこに行ったんだろう?)
一緒に中に入る気だと思った菜穂、
玄関の扉を開けようとしたら
中から鍵を閉められた。
「え?! なんで?
入ってダメなの?」
「菜穂の負け!!!」
「う、うそ。
そんな、今の無し!!
ずるい、それ。
ありえない。」
いつもの喧嘩が始まった。
龍弥は菜穂から話すのを待っていた。
意地悪をしながら、
結局、菜穂を家の中に入れた。
「菜穂、家に連絡しておけよ。
遅くまで帰ってこないの
親が心配するだろ。
てか、お兄さん、まだいるの?」
「え、もうとっくの昔に
帰ったよ。
まぁ、連絡しておくけど。」
「どうする?」
「え、何が?」
「今日、ばぁちゃんたち
町内会の旅行でいないし、
いろはは部活の強化合宿行ってて
いないよ??」
「う、うそだー。
新手の詐欺だ。
そんな都合よく
みんながいない日ある??」
「信じてないよね?」
龍弥はリビングの壁に貼ってあった
いろはの弓道部活動の予定表と
祖父母の町内会の旅行のしおりを
見せた。
「うわ!?本当だ。
そんな偶然があるんですねぇ。」
「んで?」
龍弥は右手で後ろ首を触る。
菜穂は見せられたプリントを
顔の前に動かし、顔を隠した。
「ちょ、むり。」
「すっごい耳まで赤くして
何を考えているんでしょうか?」
「教えない。」
「リッチ~~。」
「違うわ!!!
それを言うなら?!あ?!」
「え?え?なになに。
教えてください、先生!!」
「絶対言わない。
絶対無理無理言えないから。」
数十分後。
「ねぇ、なんであんな拒否ってたのに
一緒に風呂入ってんの?
なんで、なんで?
教えて。」
「べーつーにいいでしょう。
汗かいたんだから。
絶対こっち見ないでよ。」
「ち、いまさらだし。
見てるわ。
もうすでに。
隠したって遅いわ。
そっちこそこっち
来るんじゃねぇって。」
龍弥は湯船に入る菜穂に
お風呂をお湯をバシャバシャと
かけた。
「ちょっとやめてよ!!」
「やーだーよ。」
「子どもか?!」
「それは誰でも誰かの子どもです!!」
「そう言うことじゃないって。
わっ、何すんの。」
龍弥は後ろから菜穂の体を
ギュッと抱きしめた。
「俺、すっげー幸せだ。」
「そうですか…。それはよかったね。」
「菜穂は?」
「うん。」
「うんって何さ。」
「同じってこと。」
「ふーん。
していい?」
「ここじゃ、ヤダ。
のぼせる。」
「いいじゃん。」
「やーだって言ってんじゃん!!」
ベチッと龍弥の頬をたたく。
持っていたフェイスタオルで
隠す菜穂は
ささっと上がって
服に着替えた。
龍弥は不機嫌そうに頬を膨らませて
ボクサーパンツを履いて
フェイスタオルを頭に乗せた。
「はい、ドライヤー。」
ソファの上にポイっと乗せた。
「これどこ、コンセント。」
「それ。」
「あー、これね。」
「ちょっと待って、
制服じゃ暑いでしょう。
服探してくる。」
龍弥は自分のたんすの中から
あれでもないこれでもないと
探して見つけ出した。
「はい、これ。」
「え、ワイシャツ?
制服と変わらないじゃん。
自分の着るからいいよ。」
「これ、
俺のワイシャツで大きいやつ。
着て欲しいんだよ。
着てよ。」
めっちゃ子どものようにわがまま。
どこの情報か彼女に
自分の大きなワイシャツを
着せたいって言うのが萌えるとか
言う人がいるらしい。
ため息をついて諦めた。
「はいはい。わかりました。
あっち見てて。」
「だからさ、さっき充分に
見ちゃってるから気にしすぎだわ。」
ブツブツ文句言いながら
菜穂はワイシャツに袖に通す。
着ている最中に
ぎゅうーとハグをした。
「やっぱ、
もう脱がすから
着なくていい!!」
「は?意味ないじゃん。」
「もう連れてくわ。」
お姫様抱っこして
髪を乾かすのを
後にして
連れていく。
「ぎゃー、やめて、
高い。」
本当は嬉しい菜穂。
「騒ぐなって。」
自分のベッドにそっとおろした。
菜穂はすぐにふとんに隠れた。
「やだ、見ないで。
電気眩しい。」
「電気消すから。」
「絶対やだ。」
寝袋のように
ぐるぐる巻きにした菜穂。
「まきすかよ。
太巻きになるんですか?」
くるくるとふとんをほどく。
「みーつけた。」
「かくれんぼじゃないよ。
もうわかってるじゃん。」
「しっ。鬼に見つかるよ。」
口に人差し指を当てた龍弥。
ハッと静かになった。
菜穂は仰向けに
龍弥は菜穂の両肩のそばに
それぞれ
手をおいて
顔を見つめあった。
目をつぶる。
額にキスしたら
ぶーと頬をふくらませる人がいる。
クスッと笑って
はいはいと言う龍弥。
菜穂は両手で
龍弥の後頭部をおさえながら
自分から顔を持っていき、
キスをした。
その後は2人は夢の中にいるくらい
幸せな気持ちが続いていた。
やっと繋がって心が高揚した。
大きさが違う手と手の重なる肌感触、
お互いの体が繋がった時の温もり、
爽やかな匂い、すべてが愛しかった。
生きていてよかったと
感じた瞬間だった。
****
チュンチュンチュンと
スズメが朝を知らせてくれた。
スマホのアラームは
つけていなかった。
菜穂はまだ寝ていた。
アライグマのように両手を握って
眠っていた。
髪を撫でて、ギューとハグをした。
まだ起きていない。
耳の端っこを舐めた。
「やーーーめーーてーーー!!」
「うわ、こわっ。」
叩かれると思い、
慌てて龍弥はその場をよけた。
セーフで当たらなかった。
と思ったら、結局はスネを足で
蹴られた。
「いったー。ちょ、まじ勘弁して。」
「そっちが悪い。」
ものすごく機嫌悪そうに
菜穂はハンガーにかけておいた
服に着替えた。
龍弥も足元にあったシャツと
ハーフパンツズボンに足を通した。
「今、朝ごはん準備するから、
待ってて。」
「え、何?
