EPISODE Ⅲ ALL YOU NEED IS DREAM
I
午前零時の交差点、霧雨が降る夜。
ユーコと片田は、四宮で仕事を片付けてから、唖々噛對にある幽合会事務所に向かっていた。
「楽勝だったわ、毎回こんな仕事なら最高なんだけど」
後席シートの助手席側に座って、雨粒で視界がボヤけた車窓を眺めながら、ユーコが呟いた。
「まあ、公安の依頼に比べれば楽でしたね」
そりゃあ、チャイニーズマフィアグループとスプ◯ガンの真似をしながら、ドンパチやり合うのとは、訳が違うと内心思いながら、片田がハンドルを握ったまま答える。
「公安がね、あんたのJJMセットは妥当な値段だけど、私のOYセットの値段が高過ぎるって、ぐちぐち言ってきたから、依頼は完了しましたって、ツッパねたら、最近連絡して来なくなったわ」
ユーコは、ケタケタと、けだるい笑いを漏らした。金髪の髪を乱しながら、片田の顔に、月明かりをたたえたアイスブルーの瞳を据えた。
「痛快だろう?」
と、その声は、どこか冷やかで、かつ、邪悪な響きを持っていた。
四宮の廃墟と化したラブホテル。その薄暗い廊下に足を踏み入れると、ユーコは、かつての華やかさを失った空間の中に、異様な静寂を感じ取った。彼らは、この場所を買い取ったオーナーの依頼で、ここに棲みつくという噂のある変異体を調査するため、ここに立っていた。
間もなく、その噂は現実のものとなる。薄暗い部屋の奥から、けたたましい笑い声が響き渡り、一人の男が現れた。彼は、もはや人間の形を保っておらず、異形の姿へと変貌していた。ユーコたちは、彼との対話を試みたが、男は、まるで待ち構えていたかのように、鋭い爪をむき出しにして襲いかかってきた。
しかし、彼らの準備は万端であった。一瞬の躊躇もなく、彼らは男を圧倒し、退治した。任務を終え、オーナーのもとへ戻ったユーコは、淡々と事件の顛末を報告した。その表情は、まるで何事もなかったかのように冷静であった。オーナーは、ユーコ達の余りの手際の良さに、ある種の恐怖を覚えた。
「ええ?こんな夜中に?」
霧雨の中、歩道を歩く白いヘッドギアの様な物を頭部につけ、上下灰色の入院患者が着る病衣を纏った十代前半ぐらいの少女が、ユーコの視界に飛び込んで来た。
Ⅱ
霧雨の中、ユーコ達は歩道を歩く奇妙な少女を横目に、そのまま車を走らせる。
「怖っ、お化けだったりして?」
ふざけながらユーコが言った。
「まさか?家出とかですかね?」
ルームミラーでユーコを見ながら片田が答えたその時、Δ
「ええええ、ユ、ユーコさん、と、隣、」
「は?あんた心霊スポット帰りだからって、私をビビらせようっていうの?」
と、少し語気を荒げユーコがプイっと右側に目をやると、さっき見かけた、ヘッドギアを頭部にした少女が座っている。
「あっ…」
ユーコは、息を呑んで叫びたい衝動を何とか抑え込んだ。濡れた灰色の病衣を纏った少女を凝視しながら、ユーコが恐る恐る話しかけた。
「え、ええと、あなた、どうしてここにいるの?」
「お姉ちゃん達にお願いがあるの」
「いや、えと、そのね、」
状況が全く整理出来ずに混乱するユーコに、ヘッドギアの少女が尋ねた。
片田は、車のハザードボタンを押して、ゆっくり速度を落とし、ターンシグナルスイッチを操作しながら車を左に寄せて停車させた。
「ちょっと、その、まずどうやって車に乗り込んだの?」
「テレポーテーションの事?止まった時間の世界を、私だけが動くような感じかな」
は?何を言ってるんだ、この少女はとにかくまともじゃない。ユーコはエスパーかなと困惑している。
