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九十七話 夜闇の剣戟と双子の魔人

夜の闇に包まれた深夜の王都で風にさらわれるように一つの影が走る。


王都で活動中の《ゼフィロス》の前衛を務める異国の羽織りを纏う剣士アルレルトだ。


風と調和したかのような動きで王都を縦横無尽に駆ける彼はふと思い出したかのように立ち止まった。


『どうしたのアル様?』

「風向きが変わりました」


大切な家族であるアーネの問いかけにアルレルトは神妙に答えた。


『変わっちゃダメなの?』

「ダメというわけではないですが唐突に変わる時に良い事があった試しがありません」


アルレルトはアーネに答えながら、慎重に風を読む。


風とは本来目に見えないもので、傍から見えればアルレルトはただ突っ立ってるようにしか見えないが、彼にだけ見えるのだ繊細な風の動きが。


『アル様は信じてるけどこの探し方で見つかるの?』

「レイシアが、という意味でしょうか?」

『うん』


真剣味を帯びたアーネに対してアルレルトも真剣に答えた。


「それは分かりません、"導きの風"は俺たちを導いてくれるもので人を探してくれるものではありませんから」

『随分と曖昧』

「それは仕方がないかと、師匠も精霊たちの御業だろうけどカラクリまでは分からないと言っていましたから」

『今も精霊がいるの?』

「いますよ、とても少ないですが」


吹きつける風の中に微かだが小さな精霊がいるのがアルレルトには見える。


自然が少なく人が多いところでは必然と精霊の数は減るのだろうとアルレルトは今までの経験として理解していた。


「読めた」


風の流れを読み取ったアルレルトは動き出した。


『もしレイシアを見つけたらどうするの?』

「事情を聞きます、俺は彼女の力になりたい」

『拒絶されたら?』

「強引にでも力になります」


即座に返されたアルレルトの言葉にアーネは珍しく苦笑いを浮かべるのだった。


◆◆◆◆


人斬りの噂を聞いてからアルレルトは次の日に冒険者の活動がない日に限り、深夜の王都を動き回ることが増えた。


レイシア=人斬りとまでは考えていないが、あの夜の尋常ならざる気配を鑑みるに無関係はありえないとアルレルトの直感が囁いていた。


そしてその直感は間違ってはなかった。



深夜の王都で一人の剣士がひた走る、白銀の髪をたなびかせて夜の闇にも負けぬ美貌を放つのが上級(ハイクラス)冒険者のレイシアだ。


「ーーー」


レイシアの耳には剣戟音が聞こえる、何者かが戦っている音だ。


音斬流という特殊な剣術を修めているレイシアは人一倍音に敏感だ、そして今度こそ目的の人物がいる気がした。


「ぐわぁ!?」


レイシアが路地に入った瞬間に悲鳴が聞こえ剣戟音が止んだ。


暗い路地には血を流して倒れる者と血に濡れた剣を持つ者の二人がいた。


闇に紛れて見えにくいが血に濡れた剣を持つ者は黒衣の外套に身を包み、こちらへ振り向いた。


「!!」


黒衣の剣士と目が合った瞬間、レイシアの全身に震えが走った。


人斬りに出会ってしまった恐怖?、否、歓喜である、追い求めていた宿敵にやっと出会えたのだ。


無表情は変わらないレイシアの全身から殺意と闘気が迸る。


「死ね、"音斬流 遠音(とおね)"」


突っ駆けながら抜かれた無音の突きが黒衣の男に迫る。


「貴様は…」


黒衣の男は下段から刃を合わせてレイシアの突きを受け流し、驚きの声で呟いた。


突きを弾いた黒衣の男は返す剣で反撃し、レイシアと刃をぶつけ合う。


「"音斬流 轟"」


無音の連撃が豪雨の如く黒衣の男を襲うが、男は冷静に刃を走らせ連撃を捌く。


連撃の合間を縫って、男の反撃の剣がレイシアを狙うが当然予期していたレイシアは防御して衝撃を流すために後ろに跳んだので間合いが開いた。


「素晴らしいな、その歳で無音の剣をこれほど使いこなしているとはな」

「黙れ、血に魅入られた面汚し、お前は私が責任をもって斬り捨てる」

「やれるものならやってみるがいい、成長した姿を俺に見せてみろ」

「ーー!」


殺意と闘気を一本化し、レイシアは静かに(つるぎ)を中段に構えた。


黒衣の男はレイシアの構え方を訝しんだ、音斬流は攻撃的な剣術であり自ら構えて相手を待つような反撃(カウンター)の型は少ない。


つまりはこれは既存の型ではなくレイシアのオリジナルの技ということになる。