ごはん?
なんだろう。」
龍弥はフライパンに
卵をカンカンと2個割って
ウィンナーを6本入れた。
「何作ってるの?」
「目玉焼き。ごめん、
2つとも黄身が割れてるわ。」
「いいよ。
私はなんでも食べられるから。」
「そうなんだ。よかった。
これヤダとか言われるかと思った。」
「龍弥じゃあるまいし、言わないよ。」
「は?」
「ひ?」
「ふ?」
「へ?」
「ほ?って、何言ってるんだよ。
食べるよ。ご飯。
小学生じゃないんだからさ。」
「はいはい。」
「はい は、
1回って教わりませんでしたか?」
「そうですね。」
どっちがお母さんで
どっちがお父さんか
わからない対応だった。
おままごと遊びをしているようで
終始2人は楽しそうだった。
このまま時間が止まればいいのに
感じる瞬間だった。
トンビが大空を飛んで鳴いていた。
今朝の天気は快晴になりそうだ。
額に手をあてて
太陽の光をよけた。
龍弥は一つ決断したことがあった。
制服を着て、
学校までの道のりを歩く。
菜穂は後ろから龍弥のシャツを持ち、
くっついて歩いていた。
「ねぇ、なんでそんな歩きしてるの?」
「だって、何かソワソワするから。」
「意味わかんねー。
シャツ伸びるから
やめてくんねぇ?」
イライラしながら、
菜穂の右手をしっかりと
左手でつかんだ。
「や。」
パッと手を外す。
「は?」
「恥ずいからやめる。
学校のみんなに見られる。」
「……。」
(何を今更…。
ん?なんだろう。
昨日やったから
恥ずかしさ倍増したって
ことなのか。
謎だ。)
首をかしげてそのままサッカー部の
部室へ向かう。
少し離れて、
菜穂は龍弥の後ろを着いていく。
部員はまだ全員揃っては
いなかったが、
大体のメンバーは来ていた。
「おはよう。龍弥くん。来てたんだね。
無断欠勤でみんな心配してたんだよ。
あれ、君、
また髪色戻しちゃったの?」
木村悠仁が声をかける。
着替えが終わったところだった。
「おっす。
あぁ、それは悪かったなぁって
思って……。
そうね、これ、戻したわ。」
申し訳なさそうに後ろ首に
手を置いた。
「木村、顧問の熊谷先生って
今日来るの?」
「うん。もうすぐくると思う。
なんかあるの?」
「ちょっとね。」
すると後ろから池崎が入ってきた。
「おはようございます。
って、龍弥、来たんか。
え、お前、髪また、その色にして
試合出れないじゃんか。」
「あ、おう。池崎。
久しぶり。
この髪がいいんだよ。」
「あ……。」
池崎は、龍弥の真後ろにくっついて
隠れる菜穂にハッと気づいた。
龍弥のシャツを持つ手が震えた。
あやつり人形のように
龍弥が菜穂の代わりを話す。
「おはよう。
この間は、ごめんね…だってさ。」
「あ、あー。
いや、俺も驚かせたかなって
思って。
こっちの方こそ、ごめんな。」
言葉を発しにくそうに口パクで
龍弥が言葉をあてる。
「大丈夫…だってさ。」
「え、菜穂ちゃん。なんかあったの?」
木村が横から声をかける。
「いやいや、こっちの話。
大丈夫だから。」
龍弥はフォローするように
さえぎった。
これを話したら、池崎の事件が
全部みんなに広がることを恐れた。
「あ、そう。」
「おーっす。みんな元気か。」
顧問の熊谷先生が部室の中に
入って来た。
一斉に挨拶する。
「おはようございます。」
「みんな揃ってるな。
あ、あれ、白狼、来てたんだな。
ん?髪、黒じゃないな。
なんだ、そんなに悩みごとか?」
「先生、これ、白髪じゃないっす。
銀色に染めたんす。」
「は?驚かすなよ。
全部白髪になったかと心配したよ。
って、そんな髪じゃ試合に
出られないぞ。」
「先生、その件でお話が。」
龍弥は部室の外へ部員みんなが
いないところへ先生を誘導する。
「ん?話ってなんだ。」
「先生にはよく指導してもらって
ありがたかったんですが、
申し訳ないんですけど、
サッカー部を退部させてください。」
深々とお辞儀した。
「え、あ、それ本当?
