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ALL YOU NEED IS HELL  作者: 危山一八
7/12

EPISODE Ⅵ ALL YOU NEED IS BEYOND

挿絵(By みてみん)


月曜日───────


「ヤマネコの荷物が今日届くから、もし私が居ない間に来たらよろしくね」


「何時ぐらいですか?」


「ん〜、たぶん、午後だったと思う」


 ユーコはそう告げ、片田へんでんに手を振って幽合会事務所を後にした。


 片田は、ユーコの「荷物」という言葉に、何か裏があると直感した。ふざけた武器とか、またあのくだらないコスプレ道具か。想像するだけでげんなりした。でも、そんなこと考えてる暇はない。さっさと仕事に戻るか。そう自分に言い聞かせ、ノートPCの画面に顔を近づけた。



───────ニ時間後───────


「どーも、あ、あれ、ユーコさんいらっしゃいます?」


 公安四課の魚家は、いつもの軽妙な調子とは裏腹に、顔色が冴えない。片田は、その様子に何かを感じた。


「ユーコさんは外出中です」


 片田の言葉に、魚家の顔がさらに曇る。片田は、ノートPCの画面に視線を戻しながら、魚家の様子をちらりと見た。無口な彼女は、言葉よりも、その鋭い視線で周囲を捉えていた。魚家の暗い顔色を見た片田は、違和感を感じた。


「待たせてもらいます、灰皿いい?」


「はい、どうぞ」


 魚家は事務所の中を移動して、応接室のソファー横にある、棚の下段にある灰皿を取り出した。ソファーにゆっくり腰を落として、暗い表情で煙草に火を点けて煙を吐き出した。


「しんどそうですね、どうされたんですか?」


「はい、色々ありまして、ユーコさんいつ頃戻ります?」


「さあ、連絡しましょ…」


 片田がそう言いかけた時に、ガチャッと事務所のドアが開いてユーコが帰って来た。


幽合会うちは、いつから喫煙所になったの?」


 煙草を吸う魚家に嫌味を言うと、「疲れた…」と、デカい一人言を漏らしたユーコがソファーにどかっと腰を下ろした。暗い表情で煙を吐いている魚家に、ユーコが視線を合わせた。煙草をくゆらせ、憂鬱そうな魚家が、むくりと顔を上げ、ユーコを見やる。

大きくため息をつき、タバコの煙が、静かな部屋に渦巻く。ユーコは、その様子をじっと見つめていた。片田は、ノートPCの画面から顔を上げ、二人の様子を窺った。片田がキーボードを叩く無機質な音が響いた。この事務所には、いつも独特の空気が漂っている。


「メール見ていただけましたか?ユーコさん」


「勿論、この件、条件があるわ、その条件が通らないなら、この件に私達は関われない」


 吸いかけの煙草を、灰皿に捻じ込んだ魚家の視線が、ユーコの碧い視線とぶつかる。


「条件とは?さっき送られたメールの?」


「そうよ、拘束された銃対隊員3名の救出が最優先で、品内の逮捕又は、抵抗すれば始末する。しかもそれを今週中に、メサイアセンター内にいる品内を排除するならかなりの戦力がいるでしょ。クリーナーが四、五人で行っても大量の信徒達に捕まるか、られるだけ、内部の情報を持たずに突っ込んでも不可能ね」


 冷静な分析を披露するユーコを見て、魚家が口を開いた。


「おっしゃる通り、銃対隊員、約四十名が突入してほぼ全滅、三名の人質を来週月曜日に解放すると言ってきてますが、信用できない。殺害されるのが濃厚、だから、私も幾つか手は打ってます」


 暗い表情のまま視線をユーコから外し、新しい煙草に火を点けた魚家が、口を開こうとした時、


「ヤマネコでーす」


 ヤマネコ印の宅急便が事務所にやって来た。片田が事務所入り口に行き、伝票にサインして荷物を受け取った。


「ところでユーコさん、返信メールの銃火器は分かるんですけど、特殊車両ニ台て何なんですか、一体?」


「そのままよ、さっき知り合いの所で手配して来たわ、生身で突入したくないから」


「ええ!まだ了解してないんですけど?」


「いやーメール見てからずっと考えてたのよねー、これしかやるしかないの」


 ユーコはうんうんと頷き、煙草を燻らせる魚家の暗い表情を見ながら言った。全く話が見えてこないし通じない、魚家は頭を掻いて煙を吐き出した。


「作戦はあるの?」 


「はい、今週、木曜日の深夜から金曜日の未明にかけて、銃対じゅうたいが陸自から戦車を借りて百名以上で救出しようとしてるんで、そのどさくさに紛れてユーコさん達、掃除屋クリーナー部隊でメサイアセンター中央にある塔、最上階にある神の間に潜入して人質奪還、品内の逮捕又は撃破という作戦です」


「銃対に後ろから誤射されないでしょうね?」


 ユーコの刺す様な鋭い視線が魚家を捉えた。


「極秘作戦なんで、銃対より先に人質の確保と品内の逮捕、または撃破を遂行していただきたいんです」 


 重たい煙を吐きながら、魚家がユーコと視線を合わせて言った。


「なるほどね、ドサクサ作戦か」


 ふんふんと頷いたユーコが、ノートPCで作業中の片田に見積もり額を計算して印刷してくれと頼み、プリントアウトされた書類を魚家に渡した。


「分かりました、じゃあ頼みますユーコさん、片田さんも」


 すっと立ち上がった魚家が、二人の顔を見てから、頭を下げた。


「やけに今日は素直ね、いつもなら高い高いって、文句言うのにどうしたの魚家さん?」


 やけに謙虚な魚家を訝しんだユーコが聞いた。


「メサイアセンター前で同僚を失いまして、公私混同してはいけないんですが、この件は金じゃないんで」


 ユーコから受け取った見積もり書類を、上着のポケットにしまって、魚家が煙草を灰皿に捻じ込んで作った苦笑いが痛かった。 


「ベストは尽くすわ、決戦は金曜日ね」


 ニチャリと邪悪な笑みを浮かべたユーコが、右拳を魚家に向かって突き出して、くるっと拳を縦にしてから親指を立てた。



水曜日──────


 唖々噛對ああかむ商店街の地下にある、地下商店街にユーコと片田は訪れていた。


「この特殊部隊みたいな兵装、今日しないといけないんですか?」


「格好いいでしょ、このロゴが最高なの」


 丸に幽合会の幽の漢字が描かれた首元のロゴを指差して、ユーコがニカっと微笑んだ。

そうですかと、片田は小さく溜息した。


最高銃サイコウガンのままでも良かったのに」


「あれ、弾が精神エネルギーって言われましたけど無茶苦茶疲れるんですよ、三日間ぐらい体調最悪でしたから」


 チッと、片田に聞こえるぐらいの舌打ちをユーコがかました。片田はそんなユーコを真顔で無視する。そして、目的地の藤部とうべ商会に辿り着いた。


「こんにちわ、その節はありがとうございました、藤部さん」


 笑顔で片田が藤部に挨拶する。 


「ああ、片田さん直した左腕の調子はどうだい?」


「はい、違和感はないです」


「最高銃のままでも良かったんだがね」


 藤部の少し寂しそうな問いに片田は、ユーコが勝手に頼んだのではなく、藤部自身も私の左腕で遊んでいたのかと内心思ったが、作り笑いで藤部に黙礼した。


「藤部さん頼んでた物は?」


「勿論、ユーコさんは分かってますな」

 