「そう、エスパーっていうの?」
少女がユーコの顔を見ながら聞いた。
「あんた私の心が読めるの?」
「うん、近くにいる人から、心の声が聞こえてくるだけだよ」
何だ。心が読める?時を止めて、こっちに来たって?。車の中に。ユーコは考えようとした。無駄だと分かっていたけど。
「助けて欲しいです、私、追われてるんです!」
少女がユーコの方を向いて懇願している。
「テレポーテーションで逃げれるんじゃないの?」
「私の力は長い時間は使えないし、施設を出たのは初めてだから」
あなた名前は、とユーコが聞こうとした時、
「清子です、お願いします!」
ああそうか、心を読まれているのかとユーコは、口を閉じた。
「何で追われてるんですか?誰に?」
片田が清子の方をルームミラーで見ながら問いかける。
「私の力を使って、悪い事をさせようとする人達がいるんです」
「誰なの?」
「教会の人達」
ユーコが、よからぬ邪教なんだろうと思いに耽っていると、ユーコ達が乗った黒い4WDの前後に白いハイエースが停車した。
中から灰色の袈裟を纏い、頭には灰色の頭巾を被っていて、顔面部分に漢字で、救世と縦にデカく描かれている。
その異様な集団は、ユーコ達の車両を取り囲み、袈裟の袖から総長50cmぐらい刃渡り250mmオーバーサイズのスリーブナイフを出して、威圧的にこちらの様子を伺っていた。
「おい!ドアを開けろ!」
嗚呼クソ、厄介ごとに巻き込まれたなと、溜息を吐いたユーコが片田の方を見ると、
「ダメです、これじゃ出れません」
「そうね、ちょっと話し通じなさそうね」
助手席側のリヤドアを開けて、ユーコが車を降りた。
「おい!その娘を黙ってこちらに渡せ」
袈裟袖から出したスリーブナイフをユーコに向けて、清子が言っていた教会の信徒と思われる男が、高圧的に要求してくる。
「急にあんた達何なの?」
「いいから黙ってその娘を渡せ」
交渉の余地など無いだろう。信徒達は、袈裟袖から出したスリーブナイフをユーコに向けて、さらに高圧的に凄んできた。
片田は、ユーコが動いたらすぐに車を降りて反撃する機会をじっと伺いながら、信徒達とユーコの挙動を注視している。
「誰か、……来る」
清子の言葉が、静寂を打ち砕く鈍い響きとなって、霧雨の中に拡散した。その瞬間、闇は生きた蛇のように蠢き、信徒たちの背後から牙を剥き出した。
信徒達は、まるで糸が切れた操り人形のように、無抵抗に地面に散らばっていった。ユーコ達は、この突然行われた殺戮を目の当たりにし、呆然としたが、何とか意識を回復させたユーコが口を開いた。
「あんた誰なの?」
「拙者ハヤブサ、クリーナーだ、押忍!」
その黒い影は、律儀に黙礼し、フリーランスクリーナー《対変異体民間個人事業者》のライセンスカードをユーコに突き出した。
突如現れたのは、ハヤブサと名乗る黒い忍者装束に身を包んだ、小柄な同業者の男だった。
Ⅲ
ユーコは、ハヤブサに同業者のクリーナーである事を伝え、車に突然、清子に乗り込まれて困惑していると説明していた。
すると、霧雨の中、倒れていたはずの信徒たちが、一つ、また一つと、蠢き始めた。彼らはゆっくりと体を起こした。ユーコは、その光景に、変異体か強化人間、ジャンキーの可能性、要するにややこしい相手、まさに厄介ごとである事を確信した。
「お前達のような不信心者は排除する」
そう一人の信徒が言うと、信徒達の身体が袈裟の上からでも分かるぐらい、屈強な身体付きに変わり、ユーコ達に襲いかかってきた。
「正体を現したな、外道どもが!」