急だねぇ。
来週、早速また試合があって
出てもらおうと期待してたんだけど、
理由って聞いてもいいの?」
「えー、コンビニバイト先の店長に
もっとシフト入って欲しいって
ことと、俺にはサッカーよりも
フットサルがちょうどいいかなと
思いまして…。
やり続けたかったんですが、
時間の使い方と
体力の問題というか。」
「白狼、全然、体動けてるし
この間の試合だってチームに
貢献してたからな。
別にダメなところ探すのが難しい…
しいて言うなら髪色くらいだけどさ。
残念だな。
続けて欲しかったけど
いろんな事情あるのを
引き止められないしな。
わかった。
あとで退部届の紙書いて、
事務室に出しておいて。」
「あ、先生。」
「なんだ、雪田もか?」
「あ、実はそうなんです。」
「どうせお前らはワンセットだろ。
はいはい。仲良く退部届を
出しておいて。
わかりました。
よし、
今日も基礎練習から始めるぞ。」
熊谷先生はホイッスルを鳴らして、
練習を始めた。
深々とお辞儀をして、龍弥と菜穂は
サッカー部を後にした。
「えー、菜穂ちゃん、辞めちゃうの?
色々教えたかったのに。」
「恭子先輩、私の代わりに適任の子、
紹介しますから。」
「えー、本当?
期待しちゃうよ。
ありがとうね。」
龍弥と菜穂は事務室に
サッカー部の退部届を出して、
ついでに転部先は写真部と記載した。
龍弥は週3回のフットサルと
週4日コンビニのバイトの1週間で
毎週木曜日だけの活動の写真部に
戻る形となった。
菜穂も龍弥と同じに書類を書いた。
提出用ボックスに用紙を入れた。
「これで良かったんだよね。」
「あぁ。
でも、
少しでもサッカーできたから
俺は満足したよ。
むしろバイトは
辞めたくないんだよね。
進学するのにお金貯めないと
いけないし菜穂との交際費が
削られるから金欠になるし。
ほら、財布が空っぽ。」
ポケットに入ってた財布を
空っぽってあることをアピールした。
「嘘だぁ。
たまたま小銭無いだけでしょう。」
「あ、バレた?」
お札が入るところに2万円は
入っていた。
「コンビニの募金箱に
全部ぶっ込んでるからな。
小銭はなるべく多くは
入れないようにしてる。
でも今月バイト入るの少ないから
給料日が怖いわ。」
「それは死活問題だね。
スマホとガラケー持ちを
とりあえず辞めたら?」
「あ、まぁ、そろそろ、
スマホだけでいいか。
人間関係 別に分けて過ごす
必要もないな。」
「自信ついたの?」
靴箱で靴に履き替える瞬間、
菜穂は龍弥の顔をのぞいた。
きらりと龍弥があげた
ピアスが光った。
「うん。別に面倒なら
既読スルーすればいいなって
思って。
必要な時、必要な人だけと
交流とれば良いかって、
体は1つしかないし、
耳は2つあるけど
聞ける声は1つだけだもんね。」
「えらいえらい。」
「子ども扱いすんなって。」
菜穂の両脇をくすぐった。
逃げ回る菜穂。
そのじゃれあいを遠くから
のぞいていたのは
合宿帰りのいろはだった。
ご機嫌の龍弥を見て、
ふぅーとため息をついて
安心していた。
あんなに人と関わることを拒絶していた龍弥は菜穂と出会って、カツラも外して堂々と人と話すことができている。
蚊の飛ぶ声よりも小さかった声量が通常通りになって、祖父母との交流も良くなった。
雪田菜穂の力はすごいなあっと
感心していた。
「いろは、何見てるんの?」
「んー、お兄が、
彼女とじゃれ合ってるなって思って
あんな人じゃなかったのに
菜穂ちゃんと一緒にいるお兄が違う人
みたいって思ってた。」
「え、あの人、白狼龍弥でしょう。
3組の。」
「え、うん。お兄ちゃんだから。」
「うん。知ってるけど、
なんか噂で山口まゆみと
付き合ってるって話もあって、
本当は誰と付き合ってるの?」
「え、何、その噂。
いつの話?」
「昨日か一昨日か。」
「最近じゃん。
お兄、今の彼女と2ヶ月前から
付き合ってた気がしたよ。
あ、彼女の名前は雪田菜穂って
いうんだけどね。」
「えー、おかしいな。