 ニチャリと左側の口角だけを上げたユーコの笑顔は、どこか不自然で、片田の背筋を凍らせた。それに呼応するように、藤部の顔にも得体の知れない笑みが浮かぶ。その光景に、片田は悪寒を覚えた。


 三人で、藤部商会の隣にあるガレージシャッターへと足を運ぶ。ガラガラと大きな音を立てて開けられたシャッターの向こうは、薄暗い闇に包まれていた。


 「注文オーダーの多脚型思考戦車、コマコマくんです」


 片田は、薄暗いガレージに現れたその機械に、思わず目を丸くした。アリグモを模したそのデザインは、世界的に有名なあの機械マシンに形状が酷似した機体、二両がそこにあった。


「え、これ、タチ..」


 と、言いかけた片田の口をユーコがグッと手の掌で塞いだ。 


「コマコマくんよ」


 鋭い碧眼がそれ以上は言うなと、凄まじい圧力を片田にかけている。


「熱光学迷彩は使える?」


「勿論、性能はメールでユーコさんに送った通り、ほぼ完全です」


「最高ね、ありがとうございます!」


藤部ユーコと藤部は、まるで暗号を交わすかのように、不敵な笑みを浮かべながらガッチリ手を握り合った。二人は、公安への請求書と、何か意味深な書類を黙々と作り始めた。その間、片田は、二人の会話に耳を澄ませようとしたが、何を話しているのか、さっぱり理解できなかった。


「この関節構造、アクチュエーターに液圧式を採用してるの。これだけ自由な動きを実現するには、相当な計算量が必要でしょ」


 ユーコは、マニアとしての興味を抑えきれなかった。


「そうなんですよ。AIがリアルタイムで各関節の負荷を計算して、最適な動きを生成しているんです。」


藤部が得意げに説明する。


「AI?どんなアルゴリズムを使っての?」


「それは企業秘密です。」


 藤部は笑った。やがて、藤部は、コマコマくんと称する奇妙な機械の説明を始めた。コマコマくん……その名前を聞いた時、片田は、この事態がますます理解不能なものになった気がした。コマコマくんの腹部にあるコックピット。それは、まるでSF映画に出てくるような、異様な光景だった。ユーコと片田は、何の躊躇もなく、そのコックピットに乗り込んでいった。中は思ったよりも狭く、各所にスイッチやディスプレイがぎっしり並んでいた。


「電源を入れたらAIが起動して自動操縦モードになるから、まあ、細かい事はマニュアルを読んで下さい」


 藤部がコマコマの前に立ってコックピットのユーコ達に説明する。ユーコと片田がコックピットのスイッチを入れた。 「ウィィィィン」という静かな起動音が聴こえる。


「まいど!コマコマくんやで〜AIの起動確認。各システムのセルフチェック完了や。異常なしやで!」


 独特な関西弁でAIがアナウンスした。


「標準語モードに切り替えます」 そう呟いた片田は、コックピット内にあるマニュアルを速読し、迅速にワイドスクリーンのタッチパネルを押して、言語モード標準を選んだ。


「私は多脚型思考戦車のコマコマです、AIの起動確認。各システムのセルフチェック完了。異常なしです、片田さん」


「まいど、まいど〜コマコマくんやで〜コマコマって呼んでな〜ユーコはん」 


 ユーコと片田、お互いのワイドスクリーンの隅っこに現れた四角い小さな窓枠、所謂ワイプに、お互いのバストアップ映像が映し出されている。オンライン通信が可能だ。


 ユーコ達はコックピットから、藤部に挨拶すると、藤部商会を後にした。


「コマコマ、武器屋に向かうわよ」


「了解やで、ほな、行きまっせ〜」


ユーコが告げると、コマコマくんはゆっくりと動き出した。


「すご、この加速、慣性制御が完璧。まるで重力を感じない。」


 ユーコは、コマコマくんの滑らかな動きに感心する。


「液圧式のサスペンションと、AIによる姿勢制御のおかげです。」


 コマコマくんが答えた。


「ユーコさんは関西弁モードのままなんですか?」


「そうね、別に私は気にならないから」 


「せやせや、ええやーん」

 

 片田は、何とも言えないモヤモヤする気持ちを抱えながら、ユーコの乗るコマコマくんの後に続く。



「熱光学迷彩、完璧ですね。まるで空気みたい」片田は、コクピットの小さな窓から外を眺めていた。 


 ユーコが笑った。


「そうね。でも、このテクノロジー、実は原理がすごくシンプルなのよ。光を曲げて、あたかも物体がないように見せているだけ。でも、その『だけ』がすごいところなのよね。」


 へえ、そうなんだ。片田は、ユーコの言葉に感心した。


「そんなに気になる?この関西弁?」 


ユーコは、片田の顔をワイプ越しに覗き込んだ。


「はい。イントネーション、間、全部がカレーの天才、堺一馬くんに聞こえてしまうんです。あの、ミスター◯っ子の。」


 ユーコは、くすくすと笑い出した。


「まあ、それはご愛嬌ってところかな。でも、この世界では、標準語より方言の方が、かえってコミュニケーションが円滑にいくことが多いのよ。だって、方言には、その土地の文化や歴史が詰まっているでしょ?」


 なるほど。片田は、深く頷いた。


「着いたで〜ユーコはん」


 コマコマが、武器屋の前に滑り込んだ。外壁に溶け込むように、熱光学迷彩が解除される。 


「コマコマ達を頼むぞイシカワ」 


「片田です」


 ユーコは、通行人から奇異の目で見られるコマコマと特殊部隊兵装の片田を残して、コマコマから飛び降り、武器屋へと足を踏み入れた。錆びついた看板には、「武器屋」の文字が大きく書かれていた。


 店内には、無数の凶器が陳列され、それはまるで、人間の業の深さを物語るかのようだった。銃、刃物、そして、鉄球に鎖が絡み付いた、どこか異形の美しさすら感じさせるモーニングスター。骨董品から最新鋭のアサルトライフルまで、あらゆる殺戮の道具が、薄暗い照明の下で鈍く光を放っていた。


