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九十九話 事情とじゃれあい

「ふざけんなぁ!?、聞いてないぞ、そんな話!」

「仕方ないじゃない、あの時ネロは寝てたし」

「起こせよ!、そんな重要な話をしてたならよ!」


翌朝、宿屋に併設された酒場の一角でネロとイデアが言い争っていた。


より正確にはネロが一方的に怒鳴っている。


イデアが勝手に魔人(ディアボロス)と戦うことを決めたので、ネロが憤っているのである。


「人の安眠を遮るほど酷い人間じゃないわよ」

「起き抜けに重大な報告をされる側になってみろよ」

「私は別に気にしないわよ?」

「リーダーの価値観で考えるな!、私みたいな常識人の思考で考えろ!、リーダーならそれくらいできるだろ!」

「ふぅ、ふざけるのもここまでにしてメリットを話すわ」


イデアが改めて話し始めるとネロは大人しくなり、イデアの話に聞き入っていた。


「あれほど怒ってたのに随分と矛を収めるのが早いね、ネロ君は」

「おそらくそれなりのお金が入ると言われたのかと、ネロはお金には目敏いですから」

「なるほど、ネロ君を説得する時はお金を使えばいいのか」

「否定はしませんがそれだけで動くほどネロは薄情者じゃありませんよ?」

「分かってるよ、そんな人間なら体張って孤児院を守ったりしない」


サルースと話していたアルレルトは酒場の雰囲気がざわいついていることに気付き、周囲を見舞わたすとすぐにその原因を見つけた。


白銀をたなびかせながら絶世の女剣士がこちらへ歩いてくる、レイシアのその容姿はイデアにも引けとらないので酒場の男たちがざわついているのだ。


一直線でこちらにやってきたレイシアはアルレルトの前に立った。


「アルレルト、少し話がしたい。今時間ある?」

「構いませんよ」

「ん、ありがとう。静かに話せる場所がいい」


言外に大勢がいるところでは話したくないと言われたアルレルトは宿屋の中庭に移動した。


「グルゥ、グルル」

「おはよう、ヴィヴィアン。レイシアは知ってますよね?」


中庭にいたヴィヴィアンはレイシアを知っているので、レイシアに会釈した。


「ん、久しぶりヴィヴィアン」


二人にそこまで大きな関わりはないはずだが、レイシアは無表情ながらもヴィヴィアンの頭を撫でてくれた。


「さて、話があるということですがゲオルグのことですよね?、レイシアは話してくれないかと思ってましたよ」

「昨日イデアに怒られた、アルレルトを巻き込んだならせめて事情を話せと」

「イデアが?」


心配してくれたのだろうと察したアルレルトは微笑みを浮かべた。


「不快に思わないでください、イデアは仲間を大切にする人ですから」

「ん、アルレルトは愛されてる」

「そうかもしれませんね、それでその事情とは?」


アルレルトが促すとレイシアは一瞬両目を瞑り目を開けてから話し始めた。


「アルレルトは音斬流を知ってたけどどこまで知ってる?」

「師匠から聞いた話では無音の剣で俺たちの神風流よりさらに使い手が限定される剣術だと」

「ん、その教えは正しい。多分アルレルトの師匠はサイレングス公国に行ったことがある」

「サイレングス公国?」


初めて聞く国名にアルレルトは首を傾げると、レイシアはその反応を予見していたかのように説明を始めた。


「知らないのも無理はない、アルテイル王国の西側にある小さな国。音斬流の総本山があるだけで他には何も無い」

「音斬流の総本山?」

「ん、音斬流を修められるのは音無人(サイレンティス)と呼ばれる特殊な種族の末裔だけ」

音無人サイレンティス?、それはどのような種族なのでしょうか?」


「ん、人間というのに変わりは無いけど普通の人間よりも血液の量が少ない代わりにそのほとんどを魔力で補っている、つまり血液ではなく魔力が常に身体中を流れてる」

「そんな種族が……なるほどそれでレイシアからは呼吸音や心音が聞こえないのですね」


普通の人間はアルレルトを含めても常に魔力が身体中を流れてはいない、意識して操作すれば別だが血液の代わりに魔力が巡っているというのならば話はよく分かる。


サルースがレイシアの種族について気付いたのもそれが理由だろう。


「私の場合は少し違う、私は半血(ハーフ)音無人(サイレンティス)の父と人間の母の間に生まれた。普通の人間と同じように血も流れてるし魔力も流れてる」

「つまりは聞こえないのではなく、聞こえなくしている?」

「ん、当たり」


レイシアが深呼吸し、両目を瞑ると心音や呼吸音が聞こえ始めた。


「魔術…なのですか?」

「違う、特殊体質みたいなもの。私は音無人サイレンティスでもあり人間でもあるから切り替えられる」


再びレイシアが目を開く時には心音や呼吸音は聞こえなくなってしまった。