闇夜に、刀身が銀色に光った。ハヤブサが抜いた忍刀は、まるで生き物のように震えていた。対する信徒は、袖から素早くスリーブナイフを抜き、雨粒を切ってこちらへ襲いかかる。互いの呼吸が荒くなり、雨音が、二人の激しい戦いを際立たせていた。
ユーコの指は、まるで機械仕掛けのように滑らかにトリガーを引いた。鋭い銃声は、夜空を切り裂き、雨音すらかき消す。次々と弾丸が、信徒たちの眉間を打ち抜き、ユーコは、その光景を無表情に見ながら、ハヤブサに聞いた。
「あんた、さっきこいつら倒したんじゃないの?」
「さっきのは峰打ちだ、まさか変異者とは思って無かったからな」
男の忍者趣味は、どこか滑稽に見えた。ユーコはそう思いながら、淡々とマガジンを交換した。次の瞬間、銃口から火花が散り、弾丸が信徒たちの眉間を打ち抜く。雨音が一瞬、かき消された。彼女は、まるでルーティンワークを行うかのように、次々と引き金を引いた。
信徒達は、人間の形をした兵器だった。身体能力は人間をはるかに超えていながら、その動きはどこかぎこちない。まるで、人間の外套を被せられたロボットのようだった。だが、彼らの両腕から現れるスリーブナイフは、正確に目標を捉える。
「カッタいわね、頭に何発も当たってんのにまだ動く、あんた忍者でしょ、何とかしてよ!」
ユーコが唇を尖らせコスプレ忍者を煽った。
「外道、滅殺」
ユーコの銃声が響くのとほぼ同時に、鋭い閃光が走る。ハヤブサの刀が、次々と飛び散る血飛沫を伴い、信徒たちの首を刎ねた。息つく暇もない連携。まるで、予め決められたプログラムを実行しているかのようだった。
意外とやると、感心しながらユーコが辺りに散らばった死体を眺めていると、片田が車から降りて来て、前方に壁の様に停車されていた白いハイエースを、左腕だけで軽々と押し退けて、車を発進出来るようにしていた。
「とりゃー!せいやー!」
ハヤブサが残存していた信徒達の首を斬り捨てたその直後、後方からトラックに救世魔神教会と車体に書かれた車列が、眩しいヘッドライトと共にこちらへ接近してくるのが見えた。
「ここは、拙者が引き受けた!ユーコ殿、清子殿を連れて先に行ってくだされ、拙者は後で合流する。押忍!」
じゃ、任せたと、ハヤブサに手を振りユーコはめんどくさそうに車に乗り込んで、片田にとにかく車を早く出してと指示を出した。
「参ったわね、行けって言っても何処に行くのよ?」
冷静にマガジンを交換しながら、ユーコがボヤいていると、胸ポケットのスマホが震えた。
「もしもし?え?魚家さん、そうなのよ変な連中に追われてて、え?そうそう忍者が出てきて」
ハヤブサは公安が雇ったクリーナーで、清子の身柄を護衛していたらしい。魚家は、ユーコ達に清子を須魔水族館近くで待機している、公安車両まで連れて来て欲しいと指示した。
「須魔水族館近くで公安が待ってるから、
そこまでこの娘を送ってだって、とんだ、Uber work だわ」
「須魔なら西へ、このまま国道二号線を真っ直ぐですね、飛ばします、二人ともしっかり捕まって下さい」
そう言うとハンドルを握りしめ、周囲を確認してから片田はアクセルペダルを力強く踏み込んで、車を急発進させた。
「Pedal to the metal《アクセルベタ踏みで》」
ドアミラーに写る、忍者ハヤブサの後ろ姿を観ながら、ユーコの唇が動いた。
Ⅳ
清子は、心の奥底から湧き出る恐怖に震えていた。いったいなぜ、このような境遇に立たねばならぬのか。教会という閉鎖された場所で、まるで実験動物のように扱われる日々。生かされているのか、死んでいるのか、その境すら見失いかけていた。