 レジカウンターの奥まった椅子に、男が一人座り、無表情にスマホの画面を凝視している。読めそうにない英字が踊る、どこか滑稽なキャップを深く被り、長髪をなびかせた小柄な男。ユーコは、その男に近づくにつれて、死の匂い、デスメタルを感じた。


 男は、店内の商品には一切目を向けず、ただ一点を見つめていた。ユーコは、そんな男の姿に、どこか哀愁を感じた。男の心には、どのような闇が潜んでいるのだろうか。ユーコの心は、高鳴る鼓動に導かれるまま、男へと近づいていった。しかし、その碧い瞳には、一抹の不安が宿っていた。そして、ユーコが問いかける。


「お前は電流爆破を観たいか?」


 男が立ち上がり、ユーコと視線を交わして睨み合いながら返答する。


「私は、闘強導夢とうきょうどうむで、チョーノ選手とオーニタ選手の、ノーロープ有刺鉄線電流爆破ゆうしてっせんでんりゅうばくはを観たいです」


「そうかぁ」


 と、吐き捨てたユーコが、男を思いきり右手で張り倒してさらに捲し立てる。


「お前の言葉はよーくぞ受け取った、それは、本心じゃな?」


 張り倒された男がすっと立ち上がり、ユーコの碧眼を見つめながら叫んだ。


「本心です」


 合言葉だったようだ。男は、淡々とスマホをポケットにしまい、店内を見回した。そして、何事もなかったかのように、レジカウンターの裏側にあるボタンを押した。その動作は、まるで、日常的な作業の一つであるかのように、冷静だった。シャッターが閉まり、店は外界から遮断された。男は、薄暗いバックヤードから、二つの黒いハードケースを持ち出した。その箱の中には、一体何が隠されているのだろうか。男は、それらをカウンターの上に置くと、不気味な笑みを浮かべた。


「苦労したよ、今回は入手困難でね」


 男は、得体の知れない笑みを浮かべながら、ユーコの全身を舐めまわすように見やった。


「さすがユーコさん分かってらっしゃる、まさかタチ…」


 男の言葉は、途絶え、彼の唇は、ユーコの白い手でふさがれた。


「コマコマよ、外で待たせてあるわ、後で見る?」


 男は、ユーコの碧い瞳に、深い闇を見つけた。そして、ゆっくりと、ハードケースのロックを解除した。


「注文通り、対変異体用にカスタムしたMセットとBセットだ」


 ハードケースの中には、二つの銃器が収められていた。一つは、最新の技術が詰め込まれた、丸みを帯びた魚を思わせるブルパップサブマシンガン、口径5.45mm×45レーザーサイト内蔵、カートキャッチャーと、グレネードランチャーが装着されている。洗練されたデザインのサブマシンガン。もう一つは、普通サイズのハンドガンと、デカいハンドガンがそれぞれ収納されていた。それらは、黒く、無機質な輝きを放っていた。


 「ああ、それとこれも」


 男は、重そうなツールボックスをカウンターに叩きつけ、不敵な笑みを浮かべた。ユーコは、男の目を見つめ、ウインクしてから静かに言った。


「ありがとう、いつも助かるわ、支払いはいつもと一緒で」


 ユーコの碧い瞳に映るのは、歓喜だ。男は、ユーコの言葉に、一瞬だけ躊躇したものの、すぐにカウンター裏のボタンを押した。シャッターが開き、外の光が店内を照らした。


 ユーコは、電話口で片田を呼び寄せ、密やかな取引の完了を告げた。二人は、重く、そして不気味な荷物を抱え、コマコマのもとへと急いだ。コマコマは、その荷物を貪欲に飲み込むように積み込み、出発の準備を整えた。その時、武器屋の男が、まるで影のように現れた。彼は、コマコマを見つめ、狂喜乱舞の表情を浮かべていた。男は、ユーコの耳元で何かを囁き、二人だけの秘密の笑みを交わした。


「あ、あの少佐、これからどちらへ?」


 男が少し緊張しながらユーコに聞いた。


「そうね、幽霊ゴーストがささやくままに..」


 片田が、何をやってるんだこの二人はと呆れた顔で、いそいそとコマコマくんのコックピットに乗り込んだ。


 続いてユーコが微笑を浮かべたまま、振り向かずに右手を軽く背後に振って、コマコマくんのコックピットに乗り込み、熱光学迷彩を起動した。片田とユーコが乗るコマコマくんが、男の視界から消えていく。


「ユーコぉぉぉぉぉぉ..」


 男は、突然敬礼をした。その動作は、不自然で、どこか機械的だった。ユーコたちの姿が消えた後も、彼はしばらくその姿勢を保ち、空虚な目で一点を見つめていた。



木曜日深夜──────


木曜日の深夜、ユーコと片田は、多脚型思考戦車メカ「コマコマくん」のコックピットに身を潜め、街路灯の光がかすむ夜道を疾走していた。目的地は、魚家からの指示を受けたメサイアセンター近くの集合地点だ。


「ユーコさん、現在地を確認できますか?」


 魚家の声が、コックピット内のワイドスクリーンパネルに表示された。


「現在地は、集合地点から約15キロメートルです」


「了解。集合地点で待機しています」


 コマコマくんの前面に設置された高解像度センサーが、刻々と変化する周囲の環境を捉え、そのデータをAIがリアルタイムで解析していた。この乗り物は、単なる移動手段ではなく、彼女らにとってのもう一つの感覚器官であった。


金曜日──────


 翌日、金曜日。集合地点では、魚家が周囲の状況を説明し始めた。そして、魚屋の説明を聞きながら、ハヤブサは黒装束の袖口をいじくりながら、呟いた。


「銃対が教会と撃ち合っている間に、我々クリーナー部隊で、メサイアセンター中央にある塔の最上階、神の間に潜入。人質を救出して正体不明の教祖、品内の排除」


 頭に白い包帯をぐるぐる巻きつけた門田が、黒塗りの有刺鉄線が巻かれたバットを両手で軽やかに回し、魚家の前でポーズを決めた。黒のスーツは、彼の異様なまでの白さを際立たせていた。


