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血の滴る世界で最高の晩餐を  作者: あすなろさん
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5.『ファミチキください』

「実里が…序列一位!?」


「――事実よ」


意外な真実に、驚きの声を上げる夏樹。

静香はその反応を見て、いつも通りと言わんばかりの溜息を吐く。


「そんなに強いのか…あいつ」


「強いなんてものじゃない。あいつは化物よ」


「化物って…仮にも姉妹だろお前ら」


酷い言い様を見て、夏樹は宥めるように静香へ言葉を返す。

なおも俯いている静香――。

夏樹は少し疑問に思いながらも、肩に手をやり、返事を促す。


「ーーっ」


一筋の光が、静香から零れ落ちる。

その表情は、悲しいような、寂しいような。

なんとも形容しがたい表情をしていた。


「……私、もう行く」


「あっ!おい!?」


「ついてこないで!!」


止めに入る夏樹を、その小さい体で突き飛ばす。

ツインテールを振り乱しながら、彼女はその場を去ってしまった。

残された影虚と夏樹に、少しの間静寂が流れた。


寂しくなった大聖堂の中、最初に口を開いたのは影虚だった。


「彼女をあんまり責めないであげてください」


「……責めませんよ」


尚も優しく、聖母にふさわしい表情で言葉を継げる影虚。

その言葉に夏樹は、溜息を吐きながら答える。


「あいつら…何かあったんですか?」


「何かあった…というよりも、元々あまりお互いを知らないんですよ」


「どういうことですか?」


姉妹、というには似合わない言葉に、夏樹は問いかける。


「彼女達は、物心がつく前に両親が殺された孤児です」


「……」


両親が殺された経緯は知っているが、あまりに残酷な仕打ちに、夏樹は言葉を失う。


「そしてお互い、聖女機関に拾われたのですが……元々支部が別々でした」


「――どちらかが福岡ではない、別の所だったと?」


「ええ。実里のほうです。彼女は本部……。東京から、福岡支部に移動になったのです」


聖女機関の本部は、東京にある。

これは以前に、ウルスから聞いていた話しだ。

やはり本部だからか、戦闘聖女(バトルシスター)の数も、圧倒的に多いらしい。


「静香は、自分の姉の存在を認知してました。そして、実里がこちらに移動になったことも、一番楽しみにしていました」


「だったらなんで」


「目の当たりにしたんですよ。実力差を」


実力差。

静香は、序列的には中の上といったところである。

しかし、この戦闘聖女(バトルシスター)の少ない福岡支部の中では、上位のほうではあった。

ウルスとは序列も近く、お互いがライバル視するぐらいの実力。

仮に負けるとしたら、『聖域の聖女達テンプルムシスターズ)』の一人であるエステラぐらいだろう。


「プライドが高いあの子の事です。自分の双子の姉が、まさか序列一位の実力とは思わないことでしょう」


「劣等感…ですか」


「おそらく」


いつのまにか笑顔が消えていた影虚の瞳を覗きながら、夏樹はなんとも言えない表情で呟く。

夏樹に見つめられ、消えていた笑顔を瞬時に戻した影虚。


「――まぁ、他に何か理由があるかもしれませんが」


「…まぁ、大方当たってそうな感じはありますけどね」


「そこで、貴方にお願いがあるんです」


「ーー俺に?」


いつの間にかいつもの笑顔で、夏樹の目の前に姿を見せる影虚。

その瞳は深淵を覗いてるかのように黒く、夏樹を魅了させる。


「あの二人の仲を取り持ってほしいんです」


「……俺まだ入って二日目ですよ?」


突然の申し出に、夏樹は訝し気な表情で彼女を睨む。

冗談を言っているように聞こえたが、どうやら冗談ではないらしい。

というよりも、笑顔から表情が変わらない影虚に対し――。


(くっそ、心が読めねえ!!)