聞き間違いかな。
だから、二股じゃないとか
言う人いたんだとか言ってたよ。」
「そうなの?それどこから
もれたんだろう。
お兄にあとで聞いてみる。」
「うん。
まぁ、噂だけどね。」
「うん。」
弓道の荷物が入った袋を背負い直して、校舎を後にした。
何だか複雑な気持ちになった
いろはだった。
***
暑い夏休みを終えてすぐの週末に
高校の文化祭が開催された。
部活を辞めた龍弥はほぼ、
長期休みということでコンビニバイトのシフトを入れられていた。
菜穂は、夏風邪にかかり
高熱が続いて、咳がずっと止まらず
ほぼ家の中で過ごすという状態だった。
ラインや電話で連絡は
途絶えなかったが、
休みが終わるまでほぼ会うことは
なかった。
いろはが噂を聞いてた龍弥の二股説は
嘘情報で、流していたのは山口まゆみだった。
3年の先輩と付き合っていたのを
振られた腹いせに噂を流して、
困らせようとしていた。
その噂が弁明の余地もなく
校内で流れたまま、
文化祭当日となってしまった。
「ちょっと、そこのファンデーション
取って。」
山口まゆみは、
机に並べた化粧品から
ファンデーションをとるよう、
石田に言う。
これから女装をする
石田紘也と白狼龍弥は
教室の中央に2つ並べて
首にタオルをして
座っていた。
服装はおしゃれな今年流行りの
浴衣だった。
龍弥は、黒の背景に水色、
紫の色の花が描かれた浴衣に
薄いピンクの帯をしていた。
紘也は、
背景が白に黄色い花を描かれた
浴衣で、帯はベージュ色をしていた。
「ファンデは良いね。
あとは、つけまつげとアイシャドウと
ヘアスタイルは黒の長いカツラつけて
おくれ毛がある感じで
アップで良いかな?」
山口まゆみと齋藤美穂子は
相談しながら2人をメイクしていた。
結構、本格的だった。
男子でも、
普段から化粧水でお手入れしている
らしく、ファンデのノリが良かった。
ひげが気になったが、
朝に丁寧に剃ってくるよう
指示されていたため、
思ったより目立っていなかった。
「ちょ、鏡貸して。」
龍弥は大きな鏡を借りて、
顔を確認する。
「あのさ、アイライナーつけてよ。」
「なんで、そういうのわかるの?
女子より詳しくなっちゃだめだよ。」
「別にいいじゃん。
今日のためにYouTubeで
研究してきたんだよ。
だって女装だろ?
男に見えちゃいかんだろう。
あとさ、
シャドウノーズって持ってる?」
「え…何か、
メイクの試験受けてるみたい。
持ってきてたけどさ。
これ。」
「はいはい。貸して。
自分でするから。」
まゆみはじっと龍弥が作業するのを
見学した。
「てか、私がメイクするより
上手いんじゃないの?
将来はオカマバーで働くんですか?」
「違うわ。
やるからには本気でやってるだけ
だって。」
「龍弥くんの集中力半端ないね。」
「ねぇ、まゆみちゃん、紘也くんは
こんな感じでいいかな?」
「え、あー、うん。
いいよ。紘也は適当で。」
「は?真面目にやれよ。
クラスの売り上げに
かかってるんだろ?」
「あー、そうですね。
はいはい、わかりました。」
まゆみはイラっとしながら、
紘也のメイクに集中した。
そう言いつつも2人とも顔立ちは元々綺麗で後ろから見ても女子と言ってもおかしくはなかった。
「これで良くない?バッチリじゃん。
女子に見える見える。
あー。
ただ、大股で絶対歩かないでね。
すね毛見えたら最悪だから。」
「りょ~かい。」
紘也は立ち上がり、
敬礼のポーズをした。
「俺もこんなもんかな。」
「はー、すごいじゃん。
完成度高いね。」
まゆみと美恵子は、
2人を惚れ惚れした。
「お客さんが来たら
どんどん看板娘として
注文受けてね。
うちのクラスの一押しは
お抹茶ですから。
お茶菓子は大福とあんみつだよ。」
「よし。石田。
売り上げ貢献がんばるぞ。」
「おう。」
「あ!!
でも、絶対低い声
出しちゃだめだよ。
男子ってバレるから。
高い声出すか絶対喋らないで。」
「そしたら、話さない方、良くね?