「クリーナー部隊て、俺と忍者のたった二人かい?」


「私達もいます」


 門田の問いに、暗闇から返答があった。


「は?どこや?誰やねん?」


 キョロキョロする門田の真横に光学迷彩を解いた片田が現れた。 


「えあ!?あんたユーコさんの所の」 


「片田です」


「四人ね、まあいけるんじゃない、私達はさしずめジョーカー抜きの自殺部隊スーサイドスクワッドね」 


 魚家の隣に光学迷彩を解いたユーコが現れた。


「正面からの突入は銃対に任せて、ユーコさん達はなんとか、その..」 


 魚家が、ユーコ達が乗って来たコマコマくんに視線を向けると、苦笑した。


「俺とこのニンジャはどうすんの?」


「門田さんとハヤブサくんには、メサイアセンター裏手にあるマンホールから、地下道を通って内部に潜入してもらいたい」


「まあ、しゃあないな人質が最上階におらんかったら、その品内とかいうイカれた教祖様と、一戦交えなあかんもんな」


 バットを地面にぐりぐり押しつけながら、門田が魚家に言った。ハヤブサが小さく頷く。

メサイアセンターを監視しているコマコマくんにユーコが問いかける。


「コマコマ、状況は?」


「ユーコはん、現在、メサイアセンターに異常はないで」


「ええッ!?そのロボ喋れるんスか?」


 門田が煙草に火を点けようとしたが止めて、ユーコの顔を見て言った。


「そうよ、思考型AIが搭載されているから」


門田は、不意を突かれたように目を瞠り(みは)、煙草に火を点けた。指先が震えるのが見えた。彼は煙を吐き出した。ふぅ、えらい簡単にごっつい事を言うもんやなと、彼は心の中で呟いた。だが、その瞳には、どこか歓喜が隠しきれていなかった。


「魚家さん、あなた大丈夫?顔色が悪いけど」  


「ええ、あんまり寝てなくて…」


 暗い表情の魚家を気遣って、ユーコが聞いた。


「それで、どのタイミングで仕掛けるの?」


「はい、銃対がもうすぐ…」


「ユーコはん!なんか戦車二両がメサイアセンター正面に向かって接近してまっせー!」


魚家からの報告をコマコマが遮る。片田とユーコは、その声に導かれるように、急ぎコックピットへと駆け込む。魚家は、ハヤブサと門田に正確な座標を伝達し、再確認を終えると、重々しい車に乗り込んだ。


「状況開始。」


 ユーコの宣言は、単なる開始合図ではなく、一つの系が起動したことを告げる。

月の光が、彼らの影を長く伸ばし、地面に刻み込む。この瞬間、彼らは、意図せず大きな事件の歯車の一片となった。



 カタピラの鈍重なリズムが、まるで心臓の鼓動のように重く響き渡る。二両の戦車は、メサイアセンターの正面玄関へと、ゆっくりと、そして確実に迫っていた。その背後には、赤外線ゴーグルのレンズが不気味に光る銃対隊員達が、まるで影のように連なる。装甲車は、不気味な静けさの中に、鋼鉄で作られた象のように潜んでいる。夜空には、無数のドローンの目が光を放ち、メサイアセンターを見下ろしていた。 


「ドーン!」


 大地が震動するような轟音が、静寂を打ち破る。戦車の主砲から放たれた閃光が、夜空を一瞬だけ照らし出す。それは、まるで殺された銃対隊員達への弔いの祈りが放った雷鳴のようだった。メサイアセンターは、その攻撃に耐え切れずに、悲鳴を上げる。ガラスが砕け散り、壁が崩れ落ちる。無数の銃弾が、まるで雨のように降り注ぎ、漂う空気を振動させる。それは、まるで地獄絵図のようだった。


「銃対の連中、人質救出する気あるの?これじゃまるで、戦争ね」


「ユーコさんどうしますか?」


 コマコマの足回りは、まるで蜘蛛が這い回るように、戦場を這い回る。操縦席は、まるでゲームセンターの筐体みたいだ、とユーコは出撃前に冗談で言ったものだが、今の状況は笑えない。ワイドスクリーンには、派手な花火のような弾痕が広がる。


「そうね、正面は見ての通り、銃対の戦車砲に誤射されたくないから、私達は側面から行く」


「了解」


 コマコマは、機体表面の屈折率を周囲の空気と一致させることで可視光線を散乱させ、まるで姿を消したように見せていた。この熱光学迷彩は、高度な計算と精密な制御を必要とする。ユーコたちは、コマコマに搭載された高出力エンジンが轟音を立てて稼働するのを感じながら、メサイアセンターの左側面へと滑るように移動した。


 メサイアセンターの窓から、物騒なジェット噴射音が響いた。それは、小型ロケット弾であり、戦車付近に直撃すると、まるで打ち上げ花火のように鮮やかな茜色に染まった。爆発の衝撃波がコマコマを揺さぶり、ユーコたちは一瞬、視界を失った。 


「救世魔神教会って、本当に宗教なの?」


 ユーコが眉間に皺を寄せて呟いた。


「救世魔神教会。カルト宗教特有の排他的な思想と、洗脳に近い勧誘方法が特徴的やな。科学的な根拠のない教義を絶対視し、異端者を容赦なく排除する。まさに現代の宗教問題の象徴っちゅうやつやな。」


 コマコマが、ユーコの疑問に冷静に答える。その間にも、高性能モーターが唸り声を上げ、ワイヤーアンカーはメサイアセンターの壁面を確実に捉えていた。


「ユーコはん、それじゃあ行きまっせー」


コマコマの言葉に、ユーコは静かに頷いた。

ユーコの広角がニチャリと上がり、邪悪に顔を歪めた。


 時を同じくして、メサイアセンター正面では、激しい銃撃戦が繰り広げられていた。救世魔神教会の信者は、洗脳によって狂信的なまでに忠誠を誓っており、自らの命をも惜しまずに戦っていた。


地下道──────


「せんまいし、臭っ、最悪やのう、終わっとる」


「静かにしろ、山田」


「門田や!誰がドカベンじゃボケ、バット持っとるだけや共通点」


ハヤブサと門田は、生臭い空気を吸い込みながら、重く蓋されたマンホールへと足を踏み入れた。仄暗い光が射し込む地下道。湿った壁面を伝う水滴の音だけが響き、二人は静かにその奥へと進んでいく。


「これメサイアセンターのどこに繋がってんねん?二人でいきなし敵のど真ん中に出たら終わりやんけ」


「その時は全力で戦うだけだ、岡田」 


「門田や!そらタイガースファンやけど、別に野球好きちゃうし、ってか古ない?例え?え?ニンジャのオッさん」


「少し黙れ..」


 そっちがボケてきたのをツッコミ入れただけやのに腹立つ、味方やなかったらバットでどつきまわすぞと思いながら、門田は、ハヤブサの背後を着いて行く。


 頭上に、かすかな光線が見える。それは、建物内部から漏れる灯り。ハヤブサは、息を潜めてその光源を仰ぎ見た。


「戦闘配置に急げ、不信心な輩達を排除せよ」


 武装した信徒達が、慌ただしく建物内を移動する足音が聞こえる。


「で、どうすんねん?」


 門田の唇がわずかに動き、囁き声が漏れる。ハヤブサは、その声に鋭く反応し、門田を睨みつけた。二人の間には、張り詰めた空気が漂う。やがて、足音が遠ざかり、ハヤブサは、排水溝の蓋に手をかけた。冷たく湿った金属に触れ、彼はゆっくりと蓋を押し上げた。