たまに外出した際に、楽しそうに毎日を送る同い年ぐらいの子達を見るたび、悲観し絶望する日々。
自分には両親やこれまでの記憶がなかった。あるのは、救世魔神教会の施設と呼ばれる場所で繰り返される、様々な超能力実験だけだった。そんな記憶の断片が頭をよぎり俯いている。
「私もあなたぐらいの時、なんで私だけこんな目に合うんだって思ってたわ、そしてきっと、いつか誰かがこの世界を変えてくれる、そんな気でいたの」
座席のヘッドレスト越しに後方警戒をしながら、ユーコが清子に話しかける。清子の曇った表情にほんの少し光が差したように思えた。
ユーコ達の乗る車が、不快な金属音とともに衝撃で大きく揺れる。並走しているトレーラーが、ユーコ達の車に車体を寄せて体当たりしてきてた。
ハンドルのコントロールを体当たりの振動で妨害されて、車体が左右に揺れた。後ろにばかり気を取られ、並走してきたトレーラーに気が付かなかったと、片田は、自己嫌悪を抑えられず、無言でハンドルに怒りを叩きつけた。
トレーラーのウイングボディが不気味に開き、そこから現れたのは、拳銃を構えた信徒達だった。まるで、棺から這い出てきた亡霊のよう。信徒達の銃口は、こちらに向かって一点に集中していた。
「キャー」
清子の叫びが、片田とユーコの頭の中で反響する。割れたガラスが車内に飛び散った。
清子の頭を抑えて、姿勢をさらに低くさせ、
フロアマットにしゃがむ様に、ユーコが冷静に指示を出す。
発泡して来た信徒達へ、反撃しようとハンドガンを握るユーコの指が、トリガーに引っかかった。銃口は、閃光を放つが、弾はことごとく目標を外れる。車内の揺れが、彼女の射撃を妨害していた。
「ヴァルハラ行きは、勘弁して欲しいわ」
マッドでマックスな軽口を叩くユーコは、
胸や肩に被弾して、後席シートは血の海と化している。
「お、お姉ちゃん、血が」
フロアマットに滴るユーコの血を見て、震えた声で清子が呟いた。
「かすり傷よ、心配しなくていい、伏せてなさい」
ユーコは、慣れた手つきで被弾した弾丸をぐりぐりと指でほじくり出して、フロアマットに投げ捨てる。その時、後方から甲高いエンジン音と共にハヤブサが、黒いバイクに乗って猛追してきた。車体にはNINJAの文字が刻まれている。
「外道、滅殺」
そう叫びハヤブサは、バイクをウィリーさせて、ユーコ達が乗る車とトレーラーの間に割り込み、信徒達の銃弾を避けながら、勢いよくトレーラーの荷台にバイクで駆け上がった。
「マックス並みじゃない、ヴァルハラには行かなくてすみそうね」
銃弾の跡も瞬く間に消え去り、被弾した傷口を再生させたユーコが、ニチャリと口角を上げて邪悪に笑った。
バイクから降りたハヤブサに、袖から伸ばしたスリーブナイフで当然の如く斬りかかってくる信徒達を、トレーラーの荷台から蹴り落とし、それを突破し、接近してくる者は、首を非情に斬り落として滅殺していく。
ハヤブサは、荷台に群がる信者どもを掃討すると、運転席へと躍り込んだ。後方から、唸りを上げる新たなトラックが迫る。時を刻む秒針が、彼の鼓動と重なる。
「嘘でしょ」
ユーコの呟きと重なるように、車のバックドア付近に銛が打ち込まれた。
「私は、救世魔神教会、神の化身、品内浄 (しなないじょう)様に使わされし角田 (かくた)、不信心者達に裁きの鉄槌を与えん」
一際体格の良い大柄な角田と名乗る信徒が、トラックルーフに固定された銛撃ち砲台をロックして叫んだ。
信徒達が、袈裟袖から突き出したスリーブナイフをギラつかせ、ユーコ達の車に乗り移ろうとしている。