キモいじゃん。
高い声、無理して出したら。」
「確かに。
んじゃ、
注文受けるのは私たち
やるから
それぞれメニュー運ぶのを
お願いしよう。」
「うん。それがいい。
んで、客引きチームは大丈夫なの?」
龍弥たちは教室の窓をのぞいて
ガヤガヤと露店が並ぶ
昇降口で呼び込みをする
菜穂と杉本を見た。
「いらっしゃいませー。
ぜひ、1年3組のお店にぜひどうぞ。
甘味処 あんみつや です。
綺麗な看板娘もいますよぉ。」
杉本がチラシを配りながら言う。
その横にいたのは、
クマの大きな着ぐるみをかぶった
菜穂だった。
手にはヘリウムガスを入れた
風船をたくさん持っていた。
小さな子どもたちや可愛い女の子に
配っていた。
「雪田、大丈夫か?
結構暑いから
休憩する時声かけて。」
「あ、うん。
今は大丈夫。」
モゴモゴとクマのアタマを
かぶりながら言う。
「てか、炎天下で呼び込み
マジきついよな。」
「……。」
もう話すことができない。
とりあえずは近寄ってきた可愛いお友達に風船を配ることに集中した。
「雪田、悪い。
俺、無理だ。
トイレ行ってくる。
このチラシ、よろしく頼んだ。」
「え、あ、ちょっと杉本くん!」
チラシを無理矢理、ぬいぐるみの手に与えられた菜穂。
持ちにくい上にどこにあるか見えない。
とりあえず、手探りでチラシを
配った。
「お願いしま~す。」
暑くて声が震える。
1人で呼び込みって酷すぎる。
何とか通りかかったお客さんは
チラシを受け取ってくれた。
あんみつ目当ての人が多いらしく、
興味を示してくれた。
「ありがとうございます。」
途中、ヤンキーのような2人組に
「何、このクマ。ウケんだけど。」
バシッと叩かれる。
混み合っていて
また違う誰かに叩かれて
ドンとぶつかった。
あまりにもぶつかるため、
菜穂は耐えきれなくて、
学校の昇降口の中に入って行った。
持っていた赤、青、黄色の3つの
風船は空高く飛んでいってしまった。
近くにいた男の子が空を指さして
「お母さん、風船、飛んでいったよ。」
「そうだね。クマさん、
離しちゃったからかな?」
そのクマさんに入っていた菜穂は、ラウンジに向かって、ベンチに座った。
ふーと息を吐いて、頭のかぶりものを外した。
クマさんが気になった男の子とお母さんが様子を見にきていた。
頭のかぶりものを外していることに驚いたお母さんは、男の子の目元を隠して、どこか行ってしまった。
それに気づいた時には既に遅い。
菜穂は、動けずにモタモタしているとさっきのヤンキーに爆笑されていた。
中が女子だったことに驚いていた。
ツボにハマったらしくずっと笑っている。
恥ずかしくなってかぶりものを頭にかぶろうとしたら、なかなかうまくかぶれなくなった。
泣きたくなった。
顔を隠したいのに
隠せない。
その頃、お客さんがすでに殺到していた
甘味処あんみつやは、てんてこ舞いだった。
龍弥は知らないメガネをかけた
お腹タプンタプンの
おじさんに顔を近づけられ、
ふがふが鼻息を
荒く、じっと見つめられる。
キャバクラや風俗と
勘違いされているのか
それほど女子っぽいということか。
イライラして、声を出さないつもりが
舌打ちをしてしまった。
一瞬にして、男だと気づいた
おじさんは怖がって逃げて行った。
紘也の方は他校の女子高校生に
男子だということがバレて
写真を一緒に撮ってくださいと
言われていた。
「かっこいいよねぇ。
女装似合いますね。」
恥ずかしいそうにぺこりと
頭を下げる。
ふぅとため息をつく龍弥は、
元は男子なのにキラキラと綺麗で
本物の女子みたいになっていて
他クラスのまゆみの
友達の坂本秋菜と佐藤美鈴が
惚れ惚れしていた。
「龍弥くんに
あんみつ運んでほしいです!」
「あ、私も。」
「はいはい。龍ちゃん、
注文入りましたよ。」
龍弥はおしとやかにあんみつを
乗せたトレイをテーブルまで運んだ。
歩き方や仕草も研究してきたようで
なりきっている。
すると、
「こんにちはー。
あれ、龍弥くんってどっちかな。」
やって来たのは、フットサルで一緒の
下野康二と齋藤瑞紀だった。
「嘘、マジ、女子になってるし。」
瑞紀はそれらしい方を見ると仕草や格好が女子そのものにびっくりしていた。
「げっ。」
下野と瑞紀を見て
思わず、声が出た龍弥。
「ちょっと声、出さないで。」
まゆみは肘打ちして止める。
「いらっしゃいませ。
ご注文どうぞ。」
「えー、んじゃせっかくだから
あんみつを2つお願いします。」
下野は席について、
あんみつを注文する。
「はい、かしこまりました。」
まゆみは龍弥にあんみつ2つ持っていくように指示を出した。
(てか、なんで2人来てるんだよ。
頼んでないのに…。
俺、女装やるって言ったかな?)