「大丈夫だ、参るぞ」


 そう言って、ハヤブサがすっと室内に侵入した。


「マジか、ニンジャのオッさん」


 そう呟いて、門田もなんとか排水溝から這い上がって室内に入った。凄まじい銃撃音の中、二人は周囲を警戒しながら進む。遭遇した数人の信徒達をハヤブサが、迅速に背後から音を立てないように気配を殺して近づき、首を忍刀で掻き切っていく。


 その光景を見た門田は、めちゃめちゃ強いやんこのオッさん、ヤバッと、少しビビりながら後を着いていく。二人でなんとか外に銃をぶっ放している信徒達に気づかれずにくまなく捜索したが、人質の姿はなかった。


 そして、二人は建物中央にある塔の階段を、最上階を目指して登って行った。


メサイアセンター中央塔外壁──────


 コマコマは、細いワイヤーを建物に射出し、まるでクモが壁をよじ登るようにメサイアセンターの高層ビルを駆け上がっていた。ビル正面では、信者たちが銃を乱射し、激しい銃撃戦が繰り広げられている。魚家から通信が入った。


「ユーコさん、ハヤブサから連絡が入った。人質は、中央塔の最上階にいるらしい」


「今登ってる。コマコマ、急いで屋上まで連れて行って」


 コマコマは、ワイヤーを巻き取り、次の目標へと飛び移った。そのとき、地響きとともにニ発の砲弾がビルに直撃した。コマコマが大きく揺れ、ユーコと片田は体勢を崩しかけた。


「時間がないわ! コマコマ、最速で屋上まで!」


「ほな行きまっせ!」


 コマコマは、ワイヤーアンカーを壁から引き抜き、まるでバッタが跳躍するように空中に舞い上がった。中央塔の屋上へ着地する際、ユーコと片田は、コックピットから無重力空間へ飛び出すような感覚で射出された。彼女らは、完璧なシンクロ率で美しい弧を描き、身体を高速回転させながら、静かに屋上に着地した。


「バトー、光学迷彩を使うわよ」


「片田です」


 真顔の片田は、サブマシンガンを片手に、息を凝らして周囲を警戒する。視界に映るあらゆる情報を解析し、最適なカモフラージュパターンを生成。一瞬にして、彼女は光学迷彩で周囲の壁と同化し、影の中に溶け込んでいった。ユーコも同様の手順を踏むと、二人はまるで幽霊のように、静かに非常階段へと足を運ぶ。軋む扉の音を最小限に抑え、二人は息を潜めて中央塔へと足を踏み入れた。


中央塔最上階、神の間──────


「くそっ!戦車だとっ!」


 重厚な玉座から、品内浄が猛然と立ち上がった。白い袈裟が翻り、長髪が乱れる。救世の文字が刻まれたフェイスベールの下から、怒りの形相が浮かび上がる。


「品内様! 中央塔に侵入者が!」


 信徒の声は震えていた。品内浄は、冷酷な笑みを浮かべ、


「ふん、よかろう、我が息子達よ、その侵入者達を救うがいい、穢れた侵入者達を、神の力を、見せてやるがいいふむ」


 と告げる。すると、部屋の奥から、二体の怪物が現れた。一人は、巨体の大斧使い。もう一人は、背中に黒翼を生やし、大鎌を振り回す小柄な信徒。二人は、まるで地獄から這い出てきた悪鬼のように、塔階段へと消えていった。品内浄は、高笑いをしながら呟く。


「このメサイアセンターで、お前たちは神への冒涜を償うことになるだろう。」

   

 そして、品内は、重厚な玉座に腰を下ろそうとした瞬間、耳をつんざく銃声が、神の間に響き渡った。金属を叩きつけるような乾いた音、そして弾丸が肉体を切り裂くような高音が炸裂する。ユーコは、冷徹な眼差しで品内の後頭部を狙い、引き金を引いた。品内は本能的に身をかわし、床に伏せた。その隙をついて、片田は床に跪き、憔悴しきった人質三名の背後にいる信徒たちを次々と射殺。正確無比な射撃は、一瞬にして敵を消し去った。そして再び、ユーコの冷徹な視線が品内を追う。


「ぐうぅぅ、何だこれは?だ、だだ、誰だ?」


 ユーコに撃たれた品内の白い袈裟が、紅く血に染まっている。そして、血反吐を吐いた品内が床に倒れた。


「人質を屋上へ、急いで」


 ユーコの叫びに呼応して、片田が人質達を非常階段の方へ強引に引っ張って誘導する。


「あんたが、品内浄ね。」


ユーコは、光学迷彩を解いて姿を現すと、冷徹な眼差しで品内を見下ろした。床に倒れた品内に銃口を向けたまま、少しづつ品内との距離を詰めて行く。その時だった。


「ぐわああああ!」


床に伏していたはずの品内が、突然、身を起こして跳ね上がった。白い袈裟の両袖の中から、二丁の銃口が姿を現し、閃光とともに弾丸が飛び出す。ユーコは、咄嗟に身をかわし、壁際に身を潜めた。


「何っ!?」


 ユーコは、信じられないという表情で品内を見つめる。品内の袈裟は、無数の銃弾によってぼろぼろになり、赤い血が染み出ていた。品内は、邪悪な笑みを浮かべながら、ユーコに向かって銃を乱射し続ける。部屋の中は、銃声と粉塵が舞い上がり、戦場と化した。


「お前は、だ、誰だ?」


「あんた何で、まだ生きてるの?ヤバい薬でもやってんの?」


「薬だと、無礼な、侵入者の分際で…」


 ユーコは、側転から低い姿勢で品内の銃撃を避ける。二人は致命傷はないものの、お互いに被弾しながら至近距離で撃ち合った。


「貴様、傷口が塞がっていくだと」


「あんたも普通なら、とっくに死んでるはず!?」


 空の薬莢が散乱する床の上、二人は銃口をお互いに向け合ったまま、その場から動かなくなった。


中央塔、階段──────


 螺旋階段を駆け上がる足音だけが響き渡る。その先に現れたのは、大斧を構えた怪物のような巨躯の信徒だった。信徒は、唸り声を上げながら大斧を振り下ろす。ハヤブサは、間一髪のところで大斧の一撃を避けると、腰に下げた忍刀を抜き放ち、信徒の腕に切りつけた。しかし、刀は信徒の肉体を切り裂くどころか、かすり傷一つ、つけることすらできなかった。