ユーコは、運転中の片田に散弾銃を早く貸せと手を伸ばし、ひったくるように手にとると、リアパネルごと散弾銃をぶっ放した。
銃口から火花が噴き出し、低い重低音が車内に轟き、リアパネルのガラスが後方トラックのフロント目掛けてキラキラと爆散していく。
ユーコは、散弾銃の銃砲身で、凸凹になったリアパネルのガラスをさらえて視界を整えた。ガシャと散弾銃をリロードして構えると、低い炸裂音を鳴らしながら銃口から火花を出しながら、後方のトラックに向けて発砲する。
しかし、角田が乗るトラックは防弾仕様なのか、全くの無傷だ。
「効かぬ効かぬ、不信心者が抵抗しても無駄だ、さっさとその娘をこちらへ渡せ!」
角田が巨大な薙刀を振り回しながら、こちらを煽っている。銛はまだ、ユーコ達の車のバックドアに突き刺さったままだ。
片田の踏むアクセルペダルが重たく、中々踏み込めない。車のスピードが、徐々に銛に引っ張られて減速していく。
「このままだと捕まります、ユーコさん!」
「しつこい勧誘は、お断りよ!」
ユーコの叫びが片田の声をかき消す。散弾銃を撃ち込んでいると、並走していたトレーラーが、銛に引っ張られながら走行している角田が乗るトラックの横まで下がってきた。
ハヤブサが揉み合いながら、運転手を蹴り落としてハンドルを奪うと、トレーラーを減速させ、ユーコ達の車に銛を打ち込んでいる角田が乗るトラックに体当たりした。
銛砲台がついたトラックの荷台から、ユーコ達の車に乗り移ろうとしていた信徒達数名が、体当たりされた振動で荷台から落下して道路に叩きつけられ転がっていく。
角田は、ハヤブサが運転するトレーラーの荷台に飛び移った。両腕の袈裟袖からスリーブナイフを突き出した信徒の一人が、ユーコ達の車体のバックパネルにナイフを突き刺して飛び乗ってきた。
さらに、もう二人が一人目の信徒の背中の上を通って、ルーフの上によじ登って来ている。もう一人はリアパネルがあった空洞から、ユーコに向かってスリーブナイフで、ヘッドレストごと突き刺してきた。
「キャー」
清子の甲高い悲鳴が車内に響いた。ユーコが、スリーブナイフの切先を散弾銃で防御した拍子に、センタークラスター辺りへ弾かれた。Δ
片田は、飛んできた散弾銃を左手でキャッチしてリロードしようとした時、運転席側のウインドウを信徒のスリーブナイフが何度も突き刺して割った。
ユーコは、リアパネルからスリーブナイフを突き刺してくる信徒の頭部にハンドガンを連射して撃ち落とす。
片田は、砕かれた窓の穴に散弾銃の銃口を差し入れ、信徒に向けて発砲し、吹っ飛ばした。
橋渡し役をしていた信徒が、ユーコ達の車のルーフ中央によじ登り、スリーブナイフで突き刺そうとした瞬間、車内から屋根に向かってユーコがハンドガンを連射する。被弾した信徒が屋根から落下していくのが見えた。
「あんた大丈夫?」
ユーコがハンドルを握る片田に問いかけると、片田の右肩から血が滲んでいた。
「それより銛を、何とかして下さい」
分かったと小さく頷いたユーコは、ナックルガード付きファイティングナイフとワイヤーアンカー付きアームパッドを装着した。
助手席側のリヤドアを開けて、走行中の風圧を受けながら立ち上がり、後方の銛トラックを睨みつけながら対峙した。
「Хуй ディック(クソ野郎)」
ユーコは怒りに身を任せ、血走った碧い目で、ロシア語の罵詈雑言を吐き捨てた。それは、普段の彼女からは想像もできない、粗野な叫びだった。次の瞬間、彼女はワイヤーアンカーを後方トラックのルーフに固定された銛撃ち砲台に打ち込み、まるで猿のようにその上へと躍り上がった。