最高の作り笑顔であんみつ2つを
運ぶとすぐに2人にスマホで
パシャパシャ撮られた。
「う、眩しい。」
フラッシュが眩しかった。
声を出してしまう。
「ちょっと、龍弥くん。
喋ったらダメだよ。
せっかく女子になってるんだから。」
「本当完成度高いね。
IKKOさんなれるんじゃない?」
「ならんわ。」
「あ。」
それを聞いて2人は爆笑する。
「やっぱ、喋るとボロ出るね。
声太いし、男だし。」
「だね。」
恥ずかしくなった龍弥は
持っていたトレイを
持ち場に置いて教室を立ち去った。
「ちょっと、龍弥くん、
まだ仕事残ってるよ!!」
「便所!!」
トイレのふりして、逃げ出した。
廊下に会う人会う人に
声をかけられるし、
足止めをくらって
逃げられなくなる。
たまたま持っていた汗を拭くようの
手拭いを頭にほっかぶりして、
菜穂がいるであろう
昇降口付近に向かった。
昇降口に行く途中のラウンジのベンチでクマのぬいぐるみの頭をつけようと何度も挑戦していたがかぶれなさそうにしている菜穂がいた。
龍弥は見つけてすぐに何度も挑戦してかぶれなかったのにカポッとはめてくれた。
そうかと思ったら、手をつかんで、
ひっぱって連れて行く。
息を荒くして、
菜穂はどこに行くんだろうと思った。
ひょっとこみたいな手拭いかぶりしている。
せっかく綺麗な浴衣を着ているのにと
菜穂は残念がった。
文化祭ということもあって
校舎はどこもかしこも
ガヤガヤと賑わっていた。
そんな人ごみの中をかき分けて
女装の浴衣に手拭いを
ほっかぶりした龍弥は
クマの着ぐるみを着た菜穂を連れて、
走っていた。
暑くて息が2人ともあがっている。
「ねー。」
「あ?」
「どこ行くの?」
「良いから、来て。」
龍弥は階段に向かうと急いで
屋上までかけあげる。
菜穂もそれに着いて行った。
かぶっていたクマの頭が落ちそうに
なる。
着ぐるみの中はサウナのように
暑かった。
一般の方、
立ち入り禁止の看板をよけて
誰もいない屋上のベンチに座って
菜穂のクマの頭を急いで外す。
「あ、なんで外すの。」
「なんでって暑いだろ。」
「見たくないし、見せたくない。」
「…は?
ずっとそのままにすると
熱中症で死んじゃうよ。」
「だって、今の格好。
変だから。
可愛くないし。
龍弥は浴衣来て、
化粧して可愛いけど
私は…。
汗で髪もぐちゃぐちゃで。」
クマのまま
話してるうち涙が止まらなくなった。
なんで、この仕事を
引き受けたんだろうと後悔した。
龍弥みたいにキラキラしてないし、
暑いし、苦しいし、笑われるし、
嫌なことばかり。
杉本には龍弥の変な噂を聞くし、
どこかにいなくなるし
菜穂は、もう何だかお祭りなのに
嫌な気持ちになる。
「暑いんだから、
汗かくのは当たり前だろ?
それに今、俺は手拭いかぶって
お面かぶってないけど
ひょっとこみたいだぞ?
むしろ、泥棒みたいかな。
どこが可愛いんだよ。
って顔を隠したくて
かぶってただけどな。
ほら、頭取れって。」
髪が乱れて汗も
ダラダラになっていた。
涙も出て顔がグチャグチャだった。
「ったく、汗拭かないから。」
龍弥は持っていた手拭いを外して
菜穂の顔を丁寧に拭いてあげた。
手拭いを取った龍弥は男子なのに
本物の女の子みたいで
キラキラしていた。
きらりと光るピアスは、
ぶらんと小さく可愛い風鈴が
垂れ下がっている。
目にはいつもフットサルで行くのと
同じ紫のカラーコンタクトを
していた。
本当に自分より女の子みたいで
嫉妬した。
菜穂は龍弥の頬を触って、
顔を確かめた。
「私が男だったら、
もう龍弥のこと食べちゃいたい。」
「何?!俺は食べ物か?」
「それくらい可愛いってこと。
でも、私、自信無い。
龍弥可愛すぎるし
それに二股かけてるって
変な噂広がってて…。
龍弥のこともう信じられない。」
龍弥の顔から校舎側に視線をうつす。
「もう、いやだ。
まただ、
文化祭なのに
全然楽しくない。」
モヤモヤな気持ちで
イライラもするし、
暑いし、やりたくないことやって、
どうしたらいいかわからなくなった。
「今は?」
風が大きく吹いて校舎の屋根の上に
あるかざみどりがカラカラと
動いていた。
ふと泣いていた涙が一瞬止まった。
体を菜穂に向けて顔を近づけて
聞く龍弥。
「俺と今、一緒にいるのは?」
首を傾けて言う。
「……嬉しいけど。」
「良いじゃん。それで。」
「菜穂は、想像力豊かだなぁ。
噂を信じるんじゃないよ。
昨日も今日も明日も好きなのは
菜穂だけって言ってるじゃん。
外野じゃなくて
俺の言葉を信じろよ。
そのままの菜穂で良いから
ずっとそばにいてよ。
頼むから、どこにも行かないで。」
まるで小さな子どものように
菜穂の大きな着ぐるみの体に
龍弥は顔をギュッと押し付けた。
包容力があった。
「え、なんで、
私はどこにも行ってないよ。
離れてたのは、
龍弥の方でしょう。
ずっとラインだってスタンプだけ
毎日送って
全然会ってくれなかったんだから。
そりゃぁ、噂を信じて
疑いますよ。
今朝だって、ずっとまゆみたちと
一緒じゃん。」
「仕方ないだろ。
コンビニの鬼店長、夏休み中ずっと
シフト入れられて
バイトづくしだったんだから。
ラインスタンプあっただけでも
感謝して。
その分だいぶ稼いだけどな。
てか、文化祭の準備なんだから、
山口たちと一緒なのは
当たり前だろ。
ヤキモチ焼き過ぎだわ。」
「ぶぅー。」
頬を大きく膨らませた。
龍弥は菜穂の頬を両方の指で
プスーと空気を抜いた。
「てかさ、この浴衣着て、
女装するのも
大変なんだぞ。
変なおっさんに絡まれるわ、
下野さんたちには見られるわ。
お客さんは次から次と来て、
写真撮るし、トイレにも行かせて
くれないんだから。
変装しないと無理だよ。
ほら、手拭い持ってきてよかった。」
「え?!下野さんたちって
瑞紀ちゃんも?来てたの?