「"音斬流 明鏡止水"」


刹那の瞬間、世界から音が消えた。


そして次いで音が戻ったのは金属の破片が落ちる音と鮮血が飛び散る音だった。


「ぐふぅ!?」


黒衣の男が持っていた剣が半ばから折れ、切り裂かれた胸から鮮血が噴き出していた。


「死ね」


冷徹に告げたレイシアは迷わず、振り返り黒衣の男の首へ刃を振り下ろした。


「「待て、その人形の魂は渡さない」」

「!?」


重なり合った声が聞こえた瞬間、レイシアは背筋に走った悪寒にしたがって反射的に攻撃を止めて、飛び去った。


「ぐぅ、見えない斬撃」


避け損なった結果全身から血を滴らせるレイシアは無表情が崩れて、痛みに歪みながら路地の先を睨みつけた。


路地の闇から二人組が現れる、小柄な体躯と上等な服を纏っている姿を見れば貴族の子女と勘違いしてしまうかもしれないが現れた二人組が持つ気配はそのような可愛らしいものでは無かった。


「ゲオルグ君は優秀な人形、ここで失うのは惜しい、そうだよね、ナターシャ姉様?」

「ええ、その通りよ。マーク、この人形は使える、ここで死なれると勿体ないわ」


容姿が似通っている男の子と女の子の二人組は決定事項のように告げ、レイシアを冷たく見下ろした。


「御使い様たちが何故ここに?」


傷を負った黒衣の男、ゲオルグは二人組を御使いと呼んで、疑問顔で問うた。


「ウォード様の命令よ、お前は利用価値があるからまだ死なせないそうよ、そうよね、マーク?」

「はい、ナターシャ姉様。ゲオルグ君には利用価値があります」


ニコニコと笑い合う二人組に対してレイシアは冷や汗が止まらなかった。


「お前らは魔人(ディアボロス)、何故王都にいる?」

「ナターシャ姉様、人間がなにか話してます」

「そうね、マーク。うるさいからここで死になさい、人間」


ナターシャ姉様と呼ばれた少女が片手を差し出すと、ヒュンという風切り音が聞こえレイシアは覚悟を決めて、剣を構えた。


しかし吹き降ろす突風がレイシアを死の窮地から救った。


「"神風流 天上大嵐"!」


頭上から現れたアルレルトがレイシアと双子の魔人の間に割り込み、()()()を斬り払った。


驚きで目を見開いた双子の魔人へ、"天衣無縫"を発動したアルレルトが突っ込んだ。


狙ったのはマークと呼ばれていた男の子の方で首を狙って、水平斬りを叩き込んだ。


「"神風流 薙風"!」

「いぎっ!?」


あまりの速さに防御魔術が間に合わず咄嗟に片腕で防ごうとして、切り落とされたが刃が首へ届く寸前に防御魔術が間に合った。


アルレルトはそれ以上深追いせず、剣を引く動きと連動した前蹴りでマークを吹き飛ばした。


「マーク!」


ナターシャは吹き飛ばされたマークに意識が取られ、隙が生まれた。


「アル様!」

「退きますよ!」


レイシアを抱き抱え獣化したアーネへ即座に撤退を告げる、一瞬倒れていたゲオルグと目が合ったが気にせずアーネを抱き抱えて、路地から一気に空へ飛んだ。


レイシアを抱いたアーネをさらにアルレルトが抱いた格好である。


なるべく距離を稼ぐために速度を上げて、王都の空を飛び続け、追撃がないことを確認したアルレルトは近くの建物の上に降りた。


「レイシア!、意識はありますか?」


アーネが寝かしたレイシアは全身が傷だらけで血を流しており、急所は守ったようだが傍目には重傷に見えた。


「ある、傷は見た目ほど酷くない。心配する必要はない」


起き上がったレイシアは軽傷だと言い、握っていた剣を腰にさげる鞘に納めてから背嚢から取り出した回復薬(ポーション)を飲み干して、回復した。


「ぐっ」


全身に走っているであろう回復痛に無表情を崩されながらもレイシアは完全に立ち上がった。


「大事ではないのなら安心です」

「助けてくれてありがとう、アルレルト。それと久しぶり」

「久しぶり?、最近一度会ったではありませんか」


暗に王都初日の夜に切りつけられたことを指摘するとレイシアは露骨に視線を逸らした。


「事情はあとで聞きます、俺の仲間に治癒師(ヒーラー)がいるので念の為彼の診察を受けませんか?」

治癒師(ヒーラー)の仲間?、グラールの時はいなかった」

「王都に来る前に仲間になったのですよ、それで?」


一瞬逡巡したレイシアだったが、やはり回復薬(ポーション)の治癒だけでは不安だったのか、頷くのだった。

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