「キェェェェェェェェェェェィィィィィ」
信徒達は、狂った野獣のように奇声を上げ、袈裟の袖から忍ばせたスリーブナイフを突き出した。刃は、ユーコの白い肌を貪るように食い込んだ。ザクッ、ザクッ。鈍い音が響き、血飛沫が舞い上がる。何度も何度も、ナイフは彼女の体を切り裂いた。
しかし、ユーコは動じなかった。むしろ、その碧い双眸に歓喜が宿る。彼女は、拳に嵌め込んだ鋭い爪のようなナックルガードを輝かせ、反撃に出た。ナイフが切り裂く音よりも鋭く、重い音が夜空に響き渡る。首がねじ切られ、血しぶきが噴き出す。
「バ、バカな、何故死なない?」
信徒の震える声が、血まみれの空気に掻き消された。ユーコは、血に濡れた唇を歪ませ、汚らわしいロシア語で呟いた。
「блядь ブリャーチ(ファック)」
次の瞬間、彼女の体から白い糸のようなものが噴き出し、まるで生きているかのように傷口を縫い合わせた。スリーブナイフの傷跡は、瞬く間に赤く染まった肉塊と化し、彼女の体は怪物のように再生していく。
「化け物め」
ユーコは、残りの信徒達を滅多刺しにして、それでも抵抗してくる信徒を、走行するトラックの荷台から道路に蹴り落とした。
Ⅴ
「やはり邪教徒か、ならば浄化してやろう」
角田の体躯は、みるみるうちに異形へと変貌を遂げていく。背骨が軋み、皮膚が亀裂し、漆黒の翼が背中に生え始めた。まるで、蝶がさなぎから羽化するように、彼は空へと飛び立つ準備を進めていた。
ユーコに向け、彼は翼を広げ、飛びかかろうとしたその時、背後から、鋭い閃光が走る。ハヤブサが、忍刀を振り抜いたのだ。
しかし、角田の背中はすでに空中にあり、忍刀は虚空を切り裂くばかりだった。
すでに空中に浮かび上がった角田が、ユーコに、漆黒の翼を羽ばたかせ、空中から薙刀を振り下ろしながら強襲する。
「チェストーッッッツオオオオ」
一瞬だった、ユーコの胴体と両腕が、横一線、真っ二つに切り離されいく。Δ
「まだだ」
角田の腕は、空を切り裂く直前で、まるで重りを吊り下げられたかのように、ゆっくりと動きを止めた。薙刀は、ユーコの顔面すれすれのところで、時を刻む針のように静止し、空気すら切り裂かない。その姿は、まるで絵画の一コマを切り取ったかのようだった。
トレーラーの荷台に転がるユーコの両腕。荷台に叩きつけられた腕は、地面を叩き、鈍い音を響かせた。しかし、その腕は死んでいなかった。アームパッドから、細く鋭いワイヤーが蛇のように伸び出し、空中に舞う角田の翼を絡め取った。
まるで、獲物を捉えた蜘蛛の糸のように、角田はワイヤーに絡め取られ、身動き一つできなくなっていた。下からその光景を眺めていたユーコが、ニチャリと邪悪に顔を歪めると、大声で叫んだ。
「やーーーーーまーーーーーーっ!」
「川」
一言、そう小さく呟くと、ハヤブサは角田の背後に忍び寄った。まるで狩人のように、獲物に近づく猫のように。そして、ゼロ距離で、変形した腕から砲口を突き出した。轟音と共に、角田の体はバラバラに砕け散り、血と肉片が空中を舞った。それは、まるで花火が夜空を彩るように、美しくも残酷な光景だった。
ユーコの肉体は、まるで機械仕掛けの玩具のように、みるみるうちに修復されていった。繋がったばかりの修復された腕が、荷台に転がる角田の頭を掴み上げた。血生臭い髪が彼女の手に絡みつく。
そして、彼女はゆっくりと、角田の顔に顔を近づけた。彼の瞳に映る自分の顔が、歪んで見えた。彼女は、黒い血に塗れるファイテングナイフの切先を、角田の眉間に突き刺した。鈍い音が響き渡り、黒血が噴き出した。