「お前達が侵入者だな、排除する」


 そう言うと、巨躯の信徒が、ハヤブサ目掛けて再び大斧を振りかぶる。


「デカッ、デカすぎるやろ、人間ちゃうやんけコイツ」


 振り下ろされる大斧をハヤブサが避ける。それを後方から見ていた門田が、背後から歪な気配を感じて振り返った瞬間、暗闇が割れた。鋭い金属音が響き、巨大な大鎌が門田の首を狙い、すれ違った風圧が髪を乱す。


「あっぶな、まだおるんかい!こいつらの狙いは挟み撃ちや!ニンジャのオっさん!」


 階段の上から降り注ぐ大斧の雨。下から迫る大鎌の弧。絶体絶命のピンチに、二人は初めて、いや、本能的に息を合わせた。


「ニンジャのオッさん、そのデカいのあんたに任すで、このキショい奴は俺がる」


「承知」


 間一髪、大鎌の刃は門田の鼻先に届き、コンクリートの壁を削り取った。危機一髪のところで、門田は身をかがめ、階段を駆け下りる。黒翼を翻し、大鎌を構えた小柄な信徒が、門田を追って空中を浮遊しながら不気味に笑う。


ハヤブサ──────


「私は救世魔神教会の斧田 (おのだ)、貴様は誰だ?名を名乗れ」


「外道に名乗る名など、無い」


 ハヤブサの身体が斧田を通り越すように跳ね上がり、すれ違い様に忍刀で斬りつけた。


「愚かな不信心者め」


 斧田は、ハヤブサの斬撃を喰らっても微動だにせず、着地したハヤブサを大斧で薙ぎ払う。


「ぐう、化け物め」


 大斧がハヤブサの身体を上方の階段に叩きつける。ハヤブサは、まるで鉄球にでも打たれたかのように吹き飛ばされ、呻き声を上げる。しかし、その一瞬の隙を逃さず、ハヤブサは体を回転させ、忍刀を斧田の顔面目掛けて投げつけた。


「救済だぁぁぁぁぁぁ!」


 斧田は、顔面に忍刀が突き刺さった痛みも感じないのか、狂気じみた笑みを浮かべながら絶叫した、そして、巨大な斧を振り下ろす。ハヤブサは、間一髪のところで斧田の股の間をすり抜け、階段を転げ落ちる。


「外道、滅殺」


 大斧は階段にめり込み、斧田はそれを引き抜こうと格闘していた。その隙を突いたハヤブサは、斧田の背後に忍び寄り、身体をくの字に折り曲げた。至近距離。変形させた四肢の砲口を、斧田の背中に突きつけた。


「ドーーーーーン」


 高熱を伴う爆音が響き渡る。プラズマ放電による急激な加熱と膨張が、斧田の体を吹き飛ばした。転がり落ちる頭部から、救世の文字が書かれた白い頭巾が剥がれ落ちる。むき出しになった顔面は、悍ましい憤怒の形相をしていた。赤い複眼、陥没した鼻、大きく開いた口から覗く鋭い牙。変異体の特徴が如実に現れていた。


 ハヤブサは確認のため、再び変形した腕を構え、斧田の顔面にプラズマを照射した。


「南無三..」


 赤い光に包まれた斧田の顔面は、瞬時に炭化し、肉が焦げる悪臭を漂わせた後、消失した。


門田──────


「クソが、すばしっこいの」


 ハヤブサからだいぶ離れた下方の階段上。門田は、空中から振り下ろされる大鎌の攻撃を、有刺鉄線を巻いたバットでなんとか防いでいた。


「ケケケケ、私は救世魔神教会の飛田 (とびた)。お前を救済する」


「飛田か、そのまんまやないか、俺は凶商の、門田や!」


 大鎌の鋭い斬撃がバットを何度も叩きつける。金属と金属が擦り合う乾いた音が響き渡り、門田の腕は震え始めた。  


「こら、ヤバいな」


 ついにバットが手から滑り落ち、階下に消えた。残ったのは、素手の門田と、不気味な笑みを浮かべる飛田。


「ケエエエエエ」


 飛田は、この隙を逃さずに距離を詰め、振り上げた大鎌を門田へと叩きつけようとした。


「アホが」


 その時、門田の右腕がブラスターガンに変形し、そこから青い閃光が迸った。レーザーのような光線が飛田を何度も貫いた。


「ケ、ケェ..」


 飛田の断末魔が小さく聴こえてから、全身が黒く細切れになった飛田の身体が空中に霧散し、階下に落下していった。


「誰がバット一本でこんな所に乗り込むねん、アホが」


 ん?と門田が階下に目をやると煙と仄かに赤い炎が見えた。


「やってもうたー、バットに仕込んどる爆薬、下で爆発したんか。こらあかん火事や!燃えとるぞ!おーい!ニンジャのオッさん!えらいっこっちゃ!」


 門田は、ハヤブサのいる上階へ階段を駆け上がって行った。


中央塔最上階、神の間──────


「あんたも再生者リジェネレーターなの?」


再生者リジェネレーター?違うな、そんな者ではない、私は神だ、だから不死身」


 ユーコと品内は、互いに銃口を向け合い、息を呑んでいた。片田と人質が去ってから、一体どれほどの時間が経過したのだろうか。ユーコは、静寂に包まれた室内で、品内の動きを目で追った。汗が彼女の頬を伝い、床に落ちるその瞬間、時が静止した。Δ


「困るなー、これ以上は」


 静止した時間の中を、カツカツと革靴の音が響き渡る。長いダークブラウンの髪に翠色の眼をした、小柄な若い女性がゆっくりと近づいてきた。黒いスーツに身を包み、手にナイフを握りしめている。


「ユーコさんには悪いけど、品内は私達の獲物ですから。って、聞こえないか..フフ」


 女は、品内の前に立つと、迷いなくその手に握られたナイフを振り下ろした。皮膚を裂き、肉を断ち、骨を砕く鈍い音が、静寂に包まれた空間に響き渡る。躊躇など微塵もない、無慈悲な手つきで胸郭が切り開かれ、見るも無残な内部が露わになった。


 しかし、女の翠色に輝く瞳は、その凄惨な光景に一切の動揺を見せない。ただ一点、露になった胸の奥底に、まるで闇夜に燃える残火のように輝く濃い赤色の石を見つめていた。その色は、血液を幾重にも濃縮したかのようでありながら、どこか宇宙の深淵を思わせる神秘性を帯びている。女は、凍える指先でその石に触れると、まるで壊れ物を扱うかのように慎重に、ゆっくりと体内から引き抜いた。


