九十三話 王都アリエスとホルツヴァート大商会
結局イデアの要求を受け入れることになったジーノは彼女のお陰で修繕された馬車の馭者台の上で当の本人に話し掛けた。
「イデアさん、確かに僕の本店は大きいですが融通を聞かせられるほどの力は僕にはありませよ?」
「分かってるわよ、そこまで期待してないわ。貴方にやって欲しいのは商会の重役との顔繋ぎよ」
「な、なるほど」
行商人で修行中のジーノにはかれる便宜は少ないだろうというのは簡単に予想できる。
イデアがやりたいことは王都で大きな商会と繋がりを作ることである。
王都で本店を構えるというのは伝統と格式を備えた力のある商会であることを意味する、今後王都で活動する上でそのような商会と関係を築ける利点は大きいだろうとイデアは考えていた。
「そ、それにしてもイデアさんには馬車の修繕のみならず商品の運搬までしてもらって申し訳ないです」
現在荷台を引いてるのは二頭の馬ではなく、イデアが魔術で創った土人形だ。
土魔術で簡単に生成できるもので魔術人形よりも遥かに単純な構造である為、複雑な命令は出せないが荷台を引かせる程度のことはイデアにとって造作もないことだ。
「別に善意じゃなくて対価はキチンと貰うから大丈夫よ」
絶世の美少女と言われても過言ではないイデアに笑いかけられれば、普通の男なら顔を赤らめるものだがジーノは逆に青くしてしまった。
「そんなに落ち込むものじゃないよ、ジーノ君。命が助かって商品は無事なのだからね」
「それはそうですが何故かイデアさんから海千山千の商人たちと同じ香りがするんですね」
「あら?、私が臭いって言うの?」
「そ、そんなこと言ってないですよ!、せめてアルレルトさんが居てくれたら…」
ジーノの唯一の味方と呼べるアルレルトは荷台にはおらず、ネロと一緒に前方で馬を引いていた。
これもいたって善意からの行動なのでジーノは断ることは出来なかった。
「それはともかく本当に命を狙われる理由に心当たりはないのかい?」
「ありませんよ、なんで僕みたいなしがない行商人を殺そうとしたのか理解できませんし、命を狙われる理由も特に心当たりはありませんよ」
「貴方も商人なんだから取引の過程で恨みを買うことだってあるでしょう?、本当にないの?」
先程から似たような会話を続けてるが、ジーノは一貫して否定している。
「相手に禍根が残る取引をしたことはありません、というか僕が損したことの方が多いくらいです」
「確かに初めて会った時も粗悪品を掴まされてたものね」
「うっ!、ええ、まぁ、あれは赤字でも売れただけマシな方ですよ」
嫌なことを思い出されて胸を抑えるジーノに流し目を向けつつ、《ゼフィロス》のリーダーは思案した。
(ジーノの言うことは間違ってないわ、彼のような行商人を直接ならともかく馬車の事故にまで見せかけて殺そうとする理由はない。そうなると考えられるのは彼が意図せず自覚もなく誰かにとって見て欲しくないものを見た可能性ね)
「ジーノ、貴方はどこの街から荷を運んで来たの?」
「エルヌスですよ、南部の中規模都市と言えばいいんですかね」
「エルヌス?、なんでその街に行ったのよ」
エルヌスは言うなればこれといった特徴のない普通の都市だ、タダでさえ商売下手なジーノが行くにはそれ相応の理由があるとイデアは考えた。
「えっ?、知らないんですか?、エルヌスはつい最近魔人が暴れてそれなりの怪我人が出たんです、あっ、肝心の魔人は王国騎士が討伐したので安心してください」
予想の斜め上ではあったが納得すると共にジーノが何を売りに行ったのかも理解した。
「魔人の被害って増えてるのかしら?」
「ええ、ここ最近はよく聞きますね。ですが王国騎士団の対応が早いらしいので甚大な被害が出たという話は聞きませんがね」
《金獅子》レオンやバーバラで会った副団長のアイエスが奮闘しているのだろうと、想像し後でアルレルトにもこのことを教えたあげようとイデアが考えたところでアルレルトとネロの声が聞こえてきた。
「イデア!、先生!、王都が見えてきましたよ!」
「すげぇデカイぞ!、真っ白な城もある!」
馬を引く二人の興奮が伝わる口振りで王都へ行ったことのあるイデアとサルースもその反応は仕方がないと思った。
イデアたちの眼前に飛び込んできたのは王都と呼ばれるに相応しい都市、円形の白い城壁に囲まれ、その中央には天を衝くほど巨大な白亜の王城オレグノシスが鎮座している。
レーベンも大きな都市だったが、アリエスの街並みからは威厳と伝統が感じられるような気がした。
人口十万人を数える王都アリエスは大陸最大の都市と言っても過言ではない。
遠目にも王都への入場門には長蛇の列が作られていた。
「王都に入るのは時間が掛かりそうね」
予想していたことを呟きながらもイデアたちは王都への入場門へ馬車を進めるのだった。
◆◆◆◆
王都アリエスに入れたのは昼過ぎで、街中は人通りが多くまともに話すことも出来ないので既に王都へ入ったあとの行動方針は決めていた。