「ガァ、コ、レデ、ワ、タシハ、殉教者ニチ……」
角田の最後に発した、恍惚の断末魔。
「ふーん、解脱おめでとう」
ユーコが、突き刺した剣先に再び力を込めると、角田の顔面が無慈悲にも、真っ二つに切り裂かれた。角田だった肉塊が、黒く灰の様になって、夜空に霧散していく。
「合言葉、通じて良かったー」
「山と言えば川、ユーコ殿こそ、不死身ですな」
予期せぬサイボーグ忍者との即興連携に、ニチャリと笑うユーコを背に、銛砲台から伸びた鎖をハヤブサが忍刀で断ち切った。
Ⅵ
ユーコ達とハヤブサは、須魔水族館前で待機していた公安車両のバスに向かって、四人で歩き出していた。
「また派手にやったなあ」
魚家が、頭を掻きながら煙草に火をつけて、堪らないなぁと煙を吐きだす。
「ちょっと、この車、勿論そっちに請求しますから」
血だらけでぼろぼろのユーコは、冷ややかな碧眼で魚家を睨んで、もう廃車確定、穴だらけの車体から白い煙を上げている黒い4WDを指差して言った。
「お姉ちゃん!」
清子がユーコに駆け寄って来る。
「いい、強くなりなさい、あなたにどんな能力があっても、一人では生きていけないのよ」
ユーコが清子に目線を合わせて冷たく言った。清子は、小さく黙礼して公安の警官に連れられ、バスの方へ歩き出して行く。Δ
「サイボーグのお姉ちゃんと忍者さんもありがとう!」
清子が振り向いて手を振りながら笑った。
「ユーコさん怖すぎですよ」
「あの娘には、これからもっと辛い現実が待ってるから」
そう言いながら、ユーコと片田は清子が乗ったバスが出発するのを見送り、魚家とハヤブサに別れを告げてから帰路に着く。
「あ、天天、須魔支店があるじゃない!行こ」
「何も食べてないですし、賛成です」
ユーコと片田は、天上天下、略して天天というラーメン屋に入って行った。
「すいません、私どろ大盛りと餃子下さい」
サイボーグなのによく食べるなあと思いながら、私も同じでとユーコも注文する。
「清子ちゃんどうなるんですか?」
「そりゃ、公安が保護してくれるんじゃない?」
「まあそうですけど、あの救世何とかって教会が、また狙ってくるんじゃないですか?」
「そりゃ、まあ私達が考えてもしょうがないでしょ」
天天のどろ大盛りと餃子を食べながら、二人はこれぞ本当の救済だと噛み締めていた。
そして会計に至り。
「え、え、え、嘘でしょ」
「どうしたんですかユーコさん?」
空っぽの財布の中身を片田に見せて、狼狽するユーコの顔を見て、
「分かりました、私が立て替えます」
冷徹にユーコを見ながら片田が言った。
ユーコは、支払いは任しとけ!これでも幽合会社長だぞっ!とドヤ顔をしていた数分前の自分の事を思うと、恥ずかしくて堪らなかった。
「あ…………」
その時、ユーコは全てを理解した。
清子の仕業だ、あの娘、こんな事に時間停止能力使いやがってと、溜息をついた。
それに信徒達と戦っていた時、ユーコが散弾銃を弾かれて、それを片田が左手でキャッチした時も、清子が時間を止めて……まあ、今さら考えてもしょうがない事だ。
やるじゃない、強くなりなさいってこういう事じゃないんだけど。清子に一本とられたと、頭を掻きながら苦い顔でユーコは笑った。
「夢見る少女じゃいられないか……BANG」
─────────
See you in the next nightmare ...
今回のED曲は、
相川七瀬さんの夢見る少女じゃいられないです。
是非読み終えたら聴いてみて下さい。