「なるほど、しかしそれでは剣戟音や風切り音まで聞こえなくなる説明がつきませんよ?」

「それは音斬流の基幹剣技《音無剣》、詳しくは説明しない」

「なるほど、基本にして奥義と言うやつですね」

「その通り」


アルレルトが音斬流を修めるつもりならともかく、そうではないのならば手の内を晒すことになるのでレイシアが自らの剣技について話さないのは当然だと言えた。


「ゲオルグは修行時代に世話になった剣士、三ヶ月ほど前に総本山から手紙が届いた。内容はゲオルグが同門を殺して王都へ逃げた、裏切り者を処分しろと指示された」

「そんなことをする男なのですか?」

「危うい面はあった、やつは私たちではなく私たちの剣を見てたから。それでも何もしなかったから静観してたけど我慢の限界が来たみたい」


出会った頃から脅威になると懸念はしていたが尻尾を出さなかったので静観するしかなかったという。


「手紙が届いた頃から人斬りの噂が聞こえるようになって、ゲオルグの仕業だと確信した。だから冒険者業を休業してずっとゲオルグを追ってた、まさか魔人信奉者にまで堕ちてるとは思わなかったけど」

「事情は理解しました、話してくれてありがとうございます」


アルレルトが感謝の意を述べると、レイシアは無表情を崩して美しい微笑を浮かべた。


「ん、感謝するのはこっち、話して楽になった。ありがとう、アルレルト」

「アルで構いませんよ、友人は皆そう呼びますから」

「なら私のこともレイって呼んで」

「分かりました、これからはレイと呼ばせて貰います」

「ん、私もアルって呼ぶ」


アルレルトとレイシアが微笑みあい、隣りあって近況を話し始めた。


「《剣神》に会ったの?、どんな人だった?」


案の定レイシアは《剣神》エルネスティアと出会った話に食いついてきた。


「剣の腕に関しては超一流でしたが性格は天然で純朴な人でしたよ、一度殺気を受けた時は本当に死んだかと思いましたが」

「《剣神》の殺気を受けたの?」

「手合わせを願い出まして、その時に」

「よく失神しなかったね」

「今振り返っても醜態を晒さなかった自分を褒めてやりたいです」


レイシアの話によると《剣神》はかなりマイペースで王国内にある剣神流の総本山に帰ることは滅多になく、大陸中を放浪しているのだとか。


「エルさんは王族の護衛をしていましたね、約束がどうとか言っていましたが…あっ、これは内緒ですよ?」

「ん、誰にも言わない」


口を真一文字に引き結んだレイシアの顔がなんだか可笑しくして、アルレルトは吹き出してしまった。


「何故笑う?」

「す、すいません、レイシアの顔が面白くて、ふふ」

「ん、そんな変顔してない」


ムッとしたレイシアは抗議の意味を込めてアルレルトの脇腹を叩くも彼は忍び笑いが止まることはない。


「ふ、ふふ、レイは表情の変化が少ない人だと思っていましたがどうやら俺の勘違いだったみたいです、ふふ」

「アル!、それ以上笑ったら怒る!」


珍しく声を上げたレイシアの頬が薄く赤くなっていることに気付いたアルレルトは笑われたのが恥ずかしかったのだろうと察した。


「アルの頬を笑えないように引っ張る」

「しょえれはふしゅうはやるまへぇにひうのでは(それは普通やる前に言うのでは)?」


レイシアに頬を横に伸ばされたアルレルトは上手く話せなくなってしまった。


そんなこんなでレイシアと遊んでいると頭の上に乗っていたアーネの尻尾が顔面に直撃した。


「ぐほっ、何をするんですか?」

『お仕置き』

「お仕置きされる理由が分かりません」


アルレルトが厳重に抗議している傍らアーネの様子に頬から手を離していたレイシアは合点がいったとばかりに手を叩いた。


「アーネ、嫉妬してる?」

『してない!、変な事言うな、というかお前はアル様に近づき過ぎ!』

「別に私が近づいても問題は無いはず」

『ダメ!、僕の視界に入るな!』

「酷い、私は一応貴女を助けてる」

『それはそれ、これはこれ!、アル様のことだったら譲るわけにはいかない!』


結局本音が出てしまったアーネが頭の上で暴れる前にアルレルトはアーネを回収して抱き締めた。


「ごめんなさい、アーネ。少し放ったらかしにし過ぎました。許して下さい」

『僕が良いって言うまで撫で続けて』


言われるがままにアルレルトはアーネを抱き締めながら撫で続けた。


「レイ、悪い子じゃないのは分かってると思いますけど…」

「嫌いになんてならない、なるわけない」

「そう言ってくれると嬉しいです、って、アーネ!」

『うるひゃい』


レイシアと笑いあっていたらアーネに甘噛みで指を噛まれてしまうのだった。

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