イデアとアルレルトがジーノを連れて、本店に行きサルースとネロは今夜泊まる宿屋を探すという二手に別れて行動することだった。
サルースは王都に詳しく確実に宿泊できる宿屋を知っているとの事だったので、ネロとヴィヴィアンを護衛に付けて彼に任せた。
宿屋の場所はサルースから事前に聞いて王都の地理に明るいイデアがアルレルトを連れていくという算段だ。
既にサルースたちと別れたイデアたちの姿はとある大きな建物の中にあった。
「ホルツヴァート大商会って王都で一番大きい商会じゃない、ジーノの本店がここだとはさすがに驚いたわ」
「イデアが驚くとは余程大きな商会なのですね」
「大きいわよ、伊達に大商会なんか名乗ってないわ。王族御用達と言えばアルにもその凄さが分かるかしら」
「王族御用達ですか、なるほど、イデアが驚くのも分かります」
この国で最も高き身分に位置するのが王族で、その王族と取引していると言うだけでどれほど大きな商会なのか、世間知らずなアルレルトでも何となく理解できた。
ちなみにジーノは不在だ、今彼は積んでいた荷物を卸し彼の縁故と思われるホルツヴァート大商会の重役に取り次いでいるはずだからである。
しばらくアルレルトとイデアが雑談していると、商会の人間に呼ばれ、応接室に案内された。
部屋に居たのは二人の男、一人はジーノでもう一人の男はイデアとアルレルトのどちらも知らないが、誰なのかは何となく想像できる。
「お初にお目にかかりますな、お二人が愚息を助けてくれた冒険者ですな。私の名前はサリエス、ホルツヴァート大商会では副頭取を務めておる者です」
想定よりも大物が来たと思ったイデアだが、それは決して表には出さない。
「丁寧なご挨拶痛み入ります、お初にお目にかかる冒険者のイデアと申します、こちらはアルレルト、私と同じ冒険者です」
これに驚いたのは神経質そうな見た目と立ち振る舞いから歴戦の商人を思わせるサリエス、まさか冒険者がこれほど丁寧な言葉遣いで話すとは思っていなかったからだ。
アルレルトは普段口の悪いイデアが丁寧な言葉遣いで話していることに驚いていたが。
「ささ、立ち話もなんですから座って下さい」
サリエスも歴戦の商人だ、イデアの身なりから魔術師と判断して納得し座るように促した。
ここでポイントになるのはソファーに座ったのはイデアでアルレルトはその後ろに立ったことだ。
これはあくまでアルレルトはイデアの護衛だと示すことで、彼を交渉に参加させない狙いだ。
アルレルトは交渉事が苦手どころか、未経験なので事前に話し合った結果だ。
これも見たサリエスも本丸はイデアと見て、眼光を鋭くした。
「何があって愚息がイデア殿たちに助けられたかは委細承知しております、ジーノがお二人に当商会で色々と便宜をはかることを約束したことも聞いております」
「それについてはあまりお気になさらず、ジーノさんを助ける方便のようなもの。私たちが気にしているのは息子さんが事故に見せ掛けて殺されかけた件です」
何故そんなことに疑問を持つのかとサリエスは勘ぐった。
「何故そのようなことに興味を持つのですか?」
「ジーノさんとは冒険者になる前からの知り合い、そんな人の命が狙われていると聞いて黙っていられません」
本当はアルレルトのことなのだが主語をぼやかしているのでサリエスにはイデアがジーノのことを気にしているように聞こえた。
「なるほど、愚息をイデア殿のような美しい方が気にかけてくれるとは嬉しい限りです。親の私としても息子の命が何者かに狙われている現状ではおちおち仕事もしていられません」
「そうでしょう、つきましては私が率いる冒険者パーティー《ゼフィロス》に依頼を出しては頂けませんか?」
「それは…難しいですな。冒険者ギルドを仲介するとなると息子が命を狙われているという情報が外部に漏れてしまいます、どうか内密に調査しては頂けませんかな、無論報酬は弾みますぞ」
サリエスとしては譲れないところだ、上級のドッグタグをさげる冒険者に調査して貰うのはありがたいが冒険者ギルドを間に挟むのは避けたいのだ。
ホルツヴァート大商会の副頭取の息子の命が何者かに狙われているという醜聞を表には出したくないのだろう、ここら辺が妥協点かなとイデアは判じた。
「其方の事情はお察します、こちらとしては報酬を弾んで頂けるのでしたら喜んで内密に調査致しましょう」
「感謝致しますぞ、イデア殿」
そのあとは依頼の達成条件や報酬など諸々の話をサリエスと詰めてから、応接室を後にした。
「イデア、実績の件はともかくお金は稼げそうですね」
「ええ、これほど楽な調査依頼も珍しいわ。頼んだわよ、アル」
「はい、任せてください」
アルレルトはイデアの頼もしさを感じながら了承した、何故ならこの殺人未遂事件の犯人を既にイデアは見抜いているからである。
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