九十八話 半血と王国騎士
アルレルトが泊まっている宿屋へ走るアルレルトたちとその背を追うレイシアへ、アルレルトは話しかけた。
「レイシアがあの夜斬りかかってきたのは俺をゲオルグと呼ばれていた男と勘違いしたからで合ってますか?」
「…………ん、その節は迷惑をかけた」
話しかけてから数秒沈黙したレイシアだったが、すぐに謝ってくれた。
「驚きましたよ、それと何故逃げたのですか。勘違いなのは目に見えていたのに逃げる理由はないでしょう」
「それは……他の人間がいたから」
「他の人間?、イデアたちのことですか」
「ん、アルレルトの人柄は知ってるけどアルレルトの仲間のことまでは信用できなかった。だから逃げた」
人を信用するというのはとても難しい、アルレルトでさえイデアを信用し仲間に加わるまで一ヶ月近くの時間が掛かったのだ。
レイシアに自分の仲間だから信用してくれと言うのは簡単だが、それをレイシアが受け入れるかは別問題だし確率は低いだろうとアルレルトは考えた。
レイシアはイデアたちの人柄はおろか誰かすらも知らないのだから。
「なるほど、それにしてもあれから音沙汰がないのはどういうことなのですか、仮にも共に依頼を完遂した戦友、それともそう思っていたのは俺だけなのですか?」
「んん、そんなことない。ごめん、色々と忙しくて気が回らなかった」
首を振って再び謝ってくれたレイシアの様子を見て、アルレルトは責めるのはここら辺で終わりにすることにした。
「まぁ、いいです。そろそろ宿屋に到着します」
「ん」
泊まっている部屋の窓へ、アルレルトが先に飛び込みそれからレイシアを招いた。
同室の相手は長命種故に長時間の睡眠時間を取ることがないサルースだ。
「アルレルト君、怪我人かな?」
「先生、既に回復薬で治癒済みですが念の為見てくれませんか?」
「構わないよ、銀髪君。いいかな?」
「ん、お願いする」
杖を抜いたサルースに対してレイシアは了承した。
治癒魔術を唱えたサルースは驚きの表情を浮かべた。
「君はもしかして半血かい?」
「!!、何故それを…」
「純粋な人間と比べると身体の構造に違いがあるからからだよ、これでも数え切れない患者を見てきたからね、それに何を隠そう私自身も半血だ」
サルースのカミングアウトにレイシアは目を見開いた。
「…《音無人》には見えない」
「私は別口だよ、《純血一家》と言えば分かるかな?」
「吸血鬼!、よく生きてる」
「彼らは雑種には興味がないということだよ」
何やらサルースとレイシアの間で話が盛り上がっているようだが、アルレルトは話の内容がよく分からない。
「先生、レイシアの容態は?」
「ああ、傷は全て塞がってるよ、上質な回復薬を使ったんだね、問題はないよ。強いて言うなら貧血気味なだけだ」
「それは良かった」
胸を撫で下ろしたアルレルトは腰帯から剣を抜いて、ベッドの上に腰掛けた。
「さて、レイシアが倒した黒衣の男、レイシアを殺そうとした双子、その関係についてレイシアは察しがついていますか?」
「ん、多分ゲオルグは魔人信奉者になったと思う。あの面汚しは剣を振る口実があればどんな組織にも所属する」
「ゲオルグが噂に聞く人斬りなのでしょうか?」
「まず間違いない」
状況をまとめるアルレルトにレイシアは協力して、話が進む。
「ゲオルグは魔人信奉者となるとやはりあの双子は魔人ですね」
「ん、あの気配で人間はありえない。それに権能らしき力も使ってた」
「二人共、会話の内容が思ったよりも不穏なんだけど」
「先生、事実です、俺とレイシアは魔人らしき双子と交戦しました」
「王都に魔人が潜んでるとなったら一大事だよ!?」
「承知しています、まずはイデアを起こしてきます」
アルレルトは頼れるリーダーに相談することに決めるのだった。
◆◆◆◆
時間帯が時間帯な為、女性のイデアを起こすのははばかられたのだが事が事だけにアルレルトは心を鬼にしてイデアを連れてきた。
「信じ難いことばかりなのだけれどまずは貴女がレイシアさんね?」
アルレルトから話を聞いたイデアは眠そうではあったが怜悧で知的な瞳に陰りはなく、レイシアに目を向けた。
「ん、上級冒険者、名前はレイシア」
「イデアよ、冒険者パーティー《ゼフィロス》のリーダーを務めてるわ」