なんだ、会いたかったのに。
まだ学校の中いるかな。」
菜穂は立ち上がって校舎の下を
眺めた。
「そんなに時間経ってないから
いるんじゃねえの?」
「そっか。
行こうかな。」
「んじゃさ、交代しよ。
俺とそれ。」
「え?」
「俺が着ぐるみ来て、
菜穂が浴衣。
大丈夫、俺がメイクしてやるから。」
「え?それ、龍弥がメイクしたの?
まゆみたちじゃないの?」
「ああ、俺だよ。
YouTubeとかTikTok見て、
メイクの仕方予習してきたから。
任せておけって。
ただ、化粧品は山口と齋藤に
借りないとな。
俺、持ってきてないし。」
「え!?めっちゃ気まずいじゃん。
てか、メイクの技術、プロ並み?!
マジ、エグいだけど。」
「ま、大丈夫だろ。
ほら、水分補給して
教室戻るぞ。」
ベンチの横に置いていた
ペットボトルの飲み物を
飲んで
教室に戻った。
***
「え、なんで?
菜穂が浴衣着るの?
龍弥くんが主役でしょう。」
「いいのいいの。
菜穂、着ぐるみ着るの暑いって
言うから。
てか、石田で十分稼げてるから。
俺は変なおっさん来て集客には
不向きだから、
菜穂と一緒に客引きで
昇降口行ってくるから。」
「えー、龍弥くんの女装見たいって
人多いのに。」
「俺は、もう嫌だ。
着たくない。」
「……。」
不機嫌な顔のまゆみ。
「マジかよ。
俺だけ、浴衣?
龍弥がやめるなら
んじゃ、今度はまゆみが
浴衣着ればいいじゃね?」
石田が言う。
「そうだな。午後は女子が
接待ってことで。
でも、菜穂は下連れてくから
山口、頼んだ。」
「ふーん。
個人的要望も入ってくるん
ですね…。」
「それより、化粧品貸して。
山口もメイクしてやるから
許せって。」
「え、うそ。まじで?
それは本当にお願いしたい!!」
龍弥は浴衣を脱いで、
クマの着ぐるみに着替えた。
菜穂に着ていた浴衣を渡す。
石田は浴衣を脱ぎ元の制服に
着替えた。
山口に浴衣を渡した。
クマの頭を被らずに
龍弥は菜穂とまゆみの化粧を施した。
化粧下地とファンデはもちろん、
ノーズシャドウとチーク、
アイライナー、つけまつげ、
涙袋にラメを入れて、
アイシャドウを塗った。
「菜穂は水色の花が入った浴衣だから
水色と紫2色のアイシャドウで、
山口の浴衣は黄色の花だから
青と黄色の2色使いでいいか。
ほら、グラデーション入ってて
良くない?」
大きな鏡を2人はじっくりと
自分の顔を見た。
「涙袋なんて初めてメイクした。
ラメ持ってきてよかった。
いつもと違う自分でびっくりだわ。」
「あ、石田。
今日、マニキュア持ってる?」
龍弥が言う。
「あー、確かあったよ。
バックの中に入ってたかな。
何、2人に塗ってもらうの?」
ガサゴソとバックの中から出す。
本当は使いたくて持ってきていた。
「うん。手の爪に塗るのと、
裸足でサンダル履くから
足にも塗ってもらおう。
ちょっと、石田も手伝って。
山口に塗ってやって。」
「あ、ああ。色は何色でもいいの?」
「それは本人に聞いて。
好きなの塗りなよ。」
「えーー、
龍弥くんに選んで欲しいよ。」
「げ、まじか。
え、でもマニキュアとかは
石田の方がセンスあるんじゃね?