「私は色々忙しいので、夏樹はしばらく仕事がないので、これが初仕事ということで」


「…いつの間にか呼び捨てですね」


「私は聖母(マリア)ですから。メンバーには平等に接しますよ」


片眼をつぶりながら、指で唇をあしらい、キレのあるウィンクを出す影虚。

何を考えているかわからない彼女ではあるが、存外お茶目な性格らしい。


「夏樹も、周りのメンバーみたいに接してください。ほら、敬語もやめて」


「ーーわかったよ」


夏樹は観念したように、頭を欠きながら溜息を吐く。

そして、周りを見渡しながら影虚に問いかけた。


「だったら、実里の場所を知らないか?あいつのほうが警戒心がなくて話しやすいんだが…」


何も静香というラスボスに真っ向から挑む必要はない。

夏樹の感じたままでは、実里は静かに対して確執があるわけではなさそうだった。


「あ、実里はウルスと一緒に外出してますよ。お使いを頼みました」


「しょっぱなからボス戦かよ!」


無慈悲な言葉に、更に深いため息が出る夏樹。

尚も笑顔を崩さない影虚に訝し気な視線で別れを告げ、ボス戦へと歩を進めたのだった。


――まるで魔王に立ち向かう勇者のように。



一人になった大聖堂で、影虚は呟く。


「頼りにしてますよ。夏樹」


もちろん、笑顔は崩れていなかった。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





足取り重く夏樹は歩を進める。

二人の関係性を見抜くには、まず話をしなければならない。

彼女達がお互いの事を知らない以上に、夏樹もまだ彼女たちの事を知らないのだ。


「ーー君は」


そんな事を考えているうちに、意識外から声が聞こえる。

声の正体に視線を送ってみると、そこには会議の際に見た覚えのある女性が立っていた。


「五嶋…夏樹くんだったかな」


「あ、ああ。あんたは?」


戦闘聖女(バトルシスター)のエステラだ。よろしく頼む」


先ほど聞いた名前に、夏樹は少し驚く。


「あんたが…『聖域の聖女達テンプルムシスターズ)』の…」


誠実そうな切れ長の瞳をしており、身長は夏樹と同じぐらいだろうか。

翡翠色の髪を左右に分けて縛っており、彼女が揺れるたびに幻想的に煌めいていた。


「聖母から聞いたのか。話が早いことだな」


「ああ。なんでも、すごく強いとか」


「ははっ、なんとも語彙力がない言葉だが、端的に言えばそうなるな」


豪快に笑うエステラに、不思議と夏樹もつられ笑いが出てしまう。


「だが、私が第六席に居るのは、ただの運にすぎない」


「運?」


「ああ。気を抜けばすぐに引きずり降ろされるからな。日々鍛錬あるのみだ」


力強い言葉と共に、豪快にサムズアップをするエステラ。

その聡明な性格に、夏樹は好印象を抱く。


「で、ここで何をしてるんだ?どうも足取りが重そうに見えたが」


「ーーあ、そうだった!静香を見なかったか?」


「静香?ああ。先ほど食堂に向かっていたのが見えたな」


「ーーさんきゅ!!」


その言葉を聞き、足を速めた夏樹。


「あ、ちょっと!?」


エステラの必死な制止も聞かず、見えない彼方へと走り去ってしまった。

そう。

エステラの知っている食堂とは逆方向(・・・)の道へと。


「…行ってしまった」


一人取り残されたエステラ。

唖然とした表情を引き締め、ある考えを馳せる。


「しかし、あれがウルスの思い人……か」


腕を組み、うなりながらじっくりと考える。

そしてひらめいたように、豪快に笑った。


「はっはっは!中々良い好青年ではないか!」


一人しかいないその場に、笑い声が響き渡った。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「おかしい」


夏樹は静香の向かったといわれている食堂に行っていたはずだ。

しかし、勢いに任せ走ったところで、着くはずもなく。

周りを見渡すかぎりでは、どうみても食堂には見えない。

至る所に本、本、本。



「図書館じゃねーかここ!!」


どうみてもそうである。


「くそっ…エステラに道でも聞いとくべきだった……!」


『さっきからうるさいの』


「あ?」


声が聞こえる。

しかし、それは夏樹の耳をかいした聞こえ方ではなかった。


『図書館では静かに。小学生でも知っている事なの』


「――こいつ直接脳内に…!」


脳内に声が響く。

経験したことのない体験が、夏樹の眼を輝かせた。


「ちょっと『ファミチキください』って言ってみてくんない?」


『何言ってるのか全然わからないの』


馬鹿な提案をする夏樹に対し、声の主も呆れかえった。

埒が明かないと思ったのか、その声の主は姿を現した。

しかし、普通に登場というわけでもなく、少なくとも夏樹が驚くような登場の仕方であった。


「んな!?」


「何をそんなに驚いてるの?透明化を解いただけなの」


「そんななんともない顔されてもこっちは一般人だぞ。十分驚くわ」


声の主は意外にも、夏樹の真後ろに立っていた。

橙色にも見える髪はボブカットで可愛らしく揃えられており、

注目すべきはその服装である。

もはや見慣れたといってもよい修道服ではなく、彼女はYシャツ一枚で夏樹の前に姿を現した。


「な、なんでそんな恰好なんだよ!?」


「むぅ。私の住処に勝手に入っておいてよく言うの」


過激な格好に夏樹は思わず目を逸らす。

それを不満そうに、彼女は夏樹に対し言葉を続けた。


「お前は、どこの誰なんだ」


「私の名前はトレシーヌ。一応戦闘聖女(バトルシスター)


「そうだろうな!だけどいいからズボンはいてくれ!」


「注文が多いの…新人にしては良い度胸」


いまだ目を向けられない夏樹に対し、不満をあらわにするトレシーヌ。

やがて彼女は服を着替えたようで、夏樹に返事をした。

彼女に目を向けると、いつもの見慣れた修道服を着ており、夏樹は安堵したのだった。


「…で、ここは何なんだ」


「ここは聖女機関の情報施設。通称図書館なの」


「そんままじゃねーか」


「兼、あたしの住処なの」


「勝手に私用化してんじゃねーよ」


聖女達には寮が与えられている。

その知識ぐらいは夏樹にもあった。

しかし、図書館といえるだけあってかなりの数の本棚である。

一つ違和感があることは、確かに彼女の言う通りそこに住んでいる形跡が残っている事である。


「布団にテーブル…冷蔵庫まで持ち込んでやがる」


聖母(マリア)に許可は取ってあるの。治外法権地帯なの」


「意味わかってつかってんの?それ」


二日目にして、最大の大癖をかましてきた聖女。

果たして夏樹は、静香の元へ無事駆けつける事ができるのか?


「てか、あんたは序列何番目なんだ」


「夏樹はものを知らないの。まだ新人だからしょうがないけど」


「どういうことだよ」


純粋に強さが気になる夏樹。

見た目には惑わされないほうが良いことを先ほど知ったばかりである。


戦闘聖女(バトルシスター)は何も戦闘だけの特化じゃないの。戦闘以外も評価されるの」


「まじ?」


新たな新情報を得た夏樹。

もはや静香の存在など忘れているのではないだろうか。

果たして、無事に辿り着けるのだろうか。

その結末は、まだ誰にもわからない。




『ファミチキください』


「すげーーーーー!!!」


やってもらった。

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