「《双杖》のイデアさん、王都でも有名人」
「呼び捨てでいいわよ、私もレイシアって呼ぶから」
軽く自己紹介を済ませるとイデアは部屋の中まで歩くとアルレルトのベッドの上に腰掛けた。
「さてと大体の話はアルから聞いたわ、真っ先にやらないといけないことは王国騎士団への通報よ、レイシア、伝手はある?」
「?、何故伝手があることを知ってる?」
「聞いてみただけよ、あるならすぐに連絡を取って欲しいわ」
「ん、分かった」
頷いたレイシアは早速部屋の窓から飛び降りて、去っていった。
「行動が早いわね、まぁ、いいけど。それよりアルは魔人と戦う意思があるのね?」
「無論です、奴らが王都で何かを企んでいるなら俺はそれを叩き潰し、奴らを全て斬り捨てます」
アルレルトの言葉は過激だが、強奪の魔人キッドに大切な家を破壊された過去を思えば致し方ないとイデアは考えた。
「先生は魔人との戦いに協力してくれる?」
「当然だよ、魔人と人類はどう足掻いても相容れない存在だし奴らの所業を看過すれば人類は滅んでしまうからね」
「ネロの意思はどうしましょうか?」
「事後承諾でいいでしょ」
事も無もなく告げたイデアにアルレルトは突然魔人と戦うと宣言されて悲鳴を上げるネロを想像して苦笑いを隠せなかった。
しばらく戦った双子の魔人について話していると二つの気配が宿屋に近付いてきた。
そしてすぐに二人の人間が窓から入ってきた。
一人は当然レイシアだが、もう一人は初めて見る女性であり、洗練された佇まいと剣と盾の徽章が胸に着けられた仕立ての良いサーコートを身にまとっていた。
「連れてきたよ、王国騎士団のエミリア」
「初めまして《ゼフィロス》の皆様、王国騎士団序列九位のエミリア・ダグレットと申します」
片胸に手を当て、静かに腰を折り頭を下げる所作は美しく、騎士と言われて納得できるものであった。
「《ゼフィロス》のリーダー、イデアよ」
「アルレルトです」
「サルース・リューランだよ、気軽に先生と呼んでくれ」
お互いに自己紹介を済ませるとエミリアが前に出てきた。
「レイより事情は伺っておりますが確認のため、アルレルト殿、本当に魔人を王都で目撃したのですね?」
「はい、あの双子が持つ気配はただの子供などでは決してありませんでした」
「朗報とは言えませんが承知しました、即刻上へ報告します。念の為明日は外出しないように」
エミリアの命令に似た要請にリーダーであるイデアが代表して頷いた。
「よろしい、それでは失礼します」
ぺこりと頭を下げてからエミリアは窓から外に出ていった。
「んー、私はもう一眠りしてくるわ。アルも寝た方がいいわよ?、次の日に冒険者活動がある日以外は毎日外出してたみたいだし」
「バレてましたか」
「当然よ」
眉を寄せたイデアに睨まれたアルレルトはたじろいだ。
「ふん、レイシア、私についてきて、話したいことがあるの」
「ん、構わない」
イデアはレイシアを連れて部屋から出ていった、残されたアルレルトはサルースと視線を合わせた。
「俺はイデアを怒らせてしまったのでしょうか?」
「どうだろうね?、ただ一つ言えるのはイデア君は君が思ってるよりもずっと君のことを大切にしてると言うことだよ」
「それは…嬉しいですね」
アルレルトはイデアが出ていった扉を見詰めて、頬を綻ばせた。
イデアの部屋に移動したイデアとレイシアは正面から向かい合っていた。
「単刀直入に言うわ、巻き込んだからにはアルに隠し事はしないで」
「私は彼を巻き込んだつもりは…」
「現実問題として巻き込まれてるのよ!、アルが困ってる貴女を放っておく薄情な人間だと本当に思うの!?」
言葉を遮られて胸倉を掴まれたレイシアはイデアの言葉に瞳を揺らした。
「アルは貴女と会ってからずっと貴女を探してた!、友人として心配だってアルは言ってたわ、そんな彼の想いに少しは応えてあげて」
「……善処する、巻き込んだからには責任は取る」
「当然よ、それとアルは私の仲間だから!、絶対に貴女にはあげないからね!」
言いたいことだけ言ってイデアはベッドに入った。
「愛されてるね、アルレルトは」
そうポツリと言い残してレイシアは部屋から出て行くのだった。
面白いと思ったらブックマークとページ下の星評価、いいねを貰えると嬉しいです。