だって姉ちゃんネイリストだろ?」
「あ、まぁそうだけど。
色々見てはいるよ。
まゆみの場合は、
浴衣が白に黄色の花だから、
白と黄色の組み合わせて
塗っても良いのかもしんねえな。」
「あ、そう。
んじゃ、紘也塗ってよ。」
複雑な表情を浮かべて言うまゆみ。
「あ、ああ。」
そう言いつつも本当はまゆみに
塗ってあげることが嬉しかった。
「菜穂のは俺が決めるからいいよ。」
龍弥は静かに座って待ってる
菜穂の爪に
適当に好きな色で塗った。
「あ、その色いいね。」
龍弥は何十種類もあった中から
ターコイズブルーの
マニキュアを選んだ。
ちょうど菜穂がつけていたピアスが
ターコイズ色をしていたためだ。
「文化祭ってこういう、
化粧とかマニキュアとか解禁だから
良いよね。」
菜穂はさっきまで
ぐずぐずしていたのに
ご機嫌になっていた。
子どもをあやしたみたいで
龍弥はクスッと笑っていた。
菜穂の心が満足していて安堵した。
「よし、爪も塗ったし、
サンダルもOK。
俺もクマの頭かぶって、
風船たっぷり持っていくぞ。
菜穂、ほら。」
クマの着ぐるみを被った龍弥は
右手に風船を持ち
菜穂の左手を引いて、
昇降口に向かった。
「マジ、これ
サウナ並みで暑いな。
でも、
ダイエットできるってことで。」
「でしょう。中暑いよね。
でも、なんか嬉しい。
浴衣も着れて、
足の爪にこれ塗るの初めてだったし。
メイクでこんなに綺麗にしたこと
ないし。」
「メイクするだけで
可愛くなることもあるんだよ。
元気になってよかった。
下野さんたち、まだ帰ってないと
良いけど。」
2人は昇降口に着くと、
菜穂はチラシ配りをして、
龍弥は風船をひたすら
小さい子や女の子に配っていた。
さっき菜穂に絡んできた
ヤンキー2人がまたやってきた。
「おー、今度は中に入ってるの男か?」
バコンと頭を叩かれた。
菜穂は後退して様子を伺った。
龍弥はイラついて
ヤンキー2人を校舎裏に無理矢理
連れて行きそれぞれに
1発お見舞いしてやった。
「菜穂いじめるんじゃねえよ。」
パンパンとやり切ったと手を叩いて、
転がったクマの頭を拾って
また被った。
うつぶせに倒れた男2人は
「すいませんでした。」
と謝って、がくっと倒れた。
「龍弥、どこ行ってたの?
さっきの怖い人たちは?」
怖くて動けなかった
菜穂はずっと待っていた。
「大丈夫、仲良く遊んできたから。」
「え?仲良く?」
「まあ、いいから。
ほら、チラシ配って。」
菜穂は持ち場に戻って、
チラシ配りを再開した。
相変わらず、お客さんで
ごった返していた。
体育館の方では軽音部の演奏が
こちらまで聞こえてくる。
「あれ、菜穂ちゃん?
今度は龍弥くんじゃなくて
菜穂ちゃんが浴衣来てんの?」
下野と瑞紀が仲良く手を繋いで
歩いていた。
「あ、下野さんと瑞紀ちゃん。
来てたんですね!
会えてよかったです。
校舎の中は全部見ましたか?」
「そうそう。さっき、龍弥くんの
浴衣姿は写真撮ってきてさ。
あとでラインで送っておくね。
あれ、龍弥くんはどこにいるの?」
下野が言う。
「菜穂ちゃんの浴衣って龍弥くんが
来てたのと同じだよね?
着替えたの?」
スマホの写真と見比べて、
瑞紀は言った。
「うん。実はこの中の人…。」
指差して菜穂は知らせる。
下野はジロジロとクマの着ぐるみを
のぞいた。
ガンと頭突きをされる。
「いったぁ。
なんだ、この着ぐるみ乱暴だなぁ。」
黙って持っていた風船を
下野に渡した。
その渡した拍子に持っていた風船が
全部空高く飛んで行ってしまった。
「あ、やべえ…。
飛んじゃった。」
小さな女の子が空高くを指差した。
「お母さん、ほら見て。
風船飛んでるよ。
私あの、ピンクの風船欲しかった。」
「そうだね。
でも飛んでしまったね。
仕方ないね。」
どさくさ紛れに手ぶらになって
着ぐるみのまま
龍弥は菜穂をお姫様だっこした。
「きゃー。」
「わあ、クマさんと
お姉さん仲良しだね。」
女の子は嬉しそうにしていた。
お母さんはそうだねと同意した。
そんな菜穂の心のバイオリズムに
波がある1日の
文化祭は最後は楽しく過ごす
できたようだった。