 光を帯びて脈打つそれは、まごうことなきアンプリチューヘドロン石。生命の根源たる幾何学を宿し、あらゆる存在の再生を司るという、禁断の秘宝だった。その輝きは、女の蒼白い顔を赤く染め上げ、彼女の瞳の奥に宿る狂気にも似た決意を、静かに照らし出していた。


「あ、あった。これこれ、探してたんですよ、ずいぶんメサイアセンター内を探したけれど、全く見つからなくて。まさか、品内自身の体内に埋め込んで使ってたとわねぇ..」


 女は石をポケットにしまい、口角をくいと上げてからユーコの方へと視線を向けた。


「私なら再生者リジェネレーターも殺せるのになぁ。まぁ、機会があればいずれまた何処かで、ね..」


 そう言って、女はユーコを嘲笑うようにケタケタと笑った。そして、ゆっくりとその場から姿を消した。


 静止した時間が動き出す。ユーコの頬を伝った汗が、床に落ちる音が響き渡る。その瞬間、ユーコの指が引き金を引いた。サブマシンガンの銃声が、静寂を打ち破る。


 銃を構えたままの品内の身体が痙攣した。胸部から大量の黒血が噴出し、真っ黒くなった身体が灰のように崩れ落ちていく。ユーコは、その光景を冷静に観察した。品内を仕留めた、それは確かだ。


 しかし、なぜ今、品内の身体は再生しないのか?ユーコは、その違和感を拭い切れなかった。品内は再生するはずだ。何かがおかしい。ユーコは周囲を警戒しながら、その原因を探し始めた。 


「ユーコ殿!ご無事で!」


「はぁ、はぁユーコさん、品内やったんすね、そんな事より火事や、下から火が上がってきよる、早よ出んと焼き鳥になってまうで」


 ハヤブサと息をきらせた門田が、神の間に雪崩れ込んできた。


「ユーコ殿、魚家殿から連絡が来まして、迎えのヘリが屋上に向かってます」


「え、ええ、人質は屋上で片田が保護しているはずよ」


 背後から迫るような感覚に、ユーコは思わず足を止めかけた。ハヤブサと門田に促され、彼女は非常階段を駆け上がった。屋上に出ると、視界が開けたはずなのに、息苦しさを感じた。ユーコの心の奥底に、不吉な予感が芽生えた。


中央搭屋上──────


「こっちです。大丈夫、助かりますよ。」


 片田は、人質の銃対隊員たちを連れて、非常階段の扉前に辿り着いた。軋む音を立てながら、扉を少しだけ開け、屋上の様子を伺う。背中に黒翼が生えた信徒が三人、不気味なシルエットを浮かべていた。手には、違法改造されたマシンガンが光を反射し、鈍い輝きを放っている。


「ここに隠れていてください。」


片田は、そう告げると、光学迷彩を発動させた。隊員たちの視界から、彼女の姿は消え去り、静寂が戻った。片田は息を潜め、慎重に状況を判断していた。


「ん?」


「どうした?」


「いや、今、何か音がしたような?」


 三人の信徒たちが、警戒しながら周囲を見回す。暗い屋上で、彼らの影がゆらめく。

突然、「ダダダダダダダダ」と乾いた銃声が響き渡り、空気が震えた。黒血の飛沫が飛び散る中、片田が身を隠していた場所から現れ、素早く信徒たちを射殺した。撃たれた信徒たちは、絶叫もままならないまま、バタバタと地面に倒れ、静まり返る。


「片田さんお待ちしておりました」


「待っとたでー、ユーコはんわ?」


 コマコマ達が、光学迷彩を解除し、片田に近づいた。


「私は大丈夫。ユーコさんは下で品内を…」


片田の言葉が途切れる。


「上よ!」


 非常階段から、ユーコの叫び声が夜空に響いた。片田達の頭上には、十名以上の信徒達が、黒翼を広げ、浮遊していた。


「コマコマ、薙ぎ払え!」


 ユーコの命令に反応し、コマコマたちが、空中の信者たちに向けて、カスタムされたレールガンを発射する。


「数が多すぎる」


 信徒達は、まるで鴉のように急降下し、コマコマ達と片田に銃弾の雨を浴びせた。同時に、袈裟袖から、スリーブナイフを突き出した。


「危ない片田さん!ゴゴギ」


「あかんやん!ガギギギ」


 二両のコマコマが、片田を庇い、銃弾とスリーブナイフを受け止めた。彼らの外装は、たちまち焦げ付き、破損した。


「モ、ウ、ア、、ン、」


「カ、ツ、、ウ、、ヲ、、、マ、ス」


「コマコマ…!」


 片田は、機能を停止したコマコマ達の残骸を横目に、地面に叩きつけたサブマシンガンを睨みつけた。左腕のメカニカルアームに、残ったエネルギーが脈打つ。


「ヤバい離れて!」


 ユーコの叫び声が、轟音に掻き消されそうになる。片田は、視界いっぱいの信徒たちを睨みつけ、左腕を構えた。メカニカルアームは、まるで生き物のように変形し、レールキャノン砲へと姿を変えた。威力を最大出力に設定し、過熱が迫る中、放った。


「バーーーーーーーン!」


 閃光が夜空を茜色に染め、爆風が吹き荒れる。高出力レーザーは、信徒達を一点に集束し、凄まじい熱量で蒸発させた。残骸は、燃え盛る炎と共に空高く舞い上がり、空から信徒達の僅かな肉片と黒い雨が、屋上に降り注いだ。片田の左肩から腕部分の服が熱で溶け、メカニカルアームが露わになり、腕全体から硝煙が上がっていた。


「あんた、加減を知らないわけ?」


 ユーコが片田の側に寄って来た。


「なんか、前と違いませんこれ?」


「あ、言ってなかったか、藤部さんに最高銃並にパワーアップしてもらったの」


「もう!勝手に強化しないで下さい!」


「まあ、良かったじゃない、全て上手くいったから」


 片田が、ユーコの不気味な笑みを睨みつける間にも、夜空は公安四課の輸送ヘリの轟音に包まれた。ハヤブサと門田が、ヘリに向かって手を振る。


 中央搭屋上に着陸したヘリのハッチが開くと、魚家が出て来た。ユーコは、壊れたコマコマくん二両の回収を魚家に半ば強要し、憔悴し、生気の無い顔の人質達を先頭に一緒にヘリに乗り込んだ。


 ヘリから見下ろすメサイアセンターは、まるで巨大な焚き火のように黒煙を上げて燃え盛っていた。銃対隊員や戦車が、負傷者を運び出し、戦場から引き上げていく。その光景が、ユーコの青い瞳に焼き付けられた。


「任務完了か…」


 ユーコは、そう呟きながら、どこか釈然としない気持ちを抱いていた。



日曜日──────


 神解空港ロビーは、まるで蟻が這い回っているようだ。人々が行き交い、雑音がひしめき合う。その中に、ひと際ひっそりと佇む少女がいた。ダークブラウンの髪は肩まで届き、翠色の瞳はどこか物憂げ。黒いスーツは、彼女の若さを際立たせている。


「探したー、久しぶり清子ちゃん。」


甘い声が、女の背後から響いた。ハッとして振り向いた彼女の瞳が、見開かれる。


「嘘…なんで?ユーコさん?」


声の主は、優しげな笑みを浮かべていた。清子は、動揺を隠せない。ソファから立ち上がり、戸惑いの表情でユーコを見つめる。


「ど、どうしてここに…?」


震える声で、清子は何故ユーコがここにいるのかを問いかけた。


「ああ、そうね、私の幽霊ゴーストが囁いたの」


 ユーコは、そう告げながら、不敵な笑みを浮かべた。その笑みは、まるで深い闇から這い出てきた蛇のようだった。清子は、理解に苦しみ、言葉を失った。


「あんた、やってくれるじゃない。Ⅵ《シックス》なんでしょ?」 


ユーコの視線は、まるでレーザー光線のように清子の心を射抜く。その鋭い視線に、清子は思わず身震いした。


「ど、どうしてそれを?誰から聞いたんですか?」


 清子は、動揺を隠せない。しかし、ユーコはそんな清子の動揺を嘲笑うように、


「まあ、それはいいじゃない、品内を殺ったの、あんたでしょ?」


 と、平然と告げた。その言葉は、静かな空間を切り裂き、鋭く響き渡った。


「どうしてそう思うんですか?」


 清子は、必死に反論しようとするが、言葉が出てこない。


「まあ、女の感ってやつかな」


 ユーコは、そう言って肩をすくめた。その言葉は、まるで嘲笑のようだった。


「なら、違いますよ、品内達から逃げるのを、ユーコさん達に助けてもらったじゃないですか?」


 清子は、必死に言い訳をする。しかし、ユーコはそんな清子の言葉を鼻で笑った。


「助けてください〜って、騙されたわ。ヘッドギアに、目に黒いカラコン入れて。静止した世界の、悲劇のヒロイン」


 ユーコの言葉は、まるで氷のように冷たく、清子の心を刺し貫いた。二人は、互いの視線を交わし、静かに睨み合う。その空気は、張り詰めた糸が切れる寸前のように、不安定だった。そして、時が止まった。Δ


「あ〜めんどくさ、殺すぞクソババア」


 その声は、静止した空港内に響いた。先刻まで少女のように振る舞っていたはずの清子の顔は、見る影もなく豹変していた。眉間に深々と刻まれた皺、ぎゅっと結ばれた唇。マネキンのように硬直したユーコを、彼女は鋭い眼光で睨みつけた。


「まあ今回、私の任務をお手伝いをしてくれたから見逃してやるわ、オ、バ、サ、ン」


 吐き捨てるようにそう告げると、清子は周囲の風景を固定したまま、悠然と歩き出した。


「ん?」


 不意に振り向いた清子の視線と、ユーコの碧い瞳が交錯する。一瞬、時間の流れが歪んだような気がした。清子は閃いたと、翠色の瞳を輝かせ、笑いを押し殺しながらユーコの身体をゴソゴソまさぐった。満足げに笑みを浮かべると、彼女はユーコの視界からゆっくりと消えていった。次の瞬間、静止した時が動きだした。


「あんたが……え?」


 途切れた言葉、はっとしたユーコが周りを見渡す。目の前にいた筈の清子がいない。空港内は、相変わらず人々が行き交い、いつもの活気を取り戻していた。


「また、やられたか」


 そう呟き、ユーコは静かに空港の外で待つ片田の所へ向かった。


「で、どうだったんですか?」


 車内のルームミラー越しに、片田がユーコに聞いた。


「限りなく黒に近いグレーかな」


「そうですか」


 ムスッと頬を膨らまして、不貞腐れながらスマホをいじるユーコ。片田がルームミラー越しにその姿を一瞥すると、クスッと微笑した。


「テテテン、テン、テン、テテテー……」


 車内に懐かしいケミカルなサウンドが充満する。


「ほんとユーコさんTM好きですね」


「ふー ふふん ふ、ふー..ふふふふ、ふんふふふ…………」


 ハンドルを握る片田が、小さく溜息を漏らした。ユーコは、後部座席で鼻歌を歌いながら流れる車窓を見ている。


「ん?えッ!何これ?」


 ユーコは、上着のポケットから、一枚のくしゃくしゃにされた千円札を恐る恐る取り出した。薄汚れた紙幣の裏側には、赤色のマジックインクで歪んだ文字が踊っていた。

「クソババア」その稚拙な文字が、ユーコの視界に飛び込んできた。


 怒りがこみ上げてくる。全身の血が沸騰しそうな気がした。この侮辱、この仕打ち。いったい、清子は何を企んでいるのか。ユーコは、窓ガラスに映る自分の顔をじっと見つめた。


「チッ、あのクソガキ…」


 震える声で呟き、ユーコは窓を開けた。外の風景は、夕焼けに染まり、どこか不穏な雰囲気を漂わせていた。そして、深呼吸をして、その千円札を力いっぱい握りつぶす。まるで、清子への憎しみを込めるように。


 しかし、憎しみだけでは、この事態を解決できないことを、ユーコは本能的に理解していた。この出来事は、単なる悪戯の域を超えている。何か、もっと深い陰謀が隠されているのではないだろうか。そんな不安が、ユーコの心を蝕んでいく。


 そして、深いため息をつきながら、ユーコは千円札を窓の外へと投げ捨てた。風に舞われた紙幣は、まるで蝶のようにひらひらと舞い、やがて視界から消えていった。



────────

See you in the next hell…

挿絵(By みてみん)

解説 変異体情報局 (VI) は、通称シックス

「Variation Information」の略で生物変異体の理解を深め、その潜在的な利点とリスクを評価するために重要な役割を果たしている某超大国の諜報機関である。 


合言葉解説 チョーノとは、黒のカリスマ。


大晦日にビンタする人で有名。


某新日本プロレスの闘魂三銃士の一人で嫁はドイツ人。


必殺技はケンカキックからのS.T.F。


オーニタとは、引退と復活を繰り返しす涙のカリスマ。


邪道オーニタが某新日本プロレスに単身乗り込み、

繰り広げた邪道オーニタ劇場は、今もなお語り継がれる。


某超有名動画サイトで邪道大仁田で検索してみて下さい。


挿絵(By みてみん)


今回のED曲は、TMNのBEYOND THE TIME です。

是非読み終えたら聴いてみて下さい。